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拭えないネクタル

#√汎神解剖機関 #ノベル #「天使」 #根源 #キムラヌート

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 根源からして――医者から見て――寵愛の類であった。
 窮極的な二元論――性善説と性悪説について――【メルクリウス】は考えているのか。バチバチと啼いた装置の類に対して、アッハッハ、いつの通りに嗤う以外の選択肢がない。襤褸を纏うかのように、お古を直すかのように、真っ白、目の玉を隠すかのように覆い被さってみせた。で……あなた、わたくしの、あなた。保護をしてから随分と時間が経ったが、あなた、そろそろ、慣れてきてもいい頃だろう。サイクラノーシュより掻っ攫った、フィロソフィアに泥を掛けてやった、あの時から数週間ほど。成程、毒色を内包した彼女にとっては『親しみ』を覚えるくらいには丁度良く思えた。……センセ。センセ。確かに私は慣れてきたのかもしれません。ですが、センセ、そうやって、私の頭を触診するなら、せめて、一言くだされば……。まるで卵を温める親鳥だ。まるで雛を躾けようとする別の親だ。わしゃわしゃと、もしゃもしゃと、雨降りから守るかのように――能力者は非能力者の脳天を弄る。いや、なに、あなたが、あなたの儘である為にも必要な事ではないのかね。あなたは結局のところ、あなたが思っている通りに、野生では生きられない……。むう、と、不機嫌とやらを表現してみせた。不機嫌の表現。嫌なものを『嫌』だと主張する、これが大きな一歩なのだから『天使』は難儀である。要するに天使は養殖なのだ。天然物のクセに餌を与えられなければ、安全な住処を与えられなければ、数時間とせずに息絶えるのであった。あなた、わたくしに反抗をするのは成長の証だが、ここまで赤っぽいと説得力がないとは思わないか。善意だ。これは【メルクリウス】なりの善意だ。そう、理解をする『しか』ない天使は――わしゃわしゃと、もしゃもしゃと、ごしごしと、強くこすられても……構わなかった。
 羞恥は殺された。より正確に描写をするのであれば羞恥は無意味であった。怪人にとって他人の羞恥など無いものに等しく、仮に、それを認めていたとしても、悪の組織の元幹部なのだから、あえて見ない筈である。あなた、アマルガム……頭部だけではなく、点々と広がっているのではないか。あれほど手入れをしたと謂うのに、あれほど綺麗にしたと謂うのに、あなたは……かわいそ……。可哀想。何度も、何度も耳にした言の葉だ。耳にした言の葉だし、続けて『かわいい』を繰り出してくる事もわかっていた。センセ、私を『かわいそう』だと『かわいい』と、仰っているのは何度も耳にしました。しかし、私は、私の今までをセンセに話した事がないのです。ですので、この機会に、私の何もかもを知っていただきたいと、そう思うのです……。かゆい。かゆい。ああ、かゆい。何処が一番痒いのかと己に問うたならば、頭の中が痒くて痒くて仕方がない。翼が……付け根が痒いのは日常だけれども、こんなにも脳味噌が痒いなんて、想定外だ。今からでも掻き毟って、毟り取って、叩きつけてやりたいが――それよりも先ず、過去とやらを嘔吐しなければならない。あなた……変な顔をしているが。ハハア……さては、また、痒いのだろう? 大いなる業、賢者の石へと変化するには、進化するにはまったくが足りていない。未知の金属は確かに|新物質《ニューパワー》として期待は出来るのだが、何もかもは真っ黒い箱である。箱なのか甕なのかは不明だが蓋を開けてみれば――絶望が噴き出し――希望がこびりつくだけか。兎も角、清拭だ。清拭をしながら、されながら、重苦しい蓋とやらを、唇とやらを、震わせてやると宜しい。センセ、センセ、私は小さな村で生まれたのです……。
 生まれ故郷であるその村では、幾つかの掟がありました。ですが、私も含めて、村の皆は掟の内容を……存在を知らなかったのです。唯一、村長だけは『掟』が『ある』事を把握していました。その為、私たち村人は物心つく頃になって、ようやく、村長から『掟の存在』を教えられるのです。おかしいと思うのでしょうか。これでは、まったく、掟の意味がないのではないか、と、そう仰ることでしょう。ですが、問題はなかったのです。現に私は天使になる前まで、ちゃんと生きている事が出来たのですから……。興味がないのか、或いは、興味がないフリか。【メルクリウス】は頭の中をバチバチとさせながら清拭を続けていく。センセ? センセ、私の話を聞いてください。いえ、これはきっと、センセの優しさなのでしょう。私は、これ以上先を話したくないと、そう、無言で伝えてくれているのでしょう。ですが、私はもう、頭の中がかゆくて、かゆくて、気が狂ってしまいそうなので……全部を吐いてしまおうかと、覚悟をしているのです。掟の内容とは何か……生涯、私が知る事などないのでしょう。それが出来てしまったとしたら、イコールで私の完治を意味するのです。兎も角、皆が、あのような姿になってしまったのは、あのような、化け物になってしまったのは――無理やり、掟の内容を『知らされて』しまったが故なのです。善なる無私の心に混じってしまった中途半端、これが地獄とやらを創った要因だと、天使は宣いたいのだろうか。だとしたら、莫迦げている。だとしたら、可哀想なものだ。きっと掟とははじめから『ない』ものだったのだろう。ないものを『ある』とした結果が、この痛痒だったのだろう。ふーん……あなた、そんな事よりも。もう少し肌を診せてくれ給え。あなたの酸化、わたくしが想像していた以上に、触れていないところに、まだらが……。するりと、呆気なく。さらりと、お人形のように。天使は自ら――脱皮を『おねがい』してみせた。
 生きる為に必要なものを、生きていく為に不可欠なものを、悪の組織の元幹部に渡すとは、委ねるとは、キーウィの仔はキーウィだ。一枚一枚丁寧に剥がされた、脱がされた|皮膚《ヴェール》は果たして人間的なものを薄れさせるひとつとも思えた。センセ、センセ、私、なんだか、おそろしくなってきたのです。もちろん、センセのことではないのですが。私はこれから本当に、一生、自分の力で生きる事が出来ないのでしょうか……。成程、心の底からの不安だ。不安をしっかりと口にできる程度には『なおり』始めている。いや、最も、この場合の『治り』とは――いよいよ、不治の沙汰には、鬼が嗤うほどの今更であった。アッハッハ! かわいそ! あなた、そんな事を口にしても、不安がっても、仕方がないだろう。わたくし、医療の怪人なのだ。たとえあなたが不治の病の患者だろうと、わたくし、死なせるつもりはないのだよ。ぽっかりと開いたものに、空いている箇所に、何かしらを埋めようと試みた。試みたところで、たとえ、それが正解だったとして――定義されているのだ。謳う事も啼く事も――誰かのご機嫌次第と謂えた。あなた、急に丸まるのは如何かと。あなたを拭いているのはわたくしだ。わたくしが、拭い易いように動くのが、あなたの役目なのではないか。結局のところ私はセンセの『天使』でしかない。結局のところ私はセンセの『患者』でしかない。頭の中まではわからないけれども、心臓の裏側まではわからないけれども、センセは私のことを『おもって』やってくれている筈です。
 エウフェミア――アンブロシア――塗布されたかの如く。
 甘い、甘い、甘ったるい、蜜のような平和が盲目を加速させた。
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