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その花の色は

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 柔らかな木漏れ日が降る、春のおわり。
 この日の京極・咲来(勿忘草・h05816)は、伶央にぃにこと、楪葉・伶央と過ごしていた。
 いや、それは毎年のことである。そう、5月の第2日曜日――母の日は一緒に。
 そして今年のおでかけ場所は、数年前に改修が済んだショッピングモール。
 休日の今日は、家族連れも沢山で賑やかだ。
「咲来、どこか行きたいところはあるか?」
「んと……あ、サク、あのおいものパフェたべたいな」
「じゃあ、パフェを食べよう。俺もパフェは大好きだ」
「伶央にぃにも? サクと同じだね!」
 そんな咲来に優しく笑みながら頷いた後、伶央は大きなその手を差し出して。
「迷子にならないように、手を繋ごう」
 うん! といつものように小さな手が添えられれば、手と手を繋いで歩き出す。
 そしてお目当てのパフェ屋さんの前で、咲来はこてりと首を傾けるのだけれど。
「サクは、おいものパフェがたべたいけど……イチゴのパフェもおいしそう」
「ならば俺がイチゴを頼むから、分けっこしよう」
「うんっ、伶央にぃにと、わけっこ!」
 おいももイチゴも、伶央にぃにと分けっこ。
 それから席につき、わくわくパフェを待つ間も、ふたり仲良く会話を交わし合う。
「その兎のヘアピン、咲来に良く似合っている」
「伶央にぃにのくれたウサギさんのピン、サクね、おきにいりだよ。小学校のお友達も、かわいいって言ってくれるよ」
 年の離れた兄妹なのか、それとも若いお父さんの親子なのか。
 周囲の人にとっては、ふと疑問に思うような年の差のふたりなのだけれど。
「そうか。今日の咲来もとても可愛い」
「今日はね、伶央にぃにとデートだからつけてきたんだ」
「ありがとう。ふふ、デートだな。今日は咲来の行きたいところを回って、やりたいことを全部しよう」
 パフェが運ばれてくれば、きちんとお行儀良く、いただきますをして。
 大好きなお芋のパフェを嬉々と頬張る姿に、瞳を細める伶央。
 そして、自分のイチゴパフェの天辺の苺と周辺の美味しいトッピング部分を纏めて、ひと掬い。
「咲来、イチゴの方も食べていいぞ。ほら」
「あーん……ん、おいももいちごも、おいしいね! 伶央にぃににも、はい」
「……ん、美味しいな」
 食べさせ合いこの交換こすれば、ふたりで顔を見合わせ、笑み咲かせ合う。
 そしてパフェを食べながら、伶央はこう訊ねる。
「咲来、小学校は楽しいか?」
「うん、たのしいよ!」
 咲来は春に小学校に入学したばかり。
 そして楽しそうにすぐに頷く姿を見れば、微笑ましくも安堵する伶央だが。
「小学校で最近何をした?」
「んとね、ママにあげる、母の日のメッセージカードをつくったよ」
「ママに……?」
 それからふと顔を上げれば、咲来はこう続けたのだった。
「あのね、クラスのみんなは赤やピンクのカーネーションのカードにしてたんだけど。サクはママが天国にいるから白なんだって」
 その様子は悲しんだり寂しがっているというよりも、天真爛漫な彼女らしく、学校であった出来事を普通に語っている様子で。
 でもそれはきっと、咲来が物心ついた時から理解しているからであるだろう。
 自分のママは、天国にいるのだということを。
 そしてそんな咲来に、伶央は微笑みと共に返す。
「俺の母達も天国にいるから、咲来と同じ白だな」
「伶央にぃにも白……サクと一緒だね」 
「ああ、一緒だ」
 今でこそ、賑やかで和やかなこの場所だが。
 実は5年前に怪異テロが起こり、沢山の人が亡くなった。
 咲来の母である|苗穂《ナオ》も、伶央の父と義母も。
 けれど、当時1歳であった咲来に当時の記憶はなくて。
