美食倶楽部の食訪記〜ショコラ迷宮攻略譚〜
──天より降り注いだ遺産により、√ドラゴンファンタジー世界にはあらゆるダンジョンが存在する。
擬似異世界と化したダンジョンは本来、竜漿を持つ存在を凶暴なモンスターへと変貌させうる危険な場所だ。しかしそんな危険なはずの迷宮探索をする冒険者が、この世界でメジャーなジョブになっているのは理由がある。──そう、ダンジョンの奥には人々を魅了して止まない、『お宝』が眠っているからだ。
「ダンジョン行きましょうと皆さんを誘いましたが…着いてきてくれて嬉しいです!」
ことの発起人であり【美食倶楽部】の部長も兼ねる九途川・のゑりが、ダンジョンの道のりを歩きながらメンバーに向けて喜びと感謝の意を述べる。
「このメンバーで出かけるのは初めてですね!」
表情は凪いだものながら、弾むような声音のおかげで茶治・レモンも共に探索へ行けるワクワクを感じているのが分かった。
「この日を心待ちにしておりました。ウォーゾーンではまずお目にかかれないものですので」
葛木・萩利もやはり顔からは読み取りづらいが、未知のものに対する期待が丁寧な言葉端から溢れていた。ましてや今回目指すのは、物資の貴重な√ウォーゾーンからしたら夢のような──
「スイーツダンジョン!さぞ種々様々なスイーツを味わえるのだろうな!」
皮崎・帝凪が快活な声で、踏み込んだ場所の名を告げる。そう、美食倶楽部の名に相応しく、今回集った4人が目指すのは甘味に溢れたスイーツダンジョンだ。道中のモンスターもキャンディケイン足のフラミンゴだったり、ぷるぷるわらび餅風のビッグフロッグだったりと、甘さを全面に押し出したものばかり。更には水飴の滝やフルーツグミの樹なども生えていて、|現地調査《つまみ食い》の折には皆から絶賛の声が上がっていた。ならば最奥にあると噂される、チョコレートに因んだらしいとっておきの『お宝』はいかなる美味なのか。皆の期待が高まる中、辿り着いた先に居たのは──
「ピヨっ!ここから先はタダでは通さないっピよ!」
──ででん!と大きなチョコレート色のヒヨコ🐣だった。
「巨大なチョコレートに道を塞がれる可能性もあろうかと、腹はペコペコにしてきた!…のだが、まさかヒヨコに塞がれるとはな!」
「√世界はなんでもありと聞きましたが、面白いモンスターもいるものですねー」
ふむ、と帝凪とのゑりが全長2m近いピヨをまじまじ眺めるあたり、キモが座っているやら何やら。
「うわわわ…ふわっふわですね…!もしやこの方がダンジョンのお宝なんでしょうか?あのっ、ちょっとモフッとしてみても…?」
「モンスター…のように見受けられますが、茶治殿がそう仰るなら…その可能性も?」
他のメンバーとはやや違う観点からチョコピヨ(※暫定仮名)をキラキラの目で見つめるレモンに、ダンジョン慣れしていない萩利が思わず肯定しそうになる。
「違うピヨー!いやっ確かにボクはオタカラ級のむちふわプリティだけど、このダンジョンのオタカラは奥に隠してあるピヨ!それが欲しくば──」
「「「「…欲しくば?(!?)」」」」
「ショコラティエモンスターのボクに、サイコーのチョコレートを作るピヨー!!」
………えっ?
