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迷子の子猫はだぁれだ?

#√汎神解剖機関 #ノベル #廃園ノイズ

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──ザリザリと、耳障りなオルゴールBGMが響く。

 ピカピカと光が灯っているのに、遊具の一つ一つは鉄錆びていて。キャストや着ぐるみの姿も、来場者の姿も見当たらなくて。──楽しげな遊具の並ぶ遊園地だって、朽ちた廃墟であればこんなにも不気味なんだと、戀ヶ仲・くるりが身を震わせながら進んでいく。いつの間にか手に握られていたチケットも、ボロボロで今にも崩れそうで。いつもなら詐欺DMだ!と当たりをつけてゴミ箱に直行のはずが、どうしてだか今、こうして目的地として示された廃遊園地にまで足を運んでいる。しかも1人っきりで、だ。楽園に来て少し経ったし、√能力者のこともなんとなく理解が及んだ気はする。それでも、ほんの数カ月前までまるきりの一般人だったくるりにとって、摩訶不思議な出来事は未だ恐ろしいし、全力で叫びたくなるような理不尽に満ちている。それでも、まるで呼ばれるようにしてここまで来たのは、どうしてなんだろう──?

 ふらりといくつか遊具を見ても、メリーゴーランドは座るのを躊躇う錆具合だし、空中ブランコもギィギィと鎖が鳴っててとても乗るに足る安全性が見込めない。うう、と呻きながら進んで歩いて、ようやく辿り着いたのは『ハウス・オブ・ラビリンス』とネオンの光る鏡の迷宮だった。廃墟の密室ともなればより恐怖が募るはずなのに、よく迷う身としては迷宮なんてやめた方がいいはずなのに。くるりの足は自然と中へ中へと向かっていた。どうしてだろう、わからない。でも何だか、『呼ばれた』ような気がして。──迷宮の中も、外と変わらず錆びれてあちこちが壊れかけていた。割れたり崩れたりと、最早元のアトラクションとしては機能していない。整備が行き届いてない床の凸凹をうへぇ、となりながら避けつつ進んでいくと、ふと正面の鏡に自分以外の何かが映った気がして、近寄ってみる。

「あ、ここ──」

 つつ、と指先で鏡をなぞる。錆びてザラつく鏡面の先、見つけたのは行きつけの本屋さん。そんなに大きくはないけど、ラインナップが結構好みに沿っているのがよくって。顔馴染みの店員さんがおすすめだよって声をかけてくれるのも、嫌いじゃなかったな。…あれ?『なかったな』って、そんな過去形になるかな。……まぁいっか。

 次に浮かぶのは、お母さんとリビングでお茶を飲む自分の姿。確かどっちがお茶を入れるか、なんて些細なことで喧嘩になりかけて。結局じゃんけんの末に私が入れて飲んだら、何だか可笑しくなっちゃって。吹き出すのを堪えて2人で飲み切ってから、ごめんねって言い合ったよね。懐かしいなぁ。──お母さん、元気かな。そういえば暫く会えてないっけ。…なんで会えてないんだろう?……あれ、何を考えてたっけ。

 そのまま次々に学校で友達と話す姿を、帰り道に買い食いをしたいつかが流れていくのを、どこか楽しげにくるりが見つめて歩いていく。不思議とそのどれもに懐かしさと違和感を感じて、でもその度に深くは考えずに流して、を繰り返していると。

『またそうやって、目を逸らしてる』

 突然割り込んでくる聞き馴染みのある声に、びくりと肩を振るわせてくるりが振り返る。その先にある一等大きな鏡に映るのはくるりの姿だ。然し鏡だというのに、驚き見開く今のくるりの表情と、鏡越しのくるりの表情はまるで違う。鏡の向こうの|だれか《いつか》は、ひどく──怒ったように、|わたし《いま》を見つめていた。

「えーっと、これはアトラクション的な仕掛け、なのかな。」
『…本当にそう思ってる?』
「私の動きをスキャンしてーとか、えっと…もしくは、何だろ?」
『そうやってすぐ誤魔化して。ああもう、どうしてそんなに色々無自覚でいられたんだろう。|私《・》なんだけど、すっごい腹立つ…!』

