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猟犬は渡鴉の夢を見るか

#√ウォーゾーン #ノベル #四義体サイボーグ

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「これが今度の――か」
 誰かの声が聞こえて目を開けた。
 まず目に映ったのは真っ白な天井――いや、白色だと思われる天井と、視界を白く染める無影灯の光。
 それからその脇に白衣の人影と、何某かの沢山の機械。そこに繋がるケーブルの何本かが、ベッドの上の私へと伸びていた。
「はい、資料では――だとか」

 ――ああ。これは、夢だ。

 いつか聞いた。サイボーグがメンテナンス中に過去の夢を見る例は多いらしい。劇的な体験だからか、己が義体になった時の事などは、特に。
「なるほど、例の――」
「――だったらしいですよ」
 ノイズが掛かったような声。
 同じ内容の夢を何度か見たし、覚醒時に思い返す事もあるが、いつも聞き取れない部分がある。当時の私が聞いていなかったのか、それとも単に忘れただけか。
「――か。だが、この実験で生まれ変わる」
 人影が何かの器具を私に向ける。
「生きていれば、ですけどね」
 聞き取れないなりに穏当な内容でない事だけは理解できたが、記憶の中の私はそれを黙って受け入れる他ない。



「今この瞬間から君は――だ」
 軍服だろうか、厳めしい恰好をした人に連れられた先には、巨大な人型機械が鎮座していた。

 ――どうやら今度は、WZを任された時の記憶だ。

 WZ――鹵獲兵器ウォーゾーン。自らをそう呼称する機械兵団、その一端。総人口の七割を殺した人類の敵。■■■■を殺した私の敵。
 追い回されていた時には恐怖しか感じなかった鉄の怪物を前にして、私の胸中に去来したのはかつてと異なる感情。憎悪、怨恨、それから――理解。
 動かせる。そう感じた。
 いや、それすらも適切な表現ではなかったかもしれない。余程の大怪我でもしない限り、人は一挙手一投足に一々感動したりはしない。これは動かせて当然のもの。自分の手足の|ように《・・・》動かせる、ではない。これは自分の手足そのもの。
 だから私は、ごく自然にこれを受け入れた。これと、これに乗って戦う事を。

『メインシステム、戦闘モード起動します』
 それから私は、|施設《・・》の人に言われるまま戦った。かの戦闘機械群と。時には人間とも。
 何故、と思った事はあるが、命令に異を唱える事はなかった。私は己の身体がこうなる以前の記憶を持ち合わせておらず、他に生きる術を知らなかったから。戦えるから私はここに居場所が与えられているのだと理解していたし――もしかすると優越感のようなものがあったのかもしれない。他の誰もが戦えない中、唯一私だけが戦えるのだ、と。
 だから戦った。幾度も、幾度も。

 そんな生活をしばらく続けていたある日、知らない子がやってきた。二人目のWZ乗り。
 私だけという一意性は失われたけれど、同じ感覚を共有できる初めての仲間ができた事は素直に嬉しかった。二人で出撃すればより安全に戦えたし、交代で休みが取れる事を喜んだりもした。
 それを喜べなくなったのはいつだったか。五人目の子がきた頃だったろうか。WZに乗る回数が減った事に気付いた。
 人数が増えればそれだけ機会は減る、最初はそう思っていた。だが、少しずつ違和感は膨らんだ。順当にローテーションを組んだならもっと出撃要請がある筈。不審に思い、待機時間に施設内を歩き回って――そして聞いた。聞いてしまった。

「それで、第五世代の調子は?」
「問題ありません。予定通り、全機置き換えて問題ないかと」

 私は。第四世代型・ルーシーは、もう既に不要な旧型なのだと。



 この世界では、誰もが日々を生きる為に必死だ。
 ここにいる誰もがそうだし、よく覚えていないけれど、ここへくる前に関わった人達も多分そうだったのだと思う。
 だから、私を捨てる判断を下した彼らも、別に悪人なんかではない。無慈悲ではあったかもしれないけど、慈悲だけで生きていけない時代である事はよく知っている。
 施設の人間は、施設の規模に比して少ない。兵士に限らず、多分あらゆる全てを限界まで切り詰めているのだ。私の万全を維持するのだって、きっと私には想像もできないコストが掛かっている筈で。

 ああ、でも。だとしたら、私のこの気持ちは誰にぶつければ良いのだろうか。新しい子がくるまで、この施設を守っていたのは誰だ。私だ。私が皆を守ってきたのに。
 グチャグチャの頭のまま宛てもなく彷徨っていた時、|それ《・・》を見付けた。
 ジャンク置き場に放置されていたWZの残骸。私が乗っていたものとも、戦場で墜としたものとも違う。気になって調べれば、中には認識票が一つ。
 それに書かれていたのは、見知らぬ名前と、見知った肩書き――|第三世代《・・・・》の文字。

 ――私も、他の誰かを追い落としてきたのだと、知った。

 私の番がきただけだ。もはや他人に非を求める正当性は見付からず、自罰的な思考に嵌った。どうすれば今も必要とされていられたのか、ありもしない解を探し続ける。それを遮る任務はなく、もはや自分は必要とされていないのだと思い知る。
 もう私が兵器として扱われる事はない。そして、施設において役目を果たせぬものは人間ではない。
「……■■■■の仇、取れなかったな」
 ふと、そんな言葉が口から洩れた。■■■■って誰だろう。大切な人達だった、そんな気がする。思い出せない。忘れてはいけなかったのではないか、そう思い。
 けれど、もう良いか。私も、もうじきそちらへ行くのだから。
 全てを諦めて、私は終わりの日を待った。

 やがて。

「――――」
「まあ良い、在庫処分の手間が省ける」

 現れた老人が、告げた。

「お前に生きる意味を与えてやろう」



「調子はどうだ、ルーシー」
 声は近くに感じた。
 目を開ければ老人の姿。どうやら夢ではない。いつの間にか補修作業は終わっていた。

 あの日、老人は自らを|支援者《ハンドラー》と名乗った。施設の職員は|調教師《ハンドラー》と揶揄していたが、あるいはあの瞬間まで人として死んでいた私にはそちらの方が似合いかもしれない。
 今、私は彼の下で猟犬として働いている。
「良好だよ、マスター」
 今の私には生きる意味がある。彼が与えてくれたから。

 まだ生きていても良いのだと、そう思えた。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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