カフェーでのバレンタインチョコ作り!
「第一回! チョコレート作ろうの会ー!」
カフェーの厨房、世界観に合わない声が響き渡る。その声の主は長峰モカ。|バイト服《セクシーなメイド服》である。
「「……」」
アリシア・イーフェ と、|四之宮・榴《シノミヤ・ザクロ》は若干苦笑い。普通にチョコを作りたかっただけなのに……。
「榴お姉ちゃんもモカお姉ちゃんもありがとうなの!」
イーフェの笑顔が、場を明るくする。かわいいね。
「…はい、頑張りましょうね、イーフェ様、長峰様…」
そう言いながら準備をするのは榴である。さすが執事服。仕事ができる!
「準備もできたし、それじゃあ、はじめよー!」
……モカさん、何もしてないけどね。
●
「…まずは、チョコレートを湯煎、しましょう…」
はーい! と元気な声が二つ。ホワイトボードには執事エプロンの書いた作業工程のメモが書いてある。さすが先生である。今日は作らないモードらしい。
「えしょ、んしょ……!」
「大丈夫? 手伝おうか?」
今回自分のチョコを作っているモカからのお手伝いも、んーん、大丈夫! と笑顔で固辞するイーフェ。
「自分で出来ることは全部自分でやりたいの! でもありがとうなの!」
やはり、自分でできることは少しでも自分でしたいのだ。それはもちろんお菓子作りが好きだから、というのもあるのだが。
その、右腕の”あるべきところ”がぶんぶんと揺れる。それは、彼女の|好奇心《欠損》の証。魔法でその模倣品は作ることはできるものの、あんまり器用……とは言い切れないわけで。
「あ…ゆ、湯煎は… 僕がやります、ね…?」
あくまで先生役である榴も、サポートとして湯煎の準備に取り掛かっている。やはり、火を使う作業など、危険を伴うものに関してはサポートに入る。しかし、あくまで”お手伝い”である。お互いを尊重しているからこそ。そういう程よい関係なのである。
「榴お姉ちゃんありがとうなの! んーと、ここをこうするの!」
コネコネコネコネ。
榴がボウルを抑えつつ、ゴムべらを一生懸命動かすイーフェ。
よいしょ、よいしょ。
動かせば動かすほど、固形のチョコレートは滑らかに。
うんせ、うんせ。
「滑らかになってきたの!」
その声は、嬉しそうに。その声が、厨房を明るくさせる。
「うんうん、よきかなよきかな」
などと後方彼氏面しているのは、モカである。何やってんの?
「ふふふ、今回使うのはこれさ!」
誰にいっているのかわからないが。なんか1mm厚みの鉄板を3枚持っている。なんでも、厚さ1mmのチョコを作るらしい。
「チョコレートの ココアバターの結晶構造は6種類有り、チョコレート特有の特徴であるパキッと割れてサラッと溶けるのはⅤ型結晶構造のみが持つ特徴で云々」
「え、ええ…と、長峰、様?」
「モカお姉ちゃん……?」
気がついたらメガネをかけているモカ。ちなみに、こうやって二人が変な顔している時も説明を続けている。真面目か。
「〜これを練ることでⅤ型の結晶が発現する。これを冷やし固めるとこちらの希望するⅤ型の結晶のみ発現したチョコが出来上がる。テンパリング終わり!」
……要約すると、温度の調整をしっかりしないと口溶け滑らかなチョコにならないよ、ということらしい。モカさん温度計片手に頑張ってます。
「ところでさ?」
「んー、どうしたのモカお姉ちゃん?」
「誰に渡したいのかなぁ? お姉ちゃんに話してみなさい?」
ウリウリ。肘でイーフェのボディをぐりぐりしつつ、開けっぴろげにモカはそういうことを聞いてしまうのだ。ちなみに、イーフェ自体はネリネリが終わり冷蔵庫で冷やしている時間なので安心安全である。ちゃんとそういうタイミングを狙ってる可能性がある。
「な、長峰…様…? そ、そう…いうのは…?」
榴が思わずそう口走ってしまうほどのストレート。あーあ、イーフェさん顔真っ赤にしてる!
