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再起の呼声は地下軌道と共に

#√ウォーゾーン #ノベル

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 地下鉄とは。通常の鉄道と並び、地下より人々の生活を支える足である。
 大都市圏に於ける地下鉄駅ひとつで、一日平均の乗降員数は少ない駅でも5千人を下らず、最大では50万人を超える事もあり、数字のみでもその重要性を窺い知ることが出来るというものであろう。
 それは、現在の√EDENでの統計であり、√ウォーゾーンと呼ばれる√に於いても、それはごく当たり前の日常であった。
 ――そう。1998年、突如として現れた戦闘機械群による侵略を受け、ほぼほぼ世界を掌握されるに至るまでは。

 其処は、放棄された地下鉄駅のひとつ。
 人の気配が一つとしてないホームも、戦闘に巻き込まれたのであろうか。
 銃弾の痕や破壊の痕跡が壁や天井に生々しく刻まれ、一部に至っては崩落し、上のエリアに至る風穴が空いている。
 電気系統は辛うじて生き残っているようで、管内照明はバチバチと異音を立てながら明滅してはいるものの。その恩恵に預かる人間の姿は一切見えない。
 本来であれば、天井にぶらさがり、列車を待つ人々に次の到着予告を示していたであろう電光掲示板は天井と共に落下しており。
 そしてその傍らには、嘗ては乗務員の控室があったのであろう、銃弾が貫通したと思しき痕跡を残す扉がある。
 その扉の向こう、物置と化したその部屋の片隅に。人の如き姿を持つモノが、仰向けにその身を横たえていた。
 2m程の、黒い甲冑の如き体の表面には目立った外傷は無く、まるで眠っているかの様ではあるが。呼気、鼓動、身動ぎ。其処に生命と呼べるような反応はない。
 ならば、ソレは死んでいるか、と問われれば、厳密には否と言うよりほかはない。
 この世界の住人であれば、ソレの正体は自ずと察しが付くであろう。『戦闘機械群ウォーゾーン』の尖兵。
 人類を殺戮し、総人口を30%以下にまで減少させた、人類の仇敵。
 ――殺戮機械である、と。

 廃墟と化したホームに、中途半端に生き長らえた電気系統の悪戯であろうか。突如として、歪なメロディが響く。

 ――間もなく……電車が 参ります。黄色 い線の……うち 側に……下がって お待ち 下さい。……

 レールも錆び付いたこの駅に、車両が来る事など有り得るのだろうか。しかし、その放送が呼び水となったのであろう。この廃墟と化した空間に、一つの変化がもたらされた。
 暗がりの中にその身を横たえていた、ヒト型の黒い鉄塊。その頭部に、緑色の輝きが明滅し始めたのだ。
 
 ――到着 の……電車は どな たも、御利用できませ ん。

 館内アナウンスに合わせ、ぎしり、と。その腕が掲げられ。指先が一節、一節、丁寧に折られ、握り込まれ。
 次いで足が。頭部が。ぎこちなくも、先程まで眠りに就いていた躯体の動作を確認してゆく。
 今や、明滅していた頭部のカメラアイは、その機体が意志を取り戻した事を知らしめるかの様に、力強く緑色の輝きを灯していた。
「――記憶には、空白が存在する。」
 それが、再起動を果たした黒鋼の殺戮機械、フォー・フルードの第一声であった。

 再起動を果たした|殺戮機械《フォー》は、どれ程の時間世話になったかもわからない、硬い石畳の寝床からその身を起こし。自身の周囲を見回した。
 その一室は乗務員控室から、何時しか物置に役目を変えたのだろう。幾つかのロッカーが並び、何らかの機材が収められているのがカメラアイに映る。視覚野に、異常はないようだ。

