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きらぼし

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 うららかな日和は春の陽気が心地良く、雲ひとつとない青空が遠くまで晴れ渡っている。
 最近できたと噂の遊園地は中々に盛況している様子で、入口を潜れば眼前に広がる現実からかけ離れた奇妙建築がまるで夢の国を築き上げているようだ。色とりどりの華やかな花々で作られたアーチを通る内に、やがて聞こえてきた軽快な音楽に乗って甘く香ばしいキャラメルポップコーンの匂いまでもが流れてきて、楽し気な予感にその胸は自然と高鳴っている。
「わっ! わっ! 大きい、にぎやか!」
 アーチを通り抜ければ、開けた視界を埋め尽くすアトラクションの数々。
 思わずと口を開けたノー・ネィム(万有引力・h05491)はゆっくりと回る大きな観覧車や、ごうごうと大きな音を立てて空を駆けていくジェットコースター、更には可愛らしい音楽と共に回転しているメリーゴーランドにも視線をきょろきょろと向けて、手にしていたパンフレットを握りしめる。
 はじめての遊園地に高揚しているのはナターリヤ・アリーニン(夢魅入るクークラ・h05868)も同じようで、「わ、ほんと。とてもひろい。です、ね!」と花開いた大きな瞳をより一層と輝かせて、それからネィムを振り返った。
 その拍子に頭上で揺れたのは、もふもふのリス耳付きカチューシャだ。入口でプレゼントされたお揃いのカチューシャをふたりはしっかりと身に付けており、視線が合えばくすぐったそうに微笑みあってパンフレットを覗き込む。
「ナターリヤ、我あっちもいきたい。あれも乗りたい」
「んーんー……ターニャも。いきたいとこ、いっぱい!」
 あれと、これと。あっちもこっちも。いっぱい乗りたい。
 ふたりが真剣な眼差しで見やるのは、パンフレットに大きく掲載されている地図だ。アトラクションは数多く、気になるところをピックアップしていけば小さな手で指折り数えても足りないかもしれない。
「おじかん、めいっぱい。あそびましょ」
 まずは行けるところから行こう、と一歩を踏み出して。
「あ! まいご。ならないよに。おてて。つなぎます、か?」
 可愛いうさぎのリュックに、真っ赤なりんごのポシェット。どちらも目印にはぴったりだけれど、こんなに広い場所で迷子になってしまっては大変だ。そんな思いから差し出されたナターリヤの手のひらにネィムは迷わず「はい!」と大きく頷いて、ふたりは手を繋いで仲良くメインストリートを進んでいく。

 アトラクションは数あれど、まず最初にネィムの足を止めたのは色鮮やかな風船を飾った屋台だ。
 赤青緑、黄色に桃色。丸型や星型といった定番から花やうさぎの形をした風船まであるようで、多種多様な風船を見上げたネィムはナターリヤに声を掛ける。
「ナターリヤ! ふうせんがあります。ふわふわ、空とんでますね」
「わ、ほんと! ふうせん、ね。ターニャ、ほしいです!」
 ふわふわ、ふうせん。くーださい。
 選ばれたのはナターリヤが背負ったうさぎのリュックと同じ、うさぎの形をした桃色の風船だ。細い紐をしっかりと掴んで引っ張れば、ふわふわと揺れていた風船がぴょんぴょんと動く様がなんとも楽し気で、ネィムは自分まで嬉しくなって小さく笑む。
 すると、そんな様子に気付いたナターリヤは不思議そうに首を傾げた。
 屋台から離れた手元でひとつだけ揺れる風船に「あれ。ふうせん。ネィムさまは?」と問いかければ、ネィムはゆっくりと頭を振る。
「うん? 我はいいの。ナターリヤのふうせん見てるだけでうれし」
 それよりも、とネィムが続いて指差すのは屋台より更に先の中央広場だ。
 メインストリートから続いた先にある中央広場には人だかりが出来ており、小さな背丈をぐっと伸ばすように背伸びをしてみればピンク色をしたうさぎの着ぐるみ――もとい、この遊園地のマスコットキャラクターであるハピラビちゃんがぴょこぴょこと動いている様子が見て取れた。
「ハピラビちゃんとおしゃしんとれるみたいです!」
「おしゃしん! とって、もらいましょ――あっ、」
 逸る気持ちから駆け出した、その拍子。
 緩んだ手のひらに気付いたときには遅く、ナターリヤの手から風船が離れていく。ふわふわと空に飛んでいく風船が小さくなっていくのを見上げながら「わわ、ふうせん。おそらにいっちゃいました……」と小さく肩を落とせば、安心させるようにネィムが声を掛けた。ちょっと、まっててですね。
 ――そうして、次の瞬間。
 ふんわり、ふんわりと。重力の魔法を用いて風船と同じくらいの軽さで浮かんだネィムが、空高く舞い上がっていく。「まって、まって」と風船を追いかければストライプ柄のワンピースもひらりと花のように風に揺れて、やがてネィムの小さな手が細い紐を捕まえた瞬間にナターリヤは思わずと歓声をあげる。
「ネィムさま、すごい! ありがと、ございます!」
「えへへ、よかった。しっかりにぎるですよ」
「はぁーい」
 見事なキャッチにぱちぱちと拍手を送って、それからネィムが無事に取り戻してくれた風船をナターリヤは再び握りしめる。
 しっかり握るようにという言葉に大きく頷けば、兄と遊びに来た時のことを思い出したナターリヤは当時の様子を真似るように細い紐で輪を作って腕を通してみる。これならもう、風船がナターリヤから空に離れていくことはないだろう。
 そうして。
 順番を知らせるスタッフの呼びかけにハピラビちゃんの元へと急いだふたりは、ハピラビちゃんを真ん中して挟むように位置取りピースサインのポーズを作って――「ぴーす!」と、元気よく息を合わせて記念撮影を終えるのだった。

