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憂の冴えないバレンタインデー

#√汎神解剖機関 #ノベル #バレンタイン2025

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 肌寒いバレンタインデーの夜。だからこそだろう、オープンカフェにはカップルたちが肩を寄せ合いチョコを渡してイチャイチャとしている姿がちらほらと。
 警察の仕事も非番なのでと独りオープンカフェに来てみれば、そんな姿を見せられて。
「何が“素敵な夜をありがとう”だよ。草…っていうか臭」
 その挙句、隣の席のカップルが“クサい”セリフを吐いているのだから、“鼻について”仕方ない。
「もぉ…文句言わない。そうやって幸せが巡り巡って行くのだから」
 そしてそれを宥める装備品の喋る魔道具。憂はフォンダンショコラとアールグレイを楽しみながら、心を満たす。
「で?勝手にくっついて勝手に結婚して。勝手に子供作ってほれ祝儀寄越せだ何だ言って。挙句の果てには仕事場に赤ん坊連れてきて『あーかわいいですねー』なんて言わないといけなくなるんだろう? しょーもな」
「…安心したぞ。警察官になっても何にも変わってないな?」
「うるさいよ?レム。っていうか、それとこれは違うし。思想・良心の自由だ。仕事とは分けてるし私情に流されるつもりも無いよ」

 粉砂糖のかかったフォンダンショコラは今の空模様の様だ。あるいは彼ら彼女らの光景のように、寒々しく甘ったるい。スプーンで一口掬い、頬張る。甘い中にも仄かな苦みがあり、そんな所は一人毒を吐く自分に重なって少しだけ嫌だった。アールグレイでそんな苦みを飲み込んで。
「まずバレンタインデーが不公平な日だよ」
それでも口からあふれる言葉は苦々しく。
「不公平な日……ですか?」
「世間一般的には自由で開かれた民主主義な日って感じだけど、そもそも顔が良い男とかモテる男性しか貰えないじゃん」
「それは偏見よ憂。仕事場でも貰うでしょ? 義理ch…」
「義理チョコ。義理ね? 俺は義理チョコなんて言わない。お情けチョコって言うよ」
「お…お情け……」
 そんな優しさは同情であり、哀れみとイコールだ。お情けはいらない。それは下に見られる事と同じだから。
「だってそうだろ? 本命はもちろん気持ちが籠ってたり手作りだったりするけど。そうじゃない奴は十中八九市販品じゃん。それにそういう対象として見られないって事だし。言い方悪いかもしれないけど“ぶ男”の人はな」
「違うと思いますけど……」
 周りのカップルたちは自分たちの事で手一杯。片隅でどんな偏見を口にしても耳には入らないだろう。警察官らしくはないが。

「可哀そうだとは思わないか? 普通に生まれて普通に生活してるのに誰からも好かれない。チョコの一つすら貰えない男が山ほどいるのに、それに目を向けずイケメンだけがチョコを貰う。富の再分配ってこういう所がやっていくべきだと思うし、これこそ富の偏りだよ」
 富だけじゃない、愛情も友情もそういう奴らの下にばかり集まっていく。それが不公平なんだ。
「凄い話が飛ぶな……でもまぁ、言いたい事は分からないでもないが」
 レムは頷くが、他の二人は異論があるらしい。
「レム! 私はそうは思わないわ。チョコを渡すのは決して愛だけじゃない。感謝の気持ちもあるわ? 普段言えない思いも、バレンタインデーだから伝えられる。そんな日だと私は思うの」
「ウチもその意見です。チョコを貰えるのはイケメンさんだけでは無いと思います。憂、いつも言ってますよね? 大事なのは心ですよ?」
「心ね…心を覗けるエスパーが居るんなら是非お目にかかりたいよ」
 行動の裏側なんて見ることができないんだから、そんな尺度を出されても測りようがない。下心、打算、そういった汚い物が世の中には溢れている。善行に見えるものをそのまま信じられるのは与えられた者、持つ者の特権だ。それらを知ったうえでも純粋にそう信じられるのは心根の清らかなものだけだろう。そんな聖人にはなりたいとも思わない。
「憂……もぅ」

