シナリオ

成る。

#√EDEN #√汎神解剖機関

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 #√EDEN
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●だれもたすけちゃくれないよ
 深まる闇というのはどこまでもどこまでも。
 廃ホテル――『その手』のことに使われていたであろう、錆びたフェンスが四方へと張り巡らされ、侵入を拒むそこへ。
 先人の突破口だろう、フェンスの下の土が掘られ、人ひとりが入れるような窪みから、忍び込む影ひとつ。

「……ここだ。よし、電波繋がる……平気、平気」
 年齢としては学生だろうか。少女がスマートフォンを片手に、小さくガッツポーズをした。

 ここは「出る」。サークルの先輩たちから聞いた噂話。何が出るのだ? 情報はない。否『彼女が拾える情報』は、なかったのだ。それはただ認識できなかったからか、それとも彼女の情報収集を『阻害』するものがあったのか。前者であることを願う他ない――。
 普段そこまで目立つわけでも、地味なわけでもない普通の少女。そんな彼女が何故ここに。

「ここで……自撮りして! つよーい女だって、先輩にアピって! 私、ぜったい……尊敬されてやる!!」
 ――理由は実に単純で。普通な自分が嫌で。目立ちたくて。膨らむ自己顕示欲はこの闇のようにどこまでも、どこまでも……。ホテルの暗闇よりずっと巨大なものへと変貌していた。
 廃ホテルの屋内は、どうしてか落書きなどが見当たらぬ。
 噂となっている荒れた部屋や、派手な鏡張りの部屋、劣化したバスタブに割られた窓から入ってきたであろう枯葉が積もり、雨水が溜まっている部屋。それでも、ひとや、それに似たものの痕跡が薄い。

 ……星詠みは思う。
 にんげんはふしぎね。「誰か」とか、「何か」になりたいの。
 にんげんはおばかね。「誰か」とか、「何か」になったあとのこと、考えていないのよ。
 なったって仕方がない。だってあなた、「こんな狭いコミュニティの中で、そんなもの」になって、どうするの?

 ――意気揚々と進んでいく彼女は。

「あ……や、嫌っ、なに――こ、れぇ……ッ?!」
 彼女は幸いにも。サークルという狭いコミュニティではなく、もう少しは噂になれる「何か」に成れた。

●おはよう。
「おはよう、親愛なるあなた」
 人間災厄「少女の偶像」は微笑む。時は朝を過ぎて、少し。イリス・フラックス(ペルセポネのくちづけ・h01095)はソファに寝転び、タブレットの画面を指でとんとん弄りながら、平然とそう挨拶をした。

「あのね。助けてあげてほしい人がいるの。おばかな子。彼女はね、「特別になりたい」の」
 人間は特別、という言葉に弱い。貴方だけに、だとか。自分だけに、とか、自分だけは。「特別」! そんなものに惹かれて特別になりたがる。
 学校や職場での立場? 裕福であること? それとも何かが「上手」だとか「多才」だとか。
 足が速いというのも小学生の中では有利。

 そんなもの。『自分を知らない誰か』にとっては、意味がない。

「特別ってなあに? わたし、ずっと特別だったからわかんない。だって特別って、ぜんぜん『|自己同一性《アイデンティティ》』にはならないでしょ?」
 辛辣ではあるが、ある意味そうだ。誰も、誰も。特別などではない。
「星詠みだって、そう。わたしと似たように、ゾディアック・サインの予知を感じ取るひとも、たくさんいる」
 目前の、少女のような人間災厄だって、この世界ではありふれた存在。特別であり、そして、普遍的。
 なんて皮肉なことだろう。我々は本来何者でもない。√能力者というくくりに入れられた、その時点で――。

「教えて、助けてあげて? あなたはそのままでいいって。変なことしなくていいし。先輩はきっと「そっかあ」で済ませるわ。あの子は『特別』になんてなっちゃだめ……」
 眠たそうに目を擦る星詠み。画面上に地図が表示されたタブレットをローテーブルの上に置く。徒歩での移動経路が表示され、侵入ポイントと、ついでに周囲の宿泊施設にピンが刺されている。「少女」はそこに泊まっていたのだろう。
 イリスはクッションをぎゅうと抱き抱え、ようやく起き上がる。

「おねがいね。止めるためなら、彼女に何したっていい。でも、死なせないようにね。先に進んだら、彼女はどうやっても『成って』しまう。止まれたら、引き返せたら……何にもなれなくたって『幸せ』よ」
 人間災厄の云う幸せとは、いかに。疑問に思うよりも、実際に足を運んだほうが早い。

マスターより

R-E
 おはようございます、親愛なる皆様!
 R-Eと申します。
 星詠みたるイリスは「特別」を知りません。だって自分も、√能力者である貴方たちも、人間も、それぞれジャンルに分かれた『普遍的な存在』だと思っています。
 ですが実のところは異なります。
『この事件は√能力者にしか解決できない』のですから。
 あなたたちは特別です。……それが、良いか悪いかは、各々でしょうが。

 ただのヒトに、現実を突き付ける野暮なお仕事。
 ほうっておけば何に『成る』のか。
 なりたいという願いは、時に猛毒。

 ……廃ホテルへ挑んだ少女のせんぱいはおんなのこです。いわゆるシスターフッド的な環境下にいます。たいせつです。
 彼女にどう接するかが、『2章の分岐』に関わります。

 それでは、よい廃墟探索を。
14

第1章 冒険 『一般人を救え』


POW 身体を張って一般人を止める
SPD 一般人に接触し、事件の噂を聞いてみる
WIZ 偽の「事件の情報」を使って安全な場所へ誘導する
√EDEN 普通7 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メランコリー・ラブコール
廃ホテル入口付近に陣取り少女を待って声を掛ける。所謂『イカガワシイ』部類の撮影スタッフの振りで。
「ちょい待ち嬢ちゃん。こっから先は撮影あるからのォ、入れられへんわ」

「なんの撮影て、”こういうホテル”でこっそり撮るもんなんぞ”そういうコト”に決まっとるじゃろォ」

「……ああ、飛び入り参加するんやったら入れたってもええで。小遣い稼ぎにゃァちょうどえェし。嬢ちゃんの顔やったら……”特別”売れるかもやなァ?」

あえて悪い意味での特別をアピールして忌避感を持たせて追い返す。
万が一少女が同意してくるようなら面接が必要とかいって現場から連れ出して交番等に引き渡す。自分は逃げる。

●ありとあらゆる。

 少女が無事に――道中の薮を突っ切ってきたからか、やや汚れた衣服になりがならも到着したとき。
 彼女が『廃ホテル』だと思っていたその入り口に、褐色の肌の女性が立っていることに気がついた。服装は普通の人間に見えるが、煙草を咥え紫煙をくゆらせる女性を見て、少女は思う。
「(まずい……先客だ……)」

 彼女を待ち受け立つはメランコリー・ラブコール(ラブ子さん・h00264)。それらしい服装と、それらしい荷物。撮影スタッフの切るようなダウンジャケットに、やたらとゴツい何かの入った鞄を床に置き、暇そうな様子で周囲の様子を窺うことなく、だるそうに警備をしているように見えるが――いや。既に、少女の存在には気がついている。

 どうすべきか。ここで引き返せば、自分は目的を果たせない。考えている少女……だが。不意に動いた瞬間、がさりと物音を立ててしまった。彼女の『音』を待っていたメランコリーはくるりと首を向けて、「あー……」と、あからさまに面倒そうな声をあげてみせた。
 ちょちょいと手招きをされたことで、やや警戒心が解れたか。少女は恐る恐るという様子ではあるが、メランコリーの側へと近寄っていく。

「ちょい待ち嬢ちゃん。こっから先は撮影あるからのォ、入れられへんわ」
「撮影……って」
「なんの撮影て、”こういうホテル”でこっそり撮るもんなんぞ”そういうコト”に決まっとるじゃろォ」
 にぃ。
 凶悪な笑みを浮かべて見せる彼女に、少女の肌に鳥肌が立つ。脂汗まで出てきた。目の前の女性が「尋常な立場」ではないことを、正直は理解できた。少女はそこまでウブな存在ではない。何のと聞き返すこともなく、胸の前でぎゅうっとスマートフォンを握りしめる。

「……ああ、飛び入り参加するんやったら入れたってもええで。小遣い稼ぎにゃァちょうどえェし。嬢ちゃんの顔やったら……”特別”売れるかもやなァ?」
 顔を近づけ、まるで自分の肢体を吟味するかのような視線。声にもならない悲鳴を上げた少女は、そのまま壊れて開け放たれていた扉へと飛び込み、奥へと駆けていってしまった。
「あー。面接無視かー?」
 遠くから声を張り上げるも、正直は「そういうの大丈夫ですぅ!」と大声を上げながら、ばたばたと走り去ってしまった。

 ……だが、『初手は十分』。「ここ」がどのようなものか、恐れさせることができた。
 何せこの先にも√能力者が待ち受けているのだ。それこそ、もはや『お化け屋敷』のように。追いかけずとも捕まってくれることだろう。罠にかかった小ネズミちゃん。
 さぁて任せるか、顛末を見守ってやるか。メランコリーは紫煙をふうと吐き出した。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

シキ・イズモ
アドリブ歓迎!

