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この身は一握の灰なれど
●Un ange des Flandres
「忘れ去られたはずの星が再び、西の空に瞬いた」
いかにも意味深そうな口調で言うと、サリエル・コードウェイナー(天宮仰ぐ銀の霊眸・h00064)は笑みを浮かべてみせる。
「√汎神解剖機関のヨーロッパ各地で『天使化』という事件が起こっている。近代以前に存在していた風土病による、ヒトの変異現象だ」
その病の罹患者はもれなく「善なる無私の心の持ち主」であるという。文明が黄昏の時代へと向かうに従って荒んでいく人心は、それを駆逐してしまったはずだった。
「けれどもどうやら、そうではなかったらしい。今回、ワタシはベルギー西部で『天使化』の大規模感染が発生することをゾディアック・サインから読み取った」
天使化した人のほとんどは理性と善心を失った「オルガノン・セラフィム」という怪異になってしまう。だが稀に、天使化しても善き心を持ったまま、異なる形への変異を遂げる人がいる。
「この感染者の中に、そういった『天使』になった人物が現れるんだ。その人を救出してほしい」
天使化感染者から|新物質《ニューパワー》を得るべく、欧州の秘密結社「羅紗の魔術塔」から高位魔術師「アマランス・フューリー」率いる部隊が派遣されてくるのだ。
●翼は剛く、祈りは儚く
いつも通りの一日になるはずだった。けれど、朝の訪れと共に全てが変わってしまった。
怪物になってしまった人々。苦悶の声が獣のような唸りへと変わっていくのをこの耳で聞いた。肉が裂けて捻じれ、悍ましい形に変わるのをこの目で見た。
そして、凶器と化したその手が、空虚なその瞳が、本能の赴くまま自分に殺意を向けてくるのを、この心で感じた。
逃げ出して、霧の中を走って走って走り続けている内に、自分もまた怪物になってしまっていることに気づく。
――ああ、一体何が起こったっていうんだ。もしかしてこれが世界の終わりなのか。
だとしても、いや、だからこそ、生き延びて皆に伝えなければ。
怪物達から逃げろ、と。
●何も失わずにいられたのなら
サリエルが提示した天使救出作戦の要諦は三つ。
「まず、敵よりも先に天使に接触することだ。……あ、そういえばオランダ語かフランス語って話せる?」
予知された事件が起こるベルギー西部――フランドルやフランダースと呼ばれる地方はベルギー、フランス、オランダの三ヶ国が接する地域だ。天使となった人物とコミュニケーションを取るにあたって当地の言語が扱えるに越したことはないだろう。
「さておき、二つ目は天使の命を守ることだ。保護したままより安全な場所までエスコートしてもいいし、移動せずに敵を迎え撃ってもいい」
しかし、天使との意思疎通が十分でない状態で戦闘を始めると不測の事態に対応することが難しくなるだろう。優先すべき目標は天使の救出なのだから、戦わず逃走に専念したほうがいい場合もあるかもしれない。
「最後に伝えたいのは敵の情報だ。まずは天使化怪異である『オルガノン・セラフィム』。これらは動物的本能に従って天使を捕食しようと襲ってくる。そして、彼らを普通の人間に戻す手段はない。……残念だけど」
オルガノン・セラフィムと戦う場合、天使の安全確保と、魔術塔の計画阻止のためには彼らを殺害する他ないということだ。重い沈黙が満ちる前に、サリエルは再び口を開いた。
「それから、√能力者『アマランス・フューリー』と『羅紗の魔術塔』の軍勢。彼女たちの目的は二つある。ひとつは『オルガノン・セラフィムを奴隷化』、もうひとつは『天使の捕獲』だ」
この内後者に関しては、魔術塔が天使の存在を把握していない状況では無視することができる。しかし、一度魔術師が天使を見つけたら――。
「アマランス・フューリーは何を置いても天使を狙ってくるだろう。逆に言えば、天使の存在を明らかにすることで彼女をおびき出せるということでもある」
すると当然、大きな危険が迫ることになるから、やはり天使との十分な意思疎通が必要になるだろう。
