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『あなたはわたしのおともだち』ハーメルンの笛吹き事件
●笛吹は歌う。
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
———
子どもは眠る宵の時。
明かりも消えた街の中、響く歌声、誰の声。
ふわふわ光り漂うは、一体全体なんなのだろう。
目覚まし時計の鐘が鳴る。
いつもの朝、いつものはじまり。目を覚ますよ大人達。
しかして目覚めぬ子ども達。冷たい体に死の臭い。
ふわふわ光り漂うは、もしや彼らの|灯《ともしび》か。
まるで物語の一説を語るかのように、星詠みの少年、クルス・ホワイトラビットは静かに言葉を紡ぐ。ぼんやりと虚空を見上げるようなその瞳は、どこか遠くを見ているかのようで近い未来に訪れるであろう『なにか』を予見しているかのような、そんな印象を覚えるかもしれない。ふっと、息を吐くように瞳を閉じて俯くと、少年はゆっくりと顔を上げ、同時に開いた瞳を、貴方達のそれへと合わせた。
先程までのぼんやりとしたものとは違う、静かで強い光を宿した星詠みたる|少年《かれ》の顔だ。
「さて、本題に入る前にキミ達はハーメルンの笛吹き男という伝承は知っているかな。
知らない方は座してお耳をご拝借。知っている方は暫しのご清聴を。
とある国のとある街は、大変な困り事を抱えていた。それは灰色の悪魔、蠢く波。街の食物や家畜を喰い荒らし、時には人すら牙に掛ける大変狂暴で大量の鼠達が、我が物顔で街を跋扈していたのだ。退治をしようにも、鼠捕りでは雀の涙。猫は怯えて知らん顔。一体全体どうしたものかと頭を抱える街の人々に、とある一人の男が声を掛けた。
派手な井出達、手には笛。どこか奇怪な魔術師か、はたまた道行く道化師か。奇妙奇天烈な男はこう告げる。「報酬さえ支払ってくれれば、鼠を残らず退治してやる」と。半信半疑な街の人々、吹っ掛けられ宇は莫大な報酬。それでも彼らは、藁に縋るような気持ちで男の申し出を受け入れた。
響く笛の音、ご機嫌に踊り出す鼠、鼠、鼠の群れ。彼らは男に誘われるまま、巨大な灰色の絨毯となって、やがて大きな大きな川の中、自らざぶりと飛び込んでは、あの世へ泳いでいきました。
これにてめでたしめでたしな物語。けれどもめでたく終わらないのがこの物語。
掴んだ藁を嫌悪するが如く、手を離しては報酬代わりに男へ石を投げ付ける。当然男は大激怒。「街を救った恩人に、この仕打ちは許せない」、その日の深夜、鳴り響く笛の音に、誘われたのは鼠、鼠、鼠ではなく子供達。大人の声など聞かん坊、止めようにも知らん顔。ご機嫌に踊りを踊って歌を歌って、男と共に居ずこの地へ。そうして二度と、男も子供達も、街には戻ってきませんでした。めでたしめでたし。
……とまあ、こんな感じで、とある国の実際に起こった事件から幾多の作家が書き起こして伝えられてきた伝承だよ。今は事件を伝える為というよりは『人との約束を守りましょう』とか『因果応報の意味を伝える』とか、そう言った教育的側面で子供達に伝える為に読み伝えられているね。実際の事件を元にしているだけあって、この物語がそのままの事件である説、移民の説等、いろいろな説が唱えられている伝承でもあるのだけれど、今回はその論議をする為にキミたちにこの話を教えた訳じゃないよ」
コホンとひとつ咳払う。ここからが本題であると言わんばかりに、少年は静かに腕を組んだ。
「この伝承のように、とある街で子供達の集団失踪事件が起こった。
場所は√汎神解剖機関、そこのヨーロッパと呼ばれる諸国にある街だ。その街で、一晩にして120人もの子供達が姿を消している。いいかい?12人じゃない、120人だ。この数から、これがただの集団失踪事件と考えるのは難しい。そして簡単な調査結果にはなるけれども、案の定、怪異と思わしき痕跡を発見したよ」
そう言って少年は一枚の写真を貴方達に差し出す。
そこには、あどけない表情にエメラルドの瞳と長いブロンドヘアーの少女が映されていた。年の頃は10歳前後だろうか。怪異と呼ぶにはあまりにも清廉潔白な存在がそこにある。
「彼女の名前はリナ・マリーゴールド。
『天使病』と呼ばれる感染症によって、『真の天使』と化した存在だ」
因みに天使化とは、「善なる無私の心の持ち主のみ」が感染するとされるヨーロッパの風土病で、人心の荒廃した現代では既に根絶したものと思われていたものだ。つい最近になって活性化したらしいそれに感染すると、殆どの場合、オルガノン・セラフィムという怪物に変貌し、理性も何もない怪異と同等の存在へと成り下がってしまうそうだ。
しかし、「真の天使」と化したものは、肉体は美しく異質な存在に変貌したものの、理性と善の心を失っていないらしい。星詠みの言う「天使」の多くはこの「真の天使」の事を差し、それらは今のところ√能力自体は使えないものの、その存在故に怪異や超常現象を研究する機関に狙われてしまう存在でもある。
「彼女もこの失踪事件によって姿を消した一人だ。
『天使』という彼女の存在から、事件とは全く無関係と考え難い。事件の解決は勿論の事、彼女の身が心配だ。早急に見つけ出して保護をしておくれ。
ボクの方で事件について調べた事を共有しておくよ。詳しい事は現地に赴かないとわからないが、それでも何かの足しにはなるだろう」
差し出された書類には、このような事が書かれていた。
『事件について』
子どもたちの年代は、下はハイハイが出来る赤ん坊から上は17歳前後。
失踪者の共通点は世間的に子供と認知出来る年齢である事以外は不明。
出身は様々だが貧困層、孤児院が現住居といった訳ありな者が多い。因みにリナは裕福な家の出である。
街の殆どの子供達が姿を消しているが、姿を消していない子供もある。
手掛かりは冒頭の歌。ハーメルンの笛吹き男の伝承。
貴方達がそれを眺めている時だ。
少年はポツリ、囁きのような声を贈る。
「……なんだか、とても嫌な予感がする。
この事件、目で見えるものだけを信じちゃいけない、そんな気がするんだ。
この事件を解決してくれるのなら、どうか、キミの信じるものを信じておくれ。鏡の中と夢の中、そこが現実よりも優しい世界だとしても、生きている場所は、生きていかなければならない場所は現実だ。決断する時は来る。その時は、どうかそれを忘れないで……」
これまでのお話
マスターより

●弊社より大変お世話になっています。
ご観覧誠にありがとうございます。はじめましての方ははじめまして、そうでない方はいつもお世話になっております盛見ざわわと申します。
今回は巷で流行りの『天使病』に関するシナリオとなります。
伝承:ハーメルンの笛吹き男のように、一夜にして姿を消してしまった子供達。その中には『真の天使』となった少女の姿もあります。一体どうして事件は起こってしまったのか、事件の解決と少女の保護をお願いいたします。
ご注意としましては、ビターテイストなシナリオです。個人差はありますが、人によってはかなり胸糞悪い結末が待っているかもしれません。故に、本シナリオに参加される場合は『何があっても自分の信念を貫き通せる人』もしくは『どんなに揺らいでも迷ってもそれを糧に出来る人』をおススメします。
(そうでなくても、参加したいという気持ちがあれば大丈夫です)
●シナリオについて
一章は街の探索をして頂きます。
街はそれほど広くない規模です。OPにありました孤児院やリナの家、その他病院などの公共施設といった場所も探索出来ます。街の人々は意気消沈している方が多いようです。こんな事が知りたい!みたいなものがあれば、積極的にプレイングください。
二章目以降は皆様の行動次第となります為、今は内緒です。
どうか、皆様にとって納得のできる結末となりますように。
楽しんで頂けるよう尽力させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
●その他
当方のシナリオは、アドリブや他者との連携・絡みが必ず発生するとお考え下さい。故に、プレイングの際に【アドリブ・絡み歓迎】等の文言を書く必要は御座いません。その分、思いっきりやりたい事を書いていただければと思います。
ソロで活動したい場合は【ソロ希望】
グループ・ペア・複数名でのご参加の場合は【グループ名】もしくは【同行者名】をご記入ください。(それぞれ【】は必要ありません)
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第1章 冒険 『手がかりを求めて』

POW
私物や家具を片っ端からひっくり返して力ずくで探す
SPD
部屋中をまんべんなく、てきぱきと効率的に探す
WIZ
家主の性格や行動パターンから捜索範囲を絞って探す
√汎神解剖機関 普通7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴

笛吹きの歌に関しては何かを与えることで子供を引き込もうとしているように感じられるわね。
この点はハーメルンのお話しと通ずるものがあるかも。
なんにせよこういう時はまず情報収集ね、足を使って聞き込みをするしかないわ!
天使となったリナは勿論、他の子供たちも保護してあげたいけど。
今気になるのは連れ去られていない子供達がいるってところね。
リナを起点として考えるのであれば、天使になる素養のある子達だけが連れていかれたとも考えられるけど。
ハーメルンのお話しをベースに考えるのであれば笛の音に反応できなかった子供達がいるって事かしら?
【行動】
正義覚醒を使用し連れ去られていない子供達を中心に聞き込みをしてみる。

一緒に逃げましょう、か
一体何から逃げるんだろうな?
子供達が居なくなる前はどんな感じだったのか
虐待など受けていなかったか
同じ施設に居たりはしなかっただろうか
共通点がないか探ってみようと思う
まずは病院とかどうだろう
居なくなった子供の中にまったく動けない子供は居なかったかとかそういうのも聞けたらいいな
何か知ってそうな人が情報出し渋る様なら能力を使用した交渉を。
ちょっとしたまじないが使えるんだ
アンタの不調、もしくは病院に通ってるお偉いさんの不調を少しばかり良く出来るかもしれない
それと引き換えにと言ったらなんだけど、居なくなった子供の事を教えて欲しい
小さいことでも何でもいいんだ
騒ぎになりそうなら逃げる!

『ほう。ほほう。鼠を捕まえるのは割と得意なんだが、子供を探すのか?』
町の広場のなるべく高い場所に陣取ってフクロウらしく270度首を回しつつ、様子のおかしな子供が居ないか探してみる。
残っている子供が何か知ってるかもしれないし更に狙われるかもしれないもんな?
そんな子供を見付けたら【ハンティングチェイス】でそっと後をつける。
その子の部屋に着いたら本棚の隙間やベッドの下など人の目の届かないところも含めて【リアルタイムどろんチェンジ】も駆使していろいろ調べてみるぞ。
元のフクロウサイズだと大きいからネズミやインコにでも化けてみるかな。
隙間に落ちたメモや手紙があるかもしれないし、薬草の匂いのする飴の包み紙や怪しげな札が見つかるかもしれないしな。
子供がこっそり隠しそうな所も調べてみるか。
敷物の下や鉢植えの下に秘密の花園みたいな場所の鍵が隠してあるかもだしな。
引き出しなんかも器用に開けて詳しく調べてみるぞ。
呪いのたぐいだと子供の目につかない棚の上とかも要注意かもだな。

うーん、編集長からの仕事で取材調査にきたら、想像以上なことがおきてたみたいだな。
能力者から詳細聞き…俺も協力しよう。
子供か…学校があれば話を聞きに行こう。
消えた子供の数や特徴(性別や印象、友達関係等)を確認しておこう。
さて…路地や橋下にも踏み込めたら行くか。
浮浪児がいるかもしれない。いたら、君たちの中で消えた子がいないか、その子がどんな子だったか、消える前の様子を教えてくれないか?
(情報提供の見返りで少額の金銭を渡す。)
気になる場所は足で調査し終えたら…
場所による消えた人数の差や特徴、他能力者の情報をまとめておくよ。
●補足
・取材調査として巻き込まれ
・事件中は適宜、撮影と手帳にメモ
・英語は話せる

ネズミィ!?いまネズミって言った?
あたしはネズミ大好き!お茶につけると旨味が増すんだ。何?ちがう?子どもの話?そう。
天使病?天使って何?怖いよ!
あーかわいそう。辛気臭い顔だ。子どもがいないからだね?わかるよ。
普段あるものが無いと頭がおかしくなっちゃうよね。お茶を飲んで!気付け薬だよ。お茶を断ったらいけないよ。失礼だからね。
閃いた!
子どもを探すなら子どもに聞くべきじゃないかな?子どもがいないなら子どもっぽい大人に話を聞こう。おまえ!大人こどもだな!
ずばり、子どもはお茶会に向かったと思うんだけどどう思う?お茶会に呼ばれないなんてあたしは耐えきれない。ねぇ?行きたいよね!

仮説を立てましょう。
誘う甘い歌。
個人的には、甘いだけでは誰も幸せになれないとは思うんですけど、いったん置いときまして。
貧困層と孤児院出身。子供達が不幸せと感じていた……、いえ、違いますかね。
子供たちのことを「不幸せ」と認識する誰かが連れて行った?
一方的な愛と善意ですけど、仮説ですしね。なにか事情があったのかもですし。視野を狭めないように気を付けないと。
でも、一人だけ富裕層のお嬢さんがやっぱり気になりますよね。彼女と、子供達に接点があったんでしょうか。
孤児院ってどんなところなのかな。子供たちの普段の様子、変わった行動がないか。聞けたらいいんですけど。……不審な所があれば、忍び込んでみようかな。

目で見えるものだけを信じるな、ですか……耳に痛い忠言です。ほんと。
とはいえ、端から専売特許を捨てて解決できる事件とも思えません。
まずは多くを見るとしましょう、精査するのはそれからです。
情報が不足している現状を考えると、共通点を探る意味でも発生件数が多い場所を当たるのが早そうです。
とすると、まずは孤児院に伺うのが良いでしょうか。
失踪の時間・状況をお聞きしつつ、最後に見た場所などを見せてもらいましょう。
邪神の目を通せば怪異や魔術的な隠蔽の残滓なども多少は見えるはずです。
……裕福で善性に溢れた子と不幸な子供たち、ねぇ。
まぁ、怪異の理を推し量るのは後にしましょうか。

ふふ~、相変わらずこの|√汎神《せかい》は面白…興味深いことが起こりますね!違う√とはいえ同じ手口の簒奪者が√WZへ侵略してこないとも限りませんし、早めに対処しましょうか。√WZで子供が120人いなくなったらとんでもない損失ですからね。
ひとまず貧困層の子供たちがいる区域でお話を聞いてみましょうか。そうですね~…賢くて、こっちの顔色を見てきて~、お値段交渉をしてきそうな事情通っぽい子がありがたいんですけどね。最近いなくなった子の特徴とか知らないかなあ。特徴じゃなくて動向だけでもかまいません。…あと、怖いおばけって言ったらみんなはなにを思い浮かべます?ちょっとこの辺を聞いてみたいな~。

(集団失踪か……)
消えた子とそうじゃない子の違いは何だろう
伝承がヒント……『あなたが望むなら』?|愛情《お菓子》や|ミルク《優しさ》を『望んだ』子が失踪したのかな
そんなことを考えながら現地で聞き込み
消えた子供達の知り合い(孤児院の職員辺りが適切だろうか)に、失踪前におかしなことが無かったかを聞くよ
人だけじゃなくてインビジブルにも話を聞いてみよう
穏やかな対話を用いて、近くのインビジブルに失踪時の様子など目撃したことを教えて貰う
天使であるリナが引鉄って可能性も無くはないのかな
天使化で得た力を用いて『善意』で子供達を連れて行ったとか、ついそういう想像もしてしまう
それはともかく、今は情報を集めないとね

