『あなたはわたしのおともだち』ハーメルンの笛吹き事件
●笛吹は歌う。
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
———
子どもは眠る宵の時。
明かりも消えた街の中、響く歌声、誰の声。
ふわふわ光り漂うは、一体全体なんなのだろう。
目覚まし時計の鐘が鳴る。
いつもの朝、いつものはじまり。目を覚ますよ大人達。
しかして目覚めぬ子ども達。冷たい体に死の臭い。
ふわふわ光り漂うは、もしや彼らの|灯《ともしび》か。
まるで物語の一説を語るかのように、星詠みの少年、クルス・ホワイトラビットは静かに言葉を紡ぐ。ぼんやりと虚空を見上げるようなその瞳は、どこか遠くを見ているかのようで近い未来に訪れるであろう『なにか』を予見しているかのような、そんな印象を覚えるかもしれない。ふっと、息を吐くように瞳を閉じて俯くと、少年はゆっくりと顔を上げ、同時に開いた瞳を、貴方達のそれへと合わせた。
先程までのぼんやりとしたものとは違う、静かで強い光を宿した星詠みたる|少年《かれ》の顔だ。
「さて、本題に入る前にキミ達はハーメルンの笛吹き男という伝承は知っているかな。
知らない方は座してお耳をご拝借。知っている方は暫しのご清聴を。
とある国のとある街は、大変な困り事を抱えていた。それは灰色の悪魔、蠢く波。街の食物や家畜を喰い荒らし、時には人すら牙に掛ける大変狂暴で大量の鼠達が、我が物顔で街を跋扈していたのだ。退治をしようにも、鼠捕りでは雀の涙。猫は怯えて知らん顔。一体全体どうしたものかと頭を抱える街の人々に、とある一人の男が声を掛けた。
派手な井出達、手には笛。どこか奇怪な魔術師か、はたまた道行く道化師か。奇妙奇天烈な男はこう告げる。「報酬さえ支払ってくれれば、鼠を残らず退治してやる」と。半信半疑な街の人々、吹っ掛けられ宇は莫大な報酬。それでも彼らは、藁に縋るような気持ちで男の申し出を受け入れた。
響く笛の音、ご機嫌に踊り出す鼠、鼠、鼠の群れ。彼らは男に誘われるまま、巨大な灰色の絨毯となって、やがて大きな大きな川の中、自らざぶりと飛び込んでは、あの世へ泳いでいきました。
これにてめでたしめでたしな物語。けれどもめでたく終わらないのがこの物語。
掴んだ藁を嫌悪するが如く、手を離しては報酬代わりに男へ石を投げ付ける。当然男は大激怒。「街を救った恩人に、この仕打ちは許せない」、その日の深夜、鳴り響く笛の音に、誘われたのは鼠、鼠、鼠ではなく子供達。大人の声など聞かん坊、止めようにも知らん顔。ご機嫌に踊りを踊って歌を歌って、男と共に居ずこの地へ。そうして二度と、男も子供達も、街には戻ってきませんでした。めでたしめでたし。
……とまあ、こんな感じで、とある国の実際に起こった事件から幾多の作家が書き起こして伝えられてきた伝承だよ。今は事件を伝える為というよりは『人との約束を守りましょう』とか『因果応報の意味を伝える』とか、そう言った教育的側面で子供達に伝える為に読み伝えられているね。実際の事件を元にしているだけあって、この物語がそのままの事件である説、移民の説等、いろいろな説が唱えられている伝承でもあるのだけれど、今回はその論議をする為にキミたちにこの話を教えた訳じゃないよ」
コホンとひとつ咳払う。ここからが本題であると言わんばかりに、少年は静かに腕を組んだ。
「この伝承のように、とある街で子供達の集団失踪事件が起こった。
場所は√汎神解剖機関、そこのヨーロッパと呼ばれる諸国にある街だ。その街で、一晩にして120人もの子供達が姿を消している。いいかい?12人じゃない、120人だ。この数から、これがただの集団失踪事件と考えるのは難しい。そして簡単な調査結果にはなるけれども、案の定、怪異と思わしき痕跡を発見したよ」
そう言って少年は一枚の写真を貴方達に差し出す。
そこには、あどけない表情にエメラルドの瞳と長いブロンドヘアーの少女が映されていた。年の頃は10歳前後だろうか。怪異と呼ぶにはあまりにも清廉潔白な存在がそこにある。
「彼女の名前はリナ・マリーゴールド。
『天使病』と呼ばれる感染症によって、『真の天使』と化した存在だ」
因みに天使化とは、「善なる無私の心の持ち主のみ」が感染するとされるヨーロッパの風土病で、人心の荒廃した現代では既に根絶したものと思われていたものだ。つい最近になって活性化したらしいそれに感染すると、殆どの場合、オルガノン・セラフィムという怪物に変貌し、理性も何もない怪異と同等の存在へと成り下がってしまうそうだ。
しかし、「真の天使」と化したものは、肉体は美しく異質な存在に変貌したものの、理性と善の心を失っていないらしい。星詠みの言う「天使」の多くはこの「真の天使」の事を差し、それらは今のところ√能力自体は使えないものの、その存在故に怪異や超常現象を研究する機関に狙われてしまう存在でもある。
「彼女もこの失踪事件によって姿を消した一人だ。
『天使』という彼女の存在から、事件とは全く無関係と考え難い。事件の解決は勿論の事、彼女の身が心配だ。早急に見つけ出して保護をしておくれ。
ボクの方で事件について調べた事を共有しておくよ。詳しい事は現地に赴かないとわからないが、それでも何かの足しにはなるだろう」
差し出された書類には、このような事が書かれていた。
『事件について』
子どもたちの年代は、下はハイハイが出来る赤ん坊から上は17歳前後。
失踪者の共通点は世間的に子供と認知出来る年齢である事以外は不明。
出身は様々だが貧困層、孤児院が現住居といった訳ありな者が多い。因みにリナは裕福な家の出である。
街の殆どの子供達が姿を消しているが、姿を消していない子供もある。
手掛かりは冒頭の歌。ハーメルンの笛吹き男の伝承。
貴方達がそれを眺めている時だ。
少年はポツリ、囁きのような声を贈る。
「……なんだか、とても嫌な予感がする。
この事件、目で見えるものだけを信じちゃいけない、そんな気がするんだ。
この事件を解決してくれるのなら、どうか、キミの信じるものを信じておくれ。鏡の中と夢の中、そこが現実よりも優しい世界だとしても、生きている場所は、生きていかなければならない場所は現実だ。決断する時は来る。その時は、どうかそれを忘れないで……」
マスターより

●弊社より大変お世話になっています。
ご観覧誠にありがとうございます。はじめましての方ははじめまして、そうでない方はいつもお世話になっております盛見ざわわと申します。
今回は巷で流行りの『天使病』に関するシナリオとなります。
伝承:ハーメルンの笛吹き男のように、一夜にして姿を消してしまった子供達。その中には『真の天使』となった少女の姿もあります。一体どうして事件は起こってしまったのか、事件の解決と少女の保護をお願いいたします。
ご注意としましては、ビターテイストなシナリオです。個人差はありますが、人によってはかなり胸糞悪い結末が待っているかもしれません。故に、本シナリオに参加される場合は『何があっても自分の信念を貫き通せる人』もしくは『どんなに揺らいでも迷ってもそれを糧に出来る人』をおススメします。
(そうでなくても、参加したいという気持ちがあれば大丈夫です)
●シナリオについて
一章は街の探索をして頂きます。
街はそれほど広くない規模です。OPにありました孤児院やリナの家、その他病院などの公共施設といった場所も探索出来ます。街の人々は意気消沈している方が多いようです。こんな事が知りたい!みたいなものがあれば、積極的にプレイングください。
二章目以降は皆様の行動次第となります為、今は内緒です。
どうか、皆様にとって納得のできる結末となりますように。
楽しんで頂けるよう尽力させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
●その他
当方のシナリオは、アドリブや他者との連携・絡みが必ず発生するとお考え下さい。故に、プレイングの際に【アドリブ・絡み歓迎】等の文言を書く必要は御座いません。その分、思いっきりやりたい事を書いていただければと思います。
ソロで活動したい場合は【ソロ希望】
グループ・ペア・複数名でのご参加の場合は【グループ名】もしくは【同行者名】をご記入ください。(それぞれ【】は必要ありません)
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第1章 冒険 『手がかりを求めて』

POW
私物や家具を片っ端からひっくり返して力ずくで探す
SPD
部屋中をまんべんなく、てきぱきと効率的に探す
WIZ
家主の性格や行動パターンから捜索範囲を絞って探す
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴

笛吹きの歌に関しては何かを与えることで子供を引き込もうとしているように感じられるわね。
この点はハーメルンのお話しと通ずるものがあるかも。
なんにせよこういう時はまず情報収集ね、足を使って聞き込みをするしかないわ!
天使となったリナは勿論、他の子供たちも保護してあげたいけど。
今気になるのは連れ去られていない子供達がいるってところね。
リナを起点として考えるのであれば、天使になる素養のある子達だけが連れていかれたとも考えられるけど。
ハーメルンのお話しをベースに考えるのであれば笛の音に反応できなかった子供達がいるって事かしら?
【行動】
正義覚醒を使用し連れ去られていない子供達を中心に聞き込みをしてみる。

一緒に逃げましょう、か
一体何から逃げるんだろうな?
子供達が居なくなる前はどんな感じだったのか
虐待など受けていなかったか
同じ施設に居たりはしなかっただろうか
共通点がないか探ってみようと思う
まずは病院とかどうだろう
居なくなった子供の中にまったく動けない子供は居なかったかとかそういうのも聞けたらいいな
何か知ってそうな人が情報出し渋る様なら能力を使用した交渉を。
ちょっとしたまじないが使えるんだ
アンタの不調、もしくは病院に通ってるお偉いさんの不調を少しばかり良く出来るかもしれない
それと引き換えにと言ったらなんだけど、居なくなった子供の事を教えて欲しい
小さいことでも何でもいいんだ
騒ぎになりそうなら逃げる!

『ほう。ほほう。鼠を捕まえるのは割と得意なんだが、子供を探すのか?』
町の広場のなるべく高い場所に陣取ってフクロウらしく270度首を回しつつ、様子のおかしな子供が居ないか探してみる。
残っている子供が何か知ってるかもしれないし更に狙われるかもしれないもんな?
そんな子供を見付けたら【ハンティングチェイス】でそっと後をつける。
その子の部屋に着いたら本棚の隙間やベッドの下など人の目の届かないところも含めて【リアルタイムどろんチェンジ】も駆使していろいろ調べてみるぞ。
元のフクロウサイズだと大きいからネズミやインコにでも化けてみるかな。
隙間に落ちたメモや手紙があるかもしれないし、薬草の匂いのする飴の包み紙や怪しげな札が見つかるかもしれないしな。
子供がこっそり隠しそうな所も調べてみるか。
敷物の下や鉢植えの下に秘密の花園みたいな場所の鍵が隠してあるかもだしな。
引き出しなんかも器用に開けて詳しく調べてみるぞ。
呪いのたぐいだと子供の目につかない棚の上とかも要注意かもだな。

うーん、編集長からの仕事で取材調査にきたら、想像以上なことがおきてたみたいだな。
能力者から詳細聞き…俺も協力しよう。
子供か…学校があれば話を聞きに行こう。
消えた子供の数や特徴(性別や印象、友達関係等)を確認しておこう。
さて…路地や橋下にも踏み込めたら行くか。
浮浪児がいるかもしれない。いたら、君たちの中で消えた子がいないか、その子がどんな子だったか、消える前の様子を教えてくれないか?
(情報提供の見返りで少額の金銭を渡す。)
気になる場所は足で調査し終えたら…
場所による消えた人数の差や特徴、他能力者の情報をまとめておくよ。
●補足
・取材調査として巻き込まれ
・事件中は適宜、撮影と手帳にメモ
・英語は話せる

ネズミィ!?いまネズミって言った?
あたしはネズミ大好き!お茶につけると旨味が増すんだ。何?ちがう?子どもの話?そう。
天使病?天使って何?怖いよ!
あーかわいそう。辛気臭い顔だ。子どもがいないからだね?わかるよ。
普段あるものが無いと頭がおかしくなっちゃうよね。お茶を飲んで!気付け薬だよ。お茶を断ったらいけないよ。失礼だからね。
閃いた!
子どもを探すなら子どもに聞くべきじゃないかな?子どもがいないなら子どもっぽい大人に話を聞こう。おまえ!大人こどもだな!
ずばり、子どもはお茶会に向かったと思うんだけどどう思う?お茶会に呼ばれないなんてあたしは耐えきれない。ねぇ?行きたいよね!

仮説を立てましょう。
誘う甘い歌。
個人的には、甘いだけでは誰も幸せになれないとは思うんですけど、いったん置いときまして。
貧困層と孤児院出身。子供達が不幸せと感じていた……、いえ、違いますかね。
子供たちのことを「不幸せ」と認識する誰かが連れて行った?
一方的な愛と善意ですけど、仮説ですしね。なにか事情があったのかもですし。視野を狭めないように気を付けないと。
でも、一人だけ富裕層のお嬢さんがやっぱり気になりますよね。彼女と、子供達に接点があったんでしょうか。
孤児院ってどんなところなのかな。子供たちの普段の様子、変わった行動がないか。聞けたらいいんですけど。……不審な所があれば、忍び込んでみようかな。

目で見えるものだけを信じるな、ですか……耳に痛い忠言です。ほんと。
とはいえ、端から専売特許を捨てて解決できる事件とも思えません。
まずは多くを見るとしましょう、精査するのはそれからです。
情報が不足している現状を考えると、共通点を探る意味でも発生件数が多い場所を当たるのが早そうです。
とすると、まずは孤児院に伺うのが良いでしょうか。
失踪の時間・状況をお聞きしつつ、最後に見た場所などを見せてもらいましょう。
邪神の目を通せば怪異や魔術的な隠蔽の残滓なども多少は見えるはずです。
……裕福で善性に溢れた子と不幸な子供たち、ねぇ。
まぁ、怪異の理を推し量るのは後にしましょうか。

ふふ~、相変わらずこの|√汎神《せかい》は面白…興味深いことが起こりますね!違う√とはいえ同じ手口の簒奪者が√WZへ侵略してこないとも限りませんし、早めに対処しましょうか。√WZで子供が120人いなくなったらとんでもない損失ですからね。
ひとまず貧困層の子供たちがいる区域でお話を聞いてみましょうか。そうですね~…賢くて、こっちの顔色を見てきて~、お値段交渉をしてきそうな事情通っぽい子がありがたいんですけどね。最近いなくなった子の特徴とか知らないかなあ。特徴じゃなくて動向だけでもかまいません。…あと、怖いおばけって言ったらみんなはなにを思い浮かべます?ちょっとこの辺を聞いてみたいな~。

(集団失踪か……)
消えた子とそうじゃない子の違いは何だろう
伝承がヒント……『あなたが望むなら』?|愛情《お菓子》や|ミルク《優しさ》を『望んだ』子が失踪したのかな
そんなことを考えながら現地で聞き込み
消えた子供達の知り合い(孤児院の職員辺りが適切だろうか)に、失踪前におかしなことが無かったかを聞くよ
人だけじゃなくてインビジブルにも話を聞いてみよう
穏やかな対話を用いて、近くのインビジブルに失踪時の様子など目撃したことを教えて貰う
天使であるリナが引鉄って可能性も無くはないのかな
天使化で得た力を用いて『善意』で子供達を連れて行ったとか、ついそういう想像もしてしまう
それはともかく、今は情報を集めないとね

子どもが消えた、大勢消えた。捜しに行かなければ、『おとうさん』ならば。子どもを助けなければ、笑顔にしなければ。
空っぽの|鳥籠《あたま》を引っ提げて、みんなを迎えに——。
さて、どうしようか。悲しむ大人たちに寄り添ったとて、子どもたちが帰ってくるわけじゃあないし。
……じゃあ、残った子どもたちに会いに行こうね。どんな子たちかな、会えるのが楽しみだなぁ。
やあ、おとうさんだよ。こんにちは。いなくなっちゃった お友達について、教えてほしいなぁ。
どんなことでも、どんな言葉でも、おとうさんは聞くよ。聞かせてね。
……え、おとうさんじゃない? そんなことないよ、おとうさんは『みんなのおとうさん』なんだから。ね。

……これは、急いだほうが、良い、かしら。
とりあえず、全ての子の身内から、情報を集めたい、わ。
みんなが行かなさそうな人のところには、「強制債権回収」で集めた、債務者たちに、行ってもらうわ、ね。
当日の様子や、失踪後の様子、なにか変わったことはなかったか、全員から、聞いてきて頂戴。
わたしはいま、急いでいるの。
頑張ってくれれば、借金は、ちゃらにするわ。
何もなければないで、ないことが分かったから、良いのよ。
私自身は、リナちゃんの、ご両親に、お話を、聞くわ。
裕福、というくらいだから、何をしているお家なのかも聞いてみたいわね。
あとは、裕福ゆえに感じる街への感覚や、引っかかることがないか、伺えればと。

120人で子どもばっかりって……いたたまれないわね。
赤ちゃんもってことは、自分でついていった訳ではなさそうだけれど……うーん、難しいわ。
とりあえず私は孤児院で話を聞いてみようかしらね。
元々施設出身だし、やっぱり気になるもの。
……まぁ酷い実験施設だったけどね。
連れていかれた子たちじゃなくて、残ってる子たちに何か特徴や共通点みたいなものはあるのかしら。
あとは孤児院の先生たちに直近で何か変わったこと、特に当日の夜にいつもと違う出来事がなかったか聞いておきたいわね。
そうだ、クルスが口にしていた歌についても聞いてみようかしら。
聞いたことがあるか、続きがあるか……この辺りを聞ければ良いかな。

そうですね……。街の探索は孤児院やリナさんの家やその周辺、路地裏やスラム街等で調査をしてみましょうか。
調べる事は……。行方不明の子が日常、どのような状況下にあったか、孤児院の評判や噂、リナさんの人物像や最近の興味関心や動向……とかですかね。
……正直、上記の伝承を鑑みてみれば、天使化したリナさんが子供達を連れ去っていった可能性が否定できません。彼女は善良な人物なのだろうと推測できますが、善意の行動であろうと外部からはそうではない、なんて事例はありますしね。
彼女が子供を連れ去った理由――これは調査で明らかにしていきましょう。
わたしは、子供たちの置かれていた状況がカギになっているとにらんでいますが。

とりあえず貧民街の方に行ってみようかな。
大人子ども問わず話を聞いてみるよ。
この街にこういう伝承みたいなものってあったりするかな?
あんまり有力な情報が得られなかったらみんなと別れて一人でふらふらしてみよう。
わたしも一応子どもだから、攫いに来てくれたりして。
手ぶらは流石に何かあったときに困るから懐にSAAは携えていこうかな。
でもわたしは一般人だし、能力者とは違うから精神系の何かで操られたら厳しいか。
……ま、なるようになるよね。
わたしにはGPSをつけてカレンのポケットには発信機を入れておくよ。
言うと反対しそうだから特に何も言わないけれど……気づくでしょ。
もし何かあったらみんな、よろしくねってことで。

