落華
酒屋の奥に座る青年は紫煙をくゆらせ嗤っている。
足元で体を丸め吐物を垂れ流している男が、組まれた彼の脚、靴へと手を伸ばした。吐物で濡れたその手を眺めふうと細く煙を吐く。
『お言葉』ですが。辛うじて聞き取れましたが。それ以上理性を保つのは難しかったご様子で。ゆえに|底《・》に居る。
「残念。『切れて』しまったご様子だねェ」
返答は唸り声であった。何を求めているか理解して尚、話を長引かせ衝動に苛まれる様相を見て嗤っている。蹲る姿は愉快! きたない。愉快! 穢い。だからこその美が在るが、それが潰えるのも近かろう。
「幾ら? 財布くらい出しなよォ」
その提案、男には|彼《ヒソカ》がカミサマのように見えたことだろう。理性なき腕が己の懐を探る。彼を見つめたまま。差し出された『それ』を摘むように受け取り中身をあらため有り金全部。では、これで『勘弁』してやろう――。
破滅の足音は何時からだ? |男《彼》は既に忘れている。
始まりは虚無。当然の錆付いた日常。煙草を咥え酒に溺れ辿り着くは橋梁の上。底には何も映らない。酔いに任せ柵を越え、だが確と柵を握りながらも、いつでも落下を。命綱無し一度きり一世一代の曲芸を! 誰も見ていないそこで、選べるようにしていた。だというのに。
「見届けた方が良いかなァ?」
笑う彼がみていたのだ。
――男のオハナシは詰まらない、耳からさらり流れて。興味があるのは過去でも現在でもなくただ、未来。そんな|ヒソカ《氷海風》の囁きに乗じたが最後。
効いていれば、聴いていれば。世界は鮮やかに色づく。何もかも上手くいく。暗い顔だとろくに仕事もできないと云われた己がこんなにも! 活力に溢れて――!
そして彼の声が遠くなってしまえば。
橋から堕ちて落ちて、そちらのほうがマシだったと。男はそれを知らぬまま、こうして何度も彼の足元、床に落ちるのだ。
「これはオマケだ」
差し出す紙切れ、切手ほど。ゆめをみせてくれる。然し大災厄よ、オマケとは言うがそれは『お釣り』だ。言い方を変えれば、人間、容易く喜ぶもので――。
よろよろと立ち去る背を見送る。
ツラは気に入っていたがああも汚れてしまっては、其処らの塵屑とさほど変わりない。
きたない。ヒソカは床を躙り、吐物で汚れた靴底を拭った。
――落下。
男は臓腑の華を曝け出し、『中身』から何かを探すように自らの腕で掻き乱し――笑顔で息絶えていたという。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功