にゃんともにゃらない、だから好き!
──最近、茶治レモンには足繁く通っている場所がある。
ルートを跨いだ先の妖怪百鬼夜行、商店街や民家の並びを少し入った先。慣れた様子で右右左、と道なりに進んで行き、レモンが辿り着いたのは…建物同士の隙間を突くようにぽっかりと空いた空き地だった。ノリは良くとも真面目なレモンのこと、すわ賭場や酒場に赴いたりアイドルに貢いだり…ではないにしろ。何かしらの遊興を提供する場かと思いきや、ただただ広いスペースと放置された土管、それに1本の樹が生えただけの空き地だった。然しある意味レモンにとって此処はアイドルと会える場所と言っても過言ではない。──時刻は昼下がり。ちょうど建物に遮られていた太陽が空き地の真上に差し掛かり、ポカポカと暖かな陽だまりが作られる時間。計算され尽くした訪問タイミングに、レモンがすぅ、と息を吸ってから呼びかける。
「猫さーん、いますかー?遊びに来ましたよ!」
にゃーん
「ああ…いらっしゃった…!!」
そう、レモンのお目当てとは空き地に集まる|地域猫《アイドル》、もふもふのにゃんなのである。呼びかけにか陽だまりにかは謎だが、レモンが声をかけた辺りからワラワラと猫が空き地に集まってきた。ざっと数えて20匹前後だろうか。正しく歴戦の野良と言った傷を誇るブチに、何処かの店の看板猫らしきふくよかな三毛。他にも黒にキジトラに靴下にハチワレ…あらゆる毛並みの猫たちが空き地で思い思いに寛いでいた。その光景にレモンがはわわわ、と頬を僅かに赤らめる。もし彼の表情筋が仕事をしたならそれはもう、蕩けるような満面の笑みになったことだろう。それでも慣れた者が見たら目尻と口角の僅かな変化に喜んでることが分かる顔で、レモンがいそいそと手荷物を開封する。
「今日は良いもの持ってきました。…じゃん!猫でも食べられるケーキです。どうぞお召し上がり下さい」
じゃん、で箱から取り出されたケーキは、パッと見では人が食べるのと見分けがつかない出来のモンブランだ。だがよくよく匂いを嗅げば甘さの代わりに魚介やササミと言った猫好みの素材が香り、最初は見慣れないカタチにナンジャコリャ…?だった猫たちも1匹、2匹と口をつけ始め、やがて数匹が群がる大盛況となった。
「ふふ…ふふふ、美味しいですか?」
手土産が喜ばれたことにレモン自身も嬉しさが募り、口からはやや怪しげな笑い声が漏れる。
「可愛い…もう生きてるだけで可愛いなぁ。ねぇ、あなたも自分でそう思うでしょう?ねぇ、ねぇ」
ニマニマ、は決してしていないのだが不思議とそう見える顔のレモンが、ケーキよりも甘い声で1番近くの猫に話しかける。が、食べ終えた口元を綺麗にするのに忙しいらしく、レモンには見向きもしない。
「…あっ、無視された…でもそんな所も可愛い。寧ろお顔洗い最前列ありがとうございます…!」
てちてち手を舐め口を舐め、な黒白ハチワレの姿を眺めてレモンが思わず手を合わせる。そうして漸く身繕いを終えた猫がふー…と体を横たえた所に、レモンから魔の手が伸びる。
「猫吸いは…合法ですよね?抜け毛が付く?…そんなのむしろお土産ですよね!では…良いではないか、良いではないか…」
そっと抱き上げるとにょー…んと餅のように伸びる体にンッッッ!と歓喜の呻きを上げてから、耳後ろの頭をすうっ、と吸う。──地域猫としてある程度の手入れが行き届いているのだろう。臭気は感じず、むしろふかふかと柔らかな毛並みにほっかほかの陽だまりの様な、焼きたてのパンの香ばしさのような、至福の香りが感じられ──
ぺちんっ!
「いたっ!」
──た辺りで、流石に猫側から物言いならぬ猫パンチをお見舞いされた。去っていく黒白ハチワレの背を見守りながら、肉球印のついた頬をレモンがさする。
「えっ…えっ、猫パンチされた…可愛すぎでは…?」
猫好きの前にはパンチすらもただのご褒美。最早見間違いではなく、目の中にハートを宿したレモンがふらふらと猫溜まりに歩み寄っていく。
「あぁ〜〜…ん〜〜…可愛い…!あっ、もうダメです、もういちどぎゅってさせて下さいー!」
出来るだけ静かに驚かせずに、は心掛けている。しかし溢れ出る猫へのパッションは留めようがなく、歩み寄るレモンの熱量に押されて猫溜まりから去るものも居た。が、肝の太い数匹はそのまま丸まって止まり、レモンの撫でる手にゴロゴロと喉を鳴らした。
「可愛い、本当に可愛い。…ふふ、猫さん、大好きですよ。だから猫さんも…僕が好きですよね?ね?」
切なる願いで尋ねるレモンに、猫たちからの返事はない。自由気ままに、自分本位に、我儘に。そこが猫の魅力であり人の心を掴んで離さない要因でもある。けれど、愛したのなら愛されたい、と言うのも人間の深い業の一つであって。
「…うんて言ってー!嘘でも良いですから!ねぇ!」
暫し追い縋るレモンの叫びに、うなん……と困ったような猫の声が響いたとか。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功