ずっとのおうち
「今日もいいお天気! 絶好の猫カフェ日和です!」
「天気が悪くても来てるだろ師匠」
アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)と|天ヶ瀬・勇希《あまがせ・ゆうき》(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は、先日起こった事件の後一旦閉店し営業再開した猫カフェに結構な頻度で訪れていた。
新しくなった店はどこか明るい雰囲気で訪れる人も多く、猫の保護活動なんかにも力を入れているそうで安心して通えるようになっていて。
「いや師匠ももういいオトナなんだからひとりで行ってくれたらいいんだけど……あんこちゃんのことになるといつも以上に暴走しがちだから……」
弾んだ足取りで前を進む師匠の背中に目を向けつつ、零す勇希だが決して彼だって行きたくないわけでは無いのだ。アリスがあんこちゃんと仲を深めている間に、彼も他の猫達とそれなりに親交を深め、会うのを楽しみにする位にはなっていた。
「あんこちゃん!会いに来ましたよー!」
受付の店員も、もうすっかり顔見知り。さくっと手続きを済ませ、猫の居る部屋へと向かうとお目当ての子を探してぐるりと見まわす。
今日は、珍しく他の客がいないようで貸し切りモード。のんびりしていた猫達がぴんと耳を立て、こちらを見ている。
「ああ、あんこちゃん!」
アリスの足元にととっと小走りに寄っていったのは、猫ベッドの中に先程まで納まっていた細身の黒猫。丸こい金目を細めて、アリスの足に一度すりっと身体を寄せてくる。
「はわわわっ、いきなりそんな歓迎いただいて! 光栄です! 私も会いたかったです!!」
しゃがみこんでそっと背中を撫でると、あんこは嬉しそうに身体をくねらせる。通い続けるうちに大分懐いたようで、じっと顔を見上げる仕草もどこか気安げな雰囲気を感じた。
そんな一人と一匹を見ながら、勇希は真っ直ぐにおやつの自販機の方へと向かっていく。
「ずっとネコにシャーってされる人生だったらしいから、絆されるのもわかるけどさ。かわいいしな、あんこちゃん」
がちゃんと音を立てて落ちてきたカプセルを手にして振り返ると、アリスはいつものようにカウンターの椅子に座って膝の上に黒猫を乗せるところだった。
「今日もあんこちゃんの座椅子役を務めさせていただきますね。店員さん、本日のケーキと紅茶をお願いします!」
注文を済ませれば、至福の表情で黒猫の柔らかな毛並みに指を埋めている。乗せられた猫の方は指を気にすることなく、膝の上に当然のように陣取って毛繕いに勤しんでいた。そんな姿を横目に見ながら、勇希はあんこちゃんの分、とアリスに少しおやつを分けた後あんこの頭を一撫でしてから、他の子達へおやつをあげ始める。
「みんな元気でよかったよ」
なあ、と頭を撫でてやると、目を細めてこてんと転がり腹を見せる子に、もっとおやつと寄ってきては腕を叩いてくる子。そして。
「あれ、この子は初めましてかな」
じっと勇希の方を遠巻きに見ている小さな白猫に視線が止まる。おやつは欲しいけれど、あれは誰だろうという感じのその子は、今までこの店では見た事が無かったような。
「あ、あの子は新入りさんなんですよー」
注文の品を運んできた店員さんが勇希の視線に気付いたのか、他の猫の方を窺いながら動きを止めているその子をさっと抱えて近くに来た。
「ここの猫、卒業する子もいるんですけど新しくくる子もいるんです」
「そういえば、最近見ないなーって子いますね。卒業……?」
猫カフェでの卒業とは、と首を傾げる勇希の膝に白猫が乗せられる。きょとんとした顔で見上げてくるその子をそっと撫でてやると居心地よさげに身体を伸ばし始めた。口元におやつを差し出してやると、ふんふんと匂いを嗅いでからぱくりと食べる。子猫の柔らかなひげが指に当たって心地良い。
「年齢が高くなると環境を安定させた方が良いので。終生飼育を約束して引き取って頂ける方にお願いしたりするんですよ」
ほら、と見せられたアルバムには、この店で見慣れていた長毛の子が人の良さそうな一家に抱えられて写っていた。その他にも、引き取られていったこの姿が何枚か。姿を見ない子は、てっきりバックヤードで休んでいるのかと思っていたがそんなシステムがあったのか。見せられた写真のどれもが、猫と人との両方がとても幸せそうに見えて、中々に良い方法だなと勇希は頷く。
「実はあんこちゃんもそろそろお家を決めてあげたいんですけど……もともと黒猫はあまり人気が無くて」
ちらりとアリスの膝の上でくつろぐ黒猫に目を向けて、店員が何か言い淀むように一度口を閉じる。元々悪い事の予兆と言われていることに加えて、この街だと先日の事件の影響もあるのかもしれない。
勇希もつられた様にアリスとあんこへと目を向けると、店員が躊躇いつつも再度口を開いた。
「もし良かったら、お二人にあんこちゃん引き取って頂けないかな……って思ってるんです」
