ある吟遊詩人より~猛き黒竜の物語
昔々のそのまた昔。――これは老いたエルフの詩にのみ語り継がれる物語だ。
世界に未だ竜が栄えていた時代、この世のすべてを手に入れようと暴虐を奮う黒き竜がおりました。その者の恐ろしき御名は忌むべき言葉として広まって、誰もかれもが口にしようとはしなかった。
黒竜は強大な力を持ち、そして若く傲慢な竜だった。強者が支配し、弱者は従う。ならば強き余こそが王となり、やがてこの世の神となるのが道理である。
「支配せよ! 敬わぬ者は滅ぼせ! 我らは偉大なる存在であるが故に!」
黒竜の野望は留まることを知らず……ある時は山の頂をその爪で裂き、またある時は大河をすべて干上がらせた。その咆哮は大地を揺るがし、その翼は空を覆い尽くさんばかり。
皆は黒竜を畏れた。心酔し頭を垂れるものにも、慄き屈服するものにも、王となった黒竜は多くの慈悲を与えた。ある時には竜の財宝を、またある時には肥沃なる土地を。それこそが強き者の定めとして、黒竜は従順なる者に大いに与え、歯向かう者には滅びを与え――黒竜の王国は、竜が望んだ通りの栄華を誇ったのだ。
しかし世はすべて常ならず――いつしか栄華は崩れ去る。
滅びが反意を呼び込んで、いつしか臣はいなくなる。
世に現れたるは勇敢なる赤き竜。悪逆の黒竜によって流れた数多の血より生まれ出ずる。赤竜は嘆きの化身、無念の落とし仔。かの暴虐なる黒き竜を滅ぼすために望まれた、より強き竜だった。
「黒竜よ、なぜ殺す。大地は貴様が流させた血でとうに枯れてしまった」
「ならば新たなる地を手にすればよい。大海を渡り、余の支配を広げるまでよ」
「黒竜よ、なぜ殺す。その地にも根を張るいのちがあるだろう」
「それがなんだと言うのだ。強き余こそが唯一の王。唯一の神となるべき竜であるぞ」
赤黒の竜はけして相容れぬ。世界を滅ぼしかねない黒き竜。かの悪逆は討たねばならぬと……赤き竜が戦いを挑んだのだ。
強き竜たちの戦いは、七つの昼と夜に渡る……それは激しいものだった。天が泣き、地は割れる――弱き者のすべてが滅んでしまうほどの大災禍が続く。
しかし七つ目の月が沈むころ……とうとう黒き竜が倒れ伏した。赤き竜の力が黒き竜をわずかに上回っていたのだ。黒き竜にとってそれは初めての敗北だった。
敗北した黒き竜は、竜としてのすべてを奪われることになる。それは強靭なる竜体から始まり、その力に至るまでのすべてを。
「黒竜よ、なぜ笑う。竜の力をすべて落とされたのだぞ」
「これが笑わずにいられようか。やはり余は正しかったのだ」
「黒竜よ、なぜ笑う。弱きものへと貶められてなお、なぜ」
「力で支配することは正しかったのだ。この余こそが、今、そうなったではないか!」
敗北の屈辱の中でなお、満足げな黒竜の笑い声が響き渡る。弱き者へと落とされてなお、力こそが正しいのだと笑う竜。
その魂は永劫に封じられ――かくして、暴虐の竜はその歴史から姿を消したのだ。
昔々のそのまた昔。世界に未だ竜が栄えていた時代、この世のすべてを手に入れようと暴虐を奮う黒き竜がおりました。
弱き者へと変えられた黒竜の魂は、この世界のどこかで目覚めの刻を待っている――
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功