明けぬ夜の号哭
●泣かぬ青鬼
泣いていた。哭いていた。
空気を引き裂くような泣き声が、トンネルの中、反響し続けている。
うわんうわんうわんうわん。
「どうして! なんでなんだ!!」
「だめだ兄さん、逃げないと。あれは化け物だ」
声変わりも果たしていない、少年がふたり。性別の定まりきらぬ容姿。弟と思われる小柄な少年に担がれた、いっとう美しい容姿の少年が泣き叫んでいる。
「化け物なんかじゃない! あれはサリエラだ。苦しんでいる。助けなきゃ、俺が、俺が……!」
「暴れないで、兄さん」
大切なひとのことなのだろう。兄は弟の背を叩く。涙を飲む音。止まない嗚咽。弟はぎゅう、と兄を抱え直した。小柄ではあるものの、痩身の兄より力があるのだろう。弟は歩みを止めない。振り向きもしない。
兄を見ない。省みてはいけない。気づかせてはいけない。
異形へと変貌し始めた腕に、気づかれてはいけない。
●|空想未来人《いまだこぬそらのおもいびと》
「これからするのは未来の話だ」
そう切り出したのは、黒髪、黒目、かろうじて褐色に類する黒い肌を持つ男だった。
「欧州で騒ぎになっている『天使化』の話。オルガノン・セラフィムという成り損ないの天使すら、元々は人間だったという話。無私の善良な心を持つ者しかならぬ病……様々な感情を抱く者がいるだろう」
男は訥々と語った。
「その周辺事情がどうなっていくのか、大きな渦の中に放られている。√能力者も、天使も。無辜の民でさえ」
胸糞の悪い話になるから、去るなら今のうちだ、と男は言い置いた。誰も立ち去らないのを、たっぷり一分見守り、名乗る。
「俺の名はカヤナ・ベル。正しくない未来から来た。未来で失ったAnkerのこちらの√での幸せを守り、正しい未来へ導くためにいる。……どんな因果か、彼女も天使なんだ」
だから、正しい未来に向けるため、星を詠んで、託宣を受け取った、とカヤナは言う。
「天使化した少年が、弟と逃げている。オルガノン・セラフィムから逃げている。それを倒して安全地帯へ逃がしてほしい。……が、弟の方が問題でな」
天使化した兄の名はクオル。弟はリオンという名前らしい。弟のリオンが、兄を担いでオルガノン・セラフィムから逃げている。
そのオルガノン・セラフィムはクオル、リオンの友人だったサリエラという少女の成れの果てらしい。クオルは彼女を助けたくて泣いている。リオンとて、その思いは同じだろうが、自分たちの命を優先した。
「正確には、リオンが優先しているのはクオルの命だけだ。……リオンはオルガノン・セラフィムになりかけている」
カヤナの星詠みでは、どんな過程を経ても、彼は最終的に怪物になってしまうらしい。まだ残る理性で、兄だけは助けねば、と走り続けているのだ。
「まずは兄弟を追いかけているオルガノン・セラフィムを倒してくれ。クオルは悲しむかもしれないが、一思いに殺してやるのも救いの一つだ。リオンに関しては、処置を任せる」
ただし、とカヤナは喚起した。
「羅紗の魔術塔、アマランス・フューリーの影がある。他にもそちら側にあらゆる利害の一致から協力的になっている人間災厄の影もある。任せるとは言ったが、その決断を掠め取られたり、挫かれたりしないよう、迷っている暇はない、とだけ」
青い鳥のステンドグラスを見上げ、カヤナが呟く。
「歪んでいるな、この世界は」
どうして、善なる心の持ち主が、苦しまなければならないのか。
カヤナの主義を抜きとしても、このまま進む未来はきっと「正しくない」だろう。
正しさのために、戦ってほしい。
マスターより

こんにちは、九JACKです。
天使化の話です。くじゃく節です。
一章受付はいつも通り、公開から翌日15時までです。一章断章ありますが、お待ちいただかなくともかまいません。
分岐はノリと勢いで決めますので、どうか、みなさまの正しいと思う道を歩んでください。
マスターページにプレイング関係の注意事項ありますので、ご確認をお願いいたします。
相変わらずの短期募集ですが、よろしくお願いいたします。
49
第1章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』

POW
捕食本能
【伸び縮みする爪】による牽制、【蠢くはらわた】による捕縛、【異様な開き方をする口】による強撃の連続攻撃を与える。
【伸び縮みする爪】による牽制、【蠢くはらわた】による捕縛、【異様な開き方をする口】による強撃の連続攻撃を与える。
SPD
生存本能
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【黄金の生体機械】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【虹色の燐光】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
自身を攻撃しようとした対象を、装備する【黄金の生体機械】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【虹色の燐光】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。
WIZ
聖者本能
半径レベルm内の敵以外全て(無機物含む)の【頭上に降り注がせた祝福】を増幅する。これを受けた対象は、死なない限り、外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常が、10分以内に全快する。
半径レベルm内の敵以外全て(無機物含む)の【頭上に降り注がせた祝福】を増幅する。これを受けた対象は、死なない限り、外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常が、10分以内に全快する。
●穢れを知らぬひとでも
天使病。リオンは聞いたことがあった。
善なる人間が罹患する、治療法のない病。
善人であるということが「烙印」になることがあるのか、とおとぎ話の残酷さを知った話だった。
(兄さんやサリエラ姉さんがそうなるのはわかる。善い人だもん)
どうして、というクオルの叫びを思い出す。リオンも、そう思った。
サリエラが異形に変わり果て、理性も知性も失った化け物として、こちらに振り向いたとき、それがサリエラだと信じたくなかった。
けれど、現実は現実として、受け入れるしかない。リオンはそういう切り替えができる方だった。クオルは、そういうのが、全然だ。でも、それでいいと思う。
善い世界、善い思想……善いものしか知らなくても。世界の汚いところ全部を知り、兄を補うのを自分の役目にして、兄や、サリエラには、綺麗な、ほんとうにきれいなだけの世界で生きてほしい。
綺麗な人たちが知るのは、綺麗な世界だけでいい。
(だからぼくは、天使にはなれないんだろうな)
あれだけきれいなサリエラ姉さんが成れなかったんだもの。
でもね、ぼくは、せめて、サリエラ姉さんを守れなかった分、兄さんを助けたいよ。だから異形に変わっても、化け物じみた体力を利用してやるんだ。逃げきらせてみせる。
だからおねがい。それまで、きえないで、『ぼく』。

兄弟の行く先で迎撃する体制を整えてます。
保護対象を確認した。予知通りか。
(兄弟の後方に移動し、兄弟を守るように障壁を張ります。同時にドローンを天井付近に待機させます。)
君たちを保護しに来た。あの機械たちが見えるか?あの位置まで行くぞ、捕まれ。
(僚機の弾幕で天使を寄せ付けないようにしながら、移動します。)
ある程度、撃破できたら頃合いを見てドローンを爆発させ、トンネルを崩落させます。
余裕がある場合、手当てを行い、
√能力 欠落の啓示が使えるか考えます。
(考えるだけ)
■アドリブ歓迎
(集団戦術、団体行動、弾幕、連携攻撃、エネルギーバリア、救助活動、運搬、爆破、破壊工作、社会的信用、存在感、地形の利用等)

アドリブ連携歓迎
なるほど、成功するかはわかりませんが試さねばなりませんね
サリエラちゃんがどれか、教えてください
選択√能力を発動しサリエラちゃんとリオンちゃん、念の為クオルちゃんと周囲の敵の量子情報を他√の同人物まで含めて情報収集
その中から人間でない部分、推定天使病の患部を量子干渉弾頭のスナイパー弾幕で精確に撃ち抜き分解し早業で量子操作マテリアルを使用して普通の人間の量子に再構成する肉体改造で治療して無力化!
症状が収まらないなら最終手段として量子を固定して病の進行を止めます、意識は無くなるかもしれませんが怪物になるよりマシでしょう!
さあ正しさのために戦いましょうか!皆生き残るハッピーエンドです!