特別、かぁ
ボクも特別なんてものにはそこまで惹かれないなぁ
でも、何かになりたいと思う願いが毒というのなら、それもボクが制御してみせようか

彼女が何を求めてこの廃墟に来たのかは分からないけど、ボクがそれに成り代わる事はできるかな?
廃墟に怪しい女の子がいたら、それはそれでホラーの定番って感じもするじゃない?
「帰れ、帰れ」って脅かしたら、そのまま帰ってくれないかな
一応、【忘れようとする毒】で記憶を薄める事も考えるけど……、出来れば原因を断っておきたいよね

「(特別、かぁ)」
 特別とは。普通でも一般でもなく、それとは別の枠組みに入れるべきものである。

「ボクも、特別なんてものにはそこまで惹かれないなぁ」
 そうは言えど、シキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)も√能力者のひとり。特別という枠組みに『入れられてしまった』者。苦渋の決断、文字通りに毒を飲み、己の存在を保持するため今ここに立っている。
 命が惜しかったわけではない。二度と埋まらないかもしれない|それ《欠落》を求めるため、彼女はこの『|特別《√能力者》』という立場を受け入れざるを得なかった。

 何かになりたい。自己を誇示するためだけのくだらない『|定義付け《レッテル》』。曖昧なそれを欲しがれば欲しがるほど、目的や志が半端であればあるほど。半端な『向上心』は甘い毒となって自分自身を蝕み、そして自身の毒で自滅する。
 なりたいと思う願いや記憶が毒だというのなら、シキにとってそれを忘れさせることは造作もない事。単純に、毒となった記憶を吸い出してやればいいのだ。だがそれは彼女の本望ではなかった。

 かわいそうじゃないか。忘れるなんて。
 彼女が「思ったこと」事態は毒ではない。どこまで忘れてしまうのか……シキにも少し、曖昧な所がある。この力は、最終手段。
 普通の少女がこんな場所へ一人で来た事。それ自体を、その記録を特別にしたい事。
 その理由をシキは知りたかった。その理由を。できることなら、彼女の特別なものに、成り代わる事ができるなら、支えてやりたい。優しい動機。

 少し早足に近づいてくる足音と、息切れの音。懐中電灯――いや、スマートフォンのライトだ。その光を顔に受けて、シキは目を細めた。
「また来訪者だ。今日は賑やかだね」
「……また?」
「そう。あちこちで音がするんだ、聞こえる?」
 言われて周囲を見回し耳をすます少女。だが彼女には何も聞こえない。何故か?
 物音をわざと立てても、驚きはするだろうが、少女は帰らない――ここに訪った√能力者全員がそう理解していた。まあ一部を除き……かもしれないが。
「名前は?」
「ひ……ひなた」
「そう、ひなたさん。こんな所で、初対面の相手に、名前なんて教えちゃいけないよ」
 言われてようやく気づいたか、少女は思わず口に手を当てる。やや怯えた目で見る彼女に、シキはあくまで優しく、声をかける。
「危険だ。帰ったほうがいい」
「でも」
「帰って」
 圧のある言葉に、少女の足がすくむ。そんな震える彼女に。

「帰らないなら。おいで」
 そう言って差し伸べられる手に、少女は困惑した様子で、シキの顔と手を交互に見つめ。
「ボクが、ひなたさんの特別になるよ」

 ――少女は、ひなたは考える。
 これは。このひとは、『幽霊』なのではないか。
「――ッ!!」
 恐怖という感情が途端膨れて、破裂した。踵を返して駆け出す少女を見て、ふうとシキは息を吐く。

 悪くはない。むしろ良い。最終手段を使わずとも、あの調子であればきっと、彼女はそのうち、この廃墟から立ち去ってくれる。
「やだ。やだ。やだっ……先輩……せんぱい……!!」
 泣き言を言いながら、階段を駆け上がる音――ああ、どうやら。
「……原因は、「それ」か」

 先輩への、羨望。想うあまりに膨らみきった自己顕示欲が、ここに彼女を『呼んだ』のだ、と――
🔵​🔵​🔵​ 大成功

虚峰・サリィ
「ハロー、ガール。いい夜ね」

彼女を追って廃ホテルに侵入しましょう。なるべく手荒なことはしたくないわぁ。ここは言葉で説得をしてみましょ。未来ある乙女だものね?

「何か特別なものになりたい……あなたの望みを否定はしないわ。でもね、それはこんな所に潜り込んで一足飛びに、お手軽に『なれる』ものではないの」
「あなたが特別になれる場所は、ここじゃない。もっと陽の当たる場所。このまま進めば……『特別になったあなた』を見せたい相手の所には二度と戻れないわぁ」

ま、思春期の女の子ですもの。特別なものになりたいなんて、誰もが一度は思うことよ。かわいいものだと思ってあげなきゃね?

【アドリブ歓迎】

「ハロー、ガール。いい夜ね」
 階段を駆け上がる少女の先に、また一人。廃墟の入口で聞いた話――「撮影中」とやらは、事実だったのか?少女は脚を止めて、階段に座る『|人間災厄《ひと》』、虚峰・サリィ(人間災厄『ウィッチ・ザ・ロマンシア』・h00411)の顔を見た。
「……う、うぅ……」
 戻っても、さっきの「人」たちがいる。先へ進んでも、こうして「人」が待っている。泣きそうな顔で呻く少女にサリィは「大丈夫よ」と微笑んで、少しだけ肩をすくめた。
「怖い人でも居た?」
「……っ」
 怖くは、あった。でも皆、自分を心配していた。彼女には答えられないようで、その顔が俯く。……スマートフォンの画面に映るのは、録画中の動画。その充電はやや心もとなくなってきている。ライトを使い、撮影し、本来ならさくさくと進めるような廃ホテルの中を「ひとびと」に邪魔され進んできたのだから、当然だ。

「ねえ、あなた。『特別』に、なりたいのでしょう?」
 特別。先ほども言われた言葉に、はっと顔を上げる。なぜ。どうして知っているのか、理解できていない様子で瞬きをする。そんな彼女にサリィは少し困ったように、「あ、図星?」だなんて笑ってみせた。
「ここは、そういう子が集まる場所なの」
 ご尤もな理由をつけて、サリィは言う。半ば嘘、然し事実。何故なら星詠みが「出る」と詠んだ。『彼女が拾える情報』はない。情報はサークルの中で広がった――ならば、相応だ。

「何か特別なものになりたい……あなたの望みを否定はしないわ。でもね、それはこんな所に潜り込んで一足飛びに、お手軽に『なれる』ものではないの」
 少女が思わず息を呑む。図星の上に、さらに核心を突かれて狼狽える。不安げな表情でサリィを見る彼女の顔にはもう、怯える様子は見られなくなっている。

「あなたが特別になれる場所は、ここじゃない。もっと陽の当たる場所。このまま進めば……『特別になったあなた』を見せたい相手の所には二度と戻れないわぁ」
 階段に座り脚を組み、そこへ肘を乗せ、頬へと手を。微笑むサリィにはお見通し。
「素敵な恋をしているのでしょう?」
 恋する乙女。
 それは、事実だ。

「ねえ。それって、自分の力で叶えなくて良いのかしら。こんな『特別』じゃなくても、もっと方法があったはずよ?」
 思春期の女の子が、特別なものになりたがる。一度は思うこと。だというのに、どうしてこの場所で「特別」になりたがった? 理由が、どのようなものであれ……。
「(かわいいものだと思ってあげなきゃね?)」
 サリィの視線に射抜かれて、少女はしばらく立ちすくむ。下唇を噛み、くやしそうに。
 見透かされた。さっきのひとにも。私、こんなに『特別』になりたいのに。
 膨れる膨れる自己顕示欲。それを否定されることは、あまりにも|酷《むご》いこと。「あなたは普通」と突きつけられ続ければ、どんなに心が強くとも、いつかは。

「二度と、戻れなくても……」
 まるで泣き言をいうかのように、彼女は、「ひなた」は口を開く。
「私。特別に、なりたいの」
 少女は階段を上がっていく。サリィの隣を通り過ぎ、けれどその背を振り返って。

「……ありがとう、お姉さん。……もう少しだけ、がんばらせて……」
 鼻をすする音が聞こえた。かつ、かつと立ち去る少女を振り返り見ることなく、サリィはくすりと笑う。

「可愛い子。……大丈夫よ。「まだ」、ね」
 そう、まだまだ。可愛いあの子を待つものは、絶望では、ない。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

白皇・奏
今からなら追いつける?彼女の進んだ道へ、彼女を追っていこう、追いついて、話をして止める。
愚直だけどそれが1番だ。

俺だって特別なんてわからない、一般と違うなら俺だって特別だ。
災厄として管理されて、軟禁されて、自由を知らない籠の鳥が特別と言うならそうだ、でも彼女はそうなりたいわけじゃないよな?

追いついたら彼女を呼び止めよう。
きっと、水色のロリータドレス姿の女の子だと思ってくれるはずだ
「この先に進まないでくれ。
特別になるのなら、君はもう特別になったんだ。
昏い廃ホテルに1人で入れた、そこで不思議な女の子のような存在と出会えた、それで十分だ。
俺にとってもこれで守るべき君は特別、だから引き返してくれ」

 彼女の廃墟探索もとうに半ばを過ぎ、廃ホテルの外廊下へと差し掛かる。少し疲れてきた足取りで、やや鼻をすすりながら、それでも彼女は進んでいく。
 何度も止められた。何度も「普通でいい」と言われた。精神へ突きつけられる刃は深く心を抉る。
 どうしてこんなに人がいるの。それでも進まなければ。進まなければ。進まなきゃ。進むの。
 ――進め。
 もはや狂気の領域。彼女自身には理解できていない『干渉』である。

 白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)は駆けていた。正面を担当する√能力者がいるのならば、自分はまた別のアプローチが出来る。
 今からでも追いつける。搬入口から入り逆走し、彼女がこれから進むであろう道を通り追いつくのだ。可愛らしいロリータドレスの裾を掴み階段を登る。
 特別なんてわからない。
『自由を知らぬ災厄。それを特別と呼ぶなら、きっとあなたも……』――星詠みの独白。
 ――でも彼女は、「そう」『|成《な》りたい』わけじゃない!

 |急《せ》く彼のその姿は、さながら映画の逃走劇のよう。
 追手から逃げる姫のように階段を駆け上がり。鳥籠から放たれ外へ羽ばたく青い鳥のように、外廊下へと飛び出して。
 そして。少女が来る寸前に、『間に合った』。

