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夕餉騒動

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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 #√妖怪百鬼夜行
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 夕暮れ時、√妖怪百鬼夜行の一角にて。灯のともり始めた屋台街に、悲鳴と破砕音がこだまする。屋根瓦が震え、提灯が揺れて、顔面蒼白になった店主や客たちは、我先にと逃げていく。
 彼等の居た店の方では、樽のように膨らんだ腹をした真っ赤な妖怪が、屋台の調理場に首を突っ込むような形でそこの料理を平らげていた。
「やあ、随分腹を空かせていたんだねえ」
 半壊状態になったカウンターの端っこの席、そこに座っていた月見亭・大吾(芒に月・h00912)は、感心したようにそう声を掛けた。丁度晩酌を始めたばかりだったのだけど、今の騒ぎで店主も客も皆逃げ出してしまった。どうしたものかと首を傾げていると、この店の分を食べ尽くしたのか、その大食いの妖怪は大吾の方へと目を向けた。
 地の底から響くような「ぐるるるるる……」という奇妙な音色は、恐らく唸り声ではなく腹の音だろう。
「どうだい、おまえさん。おいしいお店を紹介するから大人しくそっちに行ってもらうってのは――ああ、首根っこをつままないでくれるかい?」
 あたしゃ子猫じゃないんだよ、と言い募るが、大吾を捕まえたその妖怪は、構わず彼を高く持ち上げて、その下で大口を開けた。
「ああ、おまえさんの夕飯になりたいわけでもなくてね?」
 困ったものだと周囲に視線を巡らせる。あの大きな口に放り込まれるのはさすがにごめんだ。こういう時に正義の味方でも駆け付けてくれれば、こちらとしては助かるのだけど。

 そして一方、店の外では「今日は随分急いでいる人が多いな」などと思いつつ歩いていた櫃石・湖武丸(蒼羅刹・h00229)が、ようやく騒ぎの根本に気が付いた。店の入り口を破壊しながら出てきた巨漢の妖怪は、手に次の食べ物を握っている。
『ハラ……減ったァ……』
「うんうん、そうだろうそうだろう。でもねえ、あたしを食べる前にほら、正義感の強い若者が来てくれたみたいだよ」
「あんな小さいの食べても足しにならないだろうに……」
「おおっと、新手の敵の方だったかな?」
 骨と毛皮ばっかで食べるところなんてないよ、猫なんて。そんな風に嘆きながら肩を落とす。「あのサイズなら腹一杯になるまでに五匹くらいは食べないと」などと考えていた湖武丸も、その様子を見て、あれがただの猫ではないと察したようだ。
「おい、そこの妖怪。その猫を離してやれ、だめなら斬るぞ」
「おや、やっぱり助けてくれるのかい? でもねえ、言って聞く相手なら苦労はしないんだよこれが」
「なに?」
 湖武丸の方を一瞥した巨漢の妖怪は、大吾の言うように一切気にした様子もなく、食欲のままに口を開いた。そして摘まみ上げていた大吾の身体を、おもむろにそこへ放り込む。
 おい待て、と口にする暇もない。慌てて地を蹴った湖武丸は、大吾が妖怪の口の中に消える前に、どうにかその手で捕まえた。
「ちょっと、しっぽを掴むのはやめてくれないかね」
「贅沢を言うな。緊急事態だったろう」
 駆け抜けるようにして距離を取り、大吾を下ろしながら巨漢の妖怪を振り返る。食べ損なった獲物へ、のっそりと首を向けたその妖怪は、その目に怒りを滲ませている。
『邪魔……すんなァ……!』
 目が血走り、元々赤い顔がどす黒いまでに染まる。背中から噴き出しているのは、湯気と言うよりは蒸気と呼ぶべきだろうか。
 どうやら、戦闘は避けられないらしい。相手の様子に溜息を吐きながら、湖武丸は腰に佩いた刀に手を遣る。
「お前も戦えるなら抵抗すればいいのに」
「あたしはね、喧嘩ってやつが苦手なんだよ」
 そう返した大吾が前足を示す。ごらんよこの小さいおててを。叩いたって驚くのはトカゲくらいのもんさ――。
 要するに戦う気はないらしい。やたらと口の回る相手に、湖武丸は抗弁を諦めて溜息で返す。
「まぁ、いいさ。俺だけでも倒せるからな」
「もちろん、お兄さんなら難なくやれるだろうとも。じゃああとは頼んだよ」
「わかったから。食われないように離れておきな」
 礼はおにぎりでよろしく。そう言って、湖武丸は唸る敵に向かって踏み込んでいった。

