きりきりマイマイ
世界を跨ぐ行為に関しては――怪奇を巡る行為に関しては――あまり恐怖を感じない。何故ならば世界とは、怪奇とは、事実として、あらゆるものを享受するからだ。世界の舌はひどく大きく、ひどく長い。怪奇の胃袋とはひどく大きく、消化しない。ならば、私は如何して、非現実を……シュールを恐れようとしているのか。怖れてはいけないと、畏れてはいけないと、上司とやらに深く、肝に銘じよと釘を刺されていると謂うのに。世界が変わったと謂う事くらいは、別の場所にいる事くらいは、なんとなくだが理解はできる。陰鬱だった景色が今では薔薇のような活気に中てられているのだから。しかし、まさか、此処まで我々に相応しくない場所に身投げする破目になるとは、想定外も想定外である。ともかく、軽く監視対象について再確認をしなくてはならない。たとえ、此処が所謂|遊園地《テーマパーク》であろうとも、私は私の務めを忘れる事は赦されないのだ。
人間災厄「カタツムリさん」は未曾有を孕んでいる。人間災厄「カタツムリさん」の感情が『たのしい』に傾けば傾くほど、周囲の人間まで『たのしい』にやられるそうだ。その結果は以前、動画で見た事がある。たのしいに狂わされたDクラス達が原因不明な回転衝動に冒されていたのだ。加えて全員が自身を「カタツムリさん」と自認していたらしい。見ている此方の目が回りそうになるのだが、現状、それくらいしか破滅性がわかっていない。つまり「カタツムリさん」には他の未曾有が隠されているかもしれない、と、謂うのが上の考えである。それで、私が監視員として選ばれたと謂うワケだ。更に「カタツムリさん」の隣には如何やら寄生されていると思わしき男性がいるらしい。成程、存在していた、実に美しい、銀髪赤瞳の男性である。
監視対象の二人はまず、遊園地ではお約束と謂ってもいいアトラクション、コーヒーカップに向かったようだ。人間災厄「カタツムリさん」の破滅的な性質を考えると、成程、と、納得だ。他のアトラクションではあそこまでの回転は味わえないだろう。それに、何より、他のアトラクションと比べたら待ち時間も少ない。資料によるとどうやら人間災厄「カタツムリさん」は待ち時間というものが嫌いなのかもしれない。盗聴器の類はないけれども、なんとなく、監視対象二人のやり取りはわかる。人間災厄「カタツムリさん」は楽しそうだが、男性の方はあまり乗り気ではなさそうだ。寄生されてから時間があまり経っていないのかもしれない。観察を続けよう。
予想をしていた通りだが――監視対象二人が乗り込んだカップは――人間災厄「カタツムリさん」の所為で狂った独楽よりも回転をしていた。監視をしている此方が眩暈を覚えるほどの、気分が悪くなるほどの大回転だ。あれでは、普通の人間だった場合、確実に、所謂『酔い』とやらに苛まれるだろう。あのコーヒーカップはパンフレットによると五分間動いている。あの速度だと一秒間に一回転をするから……いや、考えるのはやめておこう。そうこうしているうちにコーヒーカップが停止したようだ。監視対象二人の様子――描写する必要もないが、一応。人間災厄「カタツムリさん」は上機嫌、男性の方はお気の毒である。いや、それでも、一回目くらいは耐えられているようだ。そして私はある種の地獄と謂うものを目撃したのである。そう、カタツムリさんはこの程度で満足しなかったのだ。
ルトガルド、少し一休みをしよう。あのゴンドラなんて、ゆったりと、この園の景色を眺められると思うんだけど、どう? 極めて冷静を、極めて平常を、装う事には成功していた。にっこりと微笑み、カタツムリさんへとご提案をする。それにしても、途轍もなく顔色が悪いではないか。近くで眼球を観察したのなら、きっと、小刻みに震えているに違いない。わたし、カタツムリさん! 伯父様! 舟遊びなんて遊園地じゃなくてもできるし、白髪になってからでもできるわよ! あと、わたしはルルド! ルルドよ、伯父様! カタツムリさんは『たのしい』に嘘をつけない。嘘をつけないし、妥協もできない。だから、ぐるぐるする為にコーヒーカップの入口へと向かう。わたし、カタツムリさん! コーヒーカップってカタツムリに似てると思わない? 今日はコーヒーカップには10回は乗ると決めてきたの! 地獄だ。誰にとっての地獄なのかと問われれば、吸血鬼その他にとっての地獄だ。一緒に並んでいた遊園地のお客さん、会話に耳を傾けるとする。
おれ、カタツムリさん! 友達と遊園地に来たんだ! 今から、コーヒーカップを皆でぐるぐる回そうと思う! あなたもカタツムリさん? アタシも、カタツムリさん! 真のカタツムリさんを目指しましょう? カタツムリーグを制覇するのはぼくだ! だから、ぼくはコーヒーカップを回すよ! ベルが響く。コーカスレースへ強制参加させられたアリスのように。わたし、カタツムリさん! ところで、カタツムリって何かしら! ルトガルド、君以外にもカタツムリさんがいたんだね。コーヒーカップがお気に入りなのはわかるけど、でも、もう、七回目になるから、そろそろ、次は他のものも試してみるのはどうだろう。眼球振盪なんてレベルではない。回転しすぎて三半規管以外にも悪影響が出ているのだ。伯父様! そんなこと言うなんて、勿体ないわ! さっきも言ったけれど、わたし、コーヒーカップには20回は乗るって決めてるの! ルトガルド? さっきは10回だった筈だけど……? わたし、カタツムリさん! 目が回ったなら、反対方向に回ればいいの! カレイドスコープ。眩暈の所為だと思うしかなく、カタツムリさん、後光はファム・ファタールめいていた。
ようやくの10だ。残っているのは10である。眼球振盪を、目が回る感覚を、もう、一生分は味わっているだろうか。る……ルトガルド……今更だけど、僕、ちょっと酔い止めを買いに行って良いかな……。悪意の類を何処かに忘れてしまった吸血鬼、如何やら、酔い止めも忘れてしまっていたようだ。まぁ大変! でも、酔い止めなら、さっきからついてきているあの人たちが持っているのではないかしら! 気付かれた! いや、気づかれていた。残念ながら――私は酔い止め薬など用意していない。ルトガルド、気づいていたのかな。でも、あの人たちは持っていないらしいよ。それと、ルトガルド、僕は少し化粧を直してこようと思うのだけど……。伯父様? まあ、伯父様! お顔がカタツムリさん! 伯父様が帰ってくるまで、あの人たちともくるくるするの! ルトガルド……? 助けなければ、と、吸血鬼は思ったが……。
口紅を塗り直さなければならない。
わたし、カタツムリさん! あの人たちともくるくるしたの! 今ではみんな、カタツムリさん! まあ、伯父様! 戻ってきたのね! カタツムリさんたちがお出迎えよ! 吸血鬼が戻ってきた時、付いてきていた監視員はしっかりと目を回していた。もちろん、正気ではないという意味も含まれる。ルトガルド? 何をしていたのかな? わたし、カタツムリさん! 今日はコーヒーカップには100回乗ると決めてきたの! ルトガルド? 申し訳ないけれど、僕は今、急用を思い出したんだ……。伯父様……。憐みの目だろうか。
わたし、カタツムリさん!
独楽回しがやりたいの!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功