 ――当機の名称、『フォー・フルード』。
 ――腕部、脚部、胴部、頭部。全て損傷は無く、通常動作に異常なし。
 ――能力チェック。特化技能、敵地潜入、及び狙撃。

 己の能力を把握してみたところ、一部を除き、エラーが吐き出される分野は無い。
 これならば、作戦行動にも支障を来すことは無いであろう。
(作戦?私は、何をすべきなのでしょうか。)
 そう。殺戮機械であるからには、この技能を活かす装備と、何より上官からの指令が必要となる筈なのである。
 それが今現在判明している中で唯一、フォーがエラーを吐き出す箇所……|記憶野《ログ》であった。
 戦闘能力のデータはある。然し、それを活かしたであろう過去の戦闘データの一切を閲覧することが出来ない。
 |閲覧者制限《ロック》が掛けられているどころか、その一切が空白となっているのである。
(基本的な知識は、あるのですが。何とも不可解ですね。)
 そう。彼の電脳に、この√ウォーゾーンが辿って来た歴史、『戦闘機械群ウォーゾーン』と『人類』の基本的な情報はある。
 そして、『√能力者』なる存在の|情報《データ》を閲覧することも出来る。
 然し、自身の所属と、性能を最大限に活かすべく与えられる筈の指示や命令などの情報が、一切見当たらない。
(この様な戦闘の痕跡が残る空間に在り、当機も充分な戦闘能力を有している。ならば、此処でなくとも、交戦記録のひとつでも残っている筈。)
 自身の不可解な現状を一つでも整理しようと、電脳の再|走査《スキャン》を重ねるも、答えは一切の空白。無いものは無い、という覆しようのない現実のみ。
 更に。自ら自問した言葉の中に、更なる疑問が浮かぶ。
(……交戦?人類とは『友好的』であるべき筈。ならば、誰と?殺戮機械でありながら、殺戮機械を撃つのが当機である、と?)
 存在のあり方について益々疑問を深めるフォー自身でも、知る由のない事ではあるが。
 判明している中では、彼のAIにはひとつばかり秘密があった。
 ――『友好強制AI』。言うなれば偽物の人格が、彼の身には移植されている。
 それが何者の手によるものかはわからない。然し、移植された友好人格が正常に動作し、『人類の敵対者』としてのフォーの存在を消滅、或いは封印に成功した事だけは確かな様だ。

 再起動を果たしたからには、何らかのアクションを起こさねばなるまい。人類に友好的なら、友好的らしいことをするべきだ。
 ならば、ヒトの気配が一切存在しない|地の底《ここ》にいても、仕方がない。フォーは周囲を見回すと、暗がりの中に、一つの長竿の如き武装が転がっているのを発見する。
(――ああ、これは。狙撃を得意とする『私』に、相応しい武器ですね。)
 その名は、『WM-02』。狙撃兵型戦闘機械に配布されたという武装であり、後の彼の戦いを大いに支える事になる、相棒とも言える武器である。
 しかし、今の彼に、この銃が以前の『彼』をどの様に支えたかという|記録《ログ》は一切ない。
 狙撃に特化した自分が何故、この様な閉所に身を横たえる事になったのか。
 この狙撃銃が真に自分の装備であるならば、この様な長竿の如き狙撃銃が地下鉄駅という空間でどの様に役立ったのか。
 記憶を漂白され、空白を作られた今となっては、知る術もない。
(ああ、あと、これも。私の装備なのでしょうか。)
 フォーの背丈に合った服、多用途に用いることが出来るであろうハチェット『center pole』、そして、フックショット『KV-55』……いかなる理由があって、武器や服が置いてあるのかもわからない。
 何らかの餞別の品の様にも思えるが、定かでないことを探ったところで今は栓無き事であろう。
(アンカーの射出機構。これも、弾道計算が応用できそうですね。移動、戦術の幅が広がる事でしょう。)
 こうして、記憶の無い我が身に不思議と馴染む、しかし恐らくはかつての自分のものであろう装備を身に着けて。フォーは穴だらけの、しかし新たな扉を開く。

