Might happen
「全員揃ったな。これより特殊捜査四課による臨時指定災厄対策会議を始める」
低く静かな声が即席の会議室に満ちる。眉間に皺を寄せた四季宮・昴生(蛇神憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h02517)は手許の資料に視線を落とし、記された文言を読み上げるように声を紡いだ。
「時間を無駄にはしたくない。今日の主題は『白花のラナン』――情報は資料の通りだ」
|それ《・・》の概要が記されたデータベースの印刷である。白いワンピースの少女ともとれる形状とは裏腹に、外見には目に見えて異常な点が散見される。
肌にはベルベット地が張ってあるように見えるだろう。識別名の由来となった白花の柄が敷き詰められ、まるで出来の良いぬいぐるみのようにも映る。鼻があるべき部分より上は頭頂部に至るまで白いリボンに覆われ、長く伸びた真白のそれがまるで頭髪のように垂れ下がる。
だが――昴生は目を眇める。『白花のラナン』が彼らの保護観察に留まらず、|対処《・・》を要することになった特質は、その外観ゆえではない。
「記載の通り、当該個体は被害者の身体的特徴に執着する。世俗的な言葉を使って説明するなら、|かわいさ《・・・・》だ」
年頃の多感な娘たちの心の澱から生まれた怪物――無数の少女が抱えた怨念と嫉妬の集合体。殊にSNSの発達に伴い激化する競争の中にある、昏い情念が産み出した化け物である。
己こそが世界で一番かわいいと信じる彼女は、その自意識を以てしても|かわいい《・・・・》と認識せざるを得ないものを無差別に襲う。その特性を身の裡に取り込むことでより|かわいく《・・・・》なることと同時に、自らよりも優れたるものを排除し、真実自身が世界で最もかわいい存在となるのが目的だ。
そして彼女にとって|かわいくない《・・・・・・》ものは全て魅了する。己の信者とでもいうべき存在に仕立て上げ、頂点に君臨することで願いを叶えるのだ。
元となった思いが不特定多数のものであるが故か、彼女の求める|かわいさ《・・・・》には節操がない。或いはぬいぐるみのような愛くるしさであり、或いはフリルやリボンのような可愛らしさであり――。
或いは整った顔立ちの女である。
「能力は厄介極まりない。花粉による魅了は精神を汚染する。リボンを武器にされれば遠距離戦でも利を得ることは難しいだろう。何より――」
無骨な指先が被害者の写真を指す。
「任意の箇所に花を咲かせる力が最大の脅威だ。中には体内のあらゆる箇所に花が咲いた状態で、即座に多臓器不全を引き起こされた被害者もあった」
行使の予兆として、彼女はまずその肌を写し取ったような布製の花弁を散らす。意志を持つように周囲に漂うそれに触れたが最後、一般人であれば即座に死を迎えるだろう。
√能力者であれば余程の窮地に陥っていない限りは抵抗出来るだろうが――。
同時に√能力の存在こそが、『白花のラナン』を完全に鎮圧せしめることの出来ない理由にもなっている。
特質を考えれば、彼女が組織に協力的な態度で収監されるはずもない。既に看過出来ぬほどの事件を起こしているが、完全な消滅に至らしめることが叶わぬのは、とりもなおさずかの災厄が√能力を獲得しているからに他ならない。
消滅せしめたところで真なる死を齎すことが出来ぬ。どこに現れるかは当人ですら予測不能の蘇生を以て、彼女は再びどこかで事件を起こすのだ。まして彼女に|かわいい《・・・・》と認識されなければ敵とさえみなされぬこともある。撤退に専念されれば、介入のタイミングによっては取り逃すことも少なくはなかった。
だが。
それも今までの話だ。
昴生は一つ光明を見出した。資料を捲れば現れる二つの顔に、息を呑んだ者の声も聞こえたが、彼がそれにかかずらうことはない。
指先に触れるのは、十束・新貴(三度目の正直・h04096)、及び平咲・鳴衣(十束・新貴のAnkerの片思いの相手・h04101)――昴生とは面識のない二人の若い男女の写真である。
|この√《・・・》においては、どちらも死者だ。
死した少年は√能力者でこそなかったが、死者と交信する能力を持っていた。超常と人間の距離が近いこの地では儘あることだ。その力を買われて組織のエージェントじみた仕事をしていた彼は、しかし『白花のラナン』が起こした事件によって命を落とした。
「同名の殉職者が出た事件のもう一人の被害者が、この娘と同名だったな」
鳴衣というらしい少女の顔は成程美しい。テレビの中で名だたる俳優に囲まれていても違和感はないだろう。大人しげな顔立ちの眸の奥に凛然とした光を湛えているのは、写真からでもよく伝わる。
『白花のラナン』のメインターゲットは彼女だった。交遊の深かった新貴は襲撃の場に居合わせ、彼女を庇って死亡した。命を擲ってまでも守り抜いたものの、一般人である鳴衣が災厄の力から逃れ得るはずもなく、無数の花に覆われた骸は彼の遺体とさして距離のないところで発見されることとなったのだ。
「被害者たちの異世界同位体らしき存在が発見されたと報告があった。こちらの少年は――√能力者だ」
昴生の双眸が怜悧な色を帯びる。ここには√能力者のみを集めてある。一般人にこの説明は通用せぬからだ。
一瞬のうちに会議室に緊張が満ちる。√能力者はAnkerによってのみ殺される。故に彼女を殺し得るのは、彼女にとって欠落を埋め得るだけの強烈な執着の行く先だ。もしもその先にいるのが、その少年少女であるとしたら――。
目を上げた昴生の眼差しに葛藤はない。メンバーの心に過ぎる答えを言外に肯定するように、彼は静かに口を開く。
「未確定の情報を頼りにすることは出来ない。だがもしもこれが本当のことならば、そして我々の予想通りのことが起きたならば――」
男は目を眇めた。
いつか喪った面影が心に揺れた。彼女がここにいたら止めるのだろうか。元より情動に疎い彼の選択に声を添えるだろうか。
しかし今や彼に伸べられる嫋やかな指先はどこにもない。あるのは敵性の怪異を憎み、その害を食い止める、燃え滾るような決意だけだ。
だが、だからこそ、彼は写真の中の少年少女に徒に命を擲たせるつもりはなかった。『白花のラナン』が一度でも襲った存在と同じ顔をした少女には、早晩√を渡る力を持つ|それ《・・》に再び見付かる日が来るだろう。そうなれば少年もまた、同じように死に至るやもしれぬ。ならば。
「……彼らを含め、これ以上徒に怪異の被害を拡大するつもりはない。全面的な協力を行ったうえで、使えるものは何でも使う。そうだな?」
それが特殊捜査四課のやり方だ。裏を返せば、なりふり構ず対処すべき案件こそが、彼らの許に指令となって下るということでもある。
日頃は彼に対する情緒的な助力を旨とするメンバーもまた、迷いなく頷いた。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功