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春日の邂逅

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●街中
 随分と日差しも春めいてきた。
 い歩き慣れた散歩道をピンク色のカーディガンに、黒いスカート。スマホを片手にぶらぶらと。
 小麦の焼けた香ばしい薫りの混ざった暖かな風が、インナーカラーの入った髪と、お気に入りのリボンを撫でてゆく。
 友達と一緒にこの間見に行った向こうの雑貨屋さんは、割と好みのアクセサリーが並んでいるし。
 あっちのパン屋さんは学生たちの帰宅時間に合わせて、焼きたてのパンを店頭に並べる事を知っている。
 その横のブロック塀の上には――。
「な」
 黒い毛並みの地域猫が、よくお昼寝をしているのだ。
「どうも」
 目線が合った瞬間。欠伸と共に挨拶してくれた猫に、八上・花風香(水光・h00156)も軽く手を上げて、挨拶を返す。
 挨拶してくれる日は彼女も気分が良く、撫でさせてくれる日。
 近づいてみると案の定、黒猫の方から花風香の手へとすり寄ってきた。
 早速、顎の下を人差し指でくすぐるように撫でると、蕩けそうな表情を浮かべた彼女の耳先が、ぴぴぴと揺れる。
「ん? ここ?」
「ンー」
 こっちも撫でて欲しい、と。
 態度で示すように、頭を押し付けてくる猫の耳の付け根を親指で撫でると、ごろごろと喉が鳴る。
 少し検の強い印象を与えがちな黒瞳を和らげた花風香の指先が、黒い毛並みをかき分けて首筋へと滑り――。

「……花風香?」
 そこに。
 全く耳馴染みの無い声が、背後から彼女の名を呼んだ。

「んーな」
 花風香が思わず手を止めると黒猫はぴんと耳を立てて。
 目を見開くと慌てて塀の向こうへと、逃げていってしまう。
「あ……」
 かわいい動物ふれあいタイムを強制終了させられた花風香が、固い表情でゆっくりと振り向くと、声の印象通り。
 全く見覚えの無い男が立っていた。
 パリッとしたスーツを身に纏ったきちんとした身なりの彼は、如何にも社会人と行った出で立ちだ。
 理由は解らないが自分で声を掛けてきた割に、彼自身が一番驚いた表情を浮かべているように感じられる。

「やがみ……。八上、花風香……さん、ですよね?」
「は? ……どなた、……ですか?」
 私の苗字まで知っている?
 ――もしかして、こいつもストーカーか?
 彼の次いだ言葉に、花風香の警戒メーターが跳ね上がる。
 思わず脳裏に浮かぶのは、自称|透明の存在《インビジブル》の、|眼鏡の幽霊《ストーカー》だ。
 花風香は警戒心も顕に。彼へと――その背後まで射抜くような、冷たい刃のように鋭い視線を向け。
「い、いやっ、僕は怪しい者では無くて……!」
 鉄火場を幾つも切り抜けて来た兵めいた花風香の表情に、彼は泡を食った様子で大きくかぶりを振った。

 刹那。彼の背後――花風香の視線の先で、パチンとフィンガースナップの音が響いた。
 ああもう! |あいつ《・・・》!

「あーッ!! 服が燃えてる!?」
「えッ!? うわッ!?」
 花風香が大きな声を上げて男のジャケットを指差すと、言葉通りぶすぶすとジャケットから黒煙が燻りだしていた。
 声を掛けてきた男が慌ててジャケットを脱ぎ、ばさばさと地面に叩きつけ出した隙に。
 その脇をすり抜けた花風香は、脱兎の如く駆け出した。
「あっ! 待っ……!」「熱……ッ!」

●河川敷
 さあさあと絶え間なく川を流れる水音が涼やかに響く、大きな橋の下へと駆け込むよう。
 不審者を振り切った花風香は、大きく息を吸って、吐いて。
「はあ……、吾妻。ああいう真似は止めてくれる?」
 一般人から見れば何も無い空中を睨めつけて、不機嫌の権化のような声をあげた。
 ……一般人から見れば。
 ――そう√能力者から見るとそこには、実体を持たぬ幽霊|吾妻・篝(埋火・h00320)《眼鏡の粘着ストーカー》が空中に座っている。
「ええ? 助けてあげたつもりだったんだけどな~」
 眦を下げて愛おしげに花風香を見下ろした篝は、整ったかんばせに柔らかな微笑を湛えたまま唇へと指を寄せた。