子どもが消えた、大勢消えた。捜しに行かなければ、『おとうさん』ならば。子どもを助けなければ、笑顔にしなければ。
空っぽの|鳥籠《あたま》を引っ提げて、みんなを迎えに——。
さて、どうしようか。悲しむ大人たちに寄り添ったとて、子どもたちが帰ってくるわけじゃあないし。
……じゃあ、残った子どもたちに会いに行こうね。どんな子たちかな、会えるのが楽しみだなぁ。
やあ、おとうさんだよ。こんにちは。いなくなっちゃった お友達について、教えてほしいなぁ。
どんなことでも、どんな言葉でも、おとうさんは聞くよ。聞かせてね。
……え、おとうさんじゃない? そんなことないよ、おとうさんは『みんなのおとうさん』なんだから。ね。

……これは、急いだほうが、良い、かしら。
とりあえず、全ての子の身内から、情報を集めたい、わ。
みんなが行かなさそうな人のところには、「強制債権回収」で集めた、債務者たちに、行ってもらうわ、ね。
当日の様子や、失踪後の様子、なにか変わったことはなかったか、全員から、聞いてきて頂戴。
わたしはいま、急いでいるの。
頑張ってくれれば、借金は、ちゃらにするわ。
何もなければないで、ないことが分かったから、良いのよ。
私自身は、リナちゃんの、ご両親に、お話を、聞くわ。
裕福、というくらいだから、何をしているお家なのかも聞いてみたいわね。
あとは、裕福ゆえに感じる街への感覚や、引っかかることがないか、伺えればと。

120人で子どもばっかりって……いたたまれないわね。
赤ちゃんもってことは、自分でついていった訳ではなさそうだけれど……うーん、難しいわ。
とりあえず私は孤児院で話を聞いてみようかしらね。
元々施設出身だし、やっぱり気になるもの。
……まぁ酷い実験施設だったけどね。
連れていかれた子たちじゃなくて、残ってる子たちに何か特徴や共通点みたいなものはあるのかしら。
あとは孤児院の先生たちに直近で何か変わったこと、特に当日の夜にいつもと違う出来事がなかったか聞いておきたいわね。
そうだ、クルスが口にしていた歌についても聞いてみようかしら。
聞いたことがあるか、続きがあるか……この辺りを聞ければ良いかな。

そうですね……。街の探索は孤児院やリナさんの家やその周辺、路地裏やスラム街等で調査をしてみましょうか。
調べる事は……。行方不明の子が日常、どのような状況下にあったか、孤児院の評判や噂、リナさんの人物像や最近の興味関心や動向……とかですかね。
……正直、上記の伝承を鑑みてみれば、天使化したリナさんが子供達を連れ去っていった可能性が否定できません。彼女は善良な人物なのだろうと推測できますが、善意の行動であろうと外部からはそうではない、なんて事例はありますしね。
彼女が子供を連れ去った理由――これは調査で明らかにしていきましょう。
わたしは、子供たちの置かれていた状況がカギになっているとにらんでいますが。

とりあえず貧民街の方に行ってみようかな。
大人子ども問わず話を聞いてみるよ。
この街にこういう伝承みたいなものってあったりするかな?
あんまり有力な情報が得られなかったらみんなと別れて一人でふらふらしてみよう。
わたしも一応子どもだから、攫いに来てくれたりして。
手ぶらは流石に何かあったときに困るから懐にSAAは携えていこうかな。
でもわたしは一般人だし、能力者とは違うから精神系の何かで操られたら厳しいか。
……ま、なるようになるよね。
わたしにはGPSをつけてカレンのポケットには発信機を入れておくよ。
言うと反対しそうだから特に何も言わないけれど……気づくでしょ。
もし何かあったらみんな、よろしくねってことで。