(悲しい、な)
俺達が介入したところで悲しい未来は避けられない
それでも、何もしないでいるよりは良い未来になると信じたい
「俺は、君達を助けに来たんだ」
兄弟の元に駆けつけて真っ直ぐ伝える
「だけど、ごめん。彼女を助ける術は存在しない」
そのこともはっきり伝えて『敵』に武器を向ける
目を背けてもいい、俺を恨んでもいい
ただ、生きてほしいんだ
アクセルオーバーを起動し、ダッシュで踏み込んで紫電一閃で攻撃
聖者本能の回復を上回る位の攻撃を重ねて迅速に終わらせる
……せめて、少しでも苦しみが少ないように
「リオン、君は……」
戦いが終わったらリオンに声を掛ける
きっと自分でも変化に気付いているだろう彼に、最期に何を望むか聞こう

緊急事態である以上、迷ってはいられない。
せめて兄弟に避難してもらってから倒せればかな。
波動弾で兄弟の友人だったオルガノン・セラフィムを
吹き飛ばして遠ざけさせるよ。
我も心を鬼にせねば、悲劇を止められない。
何より手心を加えられる程、我も強くなないのだから。
相手の生存本能を逆手にとって狙いを兄妹から
我等√能力者に向けられたらと思うぞ。
本人は隠れられても虹色の燐光を目印に波動弾の攻撃を続けるぞ。
可能性があるならそれに賭けてみたいとは思うが、
助ける事が出来ないなら、せめて姿の見えぬまま
最期を迎えてくれたらと願わずにはいられないかな。
この悲劇の流れをどうにか食い止められればいいのだけど。
アドリブ、連携歓迎

無私の善良な心を持つ者にのみ発症する病。
救いが無さ過ぎてわたし自身どうすればいいのか分からない。
分からないけど目の前で悲劇が起ころうとしいて、それを見過ごせる程わたしの正義はブレていない。
オルガノン・セラフィムは必ず討ち取るわ。
善性の終着点がここで、見知った兄弟を手にかける事はさせない。
カナヤの星詠みではリオンのオルガノン・セラフィム化は避けられないって言っていたけれど、わたしはそれでも抗いたいと思ってしまう。
シックザール、わたしの力不足で申し訳ないけどあんたの力を貸して欲しいの。
わたしでは届かない願いもあんたならもしかしたら。
【行動】
正義剣舞を使用し、兄弟と合流を最優先。
一時的に保護した後は、オルガノン・セラフィムと対峙。
リリンドラ式屠竜舞踏剣術を用いての戦闘。
リオンに対しては正義希求を使用。
リオンのオルガノン・セラフィム化を止め普通の人間に戻せるか試してみる。
シックザールの口調:男性的で勝ち気、二人称は名前呼び
(おれ、だな、だろ?)
シックザールの性格:皮肉屋で人間的なアクションをする
●救いの道は
耳鳴りがする。
意識があるのに、遠い。現実感が薄い。自分の目で見ているのではなく、スクリーンに映し出された映像を見ているような「他人事」の感覚。
兄の重さを感じない。天使になった兄が羽根のように軽いのか、ぼくがただただ怪力になったのかわからない。
少し、休みたい。だって、たくさん走った。疲れた。ぼく、がんばったよ……。
立ち止まろうとしたリオンだったが、追いかけてくるモノたちの獣のような叫び声にはっとする。
兄の体温を抱えて、走り続ける。
振り切れていない。走らなきゃ。
「サリエラ、サリエラ!!」
止まったら、兄さんが化け物になった姉さんの方へ行ってしまう。殺されてしまう。死んでしまう。
けれど、どれだけ決意を固くしても、それまでに溜まった疲労が回復することはない。リオンはまだ人間だから。
ぼんやりしてきた頭で、足音が増えたことを認識する。そんな、やつら、増えて? と絶望に浸されながら振り向くと、そこには。
「無事か?」
機械の兵団と共に現れた青年。ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)は保護対象の確認をしつつ、障壁を展開し、ドローンを天井付近に設置する。弾幕で怪物を寄せ付けないようにしつつ、他の仲間の立ち回りを支援している。
弾幕を強引に乗り越えようとする怪物には雪願・リューリア(願い届けし者・h01522)が【波動弾】で対処。クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)も援護射撃を行いつつ、クオルとリオンの安全を確保する。
「君たちを保護しに来た。あの機械たちが見えるか? あの位置まで行くぞ、捕まれ」
「!」
クオルとリオンがウルトの言葉に頷く。が、リオンは手を差し出そうとして、硬直した。……オルガノン・セラフィムになりかけている手は、人の手より大きく、歪。それを兄に見られたくないのだろう。
「リオンはこっち。あの機械のところに行けばいいのよね?」
その手を拐って、兄弟の間に入ったのはリリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)。ウルトに確認を取り、そそくさとリオンの手を引いて移動する。
真心・観千流(真心家長女にして生態型情報移民船壱番艦・h00289)はクオルの方へ向かい、弾幕の向こうにいるオルガノン・セラフィムを示して尋ねる。
「サリエラちゃんがどれか、教えてください。成功するかどうかはわかりませんが、試したいことがあります」
観千流は「天使病」をただ「不治の病」として諦めたくはなかった。一つ手があるのだ。成功するかわからなくとも、試さないで諦めるなんて、できない。
クオルがオルガノン・セラフィムのうちの一体を指差す。どれも似たような造形の化け物ではあるが、クオルが指差した個体には、淡い緑色のリボンが髪についていた。
「あの髪結い用の緑のリボンがついているのがサリエラだ」
「わかりました。いきますよ!」
リオン、クオル、サリエラ、他のオルガノン・セラフィムも対象に、別√の同個体含めて全部に解析波を放つ観千流。【|多次元移動用ソナー投射《ルート・アナライズ》】で量子干渉への抵抗を和らげ、干渉を開始する。
天使病を発病していない他√の同一人物の解析結果と照らし合わせながら、推定される「天使病の患部」を計算し、量子干渉弾頭で患部のみを破壊、天使病を食い止める作戦。
だが、サリエラ含むオルガノン・セラフィムたちの解析結果は芳しくない。患部は「全身」だった。患部を破壊するのはどれだけ狙いを絞っても「殺す」ことになる。
けれど、これくらいは予想済み。まだ希望は残っている。何故ならリオンはまだほとんどが人間だ。患部を撃ち抜き、戻れる目はある。
「オルガノン・セラフィムは任せます」
「わかった」
サリエラを助けられない。故に観千流が放った言葉に、真っ先に反応したのはクラウスだった。
加減をしながら相対し続けるのは難しい。だが、まだ手の尽くしようがあるのに諦めるのは違う。だから手助けをしていた。
躊躇う必要がないのなら、とクラウスは【アクセルオーバー】を起動し、電流を纏う。
「待て、サリエラは」
「ごめん。彼女を助ける術は存在しない。なら俺は、助けられる君たちを選ぶ」
クオルに軽く振り向き、短く告げる。一瞬だけ、目が合った。クオルの目は光を失っていて、見ていられなかった。
許してほしいとは思わない。恨んでくれてかまわない。クラウスは救う手立てすら持たなかった。……長く苦しませず、命を摘むことでしか、救えない。
ただ、助かる命には、生きてほしい。そう願うから、戦場を駆ける。
青い瞳に、電光の紫が混じった。疾走。オルガノン・セラフィムたちはクラウスの姿を捉えることすらできず、【紫電一閃】により、討ち取られていく。
断末魔が耳をつんざく。泣き声のようだった。
リューリアは緑のリボンがついたオルガノン・セラフィムと対峙していた。それがサリエラであるというのは聞こえていた。けれど、観千流のような手は、リューリアも持たない。
多くを語らず、ただ真っ直ぐに事実だけを告げて戦うクラウスの姿に、リューリアは共感を覚えた。
手加減を続けられるほど、自分は強くない。頼もしい仲間がいるとしても、諦めなければならない場面はある。クラウスのように、苦しみを長引かせないのは手だ。それに加えて、リューリアも、できることをしよう、と波動弾でオルガノン・セラフィムを吹き飛ばす。
兄弟から、友人だった怪物の姿を遠ざけるのだ。怪物になろうと、友人であったことを忘れず、助けたいと叫ぶ少年に、無残な最期を見せる必要はない。せめて、討ち取るなら、彼らの目の届かぬ場所で。それがせめてもの「できること」だ。
オルガノン・セラフィムは【生存本能】を使えば、強力な隠密を使うことができるはずだが、何故かそれをしない。それなら、このまま討ち取る、と波動弾で追い立てていく。波動弾は電撃も含んでいるため、マヒ攻撃で動きが鈍っているのかもしれない。
(無私の善良な心を持つ者にのみ発症する病。
救いが無さ過ぎてわたし自身どうすればいいのか分からない。分からない、けど)
リリンドラもオルガノン・セラフィムたちの中に突っ込みながら、全身に青い炎を纏い、攻撃を開始する。リオンはクオルと距離を取らせ、観千流に預けてきた。
「目の前で悲劇が起ころうとしいて、それを見過ごせる程わたしの正義はブレていないわ! 善性の終着点がここなんて、認められるわけないわよ」
オルガノン・セラフィムになりかけているということは、天使病を発症したということ。天使になったクオルはもちろん、リオンだって、その心に無私なる善性を抱えているのである。
怪物になるとしても、兄だけは助けようと走り続けたその心が、善でなくして——正義でなくして何だというのか。
正しい行いは報われるべきよ。正義を信じ、貫く|屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》は【|正義剣舞《アクノショウサン》】を行使する。
【リリンドラ式屠竜舞踏術】の軽やかな足運びでありながら、重量の乗った一撃に、オルガノン・セラフィムは瞬く間に打ち倒されていく。
クラウス、リューリア、リリンドラの合間を縫って難を逃れても、ウルトと共にやってきた量産型WZが連携し、範囲攻撃と制圧射撃でこちら側に近づけさせないよう圧倒していく。量産型WZは十二体。怪物がどれだけ多かろうと、この物量には勝てないだろう。
それに、とウルトは天井を見る。それから戦う仲間の配置を確認。残存するオルガノン・セラフィムは残り僅か。
「みなさん、退がって!」
ウルトの合図で、クラウス、リューリア、リリンドラが各々敵を吹き飛ばしつつ、ウルトたちの方へ合流する。後退を支援、牽制し続けたWZが飛び退くのとタイミングを合わせ、ウルトはドローンを爆破した。
崩落するトンネル。ウルトがエネルギーバリアによる障壁を張りつつ、全員でトンネルからの脱出のため走る。
崩落の音、何かが潰れる湿った音、おぞましさに満ちた断末魔。クオルとリオンの耳を塞いでやりながら、√能力者たちは退避する。
暗いトンネルの出口。外は夜。星がちらちらと道を照らしていた。
「トンネルを崩落させたから、敵も怪物も、そうすぐには追って来られないはず。リオンの容態は?」
「逃げ切れたんなら、安心して取りかかれますね。始めます。正しさのために戦いましょう」
みんな生き残る、ハッピーエンド目指して! 高らかに宣告すると、観千流はリオンの患部に向け、量子干渉弾頭での狙撃と弾幕を放つ。がん細胞と同じ要領で、取り除けば侵攻が収まると信じ、患部を死滅させていく。損なわれた部分は量子操作マテリアルで、普通の人間の量子を再構築。肉体改造技能による治療を行う。
だが、再構築した肉体も、ぐにゃりと変化しようとする。成功するかはわからないと思ってはいたが、少しのやるせなさはよぎった。
それでも、リオンは兄を傷つけたくないと思っている。その思いがもしかしたら、まだ彼を人間に留めているのかもしれない。観千流はそこにまだ残る可能性を信じ、ひとまず量子固定で病の侵攻を食い止める。その負荷により、リオンは苦しげな声をこぼし、意識を失った。
まだ、万策尽きたわけではない。
「シックザール」
リリンドラが名を呼ぶと、白い竜が現れる。
『ハッ、どうした、リリンドラ? おれを呼び出したってことは、また神頼みでもしたくなったのか? 正義の使者がお労しいことで』
皮肉の色が濃い声。白き竜は【シックザールドラゴン】。かつてリリンドラに屠られかけた竜だ。【|正義希求《スベテノモノニスクイヲ》】に応じて出てきたが、かつての敵への皮肉は欠かさない。
神頼み。確かに、リリンドラがシックザールに頼るときというのは、ほとんどそんなようなものだ。
「わたしの力不足で申し訳ないけどあんたの力を貸して欲しいの。わたしでは届かない願いもあんたならもしかしたら」
『ふぅん?』
シックザールはすぅ、と細めた目を眠るリオンに向ける。こんこんと眠る少年の面差しはあどけなさが多分に残る。√能力者一同は、シックザールに視線を注いだ。
リリンドラがより詳細に願いを伝える。
「この子、リオンっていうんだけど、天使病っていうのにかかって、オルガノン・セラフィムって怪物になりかけたの。観千流の治療で、今は症状の進行が止まってるけど、あんたの力で、オルガノン・セラフィム化を止めて、リオンを普通の人間に戻してやれないかしら?」
誰も傷つかないで終わるための願い。星詠みが不可能だと言っていたけれど、抗うことをやめない。リリンドラはそれを【正しい】と信じているから。
シックザールは数秒、リオンをじっと見てから、リリンドラに向き直る。
『前半はどうにかできるが、後半は無理だな。化け物になるのは止められるが、普通の人間に戻るかは保証ができない』
「止められるのね?」
『ああ。だが、進行を止めるのは病気を治すことじゃない。その場しのぎにしかならない。それに、天使病って、善良な人間がなるんだろ? 運命に干渉して治せたところで、善良なままのこいつが再発しないとも限らない。そこまで面倒は見切れないって話だ』
誰も傷つかない願いだから、叶えてはいくがな、とシックザールは残し、消えた。
シックザールの宣言通り、オルガノン・セラフィムになりかけていた部位が、普通の人間のものへと戻っている。
リオンの瞼が震えた。
「……! 兄さんは!?」
「急に起き上がるのはあまりよくないですよ」
がばりと跳ね起きたリオン。すぐに眩暈を起こしたのか崩れる彼を介抱しつつ、観千流が言った。確かに、人間に戻っている。
自分の身より、守ろうとした兄のことを心配したあたり、やはりこの子も「善い子」であるのだろう。
「リオン」
クオルが声をかける。リオンがほっとした表情を浮かべた。
「化け物から、逃げ延びられたんですね。ええと」
「この人たちがお前を助けてくれたんだ」
クオルは少し噛みしめるように、一言一言をしっかりと紡いでいく。リオンは丁寧に√能力者たち全員を見回し、ありがとうございます、と頭を下げた。
少し、聞きづらそうに問いを連ねる。
「サリエラ姉さんは……」
「申し訳ない。どうにもできなかった」
リューリアがやるせなさを滲ませつつも、真っ直ぐに答える。これを、と薄緑色のリボンを兄弟に差し出した。
リオンがそれで察する。彼は何か思うより先に、兄の表情を窺った。クオルはリボンを受け取り、祈るように瞑目するのみ。サリエラの名を口にすることはなく、リオンに告げる。
「リオン、お前に、大事な話がある。……あなたたちに説明を頼んでもいいだろうか」
天使病のことを話しておくべきだろう。クオルの要求に頷き、リオンに現状を伝えた。
怪物になりかけていたところを、どうにか回復することはできた。しかし、また怪物となる病にはかかってしまうかもしれない、ということ。リオンは天使病について、比較的理解があったため、話はスムーズに進んだ。
目を伏せる。
「そうですか。……どうして、ぼくが天使病にかかるのか、自分では理解できませんが……兄の命を奪うような存在には、なりたくありません」
あまりにもきっぱりと言った。
その善良な心を、やめろと言えない。どうして止められるだろう。どうして責められるだろう。その心の清さを。
化け物になるかもしれないから、善良でいるのをやめなさい、なんて、誰が言えるだろうか。
(悲しい、な)
クラウスはぽつりと思った。
治しても、再発する可能性。発症を防ぐすべもない。何をどうしても、リオンがオルガノン・セラフィムになる未来は覆らない、と星詠みは言っていた。これがその意味。
「リオン、君は……君はどうしたい?」
せめて、リオン自身が何を望むか聞きたかった。天使になりきれない心が、何を望むのか。それを知っていれば、誰も傷つかないハッピーエンドが叶わなくとも、今よりずっといい未来に繋がるはずだ。
リオンは少し俯いて、自嘲のような笑みを浮かべた。
「ぼくがぼくでいられるうちは、兄さんのそばにいたいです。……生きていたい」
離れたくないです。サリエラ姉さんを失ったばかりなのに、ぼくまでいなくなってどうするんですか。父さんや母さんも……と訥々と語り、言葉を止めた。
何やら考え込んでいたウルトが顔を上げる。
「ひとまず、今は敵影が索敵範囲にはない。落ち着ける場所で話そう」
ちょうど近くに廃院はしているけど、病院があったはず、と彼は提案した。誰も否やはない。
束の間の休息でも、時間は有意義に使わないと。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第2章 冒険 『奇妙な入院患者』