天使病ってひどいよね
ただその日を生きていただけなのに突然あなたは真の天使だー、あなたはなり損ないだーって…
冗談じゃないよね。みんなきっと、やさしかったひとなのにね…
どうか、みんな無事でいて
リナちゃんの家族に天使化した時期と、通ってた学校の場所を聞きたいな
絶対助けるって言おうとして、砂糖菓子の事件を思い出して、無責任なこと言って苦しめたくないから…。頑張ります、とだけ
学校では先生に協力をお願いしてみる
リナちゃんや消えた子は大人から見てどんな子だったかとか、交友関係から共通点が無いか考えてみる
生徒がいたら子供の間での噂や流行りも聞きたい
言語は呼び出したミニドラゴンのテレパシーで補助してもらおうかな
●|Willkommen in Deutschland!《ヴィルコメン イン ドイチュラント》
幾多の√世界を行き交う能力者にとって、旅は付きもの。
異国情緒溢るるという表現は、最早使い古されたものと言っていいだろう。
ある時は 明治・大正時代の面影を色濃く残し現代と混じり合った世界を。
ある時は 竜の存在故に魔法文明が発達した剣と魔法の世界を。
またある時は 戦闘機械群との戦争を永遠とも呼べる時の中で繰り返し続ける世界を。
そしてまたある時は 世界征服をもくろむ怪人と正義の味方が具現化された世界を。
そうして様々な世界を渡って来た能力者ならば、
最早どんな世界に辿り着き流れ着いたとて、目新しい感覚を覚える事も無ければ、胸を躍らせる感覚すら愚鈍になりつつある者もあるのだろう。
然して能力者がどんな心境にあったとて、この目の前に広がる光景に心が動かないものはいない。瞬きの間に、胸の奥底に眠る感動が呼び起こされるような、そんな瑞々しい感覚と輝きが波として押し寄せては、並々とグラスに注がれる水の如く内側を満たしていく。
———√汎神解剖機関、ヨーロッパ
風の匂いが、踏みしめる地面の感覚が、肌に触れる国の気配が。五感に感じる全ての感覚が、自分達の知る世界のそのどれとも違うと告げて来る。
メルヘン、ロマンチック、その名に相応しい街道。バロックにゴシックといった建築様式の建造物や古城等の美しい景観はまるで、童話の世界の様な魅力で溢れ、|一度《ひとたび》足を踏み入れた瞬間、その物語の登場人物になったかのような軽やかな錯覚が胸を満たす。世界有数の先進工業国であり貿易大国として名を馳せるその国は、有名音楽家の音楽でも奏でるかのような華やかさと優美さを以て、異国より訪れた旅人達を歓迎しているようだった。
「うわぁ~!凄い!!外国ってこんな感じなんだね!!」
きらきらと目を輝かせながら、シアニ・レンツィが目的地である街を見回す。
ゴシック様式の———三角屋根の家々に小粋な子猫が優雅に散歩をしていそうな煉瓦の道。日本では珍しい花々の植えられた花壇に洗濯ロープのカーテンレール。可愛らしい街灯が案内人のように立ち並ぶ様は、まさに絵本の世界の小さな町という表現がぴったりだろう。高い山を背にするように街が展開されている他、周囲を森で覆われているらしい。
様々なものに目を向けながら、その度に可愛い可愛いと声を零す彼女に、街の入り口を通りかかった老夫婦が「|Guten Tag《グーテン ターク》.」挨拶らしき言葉を掛ける。
「ぐ、ぐーてんたーくぅ???」
半ば反射のようにシアニがそう返せば、老夫婦は微笑ましそうな表情で頭を下げて去っていく。はてさて一体、彼らはなんと言ったのだろうか。ポカン、と、思わず間抜けた表情を浮かべたのは、なにもシアニだけではなかった。
「ぐーでん、たーく?え?えっと、今のって、英語じゃない、ですよね……」
|見下・七三子《みした なみこ》が丸めた目で呟く。
それにうんうんと頷きながら、アンナ・イチノセ、カレン・イチノセも目を丸めている。残りの面々も、はて?と言わんばかりに各々の反応を見せている。それは至って致し方のない事なのかもしれない。異国へ赴く、しかもそこがヨーロッパという事で、英語圏であるのを予想していた者もあれば、言語の事等すっかりと忘れていつもの調子で足を運んだ者もある。そんな最中、突然とも思えるタイミングで落とされた全くもって予想外の言語に、困惑するなと言う方が難しい話だろう。
「グーテン、ターク……どこの、言葉、だったかしら……」
悩まし気に柏手・清音が片手を頬に添えれば、その隣にいたリリンドラ・ガルガレルドヴァリスとジョン・ファザーズデイも、うーんと首を傾ける。
「この国と関係あるかはわからないけど、そうね。ええっと、確か、ハーメルンの笛吹き男はドイツの伝承だったと思うから……」
「ああ、そう言われればそうだね。なるほど、ここはドイツで、言語はドイツ語って事だね?」
「おそらくは?」
なるほどよくできたね。なんて、テストで満点を取った子どもでも褒めるかのようにジョンに盛大な拍手を贈られ、先程とは別の意味でリリンドラが首を傾ける。
と、
「ドイツ?ドイツ?それは何処のドイツだい?
ん?なんだいここは、絵本かな?絵本の中ならページをめくろう!!
次のお話に行かなくちゃ!次のお話?うん?次のお話ってなんだい、何の話なんだい?」
「え?ええっと、ここがドイツって国であるというお話で。あの、すみません……あなたこそ一体何のお話をしてるんですか?」
くるくるふわりと身振り手振りを交えて、まるで演劇の舞台役者のように語り続ける|梅枝・襠《うめがえ まち》に、エレノール・ムーンレイカーが今まで見た事ない人種に出逢ったと言わんばかりの困惑した表情を浮かべては彼女の様子を伺っている。
「なるほどドイツ、ドイツ!やっぱりそれはドイツの事だい?
教えておくれ!ああ、立ち話は無粋だね!!お茶を飲もうか!!美味しいお茶があるんだ!!」
「え?お、お茶?お茶って、あのっ!」
「あー、その人、ほっといても大丈夫……って、ちょーっと遅かったッスね……」
どこからともなくテーブルセットとティーセットを取り出した梅枝に、半ば強引に引っ張られるようにして、エレノールが席に着く。そうしてなし崩しに持たされたティーカップにお茶が注がれていく様を、ヨシマサ・リヴィングストンはあーあ、なんて言葉と共にぼんやりと眺める他ない。「大丈夫でしょうか」と呟いた水垣・シズクの側では、なんとも言えない顔のクラウス・イーザリーと両手を組んだ|渡瀬・香月《わたせ かづき》が「さあ?」と首を傾けていた。
「まあでもお茶ってのは良いかもな。折角異国に来たし、名物料理とかも知りたいかも」
「あーいいっすねー。腹が減っては何とやらって事でそれは賛成。街をぐるっと歩く口実にもなりますし、観光者を装っていろいろ聞いて回るのはありっすね」
「それはそうだけど……ちょっと待ってくれ、そもそも言語が共通してないんだ。話を聞こうにもまずはその壁をなんとかしないと」
「確かにそうですね。皆さんの中でドイツ語を話せる方っていらっしゃいますか?」
水垣のその問いに、明るい表情を返す者はいない。
話せて「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」といった挨拶程度のもので、肝心な用件を伝える言葉を誰も持ち合わせてはいないのだ。ミニドラゴンを介するか、携帯アプリで翻訳するかと、皆がその件に関して意見を交わしていた時だった。
「ほう。ほほう」という鳴き声と共に、空から舞い降りる黒い影———箔野・ウルシだ。その足でしっかりと小さな紙袋を鷲掴み、彼は真っ直ぐに皆の元へと向かって来る。
やがて優雅な仕草で翼を羽ばたかせると、紙袋をカレンへと手渡し、アンナの帽子の上にちょこんと止まった。「星詠みからの預かり物だ」と告げる彼に促され、紙袋の中を見れば、個包装された飴玉が20個程と、それと丁寧に折りたたまれた一枚の手紙があった。小首を傾げつつ、カレンは手紙を手に取る。差出人は……クルス。言わずもがな、あの星詠みの少年だ。
「星詠みから……?えっと、ちょっと読み上げますね。コホンっ。
なになに……
『事件解決の為に力を貸してくれてありがとう。
大変申し訳ない、今回の舞台が異国の地である事が頭から抜けていたよ。
言葉が通じない可能性を加味しなければならないというのに、本当にすまない。同封した飴玉を是非ご賞味いただきたい。これを食べた人間は、異なる言語を有する相手との意思疎通が可能になる魔法のアイテムだ。具体的に言えば、自分の話す言葉が相手に通じて、相手の話す言葉が自分にとって馴染みのある言語に変換されるというものだよ。効力は2日程。必要な人間はぜひとも使ってみてくれ。ああ、どこぞのクッキーのように体が大きくなったり小さくなったりしないからご安心を。それでは、キミたちの健闘を祈る
クルス・ホワイトラビット』
ナイスなタイミングね……ありがとう、フクロウさん、じゃなくて、箔野さん」
「どういたしまして。ああ、フクロウさんでも構わないぞ、フクロウさんだからな」
「ふふふ、そっか。ありがとうフクロウの箔野さん」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る箔野の頭をカレンがそっと撫でる。
ふかふかの羽毛に掌が埋もれる感触の心地良さに思わずふわりと表情が綻ぶんでしまう。そんなカレンを静かに見つめながら、アンナは紙袋から飴玉を取り出し、早速と言わんばかりに口の中へと放り込んだ。なんというか、不思議な味がする。こちらが甘いと思えば甘く、しょっぱいと思えばしょっぱく、辛いと思えば辛くなる。まるでこちらの趣味嗜好に合わせて幾重にも変化するそれをコロコロと転がしながら、アンナは耳を澄ます。
先程まで街の雑踏の一部か、もしくは聞き慣れない音楽にしか聞こえなかった人々の声が、確かな言語となって理解出来る。
「どう?アンナ」
「うん、良い感じだよ。手紙の内容通り、人の言葉が言葉って理解出来るね」
アンナのその言葉に、その場にいた面々が次々と飴玉を取り出し、口の中へと放り込んでいく。些か不思議な感覚に驚く者もあるが、ひとつの大きな問題、言語の問題が解決された事で、皆の表情は明るい。
「おおっ!すげぇ!食べる翻訳機って感じだな!この味の秘密も知りたい気がするけど」
「渡瀬お前、興味を持つのはそこなんだな」
「まあ俺、料理人だし。あ、なあなあ、クラウスは今何味を食べてんの?」
「……甘くて辛くてしょっぱくて苦くて酸っぱい」
「オールスターじゃん」
「んー、凄いけど、動物の声はそのままなんですね。ホンニャクなんちゃらーって言うのよりは性能が劣るのかな」
「あー、なんでしたっけソレ。確か、押し入れに住んでる青い猫型ロボっ、」
「駄目っ!見下さん!ヨシマサさん!それ以上はなんというか|いろいろ駄目《版権的アウト》な気がします!」
水垣の言葉に、見下とヨシマサは不思議そうに首を傾けた。
———
「それじゃ、言葉の問題も解決したとこだし、どう調査しようか?」
「そうですね……一意見ですが、街の探索は孤児院やリナさんの家やその周辺、路地裏やスラム街等で調査を。調べる事は……行方不明の子が日常、どのような状況下にあったか、孤児院の評判や噂、リナさんの人物像や最近の興味関心や動向……とかですかね」
どうでしょう?と自身無さげに皆の方を振り返ったエレノールに、賛成!シアニが元気よく手を上げる。
「あたしはリナちゃんの家でリナちゃんのことを聞こうかなって思ってるんだ。天使化した時期とかさ、そういうのも聞けたらいいなって。お家の人もきっと心配してると思うから、元気出して欲しいし……」
「シアニさん、らしい、わね。私も、リナちゃんの、ご両親に、お話を、聞きたい、って、思っていたの。裕福、というくらいだから、何をしているお家なのかも聞いてみたいわね。あとは、裕福ゆえに感じる街への感覚や、引っかかることがないか、伺えればと。そういう、小さな違和感、から、案外事件は起こるもの、だから」
「そうですね、確かに、リナさん一人だけ富裕層のお嬢さんっていうのはやっぱり気になりますよね。彼女と、子供達に接点があったとかも伺ってみたいな。私もご一緒していいですか?」
「勿論!清音さんと見下さんが一緒なら心強いや!!」
「ふふふ、私も、よ?よろしく、ね?」
「はい!!こちらこそです!!」
他に行きたい人はいますか?という見下の声に、手を上げるものはいない。
皆、3人も行けば十分だろうという判断だった。
「それじゃあ、わたしは貧困街?スラム街かな?」
「アンナ……?」
「ああ、大丈夫。無理する為に行くわけじゃないよ。案外さ、ああいうところの方が情報落ちてるかなって」
「そう、それならいいけど、本当に無理しないでよね?」
「はいはい、わかってるよー」
本当かな?というカレンの視線をアンナが馴れたように交わす。
「こらこら、相棒さんを心配させちゃ駄目っすよー?ボクも丁度そっちの方向行こうと思ってたんで、お目付け役代わりに同行しようかな?」
「お目付け役って何?」
「そのまんまの意味っすよ?女の子一人じゃ、ああいうとこは危ないから。下手するとマジで鼠の大群よりも性質悪いのが寄ってきますよー?」
「鼠の大群って、」
「ネズミィ?!ネズミの大群だって?!」
ぴょこんと、文字通り話に飛び込んできたのは梅枝だ。
目をキラキラさせた彼女は、本当に鼠を探すように周囲を忙しなく見回っている。
「ね、鼠お好きなんですか?」
「ああ!好きだよ大好きさ!!!あたしはネズミ大好き!お茶につけると旨味が増すんだ!!!」
「ほうほう。それは少し興味深い」
「うん?フクロウ?フクロウもネズミが好きなのかい?!」
「まあフクロウだから。ウルシは野ネズミを少々。時々ハツカネズミも」
「いいねいいね!!どれもお茶とは最高の相性じゃないか!!!」
突如として始まった、ネズミについてのお茶会に、水垣はえーっと、と、困惑を隠せない。
「ほっといていい。梅枝は大体あんな感じだ」
「はあ……そうなんですね。わかりました」
きゃっきゃと楽しそうに繰り広げられる、世にも理解したくない料理の話をとりあえず無視して、その後の話し合いによって、このようにチームが分けられる事となった。
リナの家:シアニ、清音、見下
孤児院 :クラウス、水垣、カレン、ジョン、リリンドラ、
スラム街:アンナ、ヨシマサ、エレノール
「あのご機嫌なお茶会二人はとりあえずおいてくとして、渡瀬さんはどうしますか?」
「んーそうだなぁ……じゃあ俺は被らないところで子供がいそうな場所、病院にでも行ってみようかな?」
「お、じゃあ人手足りないと思うんでー、あの二人の事はお願いしますねー」
「え?あの二人って?」
「渡瀬、梅枝と箔野の事は任せたぞ」
「え?ちょっと待って、マジで?」
「マジっす」「マジだ」
「ええええええええ?!」
ちょっと待ってくれよと抗議の声を零す渡瀬と、目を合わせる人間はいない。
「それではよろしくお願いしますね」と無駄に爽やかで素敵な笑顔と共に手を振りながら、それぞれがそれぞれの現場へと赴いて行く。
「箔野はともかく、梅枝は俺、自身無いよ?!」
「だ、大丈夫よ。普段はああだけど、梅枝さんってやる時はやる人なんだからっ!」
「マジでぇ?」
「う、うんっ…………多分」
カレンが小さな声で付け加えた筈のその言葉は、渡瀬にとって、最上級の重圧となって襲い掛かって来たのだった。
●氷の家
道行く人に『リナ・マリーゴールド』の家と聞けば、誰もがああ、と声を上げる。
聞けば、街でも有名な名家として、この街で代々医者として医院を経営している家だそうだ。都会と比べるとやや見劣りする程の小さな医院だが、それでも一般家庭と比べれば十分過ぎる程の財を成していることは間違いないだろう。広い庭とゴシック様式の立派な二階建ての家が、街の中心近くの住宅街に聳えていた。使用人はいないようで、人の気配は少ない。シアニ、清音、見下の三人は静かに互いの顔を見、頷く。シアニが門のドアベルを鳴らせば、スピーカー越しに不機嫌そうな男性の声が聞こえて来た。
『はい、どちら様でしょうか』
「あ、えっと、ここはマリーゴールドさんのお家、で、よ、宜しいでしょうか?家主様は、ご、ご在宅、ですか?」
『……私ですが』
「あの、あたし、シアニ・レンツィって言います。その、行方不明になってしまった娘さんについて、お話を伺いたくって……その」
『それならば間に合っています』
「え?」
それはバッサリと、言葉のナイフでもって、交渉の糸を断ち切られた瞬間だった。
直接的な言葉でなくとも、それは一切の関与も、合切の情報提供も許さないと、冷たい声が告げていたのだ。少なからず困惑と動揺を覚える三人に、追い打ちをかけるように声は続ける。
『ですのでお引き取りを』
「えっ、少しでいいんです、お話を」
『申し訳ありませんが、私の方から話す事など御座いません。どうかお引き取りを。お引き取り頂けない場合は、はっきりと申し上げて迷惑です。警察を呼ばせていただきます』
「でも、」
「シアニさん」
見下がポンと肩に手を置いて小さく首を振る。
これ以上話をしても、事態は好転しないだろうと彼女の目が告げる。それは隣に居る清音も同じようで。彼女と目を合わせれば、清音も静かに深く頷いた。
「……すみませんでした、失礼いたしました」
『……』
最後は言葉も無くスピーカー音は途切れた。
寄る辺も無く、取り付く島もないその対応に、しょんぼりと肩を落とすシアニに、見下も柏手もどうしたものかと軽く言葉を飲み込む。肩に添えた手はそのままに、もう片方の手で見下はシアニの頭を撫でてやった。
「シアニさん、その、元気出してください、ね?
「……うん」
「ほ、ほら!もしかしたら娘さんが行方不明になって気が立ってるだけかもしれないですよ?突然の出来事だったみたいだし、まだ混乱してるだけなのかもしれないですから」
「そうよ、シアニさん……見下さんの、言う通り。お家の、方から、情報を、得られなかった、のは、残念だけど、仕方ないって、思いましょう?」
「うん、そうだね……お家の人も、うん、辛いよね」
うんっ、と、自分を納得させるようにシアニが大きく頷く。
そうして落ち込んでなんていられないぞ!と、いつもの調子を取り戻そうとしている彼女に、二人も顔を見合わせてほっと表情を緩めた。
「とはいえ、リナちゃんに関する情報を何も得られないのは正直厳しいですね……」
「そう、ね……家での、彼女の様子を、知れる、何かは、欲しい、けど……今は、厳しい、かも、しれないわね」
「そうだね……なんていうか、インターフォンに出てくれたお父さん、なのかな、凄く冷たい声をしてた」
「ええ、そうね……」
またしゅんと俯きそうになるシアニの頭を撫でつつ、見下も少しだけ俯く。
シアニの言う通り、あの声はまるで氷のようだったと思う。こちらからの関与等一寸たりとも許さないような響きには、我が子への心配や焦燥といった愛情を何も感じなかったのだ。ただ気丈に取り繕っているだけだと、周囲に心配をかけまいとしているだけだと思いたいけれども。でも、あれは……。
考えを振り払うように首を振った。ダメダメダメ、考えているだけじゃ、駄目だ。
「よし、決めました!」
「見下さん?」
「決めたって、何を……?」
「その……ちょっと危険ですけど、私、この家に忍び込んでみます」
「え、だ、大丈夫?見下さん」
見上げて来るシアニに、見下は苦い苦い笑みを返す。
100%大丈夫かと聞かれれば、それはそれで自信は無い。
「だ、大丈夫だと思いますよ。流石に屋敷を全部調べるんだったらしり込みしちゃうかもですけど、リナちゃんに関する情報なら、彼女のお部屋とかリビングとか、探索場所は限られてますからね。なんとかなります」
「見下さん、でもソレ……もしかしたら、五分五分の賭け、かも、知れないわよ?」
「うー、危険な賭けは、百も承知です!それでも、何もしないで負けるよりは全賭けして大負けした方がましですから、やってやりますよ!」
「ふふふ、いい、わね……そういう賭けは、嫌いじゃないわ」
それなら私も、それに全賭けしてあげる。
———|強制債権回収《キョウセイサイケンカイシュウ》。
しなやかな指先から投げられた賽。
それが再び清音の手の中へと収まった瞬間、その場にいかにも小悪党といった印象の男が現れた。曲がった背中とぎょろ付いた眼がどこか爬虫類を思わせる風貌の男は、一瞬、何が起こったかわからないと言わんばかりに目も丸め、周囲を見回す。と、清音の姿を見付けた瞬間、大袈裟に肩を竦めた。
「あ、姐さんっ!!?ど、どどどどどうもご機嫌麗しゅう!!!」
「ええ、どうも……けど、申し訳ないけれども、貴方と、無駄話をしてる、暇は、無いの。私は今、急いでいるの。彼女に、協力して、くださる、かしら?」
彼女と言いながら清音が見下を見た。男もつられて見下を見る。
清音はともかく、男の方はなんというか、あまり心地の良い視線ではない。うっ、と口元を歪めて、思わず一歩、見下は後退る。
「はぁん、この嬢ちゃんに協力ですかい?いーいですけどねぇ、具体的には何をすればいいんで?」
「……そうね。彼女が、この屋敷に、潜入、するのを、手伝って、頂戴。貴方、空き巣の常習犯、だった、でしょう?それも、かなり高度なセキュリティの、家を狙った」
「へぇ。その通りですぜ、へへへ……」
「誉めてないわ。やって、くれるのなら、報酬として、借金は、ちゃらにしてあげる」
どう?と清音が横目で男を見れば、直後、男の目がきらきらと輝いた。
それは願っても無い僥倖と言わんばかりに手を叩き、まるで賭博場で大勝ちした時のように歓声を上げて全身で喜びを表す。『借金をちゃら』と言ったか。一体この男がどれほどのものを背負っているかは知らないけれども、借金の形にこうして下僕紛いの扱いを強いられているのだ。相当なものなのだろう。
少しばかり呆気に取られてしまった見下とシニアの目の前で、俄然やる気を起こした小悪党が、じろじろと屋敷を睨め付ける様に見上げる。
「ふぅん、なるほどなるほど……へぇぇ、いいですねぇ。ぱっと見ただけでも金持ってるってわかるいい金持ちだ。セキュリティシステムがあるってだけで安心するような浅はかさも良く見える。ここで金目の物をたんまりか、ガキの一人でも誘拐すればがっぽり儲かり、」
———カチリ
それは、銃の安全装置が外れる音だった。
無表情の清音が、小悪党の頭に片手で銃口を突きつけ、もう片手には、コイントスの形でコインが乗せられている。へ?と冷や汗をかきながら瞬いた小悪党に、冷たさと鋭さ、まるで鋭利な刃物のような視線を清音は投げ付けた。
「……このコインを、投げて、表なら今、貴方の命が、散る。裏なら、貴方の借金が、3倍、よ?さあ、どっちが、いい、かしら……?」
「ね、ねねねねねねねね姐さん?」
「どちらも、嫌なら、私が、コインを、放る前、に、働きなさい?」
「へ、へいっ!!わかりやした!!!!」
ひぃぃっと竦み上がる小悪党に拳銃を向けたまま、清音が見下の方を向いた。
優雅で淑やかな淑女の笑みを浮かべつつも、清音からは絵にも言われぬ迫力が滲み出ている。
「見下さん、こんな、小汚い人で、申し訳ない、けれども、役には立つわ……多分。お願い、出来る、かしら?ああ、おいたをしたら、容赦なく、殴り飛ばしていい、から」
「え、えええええええっ?!もうなんか、すっごく協力したくない、協力したくないですけど、役に立つんですよね……?」
「多分」
「たぶ、うぅぅ、はい……っ、わかりましたぁ」
背に腹は代えられないとはまさにこの事で。
へへへと胡散臭い笑みで揉み手をする小悪党に、嫌だなぁ。心から溢れる感情で顔面をくしゃくしゃにしつつも、見下は彼と屋敷の死角を探すべく駆け出していく。その背中を見送りながら、清音がやれやれと拳銃とコインを懐へと戻した。
「ふう……さて、私達、は、どう、しましょうか?」
「そ、そうだねー……えっと、孤児院以外で子供が集まりそうなところ……学校、とか?」
「学校……そうね、いい考え、ね。行きましょう」
●陽だまりの家
小さな花壇、小さな畑。そこに響く幼子の声は明るくも眩しく、太陽によく似ている。
規模にして極々一般的な幼稚園や保育園程度のそこは、公園によくある遊具がぽつぽつと並べられた運動場と、簡素な二階建ての四角い建物でもって構成されているようだ。
街の北側にある孤児院。きょろりきょろりとその周囲を、中を、子ども達の様子を伺うようにして覗き見るのはクラウス、水垣、カレンにリリンドラの4人だった。
「聞いた通りというか、やはりというか、子どもの数が少ないな」
「そうですね。外で遊んでいるのは、ひいふうみ……今のところ、5人、でしょうか?」
「そうね。んー……とりわけ変わったところはなさそうだけど……なんだろう、なんか違和感があるのよね」
「カレンさんの言いたい事、なんとなくわかるわ。わたしも違和感があるのよね……普通の子供であることは間違いないんだけれども、なにかしら、わたし達とは違うぎこちなさがある感じの……」
「やあやあみんな、おとうさんだよ。こんにちは」
「「「「!!」」」」
即座に4人が同時に目を丸めた。
こちらがなるべく慎重に事を運ぼうとしているというのに全く。ジョンは大胆不敵にも施設内へと足を踏み入れ、遊んでいる子供達へと声を掛けていた。優しい声色と包容力たっぷりに話し掛ける彼は、確かに大人の魅力に溢れた『お父さん』的な存在であるのだが。
「おじさんだれー?おとうさんってなにー?」
「だれのおとうさんなの?」
「うん?おとうさんは『みんなのおとうさん』だよ。おとうさんはね、いなくなっちゃったお友達について、教えてほしいんだ。知っているいい子はいるかい?」
遠目からでも、子供達が顔を見合わせて戸惑っているのがわかる。
なにせ、2m近い長身の鳥籠頭の不審な紳士が、名も名乗らずいきなりおとうさんだよと話し掛けて来たのだ。これに警戒心を抱かない子供があるとすれば、よほど人懐っこいか考えがまだまだ足りない子だろう。「えっとぉ」と、5人の中でも一等幼い子から声が零れると同時に、施設の方から大慌てで職員らしき女性が駆けて来る。
「ちょ、ちょっとすみません!どちら様でしょうか?!」
「やあ、おとうさんはおとうさんだよ。ちょっとお話を伺いたくてね」
「お、おとうさん?お話?ですか?」
「ああ、そうだよ。『おとうさん』はね、子どもを助けなければ、笑顔にしなければいけないんだ」
「はぁ?!」
人の顔であれば優しい微笑みを浮かべているのが容易に想像できる。
けれども、その言動の怪しさ故に、職員らしき女性の警戒心は上がる一方なのだろう。信頼できる大人がただならぬ気配を発しているのがわかったのか、5人の子供達も彼女の後ろへと身を隠していく。
「コレ、まずいんじゃないか……」
「ええ、最高にまずいと思うわ」
「そうね。由々しき事態ね」
「って、皆さん、呆れてる場合じゃないですよ!!」
極めて漫画的な表現をするとすれば、棒線に四角を張り付けたような目で事の成り行きを見つめるクラウス、カレン、リリンドラ。そんな彼らに同調しそうになる頭をぶんぶんと振って、声を上げたのは水垣だった。
完全に目の前の不審者をどうやって退散させようか身構える職員に向かって、
「あ、あー!あのーすみませーんっ!!!その人、私達の連れなんです!!!」
———
「……なるほど、そういう事、でしたか」
「はい、そうなんです」
ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
水垣の心底申し訳なさそうな声が、孤児院の応接間にポーンと落っこちる。
あの後、ミルフィーユよりも重厚に警戒に警戒を重ねた職員を4人がかりで説得し、なんとかこちらの事情を理解してもらったのである。その間も、ジョンは子供達にしきりに話し掛けては、彼らの声や表情、様子を伺っているようだった。勿論そこに悪意はない、が、彼の子供に対するどこか並々ならぬ思い入れのようなものを4人は密かに感じ取っていた。一体彼のなにがそうさせるのかは知らぬが、今はそれを深く聞いている場合ではない。気持ちは分かるが順序があると4人に窘められたジョンは今、大人しく応接間のソファに腰掛け、優雅にお茶を啜っている。
深呼吸をするように大きく息を吐き出した水垣は、目の前の職員、この施設の責任者であるというシスターの顔、正確には口元あたりへ視線をやった。
「それで、あの、不躾なお願いで大変申し訳ありませんが、失踪事件の際、いなくなった子供達について、何かお話を伺えませんでしょうか?」
「お話ですか」
「はい。失踪前に何かおかしなことが無かったか、とか、失踪時の時間帯や状況、最後に見た場所とか、小さな事でも構いませんなん。なにかわかる事があれば、是非」
「そう、ですね……私のわかる範囲で宜しければ」
シスターは静かに片手を口に当て、そのまま軽く俯きながら自らの記憶を辿る。
「……失踪事件自体は、夜に起きたものかと思います。正確な時間までは把握していませんが、この施設に預けられている赤ん坊たちが一斉に泣き出したのが深夜を回ったくらいでした」
どの子も腹が減った様子もなければオムツが濡れている訳でもない。よくある夜泣きの類かとも思ったが、シスターをはじめとする職員達は、すぐにそれは違うと理解した。なぜならば、まだ歩き始めたばかりの子やハイハイを覚えたばかりの子が、自らベッドを抜け出して、一直線に施設の出入り口の方へと自ら進んでいったのだ。そうできない子供達が、まるで連れて行け連れて行けと言わんばかりに声を上げてぐずっているかのようだったという。
「赤ん坊が、自ら……?」
「ええ、私達も最初は夢かと思いました。けれどもあの子達は確かに、自分の足でそちらへ向かっていったのです。いつもならばすぐに転んでしまうような距離も平然と移動していました」
驚愕したのも束の間、すぐに異常事態であると感じたシスター達は、すぐさま赤子を回収してベッドへと戻したという。然しながら、彼らはまたあっという間にそこを抜け出し、何度も何度も出入り口の方へと移動したのだそうだ。
「正直な事を言えば、恐ろしかったです。言葉すらままならぬ赤ん坊がどうしてこんなにも、と、恐怖が足元から這い上がって来るようでした。そうして一人が出入り口まで行ってしまった時に、気が付いたんです。そこに向かっていたのは、なにも赤ん坊だけではない、と」
幸せそうな笑みを浮かべ、出入り口から次々と出ていく施設の子供達。
彼らの名前を呼び、制止の言葉を幾度もかけたが、それは決して聞き入れられるものではなかった。こちらの声はおろか、存在すらも無かったかのように彼らは通り過ぎ、列をなしては歌を歌って、それはさも楽しそうに次々とどこかへ歩んでいくのである。勿論、出入り口は施錠していた、が、それは外からの侵入を防ぐ目的で作られたカギだ。中からは容易く開けられてしまう。
「きっと鍵の事を知っていた子が開けたのでしょう。彼らが出て行かぬよう施錠を試みましたが、その度に彼らに邪魔をされ、施錠したとしても開けられてしまいました。警察にも連絡はしたのですが、どうやら町中で同じことが起こっていると、応援は難しいと言われてしまいましてね。私をはじめとする職員は赤ん坊や小さな子供達を抑え込むのが精一杯で、もう、成す術はありませんでしたよ……」
「そうだったんですね。えっと、すみません、この施設では何人の子供達が失踪されたんですか?」
「47人です。赤ん坊から高校生くらいの子達がいなくなってしまいました」
暗い顔で俯くシスターに、5人はそれぞれの表情を浮かべる他ない。
「本当にハーメルンの笛吹き男ね」と呟いたリリンドラに、シスターが苦笑を浮かべる。
「ええ、本当ですね……そういえばあの夜も、笛の音ではないにせよ不思議な歌が聞こえていた気がします」
「不思議な歌ってもしかして、
いい子 いい子 あなたはいい子 素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物って歌詞のものかしら?」
「ああ、ええ、そうです。確かそんな歌詞でした。とっても可愛らしい女の子の声で歌われていたような気がしますね。声に聞き覚えがある様な気はするんですが、なんだかどうも思い出せなくて……」
そう言って、シスターが困ったように眉を寄せた時だった。
「ナナちゃんよ」
その言葉と同時に、シスターと、そこにいた5人が一斉に声の方を向く。
目に包帯を巻いた少女が、片手を壁につき、手探りのような形でこちらへと近付いてくる。「シスター、お客様がいるの?」と可愛らしく首を傾げる少女に、その場にいた全員が嗚呼、と心の中で同じ言葉を吐き出した。この子は、目が見えないのだ。
「あらあらどうしたの?まだ夕ご飯の時間ではありませんよ」
「ごめんなさい。歌が聞こえたから、私も迎えに来てくれたのかなって嬉しくなっちゃって」
「迎えに来てくれた?それはどういう事かしら」
「ああ、やっぱりお客様がいたのね、初めまして!」
少女はスカートの端をちょんと摘まんで、軽く膝を曲げる。
そんな彼女に、初めまして、と、意図せず5人は声を揃えた。
「えっと、いち、にい、さん、しい、ご?5人いらっしゃるのかしら」
「そうだよ小さなお嬢さん。さあ、おとうさんに話しておくれ。一体何があったんだい?」
「おとうさん?」
小首を傾げる少女に、4人がまた慌てた様子で口を開く。
然してそこから出てくる言葉は、無い。「えっとね」や、「ああその」等、淡淡と吐き出された言葉は脈絡も無ければ言葉としての形を成さないものばかりだ。
それにまた小首を傾げた少女が、次の瞬間、ぱあっと明るい表情を浮かべた。
「おとうさんってほんと?」
「ああ本当だよ。おとうさんは『みんなのおとうさん』だ。勿論、キミのおとうさんでもあるんだよ」
「うふふ、そうなのね、嬉しい!あなた、私のおとうさんになってくれるのね!
私ね、お父さんとお母さんがいないの。二人とも、弟が生まれてすぐに亡くなっちゃったのよ。だからね、私のお母さんはシスターさん。でも、シスターさんは女の人だからお父さんにはなれないって。だからね、ずっとずっとね、お父さんが欲しかったの!」
盲目の少女が手探りでジョンへと辿り着く。
そのままぎゅっと、彼の腰元に甘えるように抱き着くと、嬉しそうに笑い声を零す。
「こらこら、お客様にそのような……駄目ですよ、離れなさい」
「いや、このままで構わないさ。
それよりねえマイリトルレディ?君は一体何を知っているのかな?一体誰にお迎えされたのかな?おとうさんに教えてくれないかな?」
「ええいいわよ」
嬉しそうな表情のまま、少女は続けた。
あの夜、歌を歌っていたのはナナという少女らしい。顔は見た事は無い、というか見えないのだが、声がリナとそっくりの少女だという。
「リナ?リナって、リナ・マリーゴールドで間違いないか?」
「ええそうよ。リナちゃんはね、時々学校の帰りにここに寄ってくれるの。なんでも遠い遠い学校に通っているから、帰りが遅くなる時はここでご飯を食べて帰るのよ」
「そうなのか」
「ええ」
という事は、リナはこの孤児院の人達と面識があるという事だ。
「すまない、話の邪魔をしたな」と、クラウスが話の続きを促せば、少女はそんな事を気にした様子もなく首を振り、再び口を開く。
「それで、ええっと、そうね、リナちゃんとナナちゃんはとっても仲良しさんでね、いつも一緒にいるみたいなの。あの夜もね、ナナちゃんの歌声に合わせてリナちゃんも歌っていたわ。皆で一緒に素敵な場所へ行きましょうってお誘いの歌よ。私も大喜びで着いていったのだけれど、途中で何かに躓いて転んでしまったの。いつもならね、転ぶ前に私の弟が「危ないよ」って助けてくれたのだけれども、その日だけは助けてくれなかったわ。私を置いて、自分だけで素敵な場所に行ってしまったのよ」
「おやおや、それは寂しいね」
「ええ、とっても寂しいわ。あの子、いつも私のお世話ばっかりでお友達と遊べなかったから、きっとそれが嫌になったんじゃないかしら」
きゅっと、少女の掌がジョンの上着を掴んだ。
途端に寂しそうに俯いた彼女を、ジョンが優しく抱き締めて頭を撫でる。
「それはね、うん、おとうさんにもわからないな。弟に聞かないとわからない事だね」
「……そうよね、ねえおとうさんお願い、私の弟を見付けてここに連れて来て欲しいの。わたしのお世話が嫌になって出て行っちゃったのならそれでもいいの。でもね、せめてさよならとありがとうが言いたいから。お願い」
「任せておくれ、マイリトルレディ。君の弟、いや、それならおとうさんの息子だね。必ず見つけ出してあげるよ」
ジョンの大きな手が少女の頭を撫でる。
嬉しそうに微笑む少女の声に、ジョンの頭の鳥籠に青い小鳥のような淡い光が宿った。
微笑ましいやりとりを続ける二人を他所に、他の4人は再びシスターへと向き直った。
「シスター、リナさんの事から伺いたいのですが、今のお話は本当ですか?」
「ええ、本当です。リナさんは週末になるとここで皆と夕食を摂っていましたよ。ナナという少女は、リナさんによく似た、というよりも双子のようにそっくりな子です。とても大人っぽくてしっかり者で、ここでも人気者の子でしたね」
「ナナ……その子は一体どこのおうちの子なんですか?」
「さあ?リナさんもナナさんも一緒に暮らしていると言っていましたが、リナさんの家には今、リナさんしか子供はいない筈なんです。ご主人に問いかけても、知らず存ぜずというよりも、追及してくれるなと言った感じで詳しい事は伺えておりません」
「そうなんですか」
ふむ、と、水垣は軽く片方の眉を吊り上げる。
リナ・マリーゴールドとよく似た、というよりも、瓜二つの存在がいる。
「そうだ、あの子、あの目の見えない女の子は何処で倒れていたの?」
「あの子は孤児院の遊具に足を引っかけたようで、転んで蹲っていました」
「ふうん……ねえ、もしかしてなんだけども、あの子のように目が見えない子や耳が聞こえない子がここに残っている子供達じゃない?他にも、そうね、足が悪い子とかも残ってないかしら?」
「え、ええ。そういう子達は漏れなく全員残っていますよ。ご存じだったんですか?」
目を丸めるシスターに、リリンドラは首を振って否定の意を表す。
「ううん、違うわ。ただ、さっき、わたし達が感じた違和感の正体がわかっただけよ」
「違和感?ああ、あの、遊んでる子ども達を見て覚えたって奴だな」
「ええ。彼ら、普通に遊んでいるようで、どこかぎこちなかった。今思えば、視覚と聴覚で情報を拾っている子、視覚だけ、聴覚だけで情報を拾っている子が混じって遊んでいたからだったのよ。微妙な間というか、認知のズレで起きる動きのズレのせいで、妙なぎこちなさがあったんだわ」
「なるほど。言われてみれば、ジョンさんの問い掛けに最初に反応したのも二人だけで、後の子供達は他の人の様子を見て気が付いたって感じでしたものね」
「ええ。まさかこんなところまでハーメルンの笛吹き男の伝承通りとは思わなかったけれど、よくよく考えてみれば当たり前のことなのよね。聞こえない子にはそもそも歌が聞こえないし、見えない子は聞こえていても何処に行けばいいのかの詳細がわからない。足が悪い子はそれこそ赤ちゃんのハイハイよりもずっと遅く歩く子だっているわ」
「確かにそうね。つまり、残された子ども達って言うのは、全員、体に何らかの障害がある子って言う事になるのかしら。それはどうなんですか、シスター」
「……ええ、そうですね。あくまでも、この施設の中に居る子はそうだと思いますよ」
神妙な面持ちで頷くシスターに、カレンがまた何か言おうと口を開いた時だった。
高らかに鳴り響く着信音。それは、水垣の携帯電話だ。突然の事に大袈裟に肩を花枝させながら、「すみません」とディスプレイを確認すれば、そこに表示された名前は、意外な人物からだった。
「梅枝さん……?」
え?なんで?と思ったのは水垣だけではない。
一体全体何の用だと若干の不信感と疑念と共に通話ボタンを押せば、
『やっと出たね!遅い遅いよ!ウミガメよりも遅い!アタシをスープにする気かい?!』
「え?えっと、それは、はい、すみません……?」
『謝罪はいい、謝罪なんかいいんだ。そんな事より大変なんだ。いいから来てくれ、へんてこりんでとんでもないものがあるんだ。一刻も早くこっちへ来てくれ!多分、あんたならいける。そのへんてこりんな目なら多分なんか見えるしいけるんだよ!!』
「え?え?え?いけるとは?一体何を見付けたんですか?」
『うん?何をなんだって?いける?何にいけるんだい?いける、いける、生け花かい?花はいいよ。お茶会の飾りにはぴったりさ!ローズヒップティーも美味しいね、砂糖と蜂蜜をひと匙零せば、きらきら光るコウモリだってお空の彼方へまっしぐらだ!』
「なんの話ですか?!私は一体何処に行けばいいんですか?!」
剛速球でぶん投げられる言葉でキャッチボールが成立するはずもなく。
電話口で意味不明な言葉を吐き続ける彼女に、水垣が思わずぐっと眉を寄せた時だ。
「ほう。ほほう」
「!」
窓の外で、黒いフクロウが高らかに鳴いた。
●影日向に暮らす人々
光あるところに闇があるように、どんなに小さな街であっても、その経済格差故に貧しいものが暮らす場所というのは存在するのである。
表よりもずっと古い建築物が立ち並び、迷路のように張り巡らされた細く薄暗い路地は|一度《ひとたび》足を踏み入れれば、その命ごと全てが奪われてしまいそうな仄暗い予感が胸を過る。街灯の下には花壇の代りに物乞いをする人々や薄汚れた子供達で溢れ、陰鬱で仄暗い雰囲気と共に、確かな汚臭がその場全体を漂っているようだった。
「酷い、ですね……っ」
そう言って思わず口元全体を抑えたのはエレノールだった。
周囲の気配に目を配りつつも、彼女にとってそれは耐えがたいものであったらしい。静かに、けれども確かに顔を歪める。尚も鼻腔から侵入してくる悪臭に生理的な嫌悪感をじわじわと表出させた彼女の背を、アンナが「大丈夫?」と涼しい顔で擦った。
「こういう、あんまりよくない匂いに慣れてないなら、無理しない方がいいよ」
「そーそ、ボクはまあ油とかヘドロの匂いで慣れてるんでなんともないっすけど、そーいうのとか経験ない人には結構きついですよ、ココ」
「うっ、すみません……でも、大丈夫です。想像以上だっただけなので、はい」
「そう?それでも無理はしないでね」
言いながらぽんぽんと背中を擦られ、エレノールは静かに頷いた。
これぞ社会の表と裏というべきか。同じ町の中にあって、こうも経済格差が激しいとは思いもよらなかった。華やかな表の街道と比べ、汚泥の通り道のようなここは、身寄りも無ければ未来も、明日も見えないような人々がただただ虚ろな目を向けている。先程からこちらを値踏みするような視線があちらこちらから飛んでくるのを、周囲を見回すふりをして振り切った。
「お花を買ってくれませんか」
「靴を磨かせてください」
「すみません、お恵みを」
「少しでいいんです、何か食べるものは」
「ちっ、財布の一つや二つ失くしたってどうってことねぇだろ?!」
物乞いの近くを通れば文字通り物や金を強請られ、花の詰まった籠を持った子供達が花を買って欲しいと何度も何度もやって来る。すれ違い様に武器を擦られそうになった時には、流石に肝が冷える思いがした程だ。何かひとつ、誰か一つに恵みを与えれば、芋づる式に別の人間達がそれを求めに押し寄せて来る。物と引き換えに情報収集が出来ると踏んでいた考え自体が酷く甘いものであったと、三人は思わずにはいられない。
「いっそ攫われた方が有益な情報が聞けるかもね」
「んー確かに?子供がいるいないとか以前に、キリないっすわ」
「だからって、ここで各々別行動は駄目ですよ?はぐれたら最後な気がします」
若干の偏見は混じるが、こういう場所では、人攫いも物取りもそれ以上の事も日常茶飯事に横行していると考えた方がいい。おとり捜査の要領で明確にこんな犯人に攫われたという情報があるならまだしも、闇雲に人攫いに遭えば最後、事件とは無関係な人間に攫われ、二度と日の目を拝めない可能性だってあるのだ。例え位置情報の分かるものを所有していたとしても、犯行を行う人間だって馬鹿じゃない。何らかの対策をしていると考え、慎重になるべきだろうとエレノールは続ける。
「すみません……厳しい言葉にはなりますけど、一人の身勝手で全員を危険に晒す事もあります。時に大胆な行動も必要になるかとは思いますが、敵の出所も何もかもがわからない今、慎重に情報を集めた方がいいのかなと」
「うーん、それもそっか。ちょっと軽率だったかも、ごめんね」
「いえ、わたしこそ偉そうというか、そんな風に聞こえてしまったら本当にすみません」
「いやいや、言って貰って再認識するのは大事っスから。助かりましたよ。それより、顔色最悪っスけど、大丈夫ですか?」
悪臭に加え、精神的な疲労が深刻な状態にまで達したのだろうか。言葉を発する前に、エレノールが口元を抑えた瞬間だった。
「だ、大丈夫、ですか……?」
幼い声が聞こえて来た。
見れば、物陰から隠れるようにしてこちらを伺う少年の姿がある。周囲を怯えたように伺っている事から、警戒心も強いのだろう。またしても物乞いか、それとも花売りか。そんな3人の警戒心はほんの一瞬で、彼の片足が視界に入った瞬間、それは瞬く間に消えた。少年の片足は足首から先が無いのだ。歩くのもやっとなその体で買い物にでも行っていたのだろう、両手でしっかりと紙袋を抱えている。しきりにきょろきょろと周囲を伺いながら、彼は消え入りそうな声でこうも続ける。
「あ、えっと、もしかして観光客の方ですか?もしうっかり迷い込んだのなら、早く出て行った方がいいですよ。日が高い内はまだいいんですけど、沈んだ瞬間に命ごと身包みが剝がされる事もありますから」
「ご心配どうもありがとう。んー、残念だけど、観光客じゃないんだ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ねえ君さ、ちょっとお話を聞きたいんだけど」
そう言いつつ、アンナも周囲に目を配る。
人の気配はまばらだが、視線は確実に集まっていた。如何せん自分達の存在が目立ち過ぎているのだ。このままここで会話をするのは得策とは言えないだろう。最悪、この少年に被害が及ぶかもしれない。「どこか、ここと比べてでいいから落ち着いて話が出来る場所は無い?」と続ければ少年は困ったように小首を傾げた。
「やっぱりないかな?」
「あるには、あります、けど、その、お話、ですか?一体何の……」
「今街で起きてるちょっとした事件について、っスね。ああ、勿論タダでとは言わないっすよ?」
「え?」
ヨシマサがそっと少年の耳元で囁く。
「ボク達もタダで情報がもらえるなんてムシのいい事は端っから考えてないんで。情報がいただけるんならそれなりのお礼はしようかな~って考えてます。ま、お値段交渉って奴ですね」
「……え、えっと」
「どうします?あんまりにも法外なお値段だとこっちも流石にって感じっすけど、そうだなぁ~、最低料金として、キミの家族がその日お腹一杯食べれる分くらいは出しますよ」
「……家族が、お腹一杯……」
ごくり、と、少年がつばを飲み込んだのがわかった。
そうして少しだけ俯き、考えるような仕草をした後で、少年は「わかりました」と小さく頷く。そのまま彼に案内されるままに足を進めた先は、廃屋を利用して住居にしているのだろうボロボロのアパート跡地だった。
「ただいま」と少年が言えば、「おかえり」という様々な声が重なり切らずに聞こえてくる。次いでかけてくる足音の方向へと目を向ければ、そこには少年よりもずっと小さな、4歳前後子供達の姿があった。彼らは3人の姿を目に止めた瞬間、急ブレーキをかけたかのように足を止め、怯えた視線を投げて来る。
「その人達だれ?」
「人買い?誰を買うの?もう普通の子はここに居ないよ?」
「あの夜大勢いなくなったの、僕たちじゃ売り物にならないんでしょう?臓器でも取り出すの?」
ちょっとタンマ、と、両手を降参の形で軽く上げたのはヨシマサだ。目を丸めた彼と同様、アンナとエレノールも目を丸め、軽い降参の姿勢を取る。次々と投げ掛けられる子供達の言葉は、そういう場所で育った子供であるからとある程度の予想は出来ていても、実際に投げ掛けられた時の衝撃は少なからず動揺を誘う。自分達はそういうものではないと説明したところで、子ども達から送られる剣呑な視線は変わらなかった。
「えっと、この人たちは、僕にお仕事を持ってきてくれたんだよ」
「はぁ?お仕事?」「なに?靴磨き?」「女の子呼んでくる?」
「ううん、お話が聞きたいみたい。僕が話すから、皆は奥に隠れてコレ食べてて」
少年が持っていた紙袋を手渡せば、途端に子供達の目の色が変わる。
誰かが「パンだ!」と声を上げた。わっと波紋のように歓声が広がって、彼らはあっという間に建物の奥へ奥へと姿を消した。
「すみません、みんな少し訳ありなんです。ここで生きるしかないって諦めてる子なので、なんというか、明け透けな物言いしか出来なくて」
「ふーん、そうなんだ」
「はい、ああ、こちらへどうぞ」
そう言って案内された場所は、建物の中でも広い場所なのだろう。
ゴミの無い集積所とでも言えばいいか。ゴミともガラクタとも付かないものが隅に寄せられたそこに、少年が心ばかりの薄い布を敷いてくれた。自らは固いコンクリートへと腰を下ろしながら、「お話ってなんでしょうか?」少年は小首を傾げる。三人は一瞬、目を合わせると、意図せず同時に頷き、小さく息を吐き出した。
「……えっと、まずは少なからずわたし達の事を信用してくださってありがとうございます。報酬はきちんとお支払いいたしますのでご安心ください。伺いたいお話というのは、この街で起きた子供達の大量失踪事件の事です。それについてはご存知ですか?」
「はい、その時の事はよく覚えています。僕たちの仲間も、沢山いなくなったので……」
「そうなんすね。あの、いなくなった子の特徴とか知らないかなあ。特徴じゃなくて動向だけとか、なんかちょっとしたことでもかまいませんけど」
「特徴、動向……かぁ……」
少年は少し考えるような仕草をしたのち、困ったように眉を寄せた。
「特徴という特徴はない、ですね……身長も体型も性別も年齢も、みんなバラバラです」
「あなた達、残った子供達との違いみたいなのは?」
「ああ、それなら……その、僕との違いは明白で、僕みたいに足が悪くない子ばかりでしたね。あと、動向、と言っていいかはわかりませんけど、いなくなった子達はみんな、なんていうか、きらきらしてました」
「きらきらっすか?それは、体がこう発光してる的な?」
「いいえ、あの、どう言えばいいのかな」
少年は静かに視線を逸らす。
深い寂しさと悲しみと、けれども悟りにも似た傍観を湛えたその目は、一瞬、どこか遠くの方を見つめた気がする。
「未来が、ある、かな……ここで生きる事を受け入れてるけど、その先もいっぱい見てる、みたいなそんな感じで、きらきらしてました」
何か言おうとした口は、少年の笑みによって塞がれた。
ここにシアニでも見下でも渡瀬でも居れば、何か希望を持たせるような言葉を掛けたのだろう。けれどもヨシマサは、アンナは、エレノールは、それが一時のまやかしであることを理解していた。悪言い方をすれば、持たせるだけの無責任な希望、だ。所詮自分達はここに事件解決の為だけに訪れた渡来人に過ぎない。ずっと側にいて支えてあげられる存在でもないのに、それを贈る資格があるのだろうか、と。躊躇と思慮が、現実を知るが故の残酷な思考が、言葉を飲み込ませる。
「そうなんですね、ありがとうございます。
えっと、それとはまた別のお話になるんですが、リナという女の子の事は知っていますか?金髪で緑色の目をした可愛らしい女の子なんですけど……」
「リナ?うーん……名前までは知りませんが、そんな感じの女の子は見たことありますよ。アマナさんと、あと、もう一人、よく似た女の子と一緒に来てたかな?こんな場所ですし、観光客が迷い込む以外で他所から人が来るのは珍しいので、よく覚えてます。あなた達がこの地区に来た時も、てっきり観光客か、アマナさんが来たと思ったんですよ」
「あの、アマナさんって?」
「ああ、はい、お医者様の女の人です。この地区で暮らしている訳じゃないんですが、よく来てくれて、僕たちに配給って言ってパンと菓子を配ってくれるんです。凄く優しいしお話上手な人で、僕たちみんなお世話になってるんですよ」
「へぇーいいお姉さんっすねぇ」
「ええ、とっても素敵な方です。あの人の紹介で、孤児院に入れた子も何人もいますし」
「ふぅん、そうなんだ。孤児院は誰かの紹介じゃないと入れないの?」
「いえ、そんな事はありません。どんな子でも扉を叩けば受け入れてくれると聞いてます。でも……年端のいかない子供や僕みたいな足の悪い人間はこの地区から出るのも大変で。アマナさんみたいに守ってくれる大人がいれば安心して出て行けるんですけど、大抵は途中で悪い大人に捕まって、ストレスの捌け口にされるか売り飛ばされるかのどちらかですよ」
「……世知辛い世の中ですね」
「……そう思えるのはきっと、いえ、なんでもないです」
「え?」
「お話は以上ですか?」
何でもない風に首を傾けた少年に、三人は揃って小さく頷いた。
そうして約束通りの報酬を手渡して、その場を後にしようとした時だ。
少年の後ろに、子ども達が集まって来ている事に気が付いた。見送りでもしてくれるというのだろうか。相も変わらず剣呑な光を宿したままの彼らに、3人は何とも言えない表情を浮かべる他ない。
「っと、そーだっ、最後に一ついいっすか?」
「え?ええ、何ですか?」
ヨシマサがくるりと振り返る。
「ここにいる皆に聞きたいんですけど、怖いおばけって言ったらみんなはなにを思い浮かべます?」
「怖い、おばけ?」
「そう」
一瞬、酷く困惑したように子供達は顔を見合わせると、そのまま、少しの間押し黙る。
そうして何かを思案するかのような、それとも何かを言いあぐねいているような、そんな表情でこちらと仲間達とを見比べた後でまた、少年が口を開いた。
———大人
●運も実力のうち?
「やーお姉さん肩凝ってるねぇー!家の事、頑張り過ぎたんじゃない?」
「あらやだ、お姉さんだなんて、私なんてもうおばあちゃんよ、口が上手いわねぇ!」
「いやいや本当の事だって。いつもご苦労様!長生きしてくれよー!!」
「まあまあ、うふふふ!ありがとうねお兄さん!」
そんな和やかな空気が、白一色に塗りつぶされた様な無機質な診察室に広がる。
ふぅっという爽やかな疲労感と共に老婦人のマッサージを終えた渡瀬は、借りた白衣を翻すようにしていい笑顔で彼女を見送ると「次の人どうぞー!」と元気な声を上げた。
「すみませんね、お手伝いまでして頂いて」
「いいんですよ。その礼に、あとでたっぷりとお話を伺いますから」
軽いウインクで白衣の男性に笑みを贈ると、渡瀬はまた老婦人のマッサージに精を出す。
街の中心街に程近い場所にある医院に渡瀬、梅枝、そして箔野の二人と一羽はいた。他のメンバーがリナの家や貧民街といった場所で情報収集を行うならと、3人は他に子供がいそうな場所、小児病棟のある病院へとやって来たのだ。
当初、渡瀬は√能力で傷や治療の手伝いをしようと試みたのだが、怪我よりもご婦人方のマッサージをして欲しいと白衣の男性に頼まれ、今、精を出している最中なのである。
「そう言えば失踪事件があったって聞いたけど、お姉さんちは大丈夫だった?」
「そうねぇ。うちはもう私一人しかいないから被害は無かったけど、お隣さんの家はご兄弟が全員いなくなっちゃったって聞いてねぇ。気の毒でならないよ」
「そっかー、そりゃあ胸が痛いよな。早く見つかりますようにっ!っと!」
「あらっ、お上手ねお兄さん、。有名な按摩の方?」
「んーそこは内緒って事で」
俺、料理人なんだけどなー。と、内心思いつつも、人との触れ合いは嫌いではない。
渡瀬と患者のやりとりを微笑ましそうに男性が見守っていれば、彼の元に、同じく白衣を身に着けた梅枝がお茶を差し出した。
「ああ、どうもすみま」
「ここはいいね!いろんな人達がアタシのお茶会に来てくれる!ジジイもババアもガキも盛り沢山だ!!こんなに大人数で素敵なお茶会は初めてさ!!!」
「いや、あの、梅枝さん?患者さんにその言葉遣いは……」
「お?あんたは新顔だね!!いらっしゃい!お茶はいかが?ああ、ここのお茶会では参加名簿を書かなきゃいけないんだった!!こっちへ来て!名前を書いて!!!さあさあ!!」
「いやそれ問診票……」
まあ、お仕事はしてくれてるからいいか。と、白衣の男性は小さく息を吐き出した。
二人がそうして病院の手伝いをしつつ情報を収集する一方で、箔野は一人、いや、一羽、小児病棟を探索していた。とはいえ、流石にフクロウの姿では目立つ事この上なし。かと言って人の姿になったとしても、誰かに何かを聞かれた時が面倒だ。故に彼のとった選択は———リアルタイムどろんチェンジ。鼠も鼠、ジャンガリアンなハムスターに変化した箔野は、隠密活動さながらに病室という病室を覗いて回っていた。
渡瀬の予想通りか。
全く動けない子供ばかりが残されてる。
目や耳が聞こえない子供も多い。
ゴミ箱や引き出しなんかも漁ったけど、怪しいものはない。ふむ。
とすると、子ども達に何かを配って、それを媒体に洗脳等を試みた可能性は低い。
いっそ呪いの類かとも思ったが、それならば町中に掛けられていなければ、失踪者の規模的におかしい。他に何か共通点があるのだろうか。それともまだ他に別の何かがあるのだろうか。てちてちころころと足を進め、箔野は子供達のカルテを覗くべく診察室へと忍び込む。
人の気配はない。それならばと変身を解いた箔野は、そのかぎ爪を器用に使いながらファイルを引っ張り出してはそれに目を通していく。
子供達の共通点は概ね今まで得てきた情報と差異は無い。
貧困層の子供も多いが、裕福層の子供がいないわけでもない。
リナもその裕福層に当たるものという情報も間違いではないか。
「ほう。ほうほ……うん?」
何個目かのファイルを開いた瞬間、それまでとは違う文面が目の前に広がった。
今までのが患者の個人情報であるのならば、これは、患者一人一人の経過記録だ。そこに何故かリナの名前を見付け、箔野はぐるりと首を傾ける。
もしかして彼女はここに入院していたのだろうか。然しながら、その内容は入院記録ではなく個人面談やカウンセリングの記録に近いだろう。リナとの他愛もない会話記録の他、担当医による一言のようなものが記載されている。
『リナ・マリーゴールドに関する経過記録
―月―日(開始日は二年前になっている)
イマジナリーフレンドの存在を確認する。
元々解離性障害の疑いが見られていたが、おそらくは兄が事故死した影響で出現したと思われる。今のところ依存性が高い傾向にある事以外に目立った問題は無し。
引き続き様子観察を行う
—月—日
イマジナリーフレンドへの依存性の高さの要因として家庭環境に問題ある事が判明。
詳しくは調査段階であるものの、半ば虐待のような扱いを受けているようだ。
両親の方にもカウンセリングの必要性あり。
だが、なまじっか医療知識のある両親である為、カウンセリング自体拒否される可能性が高い。暫くは本人を中心に様子観察とする。
—月—日(一年前の日付)
学校が変わった事へのストレスか、極端な体重の減少がみられる。
精神的不安定は変わらず。未だイマジナリーフレンドの存在は健在の様子。
スクールカウンセラーの導入を提案する。
—月—日
スクールカウンセラーとの関係は良好の様子。
本人の状態も落ち着いては来たものの、相変わらず家庭環境の問題は改善されず。
両親のカウンセリングへの拒否も継続。
—月—日(3週間ほど前の日付)
スクールカウンセラーより興味深い情報を得る。
すぐさま確認したところ、その証言に間違いはなく確かなものと認識。
然しながら、本人に所謂能力者と呼ばれる素質は無し。
となるとこれは。
(ここから先は空白となっている)
経過記録作成・担当:アマナ』
———
「アマナ先生?」
「おうよ!あー、兄ちゃん、もう少し上を頼むわ!」
「はいよー!んで?アマナ先生って?」
「んー、ああ、小児病棟にいる美人だよ。なんだ、兄ちゃん知らなかったのか?俺はてっきり先生狙いの野郎かと思ったんだがなぁんぁぁぁぁーそこそこっ!!」
「いやー全然知らなかったよ。なんだ、そんな美人さんがいるならお逢いしてから帰ろうかな?小児病棟の先生って事は、子供好き?」
「なんだ兄ちゃん、そういう女がタイプなのかい?」
「んー、嫌いじゃないかな?」
本当は事件の事について聞けそうだから、というのは黙っておく。
すっかり満足した恰幅のいい老人を見送って、白衣の男性にアマナの事を尋ねれば、ああ、という感じで彼女の事を話してくれた。
アマナ。本名はアマナ・ランナイス。4年ぐらい前にこの街にやって来た女医。
専門は精神科だが、小児病に関する知識も豊富で子供が好きだという事でここでは小児病棟を担当してもらっている。薄桃色の髪と優し気な顔立ちが印象的な美人。性格も非常に穏やかで包容力溢れる大人の女性といった感じだろうか。流石に住んでいる場所までは聞いていないものの、少し遠くからここに務めているらしい。小児病棟の子供とは仲良しで、孤児院やスラム街の人間とも面識がある。休日はボランティア活動と称してスラム街に赴く事もあるそうだ。
「ふぅん、女神様みたいな人なんだな」
「そうですね。彼女が来てから医院にも活気が出できましたし、なにより子供達が良く笑うようになりましたね。マリーゴールド院長の娘さんなんかも、彼女が担当し始めて随分と笑うようになりましたよ」
「マリーゴールド院長の娘さん……それって、」
渡瀬が言葉を発しようとした時だった。
「ネズミだネズミ!!ジャンガリアンなネズミだ!!!!」
梅枝が声高らかに院内を駆け回り始めたのだ。
「梅枝?!どうした?!」という渡瀬の呼び掛けなんて知らん顔。彼女は無我夢中で足元を駆け回る何かを追い回している。ジャンガリアンなネズミ!と、しきりに声を弾ませる彼女の足元にいたのは確かにジャンガリアンな鼠———もとい、
「それ……箔野じゃん!!」
きっと彼女の頭の中は、紅茶に浸した鼠のおやつでいっぱいなのだろう。
箔野もしきりに何か声を掛けているようだが、そんなのもまるで知らん顔。逃げ回るジャンガリアンな鼠を捕まえようと手を伸ばし、足蹴にしようとする彼女に、こりゃたまらんと箔野が院外へ飛び出した。無論それを追って、梅枝も院外へと飛び出す。
「アイツら……!!すみません!ちょっととっ捕まえてきます!!!」
「あ、ええ、はい、いってらっしゃい?」
鼠と兎を追い掛けて、渡瀬も院外へと飛び出した。
猫が鼠を追い掛けて、鼠が猫を追い掛ける。そんなあべこべな歌を聞いたことがある人もあるかもしれない。然しながら今、鼠を追い掛けているのは兎で、兎を追い掛けているのは人間だ。なるべく道行く人に迷惑を掛けぬようにという配慮なのだろうか。それともただ単に無我夢中で逃げているだけなのだろうか。逃げる箔野を追い掛けて、一同は院外へ出、街道を抜け、街を出、ついには森の中を駆け回っていた。
「待て待てネズミ!ジャンガリアンな君ならば、ちょっとスモーキーなおやつになりそうだ!!すっきりしたハーブティにつけようか、それとも濃厚なミルクティにつけようか!!ああ涎が止まらないね!!キミと同じだネズミ君、君も涎も止まりゃしない!!」
「いや止まれよっっ!!!!梅枝、それは箔野だってば!!ねずみだけどねずみじゃなくてフクロウなんだよ!!なんで俺までお前みたいな喋り方になってんだよ!!!」
「ほーう、いや、今はちゅーうか?!」
「そんな事言ってる場合かぁいっ!!!!!ああそうだ!箔野!変身解け変身!!今なら人がいない!!」
「ほほうちゅう!そうか!それもそうだ!!」
ほっほう!とひと声、声を上げて、箔野が元の姿へと舞い戻る。
梅枝の手をすり抜けるようにして空へと舞い上がれば、箔野を捕まえようとダイビングアタックをしようとした梅枝が、派手なヘッドスライディングによって地面に小さな獣道を作る事となった。小さく呻き声を上げる彼女の頭の上に、やれやれと言わんばかりに箔野が止まる。
「全くもう……勘弁してくれよ……」
「面目ない。逃げるのに必死だった」
「まあ、箔野は仕方ないか……それより梅枝、おい梅枝、だいじょう、」
「うん?」
渡瀬のあまりに不自然に途切れた言葉を不思議に思ったのか、梅枝が顔を上げる。
どうしたんだいと言わんばかりの彼女に、渡瀬は目を丸めたまま、その視線の先を指差した。
「梅枝、腕、腕……!!」
「腕?」
言われるままに視線を送る。
するとそこに広がる光景に、流石の彼女も大きく目を見開いた。
「「「なんだこりゃぁ?!」」」
●心の友達
ああ、全く、一体全体どうしてこんな事になってしまったのやら。
世界の国の小さな町の民話や伝承を探る旅、なんて、如何にも怪異ルポライターらしい取材調査だと、軽い旅行気分もそこそこに引き受けたのが運の尽きか。遠路はるばる尋ねた取材先からは門前払い。それどころじゃないと血相を変えた店主に理由を尋ねれば、街は、小さな伝承や民話よりもよっぽど記事になりそうな大事件が起こっていたらしい。
はあ。と、本日をもって何度目かの溜息をゼロ・ロストブルーは零す。
昔から自分は、お人好しの巻き込まれ体質らしい。正直、そんな自覚はさらさら無いのだが、同居するとある兄弟は、そうだと口を揃えて止まない。曰く、金品を巻き上げようとして返り討ちにした相手を家族として迎え入れた時点でそうだと言う。そうなのか?と、小首を傾げると同時に、今回の取材先の家族が、子どもを思ってすすり泣いていた様を思い出す。別に警察や他の能力者がいるならそいつに任せればいい案件なのに、ついつい放っておけなくなってしまったのだから仕方がない。時に瞳は言葉以上に雄弁に物事を伝えるように、ゼロの行動は言葉よりも雄弁に彼の感情を、その本質を語って止まないのだろう。
ほら見ろ。と、兄弟の声が聞こえた気がして、ゼロは再び息を吐く。
「まあ、引き受けた以上はやるがな……」
然しながら、情報収集をしようにも英語が通じる人間が極端に少ないのも現状だ。携帯アプリで翻訳しながらでは、ワンクッション分の時間がどうしたって掛かる。時間がいくらあっても足りないのもまた実状だろう。もどかしい思いを振り払うように周囲を見回す。すると、とある二人組に目が留まった。
蒼い肌の竜族の少女と着物姿の艶やかな女性だ。蒼い肌の竜族の少女はまだしも、ハイカラな着物姿にいかにも日本人という容貌の女性は、明らかに現地の人間ではない。一瞬、観光客とも思ったのだが、彼女達の会話は実に観光客らしからぬものだった。
「行方不明の子、無事だといいな……」
「そうね。早く、手掛かりを、掴まなきゃ、ね?」
間違いない。事件を調査している能力者だ。
「あの、すみません」
「はっはい!なんでしょうか?!」
「ああ、緊張させたなら申し訳ないです。俺はゼロ・ロストブルーといいます。えっと、日本から来ました能力者です。こちら、よろしければ……」
そうして名刺を差し出せば、彼女達が若干の警戒と緊張を解いたのがわかった。
それでも着物姿の女性がじっと、見定めるような視線を寄越す。
「そう、ゼロさん、ね……それで?日本の、ルポライターさんが、私達に、何の御用?」
「ええ、実はですね……」
事情を説明するも、女性の視線は変わらない。
それもそうか。異国の地で突然声を掛けた人間が、事件に巻き込まれたついでに調査をしています。宜しければ協力させてくださいなんて言ったところで、すぐに信じられる人間が何処に居るのだろうか。顔見知りならまだしも、全くの初対面なら猶更だろう。下手すると敵側のスパイだのなんだの、疑われても仕方ないかもしれない。
一通りの事情を説明し終えて、ふっと息を吐く。さて、どうだろうか。
「ふうん……そう、なのね。事情は、わかったわ……」
「大変だったねー!お仕事なのに巻き込まれちゃうなんてとんだトラブルだよ!!大丈夫?お腹とか空いてない?」
「あ、ああ、いや、大丈夫。ありがとう、えっと」
「シアニです!シアニ・レンツィ!!こっちは柏手 清音さんだよ!私達今から学校の方に行くんだけど、ゼロさんも一緒に行きませんか?」
「願っても無いお話だが……いいのかな?」
こんなに簡単に人を信用するのは危ないぞ。
いや、今は是が非でも信じて欲しい状況ではあるけれども、それにしたってシアニ?か?この子は簡単に人を信用し過ぎだ。「勿論!」と、屈託のない笑顔で返され、ゼロは軽く頭を抑える。
「どうしたの?」
「いや、ありがたいなと思ってね。改めてよろしく頼むよ」
「うん!よろしくゼロさん!!」
まあいいか。
兎にも角にも、今は事件の解決の為にお互いに協力し合うのが最適解だ。
うんうんと、そうして自分を納得させていれば、すっと、すぐ横にあの着物の女性が寄って来た。
「……私は、もう少し、様子を見させてもらう、わね?」
怖。
———
道すがら、星詠みら伝えられた事件の事や今までの情報をゼロに伝える。そうして歩みを進めていく内に、目的の場所へは思ったよりもあっという間に辿り着く事が出来た。
極々一般的な海外の学校。唯一建物の造りが街並みに合わせたものである以外、何の変哲もない場所だ。やはりと言うべきなのか、普段ならば聞こえるであろう子供達の声は無い。
一歩、門を潜る。校舎の入り口へと歩み寄れば、受付の用務員が本日は臨時休校である旨を教えてくれた。
「そうだったんですね。いきなりお邪魔してすみません」
「とんでもないです。因みにどういったご用件でしょうか?教員の方は通常通り出勤なされているので、ご用件によってはお伺いできると思いますが」
「ああ、それなら、リナ・マリーゴールドさんの担任をお願い出来るでしょうか?少し、お話を伺いたい事が御座いまして……」
「リナ・マリーゴールドさん……ですか」
「ご不在ですか?」
「いえ、その……元担任になりますが、宜しいですか?」
「元、担任?どういう、事、かしら?」
「ああ、ええっと、リナさんなんですが、一年程前に転校されていまして。この学校にはもう籍が無いんです。なので、通っていた時の担任になりますが、それでもよろしいでしょうか?」
心底申し訳なさそうな表情で、用務員が3人を見つめる。
ちらり、目線だけを合わせて3人はほぼ同時に頷いた。
「ええ、構わない、わ。因みに、転校した、理由、なんかも、伺える、かしら?」
「……そちらに関しては担任の判断にお任せしたいと思います」
「わかった、それで構いません。では、元担任の方をお願いします」
「はい、それでは、少々お待ちください」
そう言って用務員が電話を掛ける。
事務的な口調でやりとりを続ける事、2分足らず。
3階の教室に来て欲しいと促された三人は、そちらの方へと足を運んだ。
リナの元担任という教師は、40代後半くらいの、母性をぎゅっと詰め込んだような随分とふくよかな女性だった。「お待たせいたしました」と、頭を下げる彼女の横には、同じ年代の男性の姿がある。
「こちらの方は?」
「スクールカウンセラーの先生です。リナさんのお話をするとお伝えしましたら是非同席させていただきたいと。宜しいでしょうか?」
「あ、はい!大丈夫です!!」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」
互いに頭を下げて、用意された席に着く。
「それでは、リナさんについてお話を伺いたいという事でしたが、具体的に何をお話しましょうか?」
「そうですね……えっと、それじゃあ、リナさんって、学校っていうか大人から見てどんな感じの子でした?」
「どんな感じ、そうですね……大人しい子でしたよ。引っ込み思案というか、あまり自分の気持ちをお話されない子でしたね。話せない訳ではないのですが、話すのを怖がっているような、そんな感じがありました。友達もあまりいなかったような気はします」
「そうなんですね。あの、失礼ですがいじめとか、そういったものは無かったでしょうか?先程、リナさんが転校されていた事を伺いまして。何か、転校する理由があったのかなと」
「ああ、なるほど……いじめは、私の記憶している限りなかったと思います。リナさんの転校に関しては、そうですね、リナさんご自身というよりも、リナさんのご両親に理由があるようで」
「ご両親の理由ですか?」
「はい。なんでも、リナさんの成績をもっと伸ばす為に転校させたいと」
「成績を、伸ばす、為……?それだけ?」
「はい、そうです。あの、リナさんのお家の事はご存知ですか?」
「えっと、街で有名な医院のお家っていうのは知ってます」
「そうですか……」
それだけを言うと、元担任は困ったように視線をカウンセラーの方へと送った。
彼も、随分と困った顔をしながら、どうしたものか、そう言わんばかりに首を傾けている。
「リナさんの、家は、なにか、あるのかしら?」
「……なにかある、うーん、何と言いますか、その、何かあったと言いますか」
「「「なにかあった?」」」
「はい……すみませんが、元とはいえ生徒の個人情報になります。これ以上は、私の口からは言えません……申し訳ありません」
「あら、それは、」
「ならば私の方からお話させてください」
そう言ったのはカウンセラーの男だった。
「貴方方がどういうご事情でリナさんの事を知りたいかは存じ上げません。が、今回の誘拐事件で彼女は被害者になってしまいました。それなのに、あの家はあまりにもリナさんに冷た過ぎる……。他の親御さんが自分達の子供を必死になって探す中、リナさんご両親はあんなもの捨ておけと、そう言って何もしないんです……」
「なんだと……?それは、本当ですか」
「はい。我々の方でも何度か説得を試みたんですが、まるで駄目で。最近ではもうそれすらも煩わしいのか、門前払いをされてしまいます」
「そう、なんだ……」
つい先程、門前払いをされた記憶が蘇る。
冷たい声だった。何もかもを拒絶するような、冷たい声。
「リナさんの、お父さんは、リナさんの事、好きじゃないの……?」
「わかりません。ですが、少なくとも彼女の兄が存命だった時は、こんな対応をする人ではありませんでした」
「リナさんのお兄さん?」
「はい、二年程前でしょうか。不慮の事故で、お亡くなりになったんです」
それは、スクールバスの転倒事故だった。
運転手の不注意により、カーブを曲がりきれなかった車多が横転。運転手、通行人、同乗者を含む、多数の死傷者を出した事件でもある。リナの兄は、その転倒の際に大勢の同乗者の下敷きにされ、内臓破裂や複雑骨折、いわゆるぺちゃんこの状態にされて亡くなってしまったのだ。相当苦しんだのか、遺体の顔は、体以上の悲惨な表情を浮かべていたらしい。
思い出すのも痛ましい事故でした、と、スクールカウンセラーは続ける。
リナがあまり喋らなくなったのはその頃だったと担任が続けた。
「その、お兄さんは、どんな子、だったのかしら?」
「彼は……成績も良くて面倒見もいい、皆からよく慕われる子でした。医院の跡取りとして将来を有望視される、優秀な子でもありましたよ。ああそうか、そういえばリナさんの成績についてご両親が厳しくなったのも、お兄さんが亡くなってからでしたね……」
「家の跡取りとして、兄の代りに育てようとしてたのか」
「おそらくは」
「そんな、そんなのあんまりだよ……!!それじゃあリナは、リナって一人の人じゃなくて、お兄さんの代りとしてしか見られてないって事でしょう?酷いよそんなの、酷い……」
「シアニさん」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いいえ、いいんですよ。私達もそう思っていますから。事実、リナさんはずっと防ぎ込んでました。悲しくて悲しくて仕方ないのに、泣く事すら許してもらえない場所にひとりぼっちでいるような、そんな感じです。見兼ねて私ね、お家の方に内緒で病院の方にも連絡してしまったくらいです。こっぴどく怒られましたけれども、後悔はしていませんわ」
「ええ、英断だったと思いますよ。アマナ先生が取り合ってくれなければ、今頃はもっと防ぎ込んでいたでしょうから。彼女のイマジナリーフレンドの存在すら、気付く事が出来なかったかもしれない」
「アマナ先生?」
「イマジナリーフレンド?」
「ああ、ご説明しますね」
コホンと咳払いながら、カウンセラーが口を開く。
アマナについては、病院と同じ内容の事を話してくれた。
そして、イマジナリーフレンドについて話そうとした時、カウンセラーはこんな事を3人へと問いかける。
「貴方方は、もしかして能力者という方々でしょうか?」
「え、えっと」
「はい、そうです。我々の中の能力者という言葉と、貴方の中のそれに差異が無ければ、そうなります」
「そうですか。あの、ひとつ、お伺いしたいのですが……」
「なんでしょう」
「命の無い、架空の存在を現実に存在させることは出来るのでしょうか———?」
——— 一方、リナの家。
監視カメラの死角を縫うようにして移動しながら、見下とあの小悪党は無事、屋敷の中へと潜入を果たしていた。2人は気配を探るようにして、慎重に慎重に足を進めていく。予想通りというべきか、使用人の姿はなく、家の中には今、家の主と思わしき人物がひとり、自分の部屋にこもっては仕事に精を出しているようだった。
「医院のお偉いさんは、デスクワークがメインってか?いいご身分だねぇ」
「そうですね。うーん、なんだか本当に空き巣になった気分ですよ……」
「お?目指すかい?嬢ちゃんなかなか筋がいいぜぇ?影への身の顰め方なんて一級品だ、ひと月もあれば立派な大泥棒になれるんじゃねえか?」
「結構ですっ。そんな事より、何か盗んだりしないでくださいね?清音さんに言いつけますよ?」
むんと睨みを利かせれば、清音の名前に青ざめる小悪党の姿がある。
「勘弁してくれよ」と泣き言のように零した彼と屋敷内を物色していくものの、リナに関する情報はほぼほぼ皆無と言っていい程に見付からなかった。時折写真立てに彼女の写真が入っているくらいか。それ以外、アルバムも無ければ日記のようなものすらない。いっそ不自然な程に、情報が無いのだ。
「うーんおかしいなぁ。普通、子供の成長記録って残しますよね……なんでこんなにないんでしょう?」
「さあ?ずぼらな親って訳じゃあなさそうだがなぁ。この家を見る限り、神経質で几帳面そうな印象はある」
「子供が嫌い……?だったらそもそも作りませんよね……」
頭をうーんうーんと左右に振りつつ、ひとつ、またひとつと扉に手を掛ける。
めぼしい情報は見付からないままそうして何度も扉を開けていく内に、二人はとある部屋へと足を踏み入れた。そこは、明らかにリナの部屋ではない。けれども確かに子供部屋であるとわかる一室だ。布団のカバーやカーテンの色合い、置かれている飛行機やミニカー等の玩具から、おそらく部屋の主は男の子なのだろう。つい最近、人の出入りした気配はあるものの、その部屋の空気は静かに、まるで時が止まっているかのような印象を受けた。
「誰のお部屋なんでしょうか……?」
「さあなぁ。お?あそこになんかねぇか?」
「え?どこですか?」
ベッドのマットレスと布団の間にわずかな盛り上がりがある。
そこだよ、と小悪党が指したそこには、一枚の紙と分厚い何かの束があった。
引っ張り出して確認すれば、
「古い、診断書?……あと、画用紙とクレヨン……?」
『診断書 発行日(今から2年前の日付)
氏名:リナ・マリーゴールド 性別:女 年齢:6歳
病名:解離性障害の疑い。
症状:
イマジナリーフレンドと呼ばれる空想上の友人がいる事が判明。
イマジナリーフレンド自体は通常、児童期に多くみられるものである。現状、リナ自身がそれを持っていたとしても不自然な状態ではなく、この時期特有のものと思われる。
イマジナリーフレンドへの依存心が通常に比べて高い傾向にある為、通常ならば自然消滅する筈のイマジナリーフレンドがそのまま残り続ける可能性もある。重篤化すると同一性障害等、症状の悪化を招く可能性もある為、今後の経過観察が重要。
特記事項:
まだ一人遊び等、自身のコミュニティの中で遊ぶ傾向がある年頃です。
過度に否定も肯定もせず、普段通りの対応を心掛けてください。
また、解離性障害に関する情報は極力彼女の耳に入らぬよう気を付けてください。個人差はありますが、自身の病状を正しく理解する事で症状が悪化する可能性が御座います』
「イマジナリーフレンド……?」
小首を傾げながら、見下は画用紙を見る。
絵日記の代りなのだろうか。随分と分厚い束が紐でくくられている。文字らしい文字はなく、なんとも幼く可愛らしい感じのイラストが色鮮やかなクレヨンで描かれていた。
一枚目は家族の絵だろうか。母親らしき人物、父親らしき人物とリナらしき少女、そして、少し背の高い男の子。その4人が幸せそうに笑い合い楽し気に何かをする様が何枚も何枚も、それはそれは沢山の画用紙に描かれている。
然し、それはある時3人になり、楽しい様子がまるで葬式の様な陰鬱な光景へと変わった。その理由は、嗚呼、男の子がいないからだろう。リナらしき少女が涙を流したり、両親と思われる人物が怒りの形相で描かれているものが何枚も何枚も続いている。
やがてリナらしき少女とよく似た銀髪に赤い目の少女が登場した。そこからはまた、幸せそうに笑い合う2人が何かをしているイラストが永遠と続いている。
「この子は、一体……?」
小首を傾げつつ、一番最後の画用紙へと目を向けた。
そこあったのは、リナと少女と、そしてもう一人。薄桃色の髪をした綺麗な女性が描かれている。3人は楽しそうに歌い、手を繋いで夜の街を散歩しているようだ。そのイラストだけ、唯一、ドイツ語で「Ich habe morgen Zeit.」と書かれていた。普段ならば何のことかわからないが、今なら読める。
「約束、明日……っ!?」
「誰だ!誰かいるのか?!」
●内緒の日記
梅枝の連絡を受けて飛び出した水垣とリリンドラを見送って、クラウスとカレン、それにジョンの三人は、施設内にある簡易図書室に訪れていた。寄贈図書で作られたというそこは、大半が絵本や子供受け小説などの児童向けの書籍で本棚が埋め尽くされているらしい。時折大人でも読むのが難しいような専門書や、マニア眉唾物の貴重な書籍に驚きつつも、3人は本の背表紙に目を通し続けている。
「クラウスさんは何を探しているの?」
「ああ、ハーメルンの笛吹き男だよ。リリンドラの話を聞いて、もう少しだけ知っておこうと思ってな。概要だけなら星詠みの話で十分だが、詳細を知っておいてもいいかなと思ってな」
「そっか、それじゃあ私とおんなじだね。私もそれを探してたの。伝承とかそういうのって同じ話でも地域によって解釈や伝えられ方が違うじゃない?」
「星詠みの言っていた、色々な説があるって奴だな」
「そう。だから、ここの街ではどんな風に伝えられてるのかなって思って。ジョンさんは?」
「うん?おとうさんかい?おとうさんはそうだね、子供達に読み聞かせをしてあげようかと思って、相応しい本を探しているよ」
「そうなのね。んー、ドイツで子供達に馴染みの深いものだったらグリム童話が有名だったと思うから、そういうのを選んであげたらどうかしら?あそこの本棚にコーナーがあったわよ」
「ああいいね、それは素晴らしいよ!花丸をあげようリトルレディ」
「ふふふ、ありがとうダディ」
カレンのその受け答えに大満足したのか、鳥籠の中にまた幸せのブルーを宿してジョンが言われた本棚へと向かった。どれもこれも読んであげたそうにするジョンの姿は、こんな状況でなければ酷く微笑ましい。
「ふぅ、呑気だな……あいつも梅枝とは別ベクトルで厄介だ」
「あはは、そうかもね。でも、動機はほら、子ども達を守りたいって気持ちだから、私は純粋で素敵だと思うわよ」
「どうだかな……お、あったあった」
「あ、見つけた?」
「ああ。絵本だがな」
クラウスの手には、大判サイズの絵本があった。
ハーメルンの笛吹き男と題されたそれは、概ね星詠みの語った内容通りだ。ただ結末に少しばかりの追加要素がある。
足の悪い子どもは置いていかれ、
目の見えない子供は転んでしまい、
耳の聞こえない子供は笛の音に気付く事が出来ません。
彼らはおいて行かれてしまったのです。
街で唯一の子供になってしまったのです。
「リリンドラの言っていたのはこれだな」
「そうね。理としては叶っていると思うけれども、おいて行かれてしまったって書かれると、なんだか可哀想な気がしてくるわね」
「そこはもう、物語と割り切る他ないが、そうだな。俺も置いて行かれるのは嫌かな」
「私もだなぁ……だからって置いていきたくもないけど……」
ふっと息を吐く。
ああ駄目だ、少し、昔の事を思い出してしまった。
今は感傷に浸っている場合ではないと言うのに。記憶の蓋はいつだって、ふとした瞬間、気まぐれに開いては、悪戯にその中身をぶちまける。どんな記憶も自分を作る大切なもではあるけれども、それでも、嫌な記憶は嫌なまま、まだ、黒いままで消化しきれない。
「どうした?」
「え?ううん、なんでも」
「いや、カレンじゃなくてジョンの方なんだが」
「え?」
かーっと頬が熱を持った気がした。
大慌てで誤魔化すようにジョンの方を向けば、彼は一冊の本を手に、どこか困った様子でこちらに向かって来る。
「すまない。おとうさんには、コレは童話ではない気がするんだ」
「「どれどれ?」」
クラウスとアンナが一緒にその本を覗き込む。
それは、絵本というにはあまりにも分厚く、小説というにはあまりにも薄い、一冊の日記帳だった。
●隠された楽園
黒いフクロウに導かれるがまま、水垣は、リリンドラは、走る、走る、走る。
街を抜け、森の中へと入り込み、あっという間にその奥深くヘと駆け込んでいく。
周囲にあるのは木、木、木、背の高い木ばかり。
「随分街から離れたわね」
「ええ、こんなところに一体何があるって言うんでしょう……!」
「来ればわかる。ウルシはこの目で見た。梅枝と渡瀬も見た。何もない空間に腕が吞まれた」
「腕が呑まれた?」
「|ほっほう《そうだ》」
一層大きく翼をはためかせ、箔野はその速度は上げる。
風を切る翼を見失わぬよう二人も足を速める。そうして暫くもしない内に、「お、来た来た!」大きく手を振る渡瀬の姿が見えた。彼の隣では、梅枝が木と木の間を見つめながら、なにやら難しそうな表情を浮かべている。
「すみません、お待たせしました」
「いや、いいよ。急に呼び出して悪かったな。箔野もご苦労さん!」
構わんよと言わんばかりに、箔野が短く鳴く。
彼は舞い降りる事も無く、周囲を警戒するように4人の頭上で大きく旋回をしているようだ。
「それで?道すがら腕が呑まれたって話を聞いたんだけども」
「ああ。って、リリンドラ、お前も来たのか」
「ええ。何かあった時の保険にね」
「そりゃ頼もしいや。とりあえず、説明するよりは見た方が早いかな」
梅枝!と渡瀬が声を掛ければ、彼女は徐に目の前の空間に手を突き出す。
するとどうした事だろう。彼女の肘から先が消えた。風景に溶け込む、というよりも、一瞬で鰐の口にでも呑まれてしまったかのようにその姿を消したのだ。
「腕が呑まれたって、こういう事だったんですね」
「だ、大丈夫?痛くはないの?」
「大丈夫?大丈夫だって?ああ大丈夫さ大丈夫だとも!この通り、腕は消えたが感覚は消えてないよ!ぐーちょきぱーも思いのまんま!一度手を抜けばこの通り、アタシの腕はすっかり元通りだ!!面白いね!実に愉快で楽しいよ!!不思議なマジックボックスに腕を突っ込んでいるみたいさ!!!」
「!!不思議なマジックボックス……なるほど。梅枝さん、あなた本当にやる時はやる人なのかもしれませんね」
「うん?やる時はやる?やる?やる?何をするんだい?ああ、もう三時が近いねお茶会だね!!止まった時計に時間は無い?そうとも、だからアタシが三時!お茶の時間と言ったらそうなのさ!!」
はしゃぐ梅枝の言葉をやんわりと無視して、水垣は彼女の隣に立つと、ふっとひとつ息を落とした。ゆっくりと瞼を閉じて、その奥を魔力で満たして、刹那、一気に開く。彼女の邪神の目を通した向こう側には、人の目では見られなかった景色が広がっていた。
永遠と森林地帯が広がるだけだったそこには、開けた平原と人気のない廃教会が聳え立っている。水のフィルターでも掛ったかのようにゆらゆらと景色が揺れるのは、おそらくそれが魔術的な障壁であるからなのだろう。
解除トラップの様なものは無い。呪詛の類も無い、か……それなら……。
水垣が障壁に手を翳す。深くイメージするのは、扉に鍵を差して回す。そんな解錠のイメージ。邪神の目の映すままに、魔力を読んで、———えいっ。
刹那、シャボン玉が割れるような空気の振動と共に、その障壁が霧散した。
突如として消え去る森林。現れた平原と廃教会に、水垣以外の者たちが感心したような声を上げる。
「どうやら簡単な結界で外部からの立ち入りが出来ないようにしていたみたいですね。確かに、この空間はマジックボックスって言っても過言じゃないでしょう」
「なるほどなー!上手く隠したもんだ」
「ええ。それに街外れの廃教会、なんて、いかにも敵の本拠地らしい場所ね」
「はい、用心していきま、」
「ほほうっ!!待て!なにか声がする!!」
「「「「!!」」」」
——— 誰か!助けて!!!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 苦戦
第2章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

