お荷物シェリダー
この力は、使い方を間違えなければ、真実を見出し、みんなを幸せに導ける、素敵な力だよ――|最初の人間《アダム・カドモン》は如何様に笑ったのか。これを、如何して今、使わない。使わない事こそが最も正しい選択なのだろうか。キムラヌートが嗤っている。汎神解剖機関の|物質主義者《キムラヌート》が嗤っている。たとえば、メスを持つ手を視たとしよう。たとえば、母の器官を視てしまったとしよう。たとえば――寵愛が嘘だったとしよう。悲鳴が聞こえる。断末魔の叫びが聞こえる。少女の臓物が晒される。
幻聴だ。僕はなんにも、見ていない。
陰鬱さを極めている、影を落としている、そのような描写がお似合いな世界において、空中を散歩する行為と謂うものは、果たして羨望の的と成るのだろうか。からからと、がらがらと、何かをあやすかのように、慰めるかのように、くるくると、ダルマ自転車は天を知るのか。まるで、世界をユリカゴと見做すかのように、ユリカゴを墓場と糺すかのように、しゅるしゅると真っ白いものが曖昧とするのか。……謝りはしないよ。僕は初めから、このために来たんだからね。見るつもりはないし、聞くつもりもない。覗き込むのはきっと趣味の悪い事だし、それに何より、自分への影響と謂うものも計り知れない。何故ならば、そう。今回の荷物に関しては――攫ったものに関しては――本来、心を赦してはならない『もの』で在るからだ。艶やかな髪のフリをした、大きなおめめのフリをした、少女のフリをした、それ。そうだね……あなたはきっと、クヴァリフに、あの女神に、望まれて生まれてきたんだろうね。僕とは違って……。文字通りの人形、達磨とお話をしている気分に陥った。荷台の少女は口を模倣するのに忙しく、反応する事すらも困難と思えたのだ。不意に、脳裡に過ぎったのは何者かの悪態。オマエは……オマエは、俺に、ひどい事をした。オマエみたいな奴がいるから、俺は不幸になったんだ。無価値にまで落とされた、要らないものとして扱われた、いつかの記憶……。きっと感傷の所為だ。感傷の所為で、干渉するかの如く。
甘くてフワフワしたもの、半分くらい、残しておけば良かったのか。
僕ね……親がいた記憶がないんだ。物心つく頃には、僕は『僕』だった。僕は『妖』だった。たった一人で育った。莫迦げている。莫迦みたいな事をしている。そんな事くらいはオマエにだって、誰にだってわかる筈なのだ。怪異の仔をお喋り相手にしている時点で、狂っているのかもしれないと、思った方が良いのだろう。僕には、生まれに関する過去がない。あなたには、これから生きていく未来がない。これは、宣告だ。死を告げる為の、只の、柔らかそうな唾壺だ。月並みだけど、あなたの分まで生きること、それくらいしか僕にはできそうにない。まったく、死んでも死なない能力者が何を口走るのかと想えば、この始末か。いや……そういうことじゃなくて……日々を、一歩一歩踏み締めて、生き抜くっていうか……。薄っぺらい。自他ともに認めるほどには薄っぺらい。真っ白な紙の上で踊るかのような、曇天の下で涙をするかのような……。見えてきた。何が見えてきたのか。死の影である。……そろそろ、到着するね。お別れだ。あなたにメスを入れて、切り分けるのは機関の人だけど、彼らにあなたを引き渡すのは他ならぬ僕だ。つまり、あなたを殺すのは僕のようなものだよ……僕が殺すんだ。恨んでくれて構わない。
――ずるいひと。バカね。
――そうやって、なんにも、見ていないんでしょ。
……え?
気の所為。気の迷いだ。
少女は触手の塊でしかなく、僕は今、彼女を見ていないのだから。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功