天使病ってひどいよね
ただその日を生きていただけなのに突然あなたは真の天使だー、あなたはなり損ないだーって…
冗談じゃないよね。みんなきっと、やさしかったひとなのにね…
どうか、みんな無事でいて
リナちゃんの家族に天使化した時期と、通ってた学校の場所を聞きたいな
絶対助けるって言おうとして、砂糖菓子の事件を思い出して、無責任なこと言って苦しめたくないから…。頑張ります、とだけ
学校では先生に協力をお願いしてみる
リナちゃんや消えた子は大人から見てどんな子だったかとか、交友関係から共通点が無いか考えてみる
生徒がいたら子供の間での噂や流行りも聞きたい
言語は呼び出したミニドラゴンのテレパシーで補助してもらおうかな
●|Willkommen in Deutschland!《ヴィルコメン イン ドイチュラント》
幾多の√世界を行き交う能力者にとって、旅は付きもの。
異国情緒溢るるという表現は、最早使い古されたものと言っていいだろう。
ある時は 明治・大正時代の面影を色濃く残し現代と混じり合った世界を。
ある時は 竜の存在故に魔法文明が発達した剣と魔法の世界を。
またある時は 戦闘機械群との戦争を永遠とも呼べる時の中で繰り返し続ける世界を。
そしてまたある時は 世界征服をもくろむ怪人と正義の味方が具現化された世界を。
そうして様々な世界を渡って来た能力者ならば、
最早どんな世界に辿り着き流れ着いたとて、目新しい感覚を覚える事も無ければ、胸を躍らせる感覚すら愚鈍になりつつある者もあるのだろう。
然して能力者がどんな心境にあったとて、この目の前に広がる光景に心が動かないものはいない。瞬きの間に、胸の奥底に眠る感動が呼び起こされるような、そんな瑞々しい感覚と輝きが波として押し寄せては、並々とグラスに注がれる水の如く内側を満たしていく。
———√汎神解剖機関、ヨーロッパ
風の匂いが、踏みしめる地面の感覚が、肌に触れる国の気配が。五感に感じる全ての感覚が、自分達の知る世界のそのどれとも違うと告げて来る。
メルヘン、ロマンチック、その名に相応しい街道。バロックにゴシックといった建築様式の建造物や古城等の美しい景観はまるで、童話の世界の様な魅力で溢れ、|一度《ひとたび》足を踏み入れた瞬間、その物語の登場人物になったかのような軽やかな錯覚が胸を満たす。世界有数の先進工業国であり貿易大国として名を馳せるその国は、有名音楽家の音楽でも奏でるかのような華やかさと優美さを以て、異国より訪れた旅人達を歓迎しているようだった。
「うわぁ~!凄い!!外国ってこんな感じなんだね!!」
きらきらと目を輝かせながら、シアニ・レンツィが目的地である街を見回す。
ゴシック様式の———三角屋根の家々に小粋な子猫が優雅に散歩をしていそうな煉瓦の道。日本では珍しい花々の植えられた花壇に洗濯ロープのカーテンレール。可愛らしい街灯が案内人のように立ち並ぶ様は、まさに絵本の世界の小さな町という表現がぴったりだろう。高い山を背にするように街が展開されている他、周囲を森で覆われているらしい。
様々なものに目を向けながら、その度に可愛い可愛いと声を零す彼女に、街の入り口を通りかかった老夫婦が「|Guten Tag《グーテン ターク》.」挨拶らしき言葉を掛ける。
「ぐ、ぐーてんたーくぅ???」
半ば反射のようにシアニがそう返せば、老夫婦は微笑ましそうな表情で頭を下げて去っていく。はてさて一体、彼らはなんと言ったのだろうか。ポカン、と、思わず間抜けた表情を浮かべたのは、なにもシアニだけではなかった。
「ぐーでん、たーく?え?えっと、今のって、英語じゃない、ですよね……」
|見下・七三子《みした なみこ》が丸めた目で呟く。
それにうんうんと頷きながら、アンナ・イチノセ、カレン・イチノセも目を丸めている。残りの面々も、はて?と言わんばかりに各々の反応を見せている。それは至って致し方のない事なのかもしれない。異国へ赴く、しかもそこがヨーロッパという事で、英語圏であるのを予想していた者もあれば、言語の事等すっかりと忘れていつもの調子で足を運んだ者もある。そんな最中、突然とも思えるタイミングで落とされた全くもって予想外の言語に、困惑するなと言う方が難しい話だろう。
「グーテン、ターク……どこの、言葉、だったかしら……」
悩まし気に柏手・清音が片手を頬に添えれば、その隣にいたリリンドラ・ガルガレルドヴァリスとジョン・ファザーズデイも、うーんと首を傾ける。
「この国と関係あるかはわからないけど、そうね。ええっと、確か、ハーメルンの笛吹き男はドイツの伝承だったと思うから……」
「ああ、そう言われればそうだね。なるほど、ここはドイツで、言語はドイツ語って事だね?」
「おそらくは?」
なるほどよくできたね。なんて、テストで満点を取った子どもでも褒めるかのようにジョンに盛大な拍手を贈られ、先程とは別の意味でリリンドラが首を傾ける。
と、
「ドイツ?ドイツ?それは何処のドイツだい?
ん?なんだいここは、絵本かな?絵本の中ならページをめくろう!!
次のお話に行かなくちゃ!次のお話?うん?次のお話ってなんだい、何の話なんだい?」
「え?ええっと、ここがドイツって国であるというお話で。あの、すみません……あなたこそ一体何のお話をしてるんですか?」
くるくるふわりと身振り手振りを交えて、まるで演劇の舞台役者のように語り続ける|梅枝・襠《うめがえ まち》に、エレノール・ムーンレイカーが今まで見た事ない人種に出逢ったと言わんばかりの困惑した表情を浮かべては彼女の様子を伺っている。
「なるほどドイツ、ドイツ!やっぱりそれはドイツの事だい?
教えておくれ!ああ、立ち話は無粋だね!!お茶を飲もうか!!美味しいお茶があるんだ!!」
「え?お、お茶?お茶って、あのっ!」
「あー、その人、ほっといても大丈夫……って、ちょーっと遅かったッスね……」
どこからともなくテーブルセットとティーセットを取り出した梅枝に、半ば強引に引っ張られるようにして、エレノールが席に着く。そうしてなし崩しに持たされたティーカップにお茶が注がれていく様を、ヨシマサ・リヴィングストンはあーあ、なんて言葉と共にぼんやりと眺める他ない。「大丈夫でしょうか」と呟いた水垣・シズクの側では、なんとも言えない顔のクラウス・イーザリーと両手を組んだ|渡瀬・香月《わたせ かづき》が「さあ?」と首を傾けていた。
「まあでもお茶ってのは良いかもな。折角異国に来たし、名物料理とかも知りたいかも」
「あーいいっすねー。腹が減っては何とやらって事でそれは賛成。街をぐるっと歩く口実にもなりますし、観光者を装っていろいろ聞いて回るのはありっすね」
「それはそうだけど……ちょっと待ってくれ、そもそも言語が共通してないんだ。話を聞こうにもまずはその壁をなんとかしないと」
「確かにそうですね。皆さんの中でドイツ語を話せる方っていらっしゃいますか?」
水垣のその問いに、明るい表情を返す者はいない。
話せて「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」といった挨拶程度のもので、肝心な用件を伝える言葉を誰も持ち合わせてはいないのだ。ミニドラゴンを介するか、携帯アプリで翻訳するかと、皆がその件に関して意見を交わしていた時だった。
「ほう。ほほう」という鳴き声と共に、空から舞い降りる黒い影———箔野・ウルシだ。その足でしっかりと小さな紙袋を鷲掴み、彼は真っ直ぐに皆の元へと向かって来る。
やがて優雅な仕草で翼を羽ばたかせると、紙袋をカレンへと手渡し、アンナの帽子の上にちょこんと止まった。「星詠みからの預かり物だ」と告げる彼に促され、紙袋の中を見れば、個包装された飴玉が20個程と、それと丁寧に折りたたまれた一枚の手紙があった。小首を傾げつつ、カレンは手紙を手に取る。差出人は……クルス。言わずもがな、あの星詠みの少年だ。
「星詠みから……?えっと、ちょっと読み上げますね。コホンっ。
なになに……
『事件解決の為に力を貸してくれてありがとう。
大変申し訳ない、今回の舞台が異国の地である事が頭から抜けていたよ。
言葉が通じない可能性を加味しなければならないというのに、本当にすまない。同封した飴玉を是非ご賞味いただきたい。これを食べた人間は、異なる言語を有する相手との意思疎通が可能になる魔法のアイテムだ。具体的に言えば、自分の話す言葉が相手に通じて、相手の話す言葉が自分にとって馴染みのある言語に変換されるというものだよ。効力は2日程。必要な人間はぜひとも使ってみてくれ。ああ、どこぞのクッキーのように体が大きくなったり小さくなったりしないからご安心を。それでは、キミたちの健闘を祈る
クルス・ホワイトラビット』
ナイスなタイミングね……ありがとう、フクロウさん、じゃなくて、箔野さん」
「どういたしまして。ああ、フクロウさんでも構わないぞ、フクロウさんだからな」
「ふふふ、そっか。ありがとうフクロウの箔野さん」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑る箔野の頭をカレンがそっと撫でる。
ふかふかの羽毛に掌が埋もれる感触の心地良さに思わずふわりと表情が綻ぶんでしまう。そんなカレンを静かに見つめながら、アンナは紙袋から飴玉を取り出し、早速と言わんばかりに口の中へと放り込んだ。なんというか、不思議な味がする。こちらが甘いと思えば甘く、しょっぱいと思えばしょっぱく、辛いと思えば辛くなる。まるでこちらの趣味嗜好に合わせて幾重にも変化するそれをコロコロと転がしながら、アンナは耳を澄ます。
先程まで街の雑踏の一部か、もしくは聞き慣れない音楽にしか聞こえなかった人々の声が、確かな言語となって理解出来る。
「どう?アンナ」
「うん、良い感じだよ。手紙の内容通り、人の言葉が言葉って理解出来るね」
アンナのその言葉に、その場にいた面々が次々と飴玉を取り出し、口の中へと放り込んでいく。些か不思議な感覚に驚く者もあるが、ひとつの大きな問題、言語の問題が解決された事で、皆の表情は明るい。
「おおっ!すげぇ!食べる翻訳機って感じだな!この味の秘密も知りたい気がするけど」
「渡瀬お前、興味を持つのはそこなんだな」
「まあ俺、料理人だし。あ、なあなあ、クラウスは今何味を食べてんの?」
「……甘くて辛くてしょっぱくて苦くて酸っぱい」
「オールスターじゃん」
「んー、凄いけど、動物の声はそのままなんですね。ホンニャクなんちゃらーって言うのよりは性能が劣るのかな」
「あー、なんでしたっけソレ。確か、押し入れに住んでる青い猫型ロボっ、」
「駄目っ!見下さん!ヨシマサさん!それ以上はなんというか|いろいろ駄目《版権的アウト》な気がします!」
水垣の言葉に、見下とヨシマサは不思議そうに首を傾けた。
———
「それじゃ、言葉の問題も解決したとこだし、どう調査しようか?」
「そうですね……一意見ですが、街の探索は孤児院やリナさんの家やその周辺、路地裏やスラム街等で調査を。調べる事は……行方不明の子が日常、どのような状況下にあったか、孤児院の評判や噂、リナさんの人物像や最近の興味関心や動向……とかですかね」
どうでしょう?と自身無さげに皆の方を振り返ったエレノールに、賛成!シアニが元気よく手を上げる。
「あたしはリナちゃんの家でリナちゃんのことを聞こうかなって思ってるんだ。天使化した時期とかさ、そういうのも聞けたらいいなって。お家の人もきっと心配してると思うから、元気出して欲しいし……」
「シアニさん、らしい、わね。私も、リナちゃんの、ご両親に、お話を、聞きたい、って、思っていたの。裕福、というくらいだから、何をしているお家なのかも聞いてみたいわね。あとは、裕福ゆえに感じる街への感覚や、引っかかることがないか、伺えればと。そういう、小さな違和感、から、案外事件は起こるもの、だから」
「そうですね、確かに、リナさん一人だけ富裕層のお嬢さんっていうのはやっぱり気になりますよね。彼女と、子供達に接点があったとかも伺ってみたいな。私もご一緒していいですか?」
「勿論!清音さんと見下さんが一緒なら心強いや!!」
「ふふふ、私も、よ?よろしく、ね?」
「はい!!こちらこそです!!」
他に行きたい人はいますか?という見下の声に、手を上げるものはいない。
皆、3人も行けば十分だろうという判断だった。
「それじゃあ、わたしは貧困街?スラム街かな?」
「アンナ……?」
「ああ、大丈夫。無理する為に行くわけじゃないよ。案外さ、ああいうところの方が情報落ちてるかなって」
「そう、それならいいけど、本当に無理しないでよね?」
「はいはい、わかってるよー」
本当かな?というカレンの視線をアンナが馴れたように交わす。
「こらこら、相棒さんを心配させちゃ駄目っすよー?ボクも丁度そっちの方向行こうと思ってたんで、お目付け役代わりに同行しようかな?」
「お目付け役って何?」
「そのまんまの意味っすよ?女の子一人じゃ、ああいうとこは危ないから。下手するとマジで鼠の大群よりも性質悪いのが寄ってきますよー?」
「鼠の大群って、」
「ネズミィ?!ネズミの大群だって?!」
ぴょこんと、文字通り話に飛び込んできたのは梅枝だ。
目をキラキラさせた彼女は、本当に鼠を探すように周囲を忙しなく見回っている。
「ね、鼠お好きなんですか?」
「ああ!好きだよ大好きさ!!!あたしはネズミ大好き!お茶につけると旨味が増すんだ!!!」
「ほうほう。それは少し興味深い」
「うん?フクロウ?フクロウもネズミが好きなのかい?!」
「まあフクロウだから。ウルシは野ネズミを少々。時々ハツカネズミも」
「いいねいいね!!どれもお茶とは最高の相性じゃないか!!!」
突如として始まった、ネズミについてのお茶会に、水垣はえーっと、と、困惑を隠せない。
「ほっといていい。梅枝は大体あんな感じだ」
「はあ……そうなんですね。わかりました」
きゃっきゃと楽しそうに繰り広げられる、世にも理解したくない料理の話をとりあえず無視して、その後の話し合いによって、このようにチームが分けられる事となった。
リナの家:シアニ、清音、見下
孤児院 :クラウス、水垣、カレン、ジョン、リリンドラ、
スラム街:アンナ、ヨシマサ、エレノール
「あのご機嫌なお茶会二人はとりあえずおいてくとして、渡瀬さんはどうしますか?」
「んーそうだなぁ……じゃあ俺は被らないところで子供がいそうな場所、病院にでも行ってみようかな?」
「お、じゃあ人手足りないと思うんでー、あの二人の事はお願いしますねー」
「え?あの二人って?」
「渡瀬、梅枝と箔野の事は任せたぞ」
「え?ちょっと待って、マジで?」
「マジっす」「マジだ」
「ええええええええ?!」
ちょっと待ってくれよと抗議の声を零す渡瀬と、目を合わせる人間はいない。
「それではよろしくお願いしますね」と無駄に爽やかで素敵な笑顔と共に手を振りながら、それぞれがそれぞれの現場へと赴いて行く。
「箔野はともかく、梅枝は俺、自身無いよ?!」
「だ、大丈夫よ。普段はああだけど、梅枝さんってやる時はやる人なんだからっ!」
「マジでぇ?」
「う、うんっ…………多分」
カレンが小さな声で付け加えた筈のその言葉は、渡瀬にとって、最上級の重圧となって襲い掛かって来たのだった。
●氷の家
道行く人に『リナ・マリーゴールド』の家と聞けば、誰もがああ、と声を上げる。
聞けば、街でも有名な名家として、この街で代々医者として医院を経営している家だそうだ。都会と比べるとやや見劣りする程の小さな医院だが、それでも一般家庭と比べれば十分過ぎる程の財を成していることは間違いないだろう。広い庭とゴシック様式の立派な二階建ての家が、街の中心近くの住宅街に聳えていた。使用人はいないようで、人の気配は少ない。シアニ、清音、見下の三人は静かに互いの顔を見、頷く。シアニが門のドアベルを鳴らせば、スピーカー越しに不機嫌そうな男性の声が聞こえて来た。
『はい、どちら様でしょうか』
「あ、えっと、ここはマリーゴールドさんのお家、で、よ、宜しいでしょうか?家主様は、ご、ご在宅、ですか?」
『……私ですが』
「あの、あたし、シアニ・レンツィって言います。その、行方不明になってしまった娘さんについて、お話を伺いたくって……その」
『それならば間に合っています』
「え?」
それはバッサリと、言葉のナイフでもって、交渉の糸を断ち切られた瞬間だった。
直接的な言葉でなくとも、それは一切の関与も、合切の情報提供も許さないと、冷たい声が告げていたのだ。少なからず困惑と動揺を覚える三人に、追い打ちをかけるように声は続ける。
『ですのでお引き取りを』
「えっ、少しでいいんです、お話を」
『申し訳ありませんが、私の方から話す事など御座いません。どうかお引き取りを。お引き取り頂けない場合は、はっきりと申し上げて迷惑です。警察を呼ばせていただきます』
「でも、」
「シアニさん」
見下がポンと肩に手を置いて小さく首を振る。
これ以上話をしても、事態は好転しないだろうと彼女の目が告げる。それは隣に居る清音も同じようで。彼女と目を合わせれば、清音も静かに深く頷いた。
「……すみませんでした、失礼いたしました」
『……』
最後は言葉も無くスピーカー音は途切れた。
寄る辺も無く、取り付く島もないその対応に、しょんぼりと肩を落とすシアニに、見下も柏手もどうしたものかと軽く言葉を飲み込む。肩に添えた手はそのままに、もう片方の手で見下はシアニの頭を撫でてやった。
「シアニさん、その、元気出してください、ね?
「……うん」
「ほ、ほら!もしかしたら娘さんが行方不明になって気が立ってるだけかもしれないですよ?突然の出来事だったみたいだし、まだ混乱してるだけなのかもしれないですから」
「そうよ、シアニさん……見下さんの、言う通り。お家の、方から、情報を、得られなかった、のは、残念だけど、仕方ないって、思いましょう?」