POW
本人や家族、医者などに話を聞く。
SPD
事故や事件の資料から推理する。
WIZ
特殊な術や能力を使って探る。
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●病ならば
患者も医者もいない病院。ただ、まだ廃院になってから時間が経っていないらしく、電気は点くし、残された機器も使えそうだ。清潔そうな手当て道具などもある。
「リオン、大丈夫か? 体の調子とかは」
「平気だよ、兄さん」
√能力者の索敵で敵がいないことが確認できた。トンネルを崩落させた影響か、追っ手の影はない。アマランス・フューリーなどの魔術師が追ってきたり、奴隷怪異や契約怪異などが現れる気配もない。
ただ、決して安全地帯ではない。時間をかければ、フューリーたちなども追いついてくるだろう。束の間の休息だ。
けれど、休息のうちに、決めなければならない。
リオンがこれからどうすべきか。
天使病の兆候が見られないならいいが、リオンの笑顔はどう見ても作り笑顔だ。兄に心配をかけたくないのかもしれないが、命に関わる問題にもなる。不調がないか尋ねたり、何を考えているのか探るのもいいだろう。
リオンの思いも大事だが、クオルがどう思っているのか、というのも、聞いておいた方がいいかもしれない。クオルは手術室前のベンチで、サリエラの遺品のリボンを握りしめ、瞑目している。
空が、暗く重たい色をしている。抱えている何かを吐き出し損ねたような淀み方だ。風も湿り気を孕み、雨を予感させる。
どうか、できるだけ悲しみが洗い流されるような報われ方をするように。いつか、どんな雨でも「悪くなかった」と笑えるように。
●マスターより
リオンを「診察」等するのが主な目的の章です。
包帯や薬などの物資調達をしてもかまいません。深刻な話をせずに、明るく好きなものの話題とかで空気を和ませるのもOKです。
あなたらしさに溢れたプレイングをお待ちしております。