(他に私の手掛かりがあるかと思いましたが。どうやら、嘗ての私を知る『かも』知れないのは、この衣服と武器たちだけのようです。)
 ひとしきり無人のホームを歩き回ってみたが、これ以上の装備は見当たらなかった。
 また、ホームの向こう、トンネルの暗闇の先は、どうやら上下線ともに低位の戦闘機械が徘徊しているようだ。
 武器は手元にあるとはいえ、満足なメンテナンスと動作確認も出来てない以上、交戦するのは得策では無いであろう。
 この状況では今すぐにトンネルを伝って探索し、隣駅に行く、などという選択肢を取る事は出来まい。
 復旧は装備と時間を確保してから、ゆるりと取り掛かればよいであろう。
(ああ、ならば、折角ですから。戦闘動作の確認もしてみましょうか。)
 足元に転がる瓦礫を拾い上げてみて、遠くに転がる自販機、そのスイッチのひとつに狙いを定め、投げてみる。
 一つ柔らかく投げようと、二つ早く投げようと、皆中。
 特化した技能である狙撃、それを可能にするであろう弾道計算の能力は生きている。
 これならば、狙撃銃とフックショットの弾道予測も可能であろう。このホームより上の状況が不明である以上、音の鳴る銃の試射は控えるが。計算能力が正常である事が分かっただけでも、咄嗟の交戦に陥っても即応できる筈だ。
 これ以上の収穫は無いであろうと見たフォーは、『B2階 改札』を示す案内板に従い、所々崩れ、瓦礫に埋もれた階段を昇ってゆく。
(かつての私は、何を想い、この階段を降りたのでしょうか。……いえ、運ばれただけなのかもしれませんが。)

 地下二階、改札階。辛うじて生きている電気系統のお陰で、我楽多となった改札を通る際にも掠れたチャイムが鳴った。
 沈黙した券売機に、所々穴の開いた運賃表。往時には、この券売機のボタンに友人たる人類も触れたのであろうか。
 フォーは券売機のボタンを押してみるが、機械は何も答えず、人類の温もりも無く。ただ、かちりと乾いた音が鳴るだけ。
 そこからクリアリングをしながら歩いてみて分かった事だが、敵地潜入能力に秀でるというのも、どうも真実であるらしい。
 万が一の遭遇戦に備えてはいたが、大柄で重たい機械の体も、まるで猫の様に滑らかに足音を殺すことが出来る。
 そうして行き着いたのは、ホーム階の乗務員控室とは異なる、駅員控室。そして勤めていた者たちが使っていたであろう、職員用ロッカーの数々。
 かつて人類がこの駅で戦い、或いは何らかの業務を熟し。地下鉄という人類の|動脈《日常》を維持する事で殺戮機械たちに抗っていたという、確かな痕跡。
 果たして、この駅がどれ程の年代に放棄されたのかは不明であるが、破棄を免れた書類を集め、目を通していけば、何れは様々な『現場の情報』も見えて来る事であろう。
(現場の情報、ですか。ならば猶更、私は今の世界を知るべきなのでしょうね。
 地上に出る事で、上官からの指令が届く可能性も捨て切れません。)

 辛うじて天井にぶら下がっている行き先案内板を頼りに、フォーは地上への出口を探す。
 道すがら、人類、或いは機械の遺骸、残骸の類を見なかった事に微かな疑問も抱くが、トンネルから殺戮機械たちが|此方《ホーム》側に入って来ない理由とも何かしらの関連があるのであろうか。
 この駅にも、探索し甲斐のある要素を感じつつ、行き当たったのは出口表示。
 地上へ続く長いエスカレーターは、どうやら電源を喪失し、長い階段と化しているが。どうやら、地下1階を貫いているようであった。
 この先に何が待つのであろうか。何処か機械らしからぬ、期待の様なものを電脳に抱きながら、長い、長い階段を一歩一歩踏みしめて。
 昇り終え、障壁としての意味を為さなくなったシャッターの先に、眩い外の光が差し込んでいる。
(ああ、きっと、嘗ての『私』も幾度となく見てきたのでしょうが。知識にあるものとは違いますね。
 光、風、音、におい、湿度。多種多様なデータが複雑に絡み合い、新鮮な心持です。)
 吹き込んでくる風、センサーを刺激する光、電脳に流れ込む膨大なデータを前に。
 フォーはただただ、破れたシャッターの向こう、自由に雲の流れる天を見上げた。
 と、そこで。彼を起こした|機械の悪戯《グレムリン》が、再び掠れたアナウンスを構内に流す。

 ――本日 の、電 車の出発 予定は、あ りません。……

 何の因果でか、目覚めさせた癖に。今度は地下に引き留める様な口ぶりだ。
 しかし、例え電車の出発の予定は無かったとしても。
 外へ一歩、踏み出そうとする鐵の脚を止める事は叶わない。

(――そうですか。これが、私の生きる世界。)

 何故なら、今の彼は|元の仕様に逆らう、狂った機械《ベルセルクマシン》。
 それこそが、新たな黒鋼の狙撃兵、『フォー・フルード』なのだから。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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