「……えっ、作る?俺たちが?」
「美味しいチョコ楽しみ!…と思ったら、僕たちが作る側なんです!?」
突然のことに暫し固まった4人から、意識を取り戻した帝凪とレモンが当然の疑問を口にする。
「そうピヨ!ボクはチョコレートが大好きなんだけど、最近ちょっとレシピがマンネリになってきて…」
「その手?羽?で作れるんですか!すごいなー」
「羽ピヨ!ともかく他の人が作るチョコもたまには食べたいんだピヨ!ただし、タダでとは言わないピヨ…作ってくれるなら、ボクとっておきの『極上カカオの実』をあげるピヨッ!」
そう言って如何にも宝が入っています、と言った風情の箱をチョコピヨがチラチラと見せつけてくる。
「なるほど、チョコ作り…因みにこちらの充実した調理設備は、如何にして集められたのでしょうか?」
と、チョコピヨのいる空間の隅、広いテーブルの上にやけに整った調理器具が揃った一角を見て萩利が尋ねると、何故か自慢げにチョコピヨが胸を逸らす。
「ダンジョンを荒らす人間たちから|拝借した《かっぱらった》ピヨ!」
…まぁ、迷宮を棲家としてるものからすれば勝手に入ってくる人間は迷惑なのだろう。こちらも敵対すれば倒すこともある、と思えば一旦諸々に目を瞑ることとして。──目の前に揃えられた食材と器具、そして美味しい景品も用意があるとなれば、『美食倶楽部』としては挑むに薮坂ではない。
「菓子作りは初めてだが、料理とはある種の科学実験……なればこのダイナ様に作れぬ道理なし!ピッカピカのチョコレートを作ってやろうではないか!」
卵白の泡立ちも油水の|エマルジョン《乳化》も、全ては科学反応によって引き起こされるもの。ならば得意分野の延長だと、持ち前の自信と共に帝凪が意気込みを見せる。
「先に言っておきますが、私は食べるのは好きですが作るのは下手くそです」
「まさかチョコ作りをすることになろうとは予想しておりませんでしたね……菓子作りは経験の殆ど無い初心者である上、此の体は力が強く、加減も得意ではありませんが」
「料理はできますが、お菓子作りはまぁそこそこ…それで良ければ、分からない時は遠慮なく仰って下さいね」
逆に作るのは不得手なのゑりと萩利がどうするかと食材の山を前に悩むのを、レモンが覗き込んで口添えする。
ひとまず大まかな材料と器具の振り分けを決めて、4人がそれぞれにテーブルへと分かれて──いざ、クッキングへ!
いちばん早くに手をつけたのは、4人の中で最も自信を見せていた帝凪だった。
「作るのはボンボンショコラだ!」
レシピもずばり決まっており、中身に使うガナッシュにキャラメル、ナッツと場にある使えそうなものは全部集めて行く。まずはチョコレートを丁寧に溶かし、中に入れるものと混ぜ合わせてから先に冷やしておく。次に表面用のチョコレートを型に流し、先程冷やした中味を戻せば原型はほぼ出来上がる。あとは細部を整えて、ひたすらコーティングしていく。
「…楽しくなってきたな!」
バリを削ったり飾り彫りをしたりアラザンを飾ったり…と元々の凝り性が発揮され、帝凪が作業にのめり込んで行く。その傍らで、道具を並べ終えたのゑりが作ることに決めたレシピは──
「簡単なレシピでいきましょう。溶かして固めるシンプルなチョコを大量生産します!せっかくなので、飾りは平成女児チョコデコレーションにしましょうか」
火に関してはセルフで用意ができるので、そこを活かしてチョコを炙るように溶かそうとするが、これが中々にうまく行かなかい。
「火加減難しいですね…あっ、焦げる焦げる…」
「チョコに直火はダメピヨー!お湯で間接的に溶かすピヨ!」
「お湯…えっと、こうですか?」
「そうピヨ!あっ、チョコの中にはお湯入れちゃダメピヨ。だいたいの失敗の原因それピヨ。」