 眼の前に現れた、愛らしい水色のドレスを着た『女の子』――奏を見て、少女は足を止める。
「……この先に、進まないでくれ」
 愚直だ。けれど、彼が最も伝えたい言葉。

「っ、どうして!」
 半ば叫ぶように、上ずった声が響く。少女の声は焦燥に満ちあふれ、もはや「進むこと」しか考えられていないように見えた。

「特別になるのなら、君はもう特別になったんだ」
「なってない! なってないもんっ! 私、まだ……まだ、『見てない』ものがある!」
 やや要領を得ない返答をしながら、少女は髪を振り乱し首を振る。取り付く島もないように見えるが、未だ言葉は届いている!
「……昏い廃ホテルに一人で入れた。そこで俺と出会えた、それで十分じゃないか」
「違うっ! 『一人で来なきゃいけない所』なの。ここは、そういう場所なの!」
 嫌々と首を振り、それでも手放さないスマートフォン。首掛けストラップのついたそれに、可愛らしいマスコットのぬいぐるみが揺れている。
 本当にただの、少女なのだ。それがここまで無理をして進んできた。自分たちがこうして彼女を引き止め続けていなければ、きっともう。
 ……唇をきゅ、と結んで、奏はさらに少女へと声を掛ける。
「俺にとっても、君は特別だ。守るべき存在なんだ。……だから、引き返してくれ」
 彼の懇願にも似た声。先と雰囲気が変わった奏へ、少女の視線が注がれる。

「あな、た」
 瞬きには涙が溢れ、ぽたりと床へと落ち滲んでいく。
「とくべつに、なったの?」
 寂しそうに。羨ましそうに。少女は小さく、首を傾げた。

「なりたくなかった」
 彼の返答は、短い。月明かりの差し込む廊下で、少女と対峙する彼は。「なりたく、なかった」のだ。

「そっ、か」
 少女は呟く。どうやら少し落ち着いたようだ。安堵して息を吐く奏だが、そのまま少女はこう続ける。

「……私。先に、進むから」
 再び歩き出す少女。待ってくれ、と手を伸ばそうとする奏へ、彼女は真っ赤に目を腫らし、泣き笑いを浮かべて。
「まもって、くれるんでしょ? ……「みんな」、ここにいるんだよね?」
 ――ここまで、何人と出会っただろう? 彼女の意思はあまりに強い。けれど、確かに。
 |我々《√能力者》を、頼る気になったようである。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

清水・式
方針:『一般人に接触し、事件の噂を聞いてみる』

「こんばんわ」
√能力【道中『胡蝶之夢』】で具現化する『碧色の蝶』を身に纏うようにしながら、廃ホテルの中から出てきたかのように錯覚させるかたちで、少女とホテルの間に割り込むように対峙する。

1体の蝶を、少女の目の前で破裂させ。
『正直病』にした後、
淡々とまるで人間ではないかの様な雰囲気を漂わせながら事件の噂を聞き出す。

「こんばんは」
 ――やはり、居た。清水・式(情念終着・h00427)を見て、少女はちいさく下唇を噛む。
 彼女は既に、この廃墟の様相に慣れてきていた。覚悟はとっくの昔に決まっていたが、今はそれ以外の、別種の覚悟も、彼女は背負っている。
 長く緩いウェーブのかかった髪を乱して、目を真っ赤に腫らした彼女を見るに。廃墟探索には準備が、装備が明らかに足りていない。少し大きな鞄こそ肩にかけてはいるが、中には何が入っているやら。
 ――それこそ、突発的に『来てしまった』ような。
 相手の様子を見ているのは彼女も同じだ。今回立ちふさがる彼の様子が、他とは違う事に少女は気がついていた。
 ……『碧色の蝶』が、彼の周囲に飛んでいる。
 人間ではない、かもしれない。今まで通ってきた中でも、人間とは異なる雰囲気の存在は「たくさん」居たが、今回ばかりは、彼らとは明確に異なっていた。
 噂の「何か」か、それとも幽霊かと身構える彼女を見て、式は少し困ったように小さく笑む。
「大丈夫。何人と会ったかは知らないけど……止めに来たんだ」
「やっぱり」
 拗ねたように言う彼女に頷く式。一応、とばかりに手を差し出してみるも、少女は頭を振ってそれを拒んだ。
「まだ先へ進むのかな。どうしても、特別になりたい?」
 式と同じように、頷く少女。多くは語らず、此度も先へ進もうと、彼の横を通り抜けようと歩き出す。だが、それを遮るように蝶が飛ぶ――。

「きゃっ、――」
 一匹の蝶が、少女の眼の前でぱっと。鱗粉を残して、散っていった。道中『胡蝶之夢』。すすみたいのならば。なりたいのならば。ここまで来たなら――聞き出していい。
「どうして、先に進みたいのか。聞かせて」
 式はそう質問する。優しい声色だが、そこには僅かな圧がある。それは、何故か。
 困惑する少女は黙ったままでいようと唇を結ぼうとしたが、どうしてか反射的に、その口が開いた。――『正直病』。

「先輩が、ここに来たの」
 ひた、ひた。どこからか水の滴るような音が聞こえてくる。僅かな物音でも、この廃ホテルの中ではよく響いてくる。
「……先輩は、『特別』なんだ。泣き虫な私より、ずっと強くて……かっこ、よくて」
 どこか朦朧とした様子で。ぎゅっと、スマートフォンについたマスコットを握る。
「私を選んでくれた。おねえちゃんなの。私がもっと上手に踊れるように。私の手を取って一緒に踊ってくれた。私にとっては、天使みたいで」
 語る言葉からするに、女子校のダンス系サークル。そこで築かれた姉妹関係、シスターフッド。

「じゃあどうして、先輩が来たからって、ここに?」
 そう聞けば。彼女は凛と、澄んだ目で式を見た。

「うらやましかった」
 純粋な少女の表情と声から発せられるものでは、ない。
「先輩が、もっと『特別』になるのが、許せなかった」
 生まれたのは、劣等感。
「だから。先に、行くの。『先輩が入らなかった、もっと先の場所』に……」
 ふらふらと歩き出す少女。正直にも程があった、のかもしれない。――スマートフォンの明かりが、ふと消える。……充電が切れたのだ。その瞬間正気を取り戻したのか、少女は困惑した様子で周囲を見回し、式を見る。
「……もう、十分遠くに来たよ。充電、切れちゃったみたいだし……帰ったほうがいいと思う」
 式がゆっくりと歩き出し、手招きをする。ここからならば、搬入口が――出口が、近い。
 指を指し導く先に、僅かな明かりが見える。少女はゆっくりとした足取りで、その明かりへと進んでいった。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

ラスティ・アンダーソン
あの星詠み…なんて格好してやがる…
確かに|特別《スペシャル》だな
お陰で話しが頭に入らなかった
ま、大事なのは特別を夢見る女の子が危ない目に遭いそうってことだ
俺にとっては美人は全員特別だがな

おおよその居場所は分かってるんだ
後は細かい探索だな
|相棒《ゲイザー》、出番だぞ
人を探し出して殺すために作られたレギオンなんだから、女の子一人探すなんざ朝飯前だろう?

問題は見付けた後だ
死なせる以外何をしてもOKとは言われてるが、宗教上の都合で女の子に酷いことはできないんだ
状況適応拡張機能でイケメン力を引き出してデートにでも誘ってみるか?
俺の|バイク《シルバーアッシュ》のタンデムシートは美女専用の特別なスペースでな

「あの星詠み……なんて格好してやがる……確かに|特別《スペシャル》だな」
 ラスティ・アンダーソン(通りすがりの何でも屋・h02473)は振り返る。主に星詠みのと~んでもね~ェ服装について。
 星詠み曰く。『これは寝間着だから……』
「お陰で話しが頭に入らなかった」
 星詠み曰く。『ちゃんとお話、お耳に入れて。も~っ』
 ――以上一部、余計な情報である。

 ともあれ今回重要な点は、『特別』を夢見る少女が危険な目に遭いそうだ、ということである。そして美人は全員特別。
 死なせる以外は何をしてもOK。だが宗教上の都合で女の子に酷いことはできない。宗教上の理由、すなわち『そっちのほうがカッコイイ』的なものなのだろう。わかる。
 任務内容を理解していようと、多少のおふざけが入るのは御愛嬌!

 仲間が導いてきたのだ、おおよその居場所は分かっている。あちらこちらで聞こえる物音を聞けば、この裏手で待っていればたどり着いてくれるだろう。だが、そんな|道案内《それ》に甘えるつもりは毛頭なく。廃ホテルに漂う不穏な空気はまだ晴れない――細かい探索も欠かさず、だ。
「|相棒《ゲイザー》、出番だぞ」
 ラスティが声をかけたのは一体のレギオン。チューブをうねらせて空中を浮遊するそれを手で軽く叩いてやる。
「お前なら女の子一人探すなんざ朝飯前だろう?」
 元々兵器として扱われている存在。生物を探知する機能はお墨付き。だが、やや怪訝そうな顔(らしきパーツ)をしていないか?
 ――それはともかく。ラスティ自身は出口で待機し、|相棒《ゲイザー》を廃ホテルの中へと向かわせた。

 程なくして。廃墟の中から小さな悲鳴が聞こえた。どうやら相棒が標的を発見した様子である。ざっと小さなノイズの後、あらかじめレギオンに取り付けられていた通信モジュールから少女へと声をかけた。
「あーあーお嬢ちゃん、聞こえるか?」
「きっ……きこえます……!」
 少々焦っている様子だが、廃墟の中で散々驚かされ、自分の劣等感や自己顕示欲をつつかれてきたからか。突然現れた浮遊する機械に対し、あまり危機感なく接する少女。
「たぶんもう見えてると思うが……真っ直ぐ進んでもらっていいか? 道中は俺の相棒が守ってくれる、安心しろ」
 伝えれば、ライダー・ヴィークル――愛車の|バイク《シルバーアッシュ》、そのヘッドライトがちかちかと点滅し。それに応答するように、レギオンも瞬きをするかのように何度か光を発した。
 それを見てか、少女が「みえました!」と返事を返してくる。
 だいぶ落ち着いている様子だ。目指す場所まできちんと「到達できた」からか、それとも。

 レギオンに案内され、出口へとたどり着いた少女。廃墟の中を進んだからか、服装や髪は乱れてしまっているが。現れたのはごく普通の、だが「普通だからこそ」、可愛らしい少女である。
 うむ。『アリ』だ。
「お嬢さん、どうだい? もう結構な深夜だが、タンデムツーリングでもしながら話でも……」
 |状況適応拡張機能《 アダプティブ・エクステンション》。自身の現在最も必要な拡張機能を引き出す√能力――そう、今必要なのは! イケメン力、すなわち魅力――!