POW
純白の騒霊の招来
【奴隷怪異「レムレース・アルブス」】を召喚し、攻撃技「【嘆きの光ラメントゥム】」か回復技「【聖者の涙ラクリマ・サンクティ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[奴隷怪異「レムレース・アルブス」]と共に消滅死亡する。
【奴隷怪異「レムレース・アルブス」】を召喚し、攻撃技「【嘆きの光ラメントゥム】」か回復技「【聖者の涙ラクリマ・サンクティ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[奴隷怪異「レムレース・アルブス」]と共に消滅死亡する。
SPD
輝ける深淵への誘い
【羅紗】から【輝く文字列】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【頭部が破裂】して死亡する。
【羅紗】から【輝く文字列】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【頭部が破裂】して死亡する。
WIZ
記憶の海の撹拌
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【羅紗の記憶海】」から【知られざる古代の怪異】を1体召喚する。[知られざる古代の怪異]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【羅紗の記憶海】」から【知られざる古代の怪異】を1体召喚する。[知られざる古代の怪異]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
イラスト すずま
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
●秘密の日記帳
いつからわたしはわたしだったのかしら
気が付いたらここにいた。あなたの側、あなたの目の前、あなたのお部屋。
怖がらないで。大丈夫。わたしはあなたを知ってるわ。
あなたはわたしの
ママで パパで 妹で 姉で わたし自身
世界で一番 わたしの大事な宝物
だからわたし、あなたの事は全部わかるの
あなたの望みも あなたの願いも あなたの気持ちも
全部全部わかるわ 知っているわ
わたしはナナ 名無しのナナ
あなたにおまじないをかけてあげる
元気の出るおまじない 寂しさの消えるおまじない
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
その歌が書かれた頁を見終わった瞬間、それは唐突に、突然に現れた。
静かな暗転の中からゆっくりとスクリーンの中に映像が浮かぶかのように目の前に広がるのは、見知らぬ誰かの子供部屋。夜の月明かりに照らされたその部屋で、金色の髪をした少女が泣いている。それをそっと抱き締めているのは、少女によく似た、いや、瓜二つとも言っていい銀髪の少女だ。声が聞こえる、彼女達の声が。鼓膜ではなく、頭に直接語り掛けるようなその声は、ころりころりと鈴のような軽やかさと飴玉のような甘さを孕んで響いてくる。
『ナナ、ナナ、今日もお父さんに怒られちゃった。お母さんにも叱られちゃった。
わたしがテストで100点を取れなかったから。お兄ちゃんみたいに出来なかったから。
悪い子悪い子、何も出来ない駄目な子って言われたの。どうしてお兄ちゃんみたいに出来ないのって、ずっとずっと言われたの。お兄ちゃんみたいに出来ないなら、もうお友達と遊んじゃいけませんって、お絵かきもしちゃいけませんって』
『まあ、それは酷いわね。リナはあんなに頑張ったのに。たくさんたくさんお勉強して、一生懸命頑張っていたのをわたしは知ってるわ。本当はもっと遊びたかったのに、ちゃんと我慢して頑張ったじゃない。偉いわリナ、偉いわ。あなたはとっても偉い子よ』
『ナナ、ナナ、でもね、ナナ。わたしの頑張りは普通なんだって、誰でもやってる事なんだって、当たり前の事だから、こんなの一生懸命でも何でもないって。ただみんながやってる事をやっただけだから、頑張ってないんだって』
『お父さんとお母さんの当たり前は、あなたの当り前じゃないわ。気にしなくていいのよ。
きっとね、二人ともまだ、お兄ちゃんがいなくなったショックから立ち直れていないのよ。心が苦しくて堪らないから、ついついあなたにそんな事を言ってしまうだけだわ。だからね、リナ、大丈夫、大丈夫よ。あなたの頑張りはきっといつか見てくれるわ。わかってくれるわ』
『本当に?』
『ええ本当よ。わたしは嘘なんて言わないんだから』
———
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!!わたしが悪いの!わたしが悪いの!!だからお願い、そのクレヨンだけは捨てないで!!!お兄ちゃんからのプレゼントなの!!お願いお願いお願い!!!!』
『お願いじゃなくてお願いしますだろ!!敬語もろくに使えないのかお前は!!!!』
『あ、あ、ご、ごめんな……す、すみません!お願いします、許してください!!もう、もう、あの子達とは遊びません。家庭教師の時間を抜け出したりもしません!!お願い、お願いです!!!そのクレヨンだけは』
『うるさい!!!!』
『きゃああああああっ!!!』
———
『またテストで100点取れなかったの?こんな簡単な問題のどこをどうすれば間違えるの?お兄ちゃんはちゃんと満点だったじゃない。あなたとあの子は同じ血が流れているのよ、やれば出来るのよ?それなのにどうしてやらないの?こんな事、何度言わせればわかってくれるの?!』
『ご……すみません……で、でも、クラスでは一番の点数だって、先生が……』
『クラスで一番?だから何?そんなレベルが低い場所で満足してもらっていては困るのよ!ああ、そう、だったら学校を変えましょうか』
『え……?』
『来月からもっと遠くの、そうね、レベルの高い学校に通わせます。いいわね?』
『……はい』
———
『社交界のマナーもろくに覚えられないとはどういうことだ!!!親に恥をかかせる気か!!!』
『ち、違います、っ、ちが、違うんです……緊張しちゃって、あの、』
『言い訳をするな!!!正しいマナーが身に着くまで、食事は摂らせないからな!!!』
———
『まあまあどうしたの?!大丈夫?私の言う事がわかりますか?』
『あ、う、ぅ……』
『……!!急いで救急車を、』
『やめて。お父さんとお母さんに見付かったら、もっと酷い事をされるわ。お腹が空いてへろへろなの。お勉強ばかりで全然寝てないの。お願い、少しでいいの、お家に帰らなきゃいけない時間まででいい。リナを休ませてあげて』
『……あなたは?』
『わたし、わたしが、見えるの?』
『ええ、見えますよ。この子、リナさん、に、よく似たお嬢さんが私の目の前に居ます』
『!!!』
『どうしたの?』
『ううん、なんでもないわ。わたしはナナ。この子の……「おともだち」なの』
———
『ええ、そうですよ。孤児院で少し慈善活動についてのお勉強をしたいそうで……あら、授業料なんてそんな、結構ですよ。私共としては、活動に興味を持ってくださる事が嬉しいので、そういったものは結構です……ええ、そうです、よろしいですか?ありがとうございます。それではお嬢様は私共の方で責任をもって送り届けますので、はい、はい、それでは……』
『『……』』
『あまり遅くならない時間までに帰ってくればいいそうですよ。私達の方でお家まで送るので、時間になったら声を掛けますね。それまではここで、ゆっくりしていきなさい。まずはご飯を食べなくちゃね』
『やったぁ!ありがとうシスター!!良かったわね、リナ!!』
『う、うん……あ、ありがとう、ございます、シスター』
『いいんですよ。さあ、皆に自己紹介をしましょうか、いらっしゃい』
『『はーい!』』
———
『気色悪い!!!なんだお前は!!!お前なんかを子供にした覚えはないぞ!!一体どこから湧いて出た!!!』
『っ!!』
『やめて!やめてお父さん!ナナをぶたないで!蹴らないで!!!』
『うるさい!!ナナ?ナナだと?!似たような名前でよく似た人間だからと、うちの子どもになれるとでも思ったのか?!!どうせ貧民街の卑しいガキだろう!!!これ以上されたくなかったら、とっとと出て行け!!!』
『っ!!!!』
『ナナ……!!』
———
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
『泣かないで、どうしてあなたが謝るの?』
『だって、わたしがナナをお家に連れてきちゃったから、こんな、こんなに、酷い目に……』
『どうして?だってここは、わたしとあなたのお部屋でしょう?わたし達は帰って来ただけ、決して悪い事なんてしてないわ』
『でも、でもっ』
『落ち着いて、ゆっくり息を吸って吐くの。大丈夫よリナ、大丈夫……きっとね、今まではわたし、あなたにしか見えていなかったの。それが突然見えるようになって、お父さんもお母さんもびっくりしただけよ。リナだって怖いおばけは嫌いでしょう?突然現れたらびっくりするでしょう?』
『……うん』
『そうでしょう?きっとね、お父さんとお母さんの目にはね、わたしは今、怖いおばけみたいに見えてるだけよ。そのうちきっとわかってくれるから、きっときっと大丈夫。だからね、リナ、わたしはあなたの側にいるわ。今まで通り、ずっとずっとそばに居る』
『ナナ……でも、でもまた、また叩かれちゃうかもしれないよ?蹴られちゃうかもしれないよ?もっともっと、酷い事だってされるかもしれないよ?』
『心配性なのね、リナ。大丈夫よ、わたし、そんな事で離れたりなんかしない。リナだってずっとずっといろんな事に耐えて来たじゃない。だから平気よ。なによりね、わたしがあなたの側に居たいの。それは駄目な事?』
『……! ううん、駄目じゃない、駄目じゃないよ。嬉しいよ、いっぱいいっぱい嬉しいよ……ありがとうナナ……』
『ううん、いいのよ。それよりも、ほら、いつもの元気の出るおまじないをしてあげる』
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
『ねえリナ、あなたの願い事はなあに?』
『わたしのお願い事?』
『ええ、なんでもいいの。沢山でもいいの。言ってみて?』
『……えっと、』
お父さんとお母さんのいない場所に行きたい
たくさんのお友達といっぱいいっぱい遊んでみたい
悲しい事も、辛い事も、苦しい事も何もない場所に行きたい
ライ麦パンにバターとジャムをたっぷり塗って、お腹いっぱい食べたい
それから、それから、ナナと、ずっと一緒にいたい———
『その願い、叶えて差し上げますわ———天使様』
刹那、目の前に広がるのは元の光景だった。
シャボン玉が砕け散る様なほんの刹那の間に、映像は消えてしまう。
先程の光景は一体何だったのだろうか。確かめるように手の中の日記帳を再び開く。
けれども、そこにはもう、なにも書かれてはいなかった。
●廃教会のその奥で
———ぐしゃり
落っこちた首は、つい先程まであどけない少年だったものだ。
その顔の半分は、得も言われぬ苦痛で目を見開き、もう半分は、異形の化け物———オルガノン・セラフィムと化したものだ。自らの肉体の変化にも気付いていないのだろうか。血溜まりの中に転がりながら、脳漿を、眼球を、肉片を巻き散らすそれは「アレ?」と、声無き声を零して絶命した。
赤ん坊の声が聞こえる。泣きながら、お腹が空いたと蠢く|腸《はらわた》を伸ばす赤ん坊の声が。それをあやそうとした少女も、少年も、既にその肉体は人間のそれではなく。赤子を抱き締めようとした腕は、もう、誰かのぬくもりを感じられる形状を成していなかった。肉が、引き裂かれる。赤ん坊の声が止む。絶叫。僅か、人である部分がそうさせるのか。彼らは泣いた。鋭い爪で自らの顔を掻き毟り、蠢く腸で自らを、他者を、雁字搦めに巻き付けて、滅茶に、苦茶にと暴れ回る。絶叫、絶叫、また絶叫。流れる血と涙にも気付かぬまま、異様な形に歪みながら彼らのその口が開く。
「苦しい、苦しい、痛い、痛いよ……天使、天使、天使を喰えば、ボク、元に戻るの?」
「助けて、助けて、助けて……!!どうして?ここは楽園じゃなかったの?もう誰にも怒られない、暴力だって振るわれない、そんな場所じゃなかったの?」
「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き……!!おともだちになろうっていったのに!!!」
「お姉ちゃん、ごめんね、置いてきちゃってごめんね。今帰るから……天使を喰って、人間に、人間にもど、戻る?僕はもう、人間じゃ、ない……?」
ずるり、ずるり、ずるり……。
体を引きずるようにして、蠢く|怪物《オルガノン・セラフィム》がにじり寄る。
彼らの視線の先に居たのは、金色の髪に緑色の瞳、その小さな体を更に小さく丸めて震える少女と、その前に立ち塞がるようにして両手を広げた銀色の髪に赤い目をした少女、そして———
「やはり天使と至れるのは限られた存在……|可哀想な子ども《なりそこない》達も連れて行ってあげたかったのですが……天使を襲うのであれば致し方ありません」
女の薄桃色の髪が、静かに色を変える。
元の髪の面影を残し日に透けて輝くプラチナブロンド。
白衣姿だった女は、次の瞬間、得体の知れない魔術の羽衣を纏った天女のような姿となった。
女が手を翳す。刹那、化物共の頭が全て吹き飛んだ。
崩れ落ちる肉塊を呆然と見つめる少女達に、女は優し気な笑みを浮かべて、手を差し出す。
「アマナ、先生……?」
「さあ、一緒に———あなた達の望む世界へ行きましょう、|リナちゃん《天使様》」
●MSより
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』との戦闘となります。
2章ですがボス戦となりますので、ファンブルによるPCの重症・瀕死・負傷等はご覚悟の上でご参加ください。出目による公平を期す為にも、容赦はしておりません。
また、『ボス戦直前にやりたい事』がある場合は、ひとつだけその行動が取れます。
具体例を挙げると『何かを調べる』『誰かと話す』『その他やりたい事』等です。ただし、廃教会突入前となります為、リナ・ナナ・アマナの三人との会話は出来ません。ボス戦直前になりますが、情報に関しては共有しているものとしますので、新規で入られる方でも継続の方々と同じようにプレイングが出来ます。
(これに関しては強制ではありません。やりたい方のみで大丈夫です)
それではどうぞ宜しくお願いいたします。

(突入前、連絡を受け、現地へ移動しながら考える)
……おそらく、その廃教会がリナさんやナナさん、子供たちの「楽園」になるはずだった場所なのでしょう。そこから悲鳴が聞こえてきたということは……。
――羅紗の魔術塔の連中に襲われているのか、子供たちの間で『天使病』が発症したか。はたまた両方か。
……どちらにせよ、状況は悪いですね。現場に急がねばなりません……!
(現場に突入後)
ある程度予想していた風景とは言え、これはあまりにもむごすぎる……!
でもせめて、リナさんとナナさんだけでも守らなければなりません!
リナさんとナナさんをこの場から離脱させた後、アマランス・フューリーへ、エレメンタルバレット『水天破砕』を撃ち、攻撃と味方への援護を行います。
その後は物陰からの遠距離狙撃で味方前線の援護を行います。向けられた攻撃は第六感で回避。
戦況次第では世界樹の恩寵を発動し、聖樹の鎖による敵の拘束で、味方の援護と敵の妨害を行い、同時に自身の生存能力を高めます。例え敵の輝ける深淵への誘いを回避できず、万が一致命を与えられても、これで復活できるでしょう。
もし接近されたら錬成剣に装備を持ち替え、戦闘錬金禁術を発動。第六感で攻撃を回避しながら【穢れし黒の剣】を相手に食らわせ、相手の能力低下を狙います。
子供の純粋な願いを食い物にする者を許すわけにはいきません……!
リナさんとナナさんの為にも、あなたを倒させてもらいます!

ああああ、見つかりそう!
一人ならなんとか隠れる、逃げるでいいんですけど、今は元空き巣のおじさんがいますから。
ええい、奥の手、囮作戦です!
おじさんとドアの陰で息を殺して、戦闘員を呼び出しますね。
一斉に、気を引くように物音を立てながら逃げてもらって……。
みんな、ごめん!捕まりそうになったら帰還してくださいね!せめて速度バフは配りますので……!
おじさんも、元空き巣さんなら気配殺すくらいはできますよね。ひっそりしててくださいね……。
無事に気をそらせたら、その隙に窓からでも脱出します。
脱出できたら、いったん屋根かな。
おじさん、屋根の上から脱出は、一人でできます?
囮作戦でもダメなら、戦闘員は帰還、相手の前に飛び出して逃走します。
おじさん、その間に自分でなんとか逃げてくださいね!
……戦闘は、なんでしょう、合流できたとしても遅刻な気がしますね。
バフとか回復とか、囮とか、とにかくみなさんのお役に立てる動きができればいいんですけど。

リナちゃん…ううん。あたしよりずっとすごい、リナ先輩だ
もう一度リナ先輩の家に向かいたい。見下さんも心配だし
今回は諦めないよ。多少強引にでも話を聞くから
聞きたいんだ。どうして?って
リナ先輩のこと嫌いなの…?お兄ちゃんになれない娘はいらないの?
きっとあなた達に認めてもらいたくて傷付きながら頑張ってたんだよ
そんな子を悲しませて泣かせて、そうすることが嬉しいの…!?
違うって思いたい。心を守るためだって。こんなはずじゃなかったって
だから、ちょっとズルするね。√不完全な竜の涙で、この人たちの「そう在りたかった」って願いを増幅してみる
あの頃は幸せだったんでしょ!?二度と会えなくても、いいの!?
アマナ先生が病気を持ち込んだの?
リナ先輩は渡せない。ひどいことしないって、信じられないから
ミニドラゴンを召喚
テレパシーで連携しながらフォローし合っていくよ
隙があれば奴隷怪異に思いっきり吹き飛ばし。倒すというか戦線から遠ざけて人数有利の状況を作る
ミニドラは火球で羅紗を狙わせたり、怪我した人がいれば回復してもらったり

この日記帳、意味があるか分からないけれど一応持っていくわね。
リナちゃんもナナちゃんも記憶にあるのかしら。
無事に終わって、私が五体満足だったら聞いてみるわね。
連れ去られた子たち、助けられなかった……。
あんなに小さい子や、赤ちゃんまで……これは、あなたたちにとって正しいのかしら。
生憎だけど私にとっては全然正しくないし、たぶん理解もできないと思う。
ごめんね。
大丈夫、今回は迷うことなんてないから……名誉挽回と行きましょうか。
すぐに前に出て戦うわね。
必要があればリナちゃん、ナナちゃんは抱えて後方にいったん下げるようにはするつもりよ。
基本は近接格闘を駆使して前衛として、後衛のみんなに被害が少なくなるよう立ち回れればと。
もし大きなダメージを受けそうな人がいたら、自分の身を犠牲にしてでも庇うわ。
それが私にとって正しいことだもの。
恩人お姉ちゃん、力を貸してね。
そういえばアンナが見当たらないわね。
私の状況で呼んでしまうようなことは避けたい、とは思ってるけれど。
……いざというときは頼んだわよ。

みんなリナちゃんたちの方に急行したんだね。
戦力的には十分そうだから、わたしは一度ご両親のところに向かおうか。
「リナちゃん、見つかったみたいです」
リナちゃんが見つかったことを伝えたうえで、向こうの出方を伺おうかな。
これまでの話は全て聞いているから、取り繕う必要はないのに。
リナちゃんは、いらない子なのかな。
それとも、優秀になったら必要なのかな。
どうしたいのかな?
……何か、みんなが寄り添えるような事情があるかなぁ。
あんまり反応がいまいちだったらこれも聞いておこうかな。
「もしかしてあなたたちも子どもを実験体として使う人なの?」
怒られるか。
戦闘は……たぶんカレンから呼ばれるはず。
前には出られないからリナちゃん、ナナちゃんの盾になれる位置取りを心掛けるよ。
これまで見てきた天使たちの能力を考えると、「リナちゃんがダメージを肩代わりする」みたいな能力を無意識に使う可能性があるから、なるべく戦闘の中心から距離を取れればと。
もし大きな攻撃が来る気配を察知したら、特殊弾生成小箱の銃弾を使って妨害したいね。

件の債務者を呼び出して、少し話を聞くわ。
多くのお金持ちから、盗んできたあなたの目には……あの家のご両親は、どう映ったかしら?
いまだけは、真面目に、答えなさい。
……そう、ご苦労だったわ、ね。
これにて借金はちゃらよ。
よく働いてくれたようだし、これで少し、遊んできなさいな。
また債務超過になったら、使ってあげる、わ。
彼を帰したら廃教会へ。
こんなにたくさんの子どもたちを、殺したのね。
あなたは、殺すわ。
どんな理由があっても、子どもを殺める人は、生かしておけないの。
開幕から、全賭けを、使うわ。
攻撃は乱痴気騒ぎを主軸に、手数で勝負するつもり、よ。
何を召喚されようと、底上げされた能力と、私の運と勘があれば、あまり関係はないわね。ダメージは、厭わないわ。
ぼろきれになっても、私はここで、止まることはできない、の。
これ以上、子どもたちに、辛い思いは、してほしくない、から。
私の痛みや、苦しみは、子どもたちが受けたものに比べたら、軽いもの。
天使を必死に探しているよう、だけれど。
子どもってね、
みんな、天使なの、よ。

どんな状況でも、『おとうさん』のすることは変わらないよ。
あの子と約束したんだ、「弟を連れ戻す」って。子どもとの約束は守らないと。
子どもたちはどこかな。怖くないよ、出ておいで~。
どうしてお返事がないんだろう、おとうさんに会いたくないのかな……。
――あれあれ、戦うのかい。
戦いはあまり得意じゃないんだけれど、おとうさんのことは盾にしていいからね〜。
|不思議なお守り《時空の歪み》があるもの、少しくらいはきっと大丈夫。
みんなのおとうさんだもの、痛いのくらいは代わってあげないと。
誰かひとりでも、なんて寂しいのはダメだ。みんなを連れて帰ろう。
帰りたくないなら、おとうさんのところにいていいから。

『アマナ』が数年前から活動していたということは、その頃から目を付けられていたのか
結局、置いていかれた子供達だけが生き残る形になってしまうな
天使を連れ去らせないために魔術士に挑む
……家に帰っても幸せじゃないのなら、いっそ連れて行かれた方が良いんじゃないか
そんな想いが頭を過らない訳じゃない
それでも、√能力者として放置はできない
受け流しや霊的防御で敵の攻撃を凌ぎながら、居合での近接攻撃を主体に戦闘
フェイントや牽制攻撃、牽制射撃を交えて魔術を使うための集中を妨げる
怪異が召喚されたらルートブレイカーで打ち消す
もしまだ生きている子供が居たら庇って逃がす
戦闘前行動は特に無し
※人手を欲する仲間が居るなら協力

おおっ、黒幕の居場所を突き止めたですって!?さっすがあ!ナイスです!
それにしてもやっぱりお医者様が犯人だったんですね~。頼るものがいなくて孤立してて、それでいて天使病に罹患しそうな条件を満たした材料!小児科の先生でボランティアにも精力的となれば、もはや入れ食い状態ですからね。ま、本命の量産は難しかったみたいっすけど。
さーて、今後√WZに来られると厄介そうですし、向こうも逃がしてくれなさそうなんで交戦と行きましょうか~。廃教会の椅子や柱に隠れながらレギオンによる【群創機構爆撃Mk-IV】で360度あらゆる方向から射撃しましょう!隠れて逃げながらなんで、射撃の精度は落ちますけどね!

ふぅ、ん。そですか。
なるほど……なるほど。なるほどなぁ……。
ま……私みたいな人間には、何にも言う権利無いですね。
……他の方、悲しみそうだなぁ。
はぁ……逃がさないための足止めは承りましょう。それが最初にたどり着いた者の責務ですから。
イォドに布都御魂を持たせて突っ込ませます。
呪術的相性はあんまりですが、仮にも霊剣を芯にしてるんです。多少は怪異にも効いてくれるでしょう。
私自身はそれなりに距離を取りつつリナちゃん確保のタイミングを図ります。
身体能力的に成功率は低いかもですが、警戒してもらえたらラッキーって事で。
不死の命一つで勝率を引き上げられるなら儲けものでしょう。

目を背けるな、思考を止めるな、事態を飲み込み、体を動かせわたし!
感情を爆発させるのは後でいい、今は目的を最優先に。
この場において一番の障害はアマランス、極力リナから遠ざけたいわ。
アマランス、あんたの目的が何かは知らないけどリナも他の子供達も絶対に渡さないわ!
いつも間に合わない事ばかりだけど、せめてわたしの正義が届く範囲では好き勝手はさせない。
聞いたわね?付き合ってもらうわよ、黒曜真竜がいる白銀の世界へ!
完全にオルガノン・セラフィムと化した子供達を救う手立てはない。
でも全ての子供達が完全に異形化したわけではないはず。
救いの手が伸ばせるのであれば伸ばしてみせる。
【戦闘行動】
正義完遂を使用後アマランスを物理的に拘束を狙い、リナ、ナナ、他子供たちと距離を取らせる事が第一目標。
その際に味方には自分の身体につかまってもらうなり、周囲に立ってもらうなりの意思疎通は事前に行っておく。
正義結界の発動成功できたなら、ブレスでの応戦を狙いつつ他√能力者達の壁となるよう攻撃を引き受けられるように立ち回る。

廃教会に飛び込む前に近くの仲間に目配せしつつ「ホッ!?…酷い事になってるな…。
やれるだけやるぞ!」
大きな攻撃力は無いので攪乱等のサポートに徹する。
仲間と敵の間を掻い潜りつつ、フクロウ耳で仲間の声をしっかりと聞き素早く静かに飛びながら【六つの花】で目潰し等を行って皆の攻撃をサポートする。
√能力は指定した物を使用し、多少の怪我は厭わず他の√能力者と協力して積極的に行動します。
不明点はお任せします。

共有した情報を手帳に纏め、廃教会周りを探索しながら考える。
120人…攫われた者全員が「善なる無私の心」だとは限らない。天使と一緒でも感染を免れた子がいるかもしれない。
カルテの報告&カウンセラーの話から、ナナが実体を持ったのは3週間程前か。
以前からナナの存在があった、俺(非能力者)にも見えるなら、間違いなく実体がある事になる。
…彼女が能力者なのか?
なら、この事態もナナが…?
廃教会の中…これは、酷いな。
祈りと共に双斧を構える。
手斧を投擲や武器受け、なぎ払いで能力者のフォロー。
もし他にも無事な子がいれば、助けに向かおう。
【救助活動】【運搬】
戦いの後に待ち受ける事が過るが…今は目の前の命を守る事を。

うわぁ~天女だ!なんて思った、そこのキミ!天女を見たことあるのかな?目の前に見えることを信じるのは馬鹿だ。馬鹿ばっか!
だって彼女は………お茶っ葉の可能性だってあるんだからね。
リナ?ナナ?アマ……何?あたしはマチ!
なに、天使?羽根が生えているのかい?あたしほど信心深いウサギはいない。お茶にするのはやめてあげようね。友人?へーそう!
お茶っ葉の作り方。砕く、潰す、心を砕いて袋に詰める。ポットに入れたらスプーンで潰す。じゃぶじゃぶするってことだよ!
怪異に対抗するのは|死霊《ザクロ・パイ》だ。死んだ者がお相手するのがよろしい。
お茶を楽しまないオマエ。
ジャムにしてやろうか!!!!!!!