 伶央にとっても、思い返すことは多々あるものの、特にこの場を避けることなどはなかった。
 むしろ、咲来にとっては楽しい場所であってほしいという思いもあって。
 本日のおでかけに丁度良い場所にあった此処で、今年は過ごすことにしたのだが。
「サク、ママのこと覚えてないの。赤ちゃんだったし」
 そろそろ、いいのではないかと、伶央は思うのだった。
「にぃにのママってどんな人だったの?」
 互いの母の事を――咲来に、自分の知っている彼女の母のことを、少しだけでも話すことを。
 もう咲来も1年生、理解できる年齢だろうから。
「実母……生んでくれた母は、俺が物心つく前に病気で亡くなった。だから俺も咲来と同じで、本当の母のことは覚えていない」
「伶央にぃにも? サクたち、いっぱい同じだね」
「ああ。そして俺にはもうひとり、母がいた。父が、莉々や望々の母と結婚して、俺の母になったんだ」
「サク、しってるよ。さいこん、っていうんだよね」
 子供らしい咲来だけれど、そこはやはり女の子。
 ちょっぴりませた言葉を聞けば、良く知っているな、と伶央も微笑んで。
 そして、続ける。
「義母は、俺にとって信頼できる大人だった。父とはほぼそれまで必要な事しか話さなかったが、あの人が家族になった瞬間、家の中が明るくなって。沢山、俺の事も守ってくれた」
「伶央にぃにも、ママが好きなんだね」
「ああ、大好きだ」
 それから伶央は今度は、言葉を選びながらも話を始める。
 5年前に、此処で起った事を。
 自分の知る、咲来の母――|苗穂《ナオ》の話を。
 刺激的な表現は避け、けれど、あの時にあった事を明確に伝える。
 怪異から、娘の咲来と自分達三兄妹を守り抜いた、立派なその最期を。
「苗穂さんは負傷した身で、咲来と俺達を怪異から守り抜いてくれた。今思うと、アケミさんの娘さんらしいな」
 咲来の祖母も強い|女性《ひと》だが、きっと似ているのだろう。
 咲来には言わないけれど、先日もとても心配したものだ。
 けれど、自分達を見つけて保護してくれた|咲来の祖母《アケミ》も、伶央少年にとっては信頼できる大人のひとりであって。
「サクのママ、すごいね、エラいね」
「ああ、咲来のママは、とてもすごくて偉い」
 伶央はそう瞳を細め、頷いて返してから。
 苗穂が最期まで果敢に戦ったこと、自分達が彼女を看取ったこと。
 この子をお願い、と咲来を託されたこと――立派であった恩人の話を、沢山して。
 それからふと言葉を切る。
 当時自分は能力覚醒前で、咲来を抱いて逃げる事でしか守れなかった。
 もしもあの時、力があれば――そう何度思った事か。
 だが、微か俯いた伶央の顔をもう一度上げさせたのは。
「ママ、にぃにねぇね達助けてくれてありがとう。にぃに、サクのこと守ってくれてありがとう」
「咲来……」
 目の前で咲き誇る、恩人の面影宿す笑顔。
 そして咲来は伶央に告げる。
「サクもつよくなりたいな。ママやばぁばみたいに」
「咲来も苗穂さんの娘で、アケミさんの孫だからな。そうか……アケミさんのような、お転婆お姫様が増えるのか」
「にぃに、ばぁばに言っちゃうよ」
「ふふ、それは怒られそうだから、内緒だ」
 そう笑った後、伶央は咲来に教えてあげる。
「母の日のカーネーションだが、元々アメリカでは白が贈られたのが始まりなんだ」
「そうなんだ!」
 そしてぱっと笑顔を咲かせた後、咲来は続ける。
「ばぁばって、サクのママのママ、だね」
「そうだな。今日は母の日だ。ママのママにも土産を買っていこうか」
「うん!」
 そしてふたり仲良くパフェをご馳走様した後。
 再び手を繋いで、楽し気にショッピングモールを歩き出す。
 咲来のママのママへと贈る――赤やピンクのカーネーションを買うために。
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