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捕鯨

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 ん。キャパ。モチモチとしたものが、幼げな怪異が、どんくさく、転がっていた。
 求めていたのだ、欲していたのだ、それを手に入れようと考えていたのだ。されど、自ら動こうともせずに、動かなければならないとも思えずに、如何して掴む事が出来るのだろう。輪郭もわからず、気配もわからず、唯、漠然と、広大無辺な幻想へと飲み込まれていくかのような、このような停滞に如何して意味が認められよう。わかっている。自分自身が、四之宮・榴が、一歩一歩と進まなければ、真の意味での救いなど見つかりっこないのだと。これが、彼の謂う――【メルクリウス】の謂う――かわいそ、かわいいの正体なのかもしれない。満足はしていた。たとえ、この関係性が教唆めいた、洗脳めいたものだとしても、患者は結構な満足を味わえていた。主治医からの触診も、先生からのいぢわるも、それが如何様な情念であれ、必要としてくれている事に変わりはない。人間の心と謂うものは――それが人間の枠から外れていようとも――まったくが複雑怪奇なのである。いや、もしかしたら、極めて|単純明快《シンプル》なのかもしれない。両方の性質を孕んでいたとしても、さて、一言で表現するならば、このザマは……大人の振る舞いに憧れ、焦がれる、少女なのかもしれない。……メルクリウス様、今日は、僕で『なに』をするのですか? これは……僕の、頭が痛くなるほどの想像なのですが……メルクリウス様、ひどく、ご機嫌ではないですか? 目の前の男は――悪の組織の元幹部は――まるで、正義感たっぷりな何者かを捕らえたかのように、拘束したかのように、破顔していた。アッハッハ! 流石だ、あなた。そろそろ、わたくしが何を考えているのか察せる段階になっていても、おかしくない。いや、そうなってしまったら、あなた、わたくしみたいになってしまって、わたくしが嫌だ。鳴くしかない。嗚呼、啼くしかないのだ。ぐぬ……と。犬だか猫だか鳥だか判らない、ケモノの唸りを模倣する他にない。つまりは、頭が痛くなってくるのはある種の運命だと、諦めてしまうと宜しい。……診てくれる、と、そういう事ですか。わかりました。僕は患者で、メルクリウス様は主治医様。僕は、貴方様の言葉に、従う他に、ありませんので……。命じられなくとも、指示をされなくとも、この場での自分の振る舞い方は理解し尽くしている。つまりは横たわって、腹を出して――身体の隅々までを晒して――レントゲンも真っ蒼な状態の把握をさせる。では、あなた。わたくしが許可をするまで、勝手に動かないようにしてほしい。わたくしが手を滑らせるなんて失態は、絶対にないとは思うが、念の為……。銀色だ。中身を改める必要もなく銀色だ。金継ぎめいた芸術がしっかりと、巡るかの如くに。
 白い鯨を仕留めた、そんな妄想をしているのか。仕留めた白い鯨を解体している、そんな気分で触れているのか。金の斧を振り回すかのように、銀の斧を振り回すかのように、唯の斧はないと宣う。いや、折角の機会だ。この好機を、光輝にやられた今を逃すわけにはいかないのだ。アッハッハ! わたくしとあなた、まずは中を見てみない事には『おはなし』もできないか! ……患者……患者、なのですけど……専ら、解剖ばかりしてませんかね!? 殺される分には、息の根を止められる分には、問題ないのですけど……。あなた。それは、いけない。わたくし、それでは、わたくしもあなたも、赦せなくなってしまう。うっかり、わたくしの前で死にかけてくれるなよ……。果たして絆されているのは何方なのか。きっと何方もなのだろう。……こうしていると、あの師匠のことを……思い出します。
 生贄と呼ばれるものは――聖餐の為に酷使されるものは――自身の名前に支配される場合が多い。最強の獣も最高の獣も、レヴィアタンもベヒーモスも、彼等の舌では肉となった。生きている価値があるのだろうか、と、生きていない方が、価値があるのだろうか、と、うんうん、頭を抱えていた頃にはオマエ、追いかけられる事しか出来なかった。そう、彼等は四之宮・榴を愛してやまない。彼女等は柘榴の味を確かめたくてたまらなかった。もちろん、|不可視の怪物《インビジブル》だけが『ざくろ』を狙っていたのではなく、より、おそろしいものが、|簒奪者《ストーカー》が、日に日に影を落とすように嗤ってきたのだ。そんな最中、駆け込んだ廃墟にて出会ったのが『男』である。男は『怪異』の存在を、異形の『神』の存在を認識しており、それを熟知するのに執着している、怪異解剖士と呼ばれる人種であった。……えっと……おじさんは……知らない、おじさんとは……違う、おじさん……? 少女は藁にも縋る思いで『男』に声を掛けた。声を掛けた瞬間に『男』は不可視であろう怪物の群れを追っ払う。見えている。この人には、ちゃんと見えている。そうしてこの日、四之宮・榴は育ての親と師匠を同時に、手に入れたのであった。