チョコピヨのアドバイスを受けて、火で温めた湯ボウルの上にチョコを入れたボウルを乗せる。そしてじっくりテンパリングまで出来たところで、小さなハート型のアルミ箔に流して固めていく。
「アラザンやカラースプレーを…こう、パラパラ…と。こっちはキュートな星形のシュガーを…」
ひとまず完成の見通しが立ったのゑりに変わり、今度は萩利が何を作るかに迷っていた。
「菓子作りはしっかりとレシピ通りに作れば失敗はしないと聞いております。此のような者は、きちんと基本に忠実に行うのが良いでしょう…ですが。」
そもそも何を作るか、に検討がつかない。なるべく簡単なものを…と悩んでいるところに、のゑりへアドバイスするチョコピヨを見て、天啓とばかりに声をかけた。
「「ショコラティエ」とはチョコレート専門の菓子職人のこと。であれば、その名を持つモンスター殿もきっと作り方にお詳しいはず…ですよね?」
「ピヨッ?もしかして手伝って欲しいピヨ?しょうがないなぁ、教えてあげるので作業は自分でやるっピヨ!」
「…はい!ありがとうございます」
そう言ってチョコピヨが萩利に伝授するのは、2種の素材で作るチョコムースだ。ホイップした生クリームに、湯煎で溶かしたチョコを混ぜ合わせて冷やす。シンプルだが、口当たりの滑らかな味わいは十分に美味しい逸品だ。途中湯が混ざって固まらなかったり、ホイップし過ぎてボソボソになったりと、失敗は出てしまった。それでも──慎重にいけば、華やかな飾り付け等はできないまでも、最低限作ることは此にも出来るはず。その信念で根気よく数を重ねていけば、飾り気はないまでも、甘やかなチョコムースが出来上がっていた。
「出来た……此でもチョコが作れました!けど、幾つか失敗も出てしまいましたね。此方は勿体無いですが、処分を…」
「それ、捨てるのは勿体ないのであとで僕が頂きます。置いといてください!にしてもモンスターさん、教え方が悪いのでは?萩利さんは初心者なのですから、丁寧に教えてあげてください。でないとモフりますよ!」
「ピヨッ、生意気な子ピヨね〜!そっちもちゃんと作れるピヨ!?」
「もちろんです!出来上がりに唸らせてあげますよ。では、僕も作っていきますね」
つまみ食いチャンス狙い…ならぬ見守りに徹していたレモンも、ひとまず全員大丈夫そうと見て自らの調理に乗り出していく。まずは湯煎したチョコレートに生クリームを加えて、スプーンで適当な大きさに丸める。──これで一つ目。そうして作ったチョコで、次はマシュマロをコーティングしていく。形は一つ目のものに寄せて丸くすれば、これで二つ目。三つ目は、湯煎したチョコにクリームチーズとバームクーヘンをチョイス。これも後はこねて丸めて、最後はココアやチョコペンで可愛らしく装飾していく。途中2個3個数が減ったような気はするが、そこは製作者特権と言うことでひとつ。
「…よし!完成です!」
「む、他はみな作り終わったと? 暫し待て!もうちょっとだから!」
レモンの完成を告げる声に、ついつい夢中で作業していた帝凪が慌てた声を上げる。とは言え集中して作ったぶん、残りの作成はさほど残っておらず、数分もすればすっかり仕上がっていた。
「うむ……なんと美しい光沢!さすがは俺だ!」
「すごい、これで皆さん完成ですか?」
「おお…!」
「よーし、じゃあ真ん中のテーブルでお披露目しましょうかー!」
「ようやくピヨ〜楽しみピヨ〜♪」
それぞれが完成した品を持ち寄って、あとはお待ちかね。いざ品評会へと移行して行く。いちばん広いテーブルで、まず最初にお披露目されるのは。
「ならば先鋒は俺が務めよう!とくと見るが良い!」
着手も早かった帝凪が、ここでも一番を名乗り繰り出すのは『ボンボンショコラ』だ。丁寧に練ったチョコレートは艶やかな表面を成し、飾りも一粒ずつ違う凝り性。更にパリッと割れれば内からは宝箱よろしく、様々な味わいが溢れ出すことだろう。
