啜る味わいはあたたかく
ひゅう、と音を立てて吹く風が、街路樹の葉を落としていく。
冬はまだかと騒ぎ立てていたのはいつのことやら、今やすっかり襟を掻きあわせる寒さが続いている。特に陽が落ちて、家路を急ぐ人々が行き交う時間ともなれば息は僅かに白くなり、飛燕・輝多(DizzyDog・h02561)も思わず手を擦り合わせた。
「うう〜、やっぱ夜は冷えるぜ…!」
捜査官としての仕事を終えた道すがら、今日は思ったよりも大事が無かったことを喜びつつ、軽い足取りで向かうのは自宅――ではなく。表通りを一本奥へと逸れた先にある、渋い赤暖簾を構えた店だ。
『らぁめん処 楽味園』
行きつけと呼べる程に通い、そらで描けそうなくらい見慣れた店構えだが、この風景を見るたびなんとも気持ちがワクワクする。その逸る心のままに暖簾を掻き分け「おかみさんすんません、いつものいいっすか!」と声をかければ、ちょうど配膳を終えたらしいおかみさんがパァッと顔を綻ばす。
「あらーてっちゃんおかえり!今日は定時に上がれたん?」
「そっすね!でもしっかり働いたんで腹はめっちゃ空いてるっす!」
「そうか〜、せやったらがっつり食べなあかんねぇ!」
訛りの乗った言葉遣いに気やすさを滲ませながら、おかみさんが笑顔で注文を流す。厨房の店主も、よっ!と手を挙げて気さくに挨拶を寄越すと、すぐに手慣れた様子で調理に取り掛かった。麺をザルごと湯に放り込み、片手で中華鍋を振りながらお玉で数種類の調味料を器用に掬い取る。いつ見ても見事な手際の良さにほー…と感心しつつ、定位置となりつつあるカウンターの端に陣取ってジャケットを脱ぐ。するとよう似合ってるねぇ、新品やろ?とこれまた手慣れた様子でおかみさんがハンガーに掛けて壁に避難させてくれた。そうこうするうちに「はいお待ち!」と店主手ずから輝多の目の前に、店自慢の特製スタミナラーメンがドン!と置かれる。炒め野菜とチャーシューがたっぷり乗った鉢は、麺とスープが見えないほどのボリューム感。のぼる湯気に待ってましたと中華屋の風情あるプラスチック箸を取り出して、頂きますと手を合わせてからゆっくりと――一口目はまず、麺とスープを味わうターンだ。
ーースープは鶏ガラ醤油をベースに、どちらかと言えばあっさり目の仕上がり。しかし縮れ細麺が浮かぶ鶏油をしっかりと絡め取り、コクのある味わいを舌に届けてくれる。いつも通り変わらない、安心と安定の旨さに自然と輝多の頬が綻ぶ。
次はたっぷりの野菜を麺と絡めて、二口目。塩ベースにガツンとにんにくが効いた野菜炒めはシャッキリとクタクタ、どちらも良い塩梅に混じり合っていて食感がまず楽しい。野菜のぶん口に含むスープは少なくなるが、おかげで麺の小麦の風味が引き立ってこれまた美味しい。
三口目は惜しげもなく盛られたチャーシューをがぶりと齧ってからの、スープ。余分な脂身を削いだ肉厚のチャーシューは、歯応えを残しつつも噛めばほろりと繊維が解れていく絶妙の仕上がり。そこにつるりとスープを流し込めば、胃があたたかな充足感で満たされていく。
「あ~、やっぱこれだ。さみぃしあったけーもんが沁みるわ……」
「てっちゃん食べっぷりが良いからいつ見ても気持ちええわぁ〜。はい!ビールといつものオマケね!」
にこにこ恵比寿顔のおかみさんが瓶ビールに添えるのは、味玉と店特製の味付けザーサイが乗った小鉢だ。これを食べる為だけに来る客も居るくらいの隠れ名物で、思わずやった!と小さくガッツポーズを取る。その後も他愛無い世間話を重ねつつ、箸も絶えず進んでいって。
寒さ染み入る冬の日に、いつも通りの幸せを噛み締めながら。
――ごちそうさまでした!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功