『ヒーロー』
「ここがシビック・センターだよ。今日はちょうどアンダー・ザ・ピカソの日で……ビーズアートとかのワークショップとか産直野菜の市場などをやっているね。地元ジャズバンドなんかの演奏もある……」
「ビーズアート! 素敵ねっ! 手作りのきらきらのビーズのアクセサリーとか欲しいわっ♪ でも『アリス』全員に足りるかしら」
シカゴ市警警邏課のジョゼフ・グリーンフィールド(36)は困惑していた。『秘密結社プラグマ』を名乗る組織からの連続爆弾事件は√能力者たちの活躍により見事に阻止され、既に平穏を取り戻したシカゴ。あのハリウッド映画の中に迷い込んだような銃撃戦など夢だったのだ、と思うにはやや時間が足りないところではあったが、それを否応なく思い出させるのはあの時みた、まさしく夢に出てきそうな奇怪な生物——の足を頭髪のようにして隠している幼い女の子『アリス・グラブズ』。『超法規的措置』で日本への帰国までその世話を見ろと、シカゴ警察署長どころかFBIがどうのとかロスアラモス研究所の上級調査員がどうのとか、様々な政府機関のお偉方を名乗る人物たちに名指しで指名されたからである。あんな報告書をあげたからなのか? ジョゼフ巡査は少女を見ながら密かにため息を付く。
「クリアピンク色のビーズに……こっちのホワイトも素敵♪ ねえっ、おじさまはどう思う?」
「えーと、そうだね、その水色のなんか綺麗だと思うよ」
「そーお? じゃあそれも加えて……完成っ♪」
とはいえ、既に3日が経つ。家族には短期のホームステイという体で紹介したが、『怪物』のような素振りなどは見られず、妻のステューシーにはお手伝いをしてくれるいい子で、きっと親御さんの教育が良いのねと、気に入られているし、『見た目は』同じくらいの娘ジェシカとも仲良くやっている(リボンやシールを交換していた)ようだ。
(見た目は少しグロテスクでも、案外いい子なのかもしれないな。√能力者のヒーローもそういうのは多いし……)
今日は平日ということもあって、娘も学校に行っているし暇そうなアリスを連れ出してきたら? という妻の言葉に従って、ジョゼフ巡査はアリスを『アンダー・ザ・ピカソ』——シビック・センターで弊日に行われる催しにつれてきていた。パブロ・ピカソ作『無題』というモニュメントのある広場で時折行われるこの催しは既にアリスがきゃっきゃとしながら参加したビーズアートだとかの文化的な催しがある市民イベントだ。
「そうだ、シカゴ名物のポンチキはもう食べたと言ってたね。だけどこれはどうかな……?」
「わっ! これ、ストロベリーのアイスクリームサンデー? とってもおいしそうっ!」
「そう、シカゴはアイスクリームサンデーの発祥の地なんだよ」
ちょうど隣にアイスクリームサンデーを売っているお店がでていたので、アリスを驚かせようとこっそりビーズアート中に買っておいたのだ。バニラアイスにホイップクリームとイチゴのソースを絡め、そこにちょっぴり大人の風味のミントの葉とクッキーが添えられたなかなか凝った作りのサンデー。女の子はこういうのが好きだろう、というのでストロベリーソースを選んだのはちょっと安直だった気もするが、アリスは目を輝かせている。なんだ、やっぱり年頃の女の子ではないか。
「おじさまありがとうっ!」
「おわあ」
感激したように両手を取り、ぶんぶんと振るアリス。凄まじい力でジョゼフは振り回されてしまった。訂正しよう。年頃の女の子だが、ちからはすごい。肩が外れるかと思った。ちょっと休憩——
「きゃーっ!!!」
その時だ。よく通る女性の悲鳴。ジョゼフは瞬時に警官としての眼になる——通りの向こうにある中古品買い取り店から、目出し帽を被った男たちがテレビだとか中古PCだとかの売れば小金になりそうな家電を、手当たり次第にバンに積み込んでいるのが見えた。強盗だ。こんな白昼堂々!
「皆さん落ち着いて、ここから離れて! 私が対応します。警官です! 警官——!」
非番扱いになっているため、銃を携帯していないが見過ごすわけには行かない。とっさに体が動き、大きくジャンプして——ジャンプ!?
「おじさま、行こうっ!」
「うわあああああああ!!!!」
ジョゼフ巡査はアリスの触腕に小脇に抱えられ、共に、一息で木立よりも高くジャンプしていた。アリスの触腕は柔軟性と筋力を兼ね備える。つまり、瞬発力に必要な『振れ幅』が凄まじいのだ。そのまま木の枝を利用してスイング。さらに加速すると——
「シカゴのヒーロー参上だよっ!」
ドンッ! と既に発車寸前だった強盗たちのバンの真ん前にいわゆるヒーロー着地をキメた! が……
「うわっ、突っ込んでくるッ……アリスちゃん避けろッ!」
強盗たちはこともあろうに、アリスたちに向かってバンを轢き殺す勢いで急発進させた。とっさにアリスだけでも逃そうとするも、そもそも小脇に抱えられている自分が何ができるのか? ジョゼフ巡査はじたばたとしただけであった。危ない——!
「大丈夫 ワタシは——ごっこあそびでも……ヒーローだからっ!」
ガオオン、とバンから悲鳴を上げるようなエンジン音。同時に、車体がゆっくりと持ち上がり、乗っている犯人たちが驚愕の表情を浮かべる。触腕ひとつで、アリスは軽々と車体を持ち上げたのだ。まるで買い物カゴでも持つように、こともなげに。それから、すぐさま駆けつけた他の警官たちによって、『無力化した』犯人たちは逮捕された。当然、アリスがそれに関わっていたことは言うまでもない。
「本当にすごいな、アリスちゃんは……本物のヒーローだよ」
ジョゼフ巡査は、その力を至近距離で二度も見てありありとそう思う。√能力者と能力のない自分を比べても仕方がないが——ほんの少し自信をなくしてしまうな、そう思いかけたその時だった。
「ワタシはおじさまも——ジョゼフもヒーローだって思うな。だって、事件が起きた時、ワタシよりも先に、皆に警告して、駆け出そうとしていたでしょう? 『ごっこあそび』のワタシじゃそうはいかなかった。だから、ワタシはジョゼフといっしょに犯人を止めようって思ったの。本物の『シカゴのヒーロー』といっしょに事件を解決すれば、ワタシもちょっとぐらいは本物のヒーローにちかづくでしょっ♪」
——そう言われて、ジョゼフは救われた気がした。ほんの小さな力かもしれないが、アリスにそうまで言われれば自分だって、と胸を張れる。別に√能力のようなスーパーパワーはないが、この街のことを愛しているし、街を守りたいと本気で思っている。交通誘導だって得意だ。それで十分ヒーローではないか。シカゴという街の、ヒーロー。
「嬉しいことを言ってくれるね……じゃあヒーローのよくやる、おまじないをしよう。フィストバンプさ」
「アメリカっぽい! いいわよっ、おじさまっ!」
ジョゼフ巡査は拳を差し出し、こつん、とそれにぶつけられる小さなアリスの拳。これは二人のヒーローの決して世界の運命とは関係ないが、立派な事件の解決記録だ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功