蒼穹の下、あの夜の誓いをその胸に
ヨシマサ・リヴィングストンにとっての原風景は、鉄錆びくさい修理工場にあると言えよう。冬場は隙間から風の吹く冷えた空気の中で冴える火花と共に鉄の匂いが鼻をつき、夏場には扉を開け放してさえ尚籠る湿度の高い熱気そのものが、どこか金属の匂いを孕んで居た。四季を通じて灰じみた地味な景色は変わらずに、そこに横たわる修理対象だけが日々入れ替わり、他方、それに向き合う父親の継ぎ接ぎだらけの作業着姿の背中はやっぱりいつも変わらない。
その景色をヨシマサは幾つの時から見ていたろうか。ご覧、貴方のお父さんはとっても格好良いでしょう、そう語り掛ける母と手を繋いで眺めた記憶は随分古い記憶に思われた。微笑む母は東洋らしく目元の涼しい面差しの、凛とした美人だったとヨシマサは記憶しているが——ヨシマサが回想する母の微笑みは不思議なまでに、遺影の中でモノクロで微笑む彼女のそれと同じだ。己が母の面影を本当はとうに忘れていることをヨシマサがついに認めたのはこの最近。あの時の母は、どうだろう。もっとずっと愛おしげな眼差しをして父を見ていたのではなかったか、そんな想いを馳せてみる。ヨシマサが誰よりも尊敬している男へとその伴侶が向けた心を、彼女亡き今、ヨシマサはただ推し量るほかにない。
母が夭逝してからさほど時をおかずに、年の離れたヨシマサの兄は家を出た。必然的に父との二人暮らし、職人気質の父親は——リチャード・リヴィングストンは、子どもだったヨシマサの目で見てすらも、不器用なりに懸命に父親としての役目を果たそうとしていた様に思われた。仕事があるはずの平日の昼日中、わざわざ作業着から着替えたらしいポロシャツ姿で授業参観に来てくれたりだとか、休日、何故だか唐突に別段父が詳しくもない著名なチームのフットボールの観戦に連れて行ってくれたりだとか。後者に関しては帰りに道端で買って貰って公園で並んで食べたバニラアイスのことの方がヨシマサの記憶に残って居たりもする。夏の初めの気温の高さに、目を刺す西日、駆け足で溶けるバニラアイスを口実にでもするかの様に、いつも以上に無口であった父親の横顔と共に。そうしてそんな沈黙を、ヨシマサは何処か心地よく思っていたし、父もそのことを解って居たのだと思う。無論、故郷でも戦争が激しくなってからはもう、バニラアイスだなんてとてもじゃないが手に入らないと言う愛惜も記憶に彩を添えては居るのだが。
さて、今日も修理工場でいつも通りに粛々と業務に従事している父親の横顔を盗み見ながら、ヨシマサは唐突にそんな物思いに囚われていた。すぐに溶接の為のゴーグルを掛けてしまった父親の目元の表情は今や伺い知れないが。
何があったと言う訳でなく、ただ、気付けば父が工場長を務めるこの工場でヨシマサが働き始めて半年ばかりが経っている。勤務前の打刻をしようとした折にそのことに気が付いて、何となく感慨深くなってのこの今だ。かつては遠くから眩しく眺めて居た父の背中を、今は傍らで肩を並べて、横顔を盗み見ることの出来る場所に居る。その事実はどうしようもなくヨシマサの自尊心を擽った。義務教育を終えてからすぐに修理工見習いとしてこの工場に雇われて、気が短くて喧嘩っ早い修理工たちに囲まれ、揉まれ、上手くあしらって折り合いをつける処世を身に着け今に至るのだ。寡黙な父はそれに対して明確に褒める言葉はくれなかったが、工場の中でのヨシマサの物理的な立ち位置が壁際の隅っこから今のこの父の隣へと徐々に移されて来たことには気付かぬヨシマサではない。そうして己の働きで勝ち取ったこの特等席にて、父の技術を公然と盗み見てわが物にすることに、それを許されていることに、ヨシマサは誇りを覚えている。