量産型WZたちは外で見張りをしてます
(トンネル崩壊後の事を少し考える。)
治したそばから感染していく細胞‥
デッドマンにするとどうなるのやら‥
(龍の言葉を思い出す。)
龍が治せるとはな‥
不可逆な病ではないようだが、再感染は防げないと‥
√能力に近い何かを感じるな。
‥‥やはり可能性はあるな。
欠落させ、精神を変容させる。
欠落あるものに、無私の心はない。
つまり‥怪物になってもらえばいい。
「これからも兄と居たいか?だがリオン。お前はいつか怪物になって死ぬ。」
「しかし‥いま死ねば、救ってやれるかもしれない。どうだ?」
(一撃で苦しまずやってあげます。)
(√能力を発動するならば、生前同様に暮らせと命令します。)

アドリブ連携歓迎
スイッチが入ることで天使化が始まる遺伝子異常といった所ですか、であればやる事は簡単ですね
未来に、託す!
私の量子干渉弾頭を使った肉体改造でリオンちゃんの量子を完全に固定して動かなくする、一種のコールドスリープです
病状が進行する箇所も固めてしまえば天使化は防げるという算段ですね
保存に必要な手間は0ですが脳の電気信号……電子の流れも止めるので夢を見ることもできません、物理的な時間停止と考えてください、永い眠りになります
……ご安心を!私は生態型情報移民船壱番艦!保存することに関して右に出るものは居ません!
そして天使病の完治手段を必ず見つけてみせましょう!こう見えて頭良いんですよ!

クオルに会話を聞かれない場所でリオンの様子を見る
「身体の調子はどうかな。また化物になりそうな感じははる?」
天使病を止められたのは喜ばしいことだし、この状況に持ち込んだ能力者のことは凄いと思うけど
俺は、もう大丈夫だという『希望』を持つことができない
調子が悪そうなら忘れようとする力で回復を試みる
「……もし、化物になることが止められないなら」
「君が人である間に終わらせてもいいかな」
回復しながら、最悪の時を考えて予め聞いておく
彼がそれを望むなら俺が手を下すつもりでいるよ
……勿論、そんな事態は望んでいない
いつかこの話が『杞憂だったね』と笑い合えるような日が来ればいいって、心から願うよ
※アドリブ、連携歓迎

この場は一旦他のメンバーに任せて、あれを作ってみるのも悪くないわね。
そうね、わたしの野草採取で失敗したお話しでもしようかしら?
あれは思い出すだけでも辛い、食草と間違えて食あたりを起こしたトラウマのお話し。
【行動】
正義覚醒を使用。
サバイバル知識と装備のサバイバル教本をもとにお香づくりを試す。
粉の原料となるタブノキの木を探し、なければクスノキ科の木を粉末に。
次に精神安定効果が見込める薬草を探す。
ラベンダー、カモミール、リンデン、パッションフラワー、女郎花辺りが自生してないか探す。
どちらも入手できたら容器をさがし、タブ粉と水と薬草を混ぜる。
自然乾燥が間に合わないから火の近くで乾燥させて完成をまつ。