「うん、そうだね……お家の人も、うん、辛いよね」
うんっ、と、自分を納得させるようにシアニが大きく頷く。
そうして落ち込んでなんていられないぞ!と、いつもの調子を取り戻そうとしている彼女に、二人も顔を見合わせてほっと表情を緩めた。
「とはいえ、リナちゃんに関する情報を何も得られないのは正直厳しいですね……」
「そう、ね……家での、彼女の様子を、知れる、何かは、欲しい、けど……今は、厳しい、かも、しれないわね」
「そうだね……なんていうか、インターフォンに出てくれたお父さん、なのかな、凄く冷たい声をしてた」
「ええ、そうね……」
またしゅんと俯きそうになるシアニの頭を撫でつつ、見下も少しだけ俯く。
シアニの言う通り、あの声はまるで氷のようだったと思う。こちらからの関与等一寸たりとも許さないような響きには、我が子への心配や焦燥といった愛情を何も感じなかったのだ。ただ気丈に取り繕っているだけだと、周囲に心配をかけまいとしているだけだと思いたいけれども。でも、あれは……。
考えを振り払うように首を振った。ダメダメダメ、考えているだけじゃ、駄目だ。
「よし、決めました!」
「見下さん?」
「決めたって、何を……?」
「その……ちょっと危険ですけど、私、この家に忍び込んでみます」
「え、だ、大丈夫?見下さん」
見上げて来るシアニに、見下は苦い苦い笑みを返す。
100%大丈夫かと聞かれれば、それはそれで自信は無い。
「だ、大丈夫だと思いますよ。流石に屋敷を全部調べるんだったらしり込みしちゃうかもですけど、リナちゃんに関する情報なら、彼女のお部屋とかリビングとか、探索場所は限られてますからね。なんとかなります」
「見下さん、でもソレ……もしかしたら、五分五分の賭け、かも、知れないわよ?」
「うー、危険な賭けは、百も承知です!それでも、何もしないで負けるよりは全賭けして大負けした方がましですから、やってやりますよ!」
「ふふふ、いい、わね……そういう賭けは、嫌いじゃないわ」
それなら私も、それに全賭けしてあげる。
———|強制債権回収《キョウセイサイケンカイシュウ》。
しなやかな指先から投げられた賽。
それが再び清音の手の中へと収まった瞬間、その場にいかにも小悪党といった印象の男が現れた。曲がった背中とぎょろ付いた眼がどこか爬虫類を思わせる風貌の男は、一瞬、何が起こったかわからないと言わんばかりに目も丸め、周囲を見回す。と、清音の姿を見付けた瞬間、大袈裟に肩を竦めた。
「あ、姐さんっ!!?ど、どどどどどうもご機嫌麗しゅう!!!」
「ええ、どうも……けど、申し訳ないけれども、貴方と、無駄話をしてる、暇は、無いの。私は今、急いでいるの。彼女に、協力して、くださる、かしら?」
彼女と言いながら清音が見下を見た。男もつられて見下を見る。
清音はともかく、男の方はなんというか、あまり心地の良い視線ではない。うっ、と口元を歪めて、思わず一歩、見下は後退る。
「はぁん、この嬢ちゃんに協力ですかい?いーいですけどねぇ、具体的には何をすればいいんで?」
「……そうね。彼女が、この屋敷に、潜入、するのを、手伝って、頂戴。貴方、空き巣の常習犯、だった、でしょう?それも、かなり高度なセキュリティの、家を狙った」
「へぇ。その通りですぜ、へへへ……」
「誉めてないわ。やって、くれるのなら、報酬として、借金は、ちゃらにしてあげる」
どう?と清音が横目で男を見れば、直後、男の目がきらきらと輝いた。
それは願っても無い僥倖と言わんばかりに手を叩き、まるで賭博場で大勝ちした時のように歓声を上げて全身で喜びを表す。『借金をちゃら』と言ったか。一体この男がどれほどのものを背負っているかは知らないけれども、借金の形にこうして下僕紛いの扱いを強いられているのだ。相当なものなのだろう。
少しばかり呆気に取られてしまった見下とシニアの目の前で、俄然やる気を起こした小悪党が、じろじろと屋敷を睨め付ける様に見上げる。
「ふぅん、なるほどなるほど……へぇぇ、いいですねぇ。ぱっと見ただけでも金持ってるってわかるいい金持ちだ。セキュリティシステムがあるってだけで安心するような浅はかさも良く見える。ここで金目の物をたんまりか、ガキの一人でも誘拐すればがっぽり儲かり、」
———カチリ
それは、銃の安全装置が外れる音だった。
無表情の清音が、小悪党の頭に片手で銃口を突きつけ、もう片手には、コイントスの形でコインが乗せられている。へ?と冷や汗をかきながら瞬いた小悪党に、冷たさと鋭さ、まるで鋭利な刃物のような視線を清音は投げ付けた。
「……このコインを、投げて、表なら今、貴方の命が、散る。裏なら、貴方の借金が、3倍、よ?さあ、どっちが、いい、かしら……?」
「ね、ねねねねねねねね姐さん?」
「どちらも、嫌なら、私が、コインを、放る前、に、働きなさい?」
「へ、へいっ!!わかりやした!!!!」
ひぃぃっと竦み上がる小悪党に拳銃を向けたまま、清音が見下の方を向いた。
優雅で淑やかな淑女の笑みを浮かべつつも、清音からは絵にも言われぬ迫力が滲み出ている。
「見下さん、こんな、小汚い人で、申し訳ない、けれども、役には立つわ……多分。お願い、出来る、かしら?ああ、おいたをしたら、容赦なく、殴り飛ばしていい、から」
「え、えええええええっ?!もうなんか、すっごく協力したくない、協力したくないですけど、役に立つんですよね……?」
「多分」
「たぶ、うぅぅ、はい……っ、わかりましたぁ」
背に腹は代えられないとはまさにこの事で。
へへへと胡散臭い笑みで揉み手をする小悪党に、嫌だなぁ。心から溢れる感情で顔面をくしゃくしゃにしつつも、見下は彼と屋敷の死角を探すべく駆け出していく。その背中を見送りながら、清音がやれやれと拳銃とコインを懐へと戻した。
「ふう……さて、私達、は、どう、しましょうか?」
「そ、そうだねー……えっと、孤児院以外で子供が集まりそうなところ……学校、とか?」
「学校……そうね、いい考え、ね。行きましょう」
●陽だまりの家
小さな花壇、小さな畑。そこに響く幼子の声は明るくも眩しく、太陽によく似ている。
規模にして極々一般的な幼稚園や保育園程度のそこは、公園によくある遊具がぽつぽつと並べられた運動場と、簡素な二階建ての四角い建物でもって構成されているようだ。
街の北側にある孤児院。きょろりきょろりとその周囲を、中を、子ども達の様子を伺うようにして覗き見るのはクラウス、水垣、カレンにリリンドラの4人だった。
「聞いた通りというか、やはりというか、子どもの数が少ないな」
「そうですね。外で遊んでいるのは、ひいふうみ……今のところ、5人、でしょうか?」
「そうね。んー……とりわけ変わったところはなさそうだけど……なんだろう、なんか違和感があるのよね」
「カレンさんの言いたい事、なんとなくわかるわ。わたしも違和感があるのよね……普通の子供であることは間違いないんだけれども、なにかしら、わたし達とは違うぎこちなさがある感じの……」
「やあやあみんな、おとうさんだよ。こんにちは」
「「「「!!」」」」
即座に4人が同時に目を丸めた。
こちらがなるべく慎重に事を運ぼうとしているというのに全く。ジョンは大胆不敵にも施設内へと足を踏み入れ、遊んでいる子供達へと声を掛けていた。優しい声色と包容力たっぷりに話し掛ける彼は、確かに大人の魅力に溢れた『お父さん』的な存在であるのだが。
「おじさんだれー?おとうさんってなにー?」
「だれのおとうさんなの?」
「うん?おとうさんは『みんなのおとうさん』だよ。おとうさんはね、いなくなっちゃったお友達について、教えてほしいんだ。知っているいい子はいるかい?」
遠目からでも、子供達が顔を見合わせて戸惑っているのがわかる。
なにせ、2m近い長身の鳥籠頭の不審な紳士が、名も名乗らずいきなりおとうさんだよと話し掛けて来たのだ。これに警戒心を抱かない子供があるとすれば、よほど人懐っこいか考えがまだまだ足りない子だろう。「えっとぉ」と、5人の中でも一等幼い子から声が零れると同時に、施設の方から大慌てで職員らしき女性が駆けて来る。
「ちょ、ちょっとすみません!どちら様でしょうか?!」
「やあ、おとうさんはおとうさんだよ。ちょっとお話を伺いたくてね」
「お、おとうさん?お話?ですか?」
「ああ、そうだよ。『おとうさん』はね、子どもを助けなければ、笑顔にしなければいけないんだ」
「はぁ?!」
人の顔であれば優しい微笑みを浮かべているのが容易に想像できる。
けれども、その言動の怪しさ故に、職員らしき女性の警戒心は上がる一方なのだろう。信頼できる大人がただならぬ気配を発しているのがわかったのか、5人の子供達も彼女の後ろへと身を隠していく。
「コレ、まずいんじゃないか……」
「ええ、最高にまずいと思うわ」
「そうね。由々しき事態ね」
「って、皆さん、呆れてる場合じゃないですよ!!」
極めて漫画的な表現をするとすれば、棒線に四角を張り付けたような目で事の成り行きを見つめるクラウス、カレン、リリンドラ。そんな彼らに同調しそうになる頭をぶんぶんと振って、声を上げたのは水垣だった。
完全に目の前の不審者をどうやって退散させようか身構える職員に向かって、
「あ、あー!あのーすみませーんっ!!!その人、私達の連れなんです!!!」
———
「……なるほど、そういう事、でしたか」
「はい、そうなんです」
ご迷惑をおかけしてすみませんでした。
水垣の心底申し訳なさそうな声が、孤児院の応接間にポーンと落っこちる。
あの後、ミルフィーユよりも重厚に警戒に警戒を重ねた職員を4人がかりで説得し、なんとかこちらの事情を理解してもらったのである。その間も、ジョンは子供達にしきりに話し掛けては、彼らの声や表情、様子を伺っているようだった。勿論そこに悪意はない、が、彼の子供に対するどこか並々ならぬ思い入れのようなものを4人は密かに感じ取っていた。一体彼のなにがそうさせるのかは知らぬが、今はそれを深く聞いている場合ではない。気持ちは分かるが順序があると4人に窘められたジョンは今、大人しく応接間のソファに腰掛け、優雅にお茶を啜っている。
深呼吸をするように大きく息を吐き出した水垣は、目の前の職員、この施設の責任者であるというシスターの顔、正確には口元あたりへ視線をやった。
「それで、あの、不躾なお願いで大変申し訳ありませんが、失踪事件の際、いなくなった子供達について、何かお話を伺えませんでしょうか?」
「お話ですか」
「はい。失踪前に何かおかしなことが無かったか、とか、失踪時の時間帯や状況、最後に見た場所とか、小さな事でも構いませんなん。なにかわかる事があれば、是非」
「そう、ですね……私のわかる範囲で宜しければ」
シスターは静かに片手を口に当て、そのまま軽く俯きながら自らの記憶を辿る。
「……失踪事件自体は、夜に起きたものかと思います。正確な時間までは把握していませんが、この施設に預けられている赤ん坊たちが一斉に泣き出したのが深夜を回ったくらいでした」
どの子も腹が減った様子もなければオムツが濡れている訳でもない。よくある夜泣きの類かとも思ったが、シスターをはじめとする職員達は、すぐにそれは違うと理解した。なぜならば、まだ歩き始めたばかりの子やハイハイを覚えたばかりの子が、自らベッドを抜け出して、一直線に施設の出入り口の方へと自ら進んでいったのだ。そうできない子供達が、まるで連れて行け連れて行けと言わんばかりに声を上げてぐずっているかのようだったという。
「赤ん坊が、自ら……?」
「ええ、私達も最初は夢かと思いました。けれどもあの子達は確かに、自分の足でそちらへ向かっていったのです。いつもならばすぐに転んでしまうような距離も平然と移動していました」
驚愕したのも束の間、すぐに異常事態であると感じたシスター達は、すぐさま赤子を回収してベッドへと戻したという。然しながら、彼らはまたあっという間にそこを抜け出し、何度も何度も出入り口の方へと移動したのだそうだ。
「正直な事を言えば、恐ろしかったです。言葉すらままならぬ赤ん坊がどうしてこんなにも、と、恐怖が足元から這い上がって来るようでした。そうして一人が出入り口まで行ってしまった時に、気が付いたんです。そこに向かっていたのは、なにも赤ん坊だけではない、と」
幸せそうな笑みを浮かべ、出入り口から次々と出ていく施設の子供達。
彼らの名前を呼び、制止の言葉を幾度もかけたが、それは決して聞き入れられるものではなかった。こちらの声はおろか、存在すらも無かったかのように彼らは通り過ぎ、列をなしては歌を歌って、それはさも楽しそうに次々とどこかへ歩んでいくのである。勿論、出入り口は施錠していた、が、それは外からの侵入を防ぐ目的で作られたカギだ。中からは容易く開けられてしまう。
「きっと鍵の事を知っていた子が開けたのでしょう。彼らが出て行かぬよう施錠を試みましたが、その度に彼らに邪魔をされ、施錠したとしても開けられてしまいました。警察にも連絡はしたのですが、どうやら町中で同じことが起こっていると、応援は難しいと言われてしまいましてね。私をはじめとする職員は赤ん坊や小さな子供達を抑え込むのが精一杯で、もう、成す術はありませんでしたよ……」
「そうだったんですね。えっと、すみません、この施設では何人の子供達が失踪されたんですか?」
「47人です。赤ん坊から高校生くらいの子達がいなくなってしまいました」
暗い顔で俯くシスターに、5人はそれぞれの表情を浮かべる他ない。
「本当にハーメルンの笛吹き男ね」と呟いたリリンドラに、シスターが苦笑を浮かべる。
「ええ、本当ですね……そういえばあの夜も、笛の音ではないにせよ不思議な歌が聞こえていた気がします」
「不思議な歌ってもしかして、
いい子 いい子 あなたはいい子 素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物って歌詞のものかしら?」
「ああ、ええ、そうです。確かそんな歌詞でした。とっても可愛らしい女の子の声で歌われていたような気がしますね。声に聞き覚えがある様な気はするんですが、なんだかどうも思い出せなくて……」
そう言って、シスターが困ったように眉を寄せた時だった。
「ナナちゃんよ」
その言葉と同時に、シスターと、そこにいた5人が一斉に声の方を向く。
目に包帯を巻いた少女が、片手を壁につき、手探りのような形でこちらへと近付いてくる。「シスター、お客様がいるの?」と可愛らしく首を傾げる少女に、その場にいた全員が嗚呼、と心の中で同じ言葉を吐き出した。この子は、目が見えないのだ。
「あらあらどうしたの?まだ夕ご飯の時間ではありませんよ」
「ごめんなさい。歌が聞こえたから、私も迎えに来てくれたのかなって嬉しくなっちゃって」
「迎えに来てくれた?それはどういう事かしら」
「ああ、やっぱりお客様がいたのね、初めまして!」
少女はスカートの端をちょんと摘まんで、軽く膝を曲げる。
そんな彼女に、初めまして、と、意図せず5人は声を揃えた。
「えっと、いち、にい、さん、しい、ご?5人いらっしゃるのかしら」
「そうだよ小さなお嬢さん。さあ、おとうさんに話しておくれ。一体何があったんだい?」
「おとうさん?」
小首を傾げる少女に、4人がまた慌てた様子で口を開く。
然してそこから出てくる言葉は、無い。「えっとね」や、「ああその」等、淡淡と吐き出された言葉は脈絡も無ければ言葉としての形を成さないものばかりだ。
それにまた小首を傾げた少女が、次の瞬間、ぱあっと明るい表情を浮かべた。
「おとうさんってほんと?」
「ああ本当だよ。おとうさんは『みんなのおとうさん』だ。勿論、キミのおとうさんでもあるんだよ」
「うふふ、そうなのね、嬉しい!あなた、私のおとうさんになってくれるのね!
私ね、お父さんとお母さんがいないの。二人とも、弟が生まれてすぐに亡くなっちゃったのよ。だからね、私のお母さんはシスターさん。でも、シスターさんは女の人だからお父さんにはなれないって。だからね、ずっとずっとね、お父さんが欲しかったの!」
盲目の少女が手探りでジョンへと辿り着く。
そのままぎゅっと、彼の腰元に甘えるように抱き着くと、嬉しそうに笑い声を零す。
「こらこら、お客様にそのような……駄目ですよ、離れなさい」
「いや、このままで構わないさ。
それよりねえマイリトルレディ?君は一体何を知っているのかな?一体誰にお迎えされたのかな?おとうさんに教えてくれないかな?」
「ええいいわよ」
嬉しそうな表情のまま、少女は続けた。
あの夜、歌を歌っていたのはナナという少女らしい。顔は見た事は無い、というか見えないのだが、声がリナとそっくりの少女だという。
「リナ?リナって、リナ・マリーゴールドで間違いないか?」
「ええそうよ。リナちゃんはね、時々学校の帰りにここに寄ってくれるの。なんでも遠い遠い学校に通っているから、帰りが遅くなる時はここでご飯を食べて帰るのよ」
「そうなのか」
「ええ」
という事は、リナはこの孤児院の人達と面識があるという事だ。
「すまない、話の邪魔をしたな」と、クラウスが話の続きを促せば、少女はそんな事を気にした様子もなく首を振り、再び口を開く。
「それで、ええっと、そうね、リナちゃんとナナちゃんはとっても仲良しさんでね、いつも一緒にいるみたいなの。あの夜もね、ナナちゃんの歌声に合わせてリナちゃんも歌っていたわ。皆で一緒に素敵な場所へ行きましょうってお誘いの歌よ。私も大喜びで着いていったのだけれど、途中で何かに躓いて転んでしまったの。いつもならね、転ぶ前に私の弟が「危ないよ」って助けてくれたのだけれども、その日だけは助けてくれなかったわ。私を置いて、自分だけで素敵な場所に行ってしまったのよ」
「おやおや、それは寂しいね」
「ええ、とっても寂しいわ。あの子、いつも私のお世話ばっかりでお友達と遊べなかったから、きっとそれが嫌になったんじゃないかしら」
きゅっと、少女の掌がジョンの上着を掴んだ。