 憂の偏見持ちは筋金入りの様子。ナルもこれには溜息をつくしかない。
 そんな中ふとオープンカフェの店員さんが喋りかけてくる。かなり綺麗な若い女性のようだ。

「あの…お一人なんですか?」
「一人で食べてたら何か悪い?」
 せっかく話しかけてくれたフレンドリーな店員さんに最低の返しだが、仕方ない。それでも相手は憂より“大人”な様子で「いえいえ!」と首をブンブンと振って否定し、不安げな顔で問いかけてくる。
「その…えっと……フォンダンショコラどうでしょうか! 気に入って頂けたかなぁって」
「え? あぁ…美味しいよ。前からこの店は気に入っててさ。凄い甘いし中のチョコもトロトロだし。嫌な事があったり仕事のストレスがあった時はこれを食べると全部忘れられるんだ」
 その瞬間店員さんに花が咲くような笑顔が浮かぶ。だが、憂はフォンダンショコラに目線を落とし、その表情を見なかった。断面から崩れかけたフォンダンショコラ。くすんだスプーンに移る自分の瞳は曇って見えた。
「でも、もう少し苦みを取ってほしいな。俺甘いの好きだからさ」
 アールグレイを少し口に含み喉を潤す。その味も気に障った。
「あと皿。フォンダンショコラの雰囲気と合ってない。紅茶はちょっと薄いかな」
 スラスラと、他人に対する指摘が口から滑って転がり落ちる。
「え? …え? あ……ごめんなさい」
「あとお姉さん、昼に餃子食べたでしょ?」
 顔を上げれば青い顔をした店員さん。茶髪を後ろでまとめて、さぞや楽しい毎日を送っているのだろう。こんな日に仕事をしているのは残念なのだろうが。
「え?! え! …えっと」
「あとほら、お姉さんスカートにトイレットペーパー付いてるし、尻尾になってるよ?」
「キャ! ご、ごめんなさい!」

 今度は赤い顔になった店員さん。酷いにも程がある言葉を次々とぶつけたせいで慌てて店内に戻っていった店員は段差に躓き、壁にぶつかり大変な事に。残された憂はすぐに“またやっちゃった”という顔。一言二言多いのは重々承知の様子だが、改善はなかなかされていないのだろう。気まずさを飲み込むようにもう一口。世の中のカップルは自分たちが甘いから苦みのある物を求めるんじゃないか。
 懐から携帯の鳴る音。取り出してみれば。

「おい、憂。仕事だ」
 開口一番これだ。電話の相手は憂の上司らしい。
「勘弁してくださいよ。今日非番ですよ俺」
「バカ。警察官がカレンダーの赤い日に簡単に休めると思うな」
 飽きれるような声音。もしかすると何度もこんなやり取りをしたのかもしれない。
「えー…そんなんだから誰も警察官にならないんですよ。それに今バレンタインデーっぽい事してたんですから」
「ほぉ? 彼女ができたのか? お前みたいなコミュ症で人間不信の男に」
「なんすかその言い方。でも女の子とは喋ってますけど?」
「通りすがりじゃなく?まぁいいがな、予言してやる。その子とお前は絶対に上手く行かない」
「は? ……でもまぁ、自分でも分かってるんで態々言わないで欲しいですけど」
 この人もこの人だ。言わなくても良いことをつらつらと。上司が聞けばお前には言われたくないと言い出しかねないセリフだが。
「まぁつべこべ言わずに来い。何でも屋である特務課地域警ら隊への出動命令だ」
「一応ですけど、内容聞いて良いですか?」
「市長の警護だ。女優のバレンタインデーパーティーにゲスト出演するって事がどこからかリークされたとかなんとか」
「それなら通常の警護で十分じゃないですか?」
「数か月前に市長の演説で怪異が出現して襲われた事件が合っただろう? その件で上がビビッて警察官を大量動員する事になったんだ」
 もしもは防がなきゃいけないからな。上司の肩を竦める様子が目に浮かんだ。
「ハァ……分かりました」
「すぐに来いよ?」

 大きい溜息と共に携帯を切って立ち上がる憂。まだ少し残っているが食べる時間は無く、そのままテーブルに勘定を置くとレシートの裏に小さく“ごめんね”の文字を書いて。そしてマントを翻し歩いていくと遠ざかったお店の方から声をかけられる。

「あの! ……また来てください! 次はもっと美味しく作るので!」

 先ほどの店員さんのようだ。まだ顔は赤いが大きく頭を下ろしてお辞儀する。驚いて振り向いてみれば、一瞬だけ目が合うがすぐに小走りに店に戻っていく。
それが先ほどのフォンダンショコラを作ってくれた人だったのに気付いて凄い罪悪感に襲われるが…それでも嫌わずに声をかけてくれた相手を見て、自分がまだまだ“子供”なんだと思い知らされる。こういう真っ当で善良な人達に悪意を向けるのではなく、しっかり守るのが自分の仕事だと再確認する。

「皆悪い人たちじゃないでしょ?」
「皆が皆、じゃないはずだ。主語を大きくするのはお前の悪い癖だ」
「でも憂の悪い癖は、きっと仕事を通して直せると思います」

 ケルベールたちにそう言われてフッと鼻で笑う。その意味は誰にも分からない。

「さて、行きますかぁ」

 雑踏の中を再び歩き出す。ケルベールたちと共に。
 きっと憂にとって前向きな方向に向かっている事は間違いないはずだ。
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