 だが。
「あの……わ、私、『姉』がいるので……」
 姉とは。顔を赤くし、それを隠すように両手を頬に添え、申し訳なさそうに俯く少女を見て……ラスティは察する。
 あ~~。

 発揮されたのはおそらく魅力ではなく『趣味技能』あたりであろう。バイクでの走行、特に|二人乗り《タンデム》においてはとても重要な能力である。
「……OK。それでも、送り届けてやろうとも……!」
 女の子には、とびきりのカッコイイ所を見せよ。頼りになる男はモテる!
 ただし運が悪い時だってある。
 ――その運が、毎回『特別』悪かったら?

『「こう」なるんじゃないかしら……』……ある星詠みの呟きである。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

第2章 集団戦 『さまよう眼球』


POW かじりつく
自身の【眼球と牙】を【真っ赤】に輝く【暴食形態】に変形させ、攻撃回数と移動速度を4倍、受けるダメージを2倍にする。この効果は最低でも60秒続く。
SPD ヒュージ・ファング
【強酸】のブレスを放つ無敵の【無数の牙の生えた巨大な口】に変身する。攻撃・回復問わず外部からのあらゆる干渉を完全無効化するが、その度に体内の【生命力】を大量消費し、枯渇すると気絶。
WIZ 新たなる牙
視界内のインビジブル(どこにでもいる)と自分の位置を入れ替える。入れ替わったインビジブルは10秒間【次なる「さまよう眼球」】状態となり、触れた対象にダメージを与える。
√汎神解剖機関 普通11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

 どうして。どうして。どうして、どうして?
 呼んだ。呼んだ。呼んだ。呼んだ。呼んだ!

 静かな廃ホテルの中。響くことのない声なき声。
 代わりにぐちゃり。もひとつ、ぎちり。

 ああ、よんだのに。こっちにおいでって。
 ああ、よんだのに。「なれる」って。
 なりたくない? なっちゃった?

 あたしたちとちがう、とくべつに?

 がちがちがちがち音が鳴る。噛み合わせの悪い歯が口惜しそうにぎりりと啼いた。

 ――『特別』は、少々「頼りない」選択だったか。
 ある者の独白。届くことはないひとりごと。


 瞬間。騒がしくなる廃ホテル。
 それらは「屋上」から、雪崩れるように溢れてくる。

 眼球が探している。
 『特別』な、おまえたちを。
夜白・青
あはは、キミはどうやら法螺も騙りもあまり上手じゃないみたいだねい。
それともこっちの真心が上回ったか、ねい。

ホテルの屋上近くの一室、比較的きれいな椅子と机に腰かけて、天井を見上げながら語りかけるねい。
騙りはこうするんだねい――ただし、実践できるチャンスは今夜限りかな?
怪談「番町皿屋敷」でホテルの一室まるごとを怪談空間で上書きして、さまよう眼球をあまり移動させず、かつ一時的に閉じ込めるねい。
怪談を語るのは最低でも相手の√能力が消える10秒以上。
その時間を使って皆んなが態勢を整えるのと、女の子が巻き込まれずにすむ距離まで離れられたら僥倖だねい。

「あはは、キミはどうやら法螺も騙りもあまり上手じゃないみたいだねい」
 よんだ。よんだ。言葉もなくざわめくそれらが何をほざいているのかを、夜白・青(語り騙りの社神・h01020)は察しているようであった。屋上付近の部屋へと陣を取り笑い声を上げる、斎服を着た竜の姿。

 雪崩れ、階下へと流れていく無数の目玉、鋭い歯をがちがち鳴らす怪物達。静かだったはずの屋内は今や彼らが立てる気色の悪い「人間もどき」の音で溢れていた。
「それともこっちの真心が上回ったか、ねい」
 椅子の背もたれへ体を預け、彼は天を仰ぐように見る。あの少女の勇気はただの蛮勇。自慢は出来ても、わずかな間。
「人の噂も七十五日――」
 ゆっくりと椅子から立ち上がる。そのようなたった一瞬のためだけに、命を散らす危険を犯すなど愚かなことよ。語り騙れや、皿屋敷……廃ホテルを侵食するかのように、周囲が古めかしい屋敷の姿へと変化していく。

 青の声に気がついたのであろう、部屋へ押し入るや否や彼を視界にとらえた「それ」の数匹が、瞬きの間に距離を詰めてくる――廃ホテルに留まるインビジブルと己の位置を入れ替えたのだ。
 だが、それらの体は前へと進まない。何故だ。多少の意思はあるのか、体がどうかも分からぬ異形の体を捩るそれ。――足と呼ぶにもおこがましい端が、縄で縫い付けられている。
 縄の先はといえばホテルの一室、否今は『屋敷』の一室から見える、『井戸』へ。

「一枚、二枚……」
 たっぷりと時間をかけ、青は「皿」を数えていく。変化した周囲の様相、そして、その青の声を頼りにその姿を探し、見つけたと集まるさまよう眼球ども。その端々を捕らえていく。数えているうちにインビジブルと入れ替わっていたそれらの体が本体へと戻るが、それもまた井戸に捕らわれて――。
 さまよう事を許されず蠢くそれは今となってはただの眼球か。眼球には何がある。|レンズ《水晶体》がある。さてその『形』は? ――ゆったりと湾曲した「皿」のよう。

「――まだ足りない!」
 パリン。皿の割れるような音と共に眼球が、その水晶体が爆ぜていく。足りない足りない何故足りない。
 こうして、割ってしまったのだから!
 悶え苦しみ、床へと溶けるように消えて行く群れを見て、|柏手《かしわで》ひとつ。周囲が廃ホテルの様子へと戻っていく。――だが。屋上から感じる、禍々しい気配は、まだそこにある――。

「足止めは十分かねい。……今宵は、これにて」
 今は、手を出すべきではない。目を細め屋上を睨んだ彼は、斎服に被る埃を手で払った。
🔵​🔵​🔴​ 成功

白皇・奏
自分だけじゃ飽き足らず、他人を巻き込まないと気がすまないんだな。
お前は特別か?違うよ、他人を巻き込むありふれた害悪、怪異だ。

信じてくれたんだ、彼女は。
守ってあげると約束したんだ。
その約束も信頼も守らないとだめだろ?

お前がおれたちを特別と言うなら見せてやる。
後悔しても遅いよ、お前はおれという災厄に出会ってしまったんだ。

『運命の女が魅せる災厄』、魔性の瞳を持ってこの眼球を見つめ返す。
これでもう、お前は運命が狂っていく、もう抗うことはできない。

おれと一緒に狂いゆく運命を受け入れてもらうよ。

 己だけでは飽き足らず。他人を巻き込まねば気が済まない。『特別』になった『つもり』の眼球達は、顎をがちがち鳴らし『|特別《√能力者》』を探し廃ホテルへ溢れていった。
 廊下は眼球どもで大混雑。ぎょろぎょろ室内へ体をぎちり滑り込ませ細かに視線を向け、牙をかち合わせ我が物顔で進んでいく。
 その群れの前に現れた得物を見て。彼らが飛びつかない理由は、なかった。
 護霊とともに立ち塞がる白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)。ドレスを身に纏った、無害で愛らしくも見えるその姿。格下と見誤ったか、威嚇するかのように大顎を開ける彼らに奏が向けるは冷ややかであり。そして覚悟に満ちた『視線』でもあった。

 |お前《眼球ども》は特別か?
「……違うよ。他人を巻き込む『ありふれた害悪』、怪異だ」
 彼らもまた、ただの簒奪者。特別求めてお見事特別から外れたくせに、ご立派に『他の特別』への道を閉ざそうとする。そのような意味では悪辣なる特異として認めてやってもいいとも思うが、それが。何だというのだ。

「(信じてくれたんだ、彼女は。守ってあげると約束したんだ)」
 護るべきもの・事柄がある者の意志は強い。『まもって、くれるんでしょ?』――約束を違えるわけにはいかない。
 狭苦しそうにぎゅうぎゅう窓ガラスを割りながらでも進み這い寄るそれの、目。注がれる目線はすべて、奏にとっては好機の証である。
 運命は容易く狂うもの。運命に抗うには相応の手段が必要だが、此度の相手にはそのようなものへの対策や、危険を察知できるほどの知能はないようだ。

 視線、瞬き、ぱちり。それでおわりだ。
 顎を広げ彼らにとって狂った|計算《運命》は自分達の持つ質量である。
「見せてやる。視てやる。後悔しても遅い」
 おれという災厄に出会ってしまったから。もう、逃げられない、抗えない。|運命の女が魅せる災厄《クライシス・ファム・ファタール》は機を逃さない。

 ――老朽化した廃ホテル、踏み込み圧をかけた先の床が、途端がらりと派手な音を立てて崩れていく。ぶち抜かれ開いた穴、その床の上でべしゃりと蹲るそれらに少々遅れて、巨大な瓦礫が落ち。生々しく潰れる音を立てた。
 ただの不運ではない、√能力。通常ならばまた這い上がって来るだろうが――それは正しく、沈黙した。

「おれと一緒に狂いゆく運命を受け入れてもらうよ」
 もくもくと上がる長年積もった埃。それを吸い込まぬようにと袖を口に当て、奏は視線の合わなくなった潰れた眼球どもを睨みつけた。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

シキ・イズモ
アドリブ歓迎!

