地獄花咲く逢魔時、怪異は斯く騙りき
死ぬ理由など些末なことで構わないのだ。
結果が全て。結末がよければそれでいい。それがいい。
「…………」
小暮・璃子はごくりと生唾をのみこんで、鞄からカッターナイフを取り出した。
零れ落ちるように学生鞄から傾れ落ちてきた教科書はどれもこれも切り刻まれてボロボロ。
描かれた罵詈雑言の落書きは幼稚なものだが璃子の心を傷つけるのには充分だった。
(もう、いい……終わりたい)
カッターナイフを首筋にあてる。握る手は何故か震えている。今更おかしいものだ。
璃子は人生の最期を夕映え照らす彼岸花畑で迎えようと決めた。
学校で同級生達に虐げられて、親にも相談ができない。もう逃げ場などもう黄泉路しかないと思った。
だから、救われるための自死。
璃子は震える手でそのまま自らの首を裂こうとした時――何者かに凶器を取り上げられた。
「随分と物騒なもの持ってるな。お前、名前は?」
「小暮」
刃を取り上げて名を訊ねてきた男は醒めるように美しい男であった。
雨露を滴らせた鴉のような艶やかな黒髪に、切れ長の青い目が鮮やかな色を湛えている。
「そう。小暮ね。俺は柳・依月。で、何してんの」
「……わかってたから止めたんでしょ」
男は璃子から取り上げたカッターナイフを弄ぶようにくるくると廻している。
その表情は余裕あるように見えて苛つくよりも脱力してしまう。先程までの希死念慮はあとかたもなく消えていた。
璃子は溜息を吐きその場に座り込んだ。セーラースカートが彼岸花にかぶさり、歪に地に広がる。
「その程度で諦めるってことはさあ、所詮その程度だったんじゃねぇ?」
「説得のつもり?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
曖昧に、掴み所のない口調で宣う依月にすっかり興が醒めてしまった。
此処で真面目に説得されていたのなら璃子は頑なに意思を貫いていたかもしれないが、依月は違った。
飄々とした態度が逆に璃子の希死念慮を解した。
(何故、私は死のうと思ったのだろう……)
追い詰められていた。だが、本当は死にたくないと思っていた。
なのに何故か自ら命を断とうと考えていたのか今は不思議で仕方がない。
「まぁ、礼は言うわ。奇特な善人さん」
「『地獄への道は善意で舗装されている』って言葉もある。もう来るなよ」
くちもとに人差し指をあててすっと微笑んだ男はまるで人外のように美しかった。
「彼岸に誘う曼珠沙華か」
去る少女の背を見送り、手帳の頁を捲りながら依月はくるりと万年筆を廻す。
切欠は巡回しているネット掲示板で語られていた『彼岸に誘う曼珠沙華』の|都市伝説《うわさ》だ。
かつて墓地だった場所に曼珠沙華が群生している。生と死が曖昧となる逢魔時に死霊が生者を死に誘う――なんて、何とも|凡庸《ベタ》な三文小説だ。
実際どのようなものか物見遊山のつもりで訪れていたところ偶然自殺未遂の現場に居合わせた。
|怪異《同類》の気配は感じないがあながち侮れないのかもしれない。
何せよ、命が守れたようでよかった。愛おしい人の子の命はなるべく散らさないに越したことはない。
「"怪異"はただ在るだけでは意味がない。観測し、語り、広める“人間"がいなければ、意味がない」
だから、護らなければならない。
くるりと廻した万年筆がふと指に当たり弾けて、取り落としてしまう。「あ」と依月は小さな声を漏らして慌てて拾い上げた。
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✽曼珠沙華✽
昼と夜。彼岸と此岸が混じり合う季節に咲きし鮮血の如く赤い花。
草全体にアルカロイド系の強い毒性を持つ。
彼岸花、屍人花、相思花等多数の異名と貌を持つ。
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🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功