不安にさせたり追い詰めたりすると逆に
善の心が強くなって天使化してしまいそうだから
落ち着いて話が出来ればかな。
苦しい時の神頼みではなく竜頼みになるけど
√能力で天使化は解決できなくてもせめて治療もしくは
治療器具の調達はお願いするぞ。
まずは2人の体調を優先しないと。
お腹が空いていないかも聞いてみて食べたいものがあるなら
竜にお願いして用意してもらうぞ。
病院内も敵の襲来を警戒しつつ出来る限り綺麗にし
遺影とか手術跡のような不吉だったり嫌な連想をさせる物は遠ざけておくぞ。
その上でリオンにやりたいことがあるか聞いてみたいぞ。
生きたいという想いややりたいへの気持ちが強くなれば
善の心からも遠ざけられると思うんだ。
●選択肢
(この場は一旦他のメンバーに任せて、あれを作ってみるのも悪くないわね)
院内に腰を落ち着けたところで動き出したのは、リリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)だ。サバイバル教本片手に外へ向かおうとする彼女に、クオルが怪訝な顔を向けた。
「どこに行くんだ? 敵の足止めに成功したとはいえ、一人で出歩くのは危ないんじゃないだろうか」
「大丈夫よ。ちょっと薬草探しに行くだけ」
「手伝うよ」
一人でなければ出歩くのはいい、という判断なのだろうか。クオルは天使だから、純粋な善意かもしれない。が、√能力者はともかく、天使であるクオルが敵に最も見つかってはいけない存在なのだ。リリンドラが少し悩む。善意を無碍にしたくはないが、弟のこともあるし、先程まで逃亡していたのだ。心も体も休めてほしい。
「外は俺のWZたちが見張っている」
フォローとしてウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)がそう告げた。安全が保証されていることを示しているのだろう。安全が保証されているから「リリンドラ一人でも大丈夫」なのか「クオルが外に出ても大丈夫」なのかは読み取りきれない。
「まあまあ、クオルもリリンドラも座るとよい。腹は減っておらぬか?」
雪願・リューリア(願い届けし者・h01522)が尋ねてきて、少し虚を衝かれたような顔をするクオル。リリンドラがそうね、と呟いた。
「オルガノン・セラフィムを撒くのに動き回ったし、お腹は空いたかも。クオルやリオンも、随分走ったんでしょう? トンネル壊したって、回り道があるかもしれないし、敵が来ないから休めるってのもきっと今のうちだけだわ。腹ごしらえはしておかないと。腹が減っては戦ができぬっていうもの」
クオルやリオンに戦わせる気などないが、逃げるのも戦いだし、体力を使う。怪我がないなら休む必要はない、などということはない。体力は有限なのだ。体を休めるだけでなく、エネルギーも補給しなければならない。
「何か食べたいものはあるか? リオンにも聞くが、まずはクオルの話を聞かせておくれ」
「俺は……ポットパイが、食べたい」
口ごもりかけたクオルだったが、そう口にする。ふむ、とリューリアは頷くと、【|夢を叶える願い《ドラゴン・ドリーム》】でかわいらしいドラゴンを呼び出す。リリンドラが呼び出していたシックザールとは異なり、小型で角にリボンをつけており、ぱっちりした目はきらきらとしている。【現役アイドルドラゴン】ということらしい。
リューリアはにこ、とドラゴンに微笑みかけた。
「ポットパイを出してもらえるか?」
『ワシに任せるのじゃ!』
ドラゴンはぽんぽん、と人数分のポットパイを出し、テーブルに並べる。丁寧にスプーンとフォークも揃えられていた。
「へえ、好きなの? いいわよね。あったかいし」
「ああ」
リリンドラの言葉にリオンが頷く。
「さて、リオンも呼んでくるかの。他の者もあたたかいうちに食べた方がよいだろう」
「俺が行こう」
「おお、ありがとう」
ウルトが名乗り出て、去っていく。他の√能力者も遠くにいるわけではないだろうし、すぐ来るだろう、とリューリアはドラゴンに別なことを命じた。
天使病を治療することはリューリアにはできない。追っ手もなく、ここで休めるのも束の間の話だろう。それなら、兄弟には落ち着いて、心穏やかに過ごしてほしかった。
天使病の治療はできなくとも、外傷の治療くらいはできる。そのための手当て道具を集めるのと、死を連想させたり、不安を煽るような物品を隠してほしい、とドラゴンに頼んだ。快くドラゴンはぱたぱたと院内を回っていった。
窓の外は、暗い色をしていた。まだかちかちと音を立てる時計が昼下がりであることを示していた。
(花壇がある)
リオンが窓の向こうを見つめていた。花壇に花が咲いていないか、と覗き込み、手を当てたところでふと気づく。
人間の手だ。戻っている。……戻ったんだ。
「リオン、体の調子は……大丈夫?」
リオンに声をかけたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が、手を握りしめ、胸元に当てているリオンに駆け寄った。また怪物になろうと苦しんでいるのではないかと思ったのだ。
リオンはクラウスに気づき、大丈夫、と両手をひらひらと振る。
「化け物にならずに済んだんだなって思って。ぼく、もうだめだと思ってたから……」
「本当にすごいよね。俺も驚いたよ」
クラウスも治療する方法はないと思っていた。リオンをこの状態にまで持ってきた他の√能力者のことはすごいと思う。
けれど。
もう完全に安心だ、ということはできない。少なくともクラウスは、そういう「希望」を抱けない。
気分のよくなる話ではないから、と治療ついでに【忘れようとする力】を展開しながら、話を続ける。
リオンは少し俯いていた。胸に立ち込めるのは「ただただうれしい」だけではないようだ。
「サリエラ姉さんは駄目だったから」
「うん。ごめん」
「謝らないで。ぼくだって姉さんは駄目だと思ってたから」
完全に諦めていたにしては切なげな色が宿るが、兄よりは諦めがついていたのだろう。そうでなければ、友人から逃げるなんてできはしない。
「でも、またなる可能性、あるんだよね」
「うん。……もし、化物になることが止められないなら」
一度そこで区切る。
「君が人である間に終わらせてもいいかな」
それがクラウスが与えられる「救い」の形だった。その夜のような青い目がリオンの目と重なる。顔を上げたリオンは驚いたように目を見開いた後、くしゃりと笑った。
「はい。そのときはお願いします」
死への恐怖が全くないわけではない。けれど「そうしなければならない」と思ったなら、リオンは死すら厭わない。それが兄のためになるなら、尚更。
「本当は、生きなきゃならないってわかってるんです。父さんも母さんも、化け物に殺されて、サリエラ姉さんはああなって、村にもきっと戻れないのに、ぼくまで死んだら、兄さんはひとりぼっちだ。でも、生きてさえいればいいことはある。生きてさえいれば……」
だから、兄には生きていてほしい、と言いたかったのだろう。兄を生かすためなら、自分は死んでもいい、と。その覚悟はできている。
「生きてさえいればいいことはある」——自分で放った言葉が、自分に返ってきたのだ。生きてさえいればいいことがあるのに、死ぬのか? と思ってしまったのだ。
「俺も、君を殺したいわけじゃないよ。君が化け物にならず、危惧したことが杞憂だったって笑えた方がいい。……安易に楽観できないだけなんだ」
「……ぼくも、本当はそれがいいし、そんなこと、考えたくない。でも、考えなきゃ。兄さんのために、兄さんのために」
言い聞かせるように耳を塞いで、頭を抱えるリオン。年を聞いていないが、クラウスより目線が下で、男の子としても小柄な方だ。十四、五か、もっと下かもしれない。自分が死ぬことで悩むような年頃ではない。
どう声をかけたらいいのか、クラウスにはわからない。「希望」を持たせるようなことは言えない。クラウスは希望を欠落しているから。
「ここにいたのか」
そこに、ウルトがやってきた。リオンが呼吸を落ち着けるように背中をさすっていたクラウスが目を向けると、ウルトは続ける。
「仲間が食事を提供してくれるそうだ。人数分ある。休憩所に行こう」
「料理できる人いたの?」
「いや、√能力で呼び出した竜が出していた」
「何にせよ、食事が摂れるのはありがたいね」
クラウスの言葉にウルトも頷く。物資不足が常の√ウォーゾーンで生きてきた二人としては、食事は摂れるだけでありがたいし、美味しいのならそれ以上望むことはない。
行こう、とクラウスはリオンに声をかける。兄を抱えてずっと走っていたのだ。おなかも空いていることだろう。食事を摂れば、いくらか気分も上向きになるはずだ。
「ああ、リオン、少し話がある」
「はい?」
クラウスと共に歩き出したリオンをウルトが呼び止める。クラウスは少し迷ってから、任せて大丈夫だろう、と先に行くね、と告げた。
「すぐ終わる話だ。リオン、これからも兄といたいか?」
「それはもちろん」
ウルトはさっきの話を実は少し聞いていた。兄が一人になることを憂えていた。その心を無私なる善と判断するかどうかはウルトの図れぬことであるが、ずっと考えていたことがある。
(治したそばから感染していく細胞。……デッドマンにするとどうなるのやら。それはいい。竜が治せるとはな。そもそも『治せない』という病気ではないようだ。それでも、再感染の可能性はある)
無私の善良な心がある限り。
善いひとでありなさい。それは「ひと」の基本としてある観念だ。善良さを失え、と口に出して言ってやることはできない。
けれど、失わせることはできる。欠落させることが、ウルトにはできるのだ。
「このままでは、いつかまた怪物になって死ぬ。兄のそばにはいられない」
「その覚悟はできて……います」
強い光を宿す瞳。けれど揺らぐ。
「だが、今死ねば、その未来から救ってやれるかもしれない」
「ぼくはそんななげやりに死にたいわけじゃ」
「違う。俺の√能力を使い、死後蘇生する」
【|欠落の啓示《デス・オーダー》】。強制的な命令でインビジブルを蘇生し、生前より健康な体を持つ√能力者に変えるというもの。
√能力を持つということは欠落を抱えるということだ。欠落を抱えた|怪物《√能力者》に無私の心などない。天使病に罹患する心配はないだろう。
他の誰も思いつかないという意味では、唯一無二の方法だ。難点があるとすれば、死ぬことが前提であることだが、死の覚悟ができているというのなら、と提案した。
(死んでまで、兄さんのそばにいたい? ……いや、そばにいられるなら、それでも……でも……)
「ごめんなさい。考えさせてほしい」
「わかった」
なら、行こう、とウルトは切り替え早く、リオンを伴い、休憩所に足を向ける。
休憩所に着くと「来ましたね!」と真心・観千流(真心家長女にして生態型情報移民船壱番艦・h00289)がリオンを手招いた。招かれるままに、リオンは観千流の隣に座る。
「体調はいかがですか? 顔色があまりよくないようですが」
「大丈夫。これからのことで、悩んでただけ」
「それなら、私から、提案があります」
観千流が姿勢を正す。それに釣られて、リオンも背筋を伸ばした。
「スイッチが入ることで天使化が始まる遺伝子異常。リオンちゃんの症状を私はそう診断しました。なら、できることは一つ。未来に託します!」
「え?」
どういうことだろう、と目をぱちくりするリオン。他の一同も気になるようで、観千流に視線を送っていた。
リオンの天使化の症状を停止させた実績もある。そんな観千流からの提案だ。期待が高い。
「私の量子干渉弾頭を使った肉体改造でリオンちゃんの量子を固定して、動かなくします。症状の進行する箇所も固めてしまえば、天使化を防げるという算段です。一種のコールドスリープですね」
体温を下げるわけではない。けれど、「量子を固定する」という手段と「保存する」という目的を合わせて考えるなら、コールドスリープが一番わかりやすい例え、ということだ。
「保存に必要な手間は0ですが脳の電気信号……電子の流れも止めるので夢を見ることもできません、物理的な時間停止と考えてください」
「時間停止……」
病気も進行しない。老いることもない。夢も見ず、肉体が「止まっている」状態をキープする。
「永い眠りにはなりますが、ご安心ください。私は生態型情報移民船壱番艦! 保存することに関して右に出るものは居ません! こう見えて頭もいいんですよ? 天使病の完治手段も必ず見つけてみせましょう!」
リオンを生かして治す方向の可能性。どれだけ時間がかかるかわからない。「生きてさえいればいいことがある」を突き詰めた考えだ。
けれど、すぐに答えられない。リオンは戸惑いに満ちた目を当て所なくさ迷わせ、落ち着きなくきょろきょろした。
「リオン。まだ考える時間はある。まずはポットパイを食べよう。それからでも遅くないから」
クオルから声をかけられ、リオンは頷いて、ポットパイを見る。緊張していた顔が微かに綻んだ。
全員でいただきます、と手を合わす。スプーンでパイをほろ、と崩すと、中から湯気が立った。
中から出てきたチキンを頬張ると自然と笑みが零れる。あたたかくて、おいしくて、もう来ないと思っていた「普通」が訪れたことをリオンは噛みしめた。
永遠には続かない。そのことは寂しいけれど、今「幸せ」な事実は消えたりしない。
「ポットパイ、好きなのか?」
「はい。お祝い事のときに、母さんが作ってくれたことがあって」
「思い出の味、ということか」
「はい。とっても美味しいです。ありがとうございます」
「よかった」
リューリアは笑顔を見せ始めたリオンに安堵する。何やら焦りと戸惑いに溢れていたようなので、心配だった。少し落ち着いただろうか、と様子を見ながら、パイを食べていく。
ポットパイを選んだのはクオルだ。一度口ごもっていたが、もしかしたら、リオンの好きなものを思い出していたのかもしれない。クオルも美味しそうに食べているので、二人が揃って好きなもの、なのだろう。
「ふふ、幸せそうに食べるわね。見てるこっちもなんだか嬉しくなってくるわ」
リリンドラは食べ終えたらしく、ごちそうさま、とスプーンを置いてから、そう呟いた。
リオンがきょとんと目を丸くして、リリンドラを見る。
「やっぱりお腹を満たすのって大事よね。ああでも、その辺の野草を知識もないのに適当に食べたら駄目よ?」
「何か実感がこもっているな」
クオルがリリンドラに合いの手を入れると、リリンドラは苦笑した。
「食べられる草と間違えて、食あたり起こしたことがあるのよ。思い出すだけでも結構きついわ……」
「それは大変だったな。それでその本を買ったのか?」
クオルはリリンドラが脇に避けていたサバイバル教本に目を向ける。リリンドラはうんうん頷いて、勉強したの、と口にする。
「正しい知識を身につけるのも当然大事だけど、記憶だけだと心許ないからね。教本や資料と照らし合わせるのも同じくらい大事よ」
「それ、私もわかります。サポートマシンにはマニュアル積んでありますから。困ったときやいざというときに教本があるだけで、安心感と対処速度は段違いになります」
観千流の言葉に、リリンドラは深く同意を示す。それから、教本片手に立ち上がった。
「さて、あのときのリベンジっていうのとは違うけど、薬草を探してくるわ」
「さっきも言っていたな。薬でも作るのか?」
「そこまでのことはしないけど、お香を作ってみようと思って。タブノキはあるかしら」
「タブノキはわからないけど、クスノキっぽいのならあったよ。向こうに花壇もあったし」
クラウスの呟きに、リオンも窓の外を思い出しながら、補足する。
「花壇の花の種類まではわからなかったけど。この辺はクスノキが多いんだ」
「よかった。クスノキなら代用も問題ないからね。探してくる」
「手伝えることはあるか?」
「大丈夫よ。これがあるもの」
教本を得意げに掲げ、リリンドラは胸を張る。クオルはそうだった、と微笑んだ。
それに、リリンドラは【|正義覚醒《アクノシュウマク》】により、サバイバル技能を強化できるので、抜かりはない。
「さて、リオン。何かやりたいことはあるか? 今すぐでなくてよい。この先やってみたい、夢のようなもの、何かあったら、教えておくれ」
ポットパイのおかわりでもよいぞ、とリューリアは笑う。リオンは、そうだな、と真剣な表情で考え込んだ。
「料理の勉強、してみたいかも。自分で思い出の味、作れるようになれたら、きっと素敵だと思う」
お香を作るというリリンドラに触発されたのか、リオンはそんなことを口にする。おお、とリューリアも目を輝かせた。
思い出の味を再現する。素敵な夢だ。
(夢を持てるなら、欲を抱けるなら、善なる心から遠ざかれるはずだ。他の者も様々考えているようだが、焦りすぎず、結論を出してほしいな)
観千流以外とも話をしたはずのリオン。先程の戸惑いは、示された選択肢の多さに戸惑う色もあった。ゆっくり選ぶ時間はないが、短絡な結論も出してほしくない。
急かす気はないのだろう。観千流は食べ終わった食器の片付けを手伝い、ウルトは外に待機させているWZ部隊と連絡を取っているようだ。クラウスは兄弟の様子を見守る姿勢。リューリアも、リオンとクオルが話すのに、耳を傾けた。
「リオン、一人で走るな。……サリエラのことは、俺が諦めきれなかったからだろうが……一人で死を覚悟しないでほしい」
お前が怪物になりかけていたと聞いて、俺は足元から地面が崩れ落ちるような心地がしたよ、とクオルは語る。
リオンの人生のことを最終的に決めるのはリオンだ。けれど、一言でいいから、相談してほしい。……クオルは訥々と、そう語った。
「リオンがやりたいことをできるよう、背中を押すよ。だから、何も言わずにいなくならないでくれ」
クオルの言葉にリオンがはっとする。兄のことを一人にしたくないと願っていたのに、兄の心を置いてきぼりにしていた。
傷つけたくなかった。サリエラのことでクオルは傷ついていたから、これ以上傷ついてほしくなくて、自分のことを話さないでいた。でもそれは、寂しいことだ。クオルのことも寂しくさせたし、リオン自身だって、独りになってしまう話だった。
リオンは、兄に話す。今、三つの提案が示されていること。一つはすぐ死んで天使病の不安がない状態で蘇生してもらうこと。一つは怪物になりそうになったら、殺してもらうこと。最後の一つは永い眠りを経て、天使病の治療法を見つけてもらうこと。
天使になんてならず、これからも以前と変わらず過ごせるのがベストなのだろう。けれど、そんな都合のいいことが揃っていなくて、選ばなければならない。
「ふう、あとは乾燥させるだけね」
リリンドラが戻ってきた。
「木と薬草は見つかりました?」
「ええ。クスノキとカモミールがあったわ。容器も見つかったから木は粉にして、カモミールと水と混ぜて練ったの。外は雨が降りそうだから、乾燥はこっちでやろうと思って」
「暖房とか、使えるかの? ドライヤーもあるぞ」
リューリアとリューリアのドラゴンがドライヤーなどを出す。使えそうなものということで、包帯やガーゼなどの布類の他にも色々集めたらしい。
「随分色々あるわね」
「本当に閉まったのが最近のようだな治療道具は消耗品が多いからいくらあっても困らぬとは思ったが」
リューリアはドラゴンに治療道具の調達を頼んでいた。病院だから、ある程度のものは揃うだろうと思っていたが、量としては救急箱二つ分くらいのものが揃った。
リリンドラがドライヤーで乾かし始める中、リオンは包帯などを見ていたクラウス、ウルト、観千流の三人に声をかけた。
「色々考えてくれて、ありがとうございました。兄さんと一緒にいたいとか、化け物になるのが怖いとか、生きていたいとか、色々、願うことはあって、その全部が叶うなんて、都合のいいことはないけど、ぼくの中で一番大事だと思ったのは」
緊張でリオンの声は上擦っていたけれど、それでも確固たる「意思」が感じられた。
「一番大事にしたい願いは『生きていたい』だと思った。だから、天使病を治せる方法が見つけられるなら、ぼくはコールドスリープの方法を選びたいです」
ウルトの案なら、死にはするけれど、「兄と一緒にいる」という願いは恒久的に叶えられる。兄を一人にしたくないという思いが強かったから、悩んだのだ。死ぬのは怖いけれど。
クラウスの怪物になりきる前に終わらせる、という案は、元々リオンが考えていたものだ。兄を逃がしたら、死のうと思っていた。それしかないと思っていたのだ。
それでも、助けが来てくれて、想定外のいいことが起きた。クオルが「背中を押したい」と言ってくれて、決心がついた。
死を覚悟までしたのに、死ぬのは結局怖かった。格好がつかないような気がするけれど、それでも選択肢があるのなら、選ぶことは許されるのだ。
クラウスとウルトに否やはない。リオンの選択だ。死ぬのが怖いのは、当たり前である。
「なおのこと頑張らないといけませんね!」
観千流が量子干渉弾頭を取り出し、準備を始めようとする。
そこで、光が瞬いた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功
第3章 ボス戦 『人間災厄『善意の死滅天使』高天原・あがり』