「敵の戦力にも限りがあるから、戦うか逃げるかの方針転換をする機会はある。もし作戦を変えるならタイミングを逃さないようにね」
サリエルによれば、天使が今いる場所の周辺では霧が立ちこめているという。敵が天使を見つける前に保護するにはもってこいの状況だ。
「じゃあ、さだめの星が照らす道を――√汎神解剖機関のベルギーへと至る道へとキミたちを案内しよう。……幸運を」
これまでのお話
マスターより

楽園の皆様ごきげんよう、中村一梟でございます。
今回は√汎神解剖機関の「ヨーロッパ天使化事変」のシナリオをお届けいたします。
●1章
「冒険」のフラグメントです。救出対象である「天使」の身柄を確保するために霧の中を進むというシーンです。
また、プレイングに捜索や行軍に加えて天使との意思疎通を図る行動を書いて頂いてもかまいません。
●1章→2章の分岐
1章で頂いたプレイング等を元にして2章以降の分岐を決定します。大まかにはオープニングで触れた通り「逃げる」か「戦う」のどちらかとなります。
●2章→3章の分岐
2章の後も同じく、頂いたプレイング等を参考に分岐を決定します。また、3章では「アマランス・フューリー」との戦闘になる可能性もあります。
●天使のPCの参加について
Ankerジョブに「天使」を持つPCの方は「救出対象者として参加する」ことができます。その形での参加を希望される場合はプレイングの頭に【救出対象】等と記載して頂けると判別しやすくて助かります。
●NPCの天使について
天使のAnkerPCの参加者がいらっしゃらない場合は、マスターが用意した「ベルギー国籍の天使の少年」を救出することになります。
それでは、今回も皆様と良い物語を作れることを楽しみにしております。
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第1章 冒険 『霧に閉ざされて』

POW
為せば成る。力任せに道を切りひらいてやるぜ。
SPD
五感を研ぎ澄ませて、道を探してみせるよ。
WIZ
魔法と頭脳を駆使して、霧をなんとかする方法を考えます。
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴

(連携・アドリブお任せで)
(キャラのネーミング的に、)わたしの家のルーツがフランス系なので、日常会話程度のフランス語は話せます。
それにしても、深い霧ですね……
【邪風の棘】で風妖「鎌鼬」を飛ばして、保護対象の天使を探します。
霧の濃い所は【吹き飛ばし】で霧をはらい、わたし自身もウィザードブルームに乗り、【目立たない】ように【空中移動】して探します。
天使を見付けたら笑顔で話しかけます。
「安心してください。わたしはあなたを助けに来ました」
どこか怪我をしていれば、【医術】で手当てをします。
わたしは魔法使いだから、あなたを守る魔法も使えるのですよ。
一緒に魔法の箒に乗ってみませんか?
ミンシュトア・ジューヌ(|知識の探索者《ナリッジ・シーカー》・h00399)が見下ろす風景は、濃密な霧が白く覆いつくしてしまっていた。
短い詠唱と共に、ミンシュトアの周りで空気がざわめいた。上空から吹き降ろす形で放たれた風呼びの魔術は、しかし膨大な水蒸気を払い除けるには至らない。
「深い霧ですね……」
それでも多少は見通しが効くようになった夜気の中を、ミンシュトアが√能力『|邪風の棘《ジャフウノトゲ》』で使役する風妖達が駆けた。効果範囲である半径二十三メートルの円周に沿って周回していく。
捜索を始めてしばらく。目的の「天使」はまだ見つからない。また、追跡者であるオルガノン・セラフィムの気配も感じられなかった。
(『天使』を見つけたら――)
仏系の血筋を持つミンシュトアにとってフランス語で会話することは苦ではなかったが、相当に切羽詰まった心持ちであろう「天使」になんと声をかけるべきなのかは悩ましい問題だった。
(例えば『安心してください。わたしはあなたを助けに来ました』とか? それと、やはり笑顔が大切でしょうね。敵ではないこと、あなたを守る魔法も使えることを示して……)