 過去に思いを馳せながら、おぼろげな師匠の顔を浮かべながら、患者は目を回す事すらも赦されなかった。肺臓や心臓に辿り着くまでは、臓腑のひとつひとつを改めるまでは、意識を失う事すらも赦されないのだ。ワッハッハ! スペアリブだこれ!!! メルクリウスは医者である。メルクリウスは『医療』の怪人である。患者の血管を水銀で縫い留めながら――刃物か何かを手にしながら――露出している肋骨を、ぎこぎこ、ぎこ。呆気なく摘出された骨の数、最早、把握する事すらも面倒になるのだが、其処は医者、しっかりと頭の中だけで記憶は出来ている。……で、あなた。今のところは健康そのものだ。わたくしが処置した部分に関しても、しっかり、機能をしてくれている。これなら、わたくしが多少、無茶をしても、あなたは大丈夫に違いない。【メルクリウス】は嘘を吐かない。いや、正確には嘘『は』吐かない。まるで、何処かの師匠みたいに。まるで、何処かの男みたいに。さて、この『ふたつ』の違いを、差を、見つけるとするならば――根源的な価値観の部分に在るのか。クラクラと、チカチカとしている頭の中、そのお隣で転がっている|間違い《スペアリブ》にご挨拶をしておく。……僕は……僕は、貴方様の……患者です……ので……。
 四之宮・榴が――廃墟をさまよっていた少女が――最初にご挨拶をした『もの』は己の脚であった。もっと詳しく描写をするのであれば、それは、四之宮・榴の下腿であり、途轍もなく綺麗な断面であった。師匠のやりたい事は、この時点では不明でしかなかったが、少なくとも、師匠の顔は愉悦の類を欠片として湛えてなどいなかった。これは四之宮・榴の為であり、少女が生きていく為に不可欠な『解剖』であった。良いか、おまえ。おまえはこれから、様々な困難に、酷い目に遭うだろう。これは、予防接種であると同時に、理解をする為にも必要な事だ。おまえが、おまえの事を理解しておけば、この先――彼等との取引でも『有利』を取れる。まあ、なんだ。おまえは、おまえ自身の美味いところを、美味しい部位を、わからなければダメなんだ。まあ、少なくとも、おまえの『にく』は、存在は、彼等にとってご馳走なのだから……髪の毛一本でも、有利を取れるのかもしれないが。どくどくと、どくどくと、流れていく体液。不可視の怪物と混じり合ったところでようやく、意識が戻ってくる。次は何処だろう。次はいったい、何処の部位なのであろうか。考えたくもないけれども、考えなければいけない。何故なら、解剖をされる際は『自分で解剖される部位を決めなければならない』故に。楽になりたいのか? 楽になりたいなら、胸部や、頭部をオススメしておこう。でも、おまえ、最終的には全部、暴かなければダメなんだ。だから……毎回、毎回、死んで戻ってくるのは、疲れると思うんだが……。少女は覚悟をするしかなかった。仮に、覚悟が出来ていなかったとしても、流される以外になかった。その為に少女は――下から順番にお願いをしたのだ。二本目の脚とやらもすっかりバイバイ、売買をされるお肉のように『価値』を見出されながら……。
 頭部を落とす必要などなく、心臓をもぎ取る必要などなく、失血、眩暈による致命が繰り返し行われた。いや、致命傷に至るほど『解剖』をされたとしても、其処は師匠、基本的には生死の狭間をさまよう程度で片付いたが――弘法にも筆の誤りである。ふとした瞬間に、秒程度の緩みに、殺しの意図が有ろうと、無かろうと、ともかく男は失態をしてしまった。……やってしまった。おまえ、欠落をしているのだ。俺が、Ankerではない事が、これで判明したのは僥倖だが……おまえ、わざわざ、戻ってくる必要はないだろう。師匠は……解剖士は、男は、少女を殺してしまった事に少なからず、罪悪を覚えてくれたのかもしれない。或いは、これは男にとっての儀礼なのかもしれないが……。なあ、おまえ。おまえは如何して、そんなにも律儀なのだ。