POW
あなたが幸せな最期を迎えられますように
【融合時、対象を幸福感情で洗脳する光輪 】を召喚し、攻撃技「【抗おうとする手足なんて切っちゃおう】」か回復技「【大丈夫、痛くないようにしてあげるよ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[融合時、対象を幸福感情で洗脳する光輪 ]と共に消滅死亡する。
【融合時、対象を幸福感情で洗脳する光輪 】を召喚し、攻撃技「【抗おうとする手足なんて切っちゃおう】」か回復技「【大丈夫、痛くないようにしてあげるよ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[融合時、対象を幸福感情で洗脳する光輪 ]と共に消滅死亡する。
SPD
大丈夫、私がちゃんと看取ってあげるから
「【苦しみが好きな人なんて居るはずないよ 】」と叫び、視界内の全対象を麻痺させ続ける。毎秒体力を消耗し、目を閉じると効果終了。再使用まで「前回の麻痺時間×2倍」の休息が必要。
「【苦しみが好きな人なんて居るはずないよ 】」と叫び、視界内の全対象を麻痺させ続ける。毎秒体力を消耗し、目を閉じると効果終了。再使用まで「前回の麻痺時間×2倍」の休息が必要。
WIZ
幸せな最期を|邪魔《けが》すなんて、許せない
【物理的な切断力を持って飛来する光輪 】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
【物理的な切断力を持って飛来する光輪 】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
●ぽつり、ぽつり
外を見ると重たい色の雲はとうとう泣き始めていた。けれど、先程の光は雷が落ちたわけではないらしい。
雷鳴がない。
「どうして……」
震えた声。吹き抜けの二階の窓が開いており、ザアザアとそこから雨が入り込む。雨と共に現れた少女がひたひたとこちらに向かって歩いてきていた。その背後で輝く光輪。瞬いたのはそれだった。
「どうして、そんな選択をするの? 生きるのはつらいじゃん。苦しいじゃん。死ぬのが怖い? それは仕方ないよ。でも、死ぬより怖いことがあるから、死ぬことを選ぼうとしたんじゃないの?」
リオンの選択に問いかけを投げた少女は名を『高天原・あがり』という。『善意の死滅天使』という名を授けられた人間災厄である。
「そう、だけど……でも、死にたくないよ。死なずに済む道があるなら、それを選びたい」
「でも、天使病を治す方法なんて、見つからないかもしれないよ? 見つかったとしても、キミが目覚めたとき、お兄さんは死んじゃってるかもしれない。キミが生きたいのは、お兄さんのためでしょう? それなのに、お兄さんが生きてる保証がないなら、意味がないよ」
よぎらなかったわけではない、可能性。リオンは唇を噛む。
「一緒にいたいって願ってる兄弟が離ればなれなんて、よくないよ。私なら、もっといい方法を知ってる」
「え」
嫌な予感しかしない。あがりは簒奪者の一人だ。「天使」と名のつく「天使」から程遠い存在である。過去に任務で会ったことのある者もいるだろう。その性質を『善意の死滅天使』と呼ばれる所以を思い出すと、怖気が立つ。反吐が出る。
あがりはあくまで「善意から」の言葉しか述べない。
「お兄さんも、弟くんも、一緒に死んだらいいんだよ。キミたちは√能力者じゃないんでしょ? それなら、一度で死ねるよ! 死んだら、天使病にはかからないし、死ぬのを恐れなくてもいい。もう何も、怖いことも、苦しいこともなくなるの!」
とっても素敵だと思わない? と同意を求めるあがり。リオンは言葉を失っている。
クオルがリオンを庇うように前に出た。
「リオン。お前が立ち向かう必要はない。大丈夫だ」
「あ、天使のお兄さんだ。キミも災難よね。両親を失って、幼馴染みは化け物になって、弟さんは奇跡的に助かったけど、キミを置いていこうとしてるよ。羅紗の魔術師が来たら、奴隷にされる。そんな未来、嫌だよね。私もムカついたから、あの女は殺してきた。奴隷の天使さんたちも」
あんまりかわいそうなんだもの、と死滅天使は微笑む。
確かに、かつて人だったものを隷属させてモノのように扱うアマランス・フューリーのやり方には、賛同できない。その肩を持つ気もない。だが。
「悩んで、苦しんで、それでも選んだ物事をどこの誰とも知れぬ輩に『穢されたくはない』な」
「……なんですって?」
あがりの表情が険しくなる。気に入らない言葉を差し向けられたかのように。
それはクオルとて同じだ。怒りが滲み出ている。
「弟の選択を、生きたいという意思を、変な物差しで測るな。『侮辱するな』と言ったんだ」
「侮辱なんてしてない! 穢すわけもないよ! キミはなんにもわかってない。一番寂しい思いをするのはキミなのに」
「俺が寂しいからという理由で、これ以上リオンに我慢を強いる方がどうかしている。この子がここに来るまで、どれだけのことを我慢して、どれだけの涙を呑み込んできたと思うんだ。それがようやく報いられようとしているのを、偽善や独善で妨げるな」
「ひどいことを言うね。キミが本当に無私なる善意から成った天使だっていうの?」
「それは今、重要なことか? お前が、人の決意を穢したという事実よりも?」
「黙って!!」
あがりが声を荒らげる。怒っているし、少し、狼狽えているように思う。不自然なくらいの動揺。クオルの言葉を受けて、対抗して、息が上がるほどに、興奮している。
「苦しみが好きな人なんて、いるはずないよ!! キミだって、好きで苦しくなりたいわけじゃないでしょ? 弟くんと一緒にいたいでしょ? 二人で幸せになれるなら、その方がいいよね?」
「今までだって、じゅうぶん幸せだった。お前とは違うよ。『偽善者が、幸せを騙るな』」
——まるで、言葉に力があるかのように、クオルの声が空気を揺さぶった。
あがりがぱちりと目を瞬かせる。
「私だって、幸せだよ。私は、人を幸せにできるもん。生きるのが苦しくないみんなにはわからないんだ。死んだ方が幸せってことは、死ぬまでわからない。だって普通、死ぬのは一度きりだもんね」
晴れ渡る空のような明るさで、彼女は笑う。
「だったら教えてあげる。私が|あ《・》|な《・》|た《・》|た《・》|ち《・》を幸せにしてあげる」
人生で一度きりの大事な幸せだよ。よく噛みしめてね。
|殺《しあわせに》してあげる。