ふぅーん、そういう目的だったんだ
うーん、ちょっと腹立たしいかも

ん、強酸のブレスは厄介だけど、【未来を蝕む毒】なら回避は簡単かな
こっちの攻撃も通らないみたいだけど、生命力を大量に消費するみたいだね
だったら、攻撃を避け続けていけば、勝手に自滅してくれるってこと
ボクは一向に持久戦をして構わないよ、好きなだけ攻撃してみてよ

 なりたい、なったの、なれたのよ。声なき喜色がその大顎に見える。探し当てた√能力者に対しにんまりと笑みを浮かべ、まるでゲタゲタ笑うように体を震わせる「それ」を見て、シキ・イズモ(紫毒の鳥兜未遂・h00157)は不愉快そうに眉根を寄せた。
「そういう目的だったんだ? ま、失敗してちゃ意味がないね」
 挑発するかのように顎をくい、と動かしてみせるシキ。腹立たしさと同時に湧き上がるのは――これら、さまよう眼球ども。その個々の能力は、「自分にとって、非常に相性が良い」であろうという確信。
 まるで「黙れ」とばかりに口を歪めたそれの顎が肥大化する。数多の目が閉じられ巨大な顎だけの存在となって、一直線に向かってくる。

「舐められたもんだね」
 ――指を弾くと同時、背後に飛ばしたのは己の体液から生成した毒素。大顎がシキの立っていた場所を確かに食らう。強酸の息が歯の隙間から漏れ、唾液と化したそれが床へと落ちればジワッと嫌な音を立ててカーペットを焦がし溶かしていく。まともに立っていればどうなっていたかお察しであろう。
 しかし、彼女の姿は既にそこにはない。

「おっと、スカっちゃったね。たくさんあった目、閉じちゃったからじゃない?」
 シキの声と、大顎どもの荒々しい吐息が廊下に響く。彼らには何が起きたのか分かっちゃあいないだろう。声を頼りに食らいつくも、当然そこにも彼女の本体はない。
 ――未来を蝕む毒。回避と共に隠密能力を得る。戦闘そのものに向いた√能力ではないが、このような相手には効果覿面だ。

 食らいつく。空振る。食らいつき、空振る。がちん、がちん、がちがちがち。
 僅かに影を見せては姿を消すシキを探し、滅茶苦茶に空を噛み。そのうちぜえ、はあ、と、まるで人間のような荒々しい呼吸をし始める大顎達――。
 持続的に生命力を失う。その代償に、強力な能力を得る。無敵ではあるが、長続きはしない。……ならば簡単だ。
「ほら、好きなだけ攻撃してみてよ、ちゃんと相手になってあげてるだろ?」
 挑発に乗りまだまだ追う大顎。廃墟の中に放置された雑多なゴミ。どこかの部屋から運び出された棚だの椅子だの、あるいは柱。シキはそれらを利用し隠密、挑発、逃走を繰り返していく。

 それを続けていれば動きは確実に鈍り――待ち受けるは。

「――ア、アア……!!」
 自身の吐息たる強酸が喉を焼く。
 ……『尽きた』。変化を維持する事が出来なくなったのだろう、目玉をあちらこちらへ向けながら、苦悶の声、らしきものを上げた。
 自滅とはまさしくこのようなものか。一匹が悶え苦しみ暴れ、吐息を撒き散らすようになれば残る数匹も時間切れ。お互いの強酸の吐息に体を溶かされ――床に残るは、グロテスクなスープと化した元・さまよう眼球たち。

「……こんなものには『成り』たくないな」
 彼女はふん、と鼻を鳴らす。――残るは何匹か。怪異の気配はまだ、この陰鬱な場所に留まっている。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

メランコリー・ラブコール
アドリブ歓迎
巨大な口に変身した目玉の化け物に対しまずは通常攻撃で様子見。外部からの干渉無効化を確認した後、攻略開始。
「外からがあかんのじゃったらのォ、中からやったらええじゃろがィ!」
巨大な口の中に飛び込み、”内部”でマチェットを手に大暴れ。
ブレスや牙で傷付けられようと獣化させた脚部の蹄で口内を踏み躙れば、それだけで3秒以内の傷は全快。
作戦通り内部からの攻撃で削れるなら徹底的に蹂躙し続け、この攻撃でも無効化されるとしても、無効化で生命力を消費するならこちらは化け物が消耗し切るまで無限に回復しながら暴れまくるのみ。
「カハハハハハッッッ! 永久機関ができちまったかのォ!」

 まったく、しつこいといったらありはしない。
 生物としての形を成していない顎と眼球のひしめく肉塊、それがさらに異形の顎へと変化しながら近寄るそれを蹴り倒し跳ね飛ばすメランコリー・ラブコール(ラブ子さん・h00264)。
 前蹴りを受け強く廊下に打ち付けられるも、すぐに体を起こし顎を開くそれを見て、メランコリーは小さく舌打ちをする。手応えはあろうとも傷は与えられない。無敵と称されるだけの能力は確かに有しているのだろう――だが、それならこちらにも手がある。

 ぎりぎり歯軋りをしながら迫る顎に。メランコリーはわざと、「喰われた」。強酸の吐息を直接喰らう事にはなったが、その口内に獣化した脚の爪が食い込むとほぼ同時――その傷が癒えていく。
 無敵には無敵で返す。目には目を、歯には歯をとはよく言ったものか。しかし些か、その目も歯も数が多いというのが|面白い《くだらない》ところだ!

「外からがあかんのじゃったらのォ、中からやったらええじゃろがィ!」
 気迫と共に振り上げられるマチェットが怪異の口内に深く傷をつける。溶けては治癒するメランコリーの皮膚、いくら口内をずたずたにされようと、この怪異は一度こうなってしまえば、生命力が尽きぬ限り死ぬにも死にきれない。口内は「完全なる無敵」というわけではないようだが、それでもこいつの耐久力は折り紙付きだ。
 だが彼女はそれに劣らない。むしろ、生命力という意味では上回っている。向こうは消費する体力というリスクを抱えて己を強化しているが、こちらは「攻撃を受けたぶん、完全回復する」のだ。

 牙で噛み砕かれようが口内で締め付けられ骨が折れようが関係はない。強酸の息が何度も皮膚を焼き溶かす。治癒するとはいえ、それに耐え続けるという狂気の沙汰。
 マチェットを振り回し異形の血液を浴びながら、彼女は高笑いを上げる。
「カハハハハハッッッ! 永久機関ができちまったかのォ!」
 唸るそれの喉奥に、マチェットの切先を捩じ込んだ。強く捻り抉れば暴れ回る「それ」が、痙攣しながら意識を落とし――
 先に受けた致命傷、喉へ食い込む刃によって、肉塊は息、絶えた。

「なんじゃァ、もうくたばったか」
 つまらない。不機嫌を滲ませ、大顎を一刀両断し、メランコリーは内部から脱出する。
 血飛沫を浴びたままマチェットを軽く振り、血液を払う様は、どちらかといえばスプラッタ・ホラーの怪異側であるが。
「ほれ、掛かってこい。こちとらまだまだ有り余っとるんじゃ――」
 一匹を徹底的に切り刻んでみせた彼女が、次の相手を求めマチェットの切先を突き付ける。顎をがちがち鳴らす彼らの気配は、少なくなってきた――
🔵​🔵​🔵​ 大成功

虚峰・サリィ
「あら不躾な視線。乙女には毒ねぇ」

あなたが『元』は何だったのかは知らないけれど……乙女を誑かすなら容赦はできないわぁ。
相手は近接攻撃を仕掛けてくるようだし、弾幕を張って近付けさせないようにしましょ。√能力『吶喊・一直線乙女44マグナム』で迎撃するわ。
『貴方に言葉を叩き付けるわ。素敵な所を44個。溢れる想いは44倍。そう、いつだって乙女は一直線』

撃って撃って撃ちまくる。弾幕は力、音楽は心意気よぉ。

「どうだったかしら?私の『乙女達への応援歌』は。いい音を聞かせてあげたつもりだけど」

【アドリブ歓迎】

「あら不躾な視線。乙女には毒ねぇ」
 巨大な眼球から向けられる無数の視線を浴びながら、虚峰・サリィ(人間災厄『ウィッチ・ザ・ロマンシア』・h00411)は頬に手を当て首を傾げる。
 探し当てた『特別』をぐるりと見定めるように動く眼球。それと視線が合えば、歯ぎしりをして眼球と牙を爛々と輝かせ、サリィの懐へと飛び込もうと速度を上げた。

「あなたが『元』は何だったのかは知らないけれど……」
 細められた先に見えるは無数の眼球と顎に覆われた肉塊。人間によく似た、だが元がどのような姿だったのか、はじめからこのような姿だったのか。
 はてさてそれとも、ここへ招かれた者たちが『成った』ものか。
 どれにしろ、サリィがこの場ですべき行動は決まっている。

「乙女を誑かすなら容赦はできないわぁ」
 ――聞かせてやるのだ。無理やりにでも、『恋の讃歌』を!
 構えるは純白のエレキギター。弦を爪弾けば美しい音を奏でる魔導弦『ホワイトスター・トップテン』が、がしゃりと音を立て。
「――貴方に言葉を叩き付けるわ」
 彼女の笑みと共に、確りと手に握られる変形した魔導弦。無数の魔力弾を射出する魔導砲撃モード、|吶喊・一直線乙女44マグナム《ヴァージンマグナムフォーティフォー》が火を噴いた。

「素敵な所を44個!」
 速度自体は同等、だからこそ双方、距離が縮まらない。しかし相手は近距離、|こちら《サリィ》は遠距離からの砲撃だ。飛び散る血肉、砕かれる歯、それでも這いずるように必死になって彼女へと迫ろうとする。ただでさえ赤いそれがさらに深紅に染まる。
 後退しつつ浴びせていく弾幕の雨音はまるで歌声のよう。廊下という直線上、弾幕から逃れることはできやしない。攻撃をまともに浴びたそれが一体床に伏し、その死体を乗り越えもう一体。
「溢れる想いは44倍――ああ、今の|想い《痛み》は88倍かもしれないわねぇ!」
 弾幕も想いも、多いに越したことはない! いつだって乙女は一直線。弾丸だって一直線。 弾幕は力、音楽は心意気。それが『おもいどおり』に伝わるかはさておき!

