まずは生きよう
|生きている《・・・・・》のではなく|死んでいない《・・・・・・》だけの少女が、とある研究所の実験室にて横たわっていた。
サイサリスと適合するための度重なる苦痛の果てに、もう少女はこの研究所に来る前の事をほとんど覚えていない。
誘拐されて来たのか、それとももともと孤児だったのか。いずれにせよ少女を少女たらしめていた過去の記憶は、投薬による幻覚や電気ショック、さらには身体改造手術による発狂モノの痛みの中で、儚くも消え去っていた。
そんな有様になっても、少女は結局適合しなかったのだ。ゆえに今から行われるのは廃棄処分ついでの最期の実験。
―――べシャ
既に聴覚|も《・》、それどころかほんのわずかな触覚を除いて五感が死んでいた少女は、自分の隣に何か落ちてきたことに気付かなかった。
|少女と同様の失敗作《・・・・・・・・》。不完全なサイサリスである。本来培養槽の中でしか生きられないそれを培養槽から出して、その前に、|新鮮な肉《・・・・》があったらどうなるのか。
培養槽の中でしか生きられないそれは、体中から煙を吹いてのたうち回った。そのうち、触腕の一つが、少女の体に触れるなり、サイサリスが覆いかぶさった。実験は、良い方向に進みそうだ。
―――おい! おい!―――
暗闇の中、あらゆる苦痛を受けた心を閉ざした少女の精神に、なぜか、誰かが語りかけてくる。
―――……―――
いやだ。もう苦しいのやだ。だから少女は、その呼びかける声に応えなかった。すると、
―――おい!―――
「ひゃあ!?」
その声が、耳元で大きな声で話しかけてきた。久しく耳が聞こえなかった彼女には、あまりにも新鮮だったのだ。
「な、なに!?」
振り向くとそこには、何やら宙に浮かぶ光の玉が存在していた。
『おい! とりあえずさっさと一つになって生き残るぞ!』
光の玉が、いきなりそんな事を言って来た。
「何で?」
『なんでって……お前、死にたいのかよ!?』
「生きていたくない……」
『くそっどうしてだよ!死んだら、全部おしまいなんだぞ』
どうやら光の玉は生きたいようだったが、少女は頑なだった。
「生きてたって、全部おしまいなんだもん……痛!?」
なんと光の玉は少女の頬にぶつかってきた。
『そんな事ない!』
その言葉に、少女は怒りを覚えた。だって少女の覚えている限りの人生で、いい事なんて一つもなかったから。
「そんなことある!」
『はー!?お前嘘つくのかよ!この嘘つきが!』
「う、嘘じゃないもん!」
『じゃあ証明して見せろよ!』
「え!? その!今の私の状況!」
『はっはーん!オレの勝ち!オレ!ついさっきまで培養槽からでたことねーもん』
「え?」
と少女が虚をつかれた瞬間、
『なぁ……なぁ頼むよ。オレは今、今やっと|産まれた《・・・・》んだ。死にたくねぇ。死にたくねぇんだ。お前に生きる理由がなくても、オレには生きる理由がある。だから、オレと一緒に生きてくれ……!』
それは、もしかすると幼い少女の中に生まれた一種の母性だったのかもしれない。
その言葉を聞いて、今まで生をあきらめていた少女はストンと、
「うん……わかった」
と頷いた。少女は辛かった。苦しかった。けど、今産まれたばかりの目の前の命が、自分のせいで死んでしまうのは、どういう訳か嫌だったのだ。
『ありがとう!じゃあこれからお前も、オレと一緒に生きようぜ。だいじょーぶだ!いいことあるぜ、これから!』
「そう。あるといいね」
そう言って少女は微笑み、
『「まずは、生きよう」』
そうしてこの日、ある悪の研究所が一つ壊滅した。その時に実験体となっていた少女の存在は、杳として知れない。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功