創造する世界はこんなにも
|水藍・徨《すいら・こう》(夢現の境界・h01327)は、両親と居たときはどこにでもいる普通の少年だった。
『お子さんは、我々が預からせて頂きます』
そんな声に手を引かれ背中が二人の視線を受けたのが、記憶の中でいつも通りだった最後の姿。離れ離れになる子を、親が観測する権利はない。説得を重ね、それでも否と答える親に厳しい言葉が返ったことは、仕方がないことだったのかも知れない。
強い言葉で、返還を拒絶した声は言葉を、徨は理解できなくとも聞こえていた。
管理するに辺り、書類などそれ以外の手筈は色々組んで、要求する金銭も用意すると手を回す交渉で譲歩を提示したのだが――しかし両親は、ヨシとしなかった。
子供を返してほしいと懇願し、災厄を野放しにしておくように我々へ無茶な交渉を試み続けた。
交渉の決裂。
人類の進化は止まった、人類は黄昏を迎えているのだから――秘密国家機関によって秘密裏に組織で順当に管理していくべきだった。人知を超えたチカラがどんな"災厄"を齎して終わりを産むかなど、問題の天秤には載っていない。
実験、観察が必要だと――正しく必要な時必要な方法で力を使う、使わせることが出来たなら――秘密事項は語らぬままに、徨の返却は機関は頭ごなしでの”ノー”で叩きつけた。
ばぁん。
乾いた音が2つ。頭を直接撃ち抜かれていた。
人類としての機能は、その場で即終了を迎えたことだろう。
交渉の余地がなくなった時点で不可避の現象だった――人類の為だ。
事件が起きてしまったのは仕方がなかったのだ。
誰も疑う余地はない。これは必然だった、と口を揃えて言っただろう。
『ごゆっくり、お休みを』
ばたりと、倒れる両親がどんな言葉を発したか、覚えていない。
どんな表情であったかも。どんな倒れ方をして、地面に伏したのかも。
直視するには刺激が思考がその場で創造のキャンバスが塗りつぶされてしまったから。見た光景を受け止められず、徨はその場で|想像の創造《ディミウルグ》を使い――一緒にいる事が前提の両親を作り出して、手を握った。
――倒れてなんかいない。おかしな現象なんて起きていない。
『……帰りを、待っていて頂けますよね』
創り出されたばかりの"両親"の手を振り払い、殺された両親を指さして。
『そうなったらそちらにも良いことはないでしょう』
これ以上の反発は更に殺害が繰り返されると示唆すれば、親の目線よりも創造主の保身を優先した"両親"は――わかりました、と引き下がり見送りの姿勢を取った。
管理に反対するものは、――もう何処にもいなかった。
創り出された両親は、――今も代わりとなって"生きている"のかもしれないが、徨が真実を知る日は訪れていない。
●
囁く声がした。ばたばたと、走る音も聞こえる。
大勢の大人がなんと言いあっているか、幼い徨にはわからなかったが手元に何かを描いていたり、忙しそうだ。彼らが渡して来るのは決まって、自由帳とペンの数々。
こればかりは、いくらでもくれる。でもそんな新しい自由帳は、いらない。
世界は広がる――どこまでも。古びた自由帳の中で。
その名を――『|Elpis《エルピス》』。
創造主が感情を平静に保てばある程度、平和が約束された世界である。
●レポート・1
今日も対象は自由帳に絵を描き加えているようにみえる。
我々が見て取る絵の中のイメージは、文献から想像するに町並みなどは中世ヨーロッパ――|幻想《ファンタジー》の要素を内包するように見えた。石で出来てる風のタイル調の床、そこを歩くエルフ。小柄なドワーフが背丈より2倍ほど大きな鎚を振るい金物を鍛えているだとか。想像の限り多種多様な存在が今日も描き加えられていた。
幼い|想像の創造《ディミウルグ》は、意図的に創り続けているわけではない。
これは職員たちの認識だが彼が好き好んで描いているだけ、に見えるという意見が多い。
だが、人類災厄の指定が降りているのだ。
我々は管理しなくてはならない。
あの小さな手は、災厄そのものだという意見もある。
この――現実に創作から思い描いた世界を誕生させた、チカラは無視できない。
描かれた世界は、地図上に存在しない。
誰もが口を揃えて言うのだ、『|Elpis《エルピス》』は空想の産物だと。
しかし――"具現化"した世界は黒板に描いたただの絵ではない。
だからこそ、我々は誰一人彼の自由帳の世界を否定したモノはいない。
否定したら最後、――我々は取り返しのつかない災厄を野放しにして、その世界から恨みを買うことになるからだ。
ただの空想から、描き上げられたことで与えられたモノがある。
世界観が、暮らし働く住人が――命を与えられて"生"を謳歌しているのだ。
息をする、生まれる。創造が広がるほど広い世界が、描かれるたびに広がり歴史を深めていくのだ。
世界は確かに生まれてしまった。歴史は既に刻まれ始めている――誰も手を出せない場所から世界が歪められるのなら。
だからこそ、本人に極力知られてはならぬのだ。
生者として息づくものを、削除するのも災害となる。
削除すなわち、命の添削――世界の終焉と修復。
創造主に好き勝手蹂躙される世界など、一体誰が望むのだろう。
我々は経過を記録する。創造主たる彼が意識しないときでも、生きる世界を。
創造主の意向一つで強制的に書き換わる事を余儀なくされる世界を。
災厄を――管理する。
●
僕は、幼い頃から管理されて育ちました。
何年此処に居るのか、覚えていません。
世界に影響がでないように、と言われました。
薬を飲んだり、実験を受けたり、自分の力を使ってみたり。
人が死ぬのを何度も見てきましたが、――もう慣れてきてしまいました。
最初は凄く辛くて、苦しかったけれど……。
僕の力は、下手をすると現実を書き換えるそうです。
今は僕にとって大切な世界、『Elpis』の建物や道具とか、そういうものを作ることが出来るくらいです。
創るたびに、すごいねえって声を聞きますが――表情が笑っていません。お世辞かも知れないです。
簡単な、空間を区切る透明な箱とか……他にも、現実化する事ができるかも知れないですが、まだあまり機会はないです。
時々、両親のことが気がかりで――職員の人に聞いても、答えてくれません。
両親に会いたいという気持ちは募っていきます。
あいたい、です。そろそろ。
でも――僕一人ではどうしようもありません。
此処に居るように、と"両親"が言っていたとは聞かされてきました。
周りに迷惑かける訳にも行きません。
今日も、1日管理されて、過ごします。
「……僕は元気です」
声がもし届くなら、伝えてほしいと思わなくもありません。一人事を呟く自由くらいは、ありますから――いつか届いたら良いのに、と思います。
●レポート・2
対象は、両親の殺害を自身の創造の力で、『両親は帰りを待っている』と記憶をすり替えた。現実そのものを、管理される前にすり替えた。死体は此方で処理したが、"創造の両親"は"在る"と言えるだろう。
それが偽物か、本物かはシュレーディンガーの猫と同義と言える。
創造主たる彼にしか、その見分けはつかないと予想する。
彼の最初の欠落は、両親。
そして、年月を重ねて管理していくうちに――感情が、次に欠落した。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功