こうした細かなエピソードまでも含めて、総じて、リチャード・リヴィングストンは実に良い父親であったと言えるであろう。寡黙で勤勉で、実直だ。早くに亡くした妻の遺髪と写真とを銀のロケットペンダントに収め、余所見なぞをすることもなければ、工員たちにありがちな賭けだの酒だのに溺れたりすることもない。酒は嗜めどせいぜいが夕飯の後に寝酒で呷るスコッチの一、二杯、実に模範的で善良な暮らしぶりだと言えるだろう——が、そんな彼がごく稀に機嫌悪げに酒を飲んで居る日があることをヨシマサは知っていた。
その渋面の理由が何かと問うならば、修理した機械の不備やクレームだとか何とかでなく、職場で誰かが揉めただのと言った類の話でもない。そうした仕事の話であれば父は自分で飲み下す。ヨシマサと仕事場を共にするようになった今ですら、仕事の話を自宅に持ち込むことはしない、それはどうやら不文律の父の主義か何かであるらしかった。故に、父が不機嫌な顔をしている日に何があったか、ヨシマサにはすぐに解るのだ。父の弟——即ちヨシマサから見ての叔父について余人が何かの苦言を呈した折にのみ、父はこうした顔を見せる。
叔父についての周囲の評価を一言に纏めるならば、『頗る悪い』、これに尽きた。そうして度し難く性質の悪いことには、この評判の悪さは別に叔父の素行だの倫理観だのの不芳がもたらすものではない。それこそがなお一層に問題なのだとヨシマサは理解しているが故、手の打ちどころがないのも解る。既に打てるだけの手を打っている父にかける言葉も見当たらぬ。
叔父がもしも所謂『解り易い』タイプのトラブルメーカーであるならば、父もヨシマサも別段に困らなかったのだ。
だが、叔父の人となりを言うならば、何処までも人畜無害に他ならないし、実際、会って少しの会話をするだけならば大方の人類は同じ感想を抱くであろう。彼の家族も至極まともだ。学生時代の恋愛から入籍に至ったと言う奥方は朗らかな良妻賢母と言う趣で、彼女の下でのびのびと育った従妹もまた溌溂とした可愛らしい女の子である。そうして当の叔父さんについてもう少し述べるなら、こんな閉塞的な世界に在りながら、昨今珍しい程にきらきらと希望を湛えた瞳をしていて——……。
ひたすらに気持ちが悪い、とヨシマサは思った。
そうしてその不気味さの正体は、個々のエピソードを集めて総じて勘案して漸くに薄らと伝わる類のものだから尚、性質が悪い。故にこそ人々が言葉を重ねて父に訴えるのも必然か。
あいつは精神異常者だ、今にろくでもないことをしでかすに違いない、と。
ヨシマサもそれには同感だった。そうしてその感覚を汲み取り重んじてくれたからこそ、父は彼との距離を措き、ヨシマサの味方としての立ち位置を選んだのであろう。
「悪いが、お前がご近所を不安がらせる実験をやめてくれるまで、付き合い方を考えさせてもらうよ」
実験についてはあくまで噂、カマをかけた節もある。確証もなければ、具体的な被害の実態もない。だが、あまりにも彼周辺から苦情が止まぬ。
決して仲の悪い兄弟でなく、むしろ叔父は父のことを慕っていた。だからこそ父は遂にはそんなカードを切ったのだ。打ちひしがれた顔をして、縋る様な調子で歯切れ悪く何かを言い募った叔父は、しかし、実験をやめるとは言わなかった。それでは実験自体は認めるのかと、仔細を父が問うても確たる答えは得られない。暫しの問答の後、埒が明かないと踏んだのだろう。結局、宣言通りに父は叔父とは今まで以上に距離を措くことにしたのだが——その後も相も変わらず、叔父についての苦情が父に来続ける。その度にげんなりとした様子で「わかってるよ」と短く答える父は、いい加減疲れた様子に思われた。