「……うーんと。その…… えっと……、な、内緒なの!」
可愛いね。顔を真っ赤にしつつも、そう口をつぐむ。拗ねているような、怒っているような、そんな表情も可愛いね。
「…長峰様…?」
ジトー、と冷めた視線を榴が浴びせかけている。……まぁ、いつも通りかもしれない。
●
「まーるめーてまーるまーるー」
そう口ずさみながら。イーフェは先ほど冷蔵庫で冷やしたチョコレートを丸めている。
「…上手に、出来てますよ」
榴の言葉に、えへへ、と笑みを浮かべる。少し歪なところもあるけれど、綺麗に整った球体が並んでいく。
「そういえば、榴お姉ちゃんはなんで作らないの?」
はてぇ? と?が浮かぶイーフェちゃん。確かに、一人だけ作ってないのである。ちなみにモカさんは今テンパリングしたチョコを1mmの厚さに揃えている。この上に生クリームとマンゴークリームを絞るらしい。
「そ、それ…は、ですね…」
執事服が、少し言い淀む。確かに、ここの3人みんな女の子である。執事服だけど。あのモカでさえチョコを作っているというのに。
「ぼ、僕が…作る、と… ”|完全に再現《トレース》”することができて…しまう、ので…」
「完全に再現なの? 榴お姉ちゃんすごいの!」
すごーい! とその目を見開き、イーフェは手をブンブンさせる。可愛いね。
「それだったら、もっと作ったほうが良かったと思うの! どんなチョコも完璧に作れるの!」
いえ、渡す人もいませんし……という顔をしつつ。
「…大丈夫、ですか?」
「大丈夫なの! 榴お姉ちゃんの教え方が上手いからなの! 流石なの!」
にぱー。その左手で、一生懸命チョコを丸めている。その笑顔は、本心に違いないだろう。
●
「「かーんせーい!」」
二人の声が響く。榴さんだけ乗っかってないのは、そういうのをやるタイプじゃないからである。きっと。たぶん。
「モカお姉ちゃんのチョコ、すごいの……!」
ふふん、でしょー? とドヤ顔のモカ。厚さ1mm、1cm四方のチョコの上に、生クリームやマンゴークリームが絞ってある。バターナイフの上に盛り付けられたチョコは、高級店のそれと言われても遜色ないかもしれない。
「あ…これ、口の中でスッと溶けます、ね…?」
1mmという薄さだからこそのほのかなチョコの風味にクリームを味わう逸品に仕上がっているようで。
「……す、少し、恥ずかしいの。ぶ、ブサイク、だから……」
思わず、イーフェは顔を隠してしまう。少し歪なその|球体《チョコレートトリュフ》は、ココアパウダーを身に纏い、器の中にひしめき合う。さっきのチョコを見せつけられると、少しコンプレックスかもしれなかっ……ひょいっ、ぱくっ。
「んー……、あ、ココアの苦味が先に来て、チョコがふわっと溶けるとその甘みが口に広がるね…… これおいしいよ、いやマジで!」
モカさん、我慢できずに一個口に放り込む。笑顔でイーフェにサムズアップ。モカさん、嘘つかない。
「…大丈夫です。…どんな形でも、きっと喜んでくれますから… 安心して、ください」
榴も、笑顔を浮かべながら。一粒のトリュフを口に運ぶと、美味しいですよ、と。
「私も食べるの! んー、少し苦いけど、美味しいの!」
イーフェも、その笑顔をみんなに見せて。この|場《厨房》が、笑顔に包まれる。
「二人とも、ありがとうなの!」
「いえ… これぐらい、いくらでも、ですよ…」
「自分の分のチョコも作ったし、楽しかったから、よし!」
ぴょこん、とイーフェは頭を下げて。二人も、笑顔を返す。
「あ、あとは、これを渡すだけ、なの……」
イーフェは、そう呟いたのだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功