「はああ……至福……え? あんこちゃん引き取られるんですか?」
「師匠、違う。あんこちゃんを師匠が引き取らないかって」
慌てた様子であんこを抱きしめようとするアリスに首を振り、説明し直す。するとアリスははっとした様子で膝の上に視線を落とし。
「えっ、あんこちゃんを、私にですか? 譲っていただけるなんて、考えてませんでした……でもなんて魅力的な申し出でしょう!」
今の動きで目が覚めたのか、身体を起こしお座りしてアリスを見つめる黒猫を、そっと寄りかからせる様に引き寄せて喉を擽ってやる。ぐるぐると嬉しそうにする姿を見つつ、でも……とさまようアリスの視線が勇希へと向けられ。
「とは言え研究所は猫さんには危険ですし、生活基盤では私は居候の身……勇希くん……」
「……えっ、何師匠その視線。あんこちゃんを、うちに? ……うーん、そりゃ任せられると思ってくれたのは嬉しいだろうし、あんこちゃんなら俺も歓迎だけど」
「ですよね、あんこちゃんにも幸せになる権利はあると思うのです!」
じーっと勇希を見つめる視線。じーっと、じーっと……視線に祈りを込めて次の言葉を待つ。
「……よし、師匠、わかったよ。師匠がそんなに言うなら、俺もおじさんに頼んでみる」
ふう、と息を吐いて勇希が頷くと、アリスの顔がぱあっと輝いた。
「いいですか、大丈夫ですか! わああっ、嬉しいですっ! ありがとうございます、勇希くん!」
「でも、家に同居させる権限があるのはあくまで家主のおじさんだからな?」
「はいっ、まずは家主さんに確認してからですね、わかってますとも! でもあの方なら勇希くんのお願いを断ることはないですよ」
良かったねえ、なんて既に決まったような様子で笑うアリスと、ひどく安堵した様子の店員が目を合わせる。アリスの手に頭を撫でられ、きゅっと目をつぶる姿に店員の目線が向けられて。
「良かったね、ずっとのおうちが決まりそうだよ」
「ずっとのおうち……」
ここで色々な誰かに遊んでもらうのもそれなりに良い事なのだけど、やっぱり毎日家族から抱きしめられて大好きだよ、愛してるよと言ってもらえる事に勝るものは無い。元々は保護猫だったり店の前に捨てられていたりしたこの子達は、絶対に幸せにならないといけないのだと。
そう聞いてしまえば、すぐに動かなければと焦ってしまう。名残惜しいけれど膝の上からあんこを下ろすと残っていたケーキと紅茶を急いで食べ終えて。
「ではあんこちゃん、次来る時は、あなたをお迎えに来ますね。快適なおうちを用意していますから、待っててください!」
「うん、OKもらえたら、ネコ飼うのに必要なもの揃えて迎えに来よう」
「あ、それなんですけど」
店員曰く、卒業の子には必要であればお気に入りのベッドやエサ皿等は譲ってくれるのだそうだ。
「それは助かる!」
絶対に大切にされるためですから、と笑う店員に見送られ、二人は殆ど走るような勢いで帰宅していった。
後日。
「あんこちゃん、もうすぐ着きますよ」
「師匠、急ぎ過ぎだって」
少し古ぼけたキャリーバッグを両手で大事そうに持ったアリスと、大きな袋に入った荷物を下げた勇希が家への道を歩いていた。沢山のどきどきとわくわく、そしてすぐに慣れてくれるだろうか、家を気に行ってくれるだろうかというちょっとだけの心配を抱えつつも、振動を与えない程度に早足で帰宅。
猫を飼うのに必要なものを設置した家の中で、そっとキャリーバッグの扉を開ける。
「いらっしゃい……ううん、お帰りなさい、ここが今日からあんこちゃんのずっとのおうちですよ!」
「これからよろしくな」
覗き込んだキャリーの中で、金色の目が二人を映し、ぱちりと一つ瞬きをして。
「うなーん」
滅多に鳴かない黒猫が一鳴きしたのは、猫なりの挨拶なのかもしれない。
初日にあれこれ構うのは、と遠慮がちに様子を見ていたアリスの膝の上に勝手によじ登り、顔を洗うこの子は意外と肝っ玉が据わっているようだ。
「師匠、また猫カフェ行くよな?」
「勿論! あんこちゃんの様子も伝えたいですし」
すっかりくつろいだ様子の黒猫を見ながら、アリスが頷いた。ここに来る事を選んだのは俺たちじゃなくてこの子だったのかもな……なんて思う勇希だったが、まあそれでも良いかと気を取り直し写真でも撮ろうかとポケットに入れていた端末を取り出す。
ぱちり、と写された写真に折角だからとこの時期のフレームでデコってみた。ダークチョコ色のプレゼントが何処か得意げな顔をして、カラフルなチョコ柄の中に納まっている。
「良かった……俺、他のネコもみんな好きなんだ! みんな幸せになってもらいたいよな」
次に行くときには、沢山の写真や動画を持って、お土産も買っていこうか。大きな大きな幸せを届けてくれたこの子のお礼と、これからずっとのおうちを見つけるだろう子達へのエールを込めて。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功