シナリオ

遺されし者の述懐

#√汎神解剖機関 #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√汎神解剖機関
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。


 可視化された期待。
 最初に抱いた印象はそれだけだったと、静寂・冬路は認識している。

 その美しさに目を見張ったのは事実だ。
『乙女椿』。ゴーストトーカーの一門たる|静寂《しじま》家の、さらにごく一部にのみあてがわれる身代わり傀儡人形。
 ぬばたまの美しい黒髪は、人形とわかっていてなお艷やかだ。本物|ではない《・・・・》からこそ生み出せる、言うなれば偽物の美。
 宝石は原石を削り出し、研磨することで美しさを際立たせる。ならば原石は宝石以上に美しいのか――NOだ。人形にも同じことが言える。
 そして身代わり傀儡人形は、中でも特異だ。最初から死を目的に作られた、愛でるべきでない存在。
 ゆえにこそ美しさを孕む。刀剣や拳銃のように。

「なあ、乙女椿」
 冬路は囁いた。友人めいて。
「俺はお前を大事にしてるつもりだ。お前はいざという時の保険……特別な俺が生き延びるための、なお特別な存在だ」
 指先が髪を梳く。心地よい感触。冬路の口元に、今の彼とは違う笑みが浮かんだ。
「お前をあてがわれたのが俺であることが、俺自身も誇らしいよ。
 自惚れかね? そうかもしれないな。でもお前の存在が証明そのものさ――」
 乙女椿はたおやかに微笑んだ。人を模して作られた、人でないものだけが持つ美しい笑みを。
 それを見るたびに、冬路の心は言い知れぬ思いで満たされた。

「げほっ」
 まだ|簒奪者《√能力者》でなかった頃、冬路は幾度となく命の危機に迫られた。
 静寂家を疎むライバル、あるいは職務上排除すべき敵、単に家柄の持つ財産や名誉に目が眩んだだけの第三者……命を狙う輩は枚挙にいとまがない。
 冬路は路地裏に手を突き、傷口を抑える。もっとも、傷は既に塞がっている……乙女椿が『受け持った』からだ。その証拠に、ほら。
「お前は……」
 陽の光差し込む路地裏の出口、美しい髪の人形が佇んでいた。首を傾げ、そっと手を差し出す。
 その身体には傷一つついていない。初めて目通りした時と何も変わらぬ形、何も変わらぬ姿。

 |これ《・・》は、新しい『乙女椿』なのだ。
「……ハ……」 
 冬路の赤く濡れた口元が、笑みに歪んだ――あるいは、歪んだ笑みを浮かべていた。


「そう落ち込んじゃいけないよ、恭兵」
 愕然とする静寂・恭兵の肩を叩き、冬路は囁いた。いつからか染み付いた、気さくで適当な昼行灯めいた口ぶりで。
「傀儡人形はあくまで人形、身代わりのための形代だ。俺も何体もブッ壊してきたよ。傀儡がなきゃ、可愛い甥にこうしてレクチャーもしてやれなかった」
「……けど、おじさん。これは」
 まだ12歳の恭兵は、泣き出す寸前の顔をしていた。

 彼らの前には、バラバラにされた人形の残骸が転がっていた。

 ただの人形ではない。先駆者たる冬路が、新たに身代わり傀儡人形をあてがわれた恭兵のために運んできた|スペア《・・・》だ。
 本命たる『白椿』は、三人を――いや、二人と|ひとつ《・・・》を無言で見つめている。|これ《・・》が、本来恭兵にあてがわれた人形だ。
「俺も君も、家にとっては替えが利く歯車に過ぎない」
 冬路は肩に手を置き、言い聞かせた。
 姉の子。稀代の器ともてはやされる神童。無論、冬路も教鞭をとったことがある……ゆえに、わかる。これは本物だ。

 本当に期待される人材とは、こちらなのだ。

「かわいそうだよ」
 恭兵は縋るように言った。
「人形って言ったって、生きてるじゃないか。ほら、白椿だってああして」
「そう見えるだけだ」
 冬路は遮り、言った。
「これは純粋なおじさんの助言だよ、恭兵。忘れないようにね」
 嫉妬。羨望。昏い感情がなかったとは否定できない。だがこの頃はまだあくまで叔父として純粋に甥に道を示したつもりだった。

 けれども、恭兵は有り難い助言を無視した。
 家の者は口々に囁いた。「あれは痴れ狂った」「持つ者の歪んだ戯れ」「生まれつきの悪癖」――どれも的外れだ。冬道にはわかる。
 恭兵が向ける白椿への偏愛。身代わり傀儡人形を唯一のものとして扱い、死なせないために死なないという本末転倒な執着を抱く。事実、恭兵はそのために√の蒙を啓くほどの才覚があった。
 その愛は、人形だからではない。『白椿』という一人の娘を愛しているのだと。

 だから奪い取り、幽閉した。静寂の者に反対者は居なかった。
「冬路……!」
 16年の時を経て、恭兵が向ける眼差しは殺意そのものだ。血の海の中、冬路は薄ら笑みを浮かべて見返す。
「そう怖い顔しないでほしいねぇ。俺は静寂の人間として仕事してるだけだよ」
 嘘だな、と彼は自嘲した。
 恭兵が白椿をAnkerとしたように、冬路もまた憎悪を辿りAnkerという縁を結んだ。
 今の甥ならば、己を殺しうる。憎悪がそれを可能にする。終わらぬ生を終わらせられる。
(「待っててくれよ、『乙女椿』」)
 へらへらとした笑みの裏に澱んだ想いを隠し、冬路は呪符と数珠を両手に構えた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト