シナリオ

桜真珠と黒猫の|小夜曲《セレナーデ》

#√EDEN #ノベル #あなたに花の彩りを

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 花岡・泉純が鍵盤をなぞる手を止めたのは、ピアノを弾く手の甲に桜の花弁がひとひら舞い降りたからだ。
 開かれたままの窓から花びらを運んできた春風が悪戯に楽譜の頁を捲っている。
 ぱたんとピアノの鍵盤蓋を閉じてから泉純は窓辺に立ち寄った。
 窓越しに眺めた空は、いつの間にかすっかりと夜の藍色に染め上げられていたようで、濃紺色の夜空にぽつりぽつりと穴をあけたかのような星々が煌めいているのが見えた。
(――良い夜、だね)
 春朧に霞む月を見上げながら心の中でつぶやいた。
 こんな素敵な夜を部屋の中で過ごすのは勿体ない。泉純はふと散歩に行こうと思い立つ。
 雪桜のような真白のトートバッグにお気に入りのドリンクを詰め込んで、夜の街へと繰り出した。
 昼間は眠たくなるようにのどかで麗らかな暖気だけれど、夜ともなれば頬を撫でる春の夜風は未だ少し冷たい。
 心地よく夜の気配を浴びながら向かったのは川沿いの親水公園。
 親水公園として整備されているこの場所は見事に手入れをされた桜並木も名物で視界の果てまで続く桜色は圧巻の一言に尽きる。
 泉純も気に入っている場所であり、桜の季節はよくこの場所へと訪れていた。
 仄かな街灯に照らされた桜並木が幽かに夜に浮かび上がっている。
 夜間の親水公園には泉純の他に人はない。
 静寂に心地よさを感じながら泉純はベンチに腰を下ろして、鞄から桜ミルクを取り出した。
 口の中にほんのりと甘い春の味を口に味が広がる。お気に入りの味に泉純の口元が綻んだ。
 ふうと穏やかに一息を吐いてから夜空と桜を見上げる。
 濃紺の夜空に、淡桃色の桜。二色で構成された世界に心奪われるように眺めていた時だった。

『にゃぁぁぁん……』

 鈴を転がすような甲高く柔らかい声に視線を地面へとうつろわせる。
 ちょうど泉純の足元に大きな影が在った。だが注意深く其れを見てみれば黒猫であることがわかる。
 野良猫にしては人懐っこいようで何かを訴えかけるかのように星のような金色の双眸で泉純のことをじっと見詰めていた。
「ふふ、あなたもひとりなの? こっちにおいで」
『にゃあん』
 泉純が誘うと黒猫はぴょんっとベンチに飛び乗って、寄り添うように泉純の隣に腰を下ろした。
「触っても、いい?」
 訊ねると猫は不思議そうにきょとりと首を傾げた。泉純がそっと手を伸ばすが猫は特に嫌がる素振りを見せなかった。試しに撫でてみたが気持ちよさそうに目を細めて撫でられている。
 野良猫にしては随分人懐っこい。もしかして迷子の猫だろうかと首輪を確認するが、特にそういったものはないように見受けられた。
 もしかしたら近所で大切に可愛がられている子なのかもしれない。
 暫くそのまま猫を撫でているとふいにするりと猫が立ち上がり、泉純の膝の上へと軽やかに登りそのまま丸まって眠ってしまった。

「あれ、寝ちゃったの……?」

 泉純は黒猫に問いかけてみたが気持ちよさそうに寝転がる猫からは当然何のこたえもなかった。
 どうしようかな。すぐに起こしてしまうのは可哀想だし、それに嫌な気はしない。
 猫が起きるまでは暫くここで夜桜を眺めるのも悪くない。
 膝の上の柔らかな体温を感じながら、泉純は桜を見上げた。

 まるで輪廻が巡るように|出逢いと別離の季節《春》を彩る桜は仄かな街灯に幽かに照らされて、今まさに花の盛りを迎えていた。
 斯うして花の盛りを迎えた花は、ゆるやかに|はなびら《いのち》を散らして甘い死を迎えるだけだ――。


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✽桜✽
春の訪れを言祝ぐ沫桜色の花。
仄甘い死の気配を漂わせ新たな季節を彩り、咲き誇る。
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🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​ 成功

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