逃げようと思っても自分が自分である限りどこにも逃げ場なんてないんだよな。
結局のところ自分の味方は自分だけだ。
この盤面を切り抜けて新しい世界に行こう。自分の足でさ。
踏み込む直前に√能力を使っとく。
可能なら10分置きに再使用を心がける。
一緒に踏み込む仲間とはどう動くか何パターンか打合せしとこう。
お互い囮になったりして上手く連携出来たらいいな。
とにかく10分を目安に、敵の融合技には最大限警戒して回避しながら銃とナイフで攻撃。
特に相手の回復は早く潰したい。
もし融合されたら10分なんとか耐えたいな。
最悪…インビジブル化?
自分がインビジブルになるって予想つかねぇけど
最終的にはいつだって出たとこ勝負だ!
●絶望の中で見た夢
『その願い、叶えて差し上げますわ———天使様』
そう言って微笑む先生こそ天使に見えた。
差し伸ばされた手は神々しく、暗闇の中を二人、互いに抱き締め合って道を探していたわたし達には、それが蜘蛛の糸にでも聖なる箱舟にも見えた気がする。
あたたかくて、優しくて、やわらかくて。握り返されたそのぬくもりで、初めてやわらかい涙を流せた、そんな気持ちだったのに。なのに。
『さあ、一緒に———あなた達の望む世界へ行きましょう、|リナちゃん《天使様》』
こう言って微笑む先生は、なんなのだろうか。
差し伸ばされた手は神々しく、美しく、甘やかな言葉の棘を優しく刺すような声でわたし達を誘う。けれども、わたしは、リナは、その手を拒んだ。べったりと血に濡れて、たくさんのお友達をお友達でないものに変えてしまった———悪魔の手。
怖い、怖い、怖い、怖い……。体が震える。でも、ここでわたしが怖じ気づく訳にはいかない。リナは怯えて動けない。言葉すらも出せない。尚も無遠慮に伸びて来る手を、思いっきり振り払った。
「り、リナは……渡さないわ。例え先生でも」
「そう、残念ね……とても残念ですよ|ナナちゃん《天使様の影》……」
悲しそうな目だった。寂しそうな目だった。
けれども、そんな目をしつつも、先生は手を翳す。
生まれるのは、光。沢山の子供達の、沢山の命を吹き飛ばした、あの、悪魔の光。
「ナナ……!!」
「リナ———」
どうしてだか、言葉を伝えなきゃって思った。
今までたくさんたくさんおまじないをしてきたけれども、唯一言えなかった言葉。
だって、わたしはあなた、あなたはわたし。
この言葉を伝えるには、あまりにも近い場所に居て、あまりにも照れ臭かったの。
光が強くなる。放たれる。
一瞬の間、言葉を贈らんと開いた口は
「ほっほう!!!!」
黒い黒い、翼によって遮られた。
翼が舞う。羽が舞う。こちらへと放たれる筈だった光が天を貫いて、空から青が降り注ぐ。
猛禽類が獲物を捕獲する瞬間のような動きを何度も何度も繰り返して、黒い黒い翼のフクロウが先生に襲い掛かる。
「くっ!この!邪魔をしないで!!」
先生の手を素早くかわして、フクロウが大きく旋回した。
翼を鳴らして教会の入り口の方へと飛んでいく。青空と太陽の光の下に、見知らぬ人達がいる。
「ほうほうっ!確認したぞ!リナは無事だ。良く似た女の子もいる!」
「りょーかい!ウルシ、後は手はず通りに頼んだぞ!!」
「任せろ!お前達死ぬなよ!!」
「大丈夫ですよ」
一人はコックさんの服装で、一人は長い耳の兎さんで、もう一人は眼鏡をかけたお姉さん、お姫様みたいな白いドレスを着た女の子。4人は飛び去るフクロウを目ですら追わず、真っ直ぐに先生を見据えている。
「貴方方は……」
「よっ!病院でちょっと噂を聞いてさ、子ども達の女神、その姿だと天女様だな。それに会いに来たんだ」
「うんうんっ!そうだとも!!うわぁ~天女だ!なんて思った、そこのキミ!天女を見たことあるのかな?」
「あのな梅枝、それは言葉のアヤって奴で……」
「目の前に見えることを信じるのは馬鹿だ。馬鹿ばっか!だって彼女は………お茶っ葉の可能性だってあるんだからね」
びしりと指を指す兎さん。コックさんが「えーっとぉ?」って困ってる。
わたし達も何がなんだかよくわからずに目を丸めていれば、先生の雰囲気が変わった。さっきまでの甘くて優しい毒みたいな空気じゃなくて、もっと怖い……お父さんが無体を働いて怒鳴りつけるような、ピリピリと痛くて冷たい空気が先生の周りに漂っている。不意に、私はリナに抱き付いた。空気のほんの端っこに触っただけなのに、ぞわり、と、酷い寒気が全身に走ったのだ。怖い、怖い、怖い、怖いって、魂が怯えてる。
「そうですか。大変申し訳ありませんが、ただいま少々立て込んでおります。また後日にしていただけませんか?」
「残念ですがそうはいきません。私達はその子、いえ、その子達を返していただきに来ました」
「ええ。あんたの目的が何かは知らないけどリナも他の子供達も絶対に渡さないわ!」
ドレスの女の子が大きな剣を構える。
先生が「そうですか」と静かに呟いた瞬間、あの空気が強くなった。
容赦なく命の火を消す猛吹雪みたいな、大嵐の日に滅茶苦茶に降ってくる雷みたいな。ただただ圧倒的で、成す術も無い、巨大で強大な力。世界中の恐怖と、畏怖と、破壊と、破滅と、人を絶望させる全ての力が今、先生を中心にどうどうと噴き上がり、ぐるりぐるりと渦を巻いている。
「これはちょっと、予想外かもな……!」
「正直、私達だけでは心許無いかもしれませんね」
「それでも、持ち堪えてみせるわ!いつも間に合わない事ばかりだけど、今度は手遅れなんかにさせてなるもんですか!!」
「そうとも!パーティは全員で楽しむものさ!招待状は届けに行った!!あたし達はお茶お用意して待つだけだよ!!」
「ああ——————いくぞ!!!!!!」
コックさんが吠えるように大声を上げる。
わたし達以外の全ての時間が動き出したかのように———全てが、駆ける。
●デットポイント・タイムリミット
忙しなく翼を羽ばたかせて、箔野・ウルシは高く、高く、廃教会の上空へと飛ぶ。
早く、早く、一秒でも早く、己が役割を全うすべしと翼をはためかせる。
廃教会突入前、ウルシには託された言葉があった。
それは、リナを保護する為、加えて他の子供達の奪取とアマナの捕縛・討伐の為、今この場に居ない他のメンバーの目印になって欲しい———というもの。
事前に連絡先は交換してある。頑張って携帯を操作すれば、全員に現状を伝える事は出来るだろう。だが、この廃教会の正確な場所を口頭だけで伝えられるかと言えば、自信は無かった。街外れの森の中、そこをずっと行った先にある廃教会だ。他に目印らしい目印は無く、道という道も無ければ、なんとも端的な情報しか持ち得ていない。それでいて確実に全員をそこに集めねばならないのだ、単純に敵を倒すよりも極めて難しいこの任務を遂行する為に、ウルシは飛ぶ。
くるくると廃教会の上を旋回しながら形態を操作するのはなかなかの難儀だが、難しいからなんだ。失敗するわけにはいかないのだ。通話アプリのグループ通話に、コール。早く、早く、と、気持ちが急いて仕方ない。乱暴に翼が風を打つ。ひとり、またひとりとコールに出はじめる。
「もしもし、箔野さん?どう、したの、かしら?」
「はい!エレノールです、どうされました?」
「どうしたんだい?おとうさんだよ?」
「| 《すみません!今、それどころじゃないです!!》」
「よし、皆、繋がったか!緊急連絡だ!街外れの廃教会にリナを発見した!!あと、よく似たちっちゃい女の子!他に数名の子供も確認し、うわっ!!?」
———ドンッ、と、廃教会からの衝撃の余波が空気砲となって襲い来る。
「っ、ぐっ!?ぎゃっ?!!!」
回る、回る。ドラム式洗濯機の中にぶち込まれたようにぐるぐると。乱気流の球の中に閉じ込められたみたいだった。体のバランスを失いかけながらも、ウルシは足元を見る。戦っている。皆、戦っている。こんな余波ではなくて、そのままの衝撃を、攻撃を受けて、戦っている。
きりりと表情を引き締める。こんなところで、ぐるぐるしている場合じゃない。
『箔野!?どうした?!大丈夫か?!』
「……っ!!だ、大丈夫!大丈夫だ!!」
翼をはためかせる。崩れたバランスを取り直す。
「今、敵の親玉と思われるやつと交戦中だ!!強い!とても強い!みんな、とりあえず廃教会に来てくれ!!街外れの森の中だ!ウルシがその上を飛んでいる!それが目印だ!!」
———ほう!ほほう!!
それぞれの了解の合図を耳に、一等強いウルシの鳴き声が高らかに天に響く。
「……箔野さん、連絡完了みたいですね」
「ああ、これでもっと、やりやすくなったってもんだ!」
「そうね。思いっきりやってやるわ!!」
リリンドラ・ガルガレルドヴァリスが剣の切っ先を、真っ直ぐに羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』、いや、アマナへと向けた。
「あんたの思い通りにはさせない!わたしの正義が届く範囲では好き勝手はさせない!倒れるまで付き合ってもらうわよ、黒曜真竜がいる白銀の世界へ!!」
———|正義結界《アクノフウイン》!!
「なんだなんだ?!雪か?綿菓子か?シュガーパウダーか?!なんだっていいさ!!きらきらだね!きらきらしてて花火みたいだ!!!花火!花火!真っ白な花火!!!」
大きく両手を広げ、|梅枝・襠《うめがえ まち》が目を輝かせる。
リリンドラを中心に広がった巨大な魔力の力場が、世界を白銀の絵の具でもって塗り潰していく。柔くあたたかい花火のような煌めきがあった。然して同時に、絶対的な支配者の住まう圧倒的なプレッシャーもあった。あたたかく、冷たく、美しくも恐ろしい。淡雪にも似た光の舞う世界の中で、「行くわよ!!」リリンドラが駆けた。彼女に続いて梅枝も、そして彼女達を援護すべく水垣・シズクもその邪神の瞳を、そして自らの装備を展開する。
「イォド、出番です———|既定要請:機神一体《プリセットオーダー・エクス・マキナ》!!」
白銀の世界に、一滴、黒い染みが落とされたようだった。
それはありとあらゆる同一世界の事象を超越し、ただ、そこにしか存在し得ない存在を呼び出す。確かな形を持たぬもの。無数の分霊の集合として顕れ、蛇に似た金色の瞳を持つそれは、まごう事なき邪神の落とし子・イォド。それが展開された水垣の装備と融合し、禍々しくも強かに、その兵器としての存在を主張する。|機神:建御雷《タケミカヅチ》———戦いの神の名を持つ冒涜的な神の兵器がそこにあった。
「やっべぇ!かっこいいなそれ!」
「お褒めに預かり光栄ですよっと、イォド、|布都御魂《フツノミタマ》で突っ込んでください!くれぐれも子供達には被害を与えないように!!」
「フンッ」
何の感情も無く吐き捨てて、建御雷が推進する。
「この隙に私達も!」
「ああ!子供達を助けよう!」
水垣と|渡瀬・香月《わたせ かづき》も小さく頷き、駆け出す。
その間にも、リリンドラの剣が、梅枝の打出の小槌が、アマナとの激しい攻防を繰り広げていた。甲高い金属音が、留まる事なく響き続ける。渾身の力で叩き付けられる小槌からはいっそ小気味が良い程の破砕音が鳴り響く。
「随分と頑丈な布ね!っ?!まるで鉄の盾だわ!!」
「鉄?鉄だって?鉄なら熱い内に打った方がいいね!熱いものならお茶がいい!熱々のお茶はいかが?!」
「結構ですわお嬢さん。|小槌《それ》で打たれては堪りませんもの」
淡々と、感情の無い声でそう告げて、アマナが手を翳す。
彼女の身を覆う天女の羽衣の様な無数の布が、そこに描かれた文字が、怪しい光を放つ。一瞬の間も置かず、それらは解き放たれたかのように縦横無尽に、けれども明確に二人に向かって、襲い掛かって来た。一枚一枚が意志を持つ鉄の盾。その上、薄い側面はギロチンの刃よりも尚鋭い刃となって触れたものの全てを引き裂かんとしてくる。
「多少の痛みは覚悟の上よ!」隙間を縫うようにしてリリンドラが飛び込む。
「パイでもカットしてくれるのかい?!間に合ってるよ!!あたしはワンホール丸齧り派なんだ!!」くるくると踊るように布を避けながら、梅枝も飛び込む。彼女も多少の傷など厭わぬと言わんばかりに武器を構えた。
「リリドラちゃん!!」
閃いた!とばかりに梅枝がアマナの正面にザクロ・パイを投げる。
一瞬、視界の全てがそれで埋め尽くされた瞬間、リリンドラの大剣が振り下ろされる。然してそれを見越していたかのように、アマナがすっと身を交わす。僅か、リリンドラの剣の切っ先は彼女に届かないと、そう思われた瞬間だった。
「っ?!」
アマナの腕を、それが切り裂く。
彼女の白い肌に、深々と刻まれる一筋から、赤い飛沫が噴き出した。
「今のは……」
一歩、二歩と飛び退くように距離を取るアマナを、逃すまいと二人が追い掛ける。
建御雷が後に続いた。その手には巨大な斬機刀、魔術によって形成された光刃を煌々と煌めかせ、振り翳さんと力を籠める。大きな一撃を合図に、リリンドラも、梅枝も加勢する。次々と斬撃の軌跡が、衝撃波が、生まれては消えて消えては生まれる。三位一体、連携もへったくれもあったもんじゃないちぐはぐな攻撃は、それでも目にも止まらぬ連撃となってアマナを襲う。鳴り止まぬ音、音、音。生まれる衝撃波と赤い血飛沫が、白銀の世界を包み込まんとしているかのようだ。
「行け!!お前らっ!!」
梅枝が両手に構えたパイを投げる。投げる、投げる、次々と投げる。
パイの弾幕を目晦ましにリリンドラが左から、建御雷が右から、それぞれ渾身の力を込めて踏み込み、一気に駆け出す。それぞれの刃の残像がアマナで交差し、即座にまたすれ違う。派手な金属音が、破砕音が聞こえた。刃から伝わる、大きな、確かな手応え。鉄とも思えるあの布を切り裂いて、彼女の肉体へ到達した確かな手応えがそこにある。
「ふむ。やはり避けられる攻撃が、何故か避けられない……この銀色の輝きが、まるで私の行き先を貴方に導いているようですね」
「「っ!!」」
然してアマナは冷静だった。
あの瞬間、幾重にも幾重にも巻き付けた布が、彼女の身を守っていたのだ。
羽化した蝶の羽のようにそれを広げ、同時に彼女が手を翳す。直後、鈴の鳴るような笑い声と共に生み出されたのは、奴隷怪異「レムレース・アルブス」。アマナによく似た姿であり異形の姿をしたそれらが次々と顕現していく。彼らは即座に、梅枝を、そして水垣と渡瀬へと波のように襲い掛かる。彼らの側には、リナとナナ、僅かに生き残った子供達の姿もあった。
「っ!みんな!!」
遠くで振った大剣が、白銀の光に包まれ、奴隷怪異へと届いた。
「ふむ……なるほど、ここは今、攻撃が必中となる特殊空間、いわば固有結界の中……」
「っ!!」
すぐ側で聞こえた声に振り返る。アマナがいる。
あの奴隷の一体がアマナの体をやんわりと抱き締めた瞬間、それは涙を流しながらアマナと同化し、見る見るうちに彼女の傷を癒していく。「させないわよ!」とリリンドラが駆けた。彼女と同時に、建御雷もその剣を振り下ろす。
「そうですか、ならば……」
視界の隅で、アマナの布が伸びた。その先に居たのは———ナナ。
悲鳴が上がる。伸びた布が少女の体を包み込む直前、誰かがそこに飛び込んだ。
誰かを包み込んだ布が、リリンドラと建御雷の前へと躍り出る。奇しくも同時に振り下ろされた二つの刃は、その勢いのまま、止まる事が出来ない。
「避けねばよい、それだけです」
アマナの、リリンドラの目の前で、布が裂かれる。
ひら、ひらと、残骸の舞う中、飛沫の如く大量の血液を吹き出しながら姿を現したのは———渡瀬、だった。
戦力集結まで、あと———20分
●それぞれ戦場へ
「おおっ、黒幕の居場所を突き止めたですって!?さっすがあ!ナイスです!んじゃ、ボクらもすぐ向かいますのでー!」
いっそ呑気とも思える明るい声で、ヨシマサ・リヴィングストンが通話を切る。
スラム街と街の中心部のちょうど真ん中辺りをふらふらと歩きつつ、次は病院にでも行ってみようかと話をしていた矢先の出来事だった。
そういうことらしいですよ。と、彼は視線を、エレノール・ムーンレイカーとアンナ・イチノセに向ける。勿論、彼女達にも同じく連絡は来ている訳で。何も言わず、彼女達はうん、と、静かに頷く。
「廃教会だよね、了解したよ」
「私も。現状から……おそらく、その廃教会が、あの歌で言う「怖いおばけから一緒に逃げる場所」、リナさんやナナさん、子供たちにとってのいわば「楽園」になるはずだった場所なのでしょう。そこで交戦、となると———羅紗の魔術塔の連中に襲われているのか、子供たちの間で『天使病』が発症したか。はたまた両方か。……どちらにせよ、状況は悪いですね」
「そっすねー。急いだほうがいいとは思いますよ。箔野さん、だっけ?の、台詞的にも、敵は相当強いらしいし、色々と手遅れになるのだけは避けたいかなーって」
「そうだね」
そう言いつつ、アンナはうーんと首を傾ける。
それにつられたように、二人もうん?と首を傾けた。
「どうしたんですか?何か心配事でも?」
「心配事っていうか、ちょっとね。気になる事、かな?」
「なんすか?」
「うーんとね、現場の状況がよくわからないから断言していいかはわからないんだけど、わたし達の反応と同じように多分みんなリナちゃん達の方に急行するのかなって思ったんだよね。だったらとりあえず戦力的には十分だなって思って」
「はいはい」
「それなら、わたし、リナちゃんのご両親の方に向かいたいなって思ったんだ。アマナ先生、だっけ?その人の事とか、いろんな事、まだ全然わからないからさ。何か、皆が寄り添えるような事情があるなら知りたいし、情報収集をしておきたいんだ」
「「なるほど」」
でもやっぱり現場の状況は断言できないからどうしようかなって。と、アンナが今度は逆方向に首を傾ける。ふむ、と言葉を零して、ヨシマサとエレノールは互いに視線を合わせた。互いに「どうする?」と、目で会話をしているのを察したのだろう。アンナはじっと二人の方を見つめている。その内に、こくんと頷いたのはエレノールだった。
「そうですね、私達だけで判断していいか難しい部分ではあるのですが、私はいいと思いますよ。確かにまだ、情報が不十分ですからね。それを補う方も必要だと思います」
「ボクもかな?皆が寄り添える理由ってのがわかれば万々歳だとも思いますしね。現場の方は、まあ何とかしますよ。危なくなったら呼びますんで、そこんとこはお願いします」
「ん、了解。ありがとう」
それじゃあと手を振り、各々が各々の持ち場へと駆けて行く———。
●ひとりぼっちのゆびきり
通話が切れてすぐ、カレン・イチノセ、クラウス・イーザリー、ジョン・ファザーズデイの三人は意図せずとも顔を見合わせると、そのまま小さく頷き合った。
ぱたん、と、本を閉じる。白紙になってしまった日記帳はあれから何度覗き込んだとてもう何も映してはくれない。極めて無に近いような表情でそれを見つめながら、カレンはそれをそっと荷物の中に仕舞い込んだ。
「持っていくのか?」
「ええ。意味があるか分からないけれど一応、ね」
そうか、と、ただ一言だけを零してクラウスは孤児院の入り口へと向かう。
カレンもその後に続く。ジョンも彼らに続こうと、子供達に読み聞かせていた本を閉じ、立ち上がらろうとした時だった。ジョンの衣類の袖をくんっと引っ張って、寂しそうに見上げて来る少女の姿がある。目に包帯を巻いた、あの、盲目の少女だ。
「お父さん、もう行っちゃうの?」
「ああ、すまないねマイリトルレディ。おとうさんはね、君との約束を守る為にも行かなきゃいけないんだ。ごめんね。君の弟を連れ戻しに行かないと」
頭を撫でる。ほっと一瞬だけ表情を綻ばせ、けれども寂しそうに少女は俯く。
「そう……そうよね。ねぇお父さん、帰って来てくれる?ちゃんと、私の元に帰って来てくれる。なんだかね、もう逢えない気がして、なんだかとっても寂しいの」
「おとうさんに任せておくれ。大丈夫だよマイリトルレディ。きっと帰って来るからね。おとうさんも、君の弟も、きっとね」
約束するよ、と、小指を差し出しても、彼女にはわからない。
頭を撫でていた手でそっと手を握って少女の小指に小指を絡めてやれば、何をするか察したのだろう、少女が嬉しそうに小指を絡め直した。ゆびきりげんまん、そんな声が聞こえる中、カレンがそっとシスターに声を掛ける。
「シスターすみません。私達、あの子の弟さんの姿を知らないので、宜しければ写真をお借り出来ませんか?」
「ええ、構いませんよ。どうか、どうか子供達をよろしくお願いします!」
●それぞれの戦場へ ②
早く、早く、と、足を急がせる。
学校を出る直前に教えてもらった森の場所は、なんと、学校とは正反対の場所に位置していた。普通に歩いてけば30分程度とは言われたものの、30分という時間の長さと短さと残酷さは、一度でも戦場に立った人間であれば知らぬはずがなかった。戦闘の1秒は生死を左右する一秒に他ならないのだ。
「間に合うと、いいん、だけども……!!」
柏手・清音が息を弾ませる。
タクシーを拾うか?というゼロ・ロストブルーの申し出は、清音ともう一人、シアニ・レンツィによってあっさりと却下された。タクシーを拾う時間が惜しい。何より、交通渋滞にでも巻き込まれたりしたら、絶望的なタイムロスを喰らってしまう。故に、道行く人々に多少奇異の視線を投げ掛けられようとも、彼らは全力で街を駆けていたのだ。
———命の無い、架空の存在を現実に存在させることは出来るのでしょうか?
不意に、スクールカウンセラーの言葉が蘇る。
ある日突然、リナのイマジナリーフレンドが現実のものとしてこの世に現れたらしい。
イマジナリーフレンドとは文字通り、想像上の友人である。生み出した本人をよく理解し、その子の孤独や不安を癒してくれる存在であり、実際には存在し得ない筈のものなのだ。
しかし、リナのイマジナリーフレンド・ナナという少女は、突然現実のものとして現れ、リナを守る守護者のようにして振る舞っているらしい。
また、不思議な事に、彼女の唱える「おまじない」という歌は、どんなに遠く離れていても聞こえてくるそうで。それを聞いた子供はついついと彼女の元へ惹き寄せられてしまうという話も聞かせてくれた。
「リナちゃん、ナナちゃん……」
名前を呼ぶ。星詠みから聞いた歌声が頭に過った瞬間、シアニは、ふと、足を止めた。
拍子に、「あ。」と零れた小さな声。数歩と送れてそれに気が付いた二人も足を止める。
「シアニさん?どうしたんだ」
「……ごめん、あたし、行けない」
「「シアニさん?!」」
彼女の見つめる先にあったのは、リナの家だった。
そこから視線を外し、シアニは二人へと向き直ると、真っ直ぐな目で、言葉で、彼らに伝える。
「ごめんなさい。戦いが怖いとか、そういうのじゃないの。ただね、やっぱりね、あたし、ご両親に話が聞きたい。リナちゃん……ううん、あたしよりずっとすごい、いろんなこと一杯耐えてきたあの子はリナ先輩だね。リナ先輩の事、聞きたいの。見下さんの事も、勿論すっごく心配だから、無事かどうかも確認したくて……」
「シアニさん……そう」
最後の言葉は溜息の様に吐き出された。
そうして静かに目を細めた清音が、徐に賽を取り出し、天に放る。
再びそれが手の中に納まった瞬間、何処からともなく姿を現したのは、見下と共にリナの家へと潜入していた、あの小悪党の男だった。出逢った当初と違うとすれば、びっしょりと汗をかいて、息を荒げた彼は、清音の顔を見て酷く安心したように息を吐き出した事だろう。
「き、清音の姐さん……良かった、助かった……」
「助かった?一体、何が、あったの?」
「へ、ヘイ……それが……」
———
一通りを話し終え、男が深く息を吐き出す。
震える声で「見下さんは?」というシアニの問いに、彼はただ「わからない」とだけ首を振った。否が応でも落ちる沈黙を、断ち切ったのは清音だ。
「そう。ご苦労様……最後にもうひとつだけ、教えて、頂戴。多くのお金持ちから、盗んできたあなたの目には……あの家のご両親は、どう映ったかしら?」
「どう、どう……と、言われやしても、そうだな……あそこは、冷たい家というよりも、死んだ家っていう方が、正しいかな。上手くは言えやせんけど、時間が止まってるんですよ、なにもかもの。んで、なにもかもを諦めて、絶望してるような、そんな家でさ。仮にあそこでガキの一人でも誘拐したところで、親は「殺せばいい」って言うでしょうねぇ」
「……そう、ご苦労だったわ、ね」
「いや、とんでもねぇです」
そう頭を下げる男に、清音がそっと封筒を差し出す。
これは?と小首を傾げる彼に、今回の働きへの対価だと清音は告げた。
「これにて借金はちゃらよ。よく働いてくれたようだし、これで少し、遊んできなさいな。また債務超過になったら、使ってあげる、わ」
「マジか!ひゃっほー!!!ありがとうごぜぇます!!ぜひまた御贔屓に!!!」
さっき泣いた烏がもう笑ったとはよく言ったもので。
現金にも元気を取り戻した男は、二度三度と頭を下げると、すぐさま街の中へと駆けて行ってしまった。彼の背中を見送りつつも、「見下さん……」シアニがぽつりと零す。そんな彼女の頭をぽんと撫でて、清音はゆるりと微笑んだ。
「……シアニさん、いってらっしゃい?悔いを、残しちゃ、駄目よ?」
「……!!うん!ありがとう!!清音さん!!」
ぱあっとシアニの表情が明るくなる。
元気よく手を振り、リナの家の方へ駆けて行く彼女を見送りながら、ゼロが口を開く。
「良かったのか?今は、一人でも戦力が欲しいのでは……」
「ええ、でも、いいのよ。子どもの、やりたい事を、やらせてあげるのだって、大人の責任、よ。彼女は、彼女の、戦いをしに行った。それだけの、こと……」
「そうか……」
静かに目を伏せ、頷くと、二人は駆け出す。
シアニがシアニの戦場へ赴いたように、自分達は自分達の戦場へと、駆けて行く———。
●デットヒート・タイムリミット
回る、回る、回る。黒いフクロウが風を切り、空を舞うように旋回を続ける。
時に高らかに声を上げ、敵はここに有りと伝えんが為に。懸命に。懸命に。
下は、見えない。見てはいけない。見ればきっと、刹那の感情に流されて、そこに飛び込んでしまうから———。
「渡瀬……みんなっ!!」
風を、切る。遠くに見えた人影に目を見開く。声を上げる。
早く、早く、早く、来てくれ———!!!
「ぁ、ぐっ、……ぅっ」
「ああ、まだ生きてますか。頑丈ですね。大変好都合です」
ひらひらと布の残骸が舞う。ぼたぼたと赤が落ちる。
そのまま共に落下していく男の体は、即座に残った布が絡めとった。その姿は十字に磔にされた神のそれだ。アマナと、彼女に向けられる全ての攻撃を隔てる盾となった渡瀬は、辛うじて残る意識の欠片をその目に集め、尚も鋭く、アマナを睨み付ける。深々と抉られるかのように裂かれた胴からは大量の血液と内臓の一片が噴き出し、床の赤を更に黒く暗い物へと変色させていく。
「渡瀬、さん……っ」
「くるぞ」
建御雷が平らな声で言い放つ。
声と同時にアマナの攻撃がすぐ眼前に迫った。咄嗟に剣を振る。受け止める。
飛び散る火花、鈍く響く金属音。それが幾度も幾度も重なって、教会内に止むことない不協和音となって響き渡る。攻撃の合間合間で渡瀬の短い悲鳴が聞こえた。焦点の合わない目が、青白い顔が、視界の端にちらつく度に攻撃の手が緩む。「おい!」とたまらず声を上げたのは梅枝だった。
「アイツぐちゃぐちゃだ!ぐちゃぐちゃのジャムジャムで潰れたミートパイになってやがる!これ以上やればもっとぐちゃぐちゃのジャムジャムになっちまうぞ!!!」
「っ!!」
わかってる。そんな事、わかっている。
この空間はリリンドラの全ての攻撃が必中となる。剣を振れば、攻撃は確実に当たる。当たる。当たるのだ。だから———。切っ先が、アマナを、いや、その盾となってしまった渡瀬を捉えた。散る、散る、血液が、肉片が、鋭い一撃が仲間を切り裂く。
「っ!?あぁぁぁっ?!!!」
「渡瀬さん!!イォド!渡瀬さんを!!!」
建御雷が駆ける。布を断ち切らんと振られる|布都御魂《フツノミタマ》、然してその大振りな一撃は、柔い布に流されるようにして標的を逸らされる。なるほど、折角の盾を失ってなるものかという事か。誰とも付かない舌打ちが聞こえた。縦横無尽に動き回る刃のような布、一度距離を取れば、光の洗礼が矢となり弾丸となり撃ち放たれる。
アマナは、冷静だった。眉ひとつ動かさぬ人形のような様相でもって、ただ静かに、けれども苛烈を極めた攻撃を繰り返し、唯一の隙を狙っては、強烈な一撃を撃ち放つ。ただ淡々と作業をこなすかのように布を操り、必中の攻撃は全て、他者という名の盾で受ける。その目的の為に手段を択ばぬ非情さが、何処までも氷点下の世界にあるようなその態度が、リリンドラの心を酷く搔き乱していた。
落ち着け、落ち着くのよわたし!
目の前の現実から目を背けるな、思考を止めるな、事態を飲み込み、体を動かせわたし!
言い聞かせて、言い聞かせて、けれどももう、理性の糸は限界寸前にまで張りつめている。
それは、この廃教会に突入した時からそうだった。一瞬、息を飲む凄惨さ。転がる子供達だったものの残骸に、そのあまりの末路に、感情が一気に爆発しそうな程に沸騰したのだ。
駄目、駄目、駄目!!心を乱しては駄目、駄目なのに……っ!!
「剣先が鈍っていますよ、竜のお嬢さん」
「く……っ!」
迷いが、激情が、剣を鈍らせる。
白銀空間が、その末端からざらざらと崩壊していく。
「こ、のぉっ!!」
感情に任せた一撃が布を切り裂く。
けれども、芯を捉えぬその攻撃は、僅か一枚の布を引き裂くだけに終わった。
別の布に刃がくるりと巻き取られそうになり、慌てて一歩、飛び退く。リリンドラと入れ替わる様にして突撃を仕掛けたのは、梅枝だ。声を上げ、両手でしかと握り締めた小槌を振り下ろす。が、
「!!!」
リリンドラの刃を巻き取ろうとしていたそれは、梅枝の体を巻き取った。
そのままぎりぎりと締め上げながら、渡瀬同様に自由を奪われていく。「離せ離せ!!」と暴れ、抵抗する梅枝の体から、直後、骨が軋み折れる嫌な音がした。甲高い悲鳴を上げて、彼女の腕が、足が、あらぬ方向に曲がりだらりと力を失う。その刹那的な時間、咄嗟に彼女を救わんと振りかざした二つの刃は、皮肉にも梅枝自身が受ける事となった。
「いやあああああああああああ!!!痛あああああああああああああああああああああいっ!!!!!痛い痛い痛い痛いっっ!!!!!痛いよぉ!!!!!!」
喚く梅枝を他所に「盾が増えましたね」。そう、アマナは僅かに口元を緩める。ぎりりと歯を食いしばるリリンドラの側で、呆れたように建御雷がひとつ、息を零した。
「シズク、埒が明かない。人間ごとやるぞ」
「イォド、ええ、でも」
イォドの声に感情は無い。何かを押し殺している様子もなければ、本当に何の感情も無いのだろう。あるとするのならば、返答に惑う水垣への呆れが一滴か。
わかっている。人ならざる存在である者に人の感情を求める事自体が間違いであり愚かな行為に他ならないのだ。そして何より、今は感情論で物事を進めるべきではない。わかっている。わかってはいるけれども。
「……駄目です!あの人達を救い出すのが難しいのであれば、私達を守りなさい!!」
「フン」
是とも非とも言わない。その感情には小さな波紋すら生まれない。
イォドはただ、剣を揮う、それだけだ。ヴゥゥゥ……———ッと、イォドの身に纏う機械が、彼に代って悲鳴を上げる。この攻防の最中にあって傷付いていない筈がない。ひび割れた建御雷のあちらこちらでぱちりぱちりとショート音が、小さな電流が、狂気の放出が見える。くっと水垣が眉を寄せる。活動限界は、近い。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!やだやだやだやだ!!!!斬るな斬るなよ!!斬らないで!!!裁判もしてないのに首を斬るなんて無体が過ぎる!!あんまりだ!!!!ひぃ!かすった!!血が出た!!いやだいやだいやだいやだ!!!!あたしはパイじゃなんだ切り分けないでよ!!!!うわあああああああああああんっ!!!!」
すぐ側から聞こえるはずの梅枝の声が、酷く遠い。
戦闘が、その攻防が始まる度に体が振られ、そこから絞り出されるように血液が溢れ、傷口から内臓が引き出されていく。酷く頭が痛くて、気持ち悪くて、ぐるん、ぐるん、ぐるん、ぐるん、目が回って仕方がない。
———やべぇ、もう、意識、が……っ
最早霞程度にしか視界は認識出来なかった。
痛くて痛くて堪らない筈の体なのに、行き過ぎた痛覚への刺激のせいで、最早痛いか熱いかもわからない。もう、自分の心臓の音以外に聞こえる音は無かった。唯一刃のきらめきが、ひっきりなしに視覚を刺す。巨大なアレは、建御雷のものか。嗚呼、あの一撃を受けたら流石に死ぬな。小さく浮かべた自嘲的な笑み。来るべき体の衝撃を少しでも楽に受け入れようと力を抜く。
「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!やめろへんてこりんキモロボットおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!!!」
ああそう言えば、まだ、猫に名前、付けてなかったな……。
みゅうっと、寂しそうな鳴き声が聞こえた気がする。ごめんと唇が形を作る。
ふっと零れた笑みに、誰かが自分の名を叫んだ気がする。
——————ッ
一瞬、それは流れ星かと思った。もしくは走馬灯の最後の光とも。
蒼く、青く、清らかな光。それがきらりと放たれた瞬間、遅れて空気の振動がやって来る。直後に体を襲ったのは、巨大な解放感と刹那の浮遊感。なんだ?と頭が全てを判断する前に、薄れた感覚が確かな体温を教えてくれた。
「せ、さ……!わた、……ん!渡瀬さん!!」
「……?カレン?」
霞ばかりの視界の中で、その人影は確かにふっと、安堵の息を零した。
「……さん、わ……さ、お願い、ます!」
「リョ……っス」
カレンから誰かに、ぬくもりが変わる。
抱えられているのだろうか。ふらふらと手が空を泳ぐ感覚がする。
「渡瀬さん、ちょーっと我慢してくださいね?」
ああ、この声は……確か、ヨシマサか。
理解した瞬間、ぐんっと引っ張られるような感覚と共に全身が強く揺れた。
移動してる?物陰か?白んだ視界の端っこで、アマナと交戦する誰かの姿が見えた。まだ、まだ、戦いは終わったわけじゃない。ここで気を失うわけには、いかない。
何かを背に腰掛けさせられる。仄かに感じた機械音と|√能力《力》の発動。不規則に発射される砲撃音の合間に、ヨシマサの声が聞こえる。
「生きてます?」
「なん、とか……な、っ」
ごぽりと血が吐き出される。喉の痛みが、痺れが、ああ、近付いてくる。
徐々にではあるが、意識がクリアになって来る。忘れていた五感が戻ってくる、そんな感覚。何処もかしこもズタボロで客観視した己の体のあまりの惨状に、すげぇ事になってんなぁ。渡瀬はいっそ呑気とも思える自嘲的な笑みを浮かべる他ない。あんまりにもあんまり、いや、逆にこの程度で済んだと思えばある意味安い、か。———『忘れようとする力』。突入前にコイツを使っていたおかげで、あの攻防の最中にあってゆっくりではあるものの、体は再生していたのだ。意識を取り留めていたからこそ能力は展開し続けられたのだが、幸か不幸かとんだ生き地獄を味わう羽目になるとは。
「全く、散々だよ今日は……」
「まあまあ、こんな日もたまにはあるって事で」
にっと歯を見せて笑うヨシマサに、「ま、そーだな」こちらもにっと歯を見せる。
と、
「子どもたちはどこかな。怖くないよ、出ておいで~?」
穏やかで優しい、ジョンの声がした。
彼は肉片となってしまった子どもたち一人一人に声を掛けては、大切な宝物を掬い上げるようにそれを拾い、丁寧に丁寧に床に寝かせてやっている。そこに命がない事を認識していないのか、それとも、その事実を受け入れまいとしているのか、それは彼にしかわからない。一人、また一人と声を掛ける。この戦いの喧騒の中にあって、彼の周囲だけが嫌に静かに思えてならなかった。
「どうしてお返事がないんだろう、おとうさんに会いたくないのかな……」
「ジョンさん……」
水垣が声を掛ける。
異形の頭———その鳥籠の中には、どこか寂しい空にも似た色の光がカンテラの炎のように揺れている。彼はそのまま、そのままの声で「この子を知らないかい?」と、あの写真を水垣に見せた。水垣はゆっくりと首を振る。わからない、という意では無い。知っている、そこにある、その子はもう———。
「ジョンさん、その子はもう、亡くなりました……」
「亡く、なった……?」
ぽつり、ぽつり、ジョンはその言葉を二度三度と繰り返す。ゆらりと腕が力を失くしたように垂れる。零れた写真がひらひらと宙を舞って、真っ赤な血の海へと沈んだ。
「亡くなった?亡く、なった?亡くなった、亡くなった、亡くなった、亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった亡くなった……」
「ジョンさん、」
「嗚呼っ!!」
その嘆きが、籠の光を激しく揺り、ごうごうと揺らす。
瞳の無い存在が涙など、流せる筈がなかった。けれども水垣には、ジョンが確かに泣いていると感じた。光の色は、彼の感情の色なのだろうか。赤にも青にも、多種多様に色を変えるそれは、ひとつ、悲しみというだけではない人の心を表しているようで。水垣はそっと手を伸ばして、ジョンの背に触れた。
「ジョンさん」
「……嗚呼、大丈夫、大丈夫だよリトルレディ。おとうさんはね、どんな状況でも『おとうさん』だよ。『おとうさん』のすることは変わらない、子供達を———守る」
真っ赤になってしまった写真を拾い上げる。
ああ、こんなにも汚れてしまった。この笑顔は二度と元には戻らないのだろう。
何を思うのか。静かに佇み、そして彼は子供達の元へと歩み出す。
——— 一方で。
「仲間は返していただきました」
アマナにその銃口を向けたまま、エレノールは冷静に言い放つ。
攻撃の余韻か、そこから硝煙のように水精の力の残影が立ち昇っている。渡瀬が「流れ星」と称したあの光は、彼女の放った一撃だった。———|エレメンタルバレット『水天破砕』《エレメンタルバレット・ハイドロバスター》。水は時として、分厚い鋼鉄をダイヤモンドをも打ち砕く威力を持つ。
ひら、ひらと、打ち砕かれた布の残骸が舞う。その中で、アマナとエレノールは静かに、然して鋭い視線を向け続ける。
「あたしも!!あたしも助けろ!!早く!!!」
「ええ、待っていてください」
アマナを真っ直ぐ見据えたまま、エレノールが言う。
銃口が光る。再び装填される水精の力を防がんと、アマナは梅枝を盾にする。悲鳴を上げて泣き喚く彼女に構わず、一切の躊躇もなく、エレノールは引き金を引いた。
刹那、走るは蒼き閃光。激流の砲撃。凝縮された大津波の力が、何もかもを飲み込み、破壊し尽くさんと、一直線に放たれる。断末魔のような梅枝の悲鳴の中、「なっ?!」と、アマナの驚愕が聞こえた。
激流から逃れるように姿を見せた彼女は、それまでの平静な様子とは一転して、確かなダメージを受けたらしい。酷く顔を歪めたアマナと、然してそれとは対照的につやつやと肌を輝かせた梅枝の姿がある。なんだか、妙に元気だ。
「味方を躊躇なく巻き込むなんて、大したものですね……」
「ええ、躊躇する必要なんてありませんから」
「ふっ、なるほど。味方には恵みを、敵には天罰を、ですか……これはまた、厄介ですね」
「う?!ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?」
無造作に放り投げられた梅枝が、派手に壁と激突する。
水垣がぎょっと目を見開き大慌てで駆けて行くのを横目に、建御雷が、リリンドラが、再度剣を構えた。そこに合流したカレンが、クラウスが、そっと自らの獲物を構える。ふーっ、ふーっ、と、息を荒げるリリンドラを見、クラウスが静かに息を吐いた。
「リリンドラ、お前は下がれ。後ろで子供達を守ってくれ」
「でも、この空間はわたしの空間、確実に攻撃を与えられるのはわたしよ!」
「……言い方を変える。そんなに消耗した人間がいたら足手纏いだ、下がれ」
「っ!」
ぐっと唇を噛み締める。傷口を抉られた気分だった。
わかってる。そんなこと、言われるまでもなく自分の体の事なのだから。
でも、消耗してるからなんだ。空間の特性を逆手に取られて、仲間を危険に晒してしまった。あと一歩遅ければ死んでいたかもしれない大怪我を負わせてしまった。守るべきものを守れなかった己の惨めさに、|腸《はらわた》が煮えくり返って仕方がないのだ。敵への怒りはまだ、我慢出来る。けれどもその誇り高さ故に、己への怒りは、どうしたって我慢が出来ない。
「……本当に、本当に駄目になりそうなら下がるわ。だから、だから」
「わかった。無理は、するなよ」
それだけを言って、クラウスが駆け出す。
既に飛び出していたカレンと建御雷が、アマナとの激しい攻防を繰り広げていた。
彼らを援護するエレノール、ヨシマサ。子供達を守るジョンと水垣と梅枝に、己と仲間の傷を癒そうと力を使い続ける渡瀬。上空では、歯痒い鳴き声を上げる箔野が、未だ姿を見せぬ仲間を待ち侘びている。
「やるわ。例え|竜漿《ちから》が尽きても……!!」
———集結まで、あと5分
●凍れる家の住人
それは、清音があの小悪党の男を呼び出す前に遡る———。
「誰だ!誰かいるのか?!」
「っ!!やべぇ、見つかったか?!」
「ま、まだです!足音がするだけ……っ!!」
扉の向こうに耳を澄ます。硬い靴音が乱暴に廊下を進んでいる。
それはふらりふらりと寄り道をするように不意に立ち止まっては、ここではないドアの開閉音を響かせ、また、廊下を進んでくる。それはゆっくりと徐々に、然して確実にこちらへと近付いているようだった。
嗚呼、一体どうしようか。|見下・七三子《みした なみこ》の背に、冷たい汗が流れる。一人ならまだ、なんとか隠れる、逃げる、が、出来るのだが、今は元空き巣の男がいる。手前勝手に動き回れば、互いが互いの足を引っ張り合い、見つかってしまう可能性だってある。
もー。なんかいっつも損な役回りしてません?私。
くっと眉間に皺が寄る。険しくなり過ぎてくしゃくしゃになる寸前の表情のまま、見下はうーっと声を零した。
「どうするよ、どっちか囮になるか?」
「いえ、お顔を知られるのはまずいです……こうなったら!」
近付いてくる足音に心臓を蹴られながら、見下はふーっと息を吐き出す。
意を決したように男の手を引き、ドアの陰で息を殺すと、そのままゆっくりと目を閉じた。念じるは、昔の仲間とも元・同僚とも呼べる見慣れた彼ら、下っ端戦闘員たち。
「ちょっと助けてくださいね———|作戦開始、集合《 イー 》」
息を吹きかけるように小さく言葉を紡いだ瞬間、次々と姿を現した彼らに、見下は次いでもう一つの力を使う。それは、接続した味方の能力を底上げする|協調の思念《ケーブル》———|団結の力《カズノボウリョク》。総勢12名にもなる下っ端戦闘員に片っ端からそれ接続して、見下はふーっと息を吐き出した。
「じょ、嬢ちゃん、これは一体なんだってんだ?」
「しっ!奥の手、その名も囮作戦です。」
「お、おお?」
驚愕したまま、ポカンと口を開ける男を他所に、見下は呼び出した戦闘員達に向き直る。
とりあえず、細かいことを説明している暇は無い。家主の気を引くよう、出来る限りの物音を立てながら逃げてくれと。捕まりそうになったら即帰還して欲しいと早口で伝えれば、彼らは揃って「イ―ッ!!!」と声を上げ、散り散りに部屋を飛び出した。
程なくして、
「な、なんだお前たちは?!どこから入った!!!」
家主の声と、戦闘員達の慌ただしい物音が聞こえてくる。
「と、とりあえず、一時的ですがコレで凌げると思います。ご近所さんとかに通報される前にぃぃぃぃぃ……っ!!?」
一難去って、また一難。携帯がけたたましい振動音を上げた。
誰ですかもう!こんな時に!!!半泣きになりながらディスプレイを見る。そこに表示されていた名前は、箔野のものだった。
「| 《すみません!今、それどころじゃないです!!》」
即出、即切り。申し訳ないなと思いつつも、大慌てで通話を切る。電話は危険だ。会話に集中するあまり、周囲への警戒心がおろそかになってしまう事が多い。緊急事態かも知れないが、こちらも緊急事態なのだ。「またかけ直す」とだけメッセージを送って、ふーっと息を吐く。見付からなくて良かった。もっと言えば、下っ端戦闘員を解き放った後で本当に良かった。
やっぱりこんな役回りばっかじゃないですか、もー!なんて、心の中で不平不満を吐き出しつつも、見下が安堵の息を零せば、何やらぎょっと目を丸めた男が小走りに近付いてきた。
「嬢ちゃん、嬢ちゃん、コレ!」
「な、なんですか?!どうし……!!」
すっと、男が差し出したのは、一枚の写真だった。
恐らくはリナの家族であろう四人、優しい笑顔を浮かべる彼らが、幸せそうに微笑んでいる。ごくごく普通の、幸せな家族の写真に見えて、けれども、そこに書かれた異質な文字に、見下はただただ目を見張る。赤いマジックで、リナと思われる少女の顔にバツが描かれ、その下には「|Ich hoffe, sie stirbt.《死ねばいいのに》」。
「これ、何処で……」
「どうせなら金目の物で、いや、ちょっときになってそこの本棚にあったんだよ。あんだけ探して見付からなかったアルバムがよぉ。めくってみたら、こんな写真ばっかりだ!」
「っ」
慌てて本棚へと目を凝らす。
そこには、放り投げられたかのように乱暴に幾つものアルバムが置かれている。
中身は、男の言う通りだった。リナの顔にバツ印、もしくは、狂ったようにぐるぐると塗り潰されていたり、ナイフで刺されていたり、半分燃やされているものもある。先の写真と同じく、「死ねばいいのに」「私はこんな子、生んでない」「出来損ない」等、悪態では済まない言葉が書き殴られている。そこには確かに、憎悪があった。
「もしかして、これを隠したくて、見えるところに置かなかったの……?」
でも、なぜ?どうしてこんな事を?
興味が、好奇心が、恐怖を食い潰す。この先を知る事が、残酷な現実を知る事になるかもしれないと、そういう警告が頭の中で鳴り響いているのに。見下の手は止まらない。その目は、釘付けになったようにアルバムの中を見続けている。相も変わらず続く、写真の中のリナへの仕打ちに、酷い文字の羅列に、じわじわと心が蝕まれていく感じがする。写真以外にも、くしゃくしゃにされたバースデーカード、破られた何かの絵の切れ端。
「気違い、気狂い、どうして、か……」
めくる、めくる、アルバムをめくる。赤いバツ、赤い文字に、目の前まで真っ赤になってしまいそうだ。不意に、メモの切れ端がはらりと落ちた。そこに綴られたのは、弱弱しい文字、クシャクシャな文字、
『私の育て方が間違っているのか、それともあの子がおかしいのか。
わからない。酷い母親だと後ろ指を差され続ける事に、もう、疲れた』
ふと、そこに寂しさを感じた。どうしようもない悲しみを感じた。
写真の文字が僅かに滲んでいたせいなのかもしれない。やわらかく繊細な文字は、酷く女性的な印象を受ける。もしかして、この文字を書いたのはリナの母親———
「嬢ちゃん、すまねぇっ!」
「えっ?」
「姐さんからの呼び出しだ!!俺はもう、消え……!!」
「ええええええええ?!ちょっと、言いながら消えないでくださいよ!!!?」
嘘でしょう?!と、叫ばなかったのは誉めて欲しい。
しかし、その瞬間に、ブツリ。戦闘員との|団結の力《カズノボウリョク》が切れてしまったのは如何なものか。どたんばたんと、屋敷内で戦闘員が駆け回る足音に、些かの困惑が混じっている気がしなくもない。更に最悪な事に、
「っ?!そこにも誰かいるのか?!」
ずかずかと早足で近付いてくる家主らしき人の気配。
まずいまずいまずいまずい、とてもまずい!右に、左に、首を向ける。ベッドが小さ過ぎて、下には潜り込めない。クローゼットの中はパンパン。一か八か窓を突き破って、いや、駄目だ。音が近所に漏れればもっと騒ぎになる。覚悟を決めて向き合うか、それとも……。再び、ドアの陰で息を潜める。
がちゃり、と、ドアノブが回される。開かれる扉の動きは、まるでスローモーションだった。開く、開く、扉が開いて、そこにいたのは、立派な身形をした男性だ。酷く疲れたようなその顔は、間違いなくリナの血縁者であると確信させた。一歩、と、彼が足を踏み入れようとした瞬間、来客を告げるインターフォンの呼び出し音が鳴り響く。
「ちっ、次から次へと……今日は一体何の日だ」
途端に、遠退いていく足音。
警察か、はたまた心配した近所の人か。なんにせよ、窮地を脱したことは言うまでもないか。見下がほっと胸をなでおろし、ゆっくりと立ち上がった時だった。
『すみません、リナちゃんが見付かりました』
聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
●アマナという女
「ナナ、ナナ、怖いよ……怖いよ……アマナ先生は、どうしちゃったの……天使って何?私は知らないよ、私、何か悪い事しちゃったのかな……?」
「リナ、リナ、泣かないで。大丈夫よ、大丈夫。先生は、先生は……」
そこから先の言葉は、出てこなかった。
大好きな先生が悪い大人だった、なんて知れたら、きっとショックで泣いてしまうから。ゆっくりと上げた少女の顔に、ただ、もう一人の少女は曖昧に微笑む。再び「大丈夫よ」と告げた彼女達の頭を、優しく撫でたのはジョンだった。
「いい子だね。君も、君も、とってもとってもいい子なんだね」
「あなたは……?」
「おとうさんはおとうさんだよ。君達を助けに来たんだ」
「助ける?」
「ああそうだよ。怖い事から助けに来たんだ。大丈夫、ちゃんと守ってあげるからね」
「「……」」
二人はまだ、不安を隠せない。ただされるがままに、ジョンの大きな手に優しく撫でられている。ぎゅっと、リナがナナを、ナナがリナを抱き寄せる。二人の少女が「ありがとう」と零した言葉に、ジョンの表情無き表情が微笑んだ気がした。
「梅枝さん、大丈夫ですか?」
「う、うーん……???」
ぐるぐると目を回す梅枝に小さく息を吐きながら、水垣が前線を見、建御雷を呼び寄せる。未だ、こちらが優勢とは言い難い戦況ではある。然して戦う力が集まりつつあるのならば、こちらの防御も固めた方がいいのだろう。あまりにも強大なアマナの力、その余波は、いつ子供達に牙を向くとも知れない。現に、召喚された奴隷怪異の手は、こちらにも伸びていたのだから。
「活動限界は近い。戦いの終結まで持つかはわからんぞ」
「わかってます、だから、っ?!」
突然の轟音。エレノールの砲撃か。
そこに追撃するヨシマサの攻撃が隙を作り、カレンが、クラウスが、リリンドラが、各々の武器を振るい、駆ける。アマナは変わらず涼しい表情のまま、次々と社交ダンスのパートナーを変え、舞うかのような軽やかな動きで彼らをいなし攻撃を続けている。
「強い……あの人、ただの魔術の使い手ではない……?」
「……羅紗の魔術塔、だ」
「羅紗の魔術塔?なんですか、それ」
「詳しい事は知らん。が、奴のように天使に固執した変わった連中よ。属するものに仏教徒で言う戒名を与え、その名に加護を与える。奴の布の紋様、アレはそこに属する魔術師が使う特有のものだ。一筋縄ではいかんだろうな」
「っ、そういうことは、最初に言うて欲しかったんやけど?」
壊れかけた装甲の奥、相棒の瞳を睨め付ける。
「フンッ」と鼻を鳴らし、それは幾度目かも知れない剣を振った。振り下ろした先には、奴隷怪異の姿。「本当に、油断も隙もないですね!!」声と共に目の前の怪異を蹴り上げ、水垣も身構える。起き上がった梅枝も、頭を振りながら小槌を構えていた。戦いはまだ、まだ、終わらない———!!
———
「ひらひらひらひら、踊ってるみたいね!!」
「ええ、ダンスは好きですよ。愛しい人と踊るダンスは格別です」
「そうか、それなら俺とも、一曲お相手願おうかな!!」
アマナの布の刃を受け流し、クラウスが居合の一撃を叩き込む。
ガキン、と、固い金属同士がぶつかり合う音がした。自らの腕に布を巻き付け、アマナはそれを防いだのだ。「残念ですが、」涼しい顔をしたまま、アマナは言う。
「クラウスさん!!」
「!」
咄嗟に、バク転の要領で後ろに飛び退いた。
刹那、そこを襲ったのは剃刀の抱擁とも言っていい。先程まで自分のいた場所に、無数の布が突き刺さる。着地を狙った攻撃を、カレンがその拳で弾き飛ばした。直後、光の弾丸が眼前に迫る。クラウスが咄嗟に弾丸を撃ち放った瞬間、目の前が真っ白に染まった。
声が聞こえる。手を翳す女の影が薄ぼんやりと見える。
「今日は随分とお誘いが多いようなので、お約束は出来兼ねます」
「くっ」
カレンとクラウスが同時に飛び退いた。
即座、地面に突き刺さるはあの、剃刀の抱擁。
「はああああああああああっ!!!」
小さく上がった土煙を目晦ましに、リリンドラが剣を揮う。
そう、ここはまだ、彼女の必中空間だ。一撃、二撃、三撃、我武者羅とも思える攻撃を繰り出し、アマナの体を切り裂いていく。更にもう一撃と加えようとして、リリンドラがその違和感に気が付いた。布を裂き、肉を裂き、血を飛び散らせ、その、確かな手応えがある。けれども、何故か彼女は傷付いていない。何故、何故、何故———?こんなにも、切り伏せた筈なのに。
「っ!!」
「言ったでしょう?避けられぬのならば避けねばいいのです」
微笑む美しい女の顔の横で、悲痛な表情のまま事切れた子供、いや、子供だった怪異の顔がある。リリンドラの攻撃を防ぐべく、彼女が盾にしたのは、子供達だった、あの、肉片だ。
まだ人としての形を残した少年のそれが、ズタズタの肉塊となって崩れていく。「可哀想に」と零したアマナの声は、平らなまま、何の感情も伺えない。
「この、っ外道!!絶対に、絶対に許さない!!!」
大きく踏み込む、再度繰り出される連撃の中、とどめの一撃とばかりに振りかぶる。
どんなに平静を保とうとしても、もう、リリンドラは限界だった。
そうよ、ここはわたしの必中空間。だったらいっそ、有らんばかりの力を振るって、この女を真っ二つにしてやる。許さない。許さない。許さない。絶対に、許さない———!!!
「ああ、そうだ、もうひとつ言うなれば……」
「?!」
「避けれずとも止める事は出来るのですよ」
え?なぜ?どうして?足が、動かない。剣が、動いてくれない。
さっと、血の気が引く感覚がした。いつの間にか、アマナの布が、体中に巻き付いて、離れない。パチンと、アマナの指が鳴らされる。布と布の隙間を縫って襲い来るのは、マシンガンのような、光の乱射。
「あああああああああああああああああああっ?!!!!」
「リリンドラ!!!」
眩い光が周囲を照らす。
光の弾丸が次々と体のあちらこちらを貫く様は、最早銃殺刑にも等しい。
次々と生み出される光に目を焼かれ、誰もが不本意に瞼を閉じる。
どさり、重たい音がする。空いた瞼の先、広がっていたのは白銀の世界ではなく、元の廃教会だった。
「う、あ、あぁ……っ」
「流石にドラゴン・プロトコルの体は丈夫ですね。嗚呼、苦しいでしょう?可哀想に」
ぎろりとリリンドラの目がアマナを睨む。
床に転がった体に手を翳そうとして、アマナは咄嗟に後ろへと飛び退いた。
直後、床を割るのはカレンの拳。クラウスの獲物。アマナを追ってエレノールの、ヨシマサの武器が火を噴き続ける。カレンとクラウスが目配せをして、小さく頷く。クラウスがアマナを追った。倒れ伏したリリンドラにカレンが肩を貸そうとすれば、彼女は小さく首を振りながら、自らの剣を支えに立ち上がる。
「リリンドラさん、」
「大、丈夫……っ、まだ、戦える、戦えるから……」
「駄目よ!こんなボロボロの体じゃ」
「わかってるわ。だから、少し、後方に下がる……子供達や、渡瀬さん、達のところに行くから……」
「……」
震える声でそう告げて、彼女はくるりと背を向けた。唇を噛み締めるようにして小さく体を震わせていたリリンドラに、カレンもまた、小さく唇を噛む。悔しくて悔しくて悔しくて、歯痒くて、自分が許せない。声なき声でそう伝えて来るかのようなリリンドラに、掛ける言葉が見付からないのだ。
「カレンさーん!危ないっすよ!!!」
「っ!!」
すぐ隣で小さな爆発が起きる。
ばらばらになった奴隷怪異の破片に、はっとした。まだ、ここは戦場だ。感傷的になってはいけない。カレンはふっと息を吐く。
出来ればアンナを呼びたいところだけど……この戦場に非能力者である彼女を読んで大丈夫なのだろうか。加えて、戦況は不利。相手が各上なのは勿論の事、大人数対大人数の集団戦ならまだしも、敵は一人。そこに大人数で戦うとなればそれなりの連携や作戦が求められる。顔見知りが多いのは幸いだが、それでも、即席で息を合わせようとするのは至難の業だ。今でさえ、頭と体を同時に酷使する疲労感が、否が応でも襲い来る。
難しいな。でも、やらなくっちゃ。力を貸してね、|恩人《お姉さん》。
胸に焦がれた人々の姿を抱いて、カレンは拳を握り直す。
「リリンドラ、っ、大丈夫かお前?!」
「ええ、大丈夫よ。ごめんなさい、ちょっと熱くなっちゃったみたい。ざまあないわね」
「……仕方ねぇって。ずっと前線で頑張ってたんだからさ」
苦笑しながら、渡瀬がぽんとリリンドラの頭を撫でる。
仲間が来るまで持ち堪えると、誰よりも懸命に剣を振るい、力を使っていたのは彼女だ。廃教会に突入した際、酷く苦し気な顔をしていたのを、渡瀬をはじめとする面々は皆知っていた。必死に耐えて、我慢して、そうして頑張ってくれた少女を、責める輩などあるはずがない。少し遠くから、水垣の視線を感じる。彼女もきっと心配しているのだろう。イォド、とか言ってたっけ?あの、ちょっと男心をくすぐるロボットみたいなやつを行使して、彼女は子供達を守り続けている。
「気にすんなって、俺なんかあっさり捕まって盾にされたんだからさ」
「盾……そうね、随分、大きな傷を負わせちゃったわね」
「だぁぁ!!もう気にしなくていいよ!そんな、なんつーの?ちくちく言葉みたいなので責めるつもりもないって。大丈夫だよ。俺、生きてるだろ?」
「ええ」
「だったら大丈夫だって。それよりさ、俺はまだ動けないんだ。回復したらでいい、きっちり守ってくれよ?」
「……っ、ええ、任せて頂戴」
———
「本当に、諦めの悪い人達……」
アマナは涼しい顔のまま、ふぅっと息を零す。
未だ、底を知れぬようで、けれどもその息の重さが、滲む汗の雫が、僅かながらでも確実に彼女を消耗させている何よりの証だ。今、最前線で彼女を抑えているのはクラウス、そしてカレン。彼らの援護を引き受けているのはエレノールとヨシマサ。子供達を守り続ける水垣、ジョン、梅枝に、彼らの側では少しでも癒さんと力を使い続ける渡瀬に、回復を待つリリンドラ。ほう、ほほう。と、どこか歯痒そうな声が、上空で聞こえた。それは戦い継続の合図か、それとも更なる増援の訪れを知らせるものか———。
ばたんと、廃教会の扉が開け放たれる。
間髪入れずに飛び込んできたのは、清音とゼロの二人だった。
息を切らす二人の目に飛び込んできたのは、地獄絵図とも、この世の絶望の姿とも言っていい、子供達の亡骸の山に築かれた戦場だった。
「こ、これは……」
「なんて、事を……っ!!」
言葉を失い行動を止めたゼロとは対照的に、清音はその目に強く暗い輝きを宿し、駆け出す。そのまま、取り出した拳銃を撃ち出した。情けも容赦なく的確に急所を撃ち抜かんと放たれた弾丸をアマナが寸前で交わせば、拳銃を握ったままで清音の裏拳が飛んできた。
ひゅんと、空を切る。体制が崩れるのも厭わず、清音が更に弾丸を撃ち放つ。
「次から次へと……蟲のようですね」
「何と、でも、言いなさい!!」
清音が唇を噛み締める。
そこに、いつものどこか大人の余裕を感じる優雅な彼女の姿はない。肩を震わせ、目には確かな殺気を湛え———|全賭け《オールイン》。鎌鼬の如く、駆ける、駆ける、駆ける。乱暴な足取りでもって進みながらも、彼女は子供達であったものを踏まぬよう、一歩、一歩に心を配っているようでもあった。
「こんなにたくさんの子どもたちを、殺したのね。あなたは、殺すわ。どんな理由があっても、子どもを殺める人は、生かしておけないの」
「優しいのですね。私とて、この子達を殺したくなどなかった……せめて皆が天使であれば」
「お黙り、なさい!!!」
それは、それまで、彼女と共に行動した事のある人間ですら、初めて聞く怒声さった。清音が声を荒げ、己の肉体すら使って仕掛ける攻撃は、嵐の海よりも尚荒々しい。|乱痴気騒ぎ《ランチキサワギ》の銃声が、留まる事を知らずに鳴り響く。轟雷とも呼べるそれは、彼女の怒りだ。その奥底にある、深い深い悲しみだ。
それを援護するように、攻撃の合間合間でカレンが、クラウスが自らの獲物を振るった。
「天使天使って、天使を必死に探しているよう、だけれど。子どもってね、みんな、天使なの、よ」
「子供は天使……ええ、本当にそう、その通りですね」
ふっと、アマナの笑顔に影が差す。
それまでどんな攻撃を繰り出そうともどんな攻撃を受けようとも、眉ひとつ動かさなかった彼女の表情に、感情が宿った気がしたのだ。
容赦なく拳銃を撃ち放しつつも、その変化が、清音に僅か、動揺を走らせた。
「子供達の笑顔に、無垢なきらめきに触れると、心が満たされる……」
「何を、言って、」
「どんな子とて、可愛いのです。愛しいのです。他人の子ですら愛しさで胸が満たされていくのですもの。自分の、お腹を痛めた子ならば猶更……」
カレンの拳を水の流れのように交わして、クラウスの一撃を布で受け止める。
一瞬、動きの止まったアマナに清音が素早く照準を合わせれば、彼女はやわらかく微笑んでいた。
「貴方は、自分の子を産んだ事はありますか。それが、突然奪われた事も」
「?!」
放たれた弾丸は、アマナの頬を掠める。
「しまった、」すかさずもう一発を放とうとして、かちりかちりと銃身が弾切れを伝える。くっと眉を寄せる清音に「下がれ!!」クラウスの怒声が響く。
「カレン!」
「ええ!!」
「「はァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」」
———ルートブレイカー!!
———|黒鉄の拳《フォーティ・キャリバー》!!
全てを無に帰す白き拳が、アマナの布を吹き飛ばし
全ての想いを込めた黒き拳が、彼女の胴を的確に捉えた。
重い重い手応えを覚えた直後、アマナが壁へと吹き飛び、派手な破砕音を響かせる。ごほりと彼女の口から赤い赤い血が零れた。それと同時に彼女の片目からスーッと、透明な涙がこぼれる。その顔は微笑んだままに、はらはらと涙が零れていく。
「なっ、」「えっ」
ぎょっと目を見開く。
それはクラウスにとってもカレンにとっても予期せぬ事で。思わず動きを止めた二人の背後で、刹那、清音の銃声が鳴り響いた。
「動きを止めちゃ駄目です!!」「後ろだ!!」
ゼロが武器を揮う。エレノールの砲撃が撃ち抜く。
二人によって弾き飛ばされたのは、クラウスとカレンのすぐ背後にまで迫っていたのは、奴隷怪異の存在だった。彼らは笑いながら立ち上がると、嘆きの光を、その腕を振り翳す。清音の銃口が次々と弾丸を放つ。クラウスとカレンも即座に応戦体勢を取った。
喧騒を聞きながら、アマナはゆっくりと体制を整える。パラパラと、身に着いた瓦礫を払いながら、アマナはゆっくりとその口を、その言葉を零していく。
「突然の事故でした。スクールバスの横転事故。
横から突然飛び出してきた自転車を避けようとしてガードレールに衝突。その衝撃で横転し、多くの犠牲者を出しました。夫は運転手でした。運転席側に転倒したせいでしょうか、夫の頭はガードレールに打ち付けられて大きく凹み、脳が飛び出していました。あの子はバスに乗っていました。自分よりも体の大きな子供達に押し潰されて、もみくちゃにされて、散々と苦しんで亡くなったのです」
言葉を綴るように、アマナはそっと、手を翳す。
ほっと優しい声音に似合わぬ凶悪な光が、凶悪な光線となり次々と放たれる。
奴隷怪異ごと貫かんばかりに、情け容赦なく襲い来るそれとは対照的に、彼女の表情は、穏やかで、優しく、それでいて、酷く悲しい。
「くっ?!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ゼロさん!!くっ、アマナ……!!」
清音が銃口を向ける。鋭い視線の先、彼女はただ、泣いている。
「朝は、いつも通りだったんです。私は昼から仕事で、だからいってらっしゃいって言って、そうしたら行ってきますって二人が笑って、手を繋いで……。でも、その本の数分後、二人は行ってしまったの。いってらっしゃいと送り出したのに、もう二度と、ただいまって言ってくれない!!帰って来てくれない……っ!!もう、二度と、あの幸せ時は戻ってこない……っ!!」
放たれた弾丸と光がぶつかり合う。爆発。衝撃。
目を焼きそうな光の弾幕の中、突っ込んでくる影がある。カレンだ。
「だから、だからって、こんなことしていい筈がないわ!死は誰にでも訪れるもの、それは突然の交通事故みたいに突然訪れてしまうものかもしれないけれど……!!でも、それでも死は受け入れなきゃいないのよ!!!」
カレンが拳を揮う。ひゅんっ、ひゅんっ、と空を切る。
コンビネーションのラスト、渾身の一撃で振り下ろした一撃は、アマナの布がやんわりと受け止めた。彼女の、その寂しそうな微笑みを目に入れた瞬間、カレンの胸につきんと痛みが走った気がする。嗚呼、駄目だ。敵は殴れても、人は殴れない。顔を歪め、飛び退く。清音の弾丸が、クラウスの武器が、カレンの後に続く。
「ええ、そうですね。その通りなんです。私だって医者の端くれです。頭ではわかってる。そうしなきゃいけないって何度も、何度も自分に言い聞かせた、言い聞かせて、言い聞かせて、何度も煮え湯を飲んだ。でも、でも、結局受け入れられない、受け入れたくない……!!」
ごう——————ッ!
空気が震えた。感じたのは、巨大な力の鼓動。
「あんなにも幸せだったのに、これからの未来をずっと一緒に居られると思っていたのに。奪われてしまった……どうして、どうして、あんなにも理不尽に奪われなきゃならなかったの?私達が何をしたというの!!!?」
アマナの表情が歪んだ。
怒りと悲しみと寂しさと、浮かぶ激情の全てをミキサーにかけてぐるぐるに混ぜ合わせた深い深い感情の煮凝りが一気に爆発、表出した表情で、彼女ははらはらと涙を流し続けている。
されど攻撃の手は止まない。むしろ苛烈を極めるそれに、前線にいた者達が苦悶に小さく声を零す。
「私を慰めてくれたのは、羅紗の魔術塔だけ……
天使がいれば、天使さえ集まれば、私の願いが、私の幸せが帰って来る……!!」
アマナがリナを見た。
ナナと身を寄せ合い、僅かに残った子供達と共に怯える少女の姿がそこにある。
「あの子の、|リナちゃん《天使様》の、|自分の空想を現実にする力《・・・・・・・・・・・・》があれば……!!あの人が、あの子が、私の幸せだった日々が帰ってくる、帰ってくるの!!」
一歩、足を進めようとして、エレノールの砲撃が制する。
続け様、乱打のように撃ち放たれるそれらを冷たい目でいなしながら、アマナは手を翳した。清音の時と同じだ。光と弾丸がぶつかり合い、はじけ飛び、爆発。それを幾度も幾度も繰り返し、目を焼く光が教会中に広がる。弾を装填しようとして、不意に、背筋がぞっと震えた。
「だから、お願い」
ごう———ッと、ごうごう———ッと、再び感じる力の鼓動。
それは渦巻くようにアマナの体から放たれ、彼女自身をゆっくりと空中へ押し上げる。
片手を地に翳せば、次々と生まれ来る奴隷怪異。天に翳すもう片手には、煌々と光が集まっている。
「なんだアレ……マジかよ、デカいのが来るぞ!!っておい、リリンドラ!どこ行くんだ!!」
「くっ!!させませんよ!!ヨシマサさん、清音さん、集中砲火で落とします!!」
「あいあいさー!」「了解、よ!!」
エレノールが、ヨシマサが、清音が、惜しむ事無く銃声を響かせる。
撃って、撃って、撃って。それは確実にアマナを捉え、撃ち抜いている筈だ。しかし、その中心、力の脈動は留まる事を知らず、光は増すばかり。「なぜ?」とエレノールが疑問を口にする。直後、見えたのは影、影影影影、人の、無数の奴隷怪異達の壁のような、影。彼らは笑っていた。同じ顔、同じ笑みで笑っていた。体が、頭が、己の如何なる部位が吹き飛んでも尚笑い続ける彼らに、言いも寄れぬ恐怖が足元から湧き上がる。背筋がぞっと寒くなる。その一瞬に、アマナの光がより一層強く輝いた。
「邪魔をしないで———!!」
その光は、もろともが消し飛ぶ、破滅の光。
●親の想い、親であると言う事
別方向から響く二つの足音は、同じ家の前で鉢合った。
アンナさん?シアニさん?と、奇しくも偶然に出逢った二人の少女は、互いになぜなにを問わんとして、けれどもその思考は家の中でけたたましく喧しい人の声と無数の気配によって遮られた。
「え?な、なに?なに?」
「わかんないけど、なんか、「イー」って声聞こえない?」
「「イー」?……あ、う、うん!確かに聞こえる!!聞こえるけど、え?なんだろう、あれ?」
呆然と、家の窓を見つめる。
ちらり、ちらり。なんだか見覚えのある仮面をつけた黒い人物達が、屋敷の中を散々と駆け回っているらしい。時折聞こえる「なんなんだ君たちは!!警察を呼ぶぞ!!」という怒声は、間違いない、この家の家主のものだろう。
「もしかして、見下さん……?」
「え?どういう事?」
「あ、えっとね。見下さん、今、このお家にこっそり忍び込んでるんだ。だからもしかして、お家の中で何かあったのかなって」
「なるほど?まあ、なんにせよ確かめてみないとわかんないね」
そう言って、えい。アンナが家のインターフォンを押した。
ややあって『はい、どちら様ですか?』と聞こえてきた声は、シアニが聞いたものよりもずっと、疲労の色を濃くしているようだ。然してその冷たい声音は変わらず、来訪者の訪れを拒んでいるようにも聞こえる。果たしてなんというべきか。シアニが困ったように眉を寄せる中、アンナは迷いのない声で答える。
「リナちゃんが見付かりました」
『は?』
「街外れの廃教会にいるそうです。アマナ先生とよく似た女の子もご一緒に」
『……そうですか』
ぶつり、と、その言葉だけを置いて、インターフォンが切れる。
同じだ、あの時と。何一つ言葉を交わしてくれなければ、話しすらもさせてくれない。拒絶、拒絶、断崖絶壁のような深い深い溝の向こう側に、あの人がいる。シアニはギュッと、胸が締め付けられる思いがした。
どうして?どうしてそんなに冷たいの?リナ先輩はあなたの子供だよ?行方不明になってたんだよ?見付かったんだよ?「そうですか?」だけなんて、余りにも酷いよ。酷すぎるよ。
「切れちゃった」と、どこか呆然と零すアンナの横から、シアニがインターフォンを押す。お願い、お願い話を聞いて話を聞かせてと、その音で語る様に、何度も何度も。
『っ!なんなんですか一体!!いい加減にしてください!!』
「すみません!ご迷惑を掛けてる事は謝ります!!でも、でも!お願い!!お話をさせてください!!リナちゃんの事、いろんな事、貴方から聞きたいんです!!」
『その声……ああ、少し前に来た、シアニさん、でしたね?大変申し訳ありませんが、お話する事はありません!!お引き取りください!!』
「いやです!!お話させてくれるまで帰りません!!お願い!お願いですから……!!」
『……』
ふんっと、鼻で笑う声が聞こえた。話にもならないと、そう言われているみたいだった。
届かない、届かない、どんなに声を上げても、届かない。目頭の奥が熱くて熱くて、それでも頬は濡らすまいとシアニは表情筋を引き締める。アンナがぽんっと、肩を支えてくれた。
無言の間、インターフォンから人の息遣いが遠ざかる。このままきっと切られてしまうのだろう。そんな予感にまた、シアニが声を上げようとした時だ。
『なんだ君は?!どこから入った!?』
『この際そこはもう怒られる覚悟ですよ!!良いから、彼女達を家に入れてあげてください!!家に入らせたくなければ、このままでもいいです!!どうか話をさせてください!!』
『はあ?!なにを言って、ああ!お前たちは家を駆け回っていた……!!』
『話をさせてくれないのなら、今度は駆け回るだけじゃ済みませんよ!!』
聞き覚えのある少女の声。
頑張って胸を張って、一生懸命に言葉を繋いでくれているのは、ああ、あの人だ。
「見下さん……!」
インターフォンから押し問答の声が聞こえる。
必死な女の子と男性の声に混じって「イー」というあの不思議な声も。
肩に置かれたアンナの手に、シアニは自分のそれを重ねる。祈りにも似た気持ちで、インターフォンのレンズを見つめ続ける。「きっと大丈夫だよ」落ち着いたアンナの声。ちらりと覗き見た彼女の顔は涼しげで。けれどもその目は真っ直ぐに、自分と同じくレンズを見つめ続けている。
お願い、お願い、神様、神様。少しで、良いから……!!
『はぁー……お入りください』
「「!!」」
がちゃり、と、門の鍵が開いて、自動的にそこが開かれる。
お邪魔しますとありがとうございますを早口で伝えて、シアニは、アンナは、家の中へと足を踏み入れた。
———
玄関で出迎えてくれた家主らしき男は、リナによく似ていた。無機質な声でこちらへ、と、通された先は、所謂リビングだろう。食事用のテーブル席とくつろぐためのソファ席があり、シアニとアンナはソファ席の方へと通される。何もかもが綺麗に片付けられた、いっそ神経質なほど綺麗なそこは、生活感のあまり見られないモデルルームの様な印象も受けるだろう。唯一異質な事があるとすれば、総勢12人の黒尽くめの人間達が、ずらりと壁際に立ち並んでいる事だろうか。見下が時折身に着けている仮面と同じようなものを身に着けた彼らに混じって、見下の姿もある。
「見下さん!」
「えへへ、どうもー……?」
声を掛ければ、彼女は困ったように眉を下げ、笑った。
「やはり顔見知りでしたか……すみませんが、早急に用件を終えたい。お喋りは後にしていただけますか」
「あ、は、はい。すみません」
家主と向き合うように、シアニとアンナが腰掛ける。
黒尽くめの人間達の視線は落ち着かないけれども、今はそんな事を気にしている場合ではない。「それで?お話とは?」冷たい目でこちらを見つめる家主に、シアニは、アンナは、互いに顔を見合わせ、頷く。
「えっと、ここに、戻ってくる前に、リナせ……リナさんについていろんなお話を聞きました。その、リナさんのお兄さんが亡くなられた事も、失礼ですけど、虐待にも近い教育をされてるんじゃないかって、いう噂みたいなお話も」
「それで?」
「……あの、単刀直入に聞きますね。リナさんの事、嫌いなんですか?愛してないんですか?お兄さんが亡くなってから、成績とか、そういうものについて凄く厳しくなったって伺ってます。お家がとても立派な医院を経営されているから、跡取りが大事だっていうのも、なんとなくですけどわかります。でも、だからって、リナさんにしている仕打ちはあんまりです!とても優秀だったお兄ちゃんのようになれない娘さんはいらないんですか?!きっと、リナさんはご両親に認めてもらいたくて傷付きながらも頑張ってたんです……!!そんな子を、悲しませて、泣かせて、そうする事があなたの、ご両親の望みなんですか?!」
言葉を紡いで紡いで、そうしていく内にどんどんと胸が詰まる感じがした。
直接会ったわけじゃない。直接見た訳でもない。でも、わかる。リナは、頑張っていた。自らを癒す為に架空の友達まで作り上げて、真っ直ぐに頑張っていた。
天使病は、心の美しい人間が発症する病気なのだ。それを発症して、天使にまでなった事こそが、彼女が純粋に真っ直ぐに頑張り続けていた何よりの証拠じゃないか。
目頭の奥が熱い。でもまだ、泣くもんか。シアニはじっと家主を見つめる。彼は変わらず冷ややかな目でこちらを見、小さく息を零した。
「ふむ。それにお答えする前に、こちらの質問にお答えいただきたい。シアニさん、と、そちらのお嬢さんに壁のお嬢さんも。失礼ですが、出産か、もしくは赤ん坊のころから我が子同然に子どもを育てたご経験はおありでしょうか?」
「「「え?」」」
一瞬、面を喰らったように目を丸め、三人は揃って首を振る。
そうですか、とだけ吐き出して。彼はまた小さく息を吐いた。
「それでは、私の言う事も理解出来ないでしょうね」
「なんでそんな風に決めつけるんですか?」
「貴方方が子育てというものを経験したことがないからですよ。私たち夫婦が虐待染みた教育をしていた、というのも、世間一般的なものの見方は確かにそうでしょうねとしか言いようがないんです。そうせざるを得ない子だっている。それの意味は分かりますか?」
「「「……」」」
ふうっと、息を吐く。
刹那、酷く疲れたような表情が家主の顔に浮かんだ。
本当はこんな事、言いたくも無いと、そう言わんばかりに、けれども彼は言葉を続ける。
「あの子は普通の子じゃありません。どこかネジを失くした、ボタンを掛け違えてしまった子です。優秀過ぎる兄を生んだ弊害と言われても信じてしまう……」
「どういう事?」
「あの子はね、遅れている子なんです。物覚えも悪ければ発達段階も他の子よりずっと遅いんですよ。あの子が今幾つかご存知ですか?今年でもう8歳、小学生で言えば2年生です。しかし、今あの子のしている勉強は幼稚園の年長クラスのもの……文字の読み書きは自分の名前と簡単なスペルがやっとで、年相応の単語すら覚えられない、計算なんて以ての外だ。根気強く教えようとしたところで癇癪を起こしたり暴れ出したり、そんな事ばかりするです」
「それは、ご両親に構って欲しいだけじゃ」
「ふっ……だから、いえ、そうですね。そんな風に考えてた時期もね、私達にはありましたよ。でもね、違うんですよ。あの子はそういう子なんです。人の話も聞けなければ、こちらの言う事なんてまるで聞かない・……空想ばかりで意味不明な会話しかしない不気味な子だ。あの子の兄の時も散々と手を焼きましたよ。ええ、普通の子を育てるだけでも大変なのに、それ以上に、あんな、あんな……!!」
「出来損ない、ですか?」
言葉を発したのは、見下だった。
どこでその言葉をと目を見開く家主に、彼女が見せたのは、あの写真だ。
それを目に入れた瞬間、それまで氷のようだった男の表情が一気に瓦解した。
「ええそうです、出来損ない、出来損ないですよ!むしろ、私達の家に生まれべきではない異物です、異物!あんなものが生まれたせいで、どれだけ大変だったか……!!」
「気持ちは察するけど、それでも虐待まがいは酷くないかな?仮にも自分の子なんだし、もっと愛情を、」
「同情して分かったような気になるな!それでもお前の子だと、愛情を持って育てるのが当り前だとわかった様な事ばっかり述べるな!!そんなもの当たり前なんだよ!!自分達の子だ!!!やって来たさ、今までもずっと!!!そうやって懸命に頑張っていた事を常に責められ、後ろ指刺された妻は心を病んで倒れたんだ!!!」
家主の鋭い剣幕に、アンナが言葉を飲み込んだ。
見下の頭に浮かんだのは、あのアルバムに挟まれていたメモの切れ端だ。切れ端だから、本来書かれていたであろう感情の全てを知り得た訳ではない。けれども、あの一文だけでも、相当な苦悩が窺い知れたのだ。跡取りが必要な医院の家。そんな、普通の家とは少しばかり違う環境もあったのかもしれない。少し考えるだけでも、両親の心情は察するに余りある。
「察する?気持ちは分かる?上辺だけの言葉なんてもう沢山なんだよ!!!関りの薄い人間に四六時中あれと一緒に居る苦悩がわかってたまるか!!綺麗な部分しか見ようとせず、綺麗事しか言わない人間ばかりだ!!!なにがカウンセリングだ!!!なにがリナの為だ!!!私達が本当に大変な時に手を差し伸べてくれたものなんていなかったじゃないか!!!!親の責任だ教育の問題だ医者なら何とか出来るだろうって無責任な事ばかり言いやがって!!!!リナの事嫌いかって?!頑張りを見てないかって?!そんなわけないだろうが!!!!いつだって考えてるさ!!自分の子供だ!あの子がまともな人間としてこれから生活していくためにはどうしたらいいか!親が生きてるうちなら、働けるうちなら、いくらだって面倒見てやる!!責任だって取ってやる!!!だがな、いつまでもそうはいかないんだよ!!自分じゃない者の未来を考えて、絶望して、そうやっていつもいつもいつもあの子の事を考えては頭がおかしくなりそうなんだよ!!!」
後半もう、嗚咽を混じりの声だった。
吐くものが無くなっても尚催す吐き気のように、口を開きかけては嗚咽を零す。彼の胸の内にある感情は、とても言葉では言い表せないのだろう。彼も、限界だったのかもしれない。きっと、そんな事をしてはいけないと理解しつつも出来ない自分があったのかもしれない。罪悪感と責任感と、重た過ぎる重圧に声無き悲鳴を上げ続けていたのかもしれない。
やがて力を失ったかのように、そして深く祈る様に両手を合わせて俯くと、家主はそのまま、ぽつりぽつりと言葉を吐いた。
「せめてあの子が、あの子が生きていてくれたら……っ!!」
「……」
ぽろりと、頬が濡れた。
折角頑張って耐えていたのに、ぶつけられた感情の衝撃と、それをどう受け止めていいかわからない胸の痛みに、シアニの素直な心は悲しみを、寂しさを、苦しみを訴える。何か、声を掛けたかったのに、言葉が出ない。
悔しくて悔しくて、ついつい嗚咽を漏らしてしまえば、アンナがそっと抱き締めてくれた。ああ、あったかいなぁ、そっか、リナ先輩はこんな気持ちだったのかな。いい子いい子と頭を撫でられ、そっと抱き締めてくれる誰かの存在は、こんなにもあたたかく心を癒す。
「あの、」
アンナの手をそっと握りながら、シアニがなんかを言わんと口を開いた時だった。
けたたましく鳴り響く、携帯の音。それはシアニと、アンナと、見下、その三人からなるものだ。「すみません」と断りを入れつつ取り出したそのディスプレイには、箔野の文字。
『ほうほうっ!やっと出た!大変だ!大変だ!凄い攻撃で、廃教会が真っ白だ!!みんなが吹き飛ばされたかもしれない!!子供達の様子もわからない!!ウルシも少し吹っ飛ばされた!!これ以上、ウルシは目印になれないかもしれない!!!』
「「「っ!!」」」
『携帯を繋げたまま近くに置く!!なんとか電波を辿ってくれ!!!』
ほっほう!!という鳴き声と、力強い翼の羽ばたき。
それだけが聞こえた後はもう、風の音しか聞こえなかった。
「大変!!みんなが、危ない……!!」
「そうだね。カレン、わたしを呼ぶ暇も無かったのかな……だとしたら相当の強敵だよ」
「待ってくれ、何の話、ですか?」
困惑する家主に、三人は一度顔を見合わせ、頷く。
「リナちゃんを見付けたって言ったよね。その見付けた場所、廃教会は今、ちょっとした戦場になってるの。わたし達の仲間が戦っているけど、ちょっと危ない状況みたい」
「……」
「うん、だからあたし達、助けに行かなくっちゃ!仲間とリナさん達を助けに行かなくっちゃいけないの!!」
お話、ありがとうございました。と、丁寧に頭を下げて、シアニとアンナが駆けて行く。
二人の背中を追うように駆け出そうとして、見下はふと、家主の方を見た。放心状態とでも言おうか、何かを考えるのを放棄した様子の彼の元へ、見下は静かに足を進める。
「あなたも来ますか?」
「え……」
「もしかしたらね、リナちゃん、連れ攫われちゃうかもしれません。手遅れになる前に、迎えに行きましょう?」
見下がそっと手を差し出す。
それを、彼は暫しの間、黙って見つめ、そして、静かにその手を取った。
●タイムリミット・カウントゼロ
終焉は、はじまりは、意図せず沈黙から訪れるものだ。
覚醒と同時に覚えたのは、胸を強く押さえつけられるような息苦しさだった。全身を鈍器で殴り付けられたかのように、体のあちこちが痛い。あれほどの力を受けたのだ、当然、いや、程度を考えれば軽すぎる。疑念もそこそこに、水垣は震える瞼をこじ開ける。すぐ側で、うめき声が聞こえた。ぐるぐると目を回す梅枝に、子供達は、ああ、良かった。ジョンが身を挺して守ってくれたか。彼も無事だ。ふと、自分に、自分達に大きな影が差している事に気が付いた。影の主を辿るよう、水垣が顔を上げる。
「イォド……!!」
言葉を、失った。
影の主は、その体の全てを使い、自分とその周りの人間達を守っていたのだ。ばらばらと装甲が、武装が、剥がれていく。ショートした部分はそのまま、バチバチと火花を散らし、機械部分のオイルに混じっては人ならざる体液がぼたりぼたりと床を汚す。酷い損傷だった。損傷と単に呼ぶのも憚られる程に、酷い、酷い。
「イォド、」
「活動限界だ。還る」
「……ええ、ご苦労様でした」
礼は言わない。アレはただ、自らに命じられた使命を全うしたまでなのだから。
がらんと装甲を、武装を、その抜け殻だけを残してイォドは消えた。
———時を同じくして、
水垣と同じ違和感を覚えながら、クラウス、カレン、清音、ゼロの4人は目を覚ます。
最前線にいた4人の衝撃は、水垣達よりもずっと重い。然して大した怪我も無く、五体満足である事への安堵と同時に、果たしてそれは何故なのかという疑念も浮かぶ。そういえば、光の放たれる直前、力強い咆哮を聞いた気がする。と、彼らもまた、自分達を覆うようにして大きな影が差している事に気が付いた。顔を上げる、目を見開く。
そこにいたのは、一体の黒い竜。
『無事、ね……良かったわ……』
紛れもなく、黒竜から聞こえたのは、リリンドラの声だった。
「リリンドラ、お前……っ!」
光が放たれる直前、持ち得る最後の力を振り絞り、彼女は無敵の|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》に変身したのだ。無敵、その言葉を体現するかの如く、黒竜の体に怪我はない。けれども、消耗した体でそれ変身するには、些か大き過ぎる負担が彼女を蝕んでいく。見る見るうちに体が縮む、翼が腕に、竜の体は人の体へと戻っていく。
「身を挺して人を救う。見事な心掛けです」
「「「!!」」」
かつん、と、靴音が聞こえた。
強大な力の解放の余韻か、肩で息をするアマナが手を翳す。放たれるのは、幾多の子供達の命を奪った、あの光。即座に身構えたクラウスが拳を、清音が銃を、振り翳す。パァンと銃声が響いた。同時にパァンと布がそれを阻む。クラウスの拳も、布を捉えただけで彼女には届かない。
「ちぃっ、不発か!!がっ?!!」
「駄目ですよ、不用意に飛び込んでは。この|布《コ》は人が好きですから」
クラウスの首に布が巻き付く。
目前に付き付けられる光、光、光の弾丸。
頭でもぶち抜こうとでも言うのか。クラウスの名を叫ぶ、カレンが拳を振りかざす。清音が立て続けに銃声を鳴らす。なのに、布が、嗚呼布が、邪魔だ!!
「能力者は死ねぬが|理《ことわり》……仕留められぬというのは歯痒いですが、暫く眠って頂きましょう」
さあ、おやすみなさい。
甘い声が聞こえる。冷たい声が聞こえる。
アマナの掌、強くなる光。
———ほっほう!!!
黒い翼が、隕石のように舞い降りる。
鋭い爪が、嘴が、アマナを捉える。例えその攻撃が届かずとも、布が、光がその身を幾重に傷付けようとも、箔野は構わず突っ込む。
「させないぞ!させるもんか!!ウルシの仲間を離せ!このっ、このっ!!」
「っ、貴方の存在を、忘れていましたね……!!」
光の弾丸が標的を変えた。
翼を、銅を、頬を次々と撃ち抜き、掠め、けれども箔野は羽ばたきを止めない。高らかに鳴き声を上げる。己を鼓舞し、それまでの歯痒さをぶつけるかの如く、声を上げ、羽ばたく。
アマナが小さく表情を歪めた。苦し紛れに振り上げたその腕が、箔野の体を強く弾き飛ばす。床を転がる血塗れの梟。アマナがそれを確認する。その一瞬、ほんの僅かな隙に、クラウスが今度こそ拳を叩き込んだ。———ルートブレイカー!!アマナの布が、光が、霧散した。素早くカレンが回し蹴りを叩き込み、清音の弾丸が彼女の肩を、脇腹を、足を捉える。
「うっ?!ぐっ、あ、ああああああああああっ!!!!?」
「ゼロさん!リリンドラさんとフクロウさんをお願い!!」
「っ、ああ、任せてくれ!!」
片手で頭を抑えながら、ゼロは首を振ると、リリンドラと箔野を抱えて駆けた。
戦いの最中、合間合間ではあるが名前は教えてもらった。確か、あれだ渡瀬の元へ行けばなんとかなるだろう。この戦いの最中、彼はずっと、ずっと、途切れる事の無いように力を使い、仲間を癒し続けていたのだから。彼の姿を探して、ゼロは首を振る。右へ、左へ、そして、
「っ!!」
廃教会の隅、物陰に隠れるようにして砲撃をしていたヨシマサとエレノール。
その二人を庇うように抱き締め、覆いかぶさるようにした渡瀬の姿があった。その背はずたずたに引き裂かれ、肉を抉られ、白い骨までも露出している。焼け焦げた皮膚が、周囲に飛び散る血痕の大きさが、彼の傷の深刻さを視覚と同時により鮮明にこちらへと伝えているようだった。
息を飲んで、ゼロは駆け寄る。普通の人間ならとっくに死んでいると、そう感じた瞬間に、足元から心臓が凍る思いがする。
「ぅ、ぅぅ……っ」
「!!わ、渡瀬、さん。大丈夫、じゃないか、しっかりしてくれ!」
「っ、あ、あー……今日の俺、マァジで、散々、だわ……」
息も絶え絶えの中で、渡瀬はにっと歯を見せる。
目の、焦点が、合っていない。死を間近にした人間の顔でしかないそれに、ゼロの背筋が寒くなる。能力者は死なない、死ねないと言うけれども、だからと言って、これは、これはあんまりじゃないだろうか。渡瀬の、力の抜けた体からそっと抜け出して、ヨシマサも彼に笑いかけた。
「あはは。でも、最高カッケーっすよ」
「へっ、だ、ろ……?」
拳を握る、親指を突き立てる。ヨシマサが、エレノールが、片手で同じ形を作って静かに合わせる。「ありがとう」と、そう言葉を贈ったのはどちらだっただろうか。
「後は、任せてください」
「おー……た、頼ん、だ、ぜ……」
「ん。リョーカイっ」
その言葉に安心したのか、渡瀬は目を閉じて微笑むと、そのまま意識を失った。
「えーっと、ちょっとお名前を存じませんけど?味方ですよね?」
「あ、ああ……」
「すみませんけど、この人とその人達の応急処置とか、お願いしていいっすか?ボクら、ちょーっと敵討ちしてきますから」
「敵討ちって……生きてますよ?縁起でもないこと言わないでください」
「はーい、すみませーん」
困り眉毛でへらりと笑って、「じゃあヨロシク」とヨシマサはこちらに背を向けた。
呆れ顔のエレノールが、後を追いながら何か、窘めるような言葉を言っていた気がする。
どうしてだか、ゼロの心には小さな荒波が立っていた。戦う為に、能力者、とは、斯くも有るべきなのだろうか。非能力者であれば死ぬ程の大怪我を追うのも厭わず、ひと時の死に命を差し出すものなのだろうか。自分と同じであるはずの命の重さが、何故だか酷く軽く感じてならない。
もしかしたら、アイツらだって、何度も何度もこんな目に遭っているのか……?
首を振る。考えるな、考えている場合じゃない。今は、自分に出来る事をしなければ。
渡瀬の隣にリリンドラを、箔野を寝かせる。気を失っている彼らには、まだ、命の火がある。その事に酷い安堵を覚えながらゼロは手当てを始めた。
———
「っ!た、体勢を立て直させるな!!一気に、畳み掛けろ!!!」
「ええ!わかって、る、わ!!!」
雄叫びにも似た怒声が木霊する。
箔野が作り出した一瞬の隙は、千載一遇のチャンスへと成り替わったのだ。
げほりと咳を零しながらも、クラウスは拳に力を籠める。ありったけの弾丸を装填した清音が、再びアマナの懐へと飛び込む。カレンも両の拳を打ち鳴らし、行く手を阻まんとする奴隷怪異を殴り飛ばす。
子ども達はジョンが、水垣が、梅枝が、その身を挺して守ってくれている。
「っ、しぶとい、ですね……」
「誉め言葉として、受け取るわ。大分、お疲れじゃない、の?そろそろ、休んだら?」
「お生憎と、長時間労働は慣れておりますよ!」
アマナが手を翳す。弾丸と光の矢と、激しく飛び交う銃撃戦がはじまる。
飛び交う布を手当たり次第に掻き消すのはクラウスだ。すぐさま奴隷怪異が彼を襲えど、カレンが黒き拳で彼らを弾き飛ばした。仕損じたそれらを葬り去るのは、ヨシマサ。
「後ろは任せてくださいねー?思いっきり、ドーゾ?」
ヨシマサがにっと歯を見せる。その横では、彼を守る様に剣を揮うエレノールの姿もある。
カレンが親指を突き立て、すぐさま攻撃へと舞い戻った。
アマナの攻撃の手は休まらない。然してこちらの勢いも留まる事をしない。戦い続けた仲間が作り出した、チャンスの女神の前髪を、強く細い蜘蛛の糸を、掴み取らんと進み続ける。アマナの顔に苦渋の色が濃くなった。肩を上下させ、汗を滲ませ、歯を食いしばりながらもその手を翳し続ける。
「っ!!くっ、私は、私は負けるわけにはいかないのです!!!あの子と、あの人の為に!!私の幸せの為に!!!!!」
ごう———ッと、また。力の鼓動が聞こえる。
再び空中へと押し上げられていくアマナ。させまいと誰しもが武器を構えた刹那、
「———?!」
不意に、アマナの周囲がぼんやりと光った。カンテラの炎にも、肉体を失った魂のそれにも似たその光は、最初、蛍の様な淡さでもって揺らめき、次第に人の姿を形作っていく。
遠くで、子供達を守る様に両手を広げたジョンの姿があった。彼の鳥籠頭の中では、今、アマナを包む光と同じ光が揺らめいている。
「これは……」
「おとうさんはね、おとうさんなんだ……子供もね、おかあさんもね、おとうさんにとっては大切な存在なんだよ」
やわらかな声、鳴らされる指。アマナが目を見開く。光が集まる。恐らくはアマナの記憶の中から作られたであろうその人の姿は、小さな少年と男性だ。その光は、様々な年代の姿を形作りながら次々と現れ、何をすることもなく、彼女を見ては微笑んでいる。
「あ、ああ、こんな、こんなもの……っ!!」
「思い出を、大切な人を、こんなものと呼んではいけないよ」
「うるさい!!!」
はらはらと頬を濡らしながら、彼女は声を荒げる。
そのまま滅茶に苦茶にと放たれた光が、布が、周囲にある全てを破壊せんと暴れ回る。凄まじい威力だった。肩を撃ち抜かれたジョンがその場で膝を付く。暴れ回る光と布、けれども冷静さを欠いたその攻撃は、確実な隙を生んだのだ。
駆ける、駆ける、土煙と瓦礫の中を。駆ける、駆ける、一羽の兎が駆ける。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!散々ビビらせてくれた礼だよ!!!起立!礼!!ザクロ・パイ!くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
「なっ!」
——————スパァァァァンッ!!
空気を揺るがす渾身の一撃が、アマナの顔面に叩き込まれる。
体勢を崩した彼女を更に畳み掛けるよう、ありったけの砲弾をヨシマサが撃ち放つ。清音がそれに応戦した。アマナの元へと駆けようとした者達を阻むのは、あの、奴隷怪異の壁。
「邪魔よ!どいて!!!」カレンの拳が壁を崩す。
「くっ!!」手を翳したアマナの体に、回復を施そうと怪異達が巻き付く。
「障壁は、何度だって取り除く!!!」クラウスの白い拳が、それを打ち砕く。
「怪異!怪異!怪異!そんなに痒いなら体に蚤でもいるんじゃないのかい?!お茶風呂はお勧めだよ!!つるつるすべすべ!!飲んでも美味しい!!でも、オマエはあたしのお茶を断ったね!!生意気な美人め、お茶っ葉にしてやるよ!!オマエなんて、じゃぶじゃぶのじゃぶじゃぶだ!!!くらえ———|三月ウサギ《マーチ・ヘイヤ》!!!」梅枝の小槌が、最後の道を切り開く。
飛び込むようにそこ駆け抜けるは———錬成されし剣を携えた少女。
「「「「「「「「行け!!!エレノール(さん)!!!!!!」」」」」」」」
「——————コレで、最後です!!!」
闇に葬り去られた不浄の刃を、今ここに具現する!!———|戦闘錬金禁術《プロエリウム・アルケミア・フォビドゥン》!!!
「!!!」
それは、音すらも置き去りにする一撃。
禍々しい漆黒に塗り潰された剣が、一閃、光を切り裂く。
甲高い声を上げて、アマナの体が宙を舞った。地に墜ちた彼女は、もう、起き上がる事は無かった。力を失った布の上、枯れた花の上に寝転がる少女のように、彼女は虚ろな目で天を見上げながら、そっと片手を伸ばし、譫言の様に呟く。
「ああ、ああ、あな、た、ぼうや……ごめんなさい、ごめんなさい———わたし、わたしは、ただ、もういちど、あなたたちと、しあわせに、しあわせ、に……」
さら、さらと、アマナの体が崩れていく。
あんなにも美しかった彼女の姿は、ただの焼け焦げた塵とも灰とも付かない黒い黒い粉のようになって空に舞い上がり消えていく。後には何も残らなかった。まるで彼女の存在すら初めから無かったかのように、骨も、髪の毛一本も、何もかも残らず消えて行った。
●戦いの後で
白い煉瓦が、まるで玩具のブロックの様に積み上がっている。
廃教会と呼ぶにはもう、その痕跡を探すのも難しい程に破壊し尽くされたそこは、戦いの後の静寂に包まれていた。床に座り込む者、治療を施すもの、戦いの余韻に何かを思案するもの、様々なものがそこにいる。
「はぁっはぁっはぁっ!あー、やっぱり間に合わなかったんですねー……」
「でも、みんな無事……じゃ、ないか。ヤバいのが何人かいるかな」
「た、たたた、大変!!治さなくっちゃ!!———|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》!!!」
あらん限りの力を使って、シアニがミニドラゴンを呼び寄せる。
「お願いミニドラゴンちゃん達!みんなの怪我を治して!!」
了承の意を示すかのように甲高く鳴くと、彼らはすぐさま負傷者の元へと飛び去る。
そんなミニドラゴンの存在もあってか、三人、いや、四人の存在に気が付いたのだろう。手を上げて合図をしたり、名前を呼ぶ仲間達の元へと、駆ける速度が自然と速まる。近付けば近付く程に、彼らはボロボロで、そして何よりも、ただの肉塊となって転がる子供達だったものの姿に、酷く胸が痛んだ。幸か不幸か、戦闘によって吹き飛ばされてしまった事もあり、視覚的な凄惨さは最初の時よりも少ない。けれども、だからこそ、失われてしまった|遺体《子供の姿》もあるわけで。
「さあ、お家に帰してあげないとね……誰かひとりでも、なんて寂しいのはダメだ。みんなを連れて帰らなきゃ。ああそうだ、この子の弟は何処かな?お姉ちゃんが待ってるよ、お家に帰ろう?」
そう言って、丁寧に丁寧にジョンは肉塊を集めていく。
ゆっくり、ゆっくりと、まるで眠る子供を撫でるような優しい手つきだった。鳥籠頭の中には、優しくも悲しみに満ちた光が静かに揺れている。水垣はそっと、彼の側により、しゃがみ込む。清音と見下も、ゆっくりとそれに並んだ。
「どうしたんだい、リトルレディ達」
「……私も、探すの手伝います。一人でも帰してあげないと」
「ええ……私も、手伝わせていただく、わ?」
「私も。せめてこれくらいはさせてください」
「ありがとう」
そう告げるジョンの鳥籠が、淡くやわい光を放った。
「シアニさん、渡瀬さんの方にもう一体ミニドラゴンを回してくれないか」
「わかったー!ミニドラゴンちゃん、お願い!」
ゼロに言われるまま、シアニが合図を送る。
戦場にいた者で、怪我を負っていない者などいない。特に渡瀬、箔野の傷の具合は酷く、相当な無茶をしたのが伺える。意識を取り戻したリリンドラが、どこか暗い表情でゼロの応急処置手伝いをしている。
「酷い怪我、こんなになるまで戦ってたなんて……もっとわたしが戦えていたら……」
「予想以上の強敵って奴っすよ、仕方ないですって。マジで何回か死んだかと思いましたし」
「ヨシマサさん、不謹慎ですよ」
「はーい、すみません」
へらりと笑うヨシマサに、エレノールがまた呆れたように息を吐く。
「リリンドラさん」
「なあに、シアニさん」
「いっぱい、いっぱい頑張ってくれてありがとう!!あたし、結局間に合わなかったから、戦う事すら出来なかった……だから、あたしの分までっていいかたは烏滸がましいかもしれないけど、それでも、いっぱいいっぱい戦ってくれたんだよね?ありがとう!」
「…………ふふっ、そうね。それ、渡瀬さんにも言われた気がするわ。どういたしまして?」
「へへへ、そうなんだ!じゃあ元気出さなきゃね?渡瀬さんが目を覚ました時に元気なかったら、沢山心配しちゃうかもよ?」
「そうね。それは良くないわ」
ふふっと笑い合う二人の向こうで。
「げっ、ミニドラゴン……」
「げってなんすか、げって?」
「クラウスさん、ミニドラゴンはお嫌いですか?」
「い、いや……嫌いではない、が」
嫌な思い出がある。痛い痛い治療を施された思い出が。
一歩、二歩と後退って「俺は後でいい」。そう言って逃げ出した彼の背を、数匹のミニドラゴンが追い掛け回していた。
「よぉーしガキ共ぉ!!!お茶会だお茶会!!!最高のお茶が飲めるぞ!!!」
梅枝が子供達にお茶のお誘いを掛けて困惑させる側では、
「カレン、どうして呼ばなかったの?」
「別に?あんたがいなくても大丈夫そうだったからかしら?」
「……あっそ」
嘘ばっかり。そんな怪我だらけで言われたって、説得力はないんだから。
ふんっと腕を組みkそっぽを向いたカレンにアンナは小さく笑みを浮かべた。
各々がそうして各々の時を過ごす中、一歩、また一歩と少女達に近付く人の姿がある。
「リナ」
はっと、少女が彼を見上げた。少女の側にいたもう一人、よく似た少女も同じように。
小首を傾げる。いつもの、怒っているお父さんじゃない。でも、笑っているお父さんでもない。感情の読めない顔をじっと見上げたまま、少女が口を開く。
「おとうさ……」
刹那、
パァンッ———
乾いた音が鳴り響いた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功
第3章 ボス戦 『眠る乙女』

