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鼓動は紅く

#√EDEN #ノベル #【企】きみの手に渡る、その品は

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名称∶|καρδιά《カルディア》
種類∶竜漿石
設定∶柘榴色をした卵型の結晶。どくり、脈打ち巡るは魔力か生命か。


●読み取られし記憶
 この石を最初に手にしたのは、√ドラゴンファンタジーに住むとある冒険者の男。
 莫大な借金を抱えた男は返済の為にと四方八方走り回ったのだが、それでもまだ返しきれず。
 ついにはさるダンジョンの奥深く、未だ帰還者がいないと言われている宝物庫へ向かえと命じられてしまった。
 保険金の受取先を取立屋へ変更させられた男は一枚の襤褸い地図を握らされ、単身放り込まれたのだった。

 男は冒険者だが、勇敢ではなかった。
 今までも即席の仲間と共に浅い階層を探索しては、換金性のあるものを持ち帰ってくる程度しか挑んだことはなかった。
 だから、内心こう感じていた。無謀だと。
 これは死刑宣告で、返済の目処も立たない自分は生命で残る借金全てを返さねばならないのだと。

 当たり前の事だが、死にたくなかった。
 男は知恵を振り絞り、余計な戦闘を避けながら、入り組んだダンジョンの奥深くにある一つの部屋へと辿り着いた。
 そこは地図に記された宝物庫の、一つ前の部屋。ここを通らねば目当ての部屋へは辿り着けなかった。
 中を覗き込み様子を伺うと、既に誰かに攻略された後だと分かった。
 激しい戦闘の痕跡と、墓とも言えない粗末な石の山に突き刺さる折れた槍、犠牲を出しつつも先客はこの先へと進めたらしい。

――ああ、例え宝物庫に辿り着けたとしても、連中の望むような宝は見つからないな。

 憂鬱な面持ちで室内を進むと、否が応でもそれが目に入った。
 他とは異なる重厚で豪奢な作りの扉と、その手前――部屋の番人であったのだろうか、動かなくなった巨躯のストーンゴーレムが崩れている。
 男は宝物庫へと向かう為に恐る恐るゴーレムへと近付く。万が一にも蘇り、再度動き出したら生命の危機に瀕する。
 慎重に、慎重に、注意深く――だから気付くことが出来た。

 割れたゴーレムの身体の奥に、何か煌めくものが埋め込まれている。

 先客は気づかなかったのだろうか。或いは、倒した敵の身体を物色するような真似をしたくなかったのだろうか。
 どちらにせよ、男にとっては僥倖だった。
 もしかしたら、下手な財宝より価値ある宝物かとしれない。
 宝物庫への期待が薄れていた男は、それを取り出すことを優先した。
 ゴーレムの崩落に怯えながらも隙間へと腕をねじ込んで、伸ばして、懸命にそれを取り出そうとした。
 中々それに手は届かず、都度腕を引き抜いては手持ちの道具で石を削り、隙間を広げ、もう一度手を伸ばしての繰り返し。
 その頃には「このゴーレムが再び動き出すかも」という恐怖はなく、夢中になってそれをゴーレムから取り外そうとした。

 そうして何度目の挑戦か。
 ついに男はゴーレムの体内からその煌めきを引き抜いた。
 取り出されたそれは見るも鮮やかな鮮やかな紅。一目で男は理解した。これは竜漿石だ。
 これほどの魔力含有量の物は今まで見たこともない。否、この先出会うことがあるかも分からないほど、この石に秘められた力は強く、何よりも美しかった。
 だからなのだろう、僅かな照明の中で揺らめく蠱惑的な赤を見つめている内に、男の中には幾つもの欲望と妄想が湧き上がってきた。
 微かにあった良心は次第に塗り潰されていき、結局男はこの石を大切にしまい込むと宝物庫へ入ることもないまま部屋を後にした。

 後、男がどのような行動を取ったのか、そこは語るべきではないだろう。
 経緯はともあれ、この石は多くの人々の元を点々と渡り巡ることとなった。

●いのちの色
 そして、今は貴方の手の中へ。

 つるりと滑らかな楕円体。
 形だけならば鶏卵に似たそれは|疵《きず》も窪みも尖りもひとつとなく、深く昏い赤を湛えております。
 宛ら冥府に実る柘榴の一粒――いえ、|鳩の血色の紅玉《ピジョン・ブラッド・ルビー》にも似た美しさ。
 人は醜を前にしても触れることを躊躇いますが、美を前にすれば無意識のうちに足を止め時に手を伸ばすもの。
 故に、貴方もこれを手に取ったのではないでしょうか。

 一見すると掌ほどの大きさをした、ただの美しく赤い石ですが、それはゴーレムの体内より零れ落ちた竜漿石に他なりません。
 今此方にて判断できる事は、膨大な魔力を秘めた高純度の結晶であるということのみ。
 削って使うことも出来ましょうが、あまりお勧めはできません。
 可能な限りこの形を維持し、強大な力を行使する際に触媒として利用するのが良いでしょう。

 されど、手にした貴方なら理解できるでしょう。
 ただ魔力を秘めているのではない、力強い脈動を。
 己の熱が移ったのではなく、それ自体が熱を持っていることを。
 時折石の中に感じる、得体の知れない蠢きを。

――嗚呼、此処からはただのお喋りと思ってお聞き下さい。
 赤という色には生命との繋がりがある。そう感じたことは御座いませんか?
 我々の身体を巡る血液もさることながら、未来の伴侶を示す運命も赤い糸。
 神社の鳥居が朱色である理由も、赤は生命の躍動を現し、古来災厄を防ぐ色でもあるからと聞き及んでおります。

 また、錬金術における賢者の石は西洋において赤い石と伝えられておりますが、その逸話には|辰砂《シンシャ》――硫化水銀が関わっているのはご存知ですか?
 道教に伝わる長生術にも丹薬というものが御座いますが原料となるのは丹砂。即ち辰砂であったとか。
 永遠、不老不死。そういった概念さえも赤という色に与えられているのです。

 故に、こう思いませんか。
 |赤には生命が宿る《・・・・・・・・》のだと。
 血潮の如くに人々の手の中を巡り巡って、貴方の元へと辿り着くまでの間にこの石は、この赤の中へ、少しずつ生命を形作ってきたのではないかと。
 ええ、しがない鑑定士の戯言です。聞き流してくださっても構いません。
 けれど、もしかしたら。可能性の一つとして覚えていただきたい。

 |これは生きている《・・・・・・・・》、と。
 いずれ生命を孕み、この世へ産声を上げるやもしれない、ということを。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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