 彼女の放つ魔力弾は一分もかからぬ内に――廊下の端までたどり着く頃には、さまよう眼球どもをぴくりとも動かぬ|死体《お飾り》へと変化させていた。

「どうだったかしら? 私の『乙女達への応援歌』は。いい音を聞かせてあげたつもりだけど……」
 サリィは変形が解除された魔導弦を軽く鳴らし、物言わぬそれに語りかける。

「感想すら述べられないほど、素敵だったみたいね?」
 もし今、これらが生き永らえていようとも、あっさり死んでいようとも。彼女の奏でる歌は彼らには理解できなかったであろう。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

ラスティ・アンダーソン
今度は特別なゲテモノのお出ましか
特別に可愛い女の子じゃなくて幸いだ
気兼ね無くぶん殴れるからな

そんなに睨まれてもな?
あの子なら来ないぜ?
今頃お姉様とよろしくやってるんだろうさ
お互いフラれた仲だ
寂しく悲しく予定の穴埋めと行こうか

こいつはインビジブルと入れ替わるのか?
広い場所じゃ、どこのインビジブルと入れ替わったもんか分からんな
まずは一本道の通路に誘い込む
これで前と後ろにだけ目を光らせておけばいい
光らせる目はレギオン・スレイヴだ
十何個の目で見張っていれば、見落とす方が難しいもんだろうさ
目が合ったら|相棒《ゲイザー》のビームと拳銃の弾をくれてやる
生憎だが、俺に触っていいのは美人だけなんでな

「今度は『特別』なゲテモノのお出ましか」
 眼球と顎で構成されたそれらは、どうやら出口にまで溢れてきていたようだ。少女を送り届け廃ホテルまで戻ったラスティ・アンダーソン(通りすがりの何でも屋・h02473)は、眼の前に広がる『目と顎』を見て小さく口笛を吹いた。
「……特別に可愛い女の子じゃなくて幸いだ」
 気兼ね無くぶん殴れる。もしもそれらが呼ばれて『成った』ものだとしても、元・『彼/彼女たち』に与えるべきは速やかなる葬送だ。
 ――さまよう眼球たちからラスティへ向けられる敵意は、尋常なものではない。この場に彼が現れたということは、彼が少女を『直接、逃した』のだと。本能で理解している。
 どうして、よんだ、なれるって。ならなきゃいけなかったのに!
 そんな意思を抱え歯ぎしりと瞬きで『自分たち』の心情を吐き出すも、ラスティへとそれが正しく伝わるわけはなく、感じ取れるのはただ純粋なる殺意だけ。

「あの子なら来ないぜ? 今頃お姉様とよろしくやってるんだろうさ……」
 たそがれる彼、その言葉からはどこか憂いすら感じる。美形であるが故にひどく似合う表情だ。しかし。
「お互いフラれた仲だ。寂しく悲しく予定の穴埋めと行こうか」
 |愛銃《ブラッドイーグル》を構え、睨む眼球にその銃口を突きつける彼。……実際のところ先の表情はフラれたことによる憂いであって、そのあたりがちょっぴり残念。でも君のそういう感じが好きだよわたくしは。

 眼球が動く。ラスティの側に漂うインビジブルと入れ替わり、そのまま噛み砕こうと大顎を開く。その噛みつきを回避し、彼は目に見えた通路へと向かって走り出した。行く手を阻もうと続々入れ替わって食らいつこうとする顎を避け、銃弾で牽制しながら一本道の通路へと誘い出す。
 一見、背後へと入れ替わられて挟撃されれば逃げ場がないように思える通路だが――目的は、そこに在り。策無く飛び込むわけもない。ラスティの瞳がぎらりと赤く光る。

「出番だぜ。行けよ、『|隷属せし監視者《レギオン・スレイヴ》』!」
 ザザと空間にノイズが走る。現れた小型ゲイザーが、案の定ラスティの背後へ回り込んできた顎を捉えた。
 すぐさま撃ち込まれるのはラスティの|相棒《ゲイザー》たるレギオンが放つビームガン。狼狽えるかのように後退する本体。そして入れ替わった位置へと新たに生まれたさまよう眼球を、ラスティの放った銃弾が的確に射抜く。
 戦場となった廊下を『数多の眼』がひしめき合い、ラスティと|相棒《ゲイザー》たちがその|尽《ことごと》くを撃ち落とす。その姿はまさしく軍団兵、レギオン。ああ、我々は「大勢」である。

「――生憎だが、俺に触っていいのは美人だけなんでな」
 当然、この場に彼のお眼鏡にかなう美人など居ない。床の上、僅かばかりに瞬いた眼球へと、ラスティはとどめの弾丸を撃ち込んだ。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

清水・式
さて、彼女を|阻止する《たすける》ことはできたけど。
どうやら、もう一人|救済する《たすける》必要があるらしい。
「……屋上かな」
御霊に目を潰させながら、ゆっくりと屋上を目指して歩く

 ――「怪異」どもの気配が、薄くなった。
 屋上から溢れ出してきていたそれらは、とうとう「弾切れ」を起こしたらしい。

 今頃、清水・式(情念終着・h00427)が導いた少女は無事に宿泊先のホテルで過ごしていることだろう。
 彼女が『成る』ことを阻止し救えた事実に胸を撫で下ろすも、まだ戦いは終わってはいない。
 水滴が滴るように、屋上に続く階段から、ぼたりと落ちてくるさまよう眼球。
 生み出されたばかりなのか赤子のように周囲をぐるぐる見回し、獲物と定めた式を狙い目を赤く輝かせ迫ろうとするも、輝く御霊がその目をぎらりと潰す。暴れまわるそれに無慈悲に浴びせられる極光。ぼたり生まれたもう一体もその光により視界を潰され、視力を失う激痛にじたばたと悶え苦しむ。足止めするにはこれで十分だ。

「……屋上かな」
 彼は小さく呟き、ゆっくりと階段を上がっていく。
 誰かが、何かがまだ、そこに居る。
 少女と会話している中、ひた、ひたと、水の滴るような音が聞こえてきていたこと。彼は確かに、それを覚えていた。
 呼んでいる。呼ばれている。だが『|それ《彼女》』が今呼んでいるのは、人間だけではない。

 屋上への扉は無惨にも破壊され拉げて、階段へと横たわっていた。
 ぴしゃり、踏みしめた一段。やたらと湿り生臭いにおいが、屋上から吹く風に混ざっている――。

 果たして、その先に御座すは、本当にすくうべきものなのか。

 ――主は来る。
🔵​🔵​🔴​ 成功

第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』


POW クヴァリフの御手
【無数の眼球】による牽制、【女神の抱擁】による捕縛、【触手】による強撃の連続攻撃を与える。
SPD クヴァリフの仔『無生』
【その場で産んだ『仔』】と完全融合し、【『未知なる生命』の誕生】による攻撃+空間引き寄せ能力を得る。また、シナリオで獲得した🔵と同回数まで、死後即座に蘇生する。
WIZ クヴァリフの肚
10秒瞑想して、自身の記憶世界「【クヴァリフの肚】」から【最も強き『仔』】を1体召喚する。[最も強き『仔』]はあなたと同等の強さで得意技を使って戦い、レベル秒後に消滅する。
√汎神解剖機関 普通11 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

 女神の声は高らかに。
 ぴちゃり、ぐしゃり。滴る「それ」は生臭く、どうにも人間的で、生命を冒涜するにおいとはこのようなものであると云われたならば、認めるほかないものである。

 ――妾は呼んだ。喚んだ。ああ詠んだとも。
 いとしい、いとしい、妾の仔。『成りたい』理由もすっかり|忘我し《わすれて》、此処へ導かれるはずだった。
 愛らしく愚かで純粋で。妾の肚へとおさまるにふさわしき仔。

 だのに、おまえたち、なんて無粋な真似を。
 羨望。自己顕示欲。劣等感。なんともヒトらしい心。
 あの仔が必要としたそのすべて、妾が満たしてやれたのに。
 おまえたちという『特別』はいつでもそうして、分別する。
 我が仔らを殺し、次は妾を殺そうと?