もし「天使」が負傷していたらどうしよう。多少の医術は身に着けているが、変異した肉体に対してそれらの知識がどれほど通用するか。
そんな風にミンシュトアが頭を悩ませていると、周囲に放った「鎌鼬」の一体が森の中を動く物音を聴き取った。それほど大きくはない生き物。動作は小刻みな割に鋭さを欠いていて、恐怖と焦燥に支配されていることが感じられた。
それが「天使」である可能性は高いだろう。ミンシュトアは跨った魔法の箒を転進させて、物音がするほうへと飛んだ。
🔵🔵🔴 成功

善性の高い方々が、その意思に反して周囲を傷つける存在になるとは、痛ましいことです。せめて意思を保っている方だけでも、全力でお守りしましょう
スマートグラスを√能力で改良して使用します。赤外線と温度、音をセンサーで可視化して表示し、天使となった方を探します
言葉の壁はスマートグラスとスマートホンを接続し、リアルタイムで双方向翻訳を行うことで解決します
「青木緋翠と申します。天使化した方を保護し、理性を無くした方を制圧するために参りました。ご協力をお願いします」
後々情報を伺ったり検査もしたいので、と理由をつけ、逃亡を提案します
無私の心の強い方なら、俺自身や公益のためと伝えた方が納得してくれるでしょう
霧がかかった空を飛ぶ先導者の姿を見失わぬよう、|青木・緋翠《あおきひすい》(ほんわかパソコン・h00827)は歩調を速くした。
(意思に反して周囲を傷つける存在になるとは、痛ましいことです)
ヒトの心が身体と同様に、あるいはそれ以上に傷つきやすく壊れやすいものであることは緋翠も知っていた。怪物へと変異してしまったヒトを救うことはできないが、それでも――だからこそ善い心を失っている者こそを守り抜かねばならぬと、彼は全力を賭すことを改めて決意する。
「>|実行《execute》古代語魔法“技術革新”」
掲げた緋翠の掌から、三・五インチフロッピーディスクの形で魔術が具現化された。それは彼のスマートグラスに触れるや、その内部の電子機器とプログラムを二十余年後の進化系へと改変した。
環境情報計測アプリを起動。内臓マイクで周囲の音を収集したスマートグラスが、緋翠の指定した音形を分析抽出する。
指向性光信号によって視界に直接投影された情報を元に無形の足跡を辿っていけば、果たしてそこに、金属質の肌を備えた人型の存在の姿があった。
話に聞く「天使」だ。音響分析から双方向翻訳に機能移行。手持ちのスマホを音声出力器として利用することにして、緋翠は天使へと声をかける。
「青木・緋翠と申します。天使化した方を保護し、理性を無くした方を制圧するために参りました。ご協力をお願いします」
緋翠が発した言葉をスマートグラスが収集、翻訳、音声化してスマホへ転送。スマホのスピーカーからフランス語とオランダ語の音声が流れ出す。
同様のプロセスを経て、天使の返答もほぼタイムラグなしで翻訳された。
「|あなた達は僕を救助しに来たと言ったのですか?《Êtes-vous en train de dire que vous êtes ici pour me sauver?》」
天使の声は若い男性のものとして出力された。言語分析によるとフランス語だ。意思疎通に支障はないだろうと判断して、緋翠は彼に状況を詳らかにする。
「――ということで、あなたがこの場を離れれば感染と被害の拡大を抑えることができます。これ以上の犠牲者を出さないためにも、俺達と一緒に来てくれませんか?」
頷き、一歩踏み出しかけて、天使と化した少年は動きを止めた。鈍く光る金属の瞳が緋翠達を見返す。
「『犠牲者』と、言いましたね。それでは――僕の家族や、友達や、町の人達は――助けられない……のですか?」
進化した技術は、彼が発する声が強い感情の変動によって震えていることも忠実に翻訳していた。
🔵🔵🔴 成功

【SPD】※連携・アドリブ歓迎
「『天使化』が周囲に及ぼす影響は当然、身近な人にも及ぶ。…であれば、アフターフォローは必要かもね。」
※可能であれば先に天使と接触した青木翡翠氏と合流する。
早く、全神経を集中して一刻も早く『天使化』した彼の元へ!
