Only one option
契約は成った。ありとあらゆる√へ|我が社《オルタナ社》の製品を。事業の拡充を。それを成すためならこの私、我が社に尽くしてみせましょう。
口を半開きにしたまま捺印する店長、ぽたりと顔から液体が落ちる。
涙、汗、鼻汁、唾液、最後に落ちるは鼻血であり、契約書はひどく汚れたものになったが乾かせばよろしい! どのような「商談」であったか? それを語ればああ、長くなってしまう。我が社の製品が、優秀なだけですとも。
――新発売! 万能ハチェット「マーブルブラック」!
ホームセンターの棚に並んだそれの売り文句たるや見事。一角に溶け込み、しかし、√EDENの忘れる力は「それ」への認識を曖昧にさせる。一瞬買おうかと手に取って、今は良いかと戻してしまえば、そこから先、思い出すことはない。
「都合が良く、何より」
売り場を眺める眼鏡の奥、笑わぬ目は虎視眈々と。「それ」を手にする者を待っていた。
これを認識し手に取り購入するならば、即ち√能力者、あるいはその力に覚醒する素質があるものに違いない。餌の中巧妙に隠された針。いつも通りに働く店員たち。誰も彼も一角に生まれた『違和感』を忘れ――忘れさせられ――日常の業務を遂行していた。
さてはて一週、二週と見れば。ようやく一本、売り場から黒刃が消えた。店員と、監視カメラをご一緒に……。
ああ、大型刃物ですので。お名前、住所、年齢のほうを。よろしくおねがいします。
虚な目の店員に思うこと、疲れているのだろうか程度。やたら手に馴染む刃物、それの支払いを終えた男の名は、葦原・悠斗――丁度良い、感謝しましょう我が|顧客《Anker》!
このお礼はいつか必ず、そう、死の|販売《押し売り》で!
「――売れ行きがよくないなあ」
それから、しばらくして。販売実績たった一本。ぼやく店長、しかしその棚から製品を除くことなど、欠片も考えてはいない。
「実演販売を行なってみては?」
クラースは店長にそう囁いた。それがどのような効果を及ぼすか、知っての上で。
後日ホームセンターで発生した大量殺人事件。黒いハチェットを持った店長が、床へ一列に座った店員たちの首を落としてまわり、最後は自分の首を落とし――凶器は未だ、行方不明。
クラース・ファン・デーレン。緑のスーツに身を包む彼は、死の商人である。
さあて、次なる√へ向かいましょう。我が社の製品を待つ者が、必ずそこに居ますので――。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功