 おまえたちは。それで『成れる』のか。特別とやらに。

 ……女神は。己を特別だと思い込んでいるそれは、わらっている。

 おまえはただ強力なだけの、『普遍的な怪異』として、研究されている身だというのに。
虚峰・サリィ
「ハロー、化け物(フリークス)。滅びの音を届けに来たわぁ」

普通だ特別だに拘っても仕方ないのよ。きれいはきたない、きたないはきれいって言うでしょ?誰もが普通と特別を併せ持つんだから。思春期のガールならまだしも、アンタいい歳でしょうに。

今日アンタに届けるナンバーは『急雲・恋はサンダークラウド』。属性攻撃、歌唱、楽器演奏の技能を使ってアンタが産み出す仔諸共に雷撃をお見舞いしてあげる。
『恋の乱雲、愛の積雲、落ちる先は貴方の胸元。その身を貫く電撃情緒はきっと恋の始まりだから』

「痺れたでしょ?アンコールは受け付けないからそのままお眠りなさいな」

【アドリブ歓迎】

 屋上に蠢くは蛸によく似た触手の数々。その中心で嗤う白き女神は、生ぬるい視線で√能力者たちを『みた』。
「ハロー、|化け物《フリークス》。滅びの音を届けに来たわぁ」
 虚峰・サリィ(人間災厄『ウィッチ・ザ・ロマンシア』・h00411)はその視線に優しく笑んで返す。片眉を上げた女神クヴァリフはふうん、と声を洩らす。
「妾を滅ぼす? はは、冗談を。我が存在は我が仔のように無限なり……」
 演技がかった笑い声と共に髪をさらりとかきあげる女神の触手が動く。べちりと湿った床を叩き、主人の代わりに不機嫌さを滲ませた。

 普通。特別。拘ろうとも仕方がない。
 |きれいはきたない、きたないはきれい《Fair is foul, foul is fair》。戯曲「マクベス」からの引用である。
 誰もが普通と特別を併せ持つ。良いは悪い、悪いは良い――。
「思春期のガールならまだしも、アンタいい歳でしょうに」
「……何だと?」
 ぬるい視線ににじむ嫌悪感。この女神に年齢など本来関係は無いであろう。
 だが――少女たちを幾人も取り込んだそれは、本来の「それ」よりも幼い精神性を持つようになっていたようだ。挑発に乗り目を見開いた女神は、忌々しげに舌打ちをする。

「躾けてやらねばなるまい。ほぅらおいで……我が仔!」
 ややヒステリックな悲鳴と、ぼたり。女神の足元へと『|うまれおちた《召喚された》』それが、『両足』で立ち上がる。表現するならば、にんげんのなりそこない。ふたつあるべき目は指折り数えても足りず。本来無い場所にも割れた口。
 女神クヴァリフの足元からふらりと歩き出した仔が、無数の目でサリィを睨む。

 明確なる敵意を持って飛び出してくるそれを見た彼女は魔導弦を構え、その弦を軽快に鳴らす。
「――今日アンタに届けるナンバーは、とびきり痺れる一曲よ!」
 恋の乱雲、愛の積雲! 落ちる先は――。
 産み出された仔に集中し、数多の雷撃が落ち空気を震わせる。 『|急雲・恋はサンダークラウド《フォーリンサンダークラウド》』! 雷霆は仔だけではなく女神をも襲い、胸元を落雷が貫いた。思わずぐらりと揺れる女神の躰を触手が支える。

 雷を浴びた「それ」が気味の悪い唸り声を上げながら、まるでサリィの真似事をするかのように雷を浴びたままの拳を振りかぶる。だがサリィはその拳を自身の|乙女達への応援歌《ヒットナンバー》を奏でながらくるりと踊るようにそれを避けた。
 電撃情緒はきっと恋の始まり。稲妻の魔女、ここにあり。
 ウィッチ・ザ・ロマンシアは、恋する乙女の邪魔をする者を許さない。
 集中攻撃を受け、痺れきった体がとうとう崩れ落ちる。
「妾の仔に何を!」
 叫ぶ女神クヴァリフ。
「痺れたでしょ? アンコールは受け付けないから、そのままお眠りなさいな」
 焼け焦げた我が仔を見て、女神はまるで少女のように爪を噛む。恋を知らぬ女神は、仔への思いだけはわずかなりとも持っているようであった。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

白皇・奏
今度は、仔産みの女神か……。
おれからすれば、一切の特別なんかじゃない。

あの子の気持ちを理解できない、なんてことのない、どこにでもいるような凡庸な怪異だよ。
少し、その能力が強いだけだ、満たすことなんてできない、彼女の気持ちなんて、絶対に。

もう終わりにしよう。
噂にまつわる禁書目録を開いて、噂を語る時間だ。

「ねぇ、知ってる?特別になりたいと願ったし少女はやがて、悪辣なる怪異を斬る聖なる霊剣士になったんだって。例えば、そう。目の前の邪悪な女神を斬る剣士に。」
噂を語ると同時に聖なる霊剣士へと姿を変える。

この剣はもはや必中。
逃げることのできない女神を何度となく斬撃を与えてやる

 屋上に顕れた――否、ずっとそこに居たのかもしれない。気配を消し、少女が『成る』ことを、あるいはこの場所へたどり着くのを待っていたのか。
 触手をうねらせる異形の女神を見て、白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)は小さく舌打ちをした。

「今度は、仔産みの女神か……」
 眉をひそめる奏に対し、女神はじっとり舐めるように視線を動かし、愉快そうに笑い声を上げる。幼い容姿を見て侮ったか、にんまり笑みを浮かべ、触手を肘置きにして頬杖をついた。
「どいつもこいつも、随分とあの『仔』に吹き込んでくれた。おまえも妾に、特別とやらを語るのか?」
 宙に円を描くように、指をくるり。ぼたり。異形の足元へ落ちるは無数の目と大顎を持つ人型の『なりそこない』だ。

「おれからすればお前も、一切の特別なんかじゃない」
 随分と荒れた屋上で、まだまだ自分が優位であると信じ切っている『それ』へ奏が吐き捨てる。
「おまえも、妾にとってはただの幼子よ」
 嘲るクヴァリフを前に奏は禁書目録を開く。半ば這いずりながらも『なりそこない』が立ち上がり、口を開こうとする彼へ襲いかかろうと駆け出した。
 人ならざる鋭い爪で奏の体を引き裂こうと振りかぶられる腕。それを避け彼はクヴァリフへと語りかける。
「お前には満たすことなんてできない。彼女の気持ちなんて、絶対に」
「ぬかせ|小童《こわっぱ》。妾の仔になれば、このように――」
 自らと同等の反応速度。おそらくその爪も、自分の力とほぼ同じ威力を持っていることだろう。侮れないが脅威であるとは言い切れない。何故なら同等であって、特別ではないのだから。
 だが彼――否、彼ら√能力者は、それを一手、上回れる。

「ねぇ、知ってる?」
 語ろうじゃないか、|仔産みの女神《クヴァリフ》のお望み通り。耳を傾ける怪異は余裕そうに笑みを浮かべ、奏へと襲いかかっては往なされる『我が仔』を、まるでじゃれる子供を見るかのような目で眺めている。
「『特別』になりたいと願った少女はやがて、悪辣なる怪異を斬る聖なる霊剣士に『なった』んだって」
 ――クヴァリフの眉が動く。|言葉《ワード》に反応したのか、それとも、彼の体がフッと光を帯びたからか。

「例えば、そう。目の前の邪悪な女神を斬る剣士に――」
 語り終えた彼の手。禁書目録の代わりに握るは月虹の剣。天に翳された剣は戦場に影を落とすことなく、真白に輝いた。

 両断。
 クヴァリフの仔の胴体、それが真っ二つに断ち切られ上体がぼたりと床へ落ちた。一瞬顔を歪ませた怪異へと白光が迫る。咄嗟に触手を盾にし自身が両断される事を避けるも、断ち切られた触手も仔と同様床に落ちべしゃりと音を立てた。
 本能的にか触手が蠢く。どっしりと中央に構えていたそれが蛸足のような触手を器用に動かし、その剣から逃げようと暴れまわるが、必中の剣だ、逃れられない。

「――お前は。あの子の気持ちを理解できない、なんてことのない、どこにでもいるような凡庸な怪異だよ」
 その能力が強い『だけ』。他の怪異より少し秀でているだけ。同等の怪異ならいくらでも居る。それが『自分の視界に入っていない』から驕るのだ。
 終わりにしよう。切り刻まれていく無数の触手の奥。悔しげに歯噛みする怪異の顔が、見えた。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

メランコリー・ラブコール
「なんじゃァ……えらいくっさいと思うたが、バケモンババァの巣じゃしゃーないのォ……」
傍目には完全に馬鹿にして舐めて掛かっているが、相手は仮にも「神」と呼ばれる、真正の超常存在。それを理解した上で煽り嘲り虚仮にして、その脳髄から理性を殺し血を上らせて感情任せの駄撃を引き出す。
「ほんま、特別に生臭くて気色悪いのォ、なァにが女神じゃァ阿婆擦れが」
「ったく、ババァから滲み出る湿気で火も点かんし眼鏡も曇りそうじゃなァ」
そうして攻撃を誘導して、女神の抱擁を跳ね除け、続く触手を躱しながら影に隠れ、死角からの一撃を叩き込む。
「カハハ、解剖機関で大人しくしとったら、もうちっと丁寧に刻まれとったじゃろうにのォ!」

「なんじゃァ……えらいくっさいと思うたが、バケモンババァの巣じゃしゃーないのォ……」
 まるでぬめるような空気の中、紫煙をくゆらせた先に見える女神。負傷した傷口から体液が滴り落ちるさまを見て、メランコリー・ラブコール(ラブ子さん・h00264)はげんなりとした声色でぼやく。
 眼鏡の奥から女神を見据える視線は、言葉とは裏腹、警戒を解くことなどない。目の前の相手――邪とはいえその神性を、能力を侮っていないからだ。
「またお喋りか……ッ! 妾を|何《誰》だと!!」
 ……だが今、この女神は焦燥を見せている。圧倒的だと信じていた自らの立場がぐらぐらと揺らいでいるのを感じ取っているからだ。獲物を盗られ、配下を殲滅され、残る我が身も傷ついている。こめかみに青筋を立てて怒鳴る女神をしっし、とメランコリーは手で払うようにあしらう。
「ほんま、特別に生臭くて気色悪いのォ、なァにが女神じゃァ阿婆擦れが。――へし折っちゃろう」
 ぢり、とフィルター近くまで火の迫っていた煙草を投げ捨てる彼女。その様子を見て、女神の両目と『眼球』がぐるり動いた。
「ハッ、ハハッ――愚弄するにも言葉があろうッ、妾の美しき肢体を見よ! 今に! お前も!!」
 瞳孔を開ききった眼球が女神の体から離れ迫り来る。牽制だ。動かずとも両脇を過ぎ去るそれへ視線を送ることなく、メランコリーは正面から両腕を伸ばし襲いくる「それ」を迎え撃つ。抱擁しようとする腕を蹴り飛ばし、次に襲い来る触手の下へと潜り込み――。
「っづ、ぁあっ! 小癪なァ!!」
 獲物を見失い喚く女神。どこだと首を回す彼女、その触手と片脚をマチェットが斬り上げ、そして――両断した。

