|本日晴天スープ日和《Pansy Garden》
———あ~あ~、こちらオトナリオフトゥン部隊、ヨシマサ・リヴィングストン 。本日もご機嫌で天晴なお天気で~す。オ~バ~。
———あーあー、こちらオトナリベッド部隊、渡瀬・香月。天気了解。見張りは依然としてこちらを警戒中。こっそり散歩も難しいと思われる、オーバー。
———まぁじで~?も~、敵強過ぎて泣きそうっすわ~、オ~
「誰が敵ですか、誰が」
じとり。剣呑な視線を水垣・シズクが向ける。
その先にあるのは、お見舞い品のバナナを無線機にしたヨシマサと、洋梨を無線機にした渡瀬の姿だ。天使の少女を巡った事件の解決から早四日。その戦いの傷が未だ癒えきれぬ二人は、未だに現地の病院にてお世話になり続けている。なにせ一度は|インビジブル化した《死んだ》身。見た目以上にその状態は深刻である。体の機能は随分と戻戻ってきてはいるものの、本当に元の通りになるには今少しの時間が必要なのだ。勿論、二人共それは重々理解してはいるのだが。
「「シズクさん?」」
「疑問形なら言わないでください」
「「えー?」」
「えーじゃないですっ」
入院してからずっとベッドの囚人と化している彼らは、今日も今日とて暇を持て余している。
「もうっ、今動いたら危ないんですからね?わかってます?」
「うん、わかってるよ。心配かけてごめんな?たださ、疑問っていうか不安というか。動かな過ぎていざって時に本当に動けるのかなーって」
「うーん、お気持ちはわかりますけど、駄目です。また無茶しちゃったら今までの我慢が水の泡ですよ?」
「それは……困るかなぁ」
「でしょう?だったら諦めてお昼寝でもしましょう。寝ればあっという間です」
「え~寝るの飽きたっす~。シズクさんこそずーっと見張り続けてて眠くありません?お昼寝してもいいんすよ~?今日滅茶苦茶いい天気で~、気持ちの良~いお昼寝日和だと思うんすよね~?」
「私が寝てる間にお二人が抜け出しても困りますからねー。しばらくは起きてますよ」
「「ちぇー」」
「ちぇーってなんですかちぇーって」
もう。っと水垣が頬を膨らませれば、むう。彼女とは別に意味合いでヨシマサも頬を膨らませる。そのまま軽く睨み合う様は、齧歯類の決戦。互いの頬にはおそらく、不平不満がこれでもかと詰め込まれているのだろう。ぷくぷくのぱんぱんに膨らんだそれらに苦笑を浮かべつつ、まあまあ、渡瀬が二人の間でひらひらと手を振った。
「なんかゲームでもする?」
「ゲーム、例えばどんなっすか?」
「んー?山手線ゲームとか?」
「食べ物縛りだとお腹空くからダメ~ッ」
「じゃあ連想ゲーム?」
「今連想するものがバナナしかないんで駄目っす~」
「なんだそりゃ。じゃあなにやる?ヨシマサのやりたいのでいいよ」
「ん~……なんでもいいっすよ?」
「なんでもいいなら……しりとり?」
「却下。しりとりは100万光年前に飽きてま~すっ」
「なんでもよくねぇじゃん、あと、光年は距離な?」
「距離~あ~光の速さで退院したい……」
「それは同感ー……」
「まあまあお二人共っ。それじゃあ、ウミガメのスープとか如何ですか?」
「「ウミガメのスープ?」」
「そうそう」
頬を元通りにした水垣が頷く。
「ウミガメ……あー、なんだっけそれ。名前は聞いたことあるわ。難しかったりする?」
「ルール自体は単純ですよ。水平思考ゲームって言って……」
出題者と回答者の二手に分かれ、出題者が出した問題の真相を回答者が当てるという極めて簡単なものだ。回答者は問題に対してYESかNOで答えられる質問を投げかけることが出来る。対して出題者はYES、NO、どちらでもありません、という回答を返し、回答者に答えを推理してもらうのだ。その他諸々の細かい説明を水垣から受けつつ、二人は感心したように声を漏らす。
「いいかも、結構面白そうっすね~」
「うん、俺も興味ある。やってみたいな」
「いいですよ~。それじゃあ簡単な問題から出題しますね!」
「「おーっ!」」
それでは、と、軽く咳払い、水垣が出題を始める。
最初はぎこちなく質問を繰り返す二人だったが、次第に勝手が掴めてきたのだろう。時にヨシマサが鋭い質問で確信を突き、
「はいはいは~いっ!答えはずばり ———!!」
「そうです!ヨシマサさん大正解です!」
時に渡瀬がこれまでの経験や知識を駆使して問題の本質を見抜く。
「あっ、わかったアレだ!答えは ———!!」
「その通り!渡瀬さん大正解です!」
そうして段々と、水垣が出題する問題の難易度も上がっていく。
「それでは次は少し捻った問題ですよ」
問題。とある夫婦は、互いの素敵なところやいかに互いを愛しているのか、そんなことを年がら年中言い合っては幸せそうな顔をしている。しかしそんな彼らに出会っても、彼らが夫婦だとはわからないだろう。それはいったいなぜ?
