その肖像の歌声は
楽園の住人と言うものは往々にして美しく描かれるものだけれども、鳥とてそれは同じらしい。迦陵頻伽、極楽浄土に棲むと言う半人半鳥を名に負う人間災厄は、額縁の中で美しく此方に微笑みかけていた。
僕の信じる神のお膝元とは異なる異教のその楽園、しかし光輝に満ちた場所なのだとは知っている。その場にこの少女の白く﨟󠄀たげな姿はさぞよく映えると思う。楽園に咲き零れる花々を映したかの様に薄紅や淡い蒼を毛先に宿す白く柔らかな御髪は、たとえ地獄にあろうとも、苛烈な炎を映してそれはそれでまた美しく奔放に煌めいて魅せるのだろうけれども。
でも、その場に於いてすらきっと滑らかな白皙の肌は白いまま、彼女はこうして涼しげに微笑むのだろうと、何故だか確信めいて思える。事前に画廊の主人から聴いた人間災厄の前情報に引きずられる訳ではないのだけれど、この少女の可憐な穏やかさには何処かヒトと異なる、超然としたものがある。ただ嫋やかに微笑んで居る、首から肩にかけての線のみを見てすら知れる程度に酷く華奢な彼女の、何がそんな趣を醸し出して居るかと考えてみれば——嗚呼。この宝石の様な瞳は確実に、一役を買っているのに違いない。
石で言うならクンツァイトかな? 透明感のある上品なライラックピンクは、ピンクスピネルやパパラチアサファイアよりも少しの寒色を帯びている。でも、宝石に喩えるのもどうだろう? 円らで黒目がちなこの瞳ほどのカラットのものはなかなか存在しないだろうし、加えてもしもこれがルースだったら、あまりにもクラックが多すぎるのかもしれないね。でも、複雑に走り、光を捉えて閉じ込める無数の罅は、このクンツァイトの瞳を損なうどころか、忘れ得ぬ唯一無二たらしめていると思えた。繊細で複雑なその煌めきは、眺めても眺めても飽きが来なくて、思わず見入ってしまう程。
時間泥棒から逃れる様に、無理をして僅かに視線を逸らすと目に入ったのは彼女の右目の下の五線とト音記号。刺青——と言う世俗の言葉でこれを表すことを躊躇う僕が居る。言うなれば、これは聖痕なのだと思う。神が彼女に与えた恩寵。であればこの印が示すが如くにきっと彼女は音楽の、歌の才に秀でて居るのだろうと納得が行く。
会ったことも無い絵の中の少女の歌う声へと思いを馳せるのは、或る種の狂気かもしれないけれど。
【本日の名画】
キャロル・フロストのバストアップ(2025年3月6日納品)
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功