「――ッ」
 女神の喉がひゅ、と音を鳴らす。断ち切られた己の躰、その下から覗くメランコリーと視線が、合った。
「ったく、ババァから滲み出る湿気で火も点かんし眼鏡も曇りそうじゃなァ」
 切断面から体液を撒き散らし暴れる触手。粘つくそれを浴びてなお、唇を吊り上げ笑う彼女を見て。畏怖させる側と思い込んでいた女神は。

「カハハ、解剖機関で大人しくしとったら、もうちっと丁寧に刻まれとったじゃろうにのォ!」
 ……狩られた己、そのはらわたの中に、人類の言う|新物質《ニューパワー》とやらを見出された事を思い出した。

 顕れた場所が悪かった。己が得意とする領域で女神としての権能を扱えていたならば、多少は変わっていたのかもしれない。だが黄昏を迎えた人類では、「強い羨望」を抱く者が少ないと考えたのか。己を信奉するものを求めてこの楽園へと訪った。訪ってしまった。
 その結果このように、自らの首を絞め続けている。もっとも、女神はそれには気付けていないし、今後気付けるわけもないのだが――。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

ラスティ・アンダーソン
とんでもない格好のゲストのご登場か
あの星詠みと良い勝負だな

しかし参ったな
ちょっとばかり目玉が多かったり蛸足が生えてたりするのは些細な事だ
俺は宗教上の都合で美人には手を挙げられなくてな
この特別な出会いに免じて、ここはお互い穏便に済ませないか?
済まないよなあ…
なら特別に拳で話し合おうか

美人は物思いに耽ってる姿も絵になるもんだ
お手付きしたくなるのも不可抗力ってやつさ
俺は見た目通りに自分の気持ちにストレートな男でな
電光迅雷で加速して美人に真っしぐらだ
悪いが仔供に用は無い
|相棒《ゲイザー》と遊んでてくれ
お話ししたいのはそっちのとんでもない格好をしてるママの方だからな
俺の|思い《迅雷拳》を受け取ってくれ

「とんでもない格好のゲストのご登場か」
 体と触手のあらゆる場所を刻まれ、さらにとんでもない状況・格好になっている女神が不愉快そうに男を睨めつける。そんな怨嗟の眼をさらりと無視し。
「あの星詠みと良い勝負だな」
 ラスティ・アンダーソン(通りすがりの何でも屋・h02473)……また比べている――! だがこっちの女神の方が|すごい《デカイ》。どことは言わぬ。言えば無粋よ。
「美人は物思いに耽ってる姿も絵になるもんだ――」
 しかし参った。何が参ったか。当然、『美人』であることだ。体に纏わりつく触手や眼球こそ海底から這い上がってきたかのごとく不気味なものであるが、顔の作りは非常に美しく。まさしく女神と呼ぶに相応しい貌である。その不気味なパーツを些細な事と無視してみせるのがこの男だ。

「俺は宗教上の都合で美人には手を挙げられなくてな」
 その宗教、わたくしも入っています。己の矜持と相反する麗しき女神に拳を打ち込むなど。
「この特別な出会いに免じて、ここはお互い穏便に済ませないか?」
「たわけた事を……!」
 わたくしも思います。この場に立っている以上、眼の前に立つ二枚目は自らを滅する気である事は明らか。
「済まないよなあ……」
 |わたくし《地の文》をダブルスタンダード状態にしつつも、彼らの間に流れる空気は剣呑そのものである。

「なら特別に、拳で話し合おうか」
 掌の中で爆ぜる雷光。電流を纏う体に目を見開く女神、先の√能力者に味合わされた雷霆を思い出したか。唸りながら――消耗した体力を削り。仔を|産む《召喚する》。
 人ならざるそれは、なんとかといった様子で立ち上がり、不気味に顎を鳴らしながら関節をあらぬ方向に曲げつつ、無数の目でラスティを睨む。
「おいおい……美人以外に睨まれても困る。なあ、|相棒《ゲイザー》?」
 小さく肩をすくめ、隣に浮かぶレギオンへと声をかける。勿論返答はないが、女神の機嫌を損ねるには十分。その機嫌の悪さを察したかラスティへと突撃してくるクヴァリフの仔。
 だがその腕はあっさりと空を切った。
「お話ししたいのは、そっちのとんでもない格好をしてるママの方だからな」
 ――|電光迅雷《プラズマダッシュ》。閃雷の如く尋常ではない速度で懐へと飛び込んできたラスティに目を剥く女神。軽口を叩きつつも、それを正確に実行する器用な男だ。背後ではラスティを見失い、拳を振り上げる行先を無くした怪異を|相棒《ゲイザー》が迎撃する。
「俺の|思い《迅雷拳》を受け取ってくれ」
「そんなもの、要らぬッ!」
 拒絶する女神、その腹部へと容赦なく叩き込まれる拳。軽口を叩きつつも、それを正確に実行する。呼吸が一瞬止まり、先を断たれた触手を振りラスティと距離を取ろうとするが、彼の反応速度の前ではもはや猫じゃらしのようなものだ。

「なぜッ! どうして、おまえたちは! 妾の『|最も強き《特別な》仔』だというのに――!!」
 髪を振り乱し頭を掻きむしる『女神』に、もはや余裕などない。必死になりラスティを再度触手で打ち据えようとするが、彼はその一撃を丁寧に往なしていく。
「怒る姿も美人だぜ」
 迸る雷の中、引き際にさらに一発を叩き込む。稲光に照らされる彼は、女神と違い、上機嫌なままだ。
🔵​🔵​🔵​ 大成功

夜白・青
願いはただ叶えばいいってもんじゃないからねい。
しかるべき時、しかるべき場所、しかるべき人の前で叶うからこそ満足できるといえるねい。少なくとも、夜中の廃ホテルの屋上で怪異に食べられて『特別』扱いされても嬉しくはないもんだろうさ。
それに、怪異を倒して悲劇を回避するのは特別ななにかに『成る』ためじゃあなくて……特別じゃあない日常の平穏を守るためだしねい。

それでは一夜の怪談に幕引きといこうかねい。
ドラゴンプロトコル・イグニッションを使用。消耗と引き換えにクヴァリフの連続攻撃を弾きながらブレスで攻撃するよう。
触手の端っこかどこか、高熱に負けやすい部分から頂戴していくねい。

「願いはただ叶えばいいってもんじゃないからねい」
 ……そう遠くない内に地へ臥せることになるであろう女神へ、夜白・青(語り騙りの社神・h01020)が語りかける。だが満身創痍、もはや気力だけで立っている彼女は話を聞く気がないらしい。敵意と憎悪をむき出しにした表情で牙を剥き吠える。
「黙れェエッ!! 妾はっ、妾なら、「あれ」を満たしてやれたッ!!」
 未だ己の「女神としての権能」への自信を捨てきれないクヴァリフは、駄々を捏ねる子供のように触手で床を叩き割る。このような神に愛されたとて、行く末はお察し。彼女の仔らのように成るか、それともあの屋上から溢れ出てきた怪異たちのようになるか……。

「しかるべき時、しかるべき場所、しかるべき人の前で叶うからこそ満足できるといえるねい」
 ――その通りだ。
 特別になりたい。特別でありたい。その本質、根源とは『願い』である。
 願わず『成ってしまった』ものは、特別ではなく――『異質』なのだ。
 そして、その異質なるもの。異形。『怪異』は、彼の眼の前に。
「少なくとも、夜中の廃ホテルの屋上で怪異に食べられて『特別』扱いされても嬉しくはないもんだろうさ」
 乱れた髪の隙間から睨む女神の眼と青の視線がかち合う。呼吸を荒くしなりふり構わず眼球を牽制として撃ち出すも青は当然のように避け、続き掴みかかろうとする女神の腕もさらりと流し。

「怪異を倒して悲劇を回避するのは、特別ななにかに『成る』ためじゃあなくて……特別じゃあない日常の平穏を守るためだしねい」
 √EDEN。か弱く美しく、守らねばならない楽園。そこに顕れた時点で、彼女の思い描いていた『特別』は、奪われる事が決まっていた。
 青の細められた目の先、暴れまわる触手は目に見えて数を減らされている。それでも粘つく体液を撒き散らしながら、それが伸ばされ――。

「それでは……一夜の怪談に幕引きといこうかねい」
 ドラゴンプロトコル・イグニッション。真竜と化した青が腕を振るい、迫る攻撃を跳ね除ける。もはや激昂のままに傷ついた触手を振るい続けようとするも、それらの断端を青のブレスが焼く。
 熱を感じた女神が咄嗟に触手を引き上げようとするも、遅い。燃えあがる自身の体を抱き、最後の足掻きとばかりに滅茶苦茶にのたうち暴れ悲鳴を上げる彼女に、情けなど不要である。
 怨嗟の声を掻き消す灼熱の吐息。燃える髪、焼ける体、触手、眼球。いくら抵抗しようともびくともしない青の肉体。この力が、竜漿が枯渇する前にと全力をもってその体を焼き尽くさんと、咆哮と共に炎を噴き出す。
 ……彼の体力が消耗しきる前に、その時は来た。

「嫌……いやよっ……どうして、どうしてぇ……!」
 ほろりと溢れた涙すら、灼熱の風を受けて蒸発する。喉から声を絞り出し、焼け焦げたその顔を両手で覆う姿は、まるで『少女』のようで。
「……『特別』、なのに……!」
 その言葉を最後に。クヴァリフは蹲るように、その場に崩れ落ちた。

 ――臥した女神を弔う必要はない。
 いずれ汎神解剖機関の職員が到着し、この女神のはらわたを漁り、|新物質《ニューパワー》とやらをとりあげていく。
 そうなれば彼女は真に『特別ではない存在』へとなることだろう。

 物語の幕引きとは、呆気のないものである。だが正しく閉ざしてこそ、物語だ。
 真竜の姿から戻った彼は、深く息を吸い込み、吐き、そして呟く。
「これにて。物語は、『成った』」
🔵​🔵​🔵​ 大成功

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