不幸な少年と不変の少女
少年は、不幸なだけだった。
生まれは平凡で才もない。ただ無作為に選ばれただけ。
「ほら攫ってきたぞ。にしても惨いことするな」
「これも組織のためですから」
暗闇が取り払われた時、そこは全く知らない世界だった。口も塞がれ身動きも取れず、ただ眼前に笑みが現れる。
「こんにちは。これから、よろしくお願いしますね」
そうして地獄は始まった。
どんなことをされたかは分からない。
全ての常識を書き換えられた。自由を奪われ仕事を強要された。当然、逆らうことは出来ない。
言われるがまま少年は、何人もの人を殺していった。
体は植え付けられた通りに動き、しかし心だけは矯正してくれなかった。
苦しみ果てた挙句に見た夢は、更に心を追い詰める。
『おめでとー!』
『お前が警察官なんて誇らしいよ!』
『たくさんの人を救ってあげるんだよ』
『悪い奴を一人残さずとっちめろよ!』
憧れを成就させた自分へと、家族が盛大に祝ってくれている。近所の迷惑も顧みずに騒いで、むしろ集まった人々も混ぜて宴を開く。
みんなが笑っていて。何より自分も笑っていて。
けれど唐突に、目は覚めた。
「……あ。ああっ、あぁぁあああッ!」
かつて憧れた姿と対極にある今を思い出し、心は更に狂った。
牢屋のような場所で寝て起きて。外に出れば人を殺すだけの生活。
そんな暮らしにも慣れてきた頃。
「……教育、ですか」
「仕事が雑な奴がいてな。『やり方』に関してはお前が一番優秀だし、教えてやれ」
突然、今までとは全く違う仕事を与えられた。
そうして出会わされたのは、10代ほどの少女だった。
狐耳を生やした中世的な顔立ち。その瞳には無邪気さが残っているようで、とても物心ついた頃からこの場所で暮らしているとは思えない。
「君が『やり方』を教えてくれるって人?」
「う、うん」
「なら君は僕の『先生』か」
彼女は、常に自然体だった。
触れていく内に、自分とは根本から違うのだと知る。
「君は外のヒトなんだねぇ」
ある時投げられた暢気な言葉が、少年が忘れていた世界を思い出させた。
「もう嫌だ……帰りたい」
なんでそう零してしまったのか。諦めたはずなのに今更抑えられなくなるなんて。
すると少女は困った顔を見せて、教育を終わらせるよう促した。少年も乱れた心をすぐには正せず、それを受け入れる。
その日の晩。
決して内側からは空けられない自室で、少年も寝ようとした時、足音が訪れた。
鍵が解錠される。
暗闇の中で現れたのは少女だった。彼女は檻の外へと導いて、そして選択を突き付けた。
「君だけならこのまま逃げ切れるよ。どうする?」
「っ」
脱出に気付かれ、騒がしくなっているのは聞こえていた。どちらかが残って引き付けなければ、逃げられはしないだろう。
葛藤した末に少年は、涙を零していた。
「……帰り、たい」
嘘はつけなかった。彼にとってここは地獄そのもので、1秒でもいたくない。
「なら、ここでさよならだ。バイバイ」
対して少女はなんの躊躇もなく駆け出し、それに何かを返す事も出来ず、少年は地獄から抜け出した。
そうして家族の下へと戻った少年は、平凡な暮らしを送った。
しかし染み付いた罪悪感を拭い切れず、真っ当な道には進めなかった。いつまで経ってもあの地獄を忘れられず、50を過ぎた頃、金や伝手を得て自分を誘拐した組織に辿り着く。
そして、壊滅させたその場所で再会をした。
「変わったね『先生』」
少女は、当時と全く外見が変わっていなかった。
ずっと、感謝を告げたかった。なのに言葉が出てこない。
地獄にいながらも変わらないその瞳に、顔がどうしても強張ってしまって。
だからこそ、手を取った。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功