脳髄情念ぬりたくり
賢者の石の行方を追うかのような、人生を謳歌するかのような、夢の類に溢れた店構えであった。喫茶を名乗ってはいるのだが、未曾有を名乗ってはいるのだが、その、真の価値を見出したものは――ロクでもないものに衝突するだろう。そうとも、オマエは――恋に恋をするかのような、乙女は――自らを投げ込む事によって、ロクでもないものとの邂逅に、遭遇に成功してしまったのである。成功してしまったのだから、這入り込んでしまったのだから、店の奥へと歩を進める以外に道はない。これは、如何しようもない輩が、度し難い誰かさんへと贈ったある種の、チョコレートの代わりと謂えた。約束をしたのだから、契約をしたのだから、悪魔は――人間のカタチをした災厄は――情けも容赦もなく、突いてくるのだろう。まるで枝分かれを赦されなかった木々の如く、捻じれ曲がったひとつとして見做されるのだろう。模様替えをするかの如くに、お人形遊びをするかの如くに、ノックすらもされずに……ズカズカ、ドカドカ。やあ、やあ、我輩だ。で……それが噂の刻印とやらかね。引っ張り出せる内容は一旦これくらい。体内の刻印全てを複製抽出するには至らなかったが、最初なのだから、これで十分とも考えられよう。
女の子の部屋に置いてあるのは――無数の本。文字通り、本で山が作れてしまうほどの量だ。加えて、床、壁、天井その他にびっしりと刻まれた魔法陣を彷彿とさせる何かしら。そこに運び込まれたのは――椅子。それも、只の椅子ではない。人体を完全に固定する為の、ある種の、拷問時に使うような代物である。人体解剖に必要な道具までも揃っているのだから、おそらく、今から始まるのは愉快な愉快な人体実験とやらであろう。店長さん! やっと来てくれたの! 待ちくたびれたの! でも、その椅子を用意してくれたのは嬉しいの。これなら、ジタバタせずに済みそうなの! 少女のきゃっきゃとした声も科白でまったく台無しである。あと一応、喚き声があんまり響かないように防音は掛けてあるの! ただ……切り開くから、生理現象とかその辺りは防ぎようがないから、嫌わないでくれると助かるの~。嫌う? 嫌いだなんてとんでもない。便利な世の中ついでにじっくりと観察ができるのだ。人間災厄にとっては、成程、一石二鳥なシチュエーションである。ああ、そうだ。君ぃ。ファンタジーでメルヒェンでご都合主義な、感覚の変換と謂うものは必要かねぇ。痛覚と快楽は友達である。友達なのであれば繋ぎ合わせる事など容易と考えられた。あ、苦痛の方が嬉しいかしら? だって、死にかける痛みが生きているって思えるもの。それを快楽に置き換えちゃったら、なんだか、私自身を冒しているような気になるの。よろしい! 君の意思は、意志は理解した。君は『脳に魔術刻印を施したく』て『痛み』をごまかしたくなく、ゆっくりと味わいたいと、そういう情念なのかね! 肯定された。頷かれたのだから、まず、少女は腰を下ろすべきだ。腰を下ろしたのなら――頭部をぎゅう、と、固定されるべきだ。つう、と、人間災厄の枯れ枝めいた指が頭部をねぶる。如何やら施術は……前頭部から幕開けるらしい。我輩は、君ぃ、君の表情をじっくりと観察しながら『やる』のだよ。ふふ……悪くないわね! 痛いでしょうけど、きっと、楽しい経験になるの! ぶつ、と、刃が撫でたのは額の『皮』だ。脳髄を露出させる為には、頭皮、頭蓋と、取り除かなければならない。い゛っ……。悪徳が跋扈するのであれば、それは脳髄からで在れ、と。