事実を突きつけるだけじゃただ傷つけるだけ。この”元凶”となってしまった彼が、せめてこれ以上傷つかないためにも…。
もし間に合えば、翻訳機を借りて『天使化』した彼へ語りかける。
「とても残酷な言い方だったかもしれないけど、この原因不明の現象は欧州中で起きてる。決して貴方が悪いわけじゃない!…でもこれ以上影響が及ばないように、どうか今は私達と共に来て欲しいの」
知己の√能力者の発信を辿って、ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)はその場に駆けつけた。折しも、天使化した少年が震える声で問いを返した直後のことである。
「助けられない……のですか?」
ルクレツィアは、その言葉を正面から、しっかりと受け止めた。
(事実を突きつけるだけじゃただ傷つけるだけ――)
古人曰く、地獄への道行を舗装する善意には二種類あるという。ひとつは悪行に至ってしまった善意。もうひとつは善行に至ることができなかった善意――すなわち、打ち捨てられて砕けてしまった善き心。
(この“元凶”となってしまった彼が、せめてこれ以上傷つかないためにも……)
硝子細工を包む|紗《うすぎぬ》となる心持ちで、ルクレツィアは少年の問いに答えを返した。
「――ええ、助けることはできないわ」
偽ることも誤魔化すこともしないルクレツィアの返答に、天使化した少年は強い衝撃を与えられながらも納得したようだった。あるいは、その事実が厳然として有ることを諦念混じりに受け入れていて、誰かに答えてもらうことでそれを確かめたのかもしれない。
「とても残酷な言い方だったかもしれないけど、この原因不明の現象は欧州中で起きてる。決して貴方が悪いわけじゃない!」
言葉を紡ぎながら、ルクレツィアは少年に歩み寄る。仲間から借り受けたスマホから翻訳された音声が流れ出した。
「でもこれ以上影響が及ばないように、どうか今は私達と共に来て欲しいの」
訴えるルクレツィアを、天使化した少年は見返した。
「先程もそう言っていましたね。――そうすれば、より多くの人が助かりますか?」
より多くを救うために。その名目が半ば言い訳のようなものだったとしても、それが彼にとって最後の免罪符であることは確かだった。
「……」
ルクレツィアはしっかりと頷いてみせた。最後に残された希望を絶やさぬために。
「わかりました。あなた達と一緒に行きます」
そして少年も、首肯を持って応えたのだった。
🔵🔵🔵 大成功
第2章 冒険 『絡みつく不快な霊気が澱む地』

POW
体力や技能、技術によって害ある霊気を振り切る
SPD
結界や儀式、魔法や法術によって影響を弾き返す
WIZ
魔力や霊力など不可視のエネルギーによって対消滅させる
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●その背を呼ぶのは何か
ジョジエという名の、天使化した少年と共に√能力者は歩き出した。彼を追うオルガノン・セラフィムと、迫り来る「羅紗の魔術塔」の魔術師達を振り切って脱出することが目的である。
彼らの歩みと共に、立ちこめていた霧は薄らいでいく。だが、それによって明らかになるはずの道行は一向に定まらない。
何らかの霊的な異常に巻きこまれているのだと、その手の事態に鋭敏な√能力者は察知しえた。
周囲にぼんやりと残る霧の残滓から、この場にはありえないはずの声が聞こえてくる。それは耳にする者によって異なっていた。
その声は何と言っているのだろう。霧の中に引き戻そうとしているのか、怪奇なる謎かけか。あるいは、正気を奪われるような呪詛の声か。
耳を傾けるにせよ塞ぐにせよ、何らかの方法でこの声に対処しなければ、これ以上進むことはできなさそうだった。

「…さて、『一緒に来て』と言ったものの、この状況をどう凌ぎ切ろうかしら?」
晴れても尚私達の行く手を阻むこの霧、そしてその先にある明確な敵意…。
私は強い意志を持って惑わされない。それだけの鍛錬(霊的防護、環境耐性)は積んできたつもりだから。ただ、ジョジエはそうは行かないかもね。