 じたんだを踏むようにして、鏡越しの|わたし《いつか》が、堪らずと言ったように手を伸ばす。ずるりと鏡面をすり抜けて実体を得た腕が、今のくるりの襟首を掴む。

「えっ、なに急に、やめて…!」
『どうしてそのままで居られるの。どう考えたって、普通じゃ無いのに!』
「なんの話?ちょっとよく分からな…」
『いい加減に気付いてよ!|私は今、どこにいるの!?《・・・・・・・・・・・・》わかってないんでしょ!!』

 苛立って激昂して。その叫ぶような声にか、腕以上に鏡面から這い出そうとしたせいなのか。内側から圧されるようにして、|くるり《いつか》が映った鏡が弾け割れる。降り注ぐ破片にくるりが慌てて両腕を構えてなけなしのガードをするが、いつまで経っても刺さったりぶつかったりの感覚は無い。恐る恐る瞳を開けると、いつの間にか鏡の破片は細く柔いマーガレットの花びらへと変じていた。ふわふわと雪のように降り積もる花びらを掬い取って、鼓膜に未だ谺する声をぼんやりとなぞる。

「わた、しが…今、どこにいるか、って?」

 どうして鏡越しの『私』は、あんなに怒っていたんだろうか、と。改めて問いかけを口にして、言葉に沿って思い出そうとしても──分からなかった。遊園地にいる、という認識はある。でも、『どこ』と問われると、途端に別のことを考えたくなる。それでも何とか意識を向けても、やっぱり上手く思い起こせない。ここが初めてくる場所だから、というのは関係なく。来た道も、帰る先も、今までいた幾つもの場所すら、うまく一つの線で繋がらない。

──『√能力者は、欠落を得て覚醒する。』
──だから私は、|アイツ《アクマ》に呪われて覚醒した、はず。
──ううん、違う。
──どれほどイヤでも、あれは形式的には『与えられた』モノだ。
──じゃあ、私は。
──一体何を、|無くした《欠落》したの?

「──あ、」

 どうして今まで、それに気づかなかったんだろう。まだ異能だ何だに慣れてないから?生きていくのに精一杯だったから?それも勿論あるけれど、記憶に焼きつく怒りに満ちてこちらを見つめてきた|わたし《いつか》の瞳が、違うでしょう?と意を唱える。

──|スマホが最近重たくって。替え時なんですかね?《『新規メッセージ:1054件。不在着信:394件』》
──|学生が新しい家を借りるのって、結構大変…!《どうして家に帰らないの?》
──|あ、この本は店員さんが勧めてくれたんです。《どの町のどこにある本屋さん?》
──|はい、高校生です!《もうずっと通えてないのに?》

 分からない、わからない、ワカラナイ。お母さんの顔は思い出せるのに。店員さんの寝癖を笑った記憶はあるのに。友達と新刊の感想を言い合った時の笑い声は耳に残ってるのに。帰り道の夕日を眩しいなぁ、と目を細めた感覚はなぞれるのに。それが『|どこだったか《・・・・・・》』だけが、うまく引き出せない。明確な景色や住所を描こうとする度に、何かが頭の芯を突いて意識を逸らそうとする。考えたくない。分からなくていい。私はただ、よく迷子になるだけ。──そう、都合よくポジティブめいて書き換えられて来たことに、今更ながらゾッと肌が総毛立つ。違う、何かが決定的に間違っている。いや、|欠けている《・・・・・》?

「私は、今、どこにいるの?」

 もう一度、誰ともなく問いかける。地図アプリを見てもあやふやで、記憶を探ってみてもぼんやりしていて、何もかもがわからない。いっそ足元すら抜け落ちそうな不安と、微かに芽生えた自覚が頭痛を引き起こす。

帰りたい──でもどこへ?
みんなの元に──けどどうやって?

 止まない自問自答に、どこかからあはははははは!と高笑う|何か《アクマ》の声が聞こえた気がする。そうして肌を這う恐怖に抗うように蹲っていると、ブツッ、と不快感を伴うスピーカーがONになる音のあと、ひび割れた歌が流れてきた。それは誰もが知っている童謡で、今この場でくるりが聞くには最も悪趣味な選曲。

『迷子の迷子の|こねこ《くるり》ちゃん。
──あなたの|おうち《居場所》は、どこですか?』

 割れた鏡の先に、迷宮の出口は見えていた。なのにすぐさま向かうことをせず、くるりがぎゅう、と耳を塞いだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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