 鞘鳴りの音はほんの一瞬、居合の型で振るわれた刃が、こちらに伸ばされていた巨大な腕を切り裂く。
『ぐおォ……!?』
 鋭い刃による傷と、飛び散る鮮血。妖怪は慌ててその手を引っ込めた。
「怖いか? ならば大人しく――」
 湖武丸の警告を聞く様子はなく、妖怪は代わりに近くの屋台の椅子を持ち上げ、こちらに向かって放り投げてきた。その程度大したことはないのだが、テーブルに食器、金属製の看板まで飛んでくるとまあまあ話は変わる。
「いい加減にしろよ……!」
 というか無闇に店を壊すな。飛来するそれを真っ二つにして、間合いを詰めようとした湖武丸は、そこで異常に気付く。
「鍋ごと……いや、鍋を食ってるのか……?」
 適当なものを投げて時間を稼ぎ、何をしているのかと思えば――。敵の奇行に戸惑いながらも刀を振るう。しかしとどめを刺すはずのその刃は、黒ずんだ敵の体表に弾き返された。
「……何だと?」
 先程とは明らかに違う手応え。衝突時には金属のぶつかる音さえした。そもそも、この妖怪はこんな黒ずんだ色をしていたか?
「お兄さん、あいつは食べたものに応じて体を変化させてるみたいだよ」
 そこで、後ろでのんびりと見ていたらしい大吾からそんな声が届く。
「……つまり?」
「今なら電気がよく効くんじゃないかい?」
 なるほど? ものは試しとばかりに、湖武丸は刀身に電撃を宿らせる。
「轟け」
 その言葉と共に紫電が爆ぜる。刀から走る稲妻は、吸い込まれるように巨漢の妖怪へと伸びて、その身を打ち据えた。
 びくりと身体をひとつ跳ねさせて、ぶすぶすと煙を上げながら、巨漢の妖怪が倒れていく――。

 地響きと共に倒れた妖怪は、どうやらもう立ち上がっては来ないようだ。刀を鞘に納めると、ようやくこの屋台街にも静けさが戻ってきた。
「お見事。さすがだねえお兄さん」
「ああ……・まあ、そちらも無事なようで何よりだ」
 見たところ怪我もしていないようだ。周囲の建物には戦闘の余波による被害が出ているが、元凶を断ったのだから許してもらえるだろう。とはいえ、事態の収拾をどう付けたものか。
「お兄さん、何か食べるかい? あたしも恩知らずな猫じゃないんだ。一杯ぐらい奢ろうじゃないか」
 少しばかり思い悩んでいた湖武丸に大吾が尋ねる。
「そういえば握り飯が欲しいと言っていたかな? 一杯と言ってもどんぶりめしのことじゃなくてね。どんぶりめしでもいいんだけどね。お酒はやらないのかい?」
「……ああ、酒もいけるが今は飯がいいな。運動をしたら腹が減るのが道理だ」
「そうかい、じゃあ仕方がないねえ。あたしは炙ったささみで頼むよ」
 なんで残念そうなんだ。そんな指摘を差しはさむまでもなく、大吾は続ける。
「とはいえ、今日はこの辺の屋台は店じまいだろうね」
 ……なるほど、と湖武丸は頷いた。ことの説明に店主達への対応、諸々面倒くさい後始末など、さっさと投げてしまえば良い。
 何より、飯を食いに来たはずなのに、まだ何も腹に入れていないのだから。
「じゃ、何処かの店に行くとしようか」
「そうしよう。丁度おすすめの店があるんだよ」
 先導するように駆けだした大吾に続いて、湖武丸は足早にそれを追いかけていく。
 日暮れの風に提灯が揺れて、ゆらゆらと踊る二人分の影が、屋台街から去っていった。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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