「…大丈夫?私達は貴方の傍に居るわ」
霧の残滓から聞こえる声に惑わされぬよう、ジョジエの背中に手を当て、肩を支えながら進むわ。惑わせの声が一層強くなるなら、竜漿魔眼を発動して声をかき消すよう気合いを入れて叫ぶ!(ジョジエの耳は塞いで)
「煩い!私達は絶対に惑わされないわ!!」
霧の先、待ち受ける者にも聞こえるように大きな声で。

まずはジョジエさんへの影響を阻止しないといけませんね
手持ちの装備品からスマートグラスを掛けるようお願いし、ファイバーケーブルを頭か首に巻くよう頼みます
ファイバーケーブルに消音の魔法を通して耳栓代わりにし、スマートグラスに文字表示して会話ができます
スマートフォンからスマートグラスへ送受信できるよう設定しましょう
俺の方は耳栓をしつつ、耳の機能をOFFにしておきます
パソコンの付喪神ですから、デバイスを一時停止すれば問題ないでしょう
霧は追手の妨害でしょうか
スマートフォンで音の方向を判断し、音の発信元へ√能力で震度6の振動を与えます
揺れるだけですから万一別人の仕業でも、死なせることは無いと思います
ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)の耳に届くその「声」は、一秒毎に様相を変化させているようだった。
(……さて、『一緒に来て』と言ったものの、この状況をどう凌ぎ切ろうかしら?)
どれだけ掃除しても拭い去れない曇りのように、視界を薄くぼんやりと覆う霧。その向こうにいる存在が自分達に明確な敵意を向けているのを、ルクレツィアは感じ取っていた。
耳鳴りのように響く「声」を鉄壁の意志でもって拒絶するルクレツィアの傍らに、|青木・緋翠《あおき・ひすい》(ほんわかパソコン・h00827)が静かに歩み寄る。彼はちらりと後方へと視線を投げつつ、言った。
「まずはジョジエさんへの影響を阻止しないといけませんね」
「ええ。私達は耐えられるけど、ジョジエはそうは行かないかもね」
ルクレツィアは緋翠の言を肯定した。異常な環境への耐性や霊的脅威からの防御策の準備など、つい数時間前までただの人だったジョジエにはないだろう。
となれば、手を差し伸べ援けてやらねばなるまい。二人は歩調を緩め、重い足取りで進むジョジエを待った。
「……大丈夫?」
耳打ちするように問いかけるルクレツィアに、ジョジエははっと顔を上げてしばしの間彼女の顔を見返した。まるで、彼女の存在をたった今まで忘れていたかのようだ。
「――えっと、ええ。……はい」
何度も瞬きながら応じるジョジエは、やはりルクレツィア達以外の何かに気を取られているようで要領を得ていない。
「私達は貴方の傍に居るわ」
ルクレツィアはジョジエの背中にそっと手を添えた。自分以外の誰かが己の身体に触れる感覚が、惑わされ現実を見失いそうな彼を支えられるように。
「これをどうぞ。少しは楽になると思いますよ」
言いながら、緋翠は手にしたスマートグラスをジョジエに差し出した。フレームの端から伸びるケーブルを彼の首に巻き、もう片方の端につなぐ。消音魔法を起動し、ジョジエの耳に届く「声」を遮る。音声でのやり取りもできなくなるが、スマートレンズを通してジョジエの視角に文字情報を投影することで伝達手段とした。
『変な声が聞こえなくなりました』
緋翠の持つスマートフォンにジョジエの返事が表示される。緋翠自身も収音デバイスを|一時停止《サスペンド》することで「声」を遮断しているのだ。
ジョジエ達は再び歩き出した。それぞれ前方と後方を警戒しながら、ルクレツィアと緋翠はさらなる打開策を打つ。
「>|実行e《xecute》古代語魔法 "広域震動"」
後ろへは緋翠の√能力『|広域震動《コウイキシンドウ》』。
「「煩い! 私達は絶対に惑わされないわ!!
前へは体内の竜獎を燃やしたルクレツィアが、看破の眼差しと共に一喝を投げて。
周囲を取り囲む霧と「声」を発していたものが、びくりと身じろぎして自分達から離れようとするのを、彼らは感じ取った。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功