春に咲いた細雪
彼女がその場に佇むと、見覚えのある白と青の舞踏会場がまるで氷雪の城に思えた。もう雪も融けて久しい麗らかな春を巻き戻し、この場に冬を連れて来た彼女はさながら冬の女王のよう。とは言え、女王と呼ぶべきか姫君と呼ぶべきかを悩んでしまうのは、まだ何処かあどけなさが残る面差しや、儚げな雰囲気が為せるわざだろうか。
背景を氷雪に喩えたけれど、この彼女も何とはなしに氷像を思わせた。それは雪の様な肌の白さ美しさがなせるものなのか、もしも手を伸ばしたときに指先に触れる温度は、ヒトの体温よりも氷雪の冷たさの方が似合う気がする。凍った湖面を思わせるアイスブルーの瞳、綺羅星の様にしてその湖面に綾成す氷の結晶。白銀と青の姿の中、物言いたげな唇にだけごく淡い薄紅。春を待てない氷の像だと言われた方が頷けてしまうこの姿。
それでも、肩に遊ぶ銀の御髪の、軽やかに空気を孕んで遊ぶ毛先のあの加減、氷から彫り出すのではどんな名匠も表現出来ないだろうと思う。だからと言ってそれが彼女がヒトであることの証左にはもちろんならない。だってまだ雪の精の可能性だって残っている。
それで、そう、青と言うなら、彼女の纏うドレスもまた美しい色だ。アメリカンスリーブの首元から、膝上で切り替えたアシンメトリーなプリーツの裾の先まで、それこそまるで水の如くに身体の線に沿いながら流れ落ちてゆくライン。一面に配したフロストフラワーからするとそれこそ正しく凍った湖の水面を思うのが正しいのだろうけれども、それより一段深い気がして、たとえば冬の深海はこんな色をしているのかな。この彼女の前でなら海がその色を残したままに凍りついたって不思議ではない様な気がした。そう思ったときに僕はふと、プリーツに沿って連なるベビーパールの煌めきに海の泡を見出して、床に広がる青いマーメイドラインの裾に正しく人魚の尾鰭を見た。もしも冬の海にだけ棲む人魚がいるとしたなら、こんな風かもね。やがて海の泡となり消えてしまいそうな儚さも含めて。
さて、彼女は人魚ではない。故に海の泡にはならないけれど、地上を立ち歩いていてさえ今にも融け消えてしまいそうなこの儚さをどう表せば、——嗚呼、雪だ。雪は雪でも細雪。冬の冷えた空気の中ですら消え入りそうに儚い姿態。
この肖像の描かれた日が春であることに安堵する。この氷雪の姫君が春になっても融けずに存在していると言うことだから。
🔵🔵🔵🔵🔴🔴 成功