アドリブ連携歓迎
……さて、量子固定に設定した弾は渡しておきますね。挨拶を終えたら弾頭に触れてください
ですがその前によく見ていてくださいクオルちゃんリオンちゃん、これから貴方達が頼りにする人はこんなに強いんですよ!
量子干渉弾頭を疑似精霊銃に装填し相手の攻撃に対してカウンターで弾幕を展開、光輪を構築している光子を分解して破壊してやりましょう!
上手く行ったら選択√能力を発動し強化したレーザー射撃をスナイパーの技量で一点集中し敵をぶち抜いて空まで光を届かせます
そしたら天候操作で天気を晴れにして曇天の未来を撃ち抜いて光が差したように演出!生きることを決めた二人を祝福しましょう!

死んですぐなら不死者にしてやれるのだが‥‥
(何度も死んでるので、死の抵抗感に共感できていない。)
‥‥やはり少し甘くなる。子供の願いを聞いてやれと。
良心は大事にしないとな‥すり減る一方だ。
薬剤投入開始。
(死の一歩手前まで禁止薬物で体を強化し、強引にインビジブル化します。)
勝手に俺の保護対象に接触するんじゃない。
(金属棍棒で部位破壊狙いの一撃を何度も狙います。)
■
僚機は周囲に散開しながら敵の行動を阻害するように弾幕射撃か制圧射撃を行います。
アドリブ歓迎です。

うん、善意の押し付けは良くないって典型的な例かな。
もう既に勝負はあったようなものだけど、
それでもしつこいようなら代わりに我等が相手させてもらうぞ。
リオンとクオルには人間災厄の視界に入らない場所まで
避難してもらってから、
ヴォルテクスブレイドを展開して√能力で
魔性の力を宿して人間災厄を攻撃するよ。
妨害狙いで動きが鈍ってきた所で皆に畳みかけてもらうぞ。
光輪は危険なようだし優先して破壊しておくぞ。
麻痺して身動き取れなくなっても遠隔操作による攻撃の手は緩めないぞ。
首尾よく撃退出来たら、人間災厄も幸せな最期だったのかなと
気にかけつつリオンとクオルの安否を確認するぞ。
天使病を治す方法、見つけないとね。

「お断りだよ」
リオン達の幸せも俺の幸せも、それぞれ自分自身が決めることだ
お前の理屈を受け入れてやるつもりは無い
……生きる道を選んでくれたリオン達のためにも、負けられないな
光刃剣を抜きながらダッシュで踏み込んで距離を詰め、居合で攻撃
光輪が召喚されたらすぐに触れられるような位置を保ち、召喚後はすぐにルートブレイカーで消滅させる
光輪をリオン達の方に飛ばされないように特に注意しながら戦おう
相手の言葉には耳を貸さない
善意で言っていることも、だからこそより話が通じないことも理解している
「悪いけど、話をするつもりはないよ」
互いに意見を曲げられないのなら、あとはぶつかり合うだけだ
※アドリブ、連携歓迎です

