シナリオ

雨花幻の戯れ

#√汎神解剖機関 #ノベル

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 視界の端を、何か蒼いものが横切っていった。
 テイクアウトしたホットドリンクのリッドに唇を寄せていた雨夜・氷月は三日月が浮かぶ宵色の瞳を滑らせてみたが、ただ|日中《ひなか》にも関わらず薄暗い路地裏が広がっているばかり。漂う空気は相変わらず陰鬱で、どこに居ても何者かの視線を感ずるような、いたって普通の仄暗さ。
 まだ熱いドリンクを一気に煽ると容器をペールに投げ入れ、気配がしたほうへと近付いていく。爪先がそちらに向いたのは、単なる気まぐれだった。厭いた日々に少しでも彩りが得られればいい――そんな、ちょっとした好奇心。
(「つまんなかったらすぐ捨てればいい」)
 薄く笑う氷月の表情はどこか軽薄であったが、細められた双眸には喜色が孕んでいる。暇を潰せるならどんな玩具でもいいと考えているのが、ゆるく弧をえがいた唇から察せられた。
 左右に迫った建物は五階建てであったので路地裏から見える空は遠く、そして狭かった。すれ違うのもやっとな細い路地を足早に進んでいく途中、一匹の鴉が頭上を通り過ぎて行ったので、何とはなしに空を仰いだとき、
「……おっと」
 足元を何かがするりと通り抜けていく感触がして、歩みを止める。
 それは、蒼い炎だった。路地裏の薄闇のなかを揺蕩うようにゆらめく炎は、氷月の視線を受けてか、その場でふわふわ静止する。手を伸ばせば触れられる距離を保ったまま、氷月は少し首を傾げていた。先ほど視界の端に見えたのはこの炎だろうか。
 ここは√汎神解剖機関。そんなこともあるのか? と正体を見てどこかがっかりした気持ちになりながら仔細を眺める。よく見れば、炎は小さな花が密集しているような形をしていた。少し顔を引いて見てみれば、紫陽花のようにも見える。
「――見つけた」
 背後から聞こえたのは女の言葉。
 氷月が頸だけで振り返ると、髪も着物も真っ白な女が息を切らしてこちらに駆け寄ってきたところであった。胸に手を当て、乱れた呼気を繰り返すその女は、氷月のほうを見て「すみません」と低頭したあと、右手に持っていたちいさな箱を突き出して、炎に向かって呼びかける。
「さぁ、こちらにいらっしゃい」
 だが、炎は女の言葉を無視してふわふわと高く舞い上がった。それから、まるで困っている人間をからかうように、ギリギリ手の届かぬところをふよふよ飛ぶ。
「ああもう、悪い子ね……」
 まだ息が整っていないのか、女は声を掠れさせながら額から滲む汗をハンカチで拭い、それから吐息した。氷月は炎を指差しながら声をかけてみた。
「あれ、アンタの?」
「そう……ですね。正確には、知人から手に負えぬからと譲り受けたんです」
 手に負えない、という事情が何となく分かった気がして、氷月は「あー」間延びした|応《いら》えを寄こす。氷月はちらと炎を見上げて、それから女が手にした小箱に視線を落とした。
 小箱は女の手のひらにおさまる程度のサイズであった。木製で、上蓋にはガラスがはめ込まれており、小さな真鍮の留め具がついている。炎がこのちいさな箱の中に閉じ込められていたのであれば、なるほど抜け出して自由に飛び回りたくなるのも分かる気がした。
「貸して」
 え、と女が短く息を呑んだとき。すでに氷月は女から小箱を取り上げ、地面を蹴っていた。腕を伸ばすと炎はぼぼぼと勢いを強くして大きく膨らんでみせる。
「それ、威嚇のつもり?」
 鼻で笑った氷月は、構わず逃げ場を塞ぐように炎の真上に小箱を翳して、腕を一気に振り下ろす。だが、すんでのところで隙間を縫うように掻い潜った蒼い炎は、いそいそ逃げてゆく。距離を取られてしまう前にとボトルコンテナを足場にして壁を走り、二階のベランダに手をかけ大きく身体を振ってジャンプすると、炎の背後から小箱で掬い、そのまま指先だけでぱちんと蓋を閉じ施錠する。
「あら、まぁ……」
 しなやかな身のこなしで猫みたいに着地した氷月を見て、女はぽかんとした表情で立ち尽くしていた。氷月はそんな彼女のもとへと近付くと、炎を閉じ込めた小箱を差し出す。
「ん」
「ありがとうございます。お手数をおかけしてしまって……」
 そろりと両手で受け取った女は、それから思い出したように顔を上げると低頭した。
「申し遅れました。わたし物部・真宵と申します」
 √妖怪百鬼夜行で|骨董屋《アンティークショップ》を経営していると彼女は言った。
 この小箱――もとい蒼い炎は店に並ぶ予定だったのだろうか。それにしてはずいぶんと危なっかしくて、やんちゃな代物のようだったが。そんな氷月の胸中に気がついたのだろう、真宵は「商品にはなりそうにありませんね」と微苦笑した。
 と、その時。
 カタカタカタ。と小箱の蓋が小刻みに揺れて、二人の視線が落ちる。ガラス越しに見える炎は、小さくなってはいたけれど、これはこれで不可思議でありながら美しく、それでいてこの昏い世界に蒼がよく映える。雨に濡れた花のように色が濃くて、鮮やかだ。
 真宵は数瞬思案したのち、なんとつまみを外して小箱を開封してみせたではないか。
 するとたちまち外に飛び出してきた炎が、空気を含んで一気に膨れ上がり、大輪の紫陽花に咲くと、そのまま花びらを散らすように、あるいは雨のしずくを垂らすようにちいさな火の粉を零しながら氷月の周りをゆらゆら飛ぶ。
「……どうやら、あなたのことを気に入ったみたいですね」
「――なんで?」
 目を丸くした氷月の問いに、女は答えない。ただ、何だかおかしそうに小さく微笑むばかり。
 小動物がじゃれつくように氷月の周囲を飛び回る蒼い炎幻の真意は、きっと誰にも分らない――。



「雨花幻」
その花を摘んではならない。手折れば移り気は無情となり身を焼き尽くす炎となるだろう
元アイテム:破壊の炎

一見すれば美しいのに、けれども酷薄な様子をもとにご提案させて頂きました。
ゆらめく本体は紫陽花のように、散る火の粉は雨のしずくのときもあれば、花びらのようでもあり、全体的に「六月の雨」をイメージしております。
小箱の扱いもご自由にどうぞ。(お手持ちのアイテムから炎が現れる、といった演出も素敵だと思います)
名前・説明ともに改変もご自由にしてください。また無理に作成されなくても構いませんので、新アイテムを作成する手助けになればと思います。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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