「なんだろうな……えっと、その二人は本当に夫婦ですか?」
「YES。お二人は正真正銘の夫婦です」
「む~ん?じゃあ、お二人は年に一度しか会えない人達?」
「NO。織姫と彦星の様な関係ではありません。毎日会ってますね」
「「んー?」」
なんだろうな。渡瀬が呟く。ヨシマサも首を捻る。
その後も確信を掴める質問がなかなか出来ないまま、なんとなく思いついた答えを水垣に告げては、違いますとバッサリ切られていく。
「あっ、お嫁さんが二次元アイドルで、毎日画面越しに愛を伝えているとか?」
「違います。それだと一方は想いを伝えられてももう一方は返せませんよね」
「あ~違うんだ。ボクもちょっとそれ考えたんですよね~」
ますますと首を傾げる二人に「ギブアップしますか?」水垣が悪戯っぽく歯を見せた時だった。
「答えは、夫婦は老夫婦で共に認知症を患っていた為互いを互いと認識出来ないから、だよ」
病室の入り口から声が聞こえた。幼さの残る少年の声。
「正解です……」と、目を見開いた水垣が、同じ表情を浮かべた二人がそこを覗き見れば、見知った星詠みの、クルス・ホワイトラビットの姿があった。「お加減はいかが?」と何食わぬ顔で歩み寄って来る彼に、三人は少々面食らったようで。
「「「クルスさん?!」」」
揃って声を上げた三人に、「そうだよ」クルスは悪戯に成功した子どもの様に肩を揺らした。
———
「……って感じで~、も~毎日退屈で仕方ないんすよ」
「そう、退屈するくらい元気なんだね。退院まではまだまだかかるのかい?」
「お医者様と私の見解的にはあと二日ですね」
「ふぅん、そう……退院したらどうするの?」
「そうだなぁ……俺はとりあえず店の様子見に行って仕込みやらなきゃなー」
「店?仕込み?」
「あ~クルスさん知らないんすね。香月さん、飲食店の店長さんなんすよ」
そこまで言って、あっそうだ!とヨシマサが目を輝かせる。
「今度香月さんのご飯食べにきません?Gimelってお店なんすけど。ハンバーグがメチャうまなんですよ~。ボクらの退院祝いしてくださいよ~。あ、でもシズクさんに奢る約束したんでご飯代はボク持ちなんですけど~」
「ハンバーグ……」
「そうっすよー。あ、もしかして食べたことないっすか」
「馬鹿にしないでおくれ、名前は知っているのさ」
ああ、食べた事はないんだ。奇しくも三人の心の声が重なる。
「……何?」
「いや、もし来てくれるなら腕によりをかけて作らなきゃなって思ってさ」
「そっか……ねぇ、チーズ入りは作れる?」
「チーズ入り?勿論、任せてくれていいよ。他にも和風から変わり種まで何でも作れるからさ、その時に食べたいものを言ってくれても大丈夫かな」
「ふぅん、それなら、うん……また気が向いたらお邪魔させてもらうよ」
「ああ、いつでもどうぞ」
そうして笑顔を浮かべたところで、渡瀬が「そうだ」声を上げた。
「個人的にクルスさんにちょっと聞いてみたい事があるんだけど、いいかな?」
「返答は内容次第だけど……なんだい?」
「まあ答え辛かったら答えられないでいいよ。なんていうか、星詠みさんの予知ってどんなふうに見えるのかきになってさ。夢みたいな感じ?それとも映画?」
「ああ、そういう事……」
ふむ、と、クルスが口元に片手を添える。
視線を感じてちらりとそちらを向けば、渡瀬同様、興味津々とこちらを見つめる水垣の姿があった。「そうだね」ひとつ呟いて、クルスは徐に本を取り出す。
「ボクの場合はコレに綴られる。挿絵と文字の、それこそ絵本のような形で、白紙の頁に大まかな概要のみの物語と、それを放置したらどうなるかの結末が浮かび上がって来るんだ……多分、キミとボクとでは見え方は違う筈だよ」
「ええ、そうですね……確かに私はその、本を介したりはしませんから」
