天は二物を与える

作者：lulu

　いつの時代でもどの文化でも、完成形へと至った楽器は美しい造形をしているものだ。とある歌姫の絵画を眺めながら、今僕が思うのはそんなこと。
　満天の星月夜を背景に、黒いアイマスクにて目元を隠した歌姫は朗々とアリアを歌い上げている。纏うドレスは繊細に織りあげた絹の艶と質感を伴う黒が、彼女の優美な身体のラインを彩り、際立たせている。細やかなレースの模様、星をモチーフとしたものらしい宝飾が黒地に煌めきを添える様を見るなら、このドレスそのものが星空の様にも思われた。
　さて、話はアイマスクに戻る。僕は彼女の瞳の色が左右いずれ劣らずとても美しいことを知っているけれど、この場面でそれを秘する理由も解る気がした。光輪の如くに戴く満月、光背めいて煌めく星々に、夜空を模したドレスのいずれも彼女の珠玉の瞳を前にしては輝きを失くしてしまうだろうから、これは妥当な判断なのだとも思われる。
　加えて、歌姫である彼女の歌に聴衆を集中させると言う意味においても、眩いその瞳は隠してしまった方が望ましいのかもしれない。そのくせ、飾り気のない黒いアイマスクで目元を覆ってしまったとて、十分にそれと知れる彼女の美貌は見事と言わざるを得ない。これはどこまでも個人的な所感だけれど、目元と違って化粧で誤魔化す余地の薄い、生まれ持っての骨格そのものがものを言う中顔面から下顔面、余剰のない輪郭に宿る美と言うものはあまりにも本質的なものだと思う。そうしてそのただ中に置かれた形の良い唇が微笑みながら何かを歌う様、音のない絵画を眺めていてすらもそれが希望に満ちた歌だと予感するのだから不思議なものだ。そうしてこの美しい唇が紡ぐ歌なら、声音も必ず美しいのだろうと——嗚呼、否、逆なのかな？
　閑話休題、楽器と言うものは美しいものだ。それは、最終的には人為で優美に仕上げていると言う都合もあるのだろうけれども、土台を言うならば機能美だ。例えばヴァイオリンのF字孔が美しい音の響きを突き詰めた末にあの優美な曲線を誇っているかの如く、天性の歌姫たるもの、天は機能美を突き詰めた造形美を授けているのに違いなく、僕は今それを視覚で享受している。なんて喜ばしいことだろう。
　さて、無限に時を過ごせそうだけど、鑑賞はこの辺り。どうやら僕は彼女の次のコンサートのスケジュールを調べなくてはならないので。

本日の名画：
神賀崎・烏兔のピンナップ『月と星の物語』