途端に寂しそうに俯いた彼女を、ジョンが優しく抱き締めて頭を撫でる。
「それはね、うん、おとうさんにもわからないな。弟に聞かないとわからない事だね」
「……そうよね、ねえおとうさんお願い、私の弟を見付けてここに連れて来て欲しいの。わたしのお世話が嫌になって出て行っちゃったのならそれでもいいの。でもね、せめてさよならとありがとうが言いたいから。お願い」
「任せておくれ、マイリトルレディ。君の弟、いや、それならおとうさんの息子だね。必ず見つけ出してあげるよ」
ジョンの大きな手が少女の頭を撫でる。
嬉しそうに微笑む少女の声に、ジョンの頭の鳥籠に青い小鳥のような淡い光が宿った。
微笑ましいやりとりを続ける二人を他所に、他の4人は再びシスターへと向き直った。
「シスター、リナさんの事から伺いたいのですが、今のお話は本当ですか?」
「ええ、本当です。リナさんは週末になるとここで皆と夕食を摂っていましたよ。ナナという少女は、リナさんによく似た、というよりも双子のようにそっくりな子です。とても大人っぽくてしっかり者で、ここでも人気者の子でしたね」
「ナナ……その子は一体どこのおうちの子なんですか?」
「さあ?リナさんもナナさんも一緒に暮らしていると言っていましたが、リナさんの家には今、リナさんしか子供はいない筈なんです。ご主人に問いかけても、知らず存ぜずというよりも、追及してくれるなと言った感じで詳しい事は伺えておりません」
「そうなんですか」
ふむ、と、水垣は軽く片方の眉を吊り上げる。
リナ・マリーゴールドとよく似た、というよりも、瓜二つの存在がいる。
「そうだ、あの子、あの目の見えない女の子は何処で倒れていたの?」
「あの子は孤児院の遊具に足を引っかけたようで、転んで蹲っていました」
「ふうん……ねえ、もしかしてなんだけども、あの子のように目が見えない子や耳が聞こえない子がここに残っている子供達じゃない?他にも、そうね、足が悪い子とかも残ってないかしら?」
「え、ええ。そういう子達は漏れなく全員残っていますよ。ご存じだったんですか?」
目を丸めるシスターに、リリンドラは首を振って否定の意を表す。
「ううん、違うわ。ただ、さっき、わたし達が感じた違和感の正体がわかっただけよ」
「違和感?ああ、あの、遊んでる子ども達を見て覚えたって奴だな」
「ええ。彼ら、普通に遊んでいるようで、どこかぎこちなかった。今思えば、視覚と聴覚で情報を拾っている子、視覚だけ、聴覚だけで情報を拾っている子が混じって遊んでいたからだったのよ。微妙な間というか、認知のズレで起きる動きのズレのせいで、妙なぎこちなさがあったんだわ」
「なるほど。言われてみれば、ジョンさんの問い掛けに最初に反応したのも二人だけで、後の子供達は他の人の様子を見て気が付いたって感じでしたものね」
「ええ。まさかこんなところまでハーメルンの笛吹き男の伝承通りとは思わなかったけれど、よくよく考えてみれば当たり前のことなのよね。聞こえない子にはそもそも歌が聞こえないし、見えない子は聞こえていても何処に行けばいいのかの詳細がわからない。足が悪い子はそれこそ赤ちゃんのハイハイよりもずっと遅く歩く子だっているわ」
「確かにそうね。つまり、残された子ども達って言うのは、全員、体に何らかの障害がある子って言う事になるのかしら。それはどうなんですか、シスター」
「……ええ、そうですね。あくまでも、この施設の中に居る子はそうだと思いますよ」
神妙な面持ちで頷くシスターに、カレンがまた何か言おうと口を開いた時だった。
高らかに鳴り響く着信音。それは、水垣の携帯電話だ。突然の事に大袈裟に肩を花枝させながら、「すみません」とディスプレイを確認すれば、そこに表示された名前は、意外な人物からだった。
「梅枝さん……?」
え?なんで?と思ったのは水垣だけではない。
一体全体何の用だと若干の不信感と疑念と共に通話ボタンを押せば、
『やっと出たね!遅い遅いよ!ウミガメよりも遅い!アタシをスープにする気かい?!』
「え?えっと、それは、はい、すみません……?」
『謝罪はいい、謝罪なんかいいんだ。そんな事より大変なんだ。いいから来てくれ、へんてこりんでとんでもないものがあるんだ。一刻も早くこっちへ来てくれ!多分、あんたならいける。そのへんてこりんな目なら多分なんか見えるしいけるんだよ!!』
「え?え?え?いけるとは?一体何を見付けたんですか?」
『うん?何をなんだって?いける?何にいけるんだい?いける、いける、生け花かい?花はいいよ。お茶会の飾りにはぴったりさ!ローズヒップティーも美味しいね、砂糖と蜂蜜をひと匙零せば、きらきら光るコウモリだってお空の彼方へまっしぐらだ!』
「なんの話ですか?!私は一体何処に行けばいいんですか?!」
剛速球でぶん投げられる言葉でキャッチボールが成立するはずもなく。
電話口で意味不明な言葉を吐き続ける彼女に、水垣が思わずぐっと眉を寄せた時だ。
「ほう。ほほう」
「!」
窓の外で、黒いフクロウが高らかに鳴いた。
●影日向に暮らす人々
光あるところに闇があるように、どんなに小さな街であっても、その経済格差故に貧しいものが暮らす場所というのは存在するのである。
表よりもずっと古い建築物が立ち並び、迷路のように張り巡らされた細く薄暗い路地は|一度《ひとたび》足を踏み入れれば、その命ごと全てが奪われてしまいそうな仄暗い予感が胸を過る。街灯の下には花壇の代りに物乞いをする人々や薄汚れた子供達で溢れ、陰鬱で仄暗い雰囲気と共に、確かな汚臭がその場全体を漂っているようだった。
「酷い、ですね……っ」
そう言って思わず口元全体を抑えたのはエレノールだった。
周囲の気配に目を配りつつも、彼女にとってそれは耐えがたいものであったらしい。静かに、けれども確かに顔を歪める。尚も鼻腔から侵入してくる悪臭に生理的な嫌悪感をじわじわと表出させた彼女の背を、アンナが「大丈夫?」と涼しい顔で擦った。
「こういう、あんまりよくない匂いに慣れてないなら、無理しない方がいいよ」
「そーそ、ボクはまあ油とかヘドロの匂いで慣れてるんでなんともないっすけど、そーいうのとか経験ない人には結構きついですよ、ココ」
「うっ、すみません……でも、大丈夫です。想像以上だっただけなので、はい」
「そう?それでも無理はしないでね」
言いながらぽんぽんと背中を擦られ、エレノールは静かに頷いた。
これぞ社会の表と裏というべきか。同じ町の中にあって、こうも経済格差が激しいとは思いもよらなかった。華やかな表の街道と比べ、汚泥の通り道のようなここは、身寄りも無ければ未来も、明日も見えないような人々がただただ虚ろな目を向けている。先程からこちらを値踏みするような視線があちらこちらから飛んでくるのを、周囲を見回すふりをして振り切った。
「お花を買ってくれませんか」
「靴を磨かせてください」
「すみません、お恵みを」
「少しでいいんです、何か食べるものは」
「ちっ、財布の一つや二つ失くしたってどうってことねぇだろ?!」
物乞いの近くを通れば文字通り物や金を強請られ、花の詰まった籠を持った子供達が花を買って欲しいと何度も何度もやって来る。すれ違い様に武器を擦られそうになった時には、流石に肝が冷える思いがした程だ。何かひとつ、誰か一つに恵みを与えれば、芋づる式に別の人間達がそれを求めに押し寄せて来る。物と引き換えに情報収集が出来ると踏んでいた考え自体が酷く甘いものであったと、三人は思わずにはいられない。
「いっそ攫われた方が有益な情報が聞けるかもね」
「んー確かに?子供がいるいないとか以前に、キリないっすわ」
「だからって、ここで各々別行動は駄目ですよ?はぐれたら最後な気がします」
若干の偏見は混じるが、こういう場所では、人攫いも物取りもそれ以上の事も日常茶飯事に横行していると考えた方がいい。おとり捜査の要領で明確にこんな犯人に攫われたという情報があるならまだしも、闇雲に人攫いに遭えば最後、事件とは無関係な人間に攫われ、二度と日の目を拝めない可能性だってあるのだ。例え位置情報の分かるものを所有していたとしても、犯行を行う人間だって馬鹿じゃない。何らかの対策をしていると考え、慎重になるべきだろうとエレノールは続ける。
「すみません……厳しい言葉にはなりますけど、一人の身勝手で全員を危険に晒す事もあります。時に大胆な行動も必要になるかとは思いますが、敵の出所も何もかもがわからない今、慎重に情報を集めた方がいいのかなと」
「うーん、それもそっか。ちょっと軽率だったかも、ごめんね」
「いえ、わたしこそ偉そうというか、そんな風に聞こえてしまったら本当にすみません」
「いやいや、言って貰って再認識するのは大事っスから。助かりましたよ。それより、顔色最悪っスけど、大丈夫ですか?」
悪臭に加え、精神的な疲労が深刻な状態にまで達したのだろうか。言葉を発する前に、エレノールが口元を抑えた瞬間だった。
「だ、大丈夫、ですか……?」
幼い声が聞こえて来た。
見れば、物陰から隠れるようにしてこちらを伺う少年の姿がある。周囲を怯えたように伺っている事から、警戒心も強いのだろう。またしても物乞いか、それとも花売りか。そんな3人の警戒心はほんの一瞬で、彼の片足が視界に入った瞬間、それは瞬く間に消えた。少年の片足は足首から先が無いのだ。歩くのもやっとなその体で買い物にでも行っていたのだろう、両手でしっかりと紙袋を抱えている。しきりにきょろきょろと周囲を伺いながら、彼は消え入りそうな声でこうも続ける。
「あ、えっと、もしかして観光客の方ですか?もしうっかり迷い込んだのなら、早く出て行った方がいいですよ。日が高い内はまだいいんですけど、沈んだ瞬間に命ごと身包みが剝がされる事もありますから」
「ご心配どうもありがとう。んー、残念だけど、観光客じゃないんだ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。ねえ君さ、ちょっとお話を聞きたいんだけど」
そう言いつつ、アンナも周囲に目を配る。
人の気配はまばらだが、視線は確実に集まっていた。如何せん自分達の存在が目立ち過ぎているのだ。このままここで会話をするのは得策とは言えないだろう。最悪、この少年に被害が及ぶかもしれない。「どこか、ここと比べてでいいから落ち着いて話が出来る場所は無い?」と続ければ少年は困ったように小首を傾げた。
「やっぱりないかな?」
「あるには、あります、けど、その、お話、ですか?一体何の……」
「今街で起きてるちょっとした事件について、っスね。ああ、勿論タダでとは言わないっすよ?」
「え?」
ヨシマサがそっと少年の耳元で囁く。
「ボク達もタダで情報がもらえるなんてムシのいい事は端っから考えてないんで。情報がいただけるんならそれなりのお礼はしようかな~って考えてます。ま、お値段交渉って奴ですね」
「……え、えっと」
「どうします?あんまりにも法外なお値段だとこっちも流石にって感じっすけど、そうだなぁ~、最低料金として、キミの家族がその日お腹一杯食べれる分くらいは出しますよ」
「……家族が、お腹一杯……」
ごくり、と、少年がつばを飲み込んだのがわかった。
そうして少しだけ俯き、考えるような仕草をした後で、少年は「わかりました」と小さく頷く。そのまま彼に案内されるままに足を進めた先は、廃屋を利用して住居にしているのだろうボロボロのアパート跡地だった。
「ただいま」と少年が言えば、「おかえり」という様々な声が重なり切らずに聞こえてくる。次いでかけてくる足音の方向へと目を向ければ、そこには少年よりもずっと小さな、4歳前後子供達の姿があった。彼らは3人の姿を目に止めた瞬間、急ブレーキをかけたかのように足を止め、怯えた視線を投げて来る。
「その人達だれ?」
「人買い?誰を買うの?もう普通の子はここに居ないよ?」
「あの夜大勢いなくなったの、僕たちじゃ売り物にならないんでしょう?臓器でも取り出すの?」
ちょっとタンマ、と、両手を降参の形で軽く上げたのはヨシマサだ。目を丸めた彼と同様、アンナとエレノールも目を丸め、軽い降参の姿勢を取る。次々と投げ掛けられる子供達の言葉は、そういう場所で育った子供であるからとある程度の予想は出来ていても、実際に投げ掛けられた時の衝撃は少なからず動揺を誘う。自分達はそういうものではないと説明したところで、子ども達から送られる剣呑な視線は変わらなかった。
「えっと、この人たちは、僕にお仕事を持ってきてくれたんだよ」
「はぁ?お仕事?」「なに?靴磨き?」「女の子呼んでくる?」
「ううん、お話が聞きたいみたい。僕が話すから、皆は奥に隠れてコレ食べてて」
少年が持っていた紙袋を手渡せば、途端に子供達の目の色が変わる。
誰かが「パンだ!」と声を上げた。わっと波紋のように歓声が広がって、彼らはあっという間に建物の奥へ奥へと姿を消した。
「すみません、みんな少し訳ありなんです。ここで生きるしかないって諦めてる子なので、なんというか、明け透けな物言いしか出来なくて」
「ふーん、そうなんだ」
「はい、ああ、こちらへどうぞ」
そう言って案内された場所は、建物の中でも広い場所なのだろう。
ゴミの無い集積所とでも言えばいいか。ゴミともガラクタとも付かないものが隅に寄せられたそこに、少年が心ばかりの薄い布を敷いてくれた。自らは固いコンクリートへと腰を下ろしながら、「お話ってなんでしょうか?」少年は小首を傾げる。三人は一瞬、目を合わせると、意図せず同時に頷き、小さく息を吐き出した。
「……えっと、まずは少なからずわたし達の事を信用してくださってありがとうございます。報酬はきちんとお支払いいたしますのでご安心ください。伺いたいお話というのは、この街で起きた子供達の大量失踪事件の事です。それについてはご存知ですか?」
「はい、その時の事はよく覚えています。僕たちの仲間も、沢山いなくなったので……」
「そうなんすね。あの、いなくなった子の特徴とか知らないかなあ。特徴じゃなくて動向だけとか、なんかちょっとしたことでもかまいませんけど」
「特徴、動向……かぁ……」
少年は少し考えるような仕草をしたのち、困ったように眉を寄せた。
「特徴という特徴はない、ですね……身長も体型も性別も年齢も、みんなバラバラです」
「あなた達、残った子供達との違いみたいなのは?」
「ああ、それなら……その、僕との違いは明白で、僕みたいに足が悪くない子ばかりでしたね。あと、動向、と言っていいかはわかりませんけど、いなくなった子達はみんな、なんていうか、きらきらしてました」
「きらきらっすか?それは、体がこう発光してる的な?」
「いいえ、あの、どう言えばいいのかな」
少年は静かに視線を逸らす。
深い寂しさと悲しみと、けれども悟りにも似た傍観を湛えたその目は、一瞬、どこか遠くの方を見つめた気がする。
「未来が、ある、かな……ここで生きる事を受け入れてるけど、その先もいっぱい見てる、みたいなそんな感じで、きらきらしてました」
何か言おうとした口は、少年の笑みによって塞がれた。
ここにシアニでも見下でも渡瀬でも居れば、何か希望を持たせるような言葉を掛けたのだろう。けれどもヨシマサは、アンナは、エレノールは、それが一時のまやかしであることを理解していた。悪言い方をすれば、持たせるだけの無責任な希望、だ。所詮自分達はここに事件解決の為だけに訪れた渡来人に過ぎない。ずっと側にいて支えてあげられる存在でもないのに、それを贈る資格があるのだろうか、と。躊躇と思慮が、現実を知るが故の残酷な思考が、言葉を飲み込ませる。
「そうなんですね、ありがとうございます。
えっと、それとはまた別のお話になるんですが、リナという女の子の事は知っていますか?金髪で緑色の目をした可愛らしい女の子なんですけど……」
「リナ?うーん……名前までは知りませんが、そんな感じの女の子は見たことありますよ。アマナさんと、あと、もう一人、よく似た女の子と一緒に来てたかな?こんな場所ですし、観光客が迷い込む以外で他所から人が来るのは珍しいので、よく覚えてます。あなた達がこの地区に来た時も、てっきり観光客か、アマナさんが来たと思ったんですよ」
「あの、アマナさんって?」
「ああ、はい、お医者様の女の人です。この地区で暮らしている訳じゃないんですが、よく来てくれて、僕たちに配給って言ってパンと菓子を配ってくれるんです。凄く優しいしお話上手な人で、僕たちみんなお世話になってるんですよ」
「へぇーいいお姉さんっすねぇ」
「ええ、とっても素敵な方です。あの人の紹介で、孤児院に入れた子も何人もいますし」
「ふぅん、そうなんだ。孤児院は誰かの紹介じゃないと入れないの?」
「いえ、そんな事はありません。どんな子でも扉を叩けば受け入れてくれると聞いてます。でも……年端のいかない子供や僕みたいな足の悪い人間はこの地区から出るのも大変で。アマナさんみたいに守ってくれる大人がいれば安心して出て行けるんですけど、大抵は途中で悪い大人に捕まって、ストレスの捌け口にされるか売り飛ばされるかのどちらかですよ」
「……世知辛い世の中ですね」
「……そう思えるのはきっと、いえ、なんでもないです」
「え?」
「お話は以上ですか?」
何でもない風に首を傾けた少年に、三人は揃って小さく頷いた。
そうして約束通りの報酬を手渡して、その場を後にしようとした時だ。
少年の後ろに、子ども達が集まって来ている事に気が付いた。見送りでもしてくれるというのだろうか。相も変わらず剣呑な光を宿したままの彼らに、3人は何とも言えない表情を浮かべる他ない。
「っと、そーだっ、最後に一ついいっすか?」
「え?ええ、何ですか?」
ヨシマサがくるりと振り返る。
「ここにいる皆に聞きたいんですけど、怖いおばけって言ったらみんなはなにを思い浮かべます?」
「怖い、おばけ?」
「そう」
一瞬、酷く困惑したように子供達は顔を見合わせると、そのまま、少しの間押し黙る。
