シナリオ

吸血姫はお見通し

#√EDEN #ノベル

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #ノベル

※あなたはタグを編集できません。


「狐々音! オシャレに行きましょう!」
 リュドミーラ・ドラグノフの唐突極まりない誘い……というか表情からするに"宣言"に近い……に、天照院・狐々音は訳もわからず面食らった。
「お、オシャレ!? いきなり何事じゃ!?」
「わからない? お洋服を買いに行く、って意味よ!」
「言葉の意味を問うておるのではないわっ!!」

 狐々音は咳払いし、気を取り直した。
「……リュド殿、筋道立てて話していただきたい。何故余が突然オシャレなど」
「えっ!? オシャレしたくないの!?」
「だからいきなりそんなことを言い出した理由を聞かせてくれと言うておるのだが??」
「行きたいの? 行きたくないの? どっちなの!!」
「だ、ダメじゃ、今日のリュド殿はいつも以上に圧が強い……!」
 取り付く島もなく一方的に問い詰められ、狐々音はたじたじになった。

「――それで、どうなの?」
 リュドミーラはいつの間にか狐々音を壁際に追い詰め、ずずいと顔を近づけていた。まるで、壁ドンである。
「ま、まあ気にならんではないが、そのう……」
「言い訳なんて聞きたくないわ! 行くのか行かないのか、|はい《да》|か《или》|いいえ《нет》で答えるのよ!」
「ひい! ロシア語!? ロシア語で詰問するほどなのじゃ!?」
 もはや普段の我の強さはどこへやら、ただならぬ威圧感に狐々音は怯み、視線を彷徨わせた。
 リュドミーラは一切解放する素振りを見せず、じっと見つめる。無言のプレッシャーがしばしのしかかり……。

「…………そ、そのう……余はオシャレというのに疎いので、指南してくれるならば……」
 狐々音は目線を逸らし、ぽつぽつと呟いた。リュドミーラは満面の笑みを浮かべる。
 といっても、吠え面をかかせて嬉しいとか、そういう性の悪い笑みではない。
「そうと決まれば善は急げね!」
「えっ?」
「さあ、つべこべ言わずに! 行くわよ!!」
「ちょっ、ちょっと待――」
 制止の言葉は置き去りにされ、襟首を掴まれた狐々音は問答無用で連行された。


 所変わって、√EDENは原宿。
「さあ、来たわよオシャレの街原宿! 道行く人からしてレベルが違うわね!」
 リュドミーラはぐったりした狐々音をよそに、腰に手を当て仁王立ち。
 行き交う若者はファッション雑誌に載っていてもおかしくなさそうな様相ばかり。コーデもぱりっと決まっていて、見ているだけでオシャレ初心者は怖気づいてしまいそうだ。
「ううむ、こうして見ると息を呑みそうになる」
 ようやく復帰した狐々音も、若者たちのオシャレパワーに頷いた。
「指南を|希《こいねが》った余がいうのもなんじゃが、初手で選ぶにはちと敷居が高いのではないか?」
「狐々音は心配性ね」
 リュドミーラはふふんと得意げに胸を張った。
「尻込みしていても時間が無駄にすぎるだけ。だったら初めから目指すのはてっぺんよ!」
「なんという意気込み……! さすがはオシャレに一家言あるリュド殿じゃ」
 自信満々な様子に、純粋な感心を抱く。
「では改めて、感謝するぞリュド殿。今日はなにとぞ指南を頼むのじゃ」
「え? そんな、別にお礼なんていいわよ! あたしだってファッションとかわかんないし!!」

 その場に若干の沈黙が流れた。

「…………ん??」
 狐々音は首を傾げた。それを見たリュドミーラも、はて何事かと鏡合わせのように首を傾げた。
「リュド殿、余の聞き間違いか? 申し訳ないのだが今なんと申したか……」
「だから、お礼なんていいの! あたしもファッションなんてぜーんぜんわかんないんだから似た者同士よ!」
「いや待てぇ!? そっちもわからんってどういうことじゃ!!?」
 狐々音は思わず声を荒げていた。そして、リュドミーラの格好を頭のてっぺんからつま先まで眺め、ハッとした。
「そ、そうか! 謙遜をしたのじゃな?」
「え? 何が?」
「またまた……しかしその奥ゆかしさは美徳であるぞ。余も少しは見習」
「もしかしてこの服のこと? これ、気が付いたら身に着けてたやつだから、あたしのセンスで選んだとかじゃないのよね! 多分!」
「……なんで余を自信満々で連れ出したんじゃあああ!?」
 悲痛(?)な叫びは、原宿の雑踏にかき消されていった。

