永眠、行方も知れず
なあ、アンタ『ウェンディゴ症』って知ってるか? いや、知らなくても良いんだ。知らなくても構わないから、俺の話を聞いてくれ。これは俺の実体験だ。勿論、俺自身は今でも『夢』であってほしいと願っている。だけどよ、あれは現実に起こった出来事で、俺は巻き込まれてしまったんだ。念には念を入れて、念押しと謂うものをしておくが。俺はな、如何して俺が『生きているのか』すら曖昧なんだぜ。何……? もったいぶってないでとっとと話せ? あ、ああ……そうだな……アンタの言う通りだ。あの時、俺は『仕事だ』つって言われて、導かれる儘に向かったんだ。何でもよ。現場は想像もつかないほど、想像を絶するほどの地獄だから覚悟しておけってな。俺が、俺達が、汎神解剖機関の『清掃係』である俺達が、地獄を地獄としてすらも認識でない俺達に、そんな事を謂うなんてな。あの時の俺は『この監視官、新人なんだな』って思ったさ。いや、実際、俺は甘く見ていた。あの光景は、あの景色は、しっかりと『地獄』って有り様だったぜ……。
そう。俺が最初に視認したのは『死体』だった。いや、正確には『死体だったもの』だ。ぐちゃどろに融けた人間の肉が、ゆっくりと、何かしらへと変形していく。ああ、此処までの描写なら、アンタも見た事があるだろうさ。重要なのはこっからだ。変化した『死体』は莫迦みたいに、狂ったみたいに、吼え始めたんだ。俺の脳髄が正常なら『あれ』は猟犬なのかもしれねぇ。で、猟犬みてぇなやつは、一斉に、悪鬼としての活動を始めたんだ。手当たり次第に、爆発したみたいに、清掃係の連中を悉く汚染し始めたんだ。そう、アンタ、アンタの考えている事、よぉくわかるぜ。如何して『俺』が此処にいるのか、そうだよな。いや、大丈夫だ。俺はまだしっかりと『俺』だし、俺は俺の存在を保持している。アンタと会話出来ているのが何よりも証拠だ。俺は欠片ほどの『うらみ』も有しちゃいねえよ……。
個体名:弔焼月・滅美
人間災厄『大君主ミゼーア』
政府機関管轄組織【窮極の門】が√汎神解剖機関において発見、多数の政府機関組織が協力し収容に成功する。その際の死者は――名。犠牲者は――名。犠牲となった者は現在【終了】処置を施されている。
全長10mをゆうに超える巨大な狼、或いは猟犬の姿をしています。しかし現在では、収容時に人間体へと変化した為、その真実を知る者は極めて僅かです。【窮極の門】のオットー総帥はこの人間災厄に敬意と皮肉を込めて『大君主ミゼーア』とされました。
他の人間災厄と同じく人の形をしているだけの化け物です。その正体は「怨み」であり、粘性のような物質で主に構成されています。この「怨み」の正体は今のところ不明ですが、様々な『力』として発揮されるようです。
また、この災厄は『人類を含めたこの世界に存在する全ての生物に対する異常なほどの怨み』を持ち合わせています。決して、扱おうなどと思ってはいけません。
収容する際は『鋭角を排除した球体の部屋』に収容する事。食事は対象が睡眠状態に入ったのを確かめた後、点滴を行ってください。対象が暴れ出した場合、特殊睡眠剤または特殊睡眠弾を用いて即時睡眠状態に移行させる事。鎮圧が不可能な場合は特殊睡眠ガスを用いて収容施設ごと対象を『永眠』してください。
収容施設からの脱走は人類の終わりを意味します。常に半睡眠状態を維持してください。怨みを掻き消すほどの睡眠欲こそが人類を存続させる為の唯一の方法と理解してください。
そうとも、俺も、アンタも、人間だ。人間の姿をしているのだから、狂ってなんかいねぇ。たとえ、アンタの皮膚が爛れようとも、俺の目玉が飛び出ようとも、何もかもは正常だ。なあ、アンタ、なんとか言ったら如何だ。アンタ、ウェンディゴ症については何処まで知ってるんだ。俺達は確かに生きているし、死んでいないし、しっかりとヒトをしている。だから、わざわざ武器なんてものは持たなくても良いのさ。とんでもない速度での汚染だって? |真っ赤《●●●》な嘘だ。でなけりゃ、俺もアンタもとっくに、理性なんてのは失くなってる。おい、なんだって鏡なんて持ってくるんだ。俺達には仕事が残ってるんだぜ? 奴が脱走しちまったら、違反をしちまったら、給料が消えちまう。何だって三角形の鏡なんて用意してんだよ。俺達は……手遅れなのか……?
■■■■年■■月■■日、収容対象の逃亡と収容施設の完全消滅を確認。対象の姿は勿論、収容施設内の職員、全員が消息不明。おそらく、対象の『力』によって全てが『消滅』したのだと思われる。何かしらの要因で大君主ミゼーアが目覚め、交戦し、職員は抵抗虚しく一方的に蹂躙されたと予測。これは個人的な記載になるが、そうで『あって』ほしい。全員、汚染されていたのならば――?
決戦の時は近い、【窮極の門】では現在、準備を行っている。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功