相反の花
血縁は断ち切れぬ|呪詛《のろい》だと云うのなら、子孫を産み後の世へ繋ぐために用意された過程である愛もまた呪詛なのだろう。
人である以上は――否、生物として呪詛からは逃れられぬ運命なのだろうが何の因果か静寂・恭兵は傀儡人形を愛してしまった。
血縁や子孫を為せぬ傀儡人形を愛することで宿命から逃れるせめてもの反逆だったのかもしれない。
「はぁ……あつい」
恭兵は気怠げに溜息をひとつ吐いた。木の葉が擦れ違う隙間から陽光が照りつけている。
季節は梅雨。生憎のこと空は雲ひとつない快晴であり、蝕むような湿気と苛烈さを増しつつある太陽が恭兵から気力と体力を奪っていく。
夏の始まるの熱気と快晴が憎々しい。だけれど、雨が降っていたのならそれはそれで煩わしかったので別に良いか。
恭兵は現在山にいる。かつては霊山として崇められ信仰を集めた神域も時代を経るにつれて忘れ去られていった寂れた荒野。
遺されたのは荒れ果てた聖地と朽ち果てた祠や社殿だったものだ。
得てして人より忘れられた寺社は救いを求める悪鬼の根城と成り果てる。
此度静寂家より恭兵へとくだされたのは廃社に巣くう悪鬼悪霊を祓い清め救うことである。
ゴーストトーカーの名家と讃えられし静寂家。その中でも稀代の才を持ち将来を嘱望された恭兵にとってはこの程度の祓いなど赤子の手を捻ることよりも容易い。
むしろ、自分でなくてもよかったのではないかとさえ思う。
喪服にも似た黒スーツは熱気を吸収し恭兵を汗ばませる。山中での仕事になるからと虫除け対策も万全にしてきたはずだが草木や汗にかぶれたのか蚊に刺されたのか足首の辺りが無性に痒い。
山を下りたらまずドラッグストアに向かってかゆみ止めと飲み物を購入しよう。
購入したかゆみ止めを使用した後少し休憩したら、さっさと宿に戻ってしまおう。
そしてこの汗をシャワーで流して、疲労した身体を湯船にでもつかって癒やしたい。
だが、その前に一服してから下山でもしようか。そう思いついた恭兵はスーツのポケットから煙草を取りだそうとして眼前にあった“其れ”に気がついた。
「あれは……」
恭兵の眼前に現われたのは青草の中に出鱈目に黒洋墨を撒き散らしたかのように点在する黒い花だった。
主に北海道の高山帯の草地を中心に自生する高山植物のひとつである蝦夷黒百合。
名が示すように百合のような形状の黒い花を咲かせるが、実のところは百合と呼ばれている花々とは別属の花である。
黒々とした花は百合が持つ清廉さとは真逆の気配を持つ花は風貌通り呪詛の謂れがある。
戦国時代に不貞を疑われた側室が死の間際に黒百合の咲いたら必ず家は滅びると呪いの言葉を遺し絶命した。
その一方で、アイヌ民俗には思いを込めて他人に知られぬように好きな人の傍らにそっと置き、その想い人が手に取れば必ず結ばれるという言い伝えもあるという。
愛と呪詛。相反する花だからこそ心惹かれたのかもしれない。
恭兵は身をかがめて黒百合を一本だけ手折る。
微かに揺れる花弁を見つめながら想い浮かべるのは愛しき白椿の姿。
この花を屋敷に持ち帰ったら彼女の傍らにそっと置いてみよう。
彼女はこの花を手に取ってくれるだろうか――。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
✽黒百合✽
白百合と酷似しながらも別種の漆黒の花。
ある者は呪詛を託し、またある者は想いを込めて花を捧げた。
愛と呪詛。相反するふたつの花言葉を抱えている。
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功