あんたは視野が狭いのよ、クオルの言う通りでリオンが一生懸命考えた選択肢を否定するのは侮辱以外のなにものでもないわ。
確かに生きるという事は辛い選択をしないといけない事も沢山あるわ、でもその一面だけで死を選ぶことはナンセンスよ。
現にこの兄弟は過去の幸せを噛み締め、不幸を乗り越えようとしているわ。
正に正義、これを邪魔するのは無粋よ善意の死滅天使。
あんたを倒して兄弟の未来を見届ける、それが今のわたしの正義よ!
【行動】
予め味方の誰かに正義の竜漿石を渡しておき、竜漿が切れそうになった時に口に投げ込んで貰う。
正義完遂を使用しブレスを使用後、尻尾の攻撃で牽制。
基本的な役割は味方の盾となる事に努める。
●手向けを
「うん、善意の押し付けは良くないって典型的な例かな」
雪願・リューリア(願い届けし者・h01522)は視界の隅でリオンとクオルが退避するのを確認しながら、高天原・あがりに向かい、歩を進める。
幸せかそうじゃないかという議題については、もう決着がついたようなものだ。だが、あがりは諦め悪く、自分の善意を押しつけようとしている。
「あんたは視野が狭いのよ」
続いて前に出たのはリリンドラ・ガルガレルドヴァリス(ドラゴンプロトコルの屠竜戦乙女《ドラゴンヴァルキリー》・h03436)だ。その碧眼には揺るがぬ炎が灯っている。
正義を信じる炎が。
「クオルの言う通りでリオンが一生懸命考えた選択肢を否定するのは侮辱以外のなにものでもないわ。生きることは、確かに苦難や困難が多い。辛くて死を選ぶ人がいるのも事実よ」
瞑目。リリンドラの脳裏によぎるのは、いつか対面した、死を嘆願した少女たちの声。リリンドラが手を下したわけではないし、死を望むことを正義とは思わないが、彼女らが選んだことを否定するつもりはない。
「でも、苦しいだけが人生じゃないわ。だからその苦しみの側面だけで死を選ぶなんてナンセンスよ。現にこの兄弟は過去の幸せを噛み締め、不幸を乗り越えようとしているわ」
一度にあまりもの不幸が押し寄せた二人。けれど、それで折れることなく前を向いて、未来へ進もうとしている。その姿は、気高く、どこまでも澄んだ空のように神々しく、まごうことなき「正義」だ。
その正義を、正しさを妨げようなんて、
「あんたの行いは『無粋』よ、善意の死滅天使!」
「なら、まずはあなたから殺してあげる」
光輪が召喚される。召喚された無数の光輪は【あなたが幸せな最期を迎えられますように】により【抗おうとする手足なんて切っちゃおう】の攻撃を繰り出してくる。
「やってみなさいよ! あんたを倒して兄弟の未来を見届ける。今、わたしの中にあるこの正義を打ち砕けるものならね!!」
首を狙う殺意の高い攻撃。だが、リリンドラが【|正義完遂《アクソクメツ》】を発動したことにより、【|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》】となったため、光輪はリリンドラに傷一つつけられない。
|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》の巨体により、視界も遮られ、【大丈夫、私がちゃんと看取ってあげるから】による麻痺攻撃も通らないだろう。攻撃も回復も、外部からの干渉を悉く受けない|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》にはきっと麻痺も効かない。
それでも、動きの阻害にはなる、と光輪を飛ばすあがり。リリンドラはプラズマのブレスを放つ。
「ぐっ」
無数の光輪は吹き飛ばされ、霧消。どうにかブレスの兆候を見切り、回避に成功したあがりも、かなりギリギリだったようだ。
光輪は新たに召喚すればいい。敵が見えないのなら、とあがりは新たに光輪を召喚しながら叫ぶ。
「【幸せな最期を|邪魔《けが》すなんて、許せない】!」
「お前の許しなんていらない」
ナイフのような怜悧な声。
光輪に手を伸ばすのは、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)。右掌が触れると、√能力で生まれた光輪は消える。
「ルートブレイカー……! どうして、希望を消すの? 死ぬことはイキモノに与えられた最後の希望だよ?」
「俺はもう、『希望』なんて持てない。でも、そんな希望は、お断りだ」
死の選択肢もリオンにはあった。でもリオンはそれを選ばなかったのだ。
光刃剣を閃かせる。右掌を警戒していたあがりは、武器攻撃を避けられない。
(確かに、他の選択肢がないなら、「死」が希望のように見えることがあるんだろう。与えられてなお、リオンは悩んでいたし)
それでも、最後に選んだのは「生きること」だ。クオルやリリンドラの語った通り、リオンの決断は尊いものだし、それにケチをつけるあがりの理論は侮辱以外の何者でもないとクラウスも思う。
それをわざわざ口に出すことはしない。
「希望なんて持てない……まさか、それがあなたの欠落なの? 本当に、√能力者って残酷だね。大切な存在を失って、それとは別にとんでもないものを欠落して、死ぬこともできない……あんまりだよ」
「……」
光刃剣での攻撃を光輪が飛来して受け止める。別方向から光輪が飛来する。クラウスは右掌で触れて霧消させるが、光輪は絶えることなく無数に生まれる。
無言の攻防。あがりの言葉に耳を貸す気など毛頭ない。話が通じない相手と話し合うなんてあまりにも不毛だ。
「だから私は、っ!」
クラウスが横飛びに避けたところを黒いドラゴンの尾が横薙ぎにする。びたん、と尾に当たり飛ばされるあがり。そこで待っていたのはリューリアだった。
ヴォルテクスブレイドに【オーメンスフィア】の魔性の力を纏わせ、多角的にあがりへと攻撃を繰り出す。
「……悲しくて苦しいのは、お主ではないのか?」
「知ったようなこと言わないでよ」
光輪と魔性の刃がぶつかり合う。
空はまだ暗いままだ。
「……さて、量子固定に設定した弾は渡しておきますね。挨拶を終えたら弾頭に触れてください」
リオンとクオルにコールドスリープ用の弾を預け、真心・観千流(真心家長女にして生態型情報移民船壱番艦・h00289)はその顔に決意と自信に満ちた、明るい笑顔を浮かべる。
「その前に……リオンちゃん、クオルちゃん、見ていてください。これから貴方たちが頼りにする人は、こんなに強いんですよ!」
観千流は量子干渉弾頭を擬似精霊銃に装填、あがりの方へ向かっていく。
「【幸せな最期を|邪魔《けが》すなんて、許せない】!!」
「生きることを選んで、何が悪いんですか!」
放たれる二回攻撃の範囲攻撃にカウンターで弾幕を展開。観千流が使うのは量子干渉弾頭だ。故に、当てることで光輪を構築している光子に干渉し、分解を行う。分解された光輪は消える。しかもこれは弾幕だ。広範囲に広がる光輪も全て破壊していく。
立て続けに観千流は【|レベル1兵装・羽々斬展開《レイン・ビット》】を展開し、サポートマシンによるレイン砲台本体のレーザー強化で、あがりの侵入してきた窓、その向こうの雲を狙う。
「どこを狙ってるの? 余所見なんて余裕だね」
あがりが手元で光輪を召喚、リオンとクオルに迫ろうとする。
「勝手に俺の保護対象に接触するんじゃない」
そこへ圧倒的物量の弾幕と制圧射撃が降り注ぐ。ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)が兄弟たちを守るように立っていた。
(死んですぐなら、不死者にしてやれるのだが……死ぬのが怖い、か)
提案を断られたことに不満はない。選択肢があるのなら選ぶのは自由だ。
ウルトが難しい表情をしているのは、「死への恐怖」に共感できないから。√能力者として、死すら利用し、蘇り続けて、戦い続けてきたウルトの中には、死の恐怖なんてほとんど残っていない。だから「死ぬのが怖い」というリオンの感覚がよくわからなかった。
だが、この兄弟を保護するという目的に変わりはない。保護対象を害する輩にかけてやる慈悲などないのだ。
僚機による弾幕、リリンドラによる牽制、リューリアのヴォルテクスブレイドの攻撃であがりの足止めが為されている隙に、ウルトは薬物を自身に投与、強制的なインビジブル化を図る。
あまりにも危険な戦い方だ。命を使い捨てるようなやり方。それはある意味√能力者らしい戦い方だ。
金属棍棒を持ち、弾幕の合間を縫って、あがりに肉薄すると、ウルトはその手を狙い、部位破壊の一撃をめり込ませる。
「【抗おうとする手足なんて切っちゃおう】、だったか?」
「っ!」
打たれた腕をだらんとするあがり。まだ動く手で召喚した光輪に指示を飛ばし、ウルトを切り刻もうとするが、それはリリンドラの尾やリューリアのヴォルテクスブレイドが弾いていく。
回復技を宿した光輪を取り込もうとするが、クラウスの右掌がそれを消した。
回復手段を奪われ、硬直するあがりの元に魔性の力を宿した電撃を纏いし刃が牙を剥く。麻痺攻撃も付与された一撃、呪いと共にあがりの体を蝕んでいく。
「うっ、うぅっ……!」
それとは別方向ではあるが、観千流の放ったレーザーが雲を貫通し、天候操作で雨を晴らしていく。
良いとは言えなかった視界が晴れた。けれど、呪いのせいか、あがりには恵みの太陽も火傷のような痛みをもたらすものに思えた。
じくじく、じくじくと肌を焼かれるような気持ちの悪さ。胸の中も焼かれているかのような、心地の悪さだ。
生きることを決めたリオンとクオルへの祝福の光。はからずもそれは、死を与える人間災厄の天使へと呪詛をもたらした。
光は彼女の味方のはずなのに、もう届かない。伸ばす手も、片方しかない。
もう片方も、ウルトの金属棍棒が打ち砕く。
畳み掛けるように、クラウスが光刃剣による居合を放つ。
なんで、も、どうして、も、零れることはなかった。死滅天使は消えていく。
ヴォルテクスブレイドを回収しながら、その残滓を眺め、リューリアがぽつりと呟く。
「人間災厄も、最期は幸せだったのかな」
死でもって人を救う、と宣っていたが、本当にそうして救われたかったのは、あがりだったのではないか? あがりの発言の端々に、リューリアはそう感じていた。
確認するすべはないが、少し気にはかかる。
が、まずはリオンとクオルに歩み寄った。
「二人共、怪我はないか?」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとう」
二人の無事な様子に、リューリアをはじめ、√能力者たちはほっと胸を撫で下ろす。
「天使病を治す方法、見つけないとね」
「任せてください! せっかく掴んだハッピーエンドです。きっと見つけてみせます」
リューリアの言葉に応えるように、観千流が胸を張る。その明るさに釣られて、リオンは笑った。そこには不安の影もない。クオルもあたたかい眼差しで見守っている。
レーザーによってもたらされた晴れ空は、いつの間にか雨雲の影もなくなり、ずうっと向こうまで広がっていた。もう、泣かなくていいよ、と語りかけるように。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵 大成功