 ◇

 ごうん、ごうんと。
 大きな音を立てたジェットコースターがゆっくりと動き出す。
 ふたりが最初に選んだアトラクションは、小さい子ども向けのなだらかな勾配に左右の傾きが特徴的なジェットコースターだ。森のお友達をモチーフにしている可愛らしいコースターがレールに乗って楽しい空の旅へと連れて行ってくれるようで、子どもたちに人気のアトラクションらしい。
 風船をスタッフへと預けてコースターへと乗り込んだ後に、安全ベルトの手すりを強く握り締めたネィムとナターリヤは少しだけ緊張した面持ちで息を吸い込む。乗り場からゆっくりと離れていくコースターは、もう少しでそのスピードを上げることだろう。
「ジェットコースター。ね、はじめて、です」
「我も。きんちょーします」
 心の中で数える、さん、に、いち。
 息を吐くと同時にぐんと速度を上げたジェットコースターが空を駆けて、横に倒れそうなほどに傾けば「きゃーっ!!」とふたりして思わず叫んでしまった。歓声だ。
 右へ左へ、コースターの動きに合わせて体を傾けている内にあっという間に駆け抜けた空の旅が終わる頃には、髪の毛がボサボサになっていることに気付いたのだろう。顔を見合わせて笑いあったふたりのアトラクション尽くしな遊園地満喫プランは、まだまだ始まったばかりである。

 ジェットコースターの次に乗り込んだのは、コーヒーカップだ。
 ぐるぐる回っているだけの不思議な乗り物に案内されるままに乗り込んだネィムはきょとりと目を瞬くような様子でナターリヤを見るものだから、ナターリヤはコーヒーカップの中央に取り付けられたハンドルを指差す。
 ゆっくりと流れるオルゴールの旋律に合わせて床面が回転しはじめたなら、アトラクションスタートだ。
「これね。まわせるんです、よ」
 ネィムさまに、おまかせ。そう言うナターリヤに促されるままネィムがハンドルを回せば、コーヒーカップもぐるりと回る。いっぱいぐるぐる、ぐるり。そしていっぱい、くらくら。
 ――くらくら?
「わ。ナターリヤ! だいじょうぶ?」
 目を回すことのないネィムは平常どおり、けれどコーヒーカップと回るうちにナターリヤは目を回してしまったらしい。
 眩暈がするのかアトラクションを終えて地面に立ってもふらふらとしているへろへろなナターリヤの青白い顔を覗き込んだネィムは、慌ててナターリヤの手を握ってコーヒーカップから近くのベンチへと移動する。
 心配から肝を冷やしたけれど、眩暈が落ち着くまでベンチで休憩しようとネィムが売店でチュロスと飲み物を買ってくる頃にはナターリヤのへろへろな様子も落ち着いたようだ。手渡されたチュロスを手に、シナモンの甘い香りを胸いっぱいに吸い込んでまずはひとくち。
「チュロス。おいし、ですね!」
「はい、サクサクで、長くておっきい。甘くておいしいですね」
 もう大丈夫そうなナターリヤの様子に安心したネィムもまた、ひとくち。
 ふわりと綻んだのはやさしい甘さで、シナモンとシュガーの甘味が口いっぱいに広がる様に舌鼓を打っていれば、気付かずうちにポロポロと食べこぼしの欠片が地面に落ちてしまっていたのだろう。足元でぽっぽと鳴きながら欠片を突く鳩たちを眺めながら、ふたりはアトラクションの合間にも穏やかな時間を楽しんでいた。