おまえは如何して、そんなにも素直なのだ。だから、美味しそうに見えてしまうのだと、如何して、わかってくれないんだ。見ての通りである。見ての通り、四之宮・榴は死んでも、息絶えても、√を跨いで戻ってくるほどの『お人好し』であったのだ。違う。これはお人好しとはまったく違う、より、性質の悪い、雛の並びであった。ここ以外は地獄である。たとえ、ここが地獄だったとしても、ここ以外は無間である。……師匠は、知っているはずです。僕の価値を、ちゃんと、考えてくれているのは、師匠だけだと……。実験は止まらない。解剖は終わらない。師匠と、榴、二人が『おしまい』と思わなければ――お互いを手放さなければ――浮世から、離れられないのだ。
 心臓だ――心臓のカタチを、心臓の音を、わしゃわしゃと、擽られている。それがわかる程度には正気だし、四之宮・榴は目の玉を動かせている。遊ばれていた肋骨に関しては最早楽器の代わりにもされずに、ころころと己の頭のお隣で眠っているのか。ああ、あなた。随分と元気な、溌剌とした、心臓ではないか。わたくしの水銀はもちろん、海月たちもしっかりと役目を果たしてくれている。【メルクリウス】は――主治医は――隙のない縫合によって身体を元に戻していく。これで、あなた、わたくしの触診はおしまいだ。あとは縫合をして、元通りにして、次の健診まで維持をする事だ。まあ、あなたの場合は『健康習慣』も何もないのだが! 何せあなた、食事をするのが苦手なのだろう。アッハッハ! 人間の姿形をしているのに人間をできない。成程、主治医と患者の真の共通点とは『それ』なのかもしれない。バチバチと、バチバチと、何者かが企んでいる。托卵をするかのように、何者かが主張をしている。わたくしを面倒臭い奴だと、そう、謂いたいのか、歓ぶべき事に……。
 師匠が――怪異解剖士が――中年男性が四之宮・榴の『精神の正体』の一部に気が付いたのは、育ての親として幾つかの時間が経っての後だった。彼女には人格が複数存在している。その全てを理解する事は、お話をする事は難しかったが、しかし、そうで在れば『ひとつ』実験すべきではないかと、そう思いついた。おまえ……脳を解剖していなかった。これを、解剖できたのであれば、何かしら、新しい発見が出来るのかもしれない。こくりと、少女は頷いた。頷いて、自らの頭の中を師匠に差し出そうとした。……僕は、貴方様の、師匠の事を信じています。信じて、いますので、僕の価値を隅々まで、如何か……。そっと髪の毛に、頭皮に、頭蓋に中てられたメス。超常的なほどに、超自然的なほどに、働いた。まるでショートケーキみたいに――柔らかくて、皺くちゃなものがご挨拶。さむいです……さむいです、なんだか、わかりませんが……僕の中から、何かが、たくさん、出て行ってしまうかのような……。人格を追い出してしまえば、人格を統合してしまえば、榴の為になるのかもしれない。だが、それは、ひとつの諸刃でもある。なら、おまえに対して、有意義な実験とやらは――新しい人格の創造、発生の類なのではないか。もっと生き易いように、人間らしく、成れるように。ロボトミーの次の段階として……。
 本当に、碌な事をされてません――あの時の事は、今でも、記憶が曖昧なのですが。あの時だけ、ですかね。……僕は、僕の、頭の中は……僕……。縫合はできている。元通りの身体だ。されど、頭の中で何かしらが――はじけたのかと思うくらいに、反響をしていた。あなた……あなた、このタイミングで、この状況で、何故、死にかけているのだね。わたくしはあなた、あなたの事を健康体だと、すこぶる元気なのだと、伝えたばかりなのだがね。撃たれた。ばすばすと撃ち込まれた。メルクリウスによって制御されたインビジブルの群れが一斉に『肉体』を――四之宮・榴の脳髄を――破裂させないように、治めていく。あなた、いつも以上に顔色が悪くなっているのではないか。榴嬢……俺に、何度、叫ばれれば気が済むんだ。死にたくなければ起きたまえ! うっかり死にかけるなど、わたくし、許可した憶えはないのだが! ぷるぷると振盪していた脳髄が、ぐるりと這入ってくる不可視によって『なんとか』された。四之宮・榴は――患者は、冷静さを繕った主治医の『貌』を見る。よろしい。正常ではない感情だ。異常な情念だと謂う事は【メルクリウス】にも判っている。だから、啼いているのだ。バチバチ、バチバチ、人の事を謂えないくらいには……。
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