水垣のそれは、クルスのとは全く違う。
断続的な映像が、光景が、そこに挟まる声や雑音が、複数回ブツ切りで視えるのだ。端的に言えばフラッシュバックのような感じだと告げれば、感心したように渡瀬が声を漏らす。
「なるほど。星詠みって言ってもいろいろ違うんだなー……」
「そうだね、関係しているかはわからないけど、星詠みは星詠み同士で同じ星を詠む事は出来ない。ボクにはボク、キミにはキミの星しか見えない。だからもしかしたら必然的にその見え方っていうのも、星詠みに相応しい形に変わっているのかもしれないね」
「へぇ~、なんか未知の世界を覗いた気分っすわ~」
興味深い事を聞いたと言わんばかりに、頷く渡瀬とヨシマサ。そんな二人に、クルスがそう?と小首を傾げた時だった。
「あの、星詠みは自分が予知した事件を直接手助け出来ないじゃないですか。それってどう思ってます?」
「?」
ふと、零された静かな言葉。三人の視線が一斉に水垣へと集まる。
彼女の目は真っ直ぐにクルスへと向けられている。きゅっと引き結ばれた唇には、その質問に並々ならぬ感情が込められている事を示唆しているかのようだ。クルスが小首を傾げる。その瞬間、はっと、我に返ったように水垣が両手を顔の横で振った。
「あ、いえ、単なる好奇心なので、答え難い事だったら、」
「そうだね、歯痒いよ」
ふっと零されたその笑みは、まだ年端もいかない少年の物とは思えぬもので。
静かな憂いに満ちたその瞳が何よりも雄弁に彼の胸の内を語る。
「誰かが必死になって戦って傷付いているのに、それを指を咥えて見ている事しか出来ないんだ。そこに何の感情も沸かない訳がない。今回の事件だってそうだよ……本当に、無事に解決出来て良かった……だから、えっと、改めてお礼を言わせておくれ。ありがとう」
そうしてクルスはそっと頭を下げた。
そんな、と、どこか慌てた様子の水垣の側で、渡瀬も困ったように笑みを作る。
「いやいや、そんな改まらなくていいよ。俺達は俺達のやれることをやったまでだし」
「そうっすよ~、もっと堂々と感謝して欲しいっす」
「ヨシマサさん?!」
意外過ぎる言葉のチョイスに、目を丸めたのは水垣だけではない。
刹那に集まる視線をものともせず、ヨシマサは唇でブーイングの形を作る。
「だって皆ボクらにバカって言ってくるんですよ~。ボクら結構今回身体張って活躍したと自負してるんす~。クルスさんは頑張ったねって褒めてくれますよね~?」
「え?あ、うん。それは、勿論……?」
「あ、駄目ですよクルスさん、甘やかさないでください」
「駄目っすクルスさん、甘やかしてください?ボクらすっごく頑張ったでしょう?ね?ね?」
「ヨシマサさんっ。まぁ頑張ったというのはそうなんですけどー……むぅ……やっぱり駄目です!流石に無茶しすぎです!かなり心配したんですよ?褒める前にクルスさんからもなんとか言ってやってくれませんか」
「え、えっと?」
クルスが戸惑いながら視線を彷徨わせる。
水垣は心からの言葉だが、ヨシマサは多少揶揄っている部分もあるのだろう。にやにやと口元を緩める彼にクルスがますます戸惑っていれば、「こらこら」渡瀬が助け船を出した。
「終わった事はもういいじゃん。それよりなんかゲームでもしようよ」
「ゲーム……!いいね、ボクもやりたい」
「お?それじゃあ、やりますか~。さっき解答泥棒したから、クルスさんが出題者って事で」
「いいよ。任せておくれ」
そう得意そうに胸を張る少年に、三人も笑顔を浮かべる。
問題。
とある病院には健康な人ばかりが来る。
しかも、その一部はとある病院に来てから体調を崩しだすのだ。
なぜ ———?
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功