 ……と、ここで終わればまだちょっとした笑い話で済むのだが、リュドミーラの奇行はそんなものでは留まらなかった。
「でも安心して、狐々音。あたしに秘策があるの」
「この流れで自信たっぷりに言われて不安なのじゃが……ん?」
 狐々音はリュドミーラがなにやらごそごそと荷物を漁っていることに気付いた。
「……リュド殿、一体何を……!?」
 リュドミーラがおもむろに取り出したのは、二枚のベニヤ板だ。それぞれ上部に穴が二つ空いており、リュドミーラはさらに取り出した紐を二枚の板の穴に通すと、解けないようにぎゅっと結びつけた。
「これでよし!」
 もうツッコミを入れる元気すら失せつつある狐々音が黙って見守っていると、リュドミーラはその板を……自ら装着したのである!
「ほら、見なさい! これがあたしの秘策よ!」
 とドヤ顔で指差す板には、こう書いてあった。

『あたしたちをオシャレにしてくれる人を募集!』

「……余これ駅前とかで時々見たことあるのじゃが!?」
 いわゆるサンドイッチマンというやつそのままだった。
 しかも全て|手作り《DIY》したらしく、板に書いてある文字は少し……いやちょっと上手とは言い難い殴り書きだ。
 そんなクオリティの低……あまり高くないサンドイッチボードを、見るからに日本人ではない美少女がこれ以上ない会心の笑みを浮かべて身に付け、堂々と雑踏の中に屹立している。
 もう狐々音の浮世離れした格好が霞んで見えるほど、浮きまくっていた。

「こうすれば誰か教えてくれるわよ!」
「よいのか……? 本当にこれでよいのか!?」
 不安が募る。だが、門外漢なのは狐々音も同じ……いや、思い切ったチャレンジをしてこなかっただけ、リュドミーラの方が慣れてるのは間違いない。
 決してファッションに興味がなかったわけではない。
 ただ知識がないし剣の修行ばっかりしていたし、別に今の格好に不満があるわけでもなく……と、あれこれ理由をつけて飛び込もうとしなかったのは、紛れもない事実。
 そう思うと、珍妙極まりないリュドミーラも、なんだかちょっと誇らしげに見えてきた。少なくともあの時、思わず躊躇してしまった自分よりは――。
「いや、それはよいのか? 余はなんだかリュド殿のテンションに引っ張られておかしくなっているのでは……?」
 まだ正気は保っていたらしい。

「なにこれ、面白! 動画配信とかしてる感じ?」
「よく見たらもう一人もすげえ可愛いじゃん」
「ね~君たち何してんの? オシャレ教えてあげよっか?」
 そこへ、いかにも遊んでそうなノリの軽い若者集団がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「ええそうよ! 狐々音と、ついでにあたしにオシャレを伝授して!」
 男たちは顔を見合わせ、嫌な笑みを深めあった。
「なら任せといてよぉ、俺らいい店知ってっから」
「モデルの子とかも知り合いにいるし、こう見えて詳しいよ」
「てわけでさ、ちょっと場所変えて話さない?」
 男の一人がリュドミーラの腕をそれとなく掴もうと手を伸ばす。言葉上では訊ねつつ、有無を言わさぬ流れに持って行く悪質なナンパだ!

 その手首を、横から伸びた狐々音が鷲掴みにした。
「い゛ッ……!?」
「下郎が。リュド殿に気安く触れるでない」
 手首からミシミシと骨の軋む音が漏れる。割って入ろうとする男どもは、ただならぬ威圧的な気迫に呑まれ、青ざめた。
「|疾《と》く失せよ……不埒な輩に加減はせぬぞ……?」
「わ、わかった、わかったから離せよ……!」
「礼儀のなっておらん輩であるな」
 狐々音は呆気なく男を解放した。だが、本物の修羅場を幾度となくくぐり抜けた剣士の表情で鋭く睨みつけるのは変わらない。
「ひ……!」
「い、行こうぜ!」
 男たちは手首を押さえる仲間を庇うように、そそくさと姿を消した。

「あら、行っちゃった。よかったの? 狐々音」
 リュドミーラはきょとんとした。
「あんな胡乱な連中に衣服のことなどわかるはずがなかろうて」
「そうかしら? ま、いいわ! 今日は狐々音のためなんだからね!」
「余はさっきから疲労困憊なのじゃが……」
「仕方ないわ、このまま原宿中を練り歩いて宣伝よ!」
「もう目的変わっておらぬかなぁ!?」
 しかしリュドミーラだけで行かせたら本末転倒だし、肝心のリュドミーラが勝手に引っ張っていこうとするので、ついていかないという選択肢は狐々音に与えられていなかった。


 1時間後。
「狐々音! もう開けていい?」
「ま、待つのじゃリュド殿! これは……ううむ……」
「大丈夫そうね、開けるわ!」
「余に拒否権とかないのかぁ!?」
 シャッ。試着室のカーテンが勢いよく開かれた。

 着替え中……ということは全くなく(なにせリュドミーラは十分に待った)、着替えを終えた狐々音が自信なさげな様子で恥じらっていた。
「こ、これはなんだか薄くて頼りないのではないかのぅ……?」
 トップスは白レースの入ったオレンジのセーラーカラーブラウス、ボトムスはミモレ丈のシックなプリーツスカート。そこへ赤いオーガンジーショールを羽織り、ストラップ付きのパンクスでつま先まで整えている。長い髪はまとめて結い上げ、和風のヘアピンで留めており、普段とはがらりと雰囲気が変わっていた。いわゆるビタミンカラーを基礎にビビッドなカラーリングをモチーフにしたコーディネートだ。