さて、いざそうして距離を措いてみれば、世は全てこともなしとも言えた。少なくとも、ヨシマサにとっては。父のところには変わらず苦情が相次いでいたのだろうが、寡黙な父はそれを晩酌時の不機嫌さに滲ませる程度で、後で思えばヨシマサには気取られぬようにしてくれていたのであろう。そうして仕事が徐々に楽しくなって来ていたヨシマサは彼の優しさに甘え、それに気付かぬふりをした。父の不機嫌な晩酌の頻度が徐々に増えていた時期が、量産型のウォーゾーンの修理しか任されていなかったヨシマサが決戦型の修理を主担当として任されて浮足立っていた時期と重なって居た為もある。否、そうした時期だからこそ、父はヨシマサに不要な心配をかけまいと努めていたのかもしれない。
だが、幾ら押し隠しても目を背けても、既にこの世に存在している災禍の種そのものが消えてなくなる訳ではない。それは春の訪れを待つ植物の様に、虎視眈々と機を伺って居たのだろう。
そうして邪悪なその萌芽を父が察したらしいのは、どうした虫の報せだったか。
「出かけて来る」
ある日の夜中に告げた父親は、何処までも平静を装っていた。装っていながらも、声音に滲む鬼気迫る調子をまるで隠し切れては居なかった。思えば日中、ヨシマサの見ている前で今日もまた誰知らぬ来客から叔父に関する苦言を父は受けて居たのだが、今夜晩酌をして居なかったのはきっとあの後父なりに十分に時間をかけて何かを考えて居たのであろう。
故に今、短い言葉の返事を待たずに部屋着の上から作業着のジャケットを羽織る父の様子を見て、ヨシマサは既に結論を出して居た。父の言葉への返事は今、彼がエンジンを掛けた、古く角張った5ドアのSUVの助手席にそっと乗り込むことだった。暖機運転をしながら視線だけを寄越した父はついて来るなと言いたげだったが、真っ直ぐに前を向いてその視線を受け取らなかったヨシマサの反応を受けて、結局何も言わずに車を出した。
「もう我慢ならねえ」
「アイツをどうにかしないと——」
いつもよりやや荒い運転をしつつ、信号に引っかかった折や、速度を落としてハンドルを切る折なんかに、父は呟く様に零した。それは独り言の様にも傍らのヨシマサに聴いて欲しがっているかの様にも思えたが、いずれにしてもヨシマサは彼の言葉と、覚悟を決めたかの様な横顔で行き先を理解した。即ち自分たちは今、叔父のところに向かっているらしい。
戦闘器械都市の郊外に向かう道、周りを走る車のランプがひとつまたひとつはぐれて消えてゆく中で、父の車だけが取り残された。そうしてやがて彼も細い脇道へとハンドルを切る。その先にもう灯の消えた集落らしきものがあることにヨシマサが気が付いたのは、ヘッドライトの灯が届くほど随分近づいてからのこと。そこから更に少し走って漸く辿り着いた叔父の家は、家屋と言うよりも白い箱に似て居た。郊外の住宅地なんかより、工業団地の中に佇む方がよく似合う、味も素っ気もない鉄骨造りの二階建て。静まり返る夜闇の中に真白く浮かび上がるくせをして、その実、印象は逆である。時が流れ続ける世界の中でこの白だけがいつまでも同じ色をして留まり淀んでいるかの様な、重苦しい沈黙の色。
「車で待ってろ」
異様な雰囲気に気圧されているヨシマサの不安を察したか、父が声を掛けてくれた。辛うじてヨシマサが首を横に振った時には父はもう白い建物へと向かうところであったので、ヨシマサは黙って彼の後を追いかける。車を降りる前、父が懐に拳銃をしまう様を見たのだ。そんなに危険な場所に赴くのなら、一人で行かせる訳に行くまい。その判断が文字の通りに致命であること等、この時は思いも至らなかったが。
およそ表玄関とは思われぬ、表札も郵便受けも備えない地味な扉から中に入った。窓がないので外から伺えなかったが、廊下に灯りは灯っていない。だが、外観と同じく無機質な白い廊下、それがそうであると知れたのは、一つだけ青い奇妙な光を漏らしている部屋がある為だ。その青い光が白い廊下に映えて奇妙に朧に冷たく白い空間の輪郭を描き出して居た。原子炉の中にいる様だ、と教科書で目にしただけの青い景色にヨシマサは思いを馳せた。今目の前にあるものはそれくらいに現実味のないものだった。