「ダイナ様のは、すごく芸術性高いのでは…!?たいへん器用でいらっしゃる」
「ピカピカで細やかでまんまる。すごいですねー!」
「ええ…!」
言葉数少ない萩利も、パチパチと拍手を重ねて目一杯に褒めていることが見て取れる。その様子に満足そうに帝凪が頷くと、次ののゑりのチョコを指差した。
「こちらも装飾が凝っているな!」
「ありがとうございます、こちらは平成女児チョコを目指しました」
続くのゑりねチョコは、ハートに星、キラキラアラザンと愛らしいトッピングが目を引く小粒のもの。
「平成女児チョコ……?初見のはずなのだが、生暖かい謎の郷愁を感じるな……!」
「のゑりさんの、トッピングが楽しい奴ですね」
「すごい、見ていて飽きません…!続く此方は、茶治殿の作品でしょうか」
「はい!3種のトリュフチョコレートです。」
レモンが差し出すのは、まぁるく丸められたトリュフチョコだ。外から中味を伺えないのも、食べる時の楽しみが増えるようで面白い趣向となっている。
「レモンも随分色々な材料を使ったのだな!バラエティに富んでいて素晴らしい!」
「丁寧な仕事が光ってますねー」
「平成女児チョコなるものや、ボンボンショコラ、トリュフチョコ……チョコにも色々なものがあるのですね……!」
「はい!あとは萩利さんのチョコレートでしょうか。こちらは?」
「ええと、チョコムース…だそうです。装飾もなく凝っているわけでもなく、面白みのないものと思われますが……」
おずおずと自信無げに差し出す萩利のカップを、帝凪がひょいと受け取るとそのままひと匙掬ってパクリと食べる。
「美味いな!萩利、普通のものを基本に忠実に作れることは何よりも尊いのだぞ!」
「そうですよ!萩利さん、僕にも頂けますか?あ、もちろん僕が作ったやつも皆様どうぞ!」
「ちょっと!そのチョコはボクにくれるやつでピヨ!?」
「毒味ですよ、毒味。モンスターさん、ケチケチしないでください。…あっ、のゑりさんダイナ様のも下さい!」
「交換か、喜んで応じよう!ただしボンボンは端の2つが洋酒入りだ。つまみ食いするならば、レモンと萩利は気を付けるのだぞ!」
「分かりました。興味はありますが、いつかの楽しみと致します」
「なるほど、端二つ以外なら食べて良いんですね?
承知しました!」
「なら洋酒のは私が… おっと、私のチョコもほしいですか?んふふ、いいですよ。たくさんありますから二、三個どうぞ」
「ならばありがたく!…んん、飾りのサクサクと滑らかなチョコの相性が良いな!」
「小さいのも、食べ易くてとても良いですね。」
「レモンのは…貰うのは敢えて一個にしよう!目を閉じて選んで、さて何が出るか!…これは、クリームチーズとケーキ生地か?うむ、美味い!」
「……だから!ボクのチョコだピヨー!!」
「はいはい、残りのチョコレートは全部モンスターくんにあげますね。どうぞ~」
「やったピヨ〜!!」
──そうして皆で作ったチョコレートをチョコピヨに奉納したところ、約束通りきちんと極上カカオの実を得ることが出来た。艶々ピカピカの実を手に、掲げるようにしてのゑりが今回の冒険の締めをコールする。
「カカオ採ったどー!これはみんなの分もありますね。んー、コレ何に使おうかなー。家に帰ったらもう一度チョコを作ろうかな~」
「ふはは!ならばまた違った美味なるチョコを作って見せようとも!」
「良いですね!チョコなら僕いくらでも食べられますよ!」
「うまく作れるかは分かりませんが、皆様とご一緒出来るなら楽しみです。」
無事に帰るまでがダンジョン探索。けれどそうして家路に着いたなら、また楽しみが待っている。チョコピヨに見送られながら迷宮を離れる足取りは、踏破後とは思えないほどに──軽やかなものだった。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功