POW
お休みなさい、良い夢を
【青薔薇の香気】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【睡眠欲】に対する抵抗力を10分の1にする。
【青薔薇の香気】を放ち、半径レベルm内の自分含む全員の【睡眠欲】に対する抵抗力を10分の1にする。
SPD
ようこそ、私の世界へ
【青薔薇】から【眠りに誘う呪いがこもった棘】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【心を乙女の夢に囚われ、身体はやがて衰弱】して死亡する。
【青薔薇】から【眠りに誘う呪いがこもった棘】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【心を乙女の夢に囚われ、身体はやがて衰弱】して死亡する。
WIZ
さようなら、貴方はいらない
【青薔薇】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
【青薔薇】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃(半径レベルm内の敵全てを攻撃)になる。
イラスト 棘ナツ
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
√汎神解剖機関 普通11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
●希望の中で見た絶望
むかしむかし わたしはしあわせでした。
おとうさんがいて おかあさんがいて おにいちゃんがいて
みんなでいっぱいいっぱいわらってました
わたしは ひとよりもすこしだけおそいこでした
おそいこはいつも みんなにおいていかれます ばかにされます
だからわたしには おともだちはいません いつもひとりぼっちです
けれど わたしはしあわせでした
おにいちゃんが ぼくがいるからいんだよって いってくれたからです
おにいちゃんはやさしくて しっかりものの すごいひとでした
わたしはずっとずっと すこしだけおそいこでした
いったいぜんたいなにがおそいのか わたしにはわかりません
でも おとうさんとおかあさんは わたしがおそいこだからと
いつもこっそり こわいこえでおはなしをしていました
おそいこ、おそいこ、おそいこは、わるいこ?
わたしはずっとおそいこで あいかわらず おともだちがいません
でもあるひ わたしには おともだちができました
わたしによくにた とてもしっかりものでやさしいおともだちです
そのこは いつもいっしょにいてくれました
でも、だれにもみえません はなしているこえもきこえません
わたしとそのこがおはなししていると みんなへんなかおをします
みんな いやなかおをして みんな そっぽをむいてしまいます
ナナ、ナナ、すてきなおともだちなのに
おにいちゃんに おともだちのことで けんかになりました。
へんなことばかりいういもうとのせいで ぼくまでへんなめでみられると とってもとってもおこられました
わたしもとってもはらがたって おにいちゃんにおこりました
たくさんたくさんひどいことをいって たくさんたくさんものをなげて こわして
おとうさんとおかあさんにも たくさんたくさんおこられました
くやしくて、かなしくて、わたしはそのよる あたまのなかでこんなことをかんがえました
あした おにいちゃんののるバスが ひっくりかってしまえばいいのに
たくさんたくさんおこられたみたいに たくさんたくさんいやなおもいをしてしまえばいいのに
おにいちゃんなんて しんでしまえばいいのに
たくさんたくさんくうそうして
こころのそこからねがったそれは、ほんとうになりました。
——— パァンッ!!
乾いた音と衝撃と。
そのあまりの力の強さに、少女の体が地面を転がる。
もう一人の少女が駆け寄ってその小さな体を支えれば、未だ、自分が何をされたか理解出来ていないのだろう。まん丸く目を見開いたまま、そのまま動く事も話す事すらも出来ないまま、自らの頬を抑えた。掌に伝わるジンジンとした熱に「痛い」とだけ、零す。
「リナ、」
「お父さ、」
「またお前か」
「え?」
「お前が妙な事を願ったのか。アマナ先生の言っていた、天使病で発現した力だったか?そのせいでこんな事になったんだろう?今度は何だ?幸せな子供なんか全員死ねとでも願ったのか?」
「ちが、ちがうわ、お父さん、私はただ、ただ、」
「うるさい!!!」
「っ!!」
振り上げられた拳に、反射的に目を閉じる。
再度襲い来るであろう衝撃を予想して、その恐怖に身を竦ませる。
然して、パァンッ!と、その乾いた音が鳴り響いたのは自分の体からではなかった。どさりと鈍い音を立てて転がったのは、自分じゃない、よく似た姿のもう一人の少女だった。
「ナナ!!」
「ナナ……ナナ、ああそうか。お前もリナの力の産物だったな。イマジナリーフレンド、お前の様な架空の存在があったせいで、リナはいつまでも自分の殻に閉じこもったまま!!なにも成長できないまま、お前のせいで!お前さえいなければ!!!」
「やめて!やめて!お父さん止めて!!!叩かないで、蹴らないで!!!私が、私が悪いの!!!私が、お友達が欲しいって、みんなで、子供達だけで幸せに暮らしたいって言ったせいなの!!!ナナは、ナナは何も悪くない!!!悪くないの!!悪いのは、」
そうよ、悪いのは私だ。私なんていなければ ———
刹那、リナの体が煌々と光を放つ。
静かな水面に生まれた波紋がどんどんと膨らみ波となるように、その光のままにリナから立ち昇る力の脈動は止む事無く。空気を、地を揺るがし、彼女の周囲のあらゆるものを吹き飛ばした。強大な力だ。アマナ以上の、ともすれば全てを破壊し尽くさんばかりの強大なそれは、何故かこれまで感じたどんな輝きよりも美しく、そして純真無垢なものだった。ばさり、と鳥の羽ばたきの様に小さな背に広がるのは、身の丈の倍、いや、3倍はあろうかという天使の翼だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……私が、私さえいなければ」
「駄目よリナ、駄目よ駄目!!そんな事を|思って《空想して》は駄目!!!」
呆然とする父親の横から飛び出して、ナナがリナの体を抱き締める。
「駄目よ、リナ、駄目よ!あなたが消えていい世界なんてない!!お願い!やめて!そんな悲しい事を願うなんてやめて!!わたしは、あなたがいないと嫌よ!!!リナ、リナ、わたしとずっと一緒に居たいって言ってくれたのは噓?」
「ナナ?ナナ?ナナ……?」
「そうよ、わたしよ?大丈夫、大丈夫、あなたは」
「ナナ、ナナ、私ね、もう、疲れちゃった……」
「っ!!」
「私は駄目な子、出来損ないで、みんなよりもずっとずっと遅れてて。お勉強も出来ない、運動も出来ない何にも出来ない駄目な子なの。お父さんもお母さんも、私の事で怒ったり悲しんだりしてばかり。私ね、笑って欲しかったの。お兄ちゃんがいた時みたいにみんなで幸せになりたくて、いっぱい、いっぱい、いっぱい、頑張ったよ?頑張ったのよ、私?でもね、ナナ。私の事、誰も褒めてくれない。誰も見てくれない。|ナナ《私》以外で良い子なんて、誰も言ってくれなかった」
見開いたままの瞳から、ぽろぽろと涙が溢れる。
リナは、笑っていた。全てに絶望したような、傍観したような、寂しい笑顔で。
「もう、嫌だよナナ……嫌なのよ……。私もう、疲れたよ、もう、こんな世界になんていたくないよ……!!ねえ、ナナ、ナナ、ナナ……私とずっと一緒にいてくれるんだよね?あなたには私は必要なのよね?」
「リナ……」
「だったらお願い、一緒に眠ろう?ずっと一緒に、素敵な夢の中に居よう?もう誰も私を、あなたを怒鳴らない、叩いたり蹴ったりしない。2人ぼっちの幸せな世界で、ずっとずっと一緒にいよう?一緒に、逃げよう?」
「リナ……、っ、あなたがそれを望むなら……」
泣きながら笑う少女の手に、笑いながら泣く少女の手が重なる。
目の前を包む、真っ白な光、眩い光、純真無垢なそこには、一点の染みも無く曇りもなく、唯一美し過ぎるが故の絶望的な寂しさが満ちているようだった。
光の中、歌が聞こえる。
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
二つの少女が一つに重なる。
分かたれていた自分が一つに戻り、そして ——————
●終焉の福音
『強大なエネルギーの顕現を感知したかと思ったら……!!
これは、なんてことだ……!!』
不意に、貴方達の頭に、直接響き渡るかのような声が聞こえる。それはあの、星詠みたる少年のものだ。どこらかこの光景を見ているのだろう彼は、小さく息を飲み、自らを落ち着かせるかのように深い呼吸を繰り返す。
目の前の光は止む事無く、刻一刻とその輝きを強めているようにも見える。
ごう———っ、と、より一層、その力が強大さを増した。空気を振るわす人道は、最早衝撃波とも言っていい。吹き飛ばされた子供達の悲鳴が聞こえる。残された廃教会の残骸が、なに一つ残らぬ塵へと変わっていく。
『天使の力の暴走か……まずいぞ、これは本当にまずい……!!
一刻も早くこれを止めなければ、この場所どころかこの国ごと消し飛ばされてしまう!!
それどころか、彼女、いや、敢えて彼女達と言おう。彼女達の望みをその力のままに叶えれば、文字通り永遠に二人だけの場所に魂ごと閉じ込められて、未来永劫出る事は出来なくなってしまうよ。それは彼女達が生物として、命ある存在として、本来あるべき輪廻の輪、生命の理から外れる事となってしまうんだ。それがどんなに孤独な事か、どんなに残酷な事か、』
刹那、言葉を遮るように、空気が振動した。
翼が羽ばたくように巻き起こされたそれは、光の羽根を散らすかの如く光を巻き散らし、それに触れたものを次々と消し去っていく。
ざっと、ノイズのような酷い雑音が頭の中に鳴り響いた。それに混じって、星詠みの声が辛うじて聞こえてくる。
『もう、あまり時間がないみたいだね……!!
いいかい、この暴走を止める為の方法は三つある。
ひとつ、彼女達を殺す事。これで彼女達を元の輪廻の輪に戻す事も出来る。
ふたつ、彼女達を起こす事。ちょっと乱暴に肩を揺すってやればいい。目を覚まして、また元の現実世界におかえりって言ってあげればいい、それだけだ。
みっつめは……このまま、彼女達の願いを叶える事だ。君達の全力を持って、彼女達の力を受け止めるんだ。勿論、ただでは済まない。非能力者は死を覚悟して欲しい』
また、翼が羽ばたく。光が生まれる。
ますます強くなる力の脈動に、星詠みがくっと息を殺す。
『大変歯痒いけれども、ボクは何も出来ない。見ている事しか出来ない。
決めるのは、その場にいる君達だ!敢えて厳しい言葉を言おう、決断しない事は許さない!このまま何もしなければ、国が一つ消える。それは星の告げる紛れもない事実であり避けられない現実だ。さらに言えばそれは、世界にとってとんでもない損失になるだけじゃない、それは世界の終焉に向かう綻びとなってしまうんだ。
だから……だからどうかお願いだ。どんな決断だってかまわない。何を選んだってそこに正解はないし間違いはないんだ。大切な事は、キミが、キミ達が選んだ選択肢だという事。彼女達の為に、自分自身の為に選んだものに成否はないよ。
だからどうか、悔いのない選択をしておくれ』
●MSより
最終決戦、に、なるかもしれません。
星詠みの言った選択肢の詳細を補足しますと、
1 戦闘です。彼女達の命に終わりを与えてください。
2 戦闘+説得です。彼女達を目覚めさせ、現実で生きる事への後押しをしてください。
3 暴走する彼女達の力を、能力を駆使して受け止めてください。(一番出目に祈って頂く選択肢です)
以上です。
星詠みの言う通り、何を選んでも正解は御座いません。勿論、PC様の気持ちやPL様のお考え、どんな事をプレイングに書かれても同じです。どうぞ心のまま、納得のいく選択をされますように……。
尚、異なる選択肢があるのも予想しております。
その場合は、多数決と成りますので、予めご了承ください。

おお〜、なんか想定外のことが山ほど起こってますけど…とりあえずあのお二人を撃墜すればいいんすね?オッケーです。それなら簡単です。
…が!ボク、悪癖だって言われてることがあるんすよね。「イケそうならハイリスクハイリターンを取る」!だって香月さんさっきカッコよかったじゃないですか?ボクだってカッケーことしたいんすよね。命を賭けてでもこの戦況を有利にする。それが戦線工兵の生き様ですから!
というワケで〜…見せちゃおっかな〜この姿!
【インビジブル化】します!
…さながら硝子作りの優美なるバルーンモーリー。羽衣と呼ばれる品種よりも長い、流れ星のような、はたまたラプンツェルの髪のような尾鰭。
静かに揺蕩う度に、空間に、幾つもの波紋の姿が浮かぶ。まるで雨が通り過ぎるように。それでいて、とてもとても静かに。雨粒という涙の模様を、決して生きている間には零さないだろう模様を世界に刻みながら。
ボク自身も、【超越臨界砲撃】【爆散形態】で力を受け止めます。周りのみんなには、尾鰭による【神経過駆動接続】で支援を!
…あ、なんか全然キャラ違うとか思ってる人いるな。ちょっと〜。聴こえてますからね〜。喋れてないけどちゃんと聴こえてるし覚えてますからね〜。
あんまりボクはあの子達の夢とやらには賛同出来ませんけど、ま、良いんじゃないかな。好きにやるのが1番です。こっちも身を守るついでにそれを手伝うくらいは出来ますから。

選択肢は2
――とんでもないことになってしまいました。もし、彼女の周囲の環境さえ変わっていれば、こんなことにはならなかった未来があったはず。
けど、まだ遅くはありません!今からでもきっと、別の場所でやり直せるはず!
彼女たちに声を届けなくては。まだ、この世で生きることをあきらめてはならないと!
覚悟を決めて、精霊憑依を発動。相手の攻撃や能力はその機動力で躱していき、「彼女たち」の懐に入り込み、抱きしめ、神聖竜詠唱を発動。効果は、この場面の困難を解決するために――私たちの「優しい」「この世で生きることをあきらめない」説得を増幅し、彼女たちの心へ届かせます!
――「あなた達」は、楽園を求めて、自分たちが傷つかない場所を求めて。そこで生きたいと思ってこの場所に来たのですよね?
――まだ遅くはありませんよ。あなたがあなたのままで生きていける場所は、ここ以外にもあります。あなたの、あなたらしい生を過ごしていける場所が。
――だからお願い、目を覚まして。まだ――生をあきらめるには、早いです!
※この選択肢以外になった場合は、それに従います。けれど、1になった場合は頑強に反対した後、渋々承諾することになるでしょう。
※できれば、すべてが終わったあとにあの父親に対して一言言ってやりたいところです。
たとえどんな理由があろうとも、あの両親がリナちゃんにしてきたことは彼女的には到底許されざることなので(なくてもいいです)

起こせる可能性があるだけで十分よ、しっかり連れて帰ってこれるよう気合い入れていきましょうか!
ただ前の戦闘でこっちはかなり消耗しているわね。
前半は比較的元気な私が前衛としてなるべく攻撃を受ける覚悟で臨むわ。
大きめの攻撃からはみんなを庇いたいわね、激痛には慣れてる方だから平気よ。
あなたたちを迎えてくれる友達がこれからたくさんできるから、二人だけなんてこと言わないで。
それはきっと、私たちみたいな変わった人たちかもしれないけれど。
でもね、きっと楽しいわよ。
もう少し、こっちの世界でお話してみても良いんじゃないかしら。
私が倒れたら「受け継がれる思い」の影響でアンナが前に出そうね。
その時は√能力によって限界まで軽くした「ASVK-M」を渡せればと。
アンナが死にそうになったら「誓い」の効果で身代わりになるつもりよ。
100%守れるわけじゃないなんて分かってるわ。
あの子の生き方と私の我儘……どっちも取るなら、これしかないじゃない。
私は死なない限りは大丈夫。
継戦能力には自信があるから、動く限りは戦い続けるわ。
もしお父さんと話す機会があったら日記帳を渡してその時に浮かんだ光景を簡単に伝えるわ。
内容が彼女の空想なのか、真実なのかは私には分からないけれど……彼にはきっと、分かるはず。
あの光景に嘘がないのだとしたら。
「仕方なかった」というレベルは超えてるんじゃないかしらね。
それを踏まえて、彼はどうするのかしら。

助けられる可能性があるなら助けるべきじゃないかな。
……でもわたしは、殺さなければならない状況を想定、覚悟はしているよ。
前衛は厳しいし邪魔になるだろうから、子どもたちとお父さん、負傷してる仲間を守れるように努めようかな。
前衛が戦闘に集中できるよう、こっちへの流れ弾は撃ち落としていきたいね。
攻撃が来ないのであれば継戦中の仲間のダメージを減らせるようフォローしたい。
あとはもし寝そうな前衛にはSAAでゴム弾を撃ってかすらせて起こそう。
乱暴でごめん。
お父さんはどうしてほしいんだろう。
彼女を放置をした結果がいまなんだけれど。
リナちゃんを殺してほしいのかな?
そう言われても殺すわけじゃないけど。
大人なんだから、現実と選択から逃げないでくれるといいな。
能力者たちの負傷度が大きく前衛が足りなくなれば前に出るよ。
カレンの能力が作用してるだろうから、いないよりはマシくらいの状態にはなってるだろうし。
そのときは|最終手段《おくすり》も|特殊弾生成小箱《とてもだいじなもの》も使うよ。
5分は頑張るからその間になるべくみんなには回復してほしいところ。
かなり厳しければ負担は大きいけど最終手段は重ねて使うかな。
もし説得がうまくいかず一般人が死ぬかもしれない状況になったら殺すね。
罪のない人を殺してしまったら、その責任を負うのは難しいだろうから。
死ぬかもしれないのはしょうがない。
これがわたしの生き方だから後悔はないよ。

選べる状況なら、助けるに、決まっているわ。
彼女はまだ子どもで。
私は、大人なんだから。
もう疲れたなんて、言わせて良い年では、ないの。
守る側と、攻撃側
足りない方に、入るわ。
仲間が動きやすくなるよう手助けすべく、手数を増やしておいたわ。
精神攻撃には、強いほうだから、みんなより、長く動けるかしら。
辛いこと、悲しいことが、たくさん、あったわよ、ね。
これからもきっと、たくさん、あるわ。
でも、その分、楽しいことも、あるのよ。
これは、絶対なの。
二人だけでも、楽しいかも、しれないけれど。
お友達は、多いほうが、違った楽しみを、味わえるわ。
それに、あなたを助けてくれる、大人だって、いたでしょう。
そういった人たちのことを、思い出して。
父親にも、声を、かけるわ。
シアニさんたちとの話を、聞いたわ。
子ども相手に、随分と、言ったようね。
余裕がないとか、疲れたとか。
それは理由にはならないと、思うわ。
私たちは、大人なんだから。
大人は、子どもの100倍は、飲み込まなければ、ならないの。
子どもを守るのは、大人の責務なのよ。
まぁ、子どもを産めない、便所女の戯言だと、思って頂戴。
もし間に合わなくて、罪のない子どもたちに被害が及ぶなら、殺すことは厭わないわ。
どちらかしか選べないなら、それを選ぶのが、大人の責任だから。
子ども(仲間)たちに、その選択は、させたくないわ。
お前は殺しても良いのかと、アマナに皮肉を、言われるかしらね。

ひどいなと思う
でもさっき見た表情が声が頭から離れなくて
少しだけお父さんを撫でてあげたい。いい子って
リナ先輩の叫び聞こえたよね。こんなはずじゃなかったよね。分かってるよ
どうにかする、任せて
2で!
治療役のミニドラ以外はあたしと彼女達の元へ
光を避け、茨は火球を指示して燃やし、香りと歌は【不完全な竜はご近所迷惑】の轟音と衝撃波で吹き飛ばす
ミニドラが先に光を抜けたなら【位置入替】を指示
届いたら揺するか、音を立てて目覚まし!
お勉強いっぱい頑張ってたって先生言ってたよ。偉いね
歩くのが遅いことを気に病むあなたなら、苦しんでる人に寄り添ってあげられるよ
誰だってよくない空想するよ。何も悪くないよ
あなたを見てくれてる人ちゃんといるよ。起きて一緒に顔を見せてあげに行こうよ
起きてお話しようよ。あたしシアニって言うの。友達になろうよ
信じられないかもだけど、お父さん泣いてた
いじめられてたんだって。あなたのこれからを考えて不安でどうすればいいか分からないんだって
お願い、みんなを置いて行かないであげて
助けられたら…
あたし達と来る?天使の子いっぱいいるし、力の使い方とか勉強して帰りたくなったら帰るの
それか普通の子になりたい変な力なんていらない愛されたいって強く願ったら天使の力なんか捨てられたり…
やるなら√【不完全な竜の涙】で補助してみる
どちらにしても、お互いしばらく距離を離して過ごしてみない?
事件の心の傷がーとかでさ

うじうじするのは後!今は戦う時よ!
悲しみも、怒りも、迷いもその全部はこの戦いが終わってからでいい。
今はただリナを助けるために、私の正義を貫く!
リナの説得は彼女の事情を知っている仲間達に任せるわ。
私はそのきっかけを作ればいい。
大丈夫、リナは善なる無私の心を持った優しい子。
仲間たちの声は届くわ、必ずね。
子供にとって親元にいられることが一番幸せであってほしい。
でも現実は綺麗事ばかりじゃない。
リナの父親もまた被害者だったのだと思うわ。
親である以上、最後まで子供の味方でいて欲しかったけど。
リナの処遇をこちらに任せるよう納得させられれば及第点ね。
この世のすべての不利益は当人の能力不足。
その通りね。
だから私はもっと強くならないと。
力無き正義は無力、でも力だけの正義もまた傲慢。
だから私は、両方を持ちたいの。
強さも、優しさも等しくね。
【行動】
正義恢復を使用してリナの行動不能化を狙う
重傷の仲間に対しても使用
戦闘後は生存した子供達を帰る場所へ送り届ける。

ボロ雑巾ばっか!
そりゃあそうさ、バラバラになった時計みたいに、あたしの骨が全部別々の時間を刻み始めたんだ。それなのにティータイムだけは止まらない!骨なんてあっても不便だよ。お茶こぼすからね!!
今なんの話し?
おい、薔薇が青いぞ!!薔薇は赤なんて時代錯誤な決まり事はやめだ!!薔薇の迷路から覚めるならば起きるしかない!でも輪廻輪廻輪廻輪廻あたしは|眠り姫《アリス》を尊重しよう。輪廻は出口のない迷路だ。また生まれろって?また壊れろってことだろ?――それでもお茶会だけは終わらないって、誰が決めたんだい!!?終わるわけないだろ!!お茶会だぞ!!!お茶会は続けるべきだ!
リ・バースデーを願って!ほら、乾杯!

選択肢:2
荒れ狂う力を凌ぎながら説得を目指す
(大切な相手とずっと一緒に居られるなら、それが一番良いよね)
その気持ちは理解できる
できるからこそ、世界を知る前に閉じこもってしまうのは良くないと思う
「もっと色んな世界を見て、色んな経験をして」
「その上で眠ることを選ぶのならそれでもいいと思うけど。今はまだ、早いと思うんだ」
……力の制御も、学ぶべきかもしれないしね
レイン砲台やファミリアセントリーを思念操縦で操り、白雨や制圧射撃で範囲攻撃に範囲攻撃をぶつけて相殺
接近できないことには説得も何もない、まずは糸口を掴まないと
他の能力者達とも協力して、彼女達に接近するための道を開く
接近できたら全力で語りかけて説得

将来を心配するが故?周囲の批判に疲れた?
近しい大好きな人達からずっと批判され続けた子供の気持ちも想像できないくせに
子供を育てたことがないものにはわからない、私達は可哀そうって線引きして。
リナちゃんのお父さん、あなたは馬鹿なんですか!
この病気にかかる人は、本当に優しくて素敵な心を持っているんですよ。
勉強以外の、リナちゃんの素敵な所、なぜ、素敵だと思えなかったんでしょう。
追い詰めておいて、追い詰められたことを非難するなら、貴方達に後ろ指をさした人たちと全く同じでは?
……考えが変わらないなら、もういいです。一言も話さないで。動かないで。
もう一度聞きます。あの時私の手を取ったのはなぜです。
このまま、リナちゃんに手が届かなくなっても、いいんですか。
彼女を引戻すには彼の言葉が必要だと思うんですけど、ここまで言ってもダメなら……。
滅亡なんてこんな子達に背負られません。
起こすことは諦めませんが、全力でお相手を。
あ、でも、やりたいことがある味方がいたら、サポートしますね!

イォドが頑張ってくれたお陰で多少無茶が効くのはありがたいですね。
とりあえず神の領域で空間を区切って非能力者の子供達への影響を遮断しましょう。
長持ちはしないでしょうが、距離を取る時間くらいは稼げるはずです。
あとは体内のCu-Uchilの断片を活性化させて身体能力を上げておきましょうか。
イォドが休眠中なのでやや制御が面倒ですが、こちらも短時間ならなんとかなるはずです。
"目"を覚まさせる のは、まぁ多分応用でいけるでしょう
さて、選択ですが……正味2番目以外に無いんですよね。3は他の子たちに危険が及ぶ可能性が高いですし。
1はまぁ、私が取ってよい策じゃないですし
誰も認めてくれない孤独、どこへも行けない閉塞感、それから、もしかしたら優れた誰かへの劣等感も……記憶にある感覚です。
なんなら幸せだった時間がある分、リナちゃんの方が辛いかも知れませんね。
ただまぁ、先輩として言わせてもらうなら。世界って意外と広いですから、先の無い選択肢はもっと色々見てから決めるべきです。
私で良ければ家出、付き合いますよ。

何が幸せか…どの結末でも、少しでも彼女を悩ませるものが減るよう、俺に出来る戦いを。
「被害者&遺族の、彼女達への感情」
「両親(父親)に関して」
…彼女達、銃と父親を【撮影】。
そして、父親を死なせる訳にはいかない。
(戦闘から【武器受け】で守る)
いい機会だ、取材させてもらおうか。
今までの調査から、彼女は被害者、そしてご両親は加害者という認識です…当人達には違うとしても。
ルポライターとして「娘を撃った父という事実」を記録した。
脅すようですみません、只、今この最悪は貴方が引き起こしたのもまた事実です。
…ご両親も彼女も、互いに距離を置いたほうが良いのでは。
今このタイミングなら、全てをアマナ先生のせいにし、彼女を死んだ事として離れる事も可能かと。
『アマナが、天使化という病気を故意に広げようと子供を攫った』
『多くの子供(リナとナナ含む)は死亡した』
この情報を広められれば。
※他参加者の意向も汲み、内容は再考
写真は必要な人いれば託す。
これでも元冒険者だ、修羅場は経験ある。…やるせなさは、何時までも慣れないが。

あぁ、ダメだよ。子どもを叩いちゃ。でも|父親《キミ》も、おとうさんにとっては『子ども』だ。つらかったね、苦しかったね。
キミの生み出したものは、おとうさんが引き受けよう。おとうさんが、みんなの盾になろう。
家出はやめて早く帰って来なさい、なんて偉そうには言えないね。|少女たち《キミたち》を救えなかった世界には、報いが必要だもの。
全てをぶつけにおいで、おとうさんが受け止めてあげる。
——起きてしまったことも、起こしてしまったことも、いなくなってしまった子どもたちのことも、|少女たち《キミたち》だけには背負わせないさ。
みんなで覚えていようね。そのくらいしかしてあげられないのが、とてもとても悲しいけれど。

【1】を選択
目を覚ましたとしても120人の行方不明者及び死傷者を出した原因の一端な訳だし、リナがその現実に立ち向かってくれたらいいとは思うけど期待だけ置いていくのは無責任な気がする。
リナは今までよりも厳しい状況になるのは目に見えてるし、万が一今回みたいに暴走されたらまた被害者が出るだろう。
勿論やり直す道もあるんじゃないかとか、やっちまった事は生きてちゃんと償った方が良いんじゃないかって思いもあるっちゃある。
でも本人に悪気が無かったってことは背中の翼が証明してるしな。悪気ないのが余計タチが悪いともいうが。
ここはいっそリセットして新しい人生を準備した方がいいんじゃないかって思う。
3はここに居る非能力者が死ぬ可能性があるらしいから論外。俺らの能力で防ぎきれればいいけどリスクがでかすぎる。
これが俺の優しさだよ。
蒼焔を使用
青い炎は浄化の炎。お互いちゃんと死ねたらいいな。
じゃあまた、いつかどこかで。
多数決には素直に従う
2、3の場合は非能力者の退避に注力し、仲間の邪魔にならないように自分も下がっておく
●最悪の幕開け
——— 光が、広がる。
それは、清廉潔白な天使の翼を表すが如く、白、白、白、全ての色を飲み込み消し去るそれは、そこに一切の不純物も合切の汚れも見られない。神々しい程の純白、それは正しく世界に零された|修正液《終焉の色》だった。
くるりくるりと惑星のような自転を繰り返し、ゆるりゆるりとその大きさを広げていく。
光に触れたものが飲み込まれていく。命あるものは終わりを、命無きものは崩壊を、形なき者は消滅を等しく迎えていく。———これが、天使の力なのか。と、誰かが言った。力という概念にしか過ぎない存在が、確かな質量を伴ってそこに存在している。その僅かひとかけらに肌を撫でられた刹那、諦念、観念、諦観、希望、切望、懇望、そして、絶望。それらの感情が一瞬で駆け巡る。直感する。これに立ち向かう事、それは即ち勝率0.00000000001%の希望的存在に手を伸ばす事。敗北は『死』だ。能力者という死ぬ事すら許されぬ者は、永遠の死を味わう事にも等しい。
誰もが呆然と立ち尽くす中、光の中心部分に少女が見えた。
マリーゴールド。その花の名に相応しい金色の髪をした少女は、
箱庭のような天蓋付きベッドの中、人形のような表情で眠っている。
棺桶の様なそこには、眠り姫の茨の様にいくつもいくつも青い薔薇が咲き乱れている。
彼女は一人だった。傍らにいた銀髪の少女の姿は何処にもない。
唯一、彼女のいた痕跡を表すかのように、彼女の髪の一房が銀色に染まっている。
「リナちゃん……」
そう言って、静かに武器を握り締めたのは柏手・清音だった。
アマナとの戦いの傷も癒え切っていない中、それでも彼女の目はその輝きを失うことなく、再度———|全賭け《オールイン》、しかと黄金色を宿し輝く。細かく肩を上下させ、冷ややかな汗を流しながらも、彼女はそのまま静かに少女の元へと歩み始めた。
「清音さん」声が続く。足並みが、揃う。隣にいたのはエレノール・ムーンレイカーだった。彼女もまた、傷付いた体で清音同様に武器を構えている。二人は意図せず互いに顔を見合わせた。強く、強く、そして真っ直ぐな目と目が、合う。
「……とんでもない事になってしまいましたね」
「ええ、そう、ね……あなたは、そのとんでもない事を、止める為に、何を選んだ、の?」
「私は……きっと、あなたと一緒です」
エレノールがすっと息を吸う。
そのまま両手で構えた刃無き剣、錬成剣に意識を集中させ、そして、
「大いなる精霊達よ、今こそ力を貸して下さい!!」
——— |精霊憑依《ポゼッション》
それは破壊と創造の炎
それは終わりと始まりの水
それは破滅と栄光の風
それは飢餓と豊穣の大地
異なる4つの精霊の力が一つとなって、エレノールの体を包み込む。
数多の終わりと始まりを作り出す最も純粋な力の結晶。精霊達の与え賜うたそれが、刃無き剣の刃と成り、交わる事のない四つの光となって輝く。
希望の炎となるにはあまりに心許無く、今にも光に呑まれてしないそうなそれはあまりに頼りなく、けれども決して絶えぬ事ない強さを宿したそれを、エレノールは握り締めた。
「敵は、いえ、救護対象はあまりに強い力に守られている……けれど、だから何だというんですか。私は、諦めません。きっとまだ遅くはありません!今からでもきっと、別の場所でやり直せるはず!そう信じていますから、だから、彼女達に声を届けなくては。まだ、この世で生きる事を諦めてはならないと!」
「ええ、私も、同じ気持ちよ!」
駆け出そうとする二人の背に、「私達だって同じよ」。次々と声が続く。
どこか不敵に笑うカレン・イチノセとアンナ・イチノセ、それに、クラウス・イーザリー、シアニ・レンツィ、リリンドラ・ガルガレルドヴァリス、
「確かに物凄く強そう……っていうか、もう強いとか弱いって次元の問題じゃないかもしれないけどね。それでも助けられる可能性があるなら助けるべきじゃだって、わたしもそう思う」
「うん!あたしもあたしもっ!あたしもね、リナ先輩には帰って来て欲しい。伝えたい事、言いたい事、いっぱい、いっぱいあるんだから」
「わたしも、ここで迷ったりうじうじしている場合じゃないってわかるわ」
きりりと表情を引き締めて、リリンドラが剣を握り直した。
「うじうじするのは後!今は戦う時!悲しみも、怒りも、迷いもその全部はこの戦いが終わってからでいい。今はただリナを助けるために、私の正義を貫く!」
「……リリンドラはそうじゃないとね」
ふっとクラウスが口元を緩めた。
そのまま深く息を吐き、彼も静かに武器を構える。
本当は少し、迷っていた。大切な相手とずっと一緒に居られるなら、それが一番良い。そんなリナの気持ちは痛い程理解できるからだ。もしもあの時に、と、小さく、けれども鮮烈な思い出が頭を過る。遠い過去の筈なのに、未だ色褪せる事無く蘇る記憶。自分のすぐ側にいた人間が、ある日突然いなくなる。それは、戦争が当り前の世界で生まれた宿命と言えばそうなのかもしれない。痛い、痛い、未だつきんと胸の奥が痛む。それは多分つい最近になってから覚えた、いや、漸く感じられたものなのかもしれない。戦いが当り前のあの世界でずっと同じように生きていたのなら、きっと、知らなかった痛みや迷い。それを今、覚える事が、抱えられる事が、感じられる事が、どうしてだか嬉しく思う時もあるのだ。一歩、別の世界へと踏み出したからこそ知れたそれらが、そっと迷いを消してくれた。
「……世界を知る前に閉じこもってしまうのは良くないと思うもっと色んな世界を見て、色んな経験をして。その上で眠ることを選ぶのならそれでもいいと思うけど。今はまだ、早いと思うんだ」
「うん、本当にそう。彼女達にはもっと大きな世界を知って貰いたいよね」
アンナが呟くように零す。カレンがパンッ———と、自らの掌を叩く。
「ええ、そうね。その為に出来る事をやらなくっちゃ。大丈夫、壁なんていくらだって超えて来たわ。今回は決して絶望的な状況じゃない……起こせる可能性があるだけで十分よ、しっかり連れて帰ってこれるよう気合い入れていきましょうか!」
「うん!頑張ろう!!きっと大丈夫だって、なんとかなるって、あたし、信じてるから!!
怪我の治療をしてないミニドラゴンちゃん、着いて来て!まずは道を切り開くぞー!!」
高らかな咆哮。歓声のような、雄叫びのような、そんな声が上がった。
光の中心、リナという一人の少女目掛けて、彼女への想いを抱いて———駆ける。
「おお~、熱いっすねぇ。なんか想定外のことが山ほど起こってますけど……」
そう言ってふむ、と、ヨシマサ・リヴィングストンは唇を尖らせ、それを人差し指で軽く押す。いつも通りのらりくらりと流れに乗るのであれば、とりあえずはあの少女を撃墜すればいいのだろう。それは何とも単純で簡単なお仕事だ。が、なんというか、今回はそれだけでは面白くない気がする。もう一度ふむと呟く彼に、怪訝そうな視線を送る男がいた。|渡瀬・香月《わたせ かづき》だ。
「……ヨシマサ、お前、何考えてんの?」
「ん?ああ香月さん、おはようございま~す。いや~なんていうかな~、もっとこうアドレナリンがガンガン血管を巡ってブチ上がるような?なんかそんな事したいんすよね~」
「はぁ?」
ヨシマサがにやりと口元を緩めた。
漸くと上体を起こした渡瀬は、彼の発言とその表情に些かの疑念をもって片方の眉を吊り上げる。端的に言えば、何言ってんだコイツ、というやつである。事態は一刻を争う事には違いない筈なのに。その中にあって切迫や緊張とは全く縁遠いと言わんばかりに爛々と目を輝かせるヨシマサは、どこか異質な不気味さを帯びているようにも感じる。その表情のまま、悪戯を思いついた子供のように、へらり、彼は渡瀬に笑いかけた。
「ボク、悪癖だって言われてることがあるんすよね」
「悪癖?」
「そ、イケそうならハイリスクハイリターンを取るって奴っすよ。皆であの子を起こそうとしてるとこ悪いんすけど、ボク的には心のままって言うのかな?好きにやるのが1番だって思うから。それにさっきの香月さんのせいでハートに火が点いちゃいましたしね」
「は?俺?」
「そっ、さっきの香月さん、最高カッコよかったじゃないですか?自分ボロボロなのに、命懸けてボクらの事守ってくれたりなんかして。ボクだってカッケーことしたいんすよね。命を賭けてでもこの戦況を有利にする、とか、最高でしょ。それが戦線工兵の生き様ですから!」
ああ楽しい、ああ堪らない。ヨシマサの胸が爛々と躍る。脳汁が溢れて、脳内麻薬が大量噴出して体中を駆け巡る。それはどこか酔狂にも陶酔にも似た高揚感だった。眼前に突き付けられた生と死に、その狭間に立たされる感覚に、こんなにも幸福を見出すなんて。こんなにも体が、心が、荒ぶり昂り沸き立つなんて。ああなんて楽しい、ああ本当に堪らない。
「ヨシマサ、」
「ああ、大丈夫っすよ。言った通り命を賭けてでもこの戦況を有利にするだけ、皆さんの邪魔をする気はないんで」
「あのな……俺が心配してんのはそこじゃないっつーの。お前、何をする気だよ」
「何?何?そーっすねぇ……」
ますます口元を歪めて、そのままぺろりと唇を舐る。
刹那、渡瀬は今度こそ本気の驚愕によって目を丸めた。
末端から中心へと向かうように、ヨシマサの体が半透明に透け始めたのだ。
それは骨格標本の様に彼の内側を露にしては、骨も、筋肉も、内臓も、その爪から髪の毛一本に至るまでの全てが溶けるように混じり合い、やがてシャボン玉にも似た半透明な球体へと姿を変えた。
「ヨシマサ……?」
まるで、何かの卵だ、と、渡瀬は思う。
直後、球体は不定形に不規則に鳴動し、脈動し、蠢動する。
何かが生まれる、いや、違う。今まさに、あの中で、命が食われているんだ。
漂う、漂う、命の枯渇、消滅、訪れたる死の気配。弾けて消えたシャボン玉のように生命を糧に殻を破り、誕生したるそれは———|見えない怪物《インビジブル》。
声無き声を上げるように、空気が僅か、波打った。
ムーンストーンの魚が、優雅に宙を泳ぐ。その軌跡か、幾つもの波紋が静かに生まれては消えていく。長い鰭を優雅に靡かせるベタにも似て、ころりと愛嬌のある金魚の体にも似て、非なる存在。ゆるりと優美漂う無数の長い尾は、海月の触手のようでオーロラを閉じ込めたレースにも花弁で結われたリボンにも見える。どこか愛嬌のある容貌の中、赤く澄んだ琥珀の様な眼球が、唯一ヨシマサである事を伝えているようだった。
「ヨシマサ」どこか呆然と呟く渡瀬に、その|見えない怪物《インビジブル》がにいっと笑った気がした。そのまま彼は姿を消す。ぽつん、ぽつん、ぽつん、波紋のような軌跡が、光の元へと進んでいく。
「……命を賭けてでも、か」
呟きながら、渡瀬は自らの体を見た。
シアニのミニドラゴンの力もあって、怪我は大分癒えている。けれども、だからと言って今、最前線で戦えるかと言えば、答えはNOだ。仲間の為と能力を行使し続け、尚且つ死ぬ程の大怪我を二度も負った体は、もうとっくに限界だ。体力なんて地の底の底の底にまで落ちている。本来ならば観客席で見守る方が正しいのだろう。けれども、
「……死に掛けには、死に掛けの戦い方があるもんな」
まだ、それでもまだ、自分にやれることがあるのなら……。
掌に灯る蒼い炎。渡瀬は静かにそれを握る。
●勇気と無謀
光が、迫り来る。
思わず一歩、後退りそうになるのを堪える。
前に、進む勇気はなかった。今、この場にこうして留まっているのが精一杯だった。
酷く目が乾いている気がするのに、その光景から目を逸らせないのは何故だろう。
ひとり、またひとりと、仲間達が光に向かう。その背中をずっと見つめる。
なあ、どうして、どうして皆、走り出せるんだ———
ごくり、と、息を飲む感覚に、ゼロ・ロストブルーは我に返る。
瞬きの間、意識を囚われていたとでも言えばいいのだろうか。遠く、遠く、既に忘却近くにまで進んでいた現実という感覚がじっとりとした湿度を孕んで舞い戻って来る。思い出したように息を吐いて、そして、頬を伝う冷たい雫を拭う。直後、ゼロは自分が予想以上に汗をかいていた事に気が付いた。はぁ、はぁ、と、浅い呼吸を整える。
「天使の力が、こんなにも強大とは……」
依然、視線は目の前に釘付けとなったまま、吐き捨てるような台詞が零れた。
最初に断っておくが、ゼロは決して臆病者でも戦闘経験のない一般人でもない。今でこそ現場を退いてはいるものの、むしろ、数々の修羅場や死地とも呼べる戦場を潜り抜けて来た歴戦の冒険者だった。故に死を間近に突きつけられる経験はなにも今回が初めてじゃない。大きな実力差のある強敵との対峙もそうだ。それなのに、いや、それだからこそ、ゼロはその絶対的な力の差を理解していた。いっそ何も知らなければ、無謀な一歩を踏み出せたかもしれない。ただの希望で己を塗り潰し、仲間達の背を追い掛けていたのかもしれない。けれどもゼロの経験が、知識が、それを躊躇わせる。できない。正しく命の重さを理解しているが故、理解し過ぎているが故、その一歩を踏み出せば、そこに待つのは———
「ゼロさん」
「っ」
大丈夫ですか?
ふっと聞こえた声。その声の主に焦点を合わせる。
|見下・七三子《みした なみこ》が心配そうにこちらを覗き込んでいる。そのすぐ側では、水垣・シズクも同じようにしてこちらを見つめている。どうにか平静を装おうとして、けれどももう取り繕う事が出来ない程に、精神が疲弊しているのをゼロは感じていた。大丈夫。そう言いながらまた、呼吸を整える。大丈夫?なにが?意図せず自嘲的な笑みを浮かべれば、見下も、水垣もまた、自分と同じく酷い汗をかいていた事に気が付いた。
「……悪い、少々、圧倒されていたみたいだ」
「いいえ、気にしないでください。正直、私も驚いてます。天使の力がこんなにも大きいなんて、思いも寄らなかった」
「はい、そーですね。なんていうか、決意は決めてたはずなのに、それが全部、はぎ取られちゃったような、そんな感じがします」
「ああ……非能力者は死を覚悟して欲しい、か。星詠みの言う事は、強ち大袈裟な表現じゃなかったという事だな」
「むしろ、優し過ぎる忠告だったのかもしれません」
「ええ……」
彼女達の視線の先には、仲間達の背中がある。
既に、皆、満身創痍だ。先の戦闘の傷も相俟って、傷付いていない人間は誰一人としていない。「どうして……」ぽつりと零した見下に、ゼロも、水垣も、問い掛ける事はしない。その後に続く言葉が理解出来たからだ。見下も、そして水垣もまた、自分と同じく理解しているのだろう。理解してしまったのだろう。臆病風に吹かれたといえばそれまでかもしれない。けれど、勇気と無謀は違うのだ。無謀になれない理由がある。悪戯に命を投げ捨てるような真似を良しと出来ない理由がある。誰かの為に命を賭けられるのは、勇気ある素晴らしい事だ。けれどもそれは、誰かを言い訳にした自己満足。ただ闇雲に命を投げ出す事とどう違うというのだろうか———
「どいつもこいつもボロ雑巾ばっか!」
不意に、不満たっぷりの声を上げたのは|梅枝・襠《うめがえ まち》だった。
彼女もまた、二人同様に酷い汗を掻きつつも、鋭く目の前を睨み付けている。彼女もまた、先の戦闘で大怪我を負った一人だった。あらぬ方向に曲げられた手足は元に戻ってはいるものの、違和感や傷みが消えないのだろう。しきりに片手でもう片手の関節や肩を触っては、ふーふーと荒い息を繰り返している。
「梅枝さん、もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫?大丈夫って何?あたしの腕?腕の事?だったらごらんよこの通り。小槌も掴める、ティーポットだってちょちょいのちょいだ。なのに嗚呼、ゴキゴキバキバキ、不自然だ。バラバラになった時計みたいに、あたしの骨が全部別々の時間を刻み始めてせいだちくしょう。それなのにティータイムだけは止まらない!骨なんてあっても不便だよ。お茶こぼすからね!!」
「ええっと、要するに、動くまでは治ったけどもまだ痛いし腹立たしいしやってられないという事ですかね……なら無理せず休んで、いや、ここから逃げた方がいいかもしれないです」
「逃げる?逃げるって何?なにから?どこから?誰から?」
「え、それは……」
「夢から覚めたって鏡から出たってアリスはアリス、結局ぐるぐる永遠にくるくるの|堂々巡り《コーカス・レース》じゃないか。そんな事よりもほら見て!あたしが気になっているのはアレだアレ!青い薔薇!!どうしてあんなに薔薇が青い?!薔薇が青いぞ!!」
指差す先には、少女のベッド覆う青い薔薇。
一体あれが何だというのだろうか。はぁと、揃って言葉を返しつつも、ゼロと見下は梅枝を見た。不思議な事に、彼女の目はずっと真剣で、ずっと真っ直ぐで。歯を食いしばってでも這ってでもここから進もうとする強さを感じる。
「赤い薔薇、白い薔薇、青い薔薇、どんな薔薇でも薔薇は薔薇だ!星詠みのガキだって言っていた。だから、薔薇は赤なんて時代錯誤な決まり事はやめだ!!薔薇の迷路から覚めるならば起きるしかない!でも輪廻輪廻輪廻輪廻、輪廻は出口のない迷路だ。結局迷路で|堂々巡り《コーカス・レース》。なら、あたしは|眠り姫《アリス》を尊重する!」
ぐっと力を込めて、梅枝が小槌を握る。歯を食いしばる。
「梅枝さん、それって、えっと、あなたはリナちゃん達、ああえっと、寝ている女の子をそのまま眠らせてあげるんですか?」
「そうだよ。目覚めるってまた生まれろってことだろ?また壊れろってことだろ?———それでもお茶会だけは終わらないって、誰が決めたんだい!!?終わるわけないだろ!!お茶会だぞ!!!お茶会は続けるべきだ!」
「お、お茶会って……ああ、そっか、あなたは夢の中で、素敵な夢を見続けて欲しいんですね」
こくんとだけ頷くと、梅枝は二人から踵を返すようにして光へと向き直る。
最後「あたしは|眠り姫《アリス》を尊重する。アリスのティーパーティはアリスのものだ」そう言い残して、彼女は駆け出した。
残された三人には、彼女の言葉の真意はわからない。けれどもなぜか、こう言われた気がしてならなかった。「彼女の為に、出来る事をやる」と。そこに立ち塞がるものが例え天を貫く程の壁でも、構わないのだろうか。その壁を乗り越える事も、打ち崩す事も、難しい事ではないのだろうか。梅枝の背を見る。仲間達の背を見る。彼らの背中は真っ直ぐに、信じる者を直向きに信じている。ああそうか。一歩を踏み出す、その力を勇気と称するか無謀と称するか。それもまた、自分の自由だ。
「うさぎのお姉ちゃん、行っちゃった……」
ぽつり、落ちる震え声。三人が振り向く。
リナと同様に助け出された子ども達、その数、10にも満たない子供達が、そこにいる。
「大丈夫かな。お姉ちゃん、すごい怪我してたよ?」
「ねえ、あれはなに……?ねえ、ぼく達、どうなっちゃうの?」
「アマナ先生、死んじゃった?リナちゃんは?ナナちゃんは?みんな、みんな、死んじゃったの?私達も死ぬの?ねえ、死ぬの?」
「大丈夫だよ。おとうさんがいるからね。みんな、みんな、守ってあげるよ」
「本当?」
不安そうな子供達の視線を一身に受けながら、ジョン・ファザーズデイが彼らをその長い手足で抱き締める。鳥籠頭の中では、心を落ち着ける焚火の様な炎が、やわらかくもあたたかく燃え続けている。彼の表情は分からない、故に、そこから推測できる筈の心情すらも知り得ない。けれどもそのやわらかくもあたたかい炎は強く輝く。時折不安そうに揺れるそれに、ああ、彼もまた、戦っているのかもしれない、と、心が告げた。
「さあみんなおいで。ここなら何も怖くないよ。おとうさんが、いや、おとうさん達が全部終わらせて来るからね。この中で、いい子にお留守番できるかな?」
———|みんなの居場所《ミンナノオウチ》
淡い、淡い、蛍火の様な優しい輝きが満ちて来る。
それは子供達を包み込むように広がり、やがて小さな小さな家となった。
絵本に出てくるような可愛らしいその家の中には、彼らにとって残酷過ぎる程の幸せに満ちている。ひとり、またひとりと扉を潜る。リナが見ているものが夢ならば、この家もまた、彼らが見せたひとつの|夢《幻想》なのだろう。「みんな、いってくるよ」「いってらっしゃい」そんな極々普通の、日常の一コマのようなやりとりを終えて、ジョンが扉を閉める。彼はそのまま、そこを守らんと静かに身を構え、光と対峙した。
ふっと、水垣が静かに目を伏せた。そのまま瞼の奥に力を集中させる。そして、そこを開くと同時にぱちんと指を打ち鳴らす。直後、ジョンのすぐ後ろに、透明な帳の様な不思議なヴェールが下りてくる。蜃気楼のように景色を僅かに歪ませるだけの、決して目には見えないそれは、けれども奇妙な違和感を伴って、ジョンの後ろと前とで、確かに世界の境界線が出来ている。
「おやおや、これは一体?」
「空間を少し区切らせてもらいました。厳密には違いますが、簡単な結界みたいなものだと思ってもらっていいですよ。子供達への影響を遮断しましたから、万が一の時に距離を取る時間ぐらいは稼げると思います」
「ああ、そうなのかい。ありがとう、リトルレディ」
「いいえ。ありがとうはこちらの台詞ですよ。私は戦う力が殆どない、というか、戦いに使ってはいけない力が多過ぎるって言った方が正しいのかな。自分の気持ちのままに全ての力を解放して使えばどんな事になるか、どんな結果を招くかをよく知っています。だから、このまま私が突っ込んで、大きな力と力のぶつかり合いを想像してちょっとだけ怖くなっていたんです。相手の予想外の強さに、驚いてたのもありますけどね」
情けないなぁと苦笑する水垣の頭を、ぽんぽんとジョンが撫でる。
「怖い事は悪い事じゃないよ。臆病者の台詞でも、卑怯者の行動でもない、当たり前なんだ。だって、どう考えたって怖いものは怖い。それはおとうさんも一緒だよ。君の怖さはね、リトルレディ、きっと、自分を大切にする強さとみんなへの優しさなんだ。大きな力でみんなを巻き込まないように、一生懸命考える為に必要なものだったんだよ。現に君は今、子供達の為に力を使ってくれた。使ってはいけない力じゃなくて、使っていい方の力の使い方をきちんと思い出してくれた。それはとてもとても素晴らしい事だ、花丸をあげよう」
「ジョンさん……はい、ありがとうございます。私は、私に出来る事を、私の戦い方をしてきます」
「いってきます」「いってらっしゃい」そんな当たり前の挨拶を交わす。
凛と瞳に輝きを宿し、駆け出していく水垣の背中を、ジョンが、ゼロが、見下が見送る。
「私の出来る事、私の戦い方、か……」
「そうだな……」
奇しくも2人は揃って同じ方向を向く。
そこには、ジョンの家に入る事も忘れたかのように、立ち尽くす父親の姿があった。
●目覚めし薔薇
声が響く。高らかに、雄々しく、空を突き破る様な、幾多の声が。
弾丸が飛び交い、剣が舞い、拳が、槌が、光の殻を打ち砕かんと放たれる。
質量を伴う強大な力、リナが放ち続ける光は、いわば彼女を守る巨大で強固な盾だ。
如何なる攻撃をも防ぐ|イージスの盾《絶対的な防御障壁》ではないものの、活路を塞ぐ絶対的な障害である事には変わらない。音もなく、強い手応えで弾かれる感覚に、エレノールは眉を寄せる。
「くっ!随分と分厚い壁ですね……っ!!」
「ね!?叩いても叩いても弾かれてばっかり!」
ブォンと低い旋律を奏でながら、シアニが大槌を揮う。
金槌でゴムボールを思いっきり叩いた感覚とでも言えばいいのだろうか。ぐっと押し込めば押し込む程、ほぼそのままの反動が己の体を弾き返すのだ。
「厄介ね、リナちゃんまでの距離が遠いわ」
「ね、まるで歯が立たないって訳じゃなさそうなんだけどな」
「ええ、確かに、そう、ね……!!」
アンナが続け様に弾を打ち込む。
カレンが、清音が、その弾を追い掛けるように接近し、当たるも八卦当たらぬも八卦の|博打撃ち《バクチウチ》、直後に振り翳されるは|黒鉄の拳《フォーティ・キャリバー》、休む事無く同じ場所に連撃を叩き込む。即座に光の中に穴が出来た。カレンの拳と同等の大きさのそれは、けれども留まる事無くすぐさま周りの光が補い、修復してしまう。
「削る事自体は出来ても修復が早過ぎるわ!何とか修復しきる前に穴を空けないと!」
万が一、修復に巻き込まれ、光に吞み込まれでもしたら。
命あるものは終わりを、命無きものは崩壊を、形なき者は消滅を、正しく、等しく、迎えてしまう。待っているのは何もない、『無』、そのもの。
「だったらコツコツ削っている場合じゃないな……シアニ!動けるだけでいい!ミニドラゴンをありったけ貸してくれ!!範囲攻撃で一気に吹き飛ばす!!」
「りょーかいだよっ!ミニドラゴンちゃん!!」
笛の音のような鳴き声が重なる。
クラウスの背後、まるで訓練された兵隊の様にずらりと横一文字に並んだミニドラゴンが、パカリと口を開ける。その中で轟々と渦巻くのは、炎すら焼き尽くさんばかりの地獄の業火。
クラウスも片手を天へと突き上げる。彼のその動作に合わせるようにして雲間を裂きその姿を現したのは、人類が開発した決戦気象兵器「レイン」。雨の名、その名に相応しいそれは、無数の目を持つ雲の化け物のようにも見えた。次々と開かれたその目の中に、青白い光の粒子が集中する。
Master IP:クラウス・イーザリー complete
Access complete、System All Green、All complete/True
Target lock、Energy Charge50%、70%、90%……Complete!
「雨に呑まれて散れ—————|白雨《ハクウ》!!!」
クラウスが片手を振り下ろした瞬間、装填された凄まじいエネルギーが「レイン」から一斉掃射される。その粒子の軌跡はまさに雨だった。本来ならば超巨大生物の殉職に使われるであろうそれは、光すらも飲み込む粒子の豪雨となって強固な盾を打ち払う。そこに続くミニドラゴン達の火球、火球、火球。その業火は光を焼き、渦を巻き、打ち払われた盾の向こうに、確かな道を作り出した。
「今の内だ!走れる奴は一気に進め!!」
再生なんて、絶対にさせない。クラウスの強い意志が、仲間達の足を動かす。
ミニドラゴン達の砲撃の合間に「レイン」のエネルギーを装填し、休む事無くクラウスは「レイン」を、白き雨を降らし続ける。「負けるなミニドラゴンちゃん!!」両手を高らかに天に構えたシアニが、自らのエネルギーをミニドラゴンに送り続ける。
「狭い場所は、任せなさい!」
——————|乱痴気騒ぎ《ランチキサワギ》!!
清音の黄金の目は、再生を始めた光を逃さず、縦横無尽の弾丸で撃ち抜く。
光の中を駆けて、駆けて、駆けて、最初に辿り着いたのはカレンだった。
ベッドの中、眠るリナに手を伸ばす。漸く、漸く、手が届く。起こさなきゃ。
「リナちゃ———」
「カレン——————!!!」
どんっ、と、横から体を押された。即座に、パァンッ、肉の弾ける音がした。
え?と頭が思考を止めた。何が起こった?一体、何が?
即座、視線を向ける。カレンの見開いた瞳の先にあったのは、血塗れの蔓。リナの眠るベッド、その周囲に咲き乱れている薔薇のそれだ。まるで意志を持ったかのように、蠢く蔓が、茎が、葉が、花が、静かに牙を向いたのだ。何人たりとも、この眠りを邪魔する事は許さない、そう言わんばかりに無数に蠢く青い薔薇がある。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
一瞬遅れて、聴覚が認知する。木霊する絶叫、絶叫、少女の悲鳴。そして、雨の様に降り注ぐ、真っ赤な鮮血。棘を纏う鋭い蔓が鞭のようにしなり、アンナの肉を撃ち、そしてその両の足の太腿を、その骨の髄までをも切り裂いたのだ。どさり、と、アンナが地に伏せる。ごとり、と、肉体から別たれた両足が、地を転がる。彼女の掌から|特殊弾生成小箱《とてもだいじなもの》が転がり落ち、真っ赤な水溜まりの中に沈んだ。
「アンナ……?」
カレンが息を飲む。「「カレンさん!!」」名前を呼ぶ二つの声。
眼前に迫り来る薔薇の攻撃を、エレノールが、リリンドラが切り裂く。
奮闘する彼女達の姿が、まるで蜃気楼のようだった。それよりも尚、鮮明に見えて仕方ないもの、赤い、赤い、血溜まりの中でピクリとも動かず倒れ伏す相棒。
「アンナ!!!アンナ!!!!」
駆け寄る。体を抱き上げる、呼び掛ける。けれどももう、彼女に意識はなかった。
カレンの腕の中、青い顔をした少女の体が痙攣している。その体温が、血液と共に流れ出していく。冷たい、冷たい、冷たい。カレンの頭がその状況を正しく認識した瞬間、さあっと全身から血の気が引く思いがした。心臓に氷の弾丸を打ち込まれたかのような寒さが走って、目の前が暗くなっていく感覚。わかってた、覚悟はしてた。自分はいつ死んでもおかしくないって、覚悟はとっくにできてるからってアンナはいつも言っていたから。突然の交通事故に遭って呆気なく命を落とすみたいな出来事が、今、起こっただけ、起こっただけなのに。体が震えて仕方ない。アンナを抱き締める腕に力を込めて自分の体温を移そうとしても、どんどん、どんどん、冷たくなっていく。呼び掛ける、起きない、起きない、起きない———ねえ、どうして、どうして!!?
「カレンさんどいて!!」
「っ!!」
滲み始めた視界の中で、片翼の翼を広げる少女の姿が見えた。
それは猛禽類の翼にも似て、けれども竜の骨格を持った、幻想生物の翼。それがばさりと、目の前に舞い降りる。赤い紙、褐色の肌、異国の海ともオーロラの卵とも見える瞳の少女———リリンドラ。
彼女はアンナの姿を見、一瞬だけ酷く顔を歪める。
「リリンドラさん……っ」
「大丈夫、必ず助けるわ!」
———|正義恢復《スベテノモノニイヤシヲ》!!!
片翼の翼が羽ばたく。光の羽根が宙を舞ってまるで静かな水面にそっと舞い降りるかのようにアンナの体へと落ちる。途端に、彼女の体が淡い光に包まれた。あれだけ酷かった出血が止まる。切り離された両足をリリンドラが押し当てれば、光の羽根が羽ペンの様に軽やかに動き出し、縫合していく。それでも尚、アンナの顔色は戻る事無く、未だカレンの腕の中で糸の切れた人形のようになっている。
「アンナ、アンナ……っ」
「出血は止めた、足ももうじきくっつくわ。後は……|彼女《非能力者》の体がこの急速な再生能力に耐えられるかどうかね」
「そ、そう……ありがとう。だ、大丈夫、きっと耐えられるわ。アンナはいつも、一緒に修羅場を潜り抜けて来たんだもの、きっと、きっと、大丈夫、だいじょうぶよ……」
「ええ、信じましょう。アンナさんならきっと大丈夫」
「……ええ」
動揺したところで仕方ないのに、声の震えが、どうしたって隠せない。
足のくっついたアンナ、出血の止まったアンナ、けれどもまだ、目を覚まさないアンナ。
「カレンさん。とりあえずアンナさんを光の外へ!万が一飲み込まれでもしたら、今度こそ完全に死んでしまうわ!!」
「っ!わ、わかったわ……!!」
体はまだ、冷たい。過る最悪の予感に、早鐘を打つ心臓に、息すらも氷付きそうだった。
それでも軽く首を振って、カレンは駆け出す。彼女を追って伸ばされた薔薇の攻撃は、リリンドラの剣が弾き飛ばす。目の前で奮闘するエレノールの背に背中を預ける形で剣を振る。
「くっ、一筋縄ではいかないのね……!!」
「それだけ彼女の、いえ、彼女達の思いが強いという事なのでしょう……!或いは、それだけ強く、世界を拒絶しているのかもしれません」
「そう……世界を、ね。わたしにはあの子の気持ちはわかり兼ねるけど、それでも純粋で優しい子が生きるにはこの世界は厳し過ぎるかもしれないっていうのはわかるから」
「そうですね……でも、だからと言って私は諦めて欲しくない!!」
四精霊の剣が光を放つ。
一撃、二撃、三撃、立て続けに剣を振り、茎を、蔓を、ばらばらと地に落とす。
その隙を縫うように発射された棘の雨は、リリンドラの大剣の一薙ぎによって彼女達へ届く事は無かった。
「わたしも同じよ!その為には、あの子に声を届かせる!届かせて見せる!」
「ええ!今、そんな余裕がないのが悲しいくらいですけどね」
「せめて、この羽根をあの子に落とせれば、動きくらいは止められるのに……」
「隙を、見つけましょう」
「ええ」
あなたは触らないでね。そう悪戯っぽく続けるリリンドラに、ええ。短くエレノールが返す。
リナまではほんの少し、その少しの距離が、遠い————
——— 一方で
「み、ミニドラゴンちゃん、負けるなァァァ!!頑張れェェェェェェェ!!!」
絞り出すような声で、シアニがその全身の力をミニドラゴンへと送り続ける。
時間にすればほんの僅か、10分にも満たないその時間。然しながら、彼女のエネルギーはどんどんと、壊れた蛇口のように止めどなく消費され続けていく。膨大なエネルギーを壊し続けるには、同じく、膨大なエネルギーが必要とされるのだ。声を枯らして、それでも懸命に火球を吐き続けるミニドラゴン達。その少し前方では、片膝を付いたクラウスが、全身で脂汗をかきながらも「レイン」を操作し続けている。
Error、Error、Error……Signal Red.
An insufficient supply of fuel. An insufficient supply of fuel.
Cease the attack immediately. Cease the attack immediately.
「うるさい、そんなもの聞けるか!!」
ここで攻撃を止めたら、光の中にいる仲間が消える。
「かまわない!絞り出せ!!命なんかいくらだって削ってやる!!」
「クラウスさん……っ!ミニドラゴンちゃん!あたしの力、もっともっと使って!!遠慮しなくていいから!!!クラウスさんの負担を減らすんだ!!!!」
笛の音のような鳴き声が高らかに響く。
刹那、壊れた蛇口なんて、生易しい表現じゃない。決壊したダムの様にシアニの体からエネルギーが抜けていく。たまらず彼女も膝を折った。肩で息をして、それでも歯を食いしばって、シアニは耐えている。
「シアニ……っ、無理、しなくていい!ここは俺が、」
「やだ!!!!やだやだやだやだっ!!!」
「やだってお前、」
「嫌なものは嫌ーっっ!!!!リナ先輩を助ける!みんなも死なせない!あたし、欲張りなんだよ。それにね、頑張ろうクラウスさん、一緒に!踏ん張るぞー!!!」
「ふっ、ああ———!!!」
共に歯を食いしばって、二人は真っ直ぐに目の前を見据える。
光の中で、何かが起こったのか、アンナを抱えたカレンがこちらへと駆けて来る。彼女達を援護するように銃弾を放つ清音の姿もある。奥には勿論、リリンドラとエレノールの姿があった。
「カレンさん!アンナさん!清音さん!!」
「なにがあった?!アンナはどうした?!」
「アンナは、その、リナちゃんに近付いた時に、っ、」
「私が、説明するわ。とにかく、少しでも、落ち着ける場所、に、彼女を」
「……はい」
やるせない顔で、カレンが去っていく。
ふっと、ひとつ息を吐きながら、清音が口を開いた。
「貴方達の、おかげで、リナちゃんの元には、辿り着いたわ……でも、彼女の薔薇、ベッドに巻き付いて、咲き乱れていた、アレが、意志を持って、攻撃、してきたの。アンナさんは、それを受けて、今、意識が無い状態よ」
「なんだって……じゃあ、リリンドラとエレノールは」
「今、それと交戦中、ね。残念だけど、リナちゃんに、声をかける、余裕はない、そんな感じよ」
「そんな……っ?!」
刹那、がくんとシアニの体から力が抜けた。クラウスも厳しい表情で片目を瞑る。
豪雨が、炎が、その勢いを僅かに弱めた。光の道が細くなる。清音が静かに目を細める。
「時間が無い、わね……私は、戻るわ」
「ああ、っ、正直、俺達もいつまで持つかはわからない……!!」
「お願い、清音さん、」
「ええ」
短く、それだけを言って彼女は駆けて行く。
遠くなる背中。不意に、景色がぐらりと揺れる。張りたい意地とは裏腹に体は素直に限界を訴え続けている。「ぐっ」と重たい呻きがクラウス口から零れた。シアニが地面に両手を付いて、体を支える。
「踏ん、張れよ……!!」
「う、んんんんんっ!!!」
啖呵を切ったからには意地を張る。
負けない。絶対に負けない。負けるわけにはいかない。
けれども、その気持ちとは裏腹に、体力はどんどんと削られていく。
せめて、もう一人、誰かが加勢してくれたら———
奇しくも2人の脳裏に同じ言葉が過る。
そうしてまた、ぐらり、目の前が揺れた時だった。
「「?!」」
彗星が、通り抜けた。
粒子の雨、火球の砲撃さえも貫くかのように、その彗星———高出力ビームショット・|超越臨界砲撃《オーバークライム・ブラスター》が駆け抜ける。細く、細く、今にも閉じてしまいそうな光の道は、その一撃によってまた大きく開かれたのだ。
「今のは……誰だ?」
「何?何?何が起こったの?」
体なんとか動かして、二人は彗星の軌跡を辿る。
長い鰭を優雅に靡かせるベタにも似て、ころりと愛嬌のある金魚の体にも似て、非なる者。
どこか愛嬌のある顔をした不思議なインビジブルが、にや、にや、と、まるで笑みを浮かべるかのようにそこに揺蕩っていた。
●それぞれの戦い
粒子の雨が、降る。炎の砲撃は止むこともなく続く。
金髪の髪の少女が、銀髪の髪の少女を抱えて連れて来た。
死体にも人形にも似た、綺麗な顔で、銀髪の少女は横たわっている。
なんだろうか、これは。
なんなんだろうか、これは。
目の前で起きている筈の出来事が、こんなにも遠い。
衝撃的な出来事が立て続けに起こっているせいで、脳の許容量はとっくの昔に限界を迎えてしまっているみたいだった。そこにいるのは確かに自分なのに、体も、心も、まるでバラバラで自分じゃないみたいだった。ここに居る自分は、なんなのだろう。例えるならそう、ただ、息をするだけの、ただの|人間《オブジェクト》。何も出来ない、何の感情も抱く事が出来ない、ただの———。
「失礼します、マリーゴールドさん……リナさんの、お父さんですね?」
「……?」
呆然とする父親に、声を掛けたのはゼロだった。
彼の片手にあるのは、型の古いフィルムカメラ。既に何かを撮影していたのか、もう片方の手でカメラのフィルムを巻くような動きをしつつも、彼の目は、父親の目を真っ直ぐに捉えている。
「俺、いや、私はこういうものです」
「……オカルト系、ルポライター?」
「はい」
訝しげに眉を寄せる父親。
その目がゆっくりと焦点を結び始めたのを確認しながら、ゼロは言葉を続ける。
「僭越ながら、この集団行方不明事件についても取材及び調査をさせて頂いた身です。こんな状況下でのお話になってしまい大変申し訳がございませんが、私はルポライターとしてこの事件の真実を記事にしてお伝えしなければならないと、思っております。
大変端的な発言で申し訳御座いません。マリーゴールドさん、私は今回の事件、全ては貴方、いえ、リナさんのご両親が原因と考えています」
「なっ!?なんだと?!」
心底心外だと言わんばかりに、ますます父親の表情が歪む。
幸か不幸かは知らない。けれども彼の目には、はっきりとした意志が宿った。
「どういう事だ!少なくとも私達は事件は引き起こしていない!!第一娘もその行方不明事件の被害者だろう?!!!なぜそれで我々が加害者になるんだ」
「失礼、私の方からは加害者とは申し上げておりません。ただ、そうですね、事件の原因、という言葉から察して頂けたように、それと同じニュアンスで受け取って頂いて結構です。マリーゴールドさん、天使病という言葉はご存じですね?最近流行しております、人から能力者紛いの種族になるという後天性の突然変異の事です。変異後は、個人差はありますが、魔法のような能力を使えるものも存在する。そして、貴方の娘であるリナさんは、その能力を有している存在です。ナナという少女に対して、貴方は「リナの力の産物」だとおっしゃっていました。ご存じないわけがありません。彼女がいつ、どこで、どうして天使になったか、能力を有していたかは存じ上げませんが、私は彼女が天使化から能力を有するまでのその一端を担ったのは貴方方ご両親にあると考えています」
「それは……なぜ」
「貴方方がリナさんに対して、虐待紛いの教育を行っていたからです」
「っ!!」
「お耳の痛いお話であることは重々承知の上です。が、今この場所で起きている最悪は貴方が引き起こしたのもまた事実です。あの時、何故リナさんに手を上げたのですか?また、リナさんのみならず、ナナという少女にまで貴方は手を上げた。リナさんの発言から、あの時、貴方が彼女の無事を喜んでいれば、ただ抱き締めてあげていれば、少なくともこんな事は起こらなかった。この事件は全て、彼女の寂しさが誰かを求めた末に起こされた事件です」
そう言いながら、ゼロはフィルムカメラとはまた別の、デジタルカメラを取り出した。
それを軽く操作しつつ、その画面上で撮影された写真を表示する。父親にそれを突きつけた瞬間、彼の顔色が変わった。リナが頬を叩かれた瞬間、ナナが暴力を振るわれている瞬間、その瞬間を確かに捉えた写真を突きつけられた父親は、腹の底からの怒りや焦燥を表出させ、ゼロを睨み付ける。
「私はコレを記事にします。リナさんとナナ、彼女達は家族に受けた虐待行為の末に天使となり今回の事件を起こした挙句、世界を滅ぼす一端を背負わされた。彼女達は被害者であり、子供達は巻き込まれた二次被害者だと、それを余すことなく真実として書き綴ります」
「なんだと、そんなことをしたら」
「ええ、貴方達は社会的に死ぬでしょうね。それまで築き上げてきた地位も名誉も何もかも終わりだ」
「……あんたっ、一体何が望みだ。金か?それとも何かしろのコネクションか?」
「ははははは……そんなもん|いらないね《くそくらえだ》」
それまで穏和で真面目だったゼロの空気が瓦解する。
顔色一つ変えず、淡々と言葉を発するだけだった彼の口から洩れたその一言は、周囲の人間を沈黙に陥れる程の圧が込められていた。
「まどろっこしく脅すような真似をしてすみません。でもね、マリーゴールドさん、あんたはもう少しだけ現実を見た方がいい。今ここで何が起きているか、どうして起こってしまったのか。正しく、きちんと理解して欲しい。全てがあんたのせいであるとは言いたくない、でもな、全くの責任が無いわけじゃない。それはもうわかっているんだろう?リナさんは今、世界に絶望してそれごと自分自身も壊そうとしている、何もない、永遠に閉ざされた世界に行こうとしている。我々はそれを止めたい、そんな絶望的な結末なんてクソくらえだ!その為にはあんたの力が必要なんだよ!!」
「っ!……だ、だから何だって言うんだ!世界だ?リナがどこかに行ってしまうかもしれない?それがどうした!!!私達になんの関係があるというんだ!!ああどこにでも行ってしまえよ!願ってもない事だ、あんな娘、あんな出来損ない、いっその事殺して———」
「っ!!」
パァン———ッ!
乾いた音が鳴り響く。
その音を鳴らしたのは、見下、だった。
彼女の平手が、リナの父親の頬を打つ。「なにを、」と抗議の視線を送る父親の胸倉を素早く両手で掴み上げ、けれども静かに俯いたまま見下は肩を震わせている。
ぎりり、と、歯を食いしばる音が聞こえた。胸の内から溢れる言葉を、堪えて、飲んで、押し込めて、そうして今にも叫んで怒鳴り散らしたい衝動を漸くと抑えて、彼女は絞り出すように言葉を零す。
「……殺す?殺すってなんですか?咄嗟に出た言葉でも、言っていい事と悪い事がありますよ。それとも、それがあなたの本音なんですか?」
「だったらなんだと、」
パァン———ッ!と、もう一度、乾いた音が鳴る。
直後、「だったら、身勝手にも程があります!!」と見下から発せられたその声は、未だに聞いたことも無い程に怒気と悲しみを帯びたものだった。怯む父親の、胸倉を掴み直す。「離せ」と抗議されたところで、否、離すわけがなかった。
「……将来を心配するが故?周囲の批判に疲れた?いつも一番近くに居てくれた筈の大好きな人達から、ずっと、ずっと批判され続けた子供の気持ちも想像できない癖に、なに被害者ぶってるですか……。子供を育てたことがないものにはわからないとか、そんな事ばっかり言って、理解してくれる人がいない私達は可哀そうって線引きして……!!お父さん、あなたは馬鹿なんですか!?」
感情のまま、溢れる涙に構わず顔を上げる。
ぐっと両手に力を込めれば、質のいい衣類がぐしゃり、またぐしゃりと握り潰されていく。ぎりり、と、また、歯を食いしばった。言葉をまた、堪えて、飲んで、押し込めて、何も言えなくなる。
本当はこのまま、父親のその行いを、その全てを非難してやりたかった。お前なんか父親失格だと酷い言葉をぶつけて罵ってやりたかった。リナの受けた苦行をその身に味合わせてそして、どうだ分かったかとでも言ってやりたかった。でも、見下は知っている。あの時、あの家の中で見付けたもの、あの家で見せた彼の苦悩。それが沸騰しきった彼女の頭の中で唯一冷静な、いや、やわらかな良心となってそれを止めるのだ。
「……っ、あなたが天使病の事、何処までご存じかは知りません……。私達だって、あの病気については分からないことだらけです。でも、でもっ、少なくともあの病気は、心の汚れた人間は掛からない。綺麗な世界で、綺麗なものを真っ直ぐに信じている子にしか掛からないんです」
ぼろりとまた、涙が溢れた。
「ねえお父さん、この病気にかかる人は、本当に優しくて素敵な心を持っているんですよ。
勉強以外の、リナちゃんの素敵な所、なぜ、素敵だと思えなかったんですか?見て見ぬフリみたいなこと、しちゃったんですか?お兄ちゃんを失って辛かったのは、あなた達だけじゃなかったはずです。それなのに八つ当たりみたいにリナちゃんを追い詰めて何がしたかったんですか?そうやって追い詰めておいて、追い詰められたことを非難するなら、貴方達に後ろ指をさした人達と全く同じですよ?」
「っ、」
「ねえお父さん、あの時、私の手を取ってくれたのはどうしてですか?」
———もしかしたらね、リナちゃん、連れ攫われちゃうかもしれません。手遅れになる前に、迎えに行きましょう?
あの時の彼は、どんな表情をしていたのだろうか。
氷の様な無表情だったか。疲れ切った父親のそれだったか。それとも、焦燥感を滲ませたものだっただろうか。つい先程の出来事なのに、上手く、思い出す事が出来ない。けれども、それでも、見下は覚えている。あの手のぬくもりは、確かに人のぬくもりで。あの時握り返してくれた掌は、娘を心配して震える父親のそれだ。
黙ったままの父親。見下はゆっくりと両手の力を抜く。
「……私は、あなたがリナちゃんのお父さんである事を、信じてます。勿論、あなたがリナちゃんにやったことは許せない、許したくもない。でも、あなたは言ってたから……」
———リナの事嫌いかって?!頑張りを見てないかって?!そんなわけないだろうが!!!!いつだって考えてるさ!!自分の子供だ!
「もう少しだけ、もう少しだけ、リナちゃん事、考えてあげてください。リナちゃんの気持ちを、想像してあげてください。今ならまだ間に合うから、ううん、間に合わせますから!リナちゃんが目を覚ますには、あなたの声が必要なんです!!」
「……」
「っ……ここまで言っても考えが変わらないなら、もういいです。一言も話さないで。動かないで」
そう言って、見下は彼から手を離した。
解放された瞬間、彼はその場で尻もちを付く。その顔は、静かに項垂れるように地面を向いていた。何かを考えているのだろうか。それとも何かを言いあぐねいているのだろうか。それは伺えない。そうしてそのまま静かに佇む彼に、見下は、これが最後とばかりに言葉を掛ける。
「もう一度、聞きます。あの時何故、私の手を取ったんですか?このまま、リナちゃんに手が届かなくなっても、いいんですか」
「……」
静かに項垂れたまま、父親は何も話さない。
見下も、それ以上は何も言わず、彼にそっと背を向けた。
●声
「大丈夫かい?」
それは優しい声だった。
「子どもを叩いくのは良くない事だよ。リトルレディと坊やの言う通りさ。でもね、|父親《キミ》の気持ちもね、彼らは理解してくれているんだよ。誰かを叱るのは、誰かの為を想うからこそだ。お父さんならわかるよね。でもキミはまだまだ、お父さんのお勉強中だ。だからわからなくても仕方がないんだよ。大丈夫、大丈夫さ。
おとうさんはキミよりもっとお父さんだから。おとうさんにとっては、キミも『子ども』だ。つらかったね、苦しかったね。よく頑張ったね。偉いよ、とっても偉いよ」
不意に、抱き締められる。
あたたかい。あたたかい。じんわりと体温が胸の内側まで沁み込んでいくみたいだった。
あたたかい、ああ、あたたかいなぁ。そうだ、人は、人間は、あたたかいものなんだ。そんな当たり前の事を、ずっと、忘れていた気がする。ずっと、思い出せなかった、思い出そうとしなかった。
あたたかくて、苦しくて、胸がいっぱいで、涙が出た。その時、気が付いたのは、自分は孤独だったという事。それを認めたくなくて、意地を張って、全てを拒んで、もっともっと孤独になっていたという事。理解した瞬間に、言いようのない虚無感が、同時に、全身を掻き毟って叫び出したい衝動が魂の底から湧き上がって来る。涙が出た。どんどんと溢れて止まらない。ああ、孤独とは、こんなにも寂しいものなのか。リナ、リナ、お前は、こんな気持ちだったのかな……。
——————
突如として現れたインビジブルの存在に、一瞬、ほんの一瞬だけクラウスとシアニは呆気にとられる。表情等ない筈のそれはどうしてだか酷く楽しそうで。謎のインビジブルは、二人のその表情を見、どこか満足そうに尾を揺らし、光への攻撃を再開し始めた。
「敵、じゃあないみたい、だな……」
「う、うん、ちょっとびっくりしたけど、お手伝いしてくれてる、みたい……?」
どこかご機嫌な調子で次々とシアニのミニドラゴンが如く爆拡する炎を巻き散らしつつ、先程の高出力ビームショットを放つ。細くなりつつある光の道がまたしっかりとその幅を取り戻す。願っても無い援軍には違いないが、如何せん謎の多過ぎる存在の援軍だ。敵か味方かの判別も曖昧模糊のままに、それでも休む事無く二人は攻撃を続ける。
光の中には依然、リリンドラとエレノール、そして合流した清音が休む事無く攻防を繰り広げている。と、三人が途端に攻撃を止めた。目を凝らす。彼女達のいる地面が僅かに、揺れている……?
刹那、ドンっという下から突き上げられるような衝撃が走る。光の中心部———丁度ベッドのある場所からドンッ、ドンッ、と、巨大な蔓と茎の集合体がまるで壁のように次々と地面から突き出してきたのである。それを避けるようにして、三人が一歩、また一歩とこちらへ戻って来る。
「おい白ニュウドウカジカ!高出力ビームはやめろ!!」
「にゅ、にゅう?えっと、とにかくビームは駄目だよ!三人に当たっちゃう!!」
ちらり、なんだか不満そうにインビジブルがクラウスを見る。
それでもこちらの言う事は理解しているのか、言う通り、攻撃の手を緩める。必要最低限の道の為だけに打ち放たれ続ける爆音と爆撃を掻い潜って、三人が光の外へと飛び出した。クラウスとシアニが攻撃を止めれば、そのインビジブルも攻撃の手を止める。
はぁ、はぁ、はぁ……。聞こえるのは誰のとも付かない荒い息遣いだけだ。
「大丈夫か?何が。っ、あったんだ?」
「なんか、中ですっごい、壁、みたいなの、出来てたけど、アレは?」
「ええ、そう、ね、説明、したいところなんだけど……」
清音の目が、若干の剣呑さを帯びてあのインビジブルを見た。
ふよふよと漂いながら近付いてきたそれは、先程の白ニュウドウカジカの発言がお気に召さなかったのか、その長い触手?いや、尾?でクラウスの頭をぺしぺしと叩いているようだ。それは何?と、清音が表情もそのままに拳銃を構えた瞬間、
「ヨシマサだよ」
聞こえた声は、渡瀬のものだった。
右側をカレンに、左側を梅枝に支えられるようにして、彼はなんとかこちらまで歩を進めている。最早意識を保っているのもやっとなのだろう。近くに腰を下ろした彼は、両手で自分の体を支えるようにして肩で細かい呼吸を繰り返している。目の焦点を揺らしながら、けれどもいつもの笑みを浮かべて、
「ありがとな、カレン、梅枝」
「ううん。こっちへ来るついでだったし、気にしないで」
「オンボロボロのボロ雑巾なんて零れたお茶も拭けないんだ!なのにまだ使い道があるって聞かないんだから仕方ないだろ?あたしは慈悲深くて信仰深い三月ウサギ!!ボロ雑巾でも拾ってやるんだ!!感謝されればお茶が上手いからね!!」
ふふんと鼻を鳴らす梅枝に、渡瀬は力なく笑みを零す他ない。
心配そうに目を丸める他の面々に視線を送りつつ、渡瀬は未だにぺしぺしとクラウスを叩き続けているインビジブル———ヨシマサへと目を向けた。
「アレは、ヨシマサだよ。間違いなくな。アイツ、カッケーことしたいって。命を賭けてでもこの戦況を有利にするって言って、俺の目の前でああなったんだよ」
「なるほど、そういう事でしたか」
エレノールが酷く納得したように頷いた。
インビジブルは本来、能力者の糧となる者。万能の力「√能力」を使用する際に消費される存在であり、いわば強大なエネルギーそのものである。通常は能力者という殻の中で消費量を調節されて行使されるものに自らなる事によって、ヨシマサという存在はいわばその存在の限りにエネルギー放出し続けられる存在となったのだ。無論、エネルギーは無限ではない。それが完全に無くなれば、ただの|知性無きインビジブルと化す《一時的に完全に死んでしまう》のである。
諸刃の剣も剣、けれどもその剣を嬉々として抜いたのは他でもないヨシマサ本人だ。
「まあ、楽しそうって言うか、アイツなりに全力を尽くしたいんだと思うわ。それよりも、あの中で何があったんだ?お前ら、リナのところまでは辿り着いたんじゃ」
「ああ、ええ、そうね……」
三人が静かに顔を見合わせ同時に頷く。
最初に口を開いたのは、清音だった。
「ええ、辿り着いた、わ……あと一歩、もう一歩で、手が届くところ、まではね。でも、薔薇が、邪魔をして、いたの。ある程度、片付けた時に、突然、ね」
「はい、まるで危険信号を出したようでした。それまで以上に激しい攻撃が繰り広げられたかと思ったら、あっという間に薔薇の壁が出来て、見る見るうちにそれが周囲を取り囲まんとしていたんです。もう少しだけ脱出が遅ければ、私達の誰かは確実に取り残されていたでしょうね」
「今はもう、あの中は薔薇の迷宮よ。壁を壊して我武者羅に移動するもの手だとは思うけど、万が一捕まったりなんてしたら……」
「ええ。成す術無く光の中に押し込まれて終わりでしょう。それに、悔しいですが私達も余力が少ない、あの光の中に飛び込めるチャンスは一度だけと考えた方がいいでしょう。その一度で、確実にリナちゃんの元へ辿り着き彼女を起こさなければ」
「……この光を受け止める事すら叶わなくなる……そういう事かしら?」
「はい」
神妙な面持ちでエレノールは頷く。
いっそのことリナの事は諦めて、せめて世界崩壊への綻びを止めるのも手かもしれない。けれど、それだけは、どうしたってしたくない。だってそんな事になってしまえば、彼女達は永遠に生まれる事も死ぬ事も出来なくなってしまうのだから。それならばせめて、彼女をこの世界の輪廻の輪に戻すべきだ。それが自分のどうしようもないエゴだとわかっていても、エレノールは諦めたくはなかった。唇を軽く食み、俯く。そんな彼女の気持ちが理解出来るのか、他の面々もなんとも言えない面持ちで静かに地面を見た。自然と沈黙が訪れる。誰が、何を言い出すべきか。探り合うような譲り合うような、居心地の悪さがそこにある。ふと、誰とも付かない溜息が零れた時だった。
「確実に、リナちゃんの元へ行く為の道がわかればいいって事ですね」
静かに足音を鳴らしながら近付いてきたのは、水垣だった。
「う、うん。そうだね、道さえわかれば、何とか出来ると思うけど……」
「それなら任せてください」
「なにか妙案でもあるのか?」
「ええ。正直に言えば、あまりお見せしたくない物ではありますが……」
どこか困ったような笑みを浮かべながら、それでも自信有り気に水垣は頷く。
「なんでも、いい、わ……リナちゃん達を、救えることに、繋がる、なら」
「……わかりました。皆さんの準備が宜しければ、いつでもやります」
大丈夫ですか?と小首を傾げる水垣に、全員が顔尾見合わせ、うん、と静かに頷く。
いつでも行ける、大丈夫だと言わんばかりの彼らに、水垣も小さく頷いた時だった。
「俺も、いつまでも死にぞこないのままじゃいられないな……」
ふっと、渡瀬が自嘲気味に笑う。
そのまま、少しばかりの間を置いて彼は深く息を吐き出すと、ぱちん、と、静かに指を鳴らす。刹那、誰もが声を失った。渡瀬の後ろには、大きな大きな鮫のインビジブルが、無数に蠢き、その鋭い歯を光らせていたのだ。目を見張る、その一瞬で渡瀬の肩に鮫の歯が食い込む。それは次々と彼を襲い、その体を食い荒らしていく。
「渡瀬!!なんだ?!敵か?!!」
「落ち着け、よ、クラウス。シアニも、ミニドラゴン、使うなって。大丈夫、これ、俺の、能力だ、からさ……」
「能力?!」
「ああ。俺にはもう、戦う力、も、サポートする力も無い。けど、死に掛けには、死に掛け、の、戦いが、あるんだわ……アイツが、ヨシマサが、教えて、くれた」
とはいえ、自ら死に掛けになったアイツほど、酔狂に戦場を楽しんではいないけれども。
どんどんと、体が小さくなっていく、命が消える感覚がする。不思議と痛みはないけれど、見ている方は痛々しくて仕方ないだろうな。ごめん、と、また、自嘲的な笑みが浮かぶ。
「俺は、俺の戦いを、する。俺の意志は、想いは、俺から、生まれる奴に、宿って、る……悪い、あと、頼むわ」
にっと歯を見せて、瞬間、鮫の大きな大きな口に渡瀬の頭が呑まれ、消えた。
彼がいた痕跡すらも残さず、文字通り、自らの全てを喰わせ、そして|消えた《死んだ》のだ。産声を上げるように、真っ白な虎が、大きな体躯の白虎が目を見開き、吠える。
その目は、渡瀬と同じ、澄んだ青い目をしていた。
「……渡瀬さん。お気持ち、確かに受け取りましたよ」
すうっと、深く息を吸う。強い光を宿した目が、瞼の奥へと隠される。
次いで開かれた口から零れた声は、凡そ彼女の物とは思えない、禍々しいものだった。
掛けまくも畏き天目の 零るる雫は 生の天恵、終焉の天幕
|一《ひ》|二《ふ》|三《み》|四《よ》|五《い》|六《む》|七《な》|八《や》|九十《ここのたり》
|布瑠部《ふるべ》|布瑠部《ふるべ》|由良由良止《ゆらゆらと》|布瑠部《ふるべ》
畏きやその|眼《まなこ》 災厄となって 揺り開かん
———|神楽舞『迎眼』《カグラマイ・ムカイマナコ》
呪詛のような祝詞が聞こえる。水垣の指先が、髪の一つ一つが、彼女の舞う舞の全てが揺らめく狂気となって闇を生み出す。冒涜的な産声が聞こえた。広がり行く闇、闇、闇。リナの光と相反するそれがぶつかり合い、浸食し合う。
「これは……」
「異なる神の領域です。この空間の中にあれば、全ての攻撃が必ず届く!!でも、私には戦う力が無いから、だから……っ!!」
体内に眠る邪悪なる神の断片、それを活性化させる。
それは通常、人の目には見えぬこの世ならざる者の力だった。どの世界にも属さない宇宙からの支配者、名状しがたき邪神の力。それを解放した瞬間、細胞から精神に至るまでの自分の全てが破壊、吸収、消滅する、そんなイメージが頭の中を駆け巡る。
「ぐうううううっ!!」声を零しながらも、水垣は両手を前に突き出した。片目と両腕と、そこに力を集中させれば、見る見るうちに水垣のそこは、異形なる神の片鱗を顕現させる。
その変化は、水垣以外には決して見る事の出来ない不可視のものだった。他の人間には、突然、彼女の二の腕から先が消え、瞳の色が消失したようにしか見えないかもしれない。けれども水垣の目には、確かに自分の両手が、ぼこりぼこりと泡立ち蠢きながら海洋生物の触手にも似たものへと姿を変えていく。神を宿した瞳を大きく見開けば、見える、見える、眠れる少女のその姿が。
「目標補足!今から迷路の道標を作ります!!!」
手を伸ばす。見えざる神の手は、その無数の指先を迷路全体へと這わせ、埋め尽くす。やがて眠れる少女の腕を、確かに掴んだ。即座に「見付けた!」水垣が叫ぶ。そのまま離さないよう、離れないよう、強く強く握り絞める。このまま引き寄せるのは流石に無理か。なら、余分な触手は引っ込めて、皆さんが可視化出来るまで力を解放して……ついでに光に当たっても消えないようにエネルギーの放出もして。嗚呼、面倒だな。片手ではトランプタワーを作りながら、片手で米粒に写経をしている気分だ。なんて繊細な力のコントロール。一歩間違えれば、断片に宿る神の意志すら目覚めさせて、自我を喰われ兼ねない。面倒やわ。イォドがいれば、もっと楽だったんやけど。片目を閉じて歯を食いしばる。弱音も愚痴も、後だ。
「っ、この腕の先にリナちゃんがいます!!ちょっと気持ち悪いかもしれませんけど、そこはもう考えないで!これを辿って進んでくださ、っ?!——————ぐ、あああああああああああああああっ!!?」
薔薇の蔓が、次々と水垣の腕を貫く。
可視化した事で、敵もその存在をはっきりと認知したのだ。水垣が唸り声を奥歯で噛み潰す。赤とは程遠い異形の色の血を流しながらも、水垣はその手を決して離そうとはしなかった。「急いで!」と声を荒げる彼女に押され、一人、また一人とその足を進めていく。
「シアニ、お前も中に!ミニドラゴンで水垣を回復しつつ、攻撃から守ってやってくれ!」
「でも、それじゃあクラウスさん、」
「このチャンスを逃すな!!!」
「……うんっ!!!」
駆け出すシアニを追うように、ヨシマサがふよふよと宙を泳ぐ。
何を考えているのか、彼は光に空いた穴、道となった場所までその歩を進めると、徐に、ドンッ——————そこの最上部に当たる部分に体当たりした。そのまま長い尾鰭を伸ばし、まるでアーチ屋根を支える骨組みのように形作る。直後、耳を劈くような炸裂音が、目を焼く様な高圧力ビームショットが、ヨシマサの体のありとあらゆる部分から発射される。体から、尾から休む事無く放たれるゼロ距離射撃。それは、一歩間違えばそのまま再生に巻き込まれ、完全消滅も辞さない諸刃の剣を振りかざす。
「ヨシマサ、あいつ……」
クラウスがどこか呆然と呟けば、ヨシマサがにいっと笑った気がする。
表情の無いインビジブルの筈なのに不思議だな。なんだかとても楽しそうなそれに苦笑とも思える笑みを零しながら、クラウスもまた「レイン」を駆使する。あの時シアニが言った、「クラウスさんの負担を減らすんだ!」「誰かが一生懸命なのに自分が一生懸命になれないなんて絶対にやだ!!」という言葉が反芻して、どうしてだか、思わずふっと笑みが零れた。
———
薔薇の迷路は、侵入者を拒むかの如く、その全身で牙を向く。
迫り来るそれらを武器でいなし、華麗に交わし、時には破壊しながら、異形の目印を頼りに駆ける、駆ける、駆ける。足を一歩踏みしめれば、その度にびしゃりびしゃりと異形の血の飛沫が上がった。「酷い」カレンが思わずと言った感じで呟く。蔓に貫かれ、棘が刺さり、葉に切り裂かれ、絶えず苦痛を与えられ続け今にも力なく地に落ちそうなその腕に、シアニがぐっと眉を寄せた。足を止め、片手を振りかざす。
「ミニドラゴンちゃん!水垣さんを助けるよ!!」
つぶさに響く笛のような甲高い声。
残ったミニドラゴンの数は片手で数えるほど。また、シアニ自身、それを使役し続けるだけの体力が無い。それでも、大槌を握り締める。この道標を、絶やしてはならない。
「はああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
薙ぎ、払い、吹き飛ばす。傷だらけの腕をミニドラゴンが癒していく。
よろけそうになる足で大地をきつく大地を踏みしめた。まだ、まだ、まだやれるもん!
叫び出しそうになった瞬間、とん、と、背中に何かが触れた。あたたかい体温、安心する気配。「一人で頑張り過ぎちゃ駄目ですよ」という優しい言葉に、涙が出そうだった。
「見下さん……っ」
「とっくにふらふらなのは知ってるんですからね。頼りないかもしれませんけど、私にも頑張らせてください!もうひと踏ん張りです!えいえい、おー!!ですよ!」
刹那、見下の体から伸びる不可視のケーブル。
協調の思念、団結の力、それらを凝縮したケーブルが、仲間達へ力を与える。
——————|団結の力《カズノボウリョク》
直後、眼前に無数の棘がマシンガンの様に発射された。
然して反応速度を増した彼らに、届く弾はない。隙間を掻い潜り、獲物を振るい、彼らの足は止まることなく奥へ奥へ、リナの元へとひた走る。
「これ、一体どこまで続いてるんだろう」
「わかりませんけど、任せてください!走り回るのは得意ですから!」
すっと見下が息を吸う。
永遠とも思われるほど長く、長く続く薔薇の迷宮。
その道標、異形の腕は、今も尚、その迷宮に傷付けられ続けている。ファラリスの雄牛にも匹敵する拷問が行われていると言ってもいいのかもしれない。
怯むな、想像するな、考えるな。見下は首を振る。自分が今、考えなければならないのは、これを絶やさない事。これを絶やせばもう二度と、リナの元には辿り着けないかもしれない。ならば、その為に、苦痛を少しでも取り除く。見下は駆けた、地を蹴って、地面を踏みしめて、幾度も幾度も迷宮を行き来しては、その花を、茎を、葉を、蔓を、全力で叩き潰す。シアニのミニドラゴンが、その都度、傷を癒さんと舞い降りてきた。あれ?と見下が小首を傾げる。
「ミニドラゴンさんの数、増えてませんか?」
「へへへ、呼んじゃった。傷を治すぐらいだったら大丈夫だよ!だからね、見下さん、私と水垣さんを守って!!」
「ふふふ、あいあいさーです!!守りは任せてください!!」
そうして背を預けて戦う二人を横目に、仲間達は更に奥へ奥へと駆ける。
駆けて、駆けて、駆けて、漸くと見えた終着点。
然してそこには、最後の難関が立ち塞がっていた。ベッドがあった場所をぐるりと取り囲むようにして、薔薇の壁が出来ていたのである。壁、いや、来るものを拒み迎撃するそれは、最早城壁と言ってもいい。それを目に入れた瞬間、清音が問答無用に銃弾を撃ち込んだ。カレンが、エレノールが、リリンドラが、梅枝が、白虎が、それに続くように次々と攻撃を繰り出す。それは他愛も無く砕け即座に瓦解し、けれども光のそれよりも尚速く再生しては、より分厚く、より強固な壁となって侵入者を拒み続ける。
「駄目、打ち壊す事は出来てもすぐ再生しちゃう……これじゃあ声を届けている間に私達がやられてしまうわ!」
「流石に、最後の壁は、厚いって、事、かしら……!」
「くっ、せめて動きが止められればいいのだけど……」
「動きを止める……!!アンナさんを治したあの能力、リリンドラさん、まだ使えますか?」
「ええ、一回だけなら何とかね。でも、そうするには確実に当てなきゃいけない。羽自体は凄く脆いから、攻撃に巻き込まれても消えてしまうの」
かと言って、能力を使い続けながらリナの元へ突撃出来る程の余力はない。
リナの元に辿り着いた瞬間に能力を使おうとしても、あの再生スピードでは発動前に弾き出されてしまうのが関の山だ。
「なんとか、羽だけを届ける方法があれば、」
「出してリリドラちゃん」
「え?」
そう告げたのは梅枝だった。
困惑した様子で目を丸めるリリンドラに、彼女は続ける。
「いいから出すんだ!!止まる?止まる?触ったら時間が止まる?そんな素敵な目覚まし時計があるんなら、止まるまで動かさなきゃ!!ジャムを塗っても歯車が飛び出ても、ハンマーでぶっ壊さない限り時計は止まらない!!時間は止まってくれやしない!!!一通や二通招待状を送って届かなくても、ありったけを出してポストにぶち込めばきっと届く!!!お茶会を止めちゃ駄目だ!ここで止めちゃ駄目だ!!」
「……諦めるなって事?なにか、策があるのね?」
強い瞳で、梅枝はこくりと頷く。リリンドラもそれを返す。
深く、深く、息を吸った。自分の中に残る力、この力を使えば、きっともう自分は動けなくなる。剣を揮う事はおろか、立っている事すらやっとの状態になる。大丈夫なのだろうか、本当に、今、この力を使って大丈夫なのだろうか。僅かな迷いはあった。でも、それを打ち消したのは他でもない仲間の存在だ。ええそうよ。仲間を信じるのもわたしの正義なのだから———
片翼の翼が広がる。大きく、強く、眩しく。
舞い散る羽はまっすぐに、リナの元へと降り注ぐ。
薔薇の迷宮がそれを拒んだ。全ての時を止めるそれを、遮るかのように花が、茎が、葉が、蔓が、羽を拒む。棘に撃ち落とされるようにして、ひとつ、またひとつと羽が消えていく。無論、それを黙って見過ごす仲間達ではない。
「あなたが、何を見出したか、は、知らない。でも、そこに、希望を見出したの、なら、それに、賭けてあげるわ……私、博打は好きよ。張る山が、大きければ、大きい程、ね」
不敵な笑みを浮かべながら、清音が次々と銃弾を撃ち放つ。
「一筋でも希望があるのなら諦めちゃいけないの!あなたを信じてくれる人が、愛してくれる人がいる!!それを教えに来た私達が、仲間を信じなくてどうするのよ!!」
最悪を打ち消す。その為に、カレンは思い出の人々の面影を胸に、その黒き拳を揮う。
「私に出来る事なんてちっぽけな事。けれどもそのちっぽけな事をみんなでやれば、きっと、ときっと、願いに届くんだって、私は信じていますから———思いっきり、やってください!道は作ります!!」
エレノールの願いが四精霊と呼応する。立ちはだかる障害を打ち払う。
光の向こうでは、ジョンとゼロが懸命にアンナと子供達を、父親を守っている。
光の道を途切れさすまいと、クラウスが、ヨシマサが、その身を削り耐えている。
リナを逃すまいと歯を喰いしばる水垣に、彼女を守らんと奮闘するシアニと見下。
最後に一つ、高らかに白虎が吠えた。
誰もが皆、その身に残る力を、今、己の為せる全てを振り絞る。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
梅枝は駆けた。無数の棘を打ち込まれようが、蔓が、葉が、その身を裂こうが止まれない。
届かない?|羽《招待状》が届かない?
そんなの駄目だ、絶対に駄目だ!お茶会の招待状、あたし達からの招待状を拒むなんて許さない!!切手が無い?住所が無い??宛名は?うん、あるねある!!名前がわかっているならば、直接届ければいいじゃないか!!だってあんたはそこにいるんだろ?!
さあ、|あたしごと止まれ《受け取りな》———!!!
アリスの飛び込んだ兎の穴とはこんな穴だったのだろうか。
三人のこじ開けた壁の向こう、梅枝は全力で飛び込んだ。そこに、躊躇などある筈もない。
両手を伸ばす。滅茶苦茶な茶会を繰り出しながら、そこでそのままフェザーダンスでも踊るかの如く、彼女は舞い散る羽を巻き込み、抱き締め、そのままリナの隣へと転がり込むと、朦朧とする意識の中で彼女の体を抱き締めたやった。
「|眠り姫《アリス》、|眠り姫《アリス》、届けたよ。さあ、あんたのリ・バースデーを願って……ほら、乾杯っ」
眠るリナの額と自らのそれを合わせて、梅枝は目を閉じる。
彼女達の間で、リリンドラの羽根が光を放った。それはゆっくりと二人を包み込み、光が傷を優しく撫でるようにして癒していく。そのまま、二人の時が、止まる。
刹那、リナを取り巻く全てのものの時間が止まった。青い薔薇の蔓が、歯が、茎が、力を失くしたかのように地に墜ちると、するするとその身を縮め、ベッドを飾るだけの存在へと舞い戻る。花も、瞼をそっと閉じるように、ゆるりとその花弁を蕾の中へと閉じ込め、そのまま動かなくなった。眠る、眠る、光の羽根がその輝きを失わない限り、リナに関する全てのものが|行動を止める《ねむる》。光は、消えない。けれども、動き出す事も無い。作られた道を再生する事も無く、自転を止め、大きなオブジェクトのようにそこに佇んでいる。
「このチャンス、絶対に逃しません……!!」
今こそ声を、声を届けなくては。彼女達の目を覚まさなくては。
その為に今、自分が出来る事、全身全霊を懸けて、私が成すべき事。
エレノールが真撃に両手を組み、天を仰ぐ。
神聖なる竜よ、聖なる光をもって我らの道を示さん……!
———|神聖竜詠唱《ドラグナーズ・アリア》
「お願いです!リナちゃんを目覚めさせる為に、私達の想いを、声を、彼女へ届けて!!!」
その名を表す|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》が、静かに宙を旋回しながら登っていく。そして、エレノールの願いを確かに聞き入れたと言わんばかりに天へ咆哮を上げた。刹那、こぽり、と、全員の胸の中から綿毛のような光が零れた。それは少しの間、ふわふわと宙を漂うと、真っ直ぐにリナの中へと吸い込まれていく。ぽんっと、弾けるようにしてそれが消える直前に、声が聞こえた。頭の中に直接響く、やわく心を包む声が。
…
……
………
リナちゃん、ナナちゃん、「あなた達」は、楽園を求めて、自分たちが傷つかない場所を求めて。そこで生きたいと思ってこの場所に来たのですよね?まだ遅くはありませんよ。あなたがあなたのままで生きていける場所は、ここ以外にもあります。あなたの、あなたらしい生を過ごしていける場所が。
———だからお願い、目を覚まして。まだ———生をあきらめるには、早いです!
家出はやめて早く帰って来なさい、なんて偉そうには言えないね。|少女たち《キミたち》を救えなかった世界には、報いが必要だもの。全てをぶつけにおいで、おとうさんが受け止めてあげる。
——起きてしまったことも、起こしてしまったことも、いなくなってしまった子どもたちのことも、|少女たち《キミたち》だけには背負わせないさ。みんなで覚えていようね。そのくらいしかしてあげられないのが、とてもとても悲しいけれど。
リナ、リナ、リナ、ごめんな、リナ、ごめんな……
誰も認めてくれない孤独、どこへも行けない閉塞感、それから、もしかしたら優れた誰かへの劣等感も……記憶にある感覚です。なんなら幸せだった時間がある分、リナちゃんの方が辛いかも知れませんね。ただまぁ、先輩として言わせてもらうなら。世界って意外と広いですから、先の無い選択肢はもっと色々見てから決めるべきです。
———私で良ければ家出、付き合いますよ。
あなたたちを迎えてくれる友達がこれからたくさんできるから、二人だけなんてこと言わないで。それはきっと、私たちみたいな変わった人たちかもしれないけれど。でもね、きっと楽しいわよ。
———もう少し、こっちの世界でお話してみても良いんじゃないかしら。
リナ、リナ、私はどうしたら良かったんだ……わからない、わからないんだ。
私はもう、取り返しのつかない場所まで来てしまったんじゃないかって、リナがナナという少女を連れてきた時から、ずっとずっとそう思っていた。あの子は変わってしまったと、もう、私達の大事な娘はいなくなってしまったと、ずっとずっと、思っていたんだ。
辛いこと、悲しいことが、たくさん、あったわよ、ね。
これからもきっと、たくさん、あるわ。でも、その分、楽しいことも、あるのよ。これは、絶対なの。
二人だけでも、楽しいかも、しれないけれど。お友達は、多いほうが、違った楽しみを、味わえるわ。それに、あなたを助けてくれる、大人だって、いたでしょう。
———そういった人たちのことを、思い出して。
お勉強いっぱい頑張ってたって先生言ってたよ。偉いね。すごいね。
歩くのが遅いことを気に病むあなたなら、苦しんでる人に寄り添ってあげられるよ。誰だってよくない空想するよ。何も悪くないよ。あなたを見てくれてる人もちゃんといる、貴方がいないと寂しいって思う人も、あなたが大事だって思う人もいるんだよ。起きて一緒に顔を見せてあげに行こうよ。起きてお話しようよ。あたしシアニって言うの。
———友達になろうよ。
リナ、リナ、まだわからないことだらけだ。けれどね、ただひとつだけわかるんだ。
お前がいなくなったら嫌だ。また、大事なものが亡くなるなんて嫌だ。
———許してくれるかはわからない、けど、お願いだ。帰っておいで。
それは、心の声だった。心からの願いだった。祈りだった。希望だった。
リナの中に次々と吸い込まれて、消えて、また吸い込まれて。そうして、人形のようになってしまった少女に、今再びの命を与えているかのようだった。少女の名を誰かが呼ぶ、目覚めの時を、誰もが固唾を飲んで見守る。最後に真っ白な虎が、リナの体へと吸い込まれていった。
「リナ……」
父親の呟きは、祈りとなって消えていく———
●おはよう
目を開けて見る夢は、いつも悪夢だった。
お父さんはいつも怒ってて、お母さんはいつも何か叫んでて。
大好きなお兄ちゃんは冷たい土の中でずっとずっと眠ってる。
ナナが、ナナだけが、目を開けて見る夢も素敵だよって教えてくれた。
ナナがいたから、私は頑張れた。ナナがいたから、私は笑顔を思い出した。
ねぇナナ、ナナ、ナナ? それでもこの夢は、私には辛い夢だったわ。
もう、見るのも疲れてしまったの。
ねぇナナ、ナナ、ナナ?
目を閉じて見る夢は、幸せなのかしら。
暗い、暗い、暗い、暗い、暗い、暗い———何も見えない。
真っ暗で、何の音も聞こえない。自分の声すらわからない。
今、私は話しているのかしら。それとも心で思っているのかしら。
繋いでいた筈のあなたの手は、もう、どこかへ行ってしまった。
ううん、違うね。ナナは、私の中に戻ったんだ。
あなたは私、私はあなた。
私の中で、あなたが泣いてる。
どうして?どうして?ナナ、ねぇどうして?
ずっと一緒に居られるのに、もう、辛い思いも悲しい思いもしなくていいのに。
どうして?どうして?どうして?
疑問を自分の中に投げ掛ける。
返って来ない声に寂しさを覚える。
暗くて、静かで、何もない場所。
目を開けたつもりだった。けれどもそこは真っ暗で。
思わず、周囲を見渡す。それは目を閉じたまま首を動かすのと変わらない。
嗚呼、今自分は目を開けたのだろうか、閉じたのだろうか。
この声は今、口に出したものなのだろうか、それとも、心の中で上げた悲鳴だろうか。
暗い、暗い、暗い、暗い、
誰もいない、何もない、なにも聞こえない、
ナナ、ナナ、ナナ、答えて、答えて ——————
ぐるる、と、鳴き声が聞こえた気がして、今度こそ目を開ける。
絵本の世界でしか見た事のない、白くて大きくて立派な虎が、真っ直ぐにこちらを見つめている。自分よりも大きな動物は怖くて、怖くて。いつもなら震えあがってしまうのに、どうしてだか、ちっとも怖くはなかった。青く澄んだ瞳が、優しく見えたからかもしれない。
瞬く。白と黒の世界が瞬時に入れ替わる。ああ私、目を開けているのね。
「……あなたは誰?私を食べに来たの」
「こんにちは、いや、こんばんはかな?まあ、挨拶なんてどうでもいいか。俺はね、そうだな、君を食べに来たかもしれないし、何もしないかもしれない」
「?」
小首を傾げる。目の前の虎が困ったように笑った気がする。
どういう事?と問いかければ、虎はやっぱり困ったような笑顔で、それでも優しい声で教えてくれた。
「えっとね、なんていうかな。俺はね、リナちゃん、君に選んで欲しい事があってここに来たんだ」
「選んで欲しい事?」
「そうだよ。なあ、君はどうしたい?お家に帰りたいか、それとも、ここで眠りたいか。外の皆は、君の事を起こそうと一生懸命になってくれてる。君にもっと広い世界を見せてあげたいって、まだ全部諦めるのは早いよって言ってくれてる。優しいよな。皆きっと、君の事が大好きなんだよ。大切なんだよ。だから一生懸命になってくれてるんだ。
でも俺はね、リナちゃん、と、ナナちゃん。このままずっと、君が、君達が2人っきりで眠っていられる世界にいるのも悪くないなって思ってるんだ」
「そうなの?」
「うん。えっとな、ごめん、今からちょっと、いや、凄く酷い事を言うよ。
君達がした事をよく考えてごらん?お友達になろうとした子供達の、そのほとんどは、おばけみたいになって死んでしまっただろう?それはね、夢や幻なんかじゃなくて、きちんと現実で起きてしまった事なんだよ。殺したのはアマナ、アマナ先生だったとしても、先生と一緒になって子供達を攫ってしまった罪が君達にはあるんだ。君達には悪気が無かったとしてもそれはとっても悪い事で、とっても重たい罰を受ける事なんだよ。だから、目を覚ましてしまったら、目を閉じる前の世界よりももっともっと厳しくて酷い世界になってしまってるかもしれない。
俺はね、君達がその現実に立ち向かってくれたらいいって思う。でも、思うだけで、ただ期待するだけで、実際に何か手助けしてあげられるかと言ったらまた別なんだ。俺達はずっと一緒にいてあげられない、何も出来ないかもしれない……それなのに頑張ってほしいなんて一方的な期待だけ置いていくなんて無責任じゃないかなって思うんだ」
「ええっと……なんだかとっても難しいお話ね」
「ああそうだね、難しいよな。でもね、難しいって思う事は、それくらいとっても大切な事なんだ。だからこそ俺はね、君の、君達の気持ちを知りたい……大切な事は自分できちんと決めて欲しいんだ。誰かさんの受け売りをするなら、どんな決断だってかまわない。何を選んだってそこに正解はないし間違いはないんだ。大切な事は、君が、君達が選んだ選択肢だって事。自分の為に選んだって事だ」
「……」
「なあ、どうしたい?このまま眠る?それとも、」
虎の言葉を待たずして、そっと首を振った。
「私……お家に、帰る」
すとんと、何かが胸に落っこちてきた気がする。
その言葉は紛れもなく本心で、本物で、心の底から願った、私の、あなたの、願い事。
耳を澄ます。聞こえる、聞こえる。誰かの声が、自分を必死に呼んでくれる声が。
外からずっと、リナ、リナ、と、呼んでくれるその中に、知っている人の声がする。
くしゃくしゃの酷い顔で、だけど優しい目で、私を見つめてくれている。私を、見てくれている。
——————お父さん。
「あのね、お父さんが泣いてるの。リナごめんねって泣いてるの。
私ね、知ってるのよ。お父さんは本当はとっても優しくて寂しがり屋なの。お母さんもよ。私がいなくなっちゃったら、お父さん、もっともっと泣いちゃうかもしれない。お母さんも泣いちゃうかもしれない。私ね、二人に笑ってて欲しいの。幸せになって欲しいの」
胸にそっと手を当てた。
さっきまでずっとずっと泣いていた|私《ナナ》が、今はやわらかく微笑んでいる気がする。
リナ、リナ、と、声が聞こえた。ナナ、ナナ、と、呼び返す。
あなたは私、私はあなた。あなたは私のおともだち。唯一無二の大事な大事なおともだち。
ええそうね、そうだったわ。あなたは私、私はあなた。ナナは言っていた「あなたが消えていい世界なんてない」。それは、私があの世界でまだ、生きていたいって心のどこかで願ったからこその言葉なんだろう。ナナ、ナナ、あなたの願いは、私の願い。そうよ、そんな簡単な事、私、すっかり忘れてた。
ごめんなさい、ナナに言う。ありがとう、ナナの声が聞こえる。
「ナナがね、言ってるの。リナともっともっと、いろんなものを見てみたいって。リナともっともっとたくさんの事を知りたいって。辛い事があれば、またおまじないをしてあげる。あなたの中にわたしはいるから。今までも、これからも、ずっとずっと一緒にいるから大丈夫よって。だからね、私、お家に帰る。もっといろんなものを見て知って、いつか、ちゃんと大人になりたい。お父さんとお母さんに笑ってもらいたい。幸せになってもらいたい」
そして、私も、私達も、幸せになりたい。
やわらかく笑ってそう伝えれば、目の前の虎も優しい笑みを浮かべた気がする。
ぐるる、と一度喉を鳴らして、虎は高らかに天に吠えた。
「これはおまじない。君が目を覚ました時に、少しでも苦しい心が消えてますように。俺からの、そうだな、嫌な心を|消して《浄化して》くれるおまじないだよ」
炎が舞う。朝日が瞼を優しく照らすように、ふわふわと、やさしく舞う。
赤くて強くて怖い炎じゃない。青くてやわらかくてあったかい炎が。
ゆっくりと抱き締めるように包み込んで、静かに私を焼いていく。
「熱い?怖い?」
「ううん、平気よ。幸せの小鳥さんみたいでとっても綺麗」
「——————そっか、良かった。じゃあまた、いつかどこかで」
「ええ、ありがとう。優しい|虎さん《大人達》。あなた達のいる世界なら、私もう、ちっとも怖くないわ」
目を閉じる。今度はもう、暗くない。
白くて、眩しくて、とっても綺麗で。素敵な未来への入り口のような、そんな気がした。
●エピローグ
『児童集団失踪事件、通称:ハーメルンの笛吹き事件、ついに結末———
某日未明、とある片田舎の都市で120名もの街の子供達が一夜にして姿を消すという事件が発生した。被害者は赤子から高校生くらいの、いずれも『子供』と法律上や自己の認識的に定義付けられている者達ばかりで、目撃者の証言によれば、子供達は皆、不思議な歌を口遊み、楽しそうに踊るような足取りで列をなし闊歩いた事から、伝承にあるハーメルンの笛吹き男に由来しこの名が付いている。
それまで、夜中に不思議な歌声が聞こえた、ハイハイを覚えたばかりの赤子ですら参列していた等の証言はあれど、子供達の行方はおろかその手掛かりすら掴めず、警察の捜査は難航。悪質な能力者や怪異の関与が疑われ、街の人々は眠れぬ日々を過ごしていた。
然してつい先日、能力者十数名による捜査が実を結び、子供達の行方を発見する事に成功。街外れの森に巧妙に張り巡らされた結界によって隠されていた廃教会を発見し、その中には、僅かな生存者に加え、無残な死体となった子供達の姿を確認した。現場はあまりに凄惨であり、身元の特定が困難な死体も多数存在。死者・身元不明及び行方不明者を合わせて113人もの子供達が犠牲となっている。
この凄惨かつ残忍な事件を引き起こした犯人はアマナ・ランナイス(33)。
街でも評判の美人女医のこの凶行にして残酷な犯行に、彼女を知る街の人間は大きなショックを隠せない。
アマナは羅紗の魔術塔と呼ばれる一種の悪質な魔術師団体に属しており、天使を集めるという名目の元、多くの子供達をその魔術によって洗脳し件の場所へと誘導。「天使病」と呼ばれる人為的に天使という存在を生み出す病を蔓延させた上で、天使になりそこねた少年少女は勿論、言葉を話せぬ赤ん坊ですらその手に掛けたのである。
犯行は極めて計画的に行われており、彼女はまず手始めに街で一番初めに「天使病」を発症したと言われるリナ・マリーゴールドさん及びその家族に接触。彼女の父親が街で有名な医院の院長である事も利用し、リナさんのご両親を長期間に渡って魔術で洗脳、操作し、彼らに虐待染みた行動を取らせることによってリナさんの心を自分に向けたのである。また、アマナは病院の勤務や貧困街へのボランティア活動等を通して多数の子供達と接触。信頼関係を築くのは勿論、心を油断させ魔術に掛けやすい状況を作り出していた事が、多数の目撃証言により明らかになっている。この計画的かつ鮮やかな手口に、アマナを知り、信頼していた人物達は未だ「彼女がそんな事をする人とは思えない」と口々に公言しており、その洗脳による影響の根深さを露にさせている。
能力者による討伐がなされた今、残された遺族や子供達の心のケア、特に、事件の中心となって巻き込まれてしまったマリーゴールド家のケアが急がれており——— 』
珈琲の匂いの漂う雰囲気の良い店内。小洒落た音楽を耳に、ゼロは静かに息を吐く。
彼の手には、一部の新聞紙。その一面にはでかでかと衝撃的な事件の真相と結末が飾られている。内容の一部始終を目に入れながら、ゼロはまたひとつ、深くて重い溜息を吐き出す。
「随分と、浮かない顔、してるの、ね?新聞の、一面を飾る、なんて、滅多に無い事なのに……嬉しく、ないの?」
清音は優雅な仕草で紅茶のカップに口を付ける。
痛い所を突かれたと言わんばかりに、ゼロは苦笑を浮かべた。
「まあ、名誉な事ではあるけどな。嬉しい嬉しくないとは、なんと言うか、また別の感じだ」
「ふうん、そう」
「そうって……聞いておいて興味はないんだな」
「興味が、ない、わけではない、わ……ただ、それを聞くのが、憚られる。あなた、気付いてないの?今、そんな顔を、しているのよ。後悔は、していなくとも、思うところが、あるのではなくて?」
「……これはまた、痛い腹を探られたな」
苦笑しながら、ゼロは一口、珈琲を口に運んだ。
ああ、清音の言う通り。後悔はしていない。リナにとって何が幸せか。例えそれがどんな結末でも、少しでも彼女を悩ませるものが減るよう自分に出来る戦いをする。その決意に嘘偽りはなく、これは、この記事は、そうして戦い抜いた己の軌跡だ。後悔等するはずがない。
ただ、晴れない気分であるのは確かだった。此度の事件を全てアマナの仕業にして、巻き込まれたものを全て被害者にする。それは天使病に関わる事は勿論の事、リナの両親が彼女にした虐待まがいの仕打ちも、全てアマナによる洗脳や魔術的関与の影響というものに仕立て上げたのである。その影響が抜けるまで互いに距離を取らなくては、また悪影響を与えるとも付け足して。
「そうだな……後悔はしてないさ、ただ、多少なりとも真実を湾曲して伝えてはいる。そこにね、些か晴れない気分があるのは確かだ。この記事が世に出回る事で、アマナという人間は|こういうものである《・・・・・・・・・》と世間に認知されてしまうだろう。事件を引き起こした直接の原因、引き金は確かに彼女だったかもしれない。けれど彼女にも理由があった。そうせざるを得ない背景があった。今となってはもう想像でしかないけれども、彼女がしてきた活動や献身的に尽くしてきた心そのものに、嘘はなかったと俺は思ってるんだ」
ひとつ、区切りを入れるようにゼロはまた珈琲を口に運ぶ。
清音もそれに倣う。彼女の表情は静かだった。冷静な中にそれでも確かな慈しみを持った瞳がこちらを覗いている。そのまま「そう」とだけ、彼女は言った。
「……もう、この世にアマナはいない。文字通り討伐されてしまったから、もう、彼女の口から彼女の気持ちを本当の声を聞く事は二度と出来ない。そうだな、敢えて後悔があるとすればその部分を伝えられない事かな」
「死人に口なし、ね……それでも、貴方なら、記事の中に、上手く落とし込む事は、出来たんじゃない、の?」
「はぁ……清音さん、あんたは本当に痛い腹を探ってくれるなぁ……」
苦虫を噛み潰したままの溜息が零れる。
ああそうだ、その通りだ。アマナの事情だって、記事に起こそうと思えばいくらだって出来たのだ。けれど、自分はそれをしなかった。出来なかったのではない。敢えて、しなかったのだ。
「俺はただのルポライターだ。けれどもね、どんな内容だってマスメディアである以上、わかりやすい内容でなければならないんだよ。謎が謎を呼ぶ推理小説やオカルト記事ならまだ後味の悪さも許せるだろう。けど、総じて今回の様な事件の記事になれば尚更、それを顕著にしなければならない」
大衆はいつだって、わかりやすい|英雄《ヒーロー》と|悪役《ヒール》を求める。
その裏でどんな真実が握りされたとて、何人の人間が涙を流したとて、大多数の人間はそれを知る事すらなく日々を過ごす。小さな悲鳴を大衆という波で押し流して、殺して、また、新たな|英雄《ヒーロー》と|悪役《ヒール》を生み出して。それを繰り返していく。リナとその家族の今後の為と、ゼロは、断腸の思いでアマナの事情を切り捨てたのだ。
「何度も言うが、後悔はない。が、歯痒いな……俺はやっぱりオカルト系雑誌のルポライターでいいって再認識したかな。当分はこんな事件の記事を書くのはこりごりだ」
「そう、そうね。あなたには、あなたの、考えがある。それで、良いと思うわ……少なくとも、私は、私達は、真実を知っているし、あなたの思いも知っているから」
「ああ、そうだな。今は……それで充分さ」
浮かんだ笑みは、どんなものだったのだろう。
テーブルに置いたばかりのカップには小さく波紋が生まれていて、自分の顔も、清音の顔も、上手くは見えない。少なくなった中身のお替りでも頼もうかとメニューに目を向けた時だった。
——— カランッカランッ
軽やかな鈴の音に次いで、店内に新鮮な空気が舞い込んでくる。
店員のお決まりの挨拶に返す声は聞き覚えのあるもので、
「すみません、待ち合わせをしていて———あっ」
こちらの視線に気が付いたのか、その声の主、エレノールがぱっと表情を明らめ手を振った。
「すみません遅くなっちゃって」
「大丈夫よ。病院の方、は、どうだった?」
「えっと、そうですね……」
言いながら、エレノールが腰を下ろす。
ゼロがメニュー表を手渡してやれば、それに視線を落としながら彼女は口を開く。
「体以外はもうすっかり元通りですね。ついさっきまで|死んで《インビジブル化して》しまった方々とは思えないくらい、元気な声でお話していました」
「そうか、それは良かったよ」
「ええ。あの調子でしたらあと三日もすれば退院も出来るそうです。また良かったらお顔を見に行ってあげてください。あ、と、リナちゃんとそのご両親の事なのですが ——————」
———
「「退屈だー」」
真っ白な天井に向かって、二つの声が投げ付けられる。
好き嫌いの別れる清潔感たっぷりの匂いと、廊下からは、リノリウムの床が忙しなく踏み付けられる足音に人々の話し声が聞こえてくる。今日はきっといい天気なのだろう。窓から差し込む太陽光によって、真っ白なシーツがますます白く光って見えた。
せめて散歩でも出来ればなぁと、平らな声で吐き出す渡瀬の隣では、同感ですとヨシマサも同じ声音で呟く。意図せず重なった溜息を吹き飛ばすように「駄目ですよ」、厄介者を窘めるような水垣の声が聞こえて来た。
「貴方達、つい2時間前までインビジブルだったの忘れたんですか?」
「いやいやいや、覚えてるよ。覚えてるけど、なぁ?」
「っすよね~……流石にベッドから一歩も出られないのは退屈っす。寝るのも飽きたし~、しりとりは、香月さんが知らない食べ物の名前ばっか言うのと、その説明聞きすぎたせいでお腹が空いて仕方ないし~」
「そうそうそう、なあちょっとでいいんだ、リハビリがてら動いちゃ駄目?」
「駄目です」
「「ケチ―」」
「ケチって……もう!仕方ないじゃないですか!今の貴方達は生まれたての赤ん坊ぐらいの身体能力しかないんですからね?!そんな状態で動かれてまたインビジブルにでもなっちゃったら、こっちが大変なんですよ?!貴方達の修復、本っ当に大変だったんですからね!」
ぷくり、水垣が頬を膨らませた。
ヨシマサは光への体当たりとゼロ距離射撃の反動、渡瀬はインビジブルに自らの体を喰わせたという死因が災いしてか、インビジブル体であった彼らの体はバラバラだった。ああ、それはもう悲惨な程にバラバラだったのだ。例えるなら、ぶちまけられたぶつ切りの刺身。それがもう無造作に、不規則に、そして広範囲に空中を漂っていたのである。それをひとつひとつ丁寧に集めて、立体パズルのように組み立てて、ぶつ切りの刺身から元の魚に戻す作業を、水垣はこの二日間、睡眠時間すら惜しんで行っていたのだ。異形の神の力を使って、ちょっぴりのずるもして。そうして彼女の手で再生されたそれは通常よりもずっと早く、肉体の再構築を成したのだ。
「ごめんて。それに関してはすっごく感謝はしてるけどさ。別に自然に回復するものだし、そんな無理してやらなくても良かったんじゃないか?」
「そーそー、ボクあのふわふわ空間割と嫌いじゃないんすよね~。だからそんなに心配しなくても、」
「馬鹿を言わないでくださいよ」
ぎろり、と、水垣が剣呑な視線を向ける。
「そんなの待ってたら時間がいくらあっても足りないじゃないですか。それに万が一他のインビジブルに一部を食べられちゃったり、私達じゃない能力者の能力発動エネルギーみたいに使われたら、何年、何十年と掛かるんですよ?わかってます?」
「「はーい、すみませーん」」
平らな声がまた、病院の天井を叩いた。
事実、水垣がいなければ、あと3週間はインビジブルとなってふよふよふわふわしていたに違いない。それを重々理解している二人は、動けない事への不満もそこそこに、大人しくベッドにその身を横たえる他ない。
「……しりとりでもするか?」
「ん~、記憶力ゲームにしません?それぞれが言ったやつを順番に覚えていくやつ」
「あーいいよー。んじゃ俺から……フィッシュフリッター」
「やべ~、またお腹空く~」
そんな緩いやりとりを繰り返していれば、トントンっと、ノックオンが聞こえた。
記憶力ゲームに勤しむ2人に変わって水垣がそれを受ける。返事もそこそこに扉を開けば、
「やっほー!お見舞いに来たよー!!」
「こんにちは、御加減は如何かしら?」
「こんにちは。お二人はまあ、見ての通りですね」
苦笑する水垣の視線の先では、相変わらず記憶力ゲームに勤しむ2人の姿がある。
入口から微笑ましそうに表情を綻ばせたシアニとリリンドラの隙間を縫うように、ひょこり、と、梅枝が顔を覗かせた。彼女の手には、美味しそうな焼き菓子や果物がたっぷりと詰め込まれたバスケットの姿もある。渡瀬とヨシマサが口々に食べ物の名前を言い合っているのを見て、彼女はにいっと口元を緩めた。
「ご機嫌よう!首を撥ねられたトランプ兵諸君!うん?首、首、お前達首があるじゃないか!あたし騙された?!まさかお前ら幽霊か?!それともあの|傲慢クソばばあ《ハートの女王》の裁判で勝訴したとでも言うのかい?!!それは素晴らしい!お祝いしよう!!お祝いお祝い!!一体何のお祝いだ?!どうでもいいさ!お祝いならパーティーだ!お茶を飲もう!!!」
ぴょんと彼らの元へ飛び込んで、どんっとバスケットをサイドテーブルの上へ。そうしてまるでダンスでも踊るかのようにくるくると。いつも通り何処からともなくティーセットを取り出した。コトン、コトン、と、二人の頭の上にカップソーサーとティーカップが置かれる。
「ちょっ、おい梅枝!俺今上手く体が動かせないんだって!これどけて?零れる!零れる!!」
「フィッシュフリッター、ばなな、アヒージョ、おにぎり、バーニャカウダ、レーヨン、バタースコッチ、あんまん、ハヤシライス、カレーライス……え?え~?なんだったかなぁ……ライス系?うーん」
「梅枝、待て、カップを近付けるな!やめろ、よせ!せめて冷たい紅茶で」
「さあさ、乾杯だ!眠りネズミくんに乾杯!!!!」
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
「んもう、思い出せないじゃないっすかー、香月さんうるせーっすよ?」
ぎゃあぎゃあわいわい。
すっかりと日常を取り戻したその光景に、入口にいた3人はくすくすと肩を揺らす。
顔面から熱々の紅茶を被った渡瀬に、水垣があーあーと眉を下げながらハンカチを差し出しに行く。
「リリンドラさん」
「ええ、そうね……行って来るわ」
ふっと笑みを零しながら、リリンドラも病室へと足を踏み入れた。
目の前で繰り広げられるコメディ漫画の様な光景とは打って変わって、彼女の雰囲気は何処かしおらしい。自らを落ち着けるようにふーっと、深い息を吐き出して、リリンドラは静かに、けれども凛とした声音でもって口を開いた。
「渡瀬さん、それに、梅枝さん」
「「?」」
二人のみならず、室内にいた全員の視線が彼女へ集中する。
どうした?と言わんばかりに目を丸めた彼らに、リリンドラは深々と綺麗に頭を下げた。
「ごめんなさい。もう過ぎた事かもしれないけど、どうしてもきちんと謝りたかったの。わたしの能力のせいで、あなた達を必要以上に危険な目に遭わせてしまった……渡瀬さんに至っては、大怪我も負わせてしまったわ。全てわたしが未熟だったせいよ、本当に、ごめんなさい」
「リリンドラ……」「リリドラちゃん?」
ゆっくりと頭を上げた彼女に、渡瀬が困ったように笑う。
「いやいやいや、大丈夫だって。戦闘中も言ったけどさ、気にしなくていいよ。今回はさ、その、敵の頭が良過ぎたんだよ。相手はほら、医者だったし、そもそもすげぇ強かったじゃん」
「……ええ、そうね。わかってるわ。敵の事も、必要以上に気にしたらあなた達が困ってしまうって事もね。でも、それでもきちんと謝りたかったの。わたしのけじめとして、これからの戒めとして、ね」
あの時、あの選択肢を取ったのは確かにリリンドラ自身だった。
渡瀬が、梅枝が、敵の盾にされたとて、能力を解かない選択肢を取ったのも己だ。
そこで起こった全ての出来事は、その結末は、自分の能力不足が招いたこと。他者の要因など知らない。知る由もないからこそ、彼女は自分を責め、顧みて、反省する。
「……力無き正義は無力、でも力だけの正義もまた傲慢よ。わたしはわたしの信じる正義を遂行したい。だからその両方が必要だし、きちんと持っていたいの。強さも、優しさも等しく、ね」
「そっか。それじゃあ、気の済むまで謝ってくれればいいよ。それがお前のこれからに繋がるなら、それはすごく大切な事だと思うからさ。どうしても気が済まないなかったり、逆にもうすっきりしたぜってなったら……そうだな、店においで。上手い飯でも食いながら、愚痴でも世間話でもしよう」
「ふふふ、そうね。ありがとう」
そうして、やわらかく微笑み合う二人。
「あー、香月さんが女の子ナンパしてるー」
「わぁー良いなぁー。私はお誘いしてくれなかったのになー、ずるいですー」
「えっ?!違う違う違う!!これはナンパじゃなくて、」
「やいやい元・首なしオンボロボロ雑巾!!リリドラちゃんはあたしと|ティーパーティ《仲直り》をするんだぞ?!抜け駆けすんなー!!」
リリンドラを背後からギュッと抱き締めて、梅枝がべーっと舌を出す。
ぎゃあぎゃあわいわい、再び喧騒に包まれる病室内を見つめながら、シアニは「良かったね」ほっと表情を綻ばせる。さあ、そろそろ自分もその喧騒に飛び込もうか。そう思って一歩足を進めようとした時だった。
「あっ、シアニさん」
「う?……あ!アンナさん!!」
静かな足取りで廊下の向こうからアンナが歩いてくる。
軽く手を振り合いながら、挨拶もそこそこに声を交わす。
「アンナさんも病院に来てたんだね」
「うん、わたしは軽いリハビリ?足の具合を見て貰ってたんだ」
「あ、そっか!足の具合どう?」
「うん、もう大丈夫。まだちょっと違和感あるけど、元の通り動けるよ。さっき、先生からもお墨付き貰ったから、めでたく完全復活だね」
「そっかぁ~良かったぁ~……」
ほっと胸をなでおろす。それと同時に、シアニは小さな疑問を覚えた。
あんなにも相棒の事を心配していた、もう一人の姿が無い。
「そういえばカレンさんは?」
「ん?行くところがあるって朝から別行動してるよ」
「そうなんだ。えっと、報告、一番にしなくて良かった?カレンさん、すごく心配してたからさ、なんていうか、早くそういうの知りたいんじゃないかなーって」
「うーん、いいんじゃない?カレンはカレンでやりたい事あるみたいだし、報告したらしたで多分、半泣きで文句言われそうだしね。それは後でいいかなって」
「そっか」
「うん」
にっとアンナが歯を見せた。シアニもにっと歯を見せた。
するとその途端に、「ねずみっておやつ?」というヨシマサの声が聞こえて来た。
———
小さな足音が、一目散に駆けて行く。
帰りたかった、帰って来たかった自分の|孤児院《おうち》。
帰りたかった、帰って来られなかった|子供達《おともだち》の欠片を抱えて。
「ただいま」「おかえり」そんな何気ない挨拶が、ああ、こんなにも尊いだなんて。
次々と自分達の胸に飛び込んでくる子供達を抱き留めながら、シスターが、孤児院の職員が顔を上げる。漸くと戻れた安心感に、それまでの緊張が一気に解けたのだろう。脇目もふらずわんわんと泣き叫ぶ子供達に、彼女達もまた、目頭の奥を熱くする。中にはここの子供でない子もいたが、「いらっしゃい」と優しく声を掛けた瞬間、彼らも一目散に彼女達へと飛び付いて、同じように声を上げて泣いた。
「本当に、ありがとうございました……!!」
シスターにそう礼を言われたのが2日程前。
そのやりとりも色褪せぬ内に、カレン、クラウス、ジョン、見下の4人は、再び孤児院へと訪れていた。「おかえりなさい」そう言って微笑むシスターに「ただいま」遠慮も無くジョンがそう告げる。わぁっと、子供達声が聞こえた。こちらへ駆けて来る足音も。
「お兄ちゃんお姉ちゃん!」
「おとうさんもいる!!」
おかえりなさい!という元気な声に、全員の顔にほっと、安堵と笑みが浮かぶ。
どこか空元気な子供の姿に、未だ心の傷は癒えきってはいないのだろう事が理解出来る。けれどもこうして前を向き、少しずつ少しずつ日常を取り戻そうしている。懸命に生きる彼らの姿が、なんと眩い事か、尊い事か。
四方八方から遊ぼう遊ぼうと手を引く声に些かの苦笑を浮かべながらシスターの元へと辿り着けば、彼女達もまた、4人と同じような表情を浮かべていた。
「本当にすみません。大人しくするようにお伝えしたのですが、この子達にとって貴方達は命の恩人、正義の英雄ですからね。お会いできるのが嬉しくて仕方ないみたいで……どうぞご無礼を許してくださいね」
「そんなそんなっ、正義の英雄だなんてそんなぁ……!」
満更でもなさそうに見下が表情を崩せば、シスターも子供達も肩を揺らす。
「正義の英雄さん遊ぼう!」なんて声を掛けられ、くいくいっと服の裾を引かれれば、「仕方ないですねぇ」と、見下が何処か得意げな様子で子供達に連れられて行く。次いですぐに鬼ごっこだろうか、元気いっぱいに駆け回る彼女と子供達の姿に、3人がまた笑みを浮かべた。
「子供達の笑顔は良いね、それじゃあお父さんも、」
「おとうさんっ」
「?」
聞き覚えのある声に、振り向く。そこにいたのはあの、盲目の少女だった。
弟を連れて帰って欲しいと言った、ジョンが連れて帰ると約束した少女。あの日、全てが終わったあの日、声無き帰宅を果たした弟の欠片に彼女はただただ泣きじゃくる他なかったのを覚えている。あの時は掛ける声も無く、ジョンはただただ少女を抱き締めていただけだったのだが。
「おとうさん」少女が歩み寄って来る。少しばかり戸惑ったように、ジョンの鳥籠の中で光が揺れる。一歩、一歩、また一歩、手探りで近付いてくる彼女の手を握ってやれば、「やっぱりおとうさんの手!」少女が嬉しそうに笑った。
「良かった、また来てくれたのね」
「うん。来たよ。おとうさんはみんなのおとうさんだからね……もう、大丈夫なのかい?」
「……うん、もう大丈夫。私ね、おとうさんに言わなきゃいけない事があったの」
「言わなきゃいけない事?」
「うん。ねえおとうさん、しゃがんでくれる?」
「ああ、いいよ」
少しだけ戸惑いながらジョンがしゃがみ込む。刹那、ふわりと鳥籠を飾ったのは、花の冠だった。
目の見えない彼女が、一体どうやって、いや、一体どれ程の苦労をしてこれを編んでくれたのだろうか。所々花が千切れて、茎が歪に飛び出して、お世辞にも綺麗とは言えないそれを片手で優しく撫で、もう片手で盲目の少女を撫でる。ふふふ、と、花の様な声が聞こえた。
「おとうさん、弟を連れて帰って来てくれてありがとう。きちんと、お別れをさせてくれたありがとう」
「嗚呼、うん、こちらこそありがとう。嗚呼、なんて素敵なプレセントなんだろうね。嬉しいよ、とってもとっても嬉しいね。おとうさんの宝物が増えたよ」
「ふふふ、良かった。ねえおとうさん、また絵本を読んでくれる?」
「ああ勿論だともマイリトルレディ」
そっと、ジョンがこちらを向いた。
このまま、いいかな?そんな風に小首を傾げた彼に、2人は黙って頷く。
手を繋いで歩き出す二人。きっと、図書館に本を選びに行くのだろう。小さく笑み、二人は背を向ける。
「……それでシスター、リナちゃんは?」
「ええ、今は応接室で手続きをされていますよ。お父様が一緒です」
「そっか、それじゃあ正式に此処の子供になるんだね」
「はい。お会いになっていかれますか?」
「あ、ええ、是非!」「お願いします」
「かしこまりました。では少し確認して参りますので、こちらでお待ちください」
事件後、リナは、親元を離れて孤児院に身を寄せる事となった。
表向きはあの記事にあった通り、リナの両親にはアマナの魔術による洗脳の後遺症が残っている為、完全に抜けきるまでは接触しない方がいいという理由だ。あの虐待めいた言動も全てアマナのせいにした事で、本来『少女を一方的に虐待した酷い両親』になるはずだった彼らは『洗脳によってそうせざるを得ない被害者』になったのだ。世間が彼女達に向ける視線は、憐憫や激励も含めた、なんとも同情めいたものである。
シスターの背を見送りながら、クラウスがふっと息を吐く。
「……これで、良かったんだよな」
「うん。きっと、良かったんだと思うわ。私は|アマナ《彼女》にも思う所はあるけれども、けれども、今を生きて行かなきゃいけないのはリナちゃん達だから……」
「そうだな。あの時リナの、いや、彼女達の未来を望んだのは他でもない俺達だ。アマナの想いがどうであれ、これからの彼女達が前向きに生きていける事を喜ばないとな」
「ええ」
真実を知る者として、大なり小なり複雑な思いがあるのは皆同じだった。
それでもあの時、選択したのは自分達だ。選択肢に正解はないと星詠みは言った。けれども、選択肢に責任が無いとは言わなかった。一度選んだ道ならば、選んだ責任を、それを受け止める覚悟を持ちなさい。人は皆、365日、24時間、1分1秒1時間、意図的かそれともそうでないかは知れないけれども、常になにかを選択しながら生きている。一度選んだものはもう二度と選べない。だからこそ「後悔無き選択を」。選んだ自分自身に誇りと責任を。
「それでも、やっぱり……難しいな。選択肢に正解はない、とはいえ、どうしても、ね。これが正しかったのかって考えずにはいられないんだ。事件は確かに一件落着だけど、これがあの家族のスタートって考えると、手放しで喜んでいいのかがわからないんだ」
「そうね。気持ちはわかるわ。私達はもう力を貸せない。ううん、時々手助けしたり様子を見る事は出来るけど、それは一時的なものだから。これから先は、あの人達が頑張らなきゃいけない事……そう思うと、うん、私も考えちゃうな」
「ああ。もう心配しても仕方ないとはいえ、心配事は山積みだよ」
苦笑を零し合う二人の脳裏、山積みの心配事の中には、リナの事があった。
彼女は天使だ。彼女の身が、本当に保障されたとはまだにわかに信じ難い。不幸中の幸いか、天使の力はあれ以来発現していないらしいが、それでもまたいつ彼女の力を嗅ぎつけた連中に狙われるともしれないのだ。
「……|星詠み《クルス》はもう、その心配はないって言っていたけど、どういうことなのかしらね」
「さあ。力を使わない事には嗅ぎ付けられないという意味なのか、それとも別の何かなのか」
「お二人共、お待たせいたしました」
「「あ、はい」」
是非ともお逢いしたいと、シスターにそう告げられるまま案内されたそこは、ここに初めてきた時に通された応接間だった。
お行儀良くソファに座っていたリナが、二人の姿を見付けた瞬間にぱあっと表情を明らめる。「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」と、孤児院の子供達同様、一目散に駆けて来るリナを、お行儀が悪いと咎める冷たい父親の姿はない。彼女の向かいで、父親は穏やかな苦笑を浮かべていた。
「お二人とも、お久し振りです。その節はどうも」
「いえ、お元気そうで何よりです。……リナちゃんの事、本当にありがとうございました」
「そんな、とんでもないです。皆さんのおかげで、私達も大切なものをまた失わずに済みました……本当に、なんとお礼を言っていいか」
立ち上がり、深々と頭を下げる父親に、カレンとクラウスは揃って首を振る。
あの時、自分達が選択したように、彼もまた、選択したのだ。自分自身の為に、自分自身の、大切なものの為に。
疲れた顔で、けれどもどこか憑き物が落ちたように笑う彼に、カレンはそっと、あの日記帳を差し出した。
「……これは?」
「これは、ここの図書館で見付けた」
「あ、それナナの!ナナの日記帳よ!」
「ナナ、の?」
「うん!」
元気よく頷くリナに、父親が少々訝しげな表情をしたのを、二人は見逃さなかった。
そうなのね、と、誤魔化すように言葉を紡ぎながら、カレンは子の日記帳を開いた瞬間の、不思議な体験をそっと語り出す。内容は、伏せておいた。文字と共に、記憶から消えてしまったから、なんとなく家族の事が書かれていたみたいだと、曖昧に誤魔化す。
「なのでもう何も書かれてないのですが、それでも、大事な物ならお返ししたくって」
「そうですか……ありがとうござ、あれ?これ、何か書いてありますよ?」
「「えっ」」
カレンが、クラウスが、目を見開く。
開かれた頁、真っ白だった筈の頁に歌が、歌が書かれている。
あの歌と同じ、けれども違うその歌が、記憶という楽器を使って音を伴わない声となって聞こえてくる。
ありがとう、気が付いてくれて。
ありがとう、わたしの本当の願い事、見つけてくれて。
あなたの幸せはわたしの幸せ。わたしの幸せはあなたの幸せ。
リナ、リナ、あなた、気付いていた?
あなたはね、ずっとずっと、大好きな人に笑って欲しいって願っていたのよ。望んでいたのよ。
きっと私、もうあなたの前にはいない。現れる事は出来ない。
リナ、リナ、あなたの力はね、わたしが持っていってしまったの。
あなたがまた同じ事を繰り返してしまわないように、青い青い幸せの色にお願いして、わたしがわたしごと消してあげたの。
だからもう、大丈夫。あなたはもう、天使じゃないわ。
あなたをさらおうとする悪い大人は、もういないわ。大丈夫、大丈夫よ。
あなたはわたし、わたしはあなた。
あなたはわたしの
ママで パパで 妹で 姉で わたし自身
世界で一番 わたしの大事な|宝物《おともだち》
わたしはナナ 名無しのナナ
あいたくなったら思い出して あいたくなったら名前を呼んで
いつだって、わたしはあなたの中にいる
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な|宝物《おともだち》
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけはもういないわ だからもう大丈夫
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な|宝物《おともだち》
これはわたしの、最後の最後のプレゼントよ
その歌が書かれた頁を見終わった瞬間、それは唐突に、突然に現れた。
静かな暗転の中からゆっくりとスクリーンの中に映像が浮かぶかのように目の前に広がるのは、とてもあたたかな、家の中———
『お父さんお父さん、見て見て!今日ね、先生に褒められたの!絵がとっても上手ねって』
『リナ、そうか、どれどれ?おおすごいな、よく描けてるじゃないか!こっちがお父さんでこっちがお母さんで、こっちがお兄ちゃんでこれがリナだな』
『うん、大正解!そうよそうよ!』
『あらら、お母さんにも見せて?……まあ本当、とっても上手ね!!リナは天才だわ!!これは額に入れてリビングに飾らなくっちゃね!みんなに見てもらいましょう』
『えへへ、やったぁ!どこに飾る?ねえどこに飾る?』
———
『リナ、お誕生日おめでとう!これは僕からのプレゼントだよ!』
『ありがとうお兄ちゃん!なにかな、なにかな……わぁ!新しいクレヨン!!嬉しい!前のクレヨンがもうちっちゃくて使えなくなっちゃったから、とっても困っていたの!!』
『えへへ、良かった!僕ね、リナの絵が好きなんだ!これからもいっぱいいっぱい描いてね!』
『うん!いっぱいいっぱい描く!!だからいっぱいいっぱい見てね!クレヨンがなくなったらまたプレゼントしてくれる?』
『うん!いいよ、約束!!』
『約束!』
———
『お父さんお父さん!あのね、あのね?』
『なんだ?どうしたんだいリナ』
『えへへ!私ね、大きくなったらねお父さんのお嫁さんになるー!!』
『ええ?』
『あらなぁに?お父さんったらデレデレしちゃってー!駄目よリナ、お父さんはお母さんと結婚してるんだから!結婚は二つも三つも出来ないの!!』
『えー!じゃあいいもんっ!お兄ちゃんと結婚するもん!!』
『じゃあってなんだよじゃあって、僕がおまけみたいじゃん』
『おまけじゃないもん!お兄ちゃんはえっとね、えっとね……本命さん!』
『はいはい』
あったかい笑い声がする。やわらかい笑顔が見える。
セピア色の写真の中、今はもうほんのりと色付いているような、記憶の欠片。
ふとした瞬間に忘れてしまうような、壊れてしまうような儚さを持ちながらも、それは決して失われる事のない確かな過去だ。
ねぇ、もしもまた、幸せを忘れそうになったら目を閉じてほっと息を吐いて。
悲しみに暮れそうなったら、寂しさに呑まれそうになったらどうか思い出して。
あなたの幸せはそこにあるわ。あなたの笑顔もそこにあるわ。
大丈夫、大丈夫よ。わたしはいつだって側にいる。見守っているから。
リナ、リナ、大好きよ。|さようなら《ありがとう》。
最後にあどけない銀髪の少女の姿が見えた。
リナとよく似たその少女は、どこか照れ臭そうにはにかみながらも、心からの笑顔を浮かべている。彼女の背に、天使の羽根が見えた気がした。それは一つ羽ばたいて、夢の終わり、その余韻を残すかのような光を放つと、そのままただ、静かに消えて行った。
「今のは……」
父親が呟く。その声に、意識が引き戻される。
目の前にはもう、元の景色が広がっていた。二人がまた日記帳を見る。白い白い頁、あの時と同じく、何も書かれていない頁がただただ広がるばかりだ。そこにはもう、なにもない。思い出は決して、戻れないからこそ思い出なのだ。もう二度と、見る事の出来ない景色だから——————思い出なのだ。
嗚呼、と、父親が呟く。呆然と、夢から覚めたばかりの子供の様な彼の目からは、ぽろり、ぽろり、大粒の涙が零れ落ちる。「お父さん?」と、リナが心配そうに見上げてきた。咄嗟に抱き締めようとして、けれども伸ばした手の先で、怯え竦んだ少女の姿に、父親はその動きを止める。リナのこの行動は、今までしてきた己の所業だ。業の深さを改めて突き付けられたように、彼の手がその力を失い、だらりと垂れた。
「お父さん……?」
「リナ、リナ、ごめんな……お父さん、まだ、まだ、いろいろ苦しくて、いろいろわからなくて、今ね、お前になんて言っていいかもわからないんだ」
「そうなの?お父さんにも、わからない事があるの?」
「ああ、そうだよ。お父さんでもわからない事ばっかりだ。苦しいな。リナはきっと、もっといろいろわからない事ばっかりで、沢山苦しかったんだな……ごめんな、ごめんな……お父さん、そんな事もわからなかったんだ、ごめんな……」
「お父さん……」
「リナ、お父さん、頑張るよ……お前の事、もっともっと幸せに出来るように頑張るから、いつか、お迎えに来てもいいかな?また、お父さんの、いや、お父さんとお母さんとリナの、家族の絵、描いてくれるかな……?」
「……!!うん、勿論よ!!約束ね」
———ゆびきりげんまん
震える小指と小指が、そっと触れ合い、ぎこちなく絡まり合う。
未だ二人の間の溝は深く、その全てを埋めるには、長い年月が必要だろう。
それでも少しずつ、少しずつ、|その距離が埋まれば《幸せが近付けば》いい。
いつかまた、彼女達が家族に戻れる日を願いながら———
嘘吐いたら、お父さんと結婚してあーげないっ!
『あなたはわたしのおともだち』ハーメルンの笛吹き事件
これにてシナリオ終幕と成ります。お疲れ様でした。
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