戦乱の世こそが望む美々しさを
真善美が価値あるものと尊ばれるのは、平和な世であればこそである。全てをなげうつかの様な総力戦を展開してなお敗色の色濃い第三次世界大戦、純然たる美など慈しむには、人類はあまりに追い詰められていた。
世が世なら人形師にでもなりたかったと、修理工場で日夜様々なマシンを修理しながら女は思う。本当は美術を修める為に進学を予定していたと言うのに、学徒動員で道は断たれた。生来の手先の器用さを生かすべく技師となる為の訓練を受け、戦況の逼迫によって半人前の状態で現場に投じられ、もはや訓練よりも実地の方を長く経験して今に至る。WZやベルセルクマシンよりも少女人形を直すことが出来れば良いのにと後方の工廠でまだ幾らかは呑気なことを考えていたのは数か月前までのことである。
「もう無理絶対無理本当に無理、神様仏様~!」
今、女は絶叫していた。
前線で傷ついた機体を後方まで運ぶだけの輸送手段も資源も枯れたとある戦線、しかし後退すれば戦線を支えることは能わずに敗走に直結しかねない戦局にて、指揮官はやむを得ず工兵や技師をも前線近くに配備することにした。各種機体の修理は勿論、強制友好AIの制作も手掛ける女はその腕の確かさ故に不幸にも白羽の矢が立った形だ。
荒野の岩肌に張り付く様な急ごしらえの雑な建屋に、最低限の設備のみを運び込んだ工廠とも呼べぬ何か。味方に守られているとは言えど前線に近い場所にあるがゆえ、近隣での戦闘や爆発は日常茶飯事で、今もまた建物が揺れる程の衝撃波、次いで遅れて来た爆音。びりびりと壁が鳴いて、天井から吊ったクレーンが激しく揺れて居る。いつ何かの下敷きになって死んでも可笑しくはない。
「もうやだ……私こんなところで何してるんだろ……」
思わず泣きそうな声が出た。幾ら直しても直しても壊れた機体が運ばれて来るし、再度壊れて帰って来るならまだましで、大抵二度と会うことはない。こんな苛烈な戦線で自分が生きていることは奇跡の様で、否、実際にそうなのだろう。故に明日死んでも何らおかしくはない、そう考えると叫び出したい。そんな日々がもうどれだけ続いていることか。
死んでいない、死ぬのが怖くてただ息をしているだけの様な夢も希望もない日々に、転機が訪れたのは突然だった。
「このベルセルクマシン、まさか……!?」
「ずっと狙ってた例の機体だ。内輪揉めに便乗して鹵獲した」
「強制友好AIは?」
「『霧里・葵』を組み込み済みだ。でも機体の損傷が激しくて——」
その日俄かに騒がしくなった工廠で、量産型のWZを直していた女は何の期待をするでもなしに、ただ、喧しさに視線を向けた。そうして瞳を奪われた。
ベルセルクマシン、人類にとっては忌々しい殺戮ロボットだ。かなり熾烈な攻撃を受けたのだろう。右腕は肩から抉れて喪失しているし、ボディや残りの肢体の随所も破損し配線が剝き出しで、漏電しているらしく火花が散る様が見受けられる。
それでも、これまでに見たどの機体よりも精悍で美しい機体だと女の目には映った。焼け焦げて尚煌めきを失わぬ白銀の機体にアイスブルーの流線がエネルギーの輝きを宿して走っている様は、確かな強さに裏打ちされた美しさを誇っている。その美に、女は希望を見出した。
そうだ。今の人類には確かに、美しいものを愛でる余裕などないかもしれない。でも、もしそれがただ美しいだけでなく強さも備えて居るとするなら?
そこにあるのは即ち、誰にとっても希望そのものではないか。
あの機体の機能美を、私は更に究極の造形美にすることが出来る。否、しなければならない。それは私にしか出来ない、私の使命に違いない。私が見出したこの希望を、人類の希望にすることこそが——!
「その機体、私に修理させてください!」
気付けば声を上げて居た。この頃死んだ目をして塞ぎ込んでいた女の突然の主張、マシンを鹵獲して来た兵士たちも彼女の上官もやや面食らったようではあったが、腕の確かさからしても他に適任はないと納得した。
文字通り寝食を忘れて女はベルセルクマシンの修理に当たった。修理、と言う言葉は正しくはない。改修、或いは改造か。元の優秀な性能の修復と向上を図りつつ女がマシンに与えんとした造形は、人間のそれだったのだ。
「一体何を考えて——」
素材も資源も時間も限られたこの戦況で、余計なことだと誰もが止めようとした。だが、女が創る機体の新しい形を目にして、誰もが口を噤まざるを得なかった。
美しい青年だった。精悍な体躯に刃めいて硬質に輝く長い白銀の髪、強い意志を宿したアイスブルーの瞳。軍神の如く雄雄しきこの姿が戦地に、先陣に立つならば、兵士たちの士気が何処までも高まることは明白だ。
斯くして一機のベルセルクマシンが、霧里・葵として新たな姿と使命とを得た。
「行ってらっしゃい、葵!無事に帰って来るんだよ!」
女は今日も元気に彼を送り出す。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功