麻酔なしでの――快楽なしでの――頭皮捲り、茹で卵の殻のように、つるんと剥かなくては勿体ないか。その為、この作業は少女が想定していた以上に、異常なまでに丁寧に施された。ぺりぺり、かりかり、恐怖と痛みを追いかけるようにしてゾクゾクとやらがやってきた。垂れてきた赤と瞳のうるおい、決して瞑らないオマエの意地は、さて、如何様な言の葉を引き出すのか。いっそ眼球も綺麗にするかねぇ? 人間災厄サマからの、サドな男からの、面白くもない提案であった。眼球は……だぁめ……よ。だって、私、を、復元しようとする……インビジブル……抑え、込め……なく……。赫々としていたのは右目だけ。いや、両方とも血と涙混じりではあるのだが――左の白い飴玉――旧い何かしらを、星のように、焔とするかの如くに。フゥム……我輩に効果がないと謂うのは、不思議なものだねぇ。兎も角、白身が見えてきた。つるりと頭皮を捲ったのならば、続いては、ご親切なノックのお時間である。人間の頭蓋を天然の芸術品とするならば、君、この行為は冒涜的だぜ。モルモットではない。モルモットの方が正気なのだ。少女は男を悦ばせる為だけの、少女自身を満たす為だけの、道具でしかない。そうとも、少なくとも現状は……。頭を動かしてはならない。切開されたのだから、ようやくの、かわいらしい脳味噌とのご対面であった。
本物だろうと偽物だろうと構わない。むしろ、人間災厄にとっては『贋物』の方が魅力的に映っていた。だからこそ、身体が――異形が――甲殻類とも昆虫とも菌類とも思える――変貌を遂げたのである。形容し難い『腕』が少女の脳髄を……前頭葉から側頭葉あたりまで……覆うように、粘着する。隙間までもを掌握されたのなら、ひとつ、骨董品の類を取り出す。これを埋め込むのならば――内容次第だと少女は投げかけるか。君次第さ。何もかもは君次第で決まるのさ。それこそ、※くんみたいに、望んで、腕を伸ばすのが最適解だねぇ。自己を維持する為の努力その他、怠ってはいけない。焦がれ易く、患い易い少女には少々毒かもしれない禅問答の亜種であったのか。まわりくどい。此処まで来るのにも、弄られる段階に至るまでも、何もかもが遠回りだ。これを喰らっているのだから、確かに、たくさんの人が目を回す羽目に陥ったって……仕方のないこと……? あなた、は、だぁれ。誰なのだろうか。何なのだろうか。知りたくて知りたくてたまらない。知らないことは、こわくて、こわくて、たまらない。アッハッハ! 我輩はまだ『わかりやすい』方だぜ? おや……濡れてきたねぇ。かわいらしい。
魔力が染み込んでくる。染み込んできたインクが意味を孕み、シナプスへと神秘が写っていく。これだ。これが、心地がよくて、気持ちが良いんだ。股座のあたりが冷たくなる、生理現象。見ないで……みない、で……。全部を知識にしてしまえば、理解してしまえば、怖くない。恐怖の中で最も旧く最も強烈なものは――やれやれ。全知ってのはつまらないものさ。アカシック・レコードからの手招きも曖昧な底ではナンセンスに等しい。あらゆる体液が漏れている。穴と謂う穴から、あふれている。そうしてオマエはヨダレを垂らし、痙攣するしかなくなった。窮極の門は見当たらない。
脳髄、頭蓋、頭皮、元通りだ。より死に難い状態を手に入れた少女、眼前の男が何かしらを宣う。いやぁ、可愛いものが視れた。お風呂の準備でもしておこうかねぇ。これの何処が可愛いのだろうか。それに、さっき、記録媒体に残そうと試みてはいなかったか。勿論、拒否したが。変態さんなのだわ……。
君ぃ。可愛い以外の感想がないねぇ。
女の子? 知っているさ。君はかわいい。
……この……このっ。
変態魔導書店長!
乙女心がわかっていない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功