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#√妖怪百鬼夜行 #ノベル #【巻き込まれ】

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 #√妖怪百鬼夜行
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 トリだ。視界に入ってきたそれ、白翼を見て思考がバグる。トリではない。一拍置いて認識する。翼で体を覆い隠したような人影。足元に横たわるは怪異か、いや妖怪か。百鬼夜行の残り香か。知見ある者からしてみれば虫の息。その横に立っているとなれば「それ」が殺したものなのかなあ、と。
 ここまで思考して、北條・春幸は「わあ」と小さく声を出した。酒が入っているせいで鈍いのではない、単純に彼がそのような性質だから。欠落した恐怖心、無限とも言える好奇心、この光景。逃げ出す選択肢は初めからなかった。

 声と気配に気付き振り返る異形。敵意はないだろう、だがその姿。あれ? おかしいな。この人、コート以外全裸? まさかそれも自前の羽か。下半身を覆う翼がなければ春の深夜、その風物詩もやむなし。白翼の怪物、巨躯。飛ぶためのものでは無さそうだがしっかりとした肉付き、頭部から生えたものは顔を覆い隠している。口元しか見えぬその貌から「おや」と小さく声がした。
 それにしても大きな。食べ応えの、ありそうな手羽。災厄か怪異か妖怪か、どれにしろ肉のたっぷりついた体。かじり付けば歯ごたえがありそうな。地鶏みたいな『人』だなあ。

「美味しそうな人だねえ」
 口からついて出たマトモな第一声、そのような。流石に失礼だったよねぇと暫く見つめるも、彼は顎を揉んで何かしら思索。
 互いに見覚えの塊。会ったことがある。春幸の酒が入った脳みそ、ほろ酔いなのが幸い、まだ動く。あ、そうだ。ほぼ同時。

「クヴァリフの仔の!」
 声が重なる。おもしろ。高笑いを始める怪人、楽しげに笑う人間、足元には息絶えた『なにか』。側から見れば狂った沙汰だった。

「――先日、知人の報告書で読んだ。仔に好かれて困っただとか」
「そうそう。お別れするの、名残惜しくなっちゃった」
 気付けば雑談。路地に打ち捨てられ錆びていた椅子に座る春幸、壁へ背を預ける『メルクリウス』。異様な取り合わせのように見え、双方共通の話題がある。仔の話。対策・対処? いや違う。やれ動きがどうの愛でてよし食べてよしであるはずだ、味はどうだ。か弱そうに見える軟体生物、様々な意味で愛しくてたまらない!

 ともあれ食となれば先ほどの話題にさらりと戻る。
「ところで、先の。わたくしを食っても水銀たっぷり。歯応えだけある猛毒だ、お勧めしない。アッハッハ!」
「それ食べられちゃうのが僕たちなんだよね! あははは!」
 怪異も食えるヒトも食える。物騒だが事実であった。√能力に不可能なし。懐に忍ばせていたメスを取り出し放り投げ、ぱしりと宙で掴むは春幸。おやあ風向きがと顎を揉む水銀の怪人。興味、好奇心、見つめる眼差しは眼鏡に反射する光でよく見えない。
 己は常に捕食する側。鶏でなく猛禽。その己が食欲を向けられている。うきうきと「さてご回答は」みたいな顔した人間に。

 ――それも一興だ、多少食われる程度問題はなく。だが己で選べるならば。
「このあたりでどうかね」
 指差す先は|頸《うなじ》、髪と混ざり合うよう生える翼だ。明らかに嬉しそうな春幸の手が伸びてくる。翼を掴み動かぬようにと力を込めて。

「ありがとう、いただきます」
 初めてではないか、この言葉を向けられるのは。ぷつり入る切先、そのまま軟骨を断つよう滑り、たいした苦痛もなく。流れる辰砂の血液、容易に断ち切られたそれからぽたりと滴った。

「羽根はむしった方がいいよね」
 先ほどまで自分の一部だったそれ、整った羽根の並びがぷちぷち引き抜かれて落ちていく。おもしろ。自らが経験した事のないそれを自身の体の一部が痛覚もなく味わっている。すっきりとした手羽へメスが入り皮を剥がされる。水銀で、毒の血液で手が汚れようと春幸は気にしない、そんなものはどうでも良いのだ。口を開けて、皮を剥いだ肉に齧り付く。
 手羽先の食べ方。
「固いな……トリ? 豚……鉄っぽいのは仕方ないとして」
 食えないわけではない。咀嚼する音がエグい程度。成程と頷きながら己の翼を喰らう彼を見て、メルクリウス、何を思うか。複雑ではない、己の肉の味は『識っている』。それを他者がどう評するのか興味があるだけ。

「……トリ寄り!」
 残るは皮と骨のみだ、だが羽をむしるのには時間がかかる、ひとまず完食ということにしよう。さて結論が出た。概ね同じ意見に「だろう?」と指差すメルクリウス、頷く春幸。

「それで、対価は?」
「うん?」
 微笑む怪人。文字通りの上から目線。翼で覆い隠されていた貌が見える。水銀で満たされた眼球が、春幸を見る。
「支払いは、相応のものを望むが」

 しかしわたくし金運が|ない《欠落》ので、出来れば金銭以外で。あなた今、何をお持ちかな。体だけか?
 ぐっと顔を近づけてくる『怪人』。顎を鷲掴みにする大きな手。爪が肌に食い込む。ぷつり湧き出す血液と、好奇心。
「何なら釣り合うかな」
 白翼への返答は、どこまでも楽しげだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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