 ……一見すると人畜無害そうな整った穏やかそうな容姿の篝は、其の実ひどく花風香に執着心を持った|男《ストーカー幽霊》だ。
 炎を操る能力を得意としており、花風香が彼を幽霊にしてしまう前は、その能力を使ってたいそう大暴れをしていた事も、花風香は知っていた。
 その様な能力の使い方からは今は足を洗った、と言っては居たが――。
 不審者の男の後ろに彼が立っていた時から、嫌な予感はしていたのだ。
 花風香はこめかみを抑えて、眉間に深い皺を刻んだまま。
「そうだとしても、街中で炎を出すのは止めて」「猫もお前のせいで逃げていったし」
「ちょっとジャケットを燻らせて驚かせただけだよ、えっ? ……猫は俺のせいじゃなくない?」
「ぜんぶお前のせい」
「そっか、ごめんね」
「……ん」
 そんな花風香のむくれたような表情も、篝にとっては愛おしくてたまらないもの。
 さっと折れて見せると、花風香が調子を崩されたようにため息を零した。
「……でも一応、……助けてくれたんだよね。お礼は言っとく」「……ありがと」
「どういたしまして」
 一層笑みを深めた篝はその場で座ったまま、くるんと回って見せて。
「てか、……あの人、何なんだろ? 私の事、知ってるみたいだったけど……」
「俺は知ってるよ。最近この辺をうろうろしてるみたいだったからね」
「へ?」
 篝のその答えに、花風香が黒曜石色の瞳をどんぐりみたいにまんまるにした、次の瞬間。
「花風香!」
 再び掛けられた声は、先程の男の声だ。
 河川敷に立つ彼は、想像していたよりもずっと近くに立っていた。
「……ッ!?」
 花風香は反射的に逃げようとしたが、男が言葉を次ぐ方が早い。
「……キミの産みの母親は……|花梨《かりん》さんだろう? 僕はキミの父親だ!」
「……は?」
 ぽかん、と口を開いたまま瞬きを一度、二度。
 完全に予想外の言葉を脳に叩き込まれ、彼女は一瞬フリーズしてしまった。

 ちちおや?
 フラッシュバックのように、過去が一気に蘇る。

『……お母さんはどうしてるの?』
『旅行に行くって、言ってた』
 ――未婚であった母親は当時も複数人の男と付き合っており、一番愛していた男との間に出来た子――腹違いの妹だけを溺愛していたようであった。
 小学生二年生のある日。母親は良くある出来事の一つとして、花風香を置き去りに男と妹の三人で旅行へと向かった。
 母親は外面は良く、外へ出る時には可愛がっているふりをされていたのだが――。
 しかし。
 その可愛がり方の歪さ……ネグレクトに感づいていた近隣住民は、虐待案件として通報を行い、花風香は児童相談所に保護される事となったのであった。
 対外的には『仕事中』の母親に連絡もあったが、彼女は予定を切り上げるでも無く。きちんと一週間予定通りに遊んでから、きれいに整ったメイクに作ったような涙を浮かべて、迎えにやってきた。
 今まではずっと聞き分け良く過ごしていた花風香の事なんて、すぐに言いくるめられると思っていたのだろう。
『さ、花風香。お仕事が遅くなってごめんね、……おうちに帰ろっか』
『家に……、戻りたくない』
『……は?』
 刹那。
 目の色を変えた母親が、強かに花風香の頬を殴りつけられる。
 児童相談所の職員さんが顔を真っ青にして、母親を押さえつける。
『できそこない!』
『私に恥をかかせて、何を考えているの!? 面白がっているんでしょう!?』
 複数人の職員たちに抑え込まれながら、激昂して喚き続ける母親。
 ――そういった経緯で、児童養護施設へと保護をされるその日まで。
 母親は血縁上の父親の事を、『私を騙した人』『無理やりお前を産まされた』と言い聞かせ続けていた。

「!」
「花風香……」
 はっと気づくと父親を名乗る男は、既に真横まで迫っていた。
 咄嗟にその場を離れようとするが、――確かによく見てみると、彼の顔つきには自らのおもかげが有るような気がして――。
「ずっとキミを探していたんだ」
「そんなもん、信じられる訳あるか……! 何で今更……」
「……それは、そうだね」
 花風香の言葉に男は得心した様子で、名刺を一枚差し出した。
「僕の名前は、|紫園・萩人《しおん はぎと》」「……今日はよかったら、名刺だけでも受け取って欲しい」
「は、……」
 差し出された名刺を反射的に受け取ってしまった花風香は、小さな紙切れを持ったまま瞬きを一つ、二つ。
「それじゃあ、今日は帰るよ。驚かせてしまってごめんね」
 頭を下げた男――萩人はそのまま、花風香の返事も待たずに踵を返して去って行った。
 そんな花風香の一挙一動を、興味深そうに微笑みながら眺めていた篝は、重力なんて関係のない軽い足取りで彼女に歩み寄る。
「……それ、捨てないの?」
 有名企業の名前と役職名、連絡先に――そして紫園・萩人と記された名刺を持ったままの花風香へと首を傾いだ。
「……」
 花風香は、一度唇に紅を引くように舌先で湿らせ。
 両手で名刺を持ち直すと、指先で破る形で持ち直そうとして――。
「一応貰っとく」
「ふうん」
 そのままカーディガンのポケットに名刺を滑り込まれた彼女に、どこか面白そうに篝は笑いかけた。
「まあ、大企業の偉いさんみたいだし、金蔓くらいにはなるかもね」
「……そういうのじゃない」
「あはは」
 毅然と背筋を伸ばして。
 萩人の去った方向とは逆へと歩み出した花風香の後ろを、篝はふわふわと滑るようについて行く。
「花風香、お散歩はもう終わり? あ! そろそろバイトの時間だね。今日も可愛い兎耳花風香楽しみだな~」
「あっそ、黙ってて」
「んーんー」
 口を閉じたままムームー言いながらついてくる篝を、無視しながら花風香は歩む。

 ――家族。
 両親や妹に会いたいと思ったことは無い。興味が無い。
 家族なんてもう、必要が無いと思っている。
 今は里親だって、一緒に住む友達だっているのだから。
 だというのに、……どうしてこの名刺を直ぐに捨てられなかったのだろう。
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