父も同じ気持ちであっただろうか。一瞬立ち止まり、だが、振り払う様にして、覚悟を決めた様にして堂々と青い光を目指して歩いて行く。一歩後ろを、ヨシマサは続いた。
光の漏れる半開きの扉を開けて踏み込めば——果たして、部屋には叔父がいた。
否。叔父も、居た。伯父と、何だかよく解らない——現在進行形で培養槽を割って這い出てくるあれは何だ。質感を言うなら肉、嗚呼、生物か。不完全な肉では覆い切れていない脊髄めいたものを覗かせて居るから骨はあるらしい、そのくせ酷く軟体だ。怖いもの見たさと、正体を知ることで恐怖を和らげようとした本能によって|それ《・・》を眺めてしまったヨシマサだったが、だがしかし、名状しがたい軟体の肢体に五指を備えた人の手が紛れていることに気付いた時点で、脳が稼働を放棄した。
「もう引き返せねえとこに来ちまったんだ、お前は!」
凍り付いた思考に喝を入れてくれたのは父が叔父へと浴びせた叱咤。
「 」
嗚呼、この辺りの記憶は酷く曖昧だ。コマ送りの様にぎこちなく、それも、そのコマが飛んで抜け落ちている。
父が柄にもない声で何かを叫んで拳銃に手をかけようとした刹那、叔父も何かを返そうとした。その言葉が何であったか、聞けたか否かもヨシマサは覚えていない。ただ、その瞬間に父に突き飛ばされた。廊下の壁に背を打ち付けられて咄嗟に抗議しようとした目の前で扉が閉まり、鍵のかかった音がした。
「走れ!!!」
扉の向こう、父の叫ぶ声。切羽詰まったその声音に、弾かれた様に駆け出していた。背中で銃声を聞いたのだか聞かなかったのだかも覚えずに、今更の恐怖に縺れる足で振り返らずに車まで走る。この時聴いた声が最期に聴いた父の声になることは後に知るのだが、仮令この時知っていたとて、何かの感慨に浸る余裕は無かっただろう。
痛い程に心臓が跳ねていた。バクバクと鳴るその音が耳朶を、鼓膜を支配して、それしか何も聞こえない。父が車のキーを抜かずに降りたのを見ていたから、父の車に転がり込んで、発進させた。焦るあまりに幾度か擦ったり軽くぶつけたりしながらも、少し離れた場所まで走る。何処まで行けば安心かなんてわからずに、ただ、丁度よく見つけた崩れかけの民家らしき建物の裏手、来し方から死角になりそうなその場所に隠す様に車を停めた。そうして助手席の下に潜り込む様にして、ただひたすらに蹲る。
あの奇妙な生き物は追いかけて来るのだろうか。 眼球の様なものは認められなかったから、もしかしたら自分のことを認識していないかもしれない。だが、どうだ? 匂いや、或いは別の手がかりで追って来ないとも言い切れないし、そうだとしたらこんなところに身を隠したとて意味がない。嗚呼、あれはどの様にして歩くのだろう。どのくらいの速度で動いて、この場所にいつ辿り着くだろうか。今にも窓ガラスを割って、背を、首筋を、あの気色悪い舌だか触手だかめいた器官が撫で上げるのではないかと思うと、叫びだしたい心地がした。
声の漏れそうな口元を押さえて、恐怖のあまりに過呼吸に陥りそうな呼吸を抑えて、ひたすらに息を殺した。全くの無意味かもしれないと考えながらでも、あの存在と自分とを隔ててくれる車の扉一枚の存在に今は縋って身を潜めている他にない。もしその扉一枚のすぐ先に|あれ《・・》が這い寄り、或いは今もう窓ガラスから己を覗き込んで居るかもしれないとしても、だ。
どれだけ時間が経っただろうか。少しばかり首を捻って見上げた窓の向こうが明るい。どうやら夜が明けたらしい。
父を迎えに行かなければならないとヨシマサは理解している。が、夜が明けた程度で恐怖が消えてくれない。何と言ってもあの化け物は、クラシカルなホラーの悪鬼か何かの如くに陽を浴びて灰になるとは思えなかった。あの存在のことを考えた途端に恐怖がぶり返して来て、情けなく己の頭を抱きかかえたまま、ヨシマサは震え続けた。やがて陽が落ちるのを視界の端で捉えて、また一層に恐怖が増した。
