未知なる祝祭を求めて
●フォレノワール・オ・ポム・ドレ
√ドラゴンファンタジー。
血に竜の力を持つ者達が、ダンジョン攻略に勤しむ日々を送る世界。
そんな世界でも、スイーツの店は他の世界と変わらずに存在しているし――或いはそんな世界だからこそ――バレンタインともなれば、そうした店が賑わうものだ。
菓子工房街――地元でそう呼ばれる、カフェやパティスリーの類が集まった区画。
その中央に伸びる通りは、大勢で賑わっていた。店の外で売られているラッピングされたチョコを手に取って何処かへ向かう者もいれば、連れ立ってカフェに入っていく姿も多い。
この中の何人が、いつもならダンジョンへ向かっている冒険者なのか。
「……バレンタインと言えば此処って聞いてきたけど、これは凄い。賑やかだね」
そんな街中を、夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)が地図を片手にぼんやりと歩いていた。
「あちこちから甘い香りもする」
『この空気……チョコだけじゃなく、色んなスイーツのお店があるな』
漂って来る甘い香りに椛が口元に浮かべた小さな笑みに反応するように、|尾の蛇《オロチ》がひとりでにうねり出す。
「ん、楽しみだね。途中の果物屋にも、見たことない果物あったし」
『あったなー。何か光ってるブドウとか』
「そうそう、レインボーマスカットって書いてあったかな?」
道中でさえ、椛のホームである√妖怪百鬼夜行では見たことないフルーツがあったのだ。
どんなスイーツが見られるか、期待が膨らむと言うもの。
「早速見て回ろうか、オロチ」
『んむ。任せた』
椛は気の向くままに、人の流れを縫って通りを進んで行った。
バレンタイン本番とあって、店のウインドウには様々なチョコ菓子がディスプレイされている。
所謂チョコらしい色のチョコのセットと言ったものから、宝石のような赤いチョコ。更には夜明け前の空を思わせるような青や、南の海のような淡い緑のチョコタルトなんて変わり種もある。
「赤いのはイチゴ……いや、ルビーカカオかな? 他の色は……何だろう」
『凄いのもあるぞ。……なんでか光ってる』
オロチの声に視線を変えれば、星をちりばめた様に所々が煌いているチョコケーキに、眩しいくらいに金色に発光しているチョコケーキなんてものもあった。どうやってその色や輝きを出しているのか、見当もつかない。
『どうしてチョコを光らせた……?』
「さて。だけど色とりどりのチョコがあって目移りするね」
|尾の蛇《オロチ》は困惑している様子だが、椛は目を輝かせていた。
右を見ても左を見ても、見た事のないチョコの方ばかり。この光景はまさに、椛の見たかったものだ。
√妖怪百鬼夜行とは違う世界のバレンタインを見てみたい――今回の訪問の目的は、ただそれだけだったのだから。
「その金色に光ってるのは、ゴールデンアップルと言うものを使っているみたい。リンゴが光っているのかな?」
椛がウインドウ内のプレートの商品名を読み上げていると、|尾の蛇《オロチ》が横にグイっと伸びていく。
『それ、ここのカフェの中で食べられるみたいだ』
見れば確かに、店の入り口の横の小さな看板には、手書きのケーキのイラストが描かれていた。
「気になるね。食べてみようか」
『そうこなくては』
これは食べてみるしかないと、椛はカフェの扉を開いた。
「――どうぞ。ゴールデンアップルのフォレノワールのセットです」
椛の前に眩しいケーキが置かれた。
ウインドウ越しに見たのと同じ輝き。良く見ると、チョコレートスポンジを件のリンゴを混ぜているらしい輝くクリームで覆ったケーキのようだ。更にはケーキの中央部、スポンジとスポンジの間の果肉は、その輝きでゴールデンな存在感を放っている。
「どれ……」
光り輝くリンゴは何か手を加えているようで、椛がフォークを入れるとスポンジとクリームと一緒にスッと切り分けられた。
「ん……」
スポンジはチョコ感が強めのしっとり系。クリームは甘さ控えめで、間のリンゴの酸味と共にチョコの風味を引き立てている。
「チョコは中々濃厚だね。中に入ってる林檎の酸味もチョコとよく合ってて美味しい」
『む……』
「オロチも、一口どうぞ」
食べたい――という前に、椛は切り分けたケーキをオロチの口の前に差し出す。
『んむ……成程。コレは中々良いな』
ゴールデンなケーキの味に満足したように、オロチの蛇の頭が何度も縦に動いた。
『持ち帰りも出来るようだし、母上達のお土産に買っていかないか?』
「ん、そうだね。きっと喜ぶと思う」
オロチの提案に、椛はセットの紅茶を飲みながら頷く。
「けれど――今は取り置きしておこう」
そう言いながら、椛はゆっくりと席を立った。
「他の店も行きたいからね」
他にも見た事のないバレンタインのスイーツは幾つもあった。1つで終わりにするには、あまりにも勿体ない。
椛達のバレンタインスイーツ巡りは、まだ始まったばかりである。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功