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彼女が生まれ、私が死んだ日

#√マスクド・ヒーロー #ノベル

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●正義の在処

 忘れたくないことがあるんです。
 忘れてはいけないと、心から思っているんです。
 組織の歯車として、くるくるくるくる。命じられるまま、自分の感情なんか持たないで戦い続けていたらよかったのに、歯車がひとつ欠けたところで組織は問題なく動くと知ったんです。
 きっと、私をのギアはあの時|欠け《欠落し》てしまったんでしょう。それなりに上手く|前座として倒れて《立ち回れて》いたのに、もうそれができなくて。
 不信は疑問へ、疑問は確信へ。
 彼女の、よつはちゃんの面影を追いかけて、追いかけられて。私ははじめて人前で仮面を脱ぎました。

 ――これは、|見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)という歯車が”個”に至るまでの話。

 **

●elite
 重なり合う|世界《√》の中には、よく似た世界は幾つも存在する。ここは√EDENから観測する名称では√マスクド・ヒーローと近い。
 悪の組織が存在し、怪人が民衆を襲い、正義の味方が民衆を助け、人々は正義を賞賛する。形式は違えどこの手の話は√EDENでもよく聞く話だし、フィクションとして娯楽のひとつにもなっている。
 けれど、この世界に住む人々からすればこれは現実。何の罪もない人々が怪人に襲われ命の危機を感じるのも、正義の味方は弱き者の味方であることも。怪人は最後は正義に屈することも、予定調和な世界の摂理。

 戦闘員735番。それがこの世界にいた頃の七山子の呼称だった。親族一同全員、悪の組織の戦闘員だった735番はそれを疑問に思ったことなど無かった。最初からそれが当たり前だったし、招集があれば戦闘員宿舎に住む者達が一斉に出動する。
 何もおかしなところなんてない。淡々と日々を送るごく普通の|一般戦闘員《モブ》。

 一方。その他大勢と違い、怪人には出撃時に個別の名称が与えられる。怪人48番は悪の組織の中でも怪人の家のエリート出身。
 悪の組織は数あれど、735番が所属する組織は一般戦闘員と怪人を担う家がそれぞれ集まった組織。結束力こそあれど、世界征服を本気で企めるほどの強さは無い。
 怪人の中には735番と同い年の少女がいた。怪人48番、735番のはじめての友達。彼女はとても強力な能力を持っていて、相手が怪人48番に気づいていない・または信じているなどの様々な制約はあるが、条件をクリアしてしまえば相手の影に同化して意のままに操ることができた。エリートの家系の中でも48番は特に優秀だった。
 育ちの違いこそあれど、狭い組織の中のこと。戦闘員735番と怪人48番は幼馴染として育った。怪人48番は割り当てられた番号に因んで735番を「なみこ」と呼んだ。なみこ、なみこ、と何度か反芻し、今度はなみこが48番を「よつは」と名付けた。
 二人でいる時間は番号でなく、とってつけただけの、けれどお気に入りの渾名で呼び合った。

 エリートであるよつはは、自分の行く末を見通していたのだろう。よく言っていた。
「なみこちゃん、わたし怖いの。戦いに出るのが怖いの」
 なみこは子供の頃から戦闘員として働いていたが、彼女が何を怖がっているのかよく理解できなかった。だって、それは普通のことで。戦いに出るなんて、いつも通りの繰り返しに過ぎないから。
 きょとんとするなみこを前に、「そっかあ、わからないかあ」と呟いたよつはの寂しそうな顔が酷く印象的で、『七三子』となった今もなんとなく覚えている。

 ある時、よつはが戦いに出る日が決まった。怪人として生まれ育った以上、いつか必ず訪れる運命の日。
 戦いの前、よつははなみこを呼び出して、己の心の裡を告白した。
「ねえなみこちゃん。私怖いの。助けて」
「よつはちゃん、何が怖いの? いつもと変わらないよ」
「なみこちゃん……だってずるいと思わない? |怪人《わたしたち》って、使い捨てなのよ。ちゃんと|殺《たお》される。でも、|戦闘員《あなたたち》は違う。いくらでも、使いまわしがきくもの」
「そんな……よつはちゃん、わたし」
「……だから、わたしが、任務に出るときは、最期の時。【正義】のために、この世界の平和のために、いなくなる時。ねえ、なみこちゃん。私たち友達よね。助けて、くれるよね」
 涙に濡れ、しゃくりあげるよつはは怪人48番の面影などどこにもなく、唯の年頃の少女にしか見えない。戦いで散っていくのが恐ろしいと、当たり前の感情に震える。
 よつはの手を取り、なみこは静かに頷いた。

 |怪人48番《よつはちゃん》から|戦闘員735番《なみこ》へのお願いは、怪人を鎮圧しにいくヒーローの足止め。敵うわけがない。
 相手は世界の|英雄《ヒーロー》で、これまでも数々の強敵を|葬っ《たおし》てきた実績もある。|戦闘員《モブ》ひとりが前に出たところで、あっけなく死ぬに決まっている。

 ――それでも、お友達が私にそれを願うのならば。
 ――えへへ。多分私、よつはちゃんと友達をやっているときだけは、ちゃんと生きていたと思うので!

●alert
 戦闘員735番はヒーローに蹴りかかった。変身したヒーローのとてつもない力に弾かれ、ぐきりと脚の骨が折れる感覚に仮面の下で顔を歪める。
 瞬間、735番の影からヒーローの影へ何かが移動していくのが見えた。いいや、何かではない。|なみこ《・・・》があの影を見間違うものか。

 ――あれは、よつはちゃんだ。どうして私の影こんなところに?
 ――今頃作戦中のはずじゃないのかな。

 そんなことを一瞬だけ考えて、735番は即座に|ヒーローから追撃《致命傷》を受け蹴り飛ばされた。体は大きくバウンドし、|民衆《野次馬》も|視聴者《カメラ》もない、誰も見向きもしない路地裏に落ちていく。
 生まれついてと訓練で培われた戦闘員の頑丈な体のせいで無駄に長引く意識の中、薄れていく視界ではヒーローがよつはちゃんの面影で笑っていた。

 ――……噫、あの子は【正義】になったのだ。いなくならなくて、よくなったのだ。
 ――多分、私は利用されたんだろうな。
 ――でもまあ、よつはちゃんが無事なら、それでいいかあ……。

「君、生きているかい?」
 見知らぬ声にハっと目を開ける。ヒーローが末端の雑魚処理まで来たというのか?  思わず身構えようにも、身体は軋みうまく動かない。
 仕方なく顔だけで声のする方を向くと、血溜まりに汚れるのも厭わず、心配げにのぞき込む見慣れぬ服装の青年の姿があった。なんだろう、こんな展開は知らない。見慣れぬ風景に再び意識が遠くなる。

 もう笑う|正義《よつはちゃん》の姿は見えず。戦闘員735番はそのまま目を閉じた。
 
 ――さようなら、私の大事なお友達。
 ――いつか再会できたなら……まだ私は、あなたを「よつはちゃん」って呼んでもいいのかな。それとも、あなたは|私の事《組織時代》なんて知らない顔をするのかな。

「よつはちゃん、私ね……」

 **

 忘れられない事があるんです。
 きっとこれは、忘れてしまいたくない『思い出』なんです。
 けど、間抜けな|下っ端《三下》がエリートに利用されただけの悲しい話なんかじゃありません。
 この世界のどこかでまた会えたなら、私は今度こそ名乗りたいと思います。
「見下・七三子、ただの戦闘員です」
 と、胸を張って。よつはちゃんから貰った、大事な名前を――。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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