体感的には永久とすら思える程の時が流れた。意を決して車から降りてみれば春先の淡い青空、ちょうど日が昇ったところである。一日ばかり車の中で震えていたと言うことか。車で、エンジンの音を伴ってゆくことが今は恐ろしく、足音を忍ばせる様にしながら恐る恐る、件の建物へと向かう。
建物は、そこになかった。少なくとも、ヨシマサが知っている白い箱の形はしておらず、崩れ残った様な形の廃墟がそこに佇んで居た。傍目から見て辛うじていくつか部屋の形を保っていそうな箇所も見受けられたが、少し前までの無機質で堅牢な面影は見当たらぬ。
人の手で解体するとしたなら、もう少しましに『崩す』だろう。残る外壁にも無数に罅が走る様な、力任せとしか思えない危険な壊し方等は決してしよう筈もない。一度だけ開いた扉がどれか解らず、当時の記憶を辿って方角を頼りに建物に近寄った。ヒトも、生きものも、気配はしない。
半分になった壁と天井、青空に見下ろされながら培養槽の残骸めいた奇妙な機械が残る一室――あの青く光っていた部屋を見つけるのは容易かった。そうしてその部屋のただ中に、瓦礫の中に人間の腕と拳銃が落ちている。その手の甲の小指側、目立つ火傷の痕がある。若い時に癖のあるベルセルクマシンの溶接をして居た時の火傷だといつか話してくれたことがある、見覚えのある傷跡——或いは、それがなくても解ったか。紛うことなき、父の手だ。
そこから先の記憶がヨシマサには殆どない。
恐らくは車で工場に帰った後で誰かに父のことを伝え、法的に必要な所定の手続きをしたに違いない。そして|いつも《今まで》通りの生活を続けるために工場で働いて、帰宅後の空いた時間を埋めるかの如くに工兵になる為の訓練をして日々を過ごした——筈だが、そこの記憶は不思議なまでに、今もどうしても思い出せない。
思い出せない夢かの様に、父の死を知ったあの時からの一連は、薄い水膜一枚を隔てた彼方の様な、ヨシマサにとって何処か遠いところにある。否、夢ならば、どんな気持ちを抱いたか、その一点は目が覚めた後も定かに覚えているだろう。ヨシマサの場合には逆にまず、当時の気持ちが思い出せない。故にそれに紐づく出来事も思い出せない様に思えた。
だが、考えても詮無いことだ。故に粛々と戦闘工兵としての訓練を終え、認定試験に彼は挑んだ。恙なく実技の一日目を終えて、兵舎の屋上でスポーツドリンク片手に壁に背中を預けていた時のこと。
突然に、頭の中に声が響いた。
「俺がお前を止めなくちゃなんねえ」
突然だが、定かに解る。気のせいや幻聴の類ではない、酷く鮮明なその声が、あの時の父の言葉だとヨシマサは確信をする。
命の危険すらも顧みず、あの夜、あの場所に赴いた父、リチャード・リヴィングストン。もしかしたら父はあの時、一人でならば叔父を止められたやもしれぬ。それを妨げたのは迂闊にもついて行った己の存在だ。であれば、悔いぬ。悔いる以上にヨシマサが為すべきことは明確にある。今、或いはあの夜に、父が己に与えてくれた。
『自分が父の代わりに、叔父を止めなければいけない』。
まるで最初からそうプログラムされてでも居たかの様に、己の存在意義や目的がそうと定められていたかの如くに、ごく必然のものとしてヨシマサは己の使命をそう理解した。
それならば、歩き始めよう。前に進もう。壁に預けていた背中を離して一歩踏み出した刹那の、全能感。否、気付いたのが、今であるだけだ。あの言葉が脳に浮かんだ瞬間、に、ヨシマサは√能力と呼ばれる力に目覚めて居た。
見上げた空、透明な魚たちが無数に泳ぐ海のように透き通る蒼穹がある。それが初めて見た√EDENの――√ウォーゾーン以外の世界の空だった。
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