そうして何かを思案するかのような、それとも何かを言いあぐねいているような、そんな表情でこちらと仲間達とを見比べた後でまた、少年が口を開いた。
———大人
●運も実力のうち?
「やーお姉さん肩凝ってるねぇー!家の事、頑張り過ぎたんじゃない?」
「あらやだ、お姉さんだなんて、私なんてもうおばあちゃんよ、口が上手いわねぇ!」
「いやいや本当の事だって。いつもご苦労様!長生きしてくれよー!!」
「まあまあ、うふふふ!ありがとうねお兄さん!」
そんな和やかな空気が、白一色に塗りつぶされた様な無機質な診察室に広がる。
ふぅっという爽やかな疲労感と共に老婦人のマッサージを終えた渡瀬は、借りた白衣を翻すようにしていい笑顔で彼女を見送ると「次の人どうぞー!」と元気な声を上げた。
「すみませんね、お手伝いまでして頂いて」
「いいんですよ。その礼に、あとでたっぷりとお話を伺いますから」
軽いウインクで白衣の男性に笑みを贈ると、渡瀬はまた老婦人のマッサージに精を出す。
街の中心街に程近い場所にある医院に渡瀬、梅枝、そして箔野の二人と一羽はいた。他のメンバーがリナの家や貧民街といった場所で情報収集を行うならと、3人は他に子供がいそうな場所、小児病棟のある病院へとやって来たのだ。
当初、渡瀬は√能力で傷や治療の手伝いをしようと試みたのだが、怪我よりもご婦人方のマッサージをして欲しいと白衣の男性に頼まれ、今、精を出している最中なのである。
「そう言えば失踪事件があったって聞いたけど、お姉さんちは大丈夫だった?」
「そうねぇ。うちはもう私一人しかいないから被害は無かったけど、お隣さんの家はご兄弟が全員いなくなっちゃったって聞いてねぇ。気の毒でならないよ」
「そっかー、そりゃあ胸が痛いよな。早く見つかりますようにっ!っと!」
「あらっ、お上手ねお兄さん、。有名な按摩の方?」
「んーそこは内緒って事で」
俺、料理人なんだけどなー。と、内心思いつつも、人との触れ合いは嫌いではない。
渡瀬と患者のやりとりを微笑ましそうに男性が見守っていれば、彼の元に、同じく白衣を身に着けた梅枝がお茶を差し出した。
「ああ、どうもすみま」
「ここはいいね!いろんな人達がアタシのお茶会に来てくれる!ジジイもババアもガキも盛り沢山だ!!こんなに大人数で素敵なお茶会は初めてさ!!!」
「いや、あの、梅枝さん?患者さんにその言葉遣いは……」
「お?あんたは新顔だね!!いらっしゃい!お茶はいかが?ああ、ここのお茶会では参加名簿を書かなきゃいけないんだった!!こっちへ来て!名前を書いて!!!さあさあ!!」
「いやそれ問診票……」
まあ、お仕事はしてくれてるからいいか。と、白衣の男性は小さく息を吐き出した。
二人がそうして病院の手伝いをしつつ情報を収集する一方で、箔野は一人、いや、一羽、小児病棟を探索していた。とはいえ、流石にフクロウの姿では目立つ事この上なし。かと言って人の姿になったとしても、誰かに何かを聞かれた時が面倒だ。故に彼のとった選択は———リアルタイムどろんチェンジ。鼠も鼠、ジャンガリアンなハムスターに変化した箔野は、隠密活動さながらに病室という病室を覗いて回っていた。
渡瀬の予想通りか。
全く動けない子供ばかりが残されてる。
目や耳が聞こえない子供も多い。
ゴミ箱や引き出しなんかも漁ったけど、怪しいものはない。ふむ。
とすると、子ども達に何かを配って、それを媒体に洗脳等を試みた可能性は低い。
いっそ呪いの類かとも思ったが、それならば町中に掛けられていなければ、失踪者の規模的におかしい。他に何か共通点があるのだろうか。それともまだ他に別の何かがあるのだろうか。てちてちころころと足を進め、箔野は子供達のカルテを覗くべく診察室へと忍び込む。
人の気配はない。それならばと変身を解いた箔野は、そのかぎ爪を器用に使いながらファイルを引っ張り出してはそれに目を通していく。
子供達の共通点は概ね今まで得てきた情報と差異は無い。
貧困層の子供も多いが、裕福層の子供がいないわけでもない。
リナもその裕福層に当たるものという情報も間違いではないか。
「ほう。ほうほ……うん?」
何個目かのファイルを開いた瞬間、それまでとは違う文面が目の前に広がった。
今までのが患者の個人情報であるのならば、これは、患者一人一人の経過記録だ。そこに何故かリナの名前を見付け、箔野はぐるりと首を傾ける。
もしかして彼女はここに入院していたのだろうか。然しながら、その内容は入院記録ではなく個人面談やカウンセリングの記録に近いだろう。リナとの他愛もない会話記録の他、担当医による一言のようなものが記載されている。
『リナ・マリーゴールドに関する経過記録
―月―日(開始日は二年前になっている)
イマジナリーフレンドの存在を確認する。
元々解離性障害の疑いが見られていたが、おそらくは兄が事故死した影響で出現したと思われる。今のところ依存性が高い傾向にある事以外に目立った問題は無し。
引き続き様子観察を行う
—月—日
イマジナリーフレンドへの依存性の高さの要因として家庭環境に問題ある事が判明。
詳しくは調査段階であるものの、半ば虐待のような扱いを受けているようだ。
両親の方にもカウンセリングの必要性あり。
だが、なまじっか医療知識のある両親である為、カウンセリング自体拒否される可能性が高い。暫くは本人を中心に様子観察とする。
—月—日(一年前の日付)
学校が変わった事へのストレスか、極端な体重の減少がみられる。
精神的不安定は変わらず。未だイマジナリーフレンドの存在は健在の様子。
スクールカウンセラーの導入を提案する。
—月—日
スクールカウンセラーとの関係は良好の様子。
本人の状態も落ち着いては来たものの、相変わらず家庭環境の問題は改善されず。
両親のカウンセリングへの拒否も継続。
—月—日(3週間ほど前の日付)
スクールカウンセラーより興味深い情報を得る。
すぐさま確認したところ、その証言に間違いはなく確かなものと認識。
然しながら、本人に所謂能力者と呼ばれる素質は無し。
となるとこれは。
(ここから先は空白となっている)
経過記録作成・担当:アマナ』
———
「アマナ先生?」
「おうよ!あー、兄ちゃん、もう少し上を頼むわ!」
「はいよー!んで?アマナ先生って?」
「んー、ああ、小児病棟にいる美人だよ。なんだ、兄ちゃん知らなかったのか?俺はてっきり先生狙いの野郎かと思ったんだがなぁんぁぁぁぁーそこそこっ!!」
「いやー全然知らなかったよ。なんだ、そんな美人さんがいるならお逢いしてから帰ろうかな?小児病棟の先生って事は、子供好き?」
「なんだ兄ちゃん、そういう女がタイプなのかい?」
「んー、嫌いじゃないかな?」
本当は事件の事について聞けそうだから、というのは黙っておく。
すっかり満足した恰幅のいい老人を見送って、白衣の男性にアマナの事を尋ねれば、ああ、という感じで彼女の事を話してくれた。
アマナ。本名はアマナ・ランナイス。4年ぐらい前にこの街にやって来た女医。
専門は精神科だが、小児病に関する知識も豊富で子供が好きだという事でここでは小児病棟を担当してもらっている。薄桃色の髪と優し気な顔立ちが印象的な美人。性格も非常に穏やかで包容力溢れる大人の女性といった感じだろうか。流石に住んでいる場所までは聞いていないものの、少し遠くからここに務めているらしい。小児病棟の子供とは仲良しで、孤児院やスラム街の人間とも面識がある。休日はボランティア活動と称してスラム街に赴く事もあるそうだ。
「ふぅん、女神様みたいな人なんだな」
「そうですね。彼女が来てから医院にも活気が出できましたし、なにより子供達が良く笑うようになりましたね。マリーゴールド院長の娘さんなんかも、彼女が担当し始めて随分と笑うようになりましたよ」
「マリーゴールド院長の娘さん……それって、」
渡瀬が言葉を発しようとした時だった。
「ネズミだネズミ!!ジャンガリアンなネズミだ!!!!」
梅枝が声高らかに院内を駆け回り始めたのだ。
「梅枝?!どうした?!」という渡瀬の呼び掛けなんて知らん顔。彼女は無我夢中で足元を駆け回る何かを追い回している。ジャンガリアンなネズミ!と、しきりに声を弾ませる彼女の足元にいたのは確かにジャンガリアンな鼠———もとい、
「それ……箔野じゃん!!」
きっと彼女の頭の中は、紅茶に浸した鼠のおやつでいっぱいなのだろう。
箔野もしきりに何か声を掛けているようだが、そんなのもまるで知らん顔。逃げ回るジャンガリアンな鼠を捕まえようと手を伸ばし、足蹴にしようとする彼女に、こりゃたまらんと箔野が院外へ飛び出した。無論それを追って、梅枝も院外へと飛び出す。
「アイツら……!!すみません!ちょっととっ捕まえてきます!!!」
「あ、ええ、はい、いってらっしゃい?」
鼠と兎を追い掛けて、渡瀬も院外へと飛び出した。
猫が鼠を追い掛けて、鼠が猫を追い掛ける。そんなあべこべな歌を聞いたことがある人もあるかもしれない。然しながら今、鼠を追い掛けているのは兎で、兎を追い掛けているのは人間だ。なるべく道行く人に迷惑を掛けぬようにという配慮なのだろうか。それともただ単に無我夢中で逃げているだけなのだろうか。逃げる箔野を追い掛けて、一同は院外へ出、街道を抜け、街を出、ついには森の中を駆け回っていた。
「待て待てネズミ!ジャンガリアンな君ならば、ちょっとスモーキーなおやつになりそうだ!!すっきりしたハーブティにつけようか、それとも濃厚なミルクティにつけようか!!ああ涎が止まらないね!!キミと同じだネズミ君、君も涎も止まりゃしない!!」
「いや止まれよっっ!!!!梅枝、それは箔野だってば!!ねずみだけどねずみじゃなくてフクロウなんだよ!!なんで俺までお前みたいな喋り方になってんだよ!!!」
「ほーう、いや、今はちゅーうか?!」
「そんな事言ってる場合かぁいっ!!!!!ああそうだ!箔野!変身解け変身!!今なら人がいない!!」
「ほほうちゅう!そうか!それもそうだ!!」
ほっほう!とひと声、声を上げて、箔野が元の姿へと舞い戻る。
梅枝の手をすり抜けるようにして空へと舞い上がれば、箔野を捕まえようとダイビングアタックをしようとした梅枝が、派手なヘッドスライディングによって地面に小さな獣道を作る事となった。小さく呻き声を上げる彼女の頭の上に、やれやれと言わんばかりに箔野が止まる。
「全くもう……勘弁してくれよ……」
「面目ない。逃げるのに必死だった」
「まあ、箔野は仕方ないか……それより梅枝、おい梅枝、だいじょう、」
「うん?」
渡瀬のあまりに不自然に途切れた言葉を不思議に思ったのか、梅枝が顔を上げる。
どうしたんだいと言わんばかりの彼女に、渡瀬は目を丸めたまま、その視線の先を指差した。
「梅枝、腕、腕……!!」
「腕?」
言われるままに視線を送る。
するとそこに広がる光景に、流石の彼女も大きく目を見開いた。
「「「なんだこりゃぁ?!」」」
●心の友達
ああ、全く、一体全体どうしてこんな事になってしまったのやら。
世界の国の小さな町の民話や伝承を探る旅、なんて、如何にも怪異ルポライターらしい取材調査だと、軽い旅行気分もそこそこに引き受けたのが運の尽きか。遠路はるばる尋ねた取材先からは門前払い。それどころじゃないと血相を変えた店主に理由を尋ねれば、街は、小さな伝承や民話よりもよっぽど記事になりそうな大事件が起こっていたらしい。
はあ。と、本日をもって何度目かの溜息をゼロ・ロストブルーは零す。
昔から自分は、お人好しの巻き込まれ体質らしい。正直、そんな自覚はさらさら無いのだが、同居するとある兄弟は、そうだと口を揃えて止まない。曰く、金品を巻き上げようとして返り討ちにした相手を家族として迎え入れた時点でそうだと言う。そうなのか?と、小首を傾げると同時に、今回の取材先の家族が、子どもを思ってすすり泣いていた様を思い出す。別に警察や他の能力者がいるならそいつに任せればいい案件なのに、ついつい放っておけなくなってしまったのだから仕方がない。時に瞳は言葉以上に雄弁に物事を伝えるように、ゼロの行動は言葉よりも雄弁に彼の感情を、その本質を語って止まないのだろう。
ほら見ろ。と、兄弟の声が聞こえた気がして、ゼロは再び息を吐く。
「まあ、引き受けた以上はやるがな……」
然しながら、情報収集をしようにも英語が通じる人間が極端に少ないのも現状だ。携帯アプリで翻訳しながらでは、ワンクッション分の時間がどうしたって掛かる。時間がいくらあっても足りないのもまた実状だろう。もどかしい思いを振り払うように周囲を見回す。すると、とある二人組に目が留まった。
蒼い肌の竜族の少女と着物姿の艶やかな女性だ。蒼い肌の竜族の少女はまだしも、ハイカラな着物姿にいかにも日本人という容貌の女性は、明らかに現地の人間ではない。一瞬、観光客とも思ったのだが、彼女達の会話は実に観光客らしからぬものだった。
「行方不明の子、無事だといいな……」
「そうね。早く、手掛かりを、掴まなきゃ、ね?」
間違いない。事件を調査している能力者だ。
「あの、すみません」
「はっはい!なんでしょうか?!」
「ああ、緊張させたなら申し訳ないです。俺はゼロ・ロストブルーといいます。えっと、日本から来ました能力者です。こちら、よろしければ……」
そうして名刺を差し出せば、彼女達が若干の警戒と緊張を解いたのがわかった。
それでも着物姿の女性がじっと、見定めるような視線を寄越す。
「そう、ゼロさん、ね……それで?日本の、ルポライターさんが、私達に、何の御用?」
「ええ、実はですね……」
事情を説明するも、女性の視線は変わらない。
それもそうか。異国の地で突然声を掛けた人間が、事件に巻き込まれたついでに調査をしています。宜しければ協力させてくださいなんて言ったところで、すぐに信じられる人間が何処に居るのだろうか。顔見知りならまだしも、全くの初対面なら猶更だろう。下手すると敵側のスパイだのなんだの、疑われても仕方ないかもしれない。
一通りの事情を説明し終えて、ふっと息を吐く。さて、どうだろうか。
「ふうん……そう、なのね。事情は、わかったわ……」
「大変だったねー!お仕事なのに巻き込まれちゃうなんてとんだトラブルだよ!!大丈夫?お腹とか空いてない?」
「あ、ああ、いや、大丈夫。ありがとう、えっと」
「シアニです!シアニ・レンツィ!!こっちは柏手 清音さんだよ!私達今から学校の方に行くんだけど、ゼロさんも一緒に行きませんか?」
「願っても無いお話だが……いいのかな?」
こんなに簡単に人を信用するのは危ないぞ。
いや、今は是が非でも信じて欲しい状況ではあるけれども、それにしたってシアニ?か?この子は簡単に人を信用し過ぎだ。「勿論!」と、屈託のない笑顔で返され、ゼロは軽く頭を抑える。
「どうしたの?」
「いや、ありがたいなと思ってね。改めてよろしく頼むよ」
「うん!よろしくゼロさん!!」
まあいいか。
兎にも角にも、今は事件の解決の為にお互いに協力し合うのが最適解だ。
うんうんと、そうして自分を納得させていれば、すっと、すぐ横にあの着物の女性が寄って来た。
「……私は、もう少し、様子を見させてもらう、わね?」
怖。
———
道すがら、星詠みら伝えられた事件の事や今までの情報をゼロに伝える。そうして歩みを進めていく内に、目的の場所へは思ったよりもあっという間に辿り着く事が出来た。
極々一般的な海外の学校。唯一建物の造りが街並みに合わせたものである以外、何の変哲もない場所だ。やはりと言うべきなのか、普段ならば聞こえるであろう子供達の声は無い。
一歩、門を潜る。校舎の入り口へと歩み寄れば、受付の用務員が本日は臨時休校である旨を教えてくれた。
「そうだったんですね。いきなりお邪魔してすみません」
「とんでもないです。因みにどういったご用件でしょうか?教員の方は通常通り出勤なされているので、ご用件によってはお伺いできると思いますが」
「ああ、それなら、リナ・マリーゴールドさんの担任をお願い出来るでしょうか?少し、お話を伺いたい事が御座いまして……」
「リナ・マリーゴールドさん……ですか」
「ご不在ですか?」
「いえ、その……元担任になりますが、宜しいですか?」
「元、担任?どういう、事、かしら?」
「ああ、ええっと、リナさんなんですが、一年程前に転校されていまして。この学校にはもう籍が無いんです。なので、通っていた時の担任になりますが、それでもよろしいでしょうか?」
心底申し訳なさそうな表情で、用務員が3人を見つめる。
ちらり、目線だけを合わせて3人はほぼ同時に頷いた。
「ええ、構わない、わ。因みに、転校した、理由、なんかも、伺える、かしら?」
「……そちらに関しては担任の判断にお任せしたいと思います」
「わかった、それで構いません。では、元担任の方をお願いします」
「はい、それでは、少々お待ちください」
そう言って用務員が電話を掛ける。
事務的な口調でやりとりを続ける事、2分足らず。
3階の教室に来て欲しいと促された三人は、そちらの方へと足を運んだ。
リナの元担任という教師は、40代後半くらいの、母性をぎゅっと詰め込んだような随分とふくよかな女性だった。「お待たせいたしました」と、頭を下げる彼女の横には、同じ年代の男性の姿がある。
「こちらの方は?」
「スクールカウンセラーの先生です。リナさんのお話をするとお伝えしましたら是非同席させていただきたいと。宜しいでしょうか?」
「あ、はい!大丈夫です!!」
「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします」
互いに頭を下げて、用意された席に着く。
「それでは、リナさんについてお話を伺いたいという事でしたが、具体的に何をお話しましょうか?」
「そうですね……えっと、それじゃあ、リナさんって、学校っていうか大人から見てどんな感じの子でした?」