「いいじゃない、ガーリー系って奴ね! あんまりわかんないけど!」
 リュドミーラはあっけらかんな感想を挙げた。
「そうなんですよぉ~」
 と、にこにこ顔のアパレル店員がすり寄ってきた。原宿を練り歩く珍妙奇天烈な少女二人組に声をかけ、ファッションコーデを手伝う……という名目で自分の店舗に見事に招き入れた、商売上手で親切な女性だ。
「こ、このひらひらして透けておるのは特に不安でならぬ……!」
 狐々音は羽織ったオーガンジーショールに指で触れ、困り眉で呟く。
「そうですか? シースルーとかオーガンジーはここ数年のトレンドですし、今年の夏も来ると思うんですよね。透け感がさっぱりしてて可愛らしくないですか?」
「わからん! 余はそういうの全っ然わからん! 間違ってるのか合ってるのかすらさっぱりじゃあ!」
 決して露出が高いわけでも過剰にフリルでゴシックな感じになっているわけでもないのだが、狐々音からすれば羽衣のようにも思えるショールを羽織っているせいで、やけに羞恥心が掻き立てられるらしい。おそらくセーラーカラーブラウスも普段の巫女服とは全く違う着心地で、そのせいもあるのだろう。

「じゃあもっとストリート系に寄ってみます? たとえばこれとか」
 店員が取り出したのはスポーティな白タンクトップと、トップス用の半袖ショート丈の濃紺ジャケットだ。羽織れば白と紺のカラーリングで印象は大きく変わるだろう。が……。
「なんで露出度上がっておるのじゃ!? へ、へそが出ておるではないか、へそが!」
 本人からは非難の声が上がった。
「着てみる前からあれこれ喚くのはよくないわ! まずは着用してみないと!」
「リュド殿こうやって余をおもちゃにするつもりで連れてきたのではなかろうな???」
 思わず猜疑心が刺激される。さもありなん。
「違うわよっ!」
 リュドミーラはむくれ、腰に手を当てて睨み返した。
「今日、みんなが盛り上がってる時にちょっと様子窺ってたでしょ? らしくないと思って気になってただけだわ!」
「――……」
 狐々音は思わず呆け、言葉を失った。リュドミーラの指摘は、まさに図星だったからだ。

 といっても、別に深刻な仲間外れにされたとか、何か個人的なトラウマを刺激された……などという、シリアスな話ではない。
 ただ、リュドミーラの率いる|旅団《あつまり》で、顔なじみの|団員《なかま》たちがファッションの話題で盛り上がっていた。それだけのこと。
 いつもなら堂々と会話に混じる狐々音が、その時は珍しく躊躇してしまった――そう、ただそれだけの話。誰かが悪いわけでも、傷ついたわけでもない。何か不和のきっかけになることもない、ささやかな日常の一コマ。
「……そうか、リュド殿は見ておったか」
 狐々音はくすりと笑った。らしくない……言い得て妙だ。自分はファッションの知識も経験もないからと、尻込みしてしまったのだ。
 事実、流行には疎い。アンテナを伸ばそうと思ったことすらない。そんな自分を恥じる気も間違っているとも思わないが、それでも……。
「? どうしたの、狐々音?」
「……いや、リュド殿は相変わらずじゃなと思ったまでよ」
 狐々音は立ち上がり、堂々と宣言した。
「よかろう! この天照院・狐々音、我が剣と名にかけて、どんな衣服でも着こなしてみせるのじゃっ!!」
「そうよ! その意気よ狐々音! みんなをあっと言わせてやりましょう!」
 リュドミーラは嬉しそうにガッツポーズした。
「さあスタッフ殿! じゃんじゃん持ってきてくるのじゃ!」
「はーい! じゃあこれとかどうでしょう、フェミニンな感じにまとめてみました!」
 スタッフが差し出したのは、アイボリー色でリネン混フリルブラウスと、カーキのフレアロングスカート。スカートはやや薄手で、巻きスカート風にアレンジされている。
「って、今度はフリルが増えておるではないかぁ!?」
「袖は控えめですよ? この襟のレースとか可愛いですよね! 足元はちら見せソックスとサンダルでまとめて……」
「違う! もうかわいい系はよい! もっとこう……堂々とした余に似合いそうなかっこいい系はないのか!?」
「ギャップも立派なファッションよ! よく知らないけど!」
「なんで余だけ着せ替え人形になっておるのじゃー!!」
 他にもホワイトシアーブラウス(ピンタック入り)にハイウエストクロップドパンツ+厚底ローファーといったスタイリッシュなコーデも出てきたのだが、それはだいぶあとのことだったという。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト