√ラ・セスタ・カンチェッラータ『エチュモロギア』
●√
昔、小夜啼鳥とメナシトカゲは仲良く暮らしていた。
そんな童話がある。
|『夜うぐいすとめくらとかげの話』《グリム童話・第六番目》
説話であると言ってもいい。
簡単な話だ。
あるところに、それぞれ目玉を一つしか持たない小夜啼鳥とメナシトカゲが暮らしていたのだという。
「目玉が一つしかないって不便だと思うんですけれど、それでも幸せだったんだと思いますよ。だってお互いおんなじだから仲違いだってすることはないんですから」
これが人間であれば、また違ったのかもしれない。
なにせ、人間はとても多いから。
「でも、やっぱり人目って気になりますよね。当人たちがいくら幸せだって言い張っても、他人は言うんですよ。親切心を装った不躾な視線を向けて『目が一つしかないなんて、なんて可愛そうなの』って。個性、個性って言いますけれど、区別と何が違うっていうんです」
だから、あなたは歌うのだろうか。
「そんな些細な言葉が友情に亀裂を走らせることだってあるじゃあないですか。だから、小夜啼鳥は言うんです。傍らの友人に。たった一人の自分を理解してくれていた人に、『どうか一日だけ目を貸してくれないか』って」
それで、どうなるのか。
なにせ、メナシトカゲにも目は一つしかない。
貸せば、その間は盲目になってしまう。
困る。ほとほとに困り果ててしまうだろう。
けれど、自分と同じ誰かのためになるのなら、貸し与えることも厭わないだろう。
「たった一つしかないものを差し出したメナシトカゲは信じていたんでしょうね。きっと。友人だから。けれど、小夜啼鳥は一日経っても目玉を返さないです」
それはひどいことだと憤慨する気持ちが湧き上がるのは無理なからぬことだった。
私は、それはよくないことだと言うと彼女は笑った。
そうですね、と笑っていた。
ひどいですよね、と。
ま、けれども、と言葉を濁すように繋いだ。
「両目で見た世界はきっと美しい世界だったんでしょうね。得難いものだと思えてしまったんでしょうね。友情と引き換えにしてでも」
薄暮のような世界に生きる身としては、そうまでして見たい世界だとは思わなかった。
もしも、と私は彼女に尋ねる。
「ああ、もしも立場が逆だったら? 地を這うメナシトカゲは世界の美しさに気が付かなかったでしょう。『なぁんだ、こんなものか』って言って、多分、借りた目を返したでしょう」
世界は誰にとっても等しく価値があるわけではない。
誰かにとって価値のあるものでも、誰かにとっては無価値なものになり得る。
だから、人は。
「小夜啼鳥は目玉を返しません。だってもう、返すタイミングなんてどこにも亡くなっちゃんたんですよ。心苦しさが後ろめたさとおんなじになっちゃったんでしょうね。引っ込みがつかなくなってしまったとも言えるかもしれませんが、一つは」
続く言葉を私は待つ。
「それまでの自分がしょうもないものに思えてしまって、それを認めたくなかったのかもしれません。返してくれって地を這うメナシトカゲを見下して鳴いたのかもしれません。だから、空の高さを知ってしまった小夜啼鳥は、|『シ オー、シ オー、シバ』《si haut, si haut, si bas》と鳴くのでしょう」
高いぞ、高いぞ、低いぞう。
そうやって鳴く。
「でも、私は」
そうはなりたくはないのだと彼女は言う。
誰かを見下したくはない。
己が持つ|翼《Ala》は、確かに高く羽ばたくためにある。
空の青さと星の煌きを知るために己の翼はあるのだ、と。
私は、立花・翼(希望唄うルスキニア・h06488)――歌声によって人間災厄『小夜啼鳥』と認定された彼女が何故、そのような童話の話を私にしたのか理解した。
彼女は言っているのだ。
己は小夜啼鳥だと。そして、彼女の歌声を聞いたものたちは皆、メナシトカゲなのだと。
依存、酩酊、洗脳を引き起こす歌声。
その歌声によって人間社会にもたらされる影響は計り知れない。
「誰も見下ろしたくない。空の高さも、青さも、星の輝きも、みんなに伝えたい。希望を歌いたいんです。あそこに星のような光があるって、太陽のような希望があるって伝えたいんです!」
彼女は、きっと|『失われた六番目』《ラ・セスタ・カンチェッラータ》の童話そのものなのだ。
なら、私はこの√汎神解剖機関の薄暮のような閉塞感に囚われた『メナシトカゲ』なのだ。
視えぬ目のままに暗がりを手探りで進むような人生。
慈愛に満ちた声が聞こえて顔を上げる。
これが生きるということ! これが希望ということ!
彼女の歌が、私に響いている!
この|翼《Ala》は羽ばたかねばならない。
私が。
やらねば。
ああ!『Ala』ちゃんの歌を聴くと元気が出ます!! 本当なんです!!
「ええ、ありがとうございます。とっても嬉しいです、『|■■■■■■《メナシトカゲ》』さん――」
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功