「どんな感じ、そうですね……大人しい子でしたよ。引っ込み思案というか、あまり自分の気持ちをお話されない子でしたね。話せない訳ではないのですが、話すのを怖がっているような、そんな感じがありました。友達もあまりいなかったような気はします」
「そうなんですね。あの、失礼ですがいじめとか、そういったものは無かったでしょうか?先程、リナさんが転校されていた事を伺いまして。何か、転校する理由があったのかなと」
「ああ、なるほど……いじめは、私の記憶している限りなかったと思います。リナさんの転校に関しては、そうですね、リナさんご自身というよりも、リナさんのご両親に理由があるようで」
「ご両親の理由ですか?」
「はい。なんでも、リナさんの成績をもっと伸ばす為に転校させたいと」
「成績を、伸ばす、為……?それだけ?」
「はい、そうです。あの、リナさんのお家の事はご存知ですか?」
「えっと、街で有名な医院のお家っていうのは知ってます」
「そうですか……」
それだけを言うと、元担任は困ったように視線をカウンセラーの方へと送った。
彼も、随分と困った顔をしながら、どうしたものか、そう言わんばかりに首を傾けている。
「リナさんの、家は、なにか、あるのかしら?」
「……なにかある、うーん、何と言いますか、その、何かあったと言いますか」
「「「なにかあった?」」」
「はい……すみませんが、元とはいえ生徒の個人情報になります。これ以上は、私の口からは言えません……申し訳ありません」
「あら、それは、」
「ならば私の方からお話させてください」
そう言ったのはカウンセラーの男だった。
「貴方方がどういうご事情でリナさんの事を知りたいかは存じ上げません。が、今回の誘拐事件で彼女は被害者になってしまいました。それなのに、あの家はあまりにもリナさんに冷た過ぎる……。他の親御さんが自分達の子供を必死になって探す中、リナさんご両親はあんなもの捨ておけと、そう言って何もしないんです……」
「なんだと……?それは、本当ですか」
「はい。我々の方でも何度か説得を試みたんですが、まるで駄目で。最近ではもうそれすらも煩わしいのか、門前払いをされてしまいます」
「そう、なんだ……」
つい先程、門前払いをされた記憶が蘇る。
冷たい声だった。何もかもを拒絶するような、冷たい声。
「リナさんの、お父さんは、リナさんの事、好きじゃないの……?」
「わかりません。ですが、少なくとも彼女の兄が存命だった時は、こんな対応をする人ではありませんでした」
「リナさんのお兄さん?」
「はい、二年程前でしょうか。不慮の事故で、お亡くなりになったんです」
それは、スクールバスの転倒事故だった。
運転手の不注意により、カーブを曲がりきれなかった車多が横転。運転手、通行人、同乗者を含む、多数の死傷者を出した事件でもある。リナの兄は、その転倒の際に大勢の同乗者の下敷きにされ、内臓破裂や複雑骨折、いわゆるぺちゃんこの状態にされて亡くなってしまったのだ。相当苦しんだのか、遺体の顔は、体以上の悲惨な表情を浮かべていたらしい。
思い出すのも痛ましい事故でした、と、スクールカウンセラーは続ける。
リナがあまり喋らなくなったのはその頃だったと担任が続けた。
「その、お兄さんは、どんな子、だったのかしら?」
「彼は……成績も良くて面倒見もいい、皆からよく慕われる子でした。医院の跡取りとして将来を有望視される、優秀な子でもありましたよ。ああそうか、そういえばリナさんの成績についてご両親が厳しくなったのも、お兄さんが亡くなってからでしたね……」
「家の跡取りとして、兄の代りに育てようとしてたのか」
「おそらくは」
「そんな、そんなのあんまりだよ……!!それじゃあリナは、リナって一人の人じゃなくて、お兄さんの代りとしてしか見られてないって事でしょう?酷いよそんなの、酷い……」
「シアニさん」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いいえ、いいんですよ。私達もそう思っていますから。事実、リナさんはずっと防ぎ込んでました。悲しくて悲しくて仕方ないのに、泣く事すら許してもらえない場所にひとりぼっちでいるような、そんな感じです。見兼ねて私ね、お家の方に内緒で病院の方にも連絡してしまったくらいです。こっぴどく怒られましたけれども、後悔はしていませんわ」
「ええ、英断だったと思いますよ。アマナ先生が取り合ってくれなければ、今頃はもっと防ぎ込んでいたでしょうから。彼女のイマジナリーフレンドの存在すら、気付く事が出来なかったかもしれない」
「アマナ先生?」
「イマジナリーフレンド?」
「ああ、ご説明しますね」
コホンと咳払いながら、カウンセラーが口を開く。
アマナについては、病院と同じ内容の事を話してくれた。
そして、イマジナリーフレンドについて話そうとした時、カウンセラーはこんな事を3人へと問いかける。
「貴方方は、もしかして能力者という方々でしょうか?」
「え、えっと」
「はい、そうです。我々の中の能力者という言葉と、貴方の中のそれに差異が無ければ、そうなります」
「そうですか。あの、ひとつ、お伺いしたいのですが……」
「なんでしょう」
「命の無い、架空の存在を現実に存在させることは出来るのでしょうか———?」
——— 一方、リナの家。
監視カメラの死角を縫うようにして移動しながら、見下とあの小悪党は無事、屋敷の中へと潜入を果たしていた。2人は気配を探るようにして、慎重に慎重に足を進めていく。予想通りというべきか、使用人の姿はなく、家の中には今、家の主と思わしき人物がひとり、自分の部屋にこもっては仕事に精を出しているようだった。
「医院のお偉いさんは、デスクワークがメインってか?いいご身分だねぇ」
「そうですね。うーん、なんだか本当に空き巣になった気分ですよ……」
「お?目指すかい?嬢ちゃんなかなか筋がいいぜぇ?影への身の顰め方なんて一級品だ、ひと月もあれば立派な大泥棒になれるんじゃねえか?」
「結構ですっ。そんな事より、何か盗んだりしないでくださいね?清音さんに言いつけますよ?」
むんと睨みを利かせれば、清音の名前に青ざめる小悪党の姿がある。
「勘弁してくれよ」と泣き言のように零した彼と屋敷内を物色していくものの、リナに関する情報はほぼほぼ皆無と言っていい程に見付からなかった。時折写真立てに彼女の写真が入っているくらいか。それ以外、アルバムも無ければ日記のようなものすらない。いっそ不自然な程に、情報が無いのだ。
「うーんおかしいなぁ。普通、子供の成長記録って残しますよね……なんでこんなにないんでしょう?」
「さあ?ずぼらな親って訳じゃあなさそうだがなぁ。この家を見る限り、神経質で几帳面そうな印象はある」
「子供が嫌い……?だったらそもそも作りませんよね……」
頭をうーんうーんと左右に振りつつ、ひとつ、またひとつと扉に手を掛ける。
めぼしい情報は見付からないままそうして何度も扉を開けていく内に、二人はとある部屋へと足を踏み入れた。そこは、明らかにリナの部屋ではない。けれども確かに子供部屋であるとわかる一室だ。布団のカバーやカーテンの色合い、置かれている飛行機やミニカー等の玩具から、おそらく部屋の主は男の子なのだろう。つい最近、人の出入りした気配はあるものの、その部屋の空気は静かに、まるで時が止まっているかのような印象を受けた。
「誰のお部屋なんでしょうか……?」
「さあなぁ。お?あそこになんかねぇか?」
「え?どこですか?」
ベッドのマットレスと布団の間にわずかな盛り上がりがある。
そこだよ、と小悪党が指したそこには、一枚の紙と分厚い何かの束があった。
引っ張り出して確認すれば、
「古い、診断書?……あと、画用紙とクレヨン……?」
『診断書 発行日(今から2年前の日付)
氏名:リナ・マリーゴールド 性別:女 年齢:6歳
病名:解離性障害の疑い。
症状:
イマジナリーフレンドと呼ばれる空想上の友人がいる事が判明。
イマジナリーフレンド自体は通常、児童期に多くみられるものである。現状、リナ自身がそれを持っていたとしても不自然な状態ではなく、この時期特有のものと思われる。
イマジナリーフレンドへの依存心が通常に比べて高い傾向にある為、通常ならば自然消滅する筈のイマジナリーフレンドがそのまま残り続ける可能性もある。重篤化すると同一性障害等、症状の悪化を招く可能性もある為、今後の経過観察が重要。
特記事項:
まだ一人遊び等、自身のコミュニティの中で遊ぶ傾向がある年頃です。
過度に否定も肯定もせず、普段通りの対応を心掛けてください。
また、解離性障害に関する情報は極力彼女の耳に入らぬよう気を付けてください。個人差はありますが、自身の病状を正しく理解する事で症状が悪化する可能性が御座います』
「イマジナリーフレンド……?」
小首を傾げながら、見下は画用紙を見る。
絵日記の代りなのだろうか。随分と分厚い束が紐でくくられている。文字らしい文字はなく、なんとも幼く可愛らしい感じのイラストが色鮮やかなクレヨンで描かれていた。
一枚目は家族の絵だろうか。母親らしき人物、父親らしき人物とリナらしき少女、そして、少し背の高い男の子。その4人が幸せそうに笑い合い楽し気に何かをする様が何枚も何枚も、それはそれは沢山の画用紙に描かれている。
然し、それはある時3人になり、楽しい様子がまるで葬式の様な陰鬱な光景へと変わった。その理由は、嗚呼、男の子がいないからだろう。リナらしき少女が涙を流したり、両親と思われる人物が怒りの形相で描かれているものが何枚も何枚も続いている。
やがてリナらしき少女とよく似た銀髪に赤い目の少女が登場した。そこからはまた、幸せそうに笑い合う2人が何かをしているイラストが永遠と続いている。
「この子は、一体……?」
小首を傾げつつ、一番最後の画用紙へと目を向けた。
そこあったのは、リナと少女と、そしてもう一人。薄桃色の髪をした綺麗な女性が描かれている。3人は楽しそうに歌い、手を繋いで夜の街を散歩しているようだ。そのイラストだけ、唯一、ドイツ語で「Ich habe morgen Zeit.」と書かれていた。普段ならば何のことかわからないが、今なら読める。
「約束、明日……っ!?」
「誰だ!誰かいるのか?!」
●内緒の日記
梅枝の連絡を受けて飛び出した水垣とリリンドラを見送って、クラウスとカレン、それにジョンの三人は、施設内にある簡易図書室に訪れていた。寄贈図書で作られたというそこは、大半が絵本や子供受け小説などの児童向けの書籍で本棚が埋め尽くされているらしい。時折大人でも読むのが難しいような専門書や、マニア眉唾物の貴重な書籍に驚きつつも、3人は本の背表紙に目を通し続けている。
「クラウスさんは何を探しているの?」
「ああ、ハーメルンの笛吹き男だよ。リリンドラの話を聞いて、もう少しだけ知っておこうと思ってな。概要だけなら星詠みの話で十分だが、詳細を知っておいてもいいかなと思ってな」
「そっか、それじゃあ私とおんなじだね。私もそれを探してたの。伝承とかそういうのって同じ話でも地域によって解釈や伝えられ方が違うじゃない?」
「星詠みの言っていた、色々な説があるって奴だな」
「そう。だから、ここの街ではどんな風に伝えられてるのかなって思って。ジョンさんは?」
「うん?おとうさんかい?おとうさんはそうだね、子供達に読み聞かせをしてあげようかと思って、相応しい本を探しているよ」
「そうなのね。んー、ドイツで子供達に馴染みの深いものだったらグリム童話が有名だったと思うから、そういうのを選んであげたらどうかしら?あそこの本棚にコーナーがあったわよ」
「ああいいね、それは素晴らしいよ!花丸をあげようリトルレディ」
「ふふふ、ありがとうダディ」
カレンのその受け答えに大満足したのか、鳥籠の中にまた幸せのブルーを宿してジョンが言われた本棚へと向かった。どれもこれも読んであげたそうにするジョンの姿は、こんな状況でなければ酷く微笑ましい。
「ふぅ、呑気だな……あいつも梅枝とは別ベクトルで厄介だ」
「あはは、そうかもね。でも、動機はほら、子ども達を守りたいって気持ちだから、私は純粋で素敵だと思うわよ」
「どうだかな……お、あったあった」
「あ、見つけた?」
「ああ。絵本だがな」
クラウスの手には、大判サイズの絵本があった。
ハーメルンの笛吹き男と題されたそれは、概ね星詠みの語った内容通りだ。ただ結末に少しばかりの追加要素がある。
足の悪い子どもは置いていかれ、
目の見えない子供は転んでしまい、
耳の聞こえない子供は笛の音に気付く事が出来ません。
彼らはおいて行かれてしまったのです。
街で唯一の子供になってしまったのです。
「リリンドラの言っていたのはこれだな」
「そうね。理としては叶っていると思うけれども、おいて行かれてしまったって書かれると、なんだか可哀想な気がしてくるわね」
「そこはもう、物語と割り切る他ないが、そうだな。俺も置いて行かれるのは嫌かな」
「私もだなぁ……だからって置いていきたくもないけど……」
ふっと息を吐く。
ああ駄目だ、少し、昔の事を思い出してしまった。
今は感傷に浸っている場合ではないと言うのに。記憶の蓋はいつだって、ふとした瞬間、気まぐれに開いては、悪戯にその中身をぶちまける。どんな記憶も自分を作る大切なもではあるけれども、それでも、嫌な記憶は嫌なまま、まだ、黒いままで消化しきれない。
「どうした?」
「え?ううん、なんでも」
「いや、カレンじゃなくてジョンの方なんだが」
「え?」
かーっと頬が熱を持った気がした。
大慌てで誤魔化すようにジョンの方を向けば、彼は一冊の本を手に、どこか困った様子でこちらに向かって来る。
「すまない。おとうさんには、コレは童話ではない気がするんだ」
「「どれどれ?」」
クラウスとアンナが一緒にその本を覗き込む。
それは、絵本というにはあまりにも分厚く、小説というにはあまりにも薄い、一冊の日記帳だった。
●隠された楽園
黒いフクロウに導かれるがまま、水垣は、リリンドラは、走る、走る、走る。
街を抜け、森の中へと入り込み、あっという間にその奥深くヘと駆け込んでいく。
周囲にあるのは木、木、木、背の高い木ばかり。
「随分街から離れたわね」
「ええ、こんなところに一体何があるって言うんでしょう……!」
「来ればわかる。ウルシはこの目で見た。梅枝と渡瀬も見た。何もない空間に腕が吞まれた」
「腕が呑まれた?」
「|ほっほう《そうだ》」
一層大きく翼をはためかせ、箔野はその速度は上げる。
風を切る翼を見失わぬよう二人も足を速める。そうして暫くもしない内に、「お、来た来た!」大きく手を振る渡瀬の姿が見えた。彼の隣では、梅枝が木と木の間を見つめながら、なにやら難しそうな表情を浮かべている。
「すみません、お待たせしました」
「いや、いいよ。急に呼び出して悪かったな。箔野もご苦労さん!」
構わんよと言わんばかりに、箔野が短く鳴く。
彼は舞い降りる事も無く、周囲を警戒するように4人の頭上で大きく旋回をしているようだ。
「それで?道すがら腕が呑まれたって話を聞いたんだけども」
「ああ。って、リリンドラ、お前も来たのか」
「ええ。何かあった時の保険にね」
「そりゃ頼もしいや。とりあえず、説明するよりは見た方が早いかな」
梅枝!と渡瀬が声を掛ければ、彼女は徐に目の前の空間に手を突き出す。
するとどうした事だろう。彼女の肘から先が消えた。風景に溶け込む、というよりも、一瞬で鰐の口にでも呑まれてしまったかのようにその姿を消したのだ。
「腕が呑まれたって、こういう事だったんですね」
「だ、大丈夫?痛くはないの?」
「大丈夫?大丈夫だって?ああ大丈夫さ大丈夫だとも!この通り、腕は消えたが感覚は消えてないよ!ぐーちょきぱーも思いのまんま!一度手を抜けばこの通り、アタシの腕はすっかり元通りだ!!面白いね!実に愉快で楽しいよ!!不思議なマジックボックスに腕を突っ込んでいるみたいさ!!!」
「!!不思議なマジックボックス……なるほど。梅枝さん、あなた本当にやる時はやる人なのかもしれませんね」
「うん?やる時はやる?やる?やる?何をするんだい?ああ、もう三時が近いねお茶会だね!!止まった時計に時間は無い?そうとも、だからアタシが三時!お茶の時間と言ったらそうなのさ!!」
はしゃぐ梅枝の言葉をやんわりと無視して、水垣は彼女の隣に立つと、ふっとひとつ息を落とした。ゆっくりと瞼を閉じて、その奥を魔力で満たして、刹那、一気に開く。彼女の邪神の目を通した向こう側には、人の目では見られなかった景色が広がっていた。
永遠と森林地帯が広がるだけだったそこには、開けた平原と人気のない廃教会が聳え立っている。水のフィルターでも掛ったかのようにゆらゆらと景色が揺れるのは、おそらくそれが魔術的な障壁であるからなのだろう。
解除トラップの様なものは無い。呪詛の類も無い、か……それなら……。
水垣が障壁に手を翳す。深くイメージするのは、扉に鍵を差して回す。そんな解錠のイメージ。邪神の目の映すままに、魔力を読んで、———えいっ。
刹那、シャボン玉が割れるような空気の振動と共に、その障壁が霧散した。
突如として消え去る森林。現れた平原と廃教会に、水垣以外の者たちが感心したような声を上げる。
「どうやら簡単な結界で外部からの立ち入りが出来ないようにしていたみたいですね。確かに、この空間はマジックボックスって言っても過言じゃないでしょう」
「なるほどなー!上手く隠したもんだ」
「ええ。それに街外れの廃教会、なんて、いかにも敵の本拠地らしい場所ね」
「はい、用心していきま、」
「ほほうっ!!待て!なにか声がする!!」
「「「「!!」」」」
——— 誰か!助けて!!!
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 苦戦
第2章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』

