風神珍道中
――良いですか。お前は猛き|風神白虎《シナトベ》様を御守りする者。
――故に、この社に神器を集める試練を課します。
とまあ、かようにして送り出された神童・裳奈花(風の祭祀継承者・h01001)は、しかし十二歳の少女である。
忘れられた歴史ある神社の跡取りといえば聞こえは良いが、とりもなおさず貧乏社の神主の家系ということだ。とはいえ祭神の力は本物だから、彼女の集めている神器もまた何らかの力を秘めた重要なものであるということにはなろう。裳奈花とて疑う気はないし、たった独りで世界を駆け巡ることになった現状に不平不満も抱かず、真っ直ぐに目的を見据えて頑張っている。
いるが。
『床を踏み抜くなよ。契約者をみすみす死なせたとあらば神の名折れである』
「大丈夫だよー、もう廃墟だっていっぱい回ってるんだか――」
ら。
声が上がる前に小さな体が腐食した板に呑み込まれていく。悲鳴も上げずに床下に消えていく体をすぐさま風が包み込み、二階の無事であろう箇所へと持ち上げた。
『言った傍から!』
「えへへ、ありがと」
『ありがと。ではない!』
――先から彼女に親のようなことを言っている存在こそが裳奈花と契約を交わした護霊、神童家の祭神でもある|風神白虎《シナトベ》そのものである。
本来であれば人知を超える強大な風の暴威の化身だが、未だ幼い契約者の危なっかしさと楽天的な性格に主導権を握られて以降は始終この調子だ。溜息の如く吹き抜ける風に再び礼を述べた裳奈花は意気揚々と歩き出した。
「でも、全然ないね、神器。この調子で七個――七個? も見付かるかなあ」
『探し物の数くらい覚えておけ』
「あれ? えーと、じゃあ、六個だっけ?」
『何故減らす! 八つだ!』
奏でればたちどころに嵐を収める琴。ひとたび引けば風が味方をし、何物にも命中する弓。鉾は掲げれば雲を喚び、剣を振り抜けば雷鳴が迸る。風の加護を得た布で包めばあらゆる邪気は空に流れ消え、鏡は映った物の偽りの姿を吹き飛ばす。二つ合わせることで一つの玉となる勾玉を揃えたときには、風神白虎が真の姿を現わすだろう――。
語る護霊の言葉に真面目に耳を傾けながら、裳奈花は屋根裏へと続いているのだろう階段を踏みしめた。忘れっぽい彼女がどれほどの言葉を記憶したかはともかくとして、続いて目に入ったものに続くはずだった小言も吹き飛んだ。
そこに鎮座していたのは、古めかしい箱である。
仰々しいそれには不思議と埃の積もった形跡がない。廃墟にあって異質なそれが何なのかを直感し、少女は反射的に歓喜の声を上げた。
「あったー! かも!」
迷いなく駆け寄って蓋を開ける。今回ばかりは風神白虎も口を噤んだ。
中に納まっていたのは、小さな鏡だった。
何の変哲もないそれに契約者が触れた刹那、どこからともなく吹き込んだ風が音を立てて逆巻いた。廃墟の全てを呑み込むような奔流に悲鳴を上げる彼女に、小さな嵐が収束していく。
長らく続いた暴風が静まり返ったとき、鏡を抱きしめた少女の裡から、満足げな声が響いた。
『我の力も強まるようだ。このまま行けば最盛期に戻れるであろう』
「よかったね!」
にっこり笑う裳奈花をまたも溜息のような風が撫でた。しかし此度のそれはどこか満足げでもある。意気揚々と立ち上がった彼女は、箱に鏡を戻して大きく声を上げた。
「あと七個! 何だかできる気がしてきた! 頑張るぞー!」
――肝心の箱を忘れた裳奈花が慌てて取って返して来たのは、その数十秒後のことである。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴 成功