問いかけよ、一欠片の思考をもって
「とんでもねぇもの食ったなァ、アンタ……」
――三人分の椅子を占拠する巨大な翼と体。明らか呆れた様子で、体格のせいか小さく見えるグラスでコーラを呷る『天使』のような災厄。
六宮・フェリクス(An die Freude・h00270)は、正面に座るご機嫌な笑顔の神咲・七十(本日も迷子?の狂食姫・h00549)と、その横へ少し肩身狭そうに座る『見覚えのあるツラ』を見た。
蒼白の肌と髪、今回は高い位置でのツインテール。くるんと巻かれた毛先が愛らしい。――邪神クヴァリフ、その力の一端を削り取り喰らわれ生まれた『|アイドル《偶像》』。
「はい。フリヴァくちゃんです」
緊張でがちがちな邪神(の一端)がこくこく首肯する。
目前の災厄。この六宮・フェリクスという男、『人類を守護する』ために生きている。こう見えて(?)フリヴァくも邪神の権能を扱う。下手な行動を取ればいつ刀を抜いてきてもおかしくはない。
とはいえ舞台はファミレスだ。それも社会に爪弾きにされたものが集まる場所。何者も互いを害さない事を誓い、ここで食事を楽しんでいる。
現に男の前には空になった皿が数枚。先ほどまで怪異肉のハンバーグが乗っていた。七十の前にも、何皿か空になった皿。
「で、コイツも食ったの」
『コイツとは失礼な、名で呼べよ』
「うるせ」
七十の頭上で輝く天輪状の鍵盤。簒奪者として知られている彼女。このような場所でもまともな姿を取るわけにもいかず――とはいえこれは『喰らわれた断端』である。
音楽の人間災厄『グノシエンヌ』の天輪。くるくる回転、発光、喋るたびピアノの鍵盤を沈ませている。
『まったく、きみの食欲はどうなってるんだ』
「えーっと……ホントは私、元々はふつうだった……はずなんですよ?」
曰く。彼女は邪教により「素体」として使われた者である。捕食と支配を本能とした「地母神たる邪神」、それが七十を|生物兵器《人間災厄》へと変貌させた。貪欲たるはそれが原因なのだ、と。
よくある話、よくない話。人類と神々は常々おそろしいことを考える。
「だからって悪食が過ぎるって。何でこのオンナなんだ? マジで最悪だぞ、取っ替え引っ替え食っては捨てて」
『は? 選り好みしないだけさ、おまえも大概とんでもないもの食ってるだろ?』
「ンだとぉ?」
「ま、まあまあ、落ち着いて……!」
この二人、かなり仲が悪いようだ。互いの事をよく知っているらしい。フェリクスとグノシエンヌのやりとりをフリヴァくが諌める。
こんな状況となってしまったのだ。縮こまっている場合ではない。七十は主人だしグノシエンヌは「同居人」だし、フェリクスは七十と敵対しているわけではないし。狼狽え慌てている彼女のことはひとまず置いておき、七十はフェリクスへとこう返答した。
「私は好みですよ? 見た目も香りも、そこから連想される味も」
……フェリクスがあからさま嫌そうな顔をした。七十の頭上で輝く天輪からも『げぇっ』などという声が聞こえる。
「精神性などに関しては、私が言えた義理ではないですので。そこまで気にならないことが多いですし……」
『自覚してたんだね?』
本来の体ならば、じとっとした目で七十を見ていたのだろう。そんな声色。とはいえグノシエンヌ、その性質上、断端であろうと彼女の考えを否定しない。
ただ七十の心中を知らないからこそだ。支配欲を擽られる、なんて言ったら、文句を言われてしまうだろう。
「好みだから狙う。ンで喰らいたくなる。本能か?」
「まぁ、割と? 出来る限りになりますけど。捕食欲と一緒に支配欲もありますので」
『うへぇ。ぼくはドライな関係のほうが好みなんだけど……』
「それ聞かれてねーぞ」
「参考にします」