 ◇

 ――そうして、日も暮れ始めた頃。
 楽しい時間というのはあっという間なもので、最後のアトラクションに選んだのは観覧車だった。ネィムからの提案にナターリヤは一も二もなく頷いて「ぜひぜひ。いきましょ!」と意気揚々と観覧車へ乗り込んでいく。
 その中で。ゆらゆら揺れながら空高く頂上へと向かっていく間に、ネィムは小さく深呼吸をしていた。
 空の景色は見る見るうちに高くなって、綺麗な夕焼けがナターリヤの横顔を照らしている。空高くまで来てしまえば遊園地に流れていた軽快な音楽もどこか遠く、静けささえ感じる場所では心臓の音が耳の近くから響くようで。緊張していることを自覚すると、ネィムは勇気を振り絞るようにか細い息を吐く。
「あのね、ナターリヤ」
 その唇が紡いだ言葉は、少しばかり震えていたかもしれない。
 空の景色を眺めていたナターリヤが振り返ると、ふたりの視線が交わる。
「きょうは、ほんとうにありがとうです」
「ターニャも。ありがと、でした。とてもとても、たのしかったです!」
 晴れやかな笑顔に背中を押されたような気がして、ネィムは「あのね、」と言葉を続けた。
「……かんらんしゃのうわさ、知ってますか?」
 なかよしになれる、おまじないがかかってるらしいです。
 それは遊園地の中でも有名なジンクスのひとつだ。観覧車に一緒に乗って、頂上の景色を眺めることができたふたりは仲良しになれる、なんて。「だから、あの……」窺うように見るりんごの花にナターリヤが首を傾げれば、少しの間。そして、静かな観覧車の中にネィムの言葉が響いた。

「――我と、おともだちになってほしい」

 ナターリヤと、ずっとなかよしできたら。
 これからも、おしゃべりしたい。
 募る言葉にはっと止めて、ネィムはナターリヤをおそるおそる見上げる。
「我は、すごくうれしいから……だめ、ですか?」
「だめじゃ、ないです!」
 不安そうな声だ、ナターリヤは大きく頭を振って、勇気を振り絞ったネィムに応えるようにそっと微笑む。素敵なおまじないにあやかり、友達になりたいと言ってくれたその言葉が何より嬉しかったからだ。「おともだち。うれし、です!」たどたどしくもまっすぐな声音で、ナターリヤもまた言葉を続ける。
「……もしかしたら。もう。おともだち、かも? と、おもうのです」
 ――それでも。
「でもでも。もっと、もっと。なかよし、しましょ!」
 ネィムも、ナターリヤも。
 思う気持ちは、同じだったのだろう。
 勇気を振り絞ってよかったと、いつの間にか緊張していた体の強張りが解ければ胸の奥までじんわりと温かくなるようだった。
 思うよりも長く感じていた観覧車も気付けば頂上へと辿り着いて、ふたりは夕日が沈みゆく景色を静かに見下ろす。そして輝く、一瞬の緑閃光。それは写真には残らない景色だけれど、宝物のようにきらきらと眩く見えていたから。景色も、言葉も。きっと一生忘れない――そんな自信が、あった。
「我も、よろしくおねがいしますです」
 どちらともなく小さな手を繋いで、お互いにぎゅっと握り返して。
 表情がなくても、たくさんの感謝と嬉しいという気持ちが伝わればいいなあ、なんて。あたたな気持ちを噛み締めるネィムと、にっこりと満面の笑みでふたりのこれからに期待を膨らませたナターリヤを、夕暮れの空に輝いた一番星が見守っていた。
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