POW
純白の騒霊の招来
【奴隷怪異「レムレース・アルブス」】を召喚し、攻撃技「【嘆きの光ラメントゥム】」か回復技「【聖者の涙ラクリマ・サンクティ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[奴隷怪異「レムレース・アルブス」]と共に消滅死亡する。
【奴隷怪異「レムレース・アルブス」】を召喚し、攻撃技「【嘆きの光ラメントゥム】」か回復技「【聖者の涙ラクリマ・サンクティ】」、あるいは「敵との融合」を指示できる。融合された敵はダメージの代わりに行動力が低下し、0になると[奴隷怪異「レムレース・アルブス」]と共に消滅死亡する。
SPD
輝ける深淵への誘い
【羅紗】から【輝く文字列】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【頭部が破裂】して死亡する。
【羅紗】から【輝く文字列】を放ち、命中した敵に微弱ダメージを与える。ただし、命中した敵の耐久力が3割以下の場合、敵は【頭部が破裂】して死亡する。
WIZ
記憶の海の撹拌
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【羅紗の記憶海】」から【知られざる古代の怪異】を1体召喚する。[知られざる古代の怪異]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【羅紗の記憶海】」から【知られざる古代の怪異】を1体召喚する。[知られざる古代の怪異]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
√汎神解剖機関 普通11
●秘密の日記帳
いつからわたしはわたしだったのかしら
気が付いたらここにいた。あなたの側、あなたの目の前、あなたのお部屋。
怖がらないで。大丈夫。わたしはあなたを知ってるわ。
あなたはわたしの
ママで パパで 妹で 姉で わたし自身
世界で一番 わたしの大事な宝物
だからわたし、あなたの事は全部わかるの
あなたの望みも あなたの願いも あなたの気持ちも
全部全部わかるわ 知っているわ
わたしはナナ 名無しのナナ
あなたにおまじないをかけてあげる
元気の出るおまじない 寂しさの消えるおまじない
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
その歌が書かれた頁を見終わった瞬間、それは唐突に、突然に現れた。
静かな暗転の中からゆっくりとスクリーンの中に映像が浮かぶかのように目の前に広がるのは、見知らぬ誰かの子供部屋。夜の月明かりに照らされたその部屋で、金色の髪をした少女が泣いている。それをそっと抱き締めているのは、少女によく似た、いや、瓜二つとも言っていい銀髪の少女だ。声が聞こえる、彼女達の声が。鼓膜ではなく、頭に直接語り掛けるようなその声は、ころりころりと鈴のような軽やかさと飴玉のような甘さを孕んで響いてくる。
『ナナ、ナナ、今日もお父さんに怒られちゃった。お母さんにも叱られちゃった。
わたしがテストで100点を取れなかったから。お兄ちゃんみたいに出来なかったから。
悪い子悪い子、何も出来ない駄目な子って言われたの。どうしてお兄ちゃんみたいに出来ないのって、ずっとずっと言われたの。お兄ちゃんみたいに出来ないなら、もうお友達と遊んじゃいけませんって、お絵かきもしちゃいけませんって』
『まあ、それは酷いわね。リナはあんなに頑張ったのに。たくさんたくさんお勉強して、一生懸命頑張っていたのをわたしは知ってるわ。本当はもっと遊びたかったのに、ちゃんと我慢して頑張ったじゃない。偉いわリナ、偉いわ。あなたはとっても偉い子よ』
『ナナ、ナナ、でもね、ナナ。わたしの頑張りは普通なんだって、誰でもやってる事なんだって、当たり前の事だから、こんなの一生懸命でも何でもないって。ただみんながやってる事をやっただけだから、頑張ってないんだって』
『お父さんとお母さんの当たり前は、あなたの当り前じゃないわ。気にしなくていいのよ。
きっとね、二人ともまだ、お兄ちゃんがいなくなったショックから立ち直れていないのよ。心が苦しくて堪らないから、ついついあなたにそんな事を言ってしまうだけだわ。だからね、リナ、大丈夫、大丈夫よ。あなたの頑張りはきっといつか見てくれるわ。わかってくれるわ』
『本当に?』
『ええ本当よ。わたしは嘘なんて言わないんだから』
———
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!!わたしが悪いの!わたしが悪いの!!だからお願い、そのクレヨンだけは捨てないで!!!お兄ちゃんからのプレゼントなの!!お願いお願いお願い!!!!』
『お願いじゃなくてお願いしますだろ!!敬語もろくに使えないのかお前は!!!!』
『あ、あ、ご、ごめんな……す、すみません!お願いします、許してください!!もう、もう、あの子達とは遊びません。家庭教師の時間を抜け出したりもしません!!お願い、お願いです!!!そのクレヨンだけは』
『うるさい!!!!』
『きゃああああああっ!!!』
———
『またテストで100点取れなかったの?こんな簡単な問題のどこをどうすれば間違えるの?お兄ちゃんはちゃんと満点だったじゃない。あなたとあの子は同じ血が流れているのよ、やれば出来るのよ?それなのにどうしてやらないの?こんな事、何度言わせればわかってくれるの?!』
『ご……すみません……で、でも、クラスでは一番の点数だって、先生が……』
『クラスで一番?だから何?そんなレベルが低い場所で満足してもらっていては困るのよ!ああ、そう、だったら学校を変えましょうか』
『え……?』
『来月からもっと遠くの、そうね、レベルの高い学校に通わせます。いいわね?』
『……はい』
———
『社交界のマナーもろくに覚えられないとはどういうことだ!!!親に恥をかかせる気か!!!』
『ち、違います、っ、ちが、違うんです……緊張しちゃって、あの、』
『言い訳をするな!!!正しいマナーが身に着くまで、食事は摂らせないからな!!!』
———
『まあまあどうしたの?!大丈夫?私の言う事がわかりますか?』
『あ、う、ぅ……』
『……!!急いで救急車を、』
『やめて。お父さんとお母さんに見付かったら、もっと酷い事をされるわ。お腹が空いてへろへろなの。お勉強ばかりで全然寝てないの。お願い、少しでいいの、お家に帰らなきゃいけない時間まででいい。リナを休ませてあげて』
『……あなたは?』
『わたし、わたしが、見えるの?』
『ええ、見えますよ。この子、リナさん、に、よく似たお嬢さんが私の目の前に居ます』
『!!!』
『どうしたの?』
『ううん、なんでもないわ。わたしはナナ。この子の……「おともだち」なの』
———
『ええ、そうですよ。孤児院で少し慈善活動についてのお勉強をしたいそうで……あら、授業料なんてそんな、結構ですよ。私共としては、活動に興味を持ってくださる事が嬉しいので、そういったものは結構です……ええ、そうです、よろしいですか?ありがとうございます。それではお嬢様は私共の方で責任をもって送り届けますので、はい、はい、それでは……』
『『……』』
『あまり遅くならない時間までに帰ってくればいいそうですよ。私達の方でお家まで送るので、時間になったら声を掛けますね。それまではここで、ゆっくりしていきなさい。まずはご飯を食べなくちゃね』
『やったぁ!ありがとうシスター!!良かったわね、リナ!!』
『う、うん……あ、ありがとう、ございます、シスター』
『いいんですよ。さあ、皆に自己紹介をしましょうか、いらっしゃい』
『『はーい!』』
———
『気色悪い!!!なんだお前は!!!お前なんかを子供にした覚えはないぞ!!一体どこから湧いて出た!!!』
『っ!!』
『やめて!やめてお父さん!ナナをぶたないで!蹴らないで!!!』
『うるさい!!ナナ?ナナだと?!似たような名前でよく似た人間だからと、うちの子どもになれるとでも思ったのか?!!どうせ貧民街の卑しいガキだろう!!!これ以上されたくなかったら、とっとと出て行け!!!』
『っ!!!!』
『ナナ……!!』
———
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
『泣かないで、どうしてあなたが謝るの?』
『だって、わたしがナナをお家に連れてきちゃったから、こんな、こんなに、酷い目に……』
『どうして?だってここは、わたしとあなたのお部屋でしょう?わたし達は帰って来ただけ、決して悪い事なんてしてないわ』
『でも、でもっ』
『落ち着いて、ゆっくり息を吸って吐くの。大丈夫よリナ、大丈夫……きっとね、今まではわたし、あなたにしか見えていなかったの。それが突然見えるようになって、お父さんもお母さんもびっくりしただけよ。リナだって怖いおばけは嫌いでしょう?突然現れたらびっくりするでしょう?』
『……うん』
『そうでしょう?きっとね、お父さんとお母さんの目にはね、わたしは今、怖いおばけみたいに見えてるだけよ。そのうちきっとわかってくれるから、きっときっと大丈夫。だからね、リナ、わたしはあなたの側にいるわ。今まで通り、ずっとずっとそばに居る』
『ナナ……でも、でもまた、また叩かれちゃうかもしれないよ?蹴られちゃうかもしれないよ?もっともっと、酷い事だってされるかもしれないよ?』
『心配性なのね、リナ。大丈夫よ、わたし、そんな事で離れたりなんかしない。リナだってずっとずっといろんな事に耐えて来たじゃない。だから平気よ。なによりね、わたしがあなたの側に居たいの。それは駄目な事?』
『……! ううん、駄目じゃない、駄目じゃないよ。嬉しいよ、いっぱいいっぱい嬉しいよ……ありがとうナナ……』
『ううん、いいのよ。それよりも、ほら、いつもの元気の出るおまじないをしてあげる』
いい子 いい子 あなたはいい子
素直で 素敵で 世界で一番 わたしの大事な宝物
いい子 いい子 あなたはいい子
甘い甘い|愛情《お菓子》を あげる
あったかい|ミルク《優しさ》も たっぷりと
あなたが望むなら わたし なんでもあげちゃうわ
寂しい時は 抱き締めてあげる
悲しい時は 一緒に泣いて
苦しい時は 一緒に悩んで
怖いおばけは 手を繋いで 一緒に逃げましょう
いい子 いい子 あなたはいい子
笑顔が 素敵な 世界で一番 わたしの大事な宝物
『ねえリナ、あなたの願い事はなあに?』
『わたしのお願い事?』
『ええ、なんでもいいの。沢山でもいいの。言ってみて?』
『……えっと、』
お父さんとお母さんのいない場所に行きたい
たくさんのお友達といっぱいいっぱい遊んでみたい
悲しい事も、辛い事も、苦しい事も何もない場所に行きたい
ライ麦パンにバターとジャムをたっぷり塗って、お腹いっぱい食べたい
それから、それから、ナナと、ずっと一緒にいたい———
『その願い、叶えて差し上げますわ———天使様』
刹那、目の前に広がるのは元の光景だった。
シャボン玉が砕け散る様なほんの刹那の間に、映像は消えてしまう。
先程の光景は一体何だったのだろうか。確かめるように手の中の日記帳を再び開く。
けれども、そこにはもう、なにも書かれてはいなかった。
●廃教会のその奥で
———ぐしゃり
落っこちた首は、つい先程まであどけない少年だったものだ。
その顔の半分は、得も言われぬ苦痛で目を見開き、もう半分は、異形の化け物———オルガノン・セラフィムと化したものだ。自らの肉体の変化にも気付いていないのだろうか。血溜まりの中に転がりながら、脳漿を、眼球を、肉片を巻き散らすそれは「アレ?」と、声無き声を零して絶命した。
赤ん坊の声が聞こえる。泣きながら、お腹が空いたと蠢く|腸《はらわた》を伸ばす赤ん坊の声が。それをあやそうとした少女も、少年も、既にその肉体は人間のそれではなく。赤子を抱き締めようとした腕は、もう、誰かのぬくもりを感じられる形状を成していなかった。肉が、引き裂かれる。赤ん坊の声が止む。絶叫。僅か、人である部分がそうさせるのか。彼らは泣いた。鋭い爪で自らの顔を掻き毟り、蠢く腸で自らを、他者を、雁字搦めに巻き付けて、滅茶に、苦茶にと暴れ回る。絶叫、絶叫、また絶叫。流れる血と涙にも気付かぬまま、異様な形に歪みながら彼らのその口が開く。
「苦しい、苦しい、痛い、痛いよ……天使、天使、天使を喰えば、ボク、元に戻るの?」
「助けて、助けて、助けて……!!どうして?ここは楽園じゃなかったの?もう誰にも怒られない、暴力だって振るわれない、そんな場所じゃなかったの?」
「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き……!!おともだちになろうっていったのに!!!」
「お姉ちゃん、ごめんね、置いてきちゃってごめんね。今帰るから……天使を喰って、人間に、人間にもど、戻る?僕はもう、人間じゃ、ない……?」
ずるり、ずるり、ずるり……。
体を引きずるようにして、蠢く|怪物《オルガノン・セラフィム》がにじり寄る。
彼らの視線の先に居たのは、金色の髪に緑色の瞳、その小さな体を更に小さく丸めて震える少女と、その前に立ち塞がるようにして両手を広げた銀色の髪に赤い目をした少女、そして———
「やはり天使と至れるのは限られた存在……|可哀想な子ども《なりそこない》達も連れて行ってあげたかったのですが……天使を襲うのであれば致し方ありません」
女の薄桃色の髪が、静かに色を変える。
元の髪の面影を残し日に透けて輝くプラチナブロンド。
白衣姿だった女は、次の瞬間、得体の知れない魔術の羽衣を纏った天女のような姿となった。
女が手を翳す。刹那、化物共の頭が全て吹き飛んだ。
崩れ落ちる肉塊を呆然と見つめる少女達に、女は優し気な笑みを浮かべて、手を差し出す。
「アマナ、先生……?」
「さあ、一緒に———あなた達の望む世界へ行きましょう、|リナちゃん《天使様》」
●MSより
羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』との戦闘となります。
2章ですがボス戦となりますので、ファンブルによるPCの重症・瀕死・負傷等はご覚悟の上でご参加ください。出目による公平を期す為にも、容赦はしておりません。
また、『ボス戦直前にやりたい事』がある場合は、ひとつだけその行動が取れます。
具体例を挙げると『何かを調べる』『誰かと話す』『その他やりたい事』等です。ただし、廃教会突入前となります為、リナ・ナナ・アマナの三人との会話は出来ません。ボス戦直前になりますが、情報に関しては共有しているものとしますので、新規で入られる方でも継続の方々と同じようにプレイングが出来ます。
(これに関しては強制ではありません。やりたい方のみで大丈夫です)
それではどうぞ宜しくお願いいたします。