――墓穴を掘った。何も言いはしないがどうしたものかと考えているに違いない。困った様子でくるり回る天輪。
「そもそも食ってどーすんの。そいつ『端っこ』だろ」
「ええ。私の体内にある異界に取り込んで、そこから呼び出したり、力を借りる感じです。ほら、あなたなら分かると思うんですけど、食べた物を自分の力に変えるみたいに」
フェリクスは『ただの夜警』と自称するが本業は怪異解剖士。自身の能力をよく理解している。切断能力によって切り落とした肉を糧へと変える事ができる。
結局――その点は、よく似ている。深い溜め息を吐く彼へ、天輪がやや茶化すように声をかけた。
『ボクとかそこの奴も。捕食した奴の人格と能力を取り込んで再現してる。だから再現されたぼくも心底、歓喜が嫌いってこと!』
「気が合うなァクソッタレの破片がよぉ」
「まあまあ、まあまあ……!」
煽り煽られを繰り返す二人。一触即発にも見えて距離を保っているあたり弁えてはいるが。長居するとどちらかが暴走しそうだなあ、なんて。
いつの間にか頼んでいたいちごパフェのウエハースをぱくりと口にしながら、七十は彼らのやりとりを眺めていた。
『ぼくはただ、演奏と食事の邪魔をされるのが嫌いなんだ』
「のーみそスムージーばっか食ってる奴のお言葉は流石っすわ」
大袈裟に肩をすくめるフェリクス。クリームの白、いちごの赤。パフェの可愛らしい色合い。混ぜられてしまえばスムージーによく似ている。
テーブルに肘をつき天輪を睨む赤い眼は未だ敵意を見せている。七十と――制御下に置かれているであろうフリヴァくはともかく、この天輪について、彼自身どう判断すべきか悩んでいるからだ。
「あんた。今後『グノシエンヌ』をどうする。――本体の話だ」
指差す先の天輪は「ふん」と鼻を鳴らすような声を上げ、七十の返答を待つ。
「う~ん……どうしようか悩んでいたんですけど」
だって、たべちゃった。たべることができた。ようやくお腹がすこし、満たされた。
「なんだか思ったより、情熱的にお誘い頂いちゃいましたので」
食べていいって。味わうといいって。次もたっぷりと、|自分《グノシエンヌ》を聞かせてやると言われた。それを『おさそい』以上に、何と表現したら良いのだろう!
「出来る限り、追わせて頂こうかと」
微笑む少女。敵意と愛情をもってグノシエンヌという災厄を害し、喰らい続ける。それをグノシエンヌ本体がどう考えるかは誰にも分からないが。
「……了解。容赦するな。だがコイツ食いすぎたら腹壊すぞ絶対」
『けっ。きみには分からない味だよ。……極上だったろ?』
自分の真下。輝く天輪は七十にそう聞いた。
彼女はにっこりと、笑む。それが返答である。
――ところで。
「この後『フリヴァく』ちゃんと一緒にやるアイドルライブのステージがあるんです」
会計を済ませ店外へと出た一行、フェリクスへとそう切り出す七十。
「グノシエンヌにも一緒に出て貰います」
『は?』
――そんなの聞いてない。天輪が爆ぜるように消え、人の形を取り戻す。男装に見えない男装のピアニスト、災厄『グノシエンヌ』はようやくその顔を見せた。七十へと文句を言うために。だがその前に。
「見ていかれますか?」
フェリクスへの提案。ふーんと七十たちを見て、この男は。
「振り回されてるのめ~っちゃ見てェ。チケット、タダにしてくれるよな?」
にんまり、牙を見せて笑う。青ざめ逃げようとするグノシエンヌの髪を引っ掴みながら。
|災厄《グノシエンヌ》を喰い、|災厄《フェリクス》と縁が